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春の空に、ディアボロの翼が広がる。
程なく、街中で掃討戦をしている撃退士による攻撃で地に落ちる。
野崎による荒っぽい運転に皆が閉口する中、振り切るディアボロを車窓の後ろに眺めてErie Schwagerin(
ja9642)は細い指先でガラスに触れた。
(結局何の役にも立てなかったけど、自分が関わった土地が変化するのを見るのって…… 悪くはないわね)
エリーは、この街にゲートが展開し、結界が張り巡らされるその場に立ち会っていた。その後の、悪魔との戦いにも。
「人類の為、とは言わぬが。全ては我々の認識の甘さと慢心が招いた事態だ……」
彼女の思考を読んだではないが、ゲート展開時の依頼に行動を共にしていたアデル・シルフィード(
jb1802)が内心を音にする。
――もし、あの時
多治見に関してばかりではない。
それは誰もが何かしら、胸に抱えるものであろう。
「思い出って、とっても大事だもんね!」
にこりと笑い、依頼人の手に自身の手を暖かく重ねるのは犬乃 さんぽ(
ja1272)。
「ボクは、犬乃 さんぽ! 見ての通りニンジャだよ。よろしくね!」
「……」
セーラー服風にカスタムれた忍装束姿に、思わず依頼人である林は深刻そうな表情のまま硬直した。笑いをこらえているようだ。
「ねぇ、林さん。今の内に、家の間取りを覚えてる限りで描いてもらうことできる?」
「間取り……ですか」
「崩れてても、大体の位置が分かればボク達も探すの手伝いやすくなると思うから」
「解りました」
筆記用具を手渡され、揺れる車内で林はペンを走らせる。
(死に損ないとか将来有望とかなんて関係ない。こだわるものなんて人それぞれなんだし)
そんな姿を見やり、天宮 佳槻(
jb1989)は今回の任務――それを巡る感情の動きについて考えていた。
(これは正規の依頼で、無責任に価値観を押しつけて働かせるものでもない。リスクなんていつものことだ)
それから、車を運転手へと視線を移す。
彼女は依頼人を試すような物言いをしたという。
依頼であるなら、助けを求める声があるなら、それをふるいにかけるような真似をする必要はないだろうに。
佳槻なら仕事と割り切ることはできる。
佳槻に理解できないことがあるとすれば――身内に対する思い、だろうか。
理屈としては解る、が、共感できるかといえば、根本になるものを抱いたことも、寄せられた記憶もなかった。
(家族……か)
泣くほどに、震えるほどに、誰かを思う。
それが羨ましいかどうかも、佳槻にはピンと来ない。仕事は仕事。それだけだ。
記憶を辿り祖父の実家の間取りを書く林の瞳から涙が零れおち、紙面を濡らしていた。
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廃墟群となった地域の手前で車が停まると、皆が凝り固まった体を解す。
「護衛任務ねェ……。敵が来ないと滅法暇なのよねェ……」
春風に長い黒髪を躍らせて、黒百合(
ja0422)は冗談交じりの本音を口にした。
「あまり目立つことして敵を集めるようなのは避けた方が無難かな?」
ユリア(
jb2624)は、持ち込んだ手鏡の反射で死角をなくせないか確認する。
「あらぁ……? そっちの方が楽しそうじゃなぁい?」
黒百合、ブレることなき戦闘狂である。
「……冗談よぉ」
固まるユリアへ、ふふっと毒気なく笑った。
「不意打ちの可能性を減らす為、阻霊符は使いたいなって思うんですけど」
「あ、あたしも大丈夫そうなら、って考えてたよ」
佳槻の提案に、悪魔であるユリアが同意を示す。透過能力を持つユリアが承知の上であれば、問題も発生しないだろう。
「野崎さんは現地までご一緒してくれるのかな?」
「ん、場合によっては車にも護衛を付けておいた方が良いかと思ってたけど」
狩野 峰雪(
ja0345)からの確認に、野崎は軽く応じる。
「絶対守りますから、離れないでくださいね」
依頼人のガードに徹する紫ノ宮莉音(
ja6473)の声が聞こえる。
「……林さんの護衛も心配なさそうだね。あたしも周囲警戒に入るよ」
「じゃあ、少しだけ先行しましょうか」
インフィルトレイターである峰雪と野崎であれば、敵を察知することも早いだろう。
「オーケー。異変に気づいたらすぐに―― ……どうかした?」
「あ、いえ」
妙な距離をとる莉音に気付き、野崎は言葉の後半を彼に投げかける。莉音は慌てて背筋を伸ばす。
(美人だけどめちゃ怖そう……、なんて言えないし)
切れ長の瞳のせいで、ちょっとした視線も睨んでいるように見えるだけ、見えるだけ。
姉妹に挟まれて育ったことから女子とのコミュニケーションには慣れている莉音であるが、若干、緊張している。
そうとは知らず、野崎は微苦笑して再び前方へと意識を戻していく。
「良かったら、探してる写真とお祖父さんの思い出も聞いてみたいな」
瓦礫を軽いステップで避けながら、さんぽが林を振り返った。
「日本の伝統文化のヤキモノ職人さんだったんだよね! ボク、父様の国のこと、たくさん知りたいんだ!!」
そこでようやく林も、さんぽがハーフであること、流暢な日本語、やや間違った日本解釈に合点がいく。
(思い出の街が、家が崩壊してるのは、ショックが大きいと思うけど……)
先を歩く峰雪が心情を気遣って横目に確認した頃には、さんぽの明るさに引かれる形で、崩れた街並みを指しては思い出を語る林の姿があった。
(……おじいちゃんは、とっても優しかった)
莉音は、そんな依頼人と並び歩きながら、自身の祖父を思い出してみる。
遊びに行くと、おばあちゃんと一緒に迎えてくれて、ローマ字の書き方を教えてくれて。
最後に会ったのは、病室。
(寝てるのか起きてるのか、わからないおじいちゃんに、元気になってねって言ったけど……)
もし、もし、それが叶ったら……
(叶えてあげたい)
莉音の祖父は、他界してしまった。『元気になってね』。その願いは天へと召上げられた。
けれど…… 隣で、泣きそうな顔をして笑っている女性は。彼女のおじいちゃんは。
「絶対元気になって貰えるよう、ボク頑張る!」
張りきるさんぽの背を、佳槻は近くに居ながら、どこか遠い思いで眺めていた。
(愚かとか貴いといった評を付ける気にはならない。が……)
他者に対する感情の希薄さは、佳槻も自覚するところであった。
『薄い』自分だからこそ、守れることがあるかもしれなかった。それはきっと、悲しむことではないだろう。
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崩れかけた鳥居が見えてきたところで、林が足を止めた。
「もうすぐ、です……」
二階建て、三階建ての家屋がそのまま残っているものもあれば、半壊しているもの、更地状態になっているものまで被害は様々だ。
「少し様子を見てこようか。……まだまだ先は長いが、借りは返そうではないか」
「あら、殊勝だこと。そうね、依頼の方に集中しましょ」
冷やかすエリーへ口の端を歪め、アデルは小天使の翼で飛翔する。
「……急いで、探さないとね」
与えられた時間は30分。
探索対象は一軒家の跡地から大判の写真一枚。
莉音が生命探知、アデルが周囲のディアボロの様子を確認し着地したところで峰雪が時間を確認し、各々の行動へ移ることとなった。
アデルの後を継いで、ユリアが高度に気を付けながら、闇の翼で周囲警戒に当たる。
地上では、静音・消炎機能搭載のカスタム・スナイパーライフルを手にした黒百合が家屋周辺を巡回していた。
「この瓦礫も、みんな思い出の一部だね」
丁寧に取り除く峰雪の一言に、考えても居なかったと林が振り向く。
「とてもいい焼き物だね」
その下からは、原型を残した美濃焼の湯呑が出てきた。
「家族とか近しい存在は、いつでも会える……という思いがあるから」
峰雪は目を伏せ、自身の家族を想った。
既に独立した子供たち。……他界した、妻。
「感謝を伝えたり、深く理解しようとしたり……、後回しにしがちになってしまうね」
(いざ、喪うとなると……。もっと早く、気づいていればよかったと)
林の前では、その言葉は飲み込む。
「手遅れにならないよう…… 写真を見つけましょう」
まだ、彼女には可能性があるのだから。
感謝も、理解も、伝えられる可能性が。
足場の悪さも壁走りでフォローし、家屋の奥へとさんぽは進む。
(家族写真なら、いつも見れる仕事場付近にあるんじゃないかな)
あまり会えていなかったなら、余計に。
居間、台所、寝室、色々考えてみたけれど、林の思い出話では、いつも祖父は『仕事場』に居た。
「元気になって貰えるよう、絶対見つける!」
壁が崩れてふさがれた廊下を崩し、拓く。
「こっちかな、……あれ」
写真では、ないけれど。
見つけたのは、恐らくは仕事道具のひとつ。
「職人さんの道具には、魂が篭もってるって聞いたから…… きっと、元気になる助けになるよね!」
それもまた持ち帰ることとし、さんぽは再び写真を探し始めた。
「あ、僕、押さえてるんで」
「おっと。アリガト」
不安定な瓦礫の壁に対し、莉音が薙刀でフォローに入る。
崩れそうだったそれに気付かなかった野崎がニコリと笑い―― そのまま噴出して笑った。
「怖がらなくていいよ。そりゃ、あたし誤解されやすいけど……」
「え!」
「小動物みたい」
「……がおー」
「ゴメン。男の子だよね。失礼」
涙目で、野崎は莉音の肩をポンと叩いた。
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ディアボロの接近に、真っ先に気付いたのはユリアだ。
「ヘルハウンド、群れで来てます!」
その一言で、護衛・戦闘班が周囲を固めた。
「今ここに入らせる訳にはいかないよ」
唸るヘルハウンドへ、ユリアが銃を構える。
屋内では、まだ探索が続いている。
彼らもまたいざとなれば戦闘対応できるが、それでは肝心の写真探しに支障が出るだろう。
銃口から月光色のアウル弾が放たれる。
ヘルハウンドの肩口を掠めるも距離を苦ともせず、敵は跳躍し――
「……入らせない、と言ったでしょぉ」
ユリアの後ろに控えていた黒百合が、スナイパーライフルで援護射撃をする!
「ふふふ…… 良い子ねぇ、どんどんいらっしゃい?」
黒百合は3枚刃の巨大な鎌へと装備を切り替え、後続の狼へと刃を振るった。
地上の黒百合に対し、ユリアは再び闇の翼で飛翔する。もう、コソコソする必要もない。
狼が跳躍で黒百合を飛び越えようとするのなら、その鼻先へとアウル弾を撃ち込む。
キラキラと、青空の下に月の光が降り注ぐ。
「……! そこ!!」
咄嗟にHidden Moonを放つ。不可視の矢が跳躍体勢を取った狼を貫き、月の色に輝く矢がふわりと地表に現れ霧散する。
「アンデッドナイトは…… まぁいいでしょ、何回も戦ってるし」
真っ赤なドレスを纏ったエリーは、魔法書からカードを生み出す。
「騎士様、綺麗に整列して下さらない? 順番に串刺しにしてあげるわぁ!」
杭に針へと形状を変えたカードが、アンデッドナイトを襲う。
「連携の出来ないナイトは脆いな」
エリーの攻撃に合わせ、アデルがルーンブレイドを振るう。
「! こっちも居たか」
「機動力、ねぇ」
側面から飛びかかってきたヘルハウンドの牙をアデルが防ぎ、斬り払う。
「派手に動かないと避けられないよう範囲攻撃で誘導するから、みんなはその着地の時を狙ってみてちょうだい」
時間は少ない。
エリーの声に、黒百合が言葉なく応じ、ニンジャヒーローでヘルハウンドを誘導する。
「躾けのなってないワンちゃんには、お仕置きしなくちゃね。原形を留められると思っちゃダメよぉ〜」
Demise Theurgia-Bloodyrage Kaziklu Bey-、エリーの魔術により与えられた姿は【串刺し公】。
地表から血塗れの槍が幾本も突き出し、無差別に範囲内の存在を串刺しにする!
「おやおや、友人相手でも見境無しかね」
小天使の翼で即離脱しながら、アデル。
「そのまま、動くな!」
佳槻が呪縛陣を発動し、
「そぉれ!!」
その上からユリアがクロスグラビティで潰す!
「これで全部かしらぁ?」
物足りないと言わんばかりに黒百合がディアボロを数える。
「事前情報が全てでもないからな――」
警戒は必要だ、とアデルが続けたところで、屋内で悲鳴が上がった。
「まさか!」
入りこんでいた!?
跳躍し、2階部分から入りこんでいたヘルハウンド――
怯える林の前に、素早くさんぽが駆けつける。
一触即発のにらみ合い、響くさんぽの声。
「邪魔はさせない…… 伏せっ!」
発動した影が、無理やりヘルハウンドに伏せの体勢を取らせた。
※影縛りです
「……」
「…………」
「………………」
峰雪、莉音、野崎、
それぞれに言葉を失いながら、一拍の後慌てて総攻撃を仕掛けた。
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治癒膏での仲間の回復を終えた佳槻が、ようやく肩から力を抜く。
「……足りないわぁ」
「いっそ、北半分の市街地も制圧したって構わないわよね」
戦い足りない黒百合とエリーが、燃やしたもののまだ足りない戦闘意欲を持て余す。
「依頼だから、な」
気持ちが解らないでもないが。と、アデルが諌めた。
「お写真、見つかって良かったですー」
「あ、これ、途中で見つけたんだ。きっと、これもおじいちゃんにとって大事なものだよね!」
笑顔と共に、さんぽは仕事道具を林へ手渡す。
「……これ」
目にした林が、今度こそボロボロと涙を落した。
「就職して…… 初任給で、贈ったものなんです……。手に馴染まないと使えないだなんて電話で言ってたのに……」
「来年は、陶器祭で……おじいさんの作った焼き物を買いたいな」
泣き崩れた林の肩を峰雪が優しく叩き、そしてハンカチを差し出した。
「平和が戻り始めた土地…… ねぇ」
「これからだな」
光纏を解いたエリーが、多治見の街を見渡す。並ぶアデルも同様に、光景を焼きつけた。
『元の姿』は知らない。
けれど、初めて訪れた時はここまで荒れ果ててもいなかった。
大きな戦いは終わり、そして別の戦いが始まっているのだろう。
この街で生きる、生きようとする人々の戦い。
「誰も彼も、すべてを助けることは不可能に近い。手のひらから滑り落ちてしまうものの方が多い……。そういった人の力になれるのが、この学園の学生なのかもしれないね」
(そういえば、家どうなってんやろ?)
莉音の実家は京都だ。
奪還する戦いは続いているし、参加もしているが、だからと言って実家へ寄るわけではない。
(壊れてたら、アルバムとか埋まっちゃってるかな。持ってこなかったプリクラ帳とか……前のケータイとか……)
ケータイ。
ふっと思い出し、莉音は無言で表情が固まる。
(バッテリーに彼女と撮った内緒のプリクラが貼ってたっけ)
青春あるある。
「帰れたら、探さな……」
帰りたい場所。
帰れる場所。
帰るべき場所。
帰ることのできない場所。
誰もの胸に、恐らくは存在する、大切な――。
辛くても。劣悪な状況でも。
捨てることなく、汚れることなく抱き続ける願い。
泥中の蓮、と呼ばれるような。