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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:15人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/04/30


みんなの思い出



オープニング


 南の大収容所に異変あり。
 西要塞を取り戻さんとしていたところへの報告に、米倉 創平(jz0092)は眉根を寄せた。
 勝算は十分にあった西要塞での撤退。隻眼の使徒の損失。
 その矢先の動き――
「……ダレス様」
 自分の案は、聞き入れられるだろうか。
 ――穴があったら埋めよ
 そう、自身へ指示を下した大天使。
 現状を招いたのが米倉の落ち度と考えていれば、跳ねのけられてしまうかもしれない。
 不安を抱きながら、米倉は代将へと進み出る。
 しかし。
 主君ザインエル不在の京都を死守しなければならないという考えだけは、共有していた。


 かくして進言は受け入れられ、精鋭を引き連れダレスは南へと向かった。
 米倉は敵の士気が上がった西要塞を充分に威嚇し、そして帰還する予定であった。
 北東の置き土産が撃破されたと知るまでは。




「米倉 創平!?」
 北東要塞からのSOSに、場は騒然となる。
「西要塞に居たんじゃないのか。いや、それより」
 中京城を中心に、内部を移動できる天界勢であれば、西から北東への移動も苦ではあるまい。
 結界のように建てられている要塞のせいで、こちらはグルリと動かなければならないだけで。
 監視塔を守る『鬼』を撃破し、陥落までもうひと押しの北東要塞。
 そこへ、六星枝将の長をも務めたザインエル配下の使徒が姿を見せたという。
 引き連れた少数のサーバントを軸に指揮を執り、戦況を押し返しているとのことだ。
 現れると同時に放たれた雷光の波により、多大な被害が出ている。
「与えられた時間は少ないな」
 撃退士たちへの情報をまとめ、教師はミーティングルームへと足早に向かった。
 会戦の勝利、要塞も半数近くを落とし、現状では撃退士側が優勢に思える。
 そんな中、向こうも焦りを見せ始めたということなのだろうか。
 あるいは、歴然とした力の差を見せつけるために?
 いずれにせよ…… 北東要塞に残された時間は、少ない。
 初手は威嚇の一撃だったのか、それ以降の攻撃はサーバントに任せているというが、昨年の戦いでは米倉自身が前線に立つ姿も確認されている。
 その為、当時の資料から戦闘スタイルも分析はできている。
 ある程度の対応は、できるだろう。
「撤退させられれば恩の字、か――?」
 ここで撃破することができれば最上ではあるが。
 さて――




 桜の花弁が舞い散る。
 遠く、どこぞの庭園の枝垂れ桜が、風で微かに揺れていた。
 儚い雪のようなそれに米倉は目を細め、そして見下ろす位置で戦う撃退士たちへ視線を移す。
 舞い上がる土煙も、監視塔の上までは届かない。
 ちっぽけだ。何もかもがちっぽけだ。
 自身が右手をかざし再びの雷撃を放てば、全てが焼け付き終わらせることができるだろうか。
 否。
 それだけでは、終わるまい。
 それだけで終わるのであれば、あの時、あの戦いで、諦めていたはずなのだ。
 そして――、聞こえているだろうか。
 大収容所の人間たちに、この戦いの音は。撃退士たちの声は。
 届いていればいい、そう米倉は考える。
 囚われの中で微かに抱く希望、それが精神力の源となり『収穫』に繋がればいい。で、あるのなら。
 ある程度、撃退士たちにも『頑張って』もらう必要も出てくる。
「最終的に、全てを打ち払えば良い」
 米倉の呟きは春の風に乗り、消えていった。





リプレイ本文


 ディメンションサークルから京都へと、撃退士たちが転送される。
 目的地と到着地点に誤差はあるが、遠目にも巨大な西洋建築物は確認できた。道に迷うことはないだろう。
 散り切る間際の最後の最後、願いを託すように桜の花弁が青空に舞う。
「……一年前とは違う、今回は助け出してみせる」
 かつての戦いに思いを寄せて、橋場 アトリアーナ(ja1403)は静かに闘志を燃やす。
(あの時はまだ俺も強くなく、米倉も天上の人だった)
 君田 夢野(ja0561)が撃退士として初めて京都へ踏み込んだ時、その髪は赤かった。
 風が撫でる黒髪。その隙間から臨む、要塞。
(だが今は違う、今なら奴に刃が届く。強くなった俺達の刃なら、きっと――)
「……っしゃ、久々に燃えてきた」
 夢野は、拳で胸を強く打つ。決意を新たに視線は前へ。


 一年前。
 学園史にも刻まれた、天界との大きな戦い。
 強大な天使。幾人もの使徒。
 学園総出で立ち向かった戦いから時は流れ、京都奪還の思いの糸を繋ぎ続け、今がある。
 はらり、はらり、
 追い抜いてゆく儚い花弁を背に、若者たちは走り始める。
 中京城を取り囲む八の要塞が一つ、鬼門にそびえる砦を目指して。


「将のダレスが負傷している今が、一気に押し込む好機。ここで負けるわけにいかないな」
 『月虹』の銘が彫られた刀の柄を手に、久遠 仁刀(ja2464)は晴天に伸びる監視塔を睨む。
 そう、敵の将・ザインエルは――事情こそわからないが――京から姿を消し、大天使ダレス・エルサメクが代将を務めている。
 先の戦いで、そのダレスに手傷を負わせることが出来た。このタイミングで、北東要塞には一年前から唯一変わらず京に居る使徒・米倉が姿を見せた。
 敵にとっても譲れぬ場、と判断したのだろう。 
 つまり、人間側には確実にモノにしたい好機。 
「米倉さんの撃破が出来るに越したことはありませんけど、今の流れを止めないためにも要塞を落とす位は成し遂げたいですね」
「私は最低限、米倉へ深手を負わせたい」
 仁刀へ、鑑夜 翠月(jb0681)と鬼無里 鴉鳥(ja7179)が言葉を続ける。
 米倉の撃破が成るかどうか。それを目指した結果として、何かしら得ることが叶うか。
 最初から低い位置に目標を構えては、その八割しか叶うまい。 
 けれど、高すぎても意味がない―― 『できるかもしれない』その可能性こそが力となる。
 その為に必要な、信に足る仲間がいる。
 常こそ鴉鳥は孤独を好むが、ひとを厭うわけではない。
 生という刹那の燃焼に懸け、生きる者へは、純粋に賞賛を覚える。
 彼らと肩を並べて戦うことのできる好機。
 逃さずに、ものにしたい。


「また会った、モモタロー」
「ん?」
 随分と下の位置から声を掛けられマキナ(ja7016)が視線を落とす。
 ヒョイと身軽な動きで追いついたのは龍騎(jb0719)だ。
「コンニチワ、鬼の首取ったキミ。ああ、斧担いでるのはキンタローだっけ?」
「…………」
 不躾な物言いに、リアクションに詰まるマキナの肩を、並走する鳳 静矢(ja3856)が笑いをこらえながら押さえた。
「北東要塞に関しては、君たちに一日の長があるのだね。頼りにさせてもらうよ。特に、鬼の首を取った……」
「笑う場面じゃないですよね!?」
 マキナと静矢の間には気安さがある。同じく鳳 蒼姫(ja3762)もまた、夫を守り抜こうと張り詰めていた空気を和らげ、微笑ましく見守った。


 要塞が近づいてくる。戦いの音も届き始めていた。
 龍騎やマキナと共に先の鬼型サーバント戦に参加していた水葉さくら(ja9860)はアルマスブレイドを活性化し、その背に小さな水の翼を生み出す。
 城門正面、そして右手へと展開する漆黒の猿を、まずは貫く算段だ。
「鬼は退治しました。その先に控えるのは……真打? いえ、大天使が更にいるのですから……ええと、鬼が前座で米倉は二ツ目でしょうか??」
「チョット違うと思うケド」
 生粋の天然を披露するさくらへ龍騎が口を挟むが、しばし考え、
「……。いンじゃない?」
 的確な表現がそれ以上思い浮かばず、投げた。
 真打登場には早いが、前座は倒した。その認識に違いはないように思う。
 天界勢の造りし八の要塞、三つは陥落し、ここを崩せば半数となる。
 節目の一つとして考えるのもいいだろう。
 二人のやり取りを耳にしながら、月詠 神削(ja5265)は頭の中で戦闘シミュレーションを重ねていた。
 その表情からは感情を読みとりにくい。心を押し殺し、戦いに専念したい――そんな気持ちこそ、神削は抱いている。


(……元々あっち側だった者としては、ほんのちょっぴり複雑かもね)
 対天界戦。
 堕天使であるユグ=ルーインズ(jb4265)は、音にできない感情を胸の中に吐き出す。
 今回の仲間たちに、ユグを『天使だから』という目で見る者はいないけれど。
「どっち側でも、やることは変わらんだろ」
 ユグの思考を読んだわけではないが、顔を見れば察するくらいできる。
 同じく天使である不動神 武尊(jb2605)は、胸を張り言葉を吐く。
「そうね」
 目標は、シンプルだ。
 人間側へと属する天使たちの経緯は実に様々。
 しかし、『そう』と決めたことに変わりない。
 武尊は既に前を向き、先へ進んでいた。振り返ることはない。
(アタシには、アタシの戦いがあるわ)
 ユグは笑顔を作り、地を蹴る足に力を込めた。


「取り返してやるわよ……絶対に」
 強い意志で、陽波 飛鳥(ja3599)は進む。
(犠牲になった人達の無念を思えば、大人しくなんてしていられない……)
 何が相手でも怯んでられない。強くなりたい。絶望も押し返せる程に。
 その思いが飛鳥を突き動かしていた。
(だから、私はここにいる)
 思う、それだけではなく。
 実現する、その為に。
 その隣、姫川 翔(ja0277)は言葉なく城門を見上げていた。
 翔には心に刻んでいる言葉がある。撃退士として実戦経験の浅い頃に、掛けられたものだ。
 その言葉に重なる、京に囚われた人々。あらゆる手で阻む使徒の影。
 追い続け、追い続け、遂にその影を踏むところまできた。
 その首筋へ、剣を伸ばす機が巡ってきた。
(……やらないよ。人をやめたお前なんかに。希望を持たない、お前なんかに。今も希んでくれている人達の……何一つ。やるもんか)



 鬼門たる北東要塞を打ち崩し、希みを繋ぐ、橋となれ!




●開門
 城門、やや右寄りに位置取り、鴉鳥が大太刀の刀身へアウルを込めて漆黒へと染め上げる。
「――征くか。共に切り拓くぞ」
「応」
 仁刀は月虹へアウルを通し、魔法属性の刀身を生み出した。
「まずは早急に数を減らそうか……!」
 並んで、静矢が前線へ。
「世界中のどの交響詩よりも壮大な序曲だ―― もっていけ!」
 夢野の叫びと共に、四人のルインズブレイドが同時に攻撃を放つ!!

 漆黒の閃光が砲撃として放たれ、
 月白のオーラが直線状に地を走り、
 紫の光が刹那に軌跡を描き、
 荒れ狂う歌声が要塞内へ響く。

「さぁて、行くですよっ!」
 開幕同時から手前のファイアレーベンが距離を詰めてくる。
 攻撃魔法を封じられる蒼姫に、何もできないとでも?
「舞うのです、蒼き鳳凰よ」
 軽いステップひとつ、生み出す蒼の鳳凰が羽ばたきと舞いでもって、サブラヒナイトの魔法矢から飛鳥を護る。
「ファイアレーベンを、よろしく頼むのですよっ」
「任せて」
 ショットガンを手に飛鳥は頷き、目標を定める。
 攻撃だけが、魔法じゃない。
 戦いは、一人だけじゃない。
 蒼姫の援護に後押しを受け、飛鳥は左前方へと踏み出した。
「さて――では君田、鴉狩りは任せたぞ」
 開幕一斉攻撃から、左・右・中央へと別れての進撃開始。
 離れ際、鴉鳥が夢野へと声を掛ける。
「月詠は猿狩りか? 余り無茶はしてくれるなよ」
「鬼無里もな?」
「……尤もだ」
 神削に返され、言葉に詰まった鴉鳥が苦笑いをこぼした。
「魔封波動があるうちは、動きにくいですけど」
 翠月は距離を保ちながら、前面の猿たちに向け氷の夜想曲を掛ける。
 撃退士たちの動きを察知してから、ファイアレーベン達は位置取りを変えてきている――恐らくは米倉の指示なのだろう。
 翠月が得手とする攻撃魔法は、現状では奥の敵へは届かない。それでも、できる限りの援護を。
「……近寄るなら好都合、なの」
 弓を装備したアトリアーナは距離を測り切り、右側に飛翔するファイアレーベンの狙撃に当たる。
 これを落とさない限り、中央に陣取るサブラヒナイトへ有効な攻撃を与えることが出来ない。
「真っ向勝負だな」
 物理属性へと切り替え、仁刀が続く限り白虹を放つ。
 ファイアレーベンの能力により魔法攻撃を消されるくらいなら、半減されようがダメージを与えるほうを選ぶ。
「深入りしない……とも、していられないようだね」
 乱れ飛ぶ魔法矢を防御しながら静矢が周辺に注意を走らせる。
 天界側の劣勢と判断すれば米倉自身の加勢もあるだろうとされている。
 そのタイミングを、デジタルに調整することは難しいことは、城門をくぐり、敵の動きを目にして理解できた。
 向こうとて、『鬼門より入りくる外敵』を排除せんとしているのだ。
 使徒が加勢してきたとして、さて、その時に自分たちの状況は――。
 頭の中で捏ね繰り回していても仕方あるまい。
 今はとにかく、この剣を振るい、道筋をつける!


「今、かなり機嫌が悪いんだ。運が無かったな、天魔共」
 低く呟き、神削は一斉攻撃に耐える漆黒の猿に対し、神速で大剣を振るう。
 仲間たちがファイアレーベンに専念できるよう、左班の壁を担う。
 翠月の魔法により、眠りに落ちたもの・回復したものと時間差がある分、余裕をもって対応できていた。
「おっと」
 神削の横をすり抜けてきた猿の爪を夢野が避け、返す刀で斬り伏せる。そのまま流れるモーションで
「今なら届くぜ、赤鴉」
 物理属性へと切り替え、夢野がティロ・カンタビレを放つ!
「一発だけかと思ったかい? ――この瞬間だ、マキナ君」
 ファイアレーベンが咆哮し、火球を落とす。爆発し、周囲を巻き込む――外側で。
「最初で最後の、一矢!」
 マキナは闘気解放で能力を上げ、アウルの矢で炎の鴉を撃ち落とす!!
「鴉の首も落とすとは流石だね」
「それでいじるの止めてください……」
 軽口を叩いている暇もない。
 すぐさま、奥に控える黒猿たちが押し寄せてくる。
「そう簡単に近寄れると思わないでよねっ」
 飛鳥が真っ先にショットガンで牽制し、弓から斧へと持ち替えたマキナが得物を振るう。
 神削は白色の大鎌を手に、中央寄りのサブラヒナイトへ魔法攻撃を繰り出す。
(ひょっとしたら…… ひょっとするか?)
 押せる。
 奥から繰り出される魔法矢が頬を掠めながらも、夢野は高見の見物を決めているスーツ姿の使徒へ視線を走らせた。
 奴が、いつ、動くか。
 それが鍵となるだろう。



●片翼
 一方、右側面でもスピーディに戦いは展開されていた。

 飛びかかる黒猿へグイと踏み出し、さくらはフェンシングによる確実な攻撃で刺突する。
 シバルリーで防御を上げたユグが蛇腹剣で後方から援護、立て続けにもう一体の黒猿が飛びかかるタイミングで、翔が封砲で纏めて穿つ。
「……通して貰う、よ」
 畳みかける攻撃、息の合った連携に味方の負傷も少ない。
「暴れてこい、天獄竜」
 武尊が赤黒い体のティアマットを召喚し、戦線を押し上げてゆく。
「蹴散らしてやるから来いよ」
 翔と武尊が、奥にいるファイアレーベンの攻撃に向かったことから、龍騎は残る黒猿、サブラヒナイトの引き付けを受け持つ。
 魔法を放てるかどうか、ギリギリのタイミング・位置へと引いて――
「ナンテ。何匹当たるかな?」
 子供らしい無邪気な言葉で、氷の夜想曲を発動した。
「ちぇ」
 機敏に避けられ、舌打ち一つ。
 猿の爪が皮一枚を裂くが、龍騎もギリギリで対応し、そのままハイドアンドシークで気配を断つ。
(ソロソロ、鴉も落ちるよナ?)
 奥へ進む龍騎に代わり、さくらがしっかりと黒猿を沈めた。
「成敗! です」
 機動力のある前線部隊を壊滅させ、一同の意気も上昇する。
「さて、ここが見せ場ってやつだと思わない?」
 ユグは光の翼を広げ、ファイアレーベンと対峙する。
 地上から遠距離攻撃が展開される中、空中で直接対決へと持ち込む!


「この日を……楽しみにしていた、よ」

 ファイアレーベンの巨躯が地に墜ちる。
 監視塔下に並ぶサブラヒナイトの矢は絶えず飛び交い、背面に回りこんだ龍騎がゴーストバレットを叩きこんでいた。
 そんな中、翔は足を止めていた。
 時間にして、戦闘開始から10分経つかどうかといったところ。
 経過でいえば順調だった。順調過ぎるほどだった。
 開幕と同時に正面の敵を一斉に弱らせ、そこを切り口に中央部隊も既にサブラヒナイト二体を落とした。
 左手からも威勢のいい叫び声が聞こえる。
 けれど。
 翔の周りは――翔の目指す先は、シンとしていた。
「……つまらない目を、してる、ね。何も……信じていない目、だ」
 監視塔の上で、一部始終を見届けている使徒――米倉 創平。
 春の京都の空に、あまりにも似合わぬ黒い影。

 ――動く、か?



●雷の光、蒼き槍
「久遠さん、そっちは大丈夫かい?」
「あと2ラウンドは行ける、問題ない――橋場は」
「……大丈夫」
「には見えぬが」
「無理はなさらないでくださいね」
「蒼姫が護るのですよ!」


「ッッしゃァアアアア!」
「マキナさん、背中!」
「――襲わせる俺だと思うかい? 作戦の内だ」
「もう一押し―― 向こう側が見えてきたわね」
「案外と早かった、な」



 城門から繰り出された鮮烈な攻撃を皮切りに、撃退士たちが獅子奮迅の勢いで攻め立てて来ていた。
 長くこの地で戦っている者もいれば……目につくのは監視塔を中心として突き進んでくる15人による三部隊、か。
(……増援か)
 流れを見つめ、その士気の高さから米倉は判断する。
 ファイアレーベンの魔封波動、サブラヒナイトの鎧に矢、いずれも長期的に相手取りそれなりの弱点・攻略法を見出したとて、簡単に崩せるものではあるまい。
 加えて北東要塞に常駐させている猿型サーバントは特殊能力こそないものの、場を撹乱させることに長けている。
 時間を稼ぐことはできる―― そう踏んでの布陣、そのつもりだったが。

 細々と、糸を繋ぐような戦い。小競り合いを続けてきた撃退士たち。
 『その程度の戦力しか割けない』というのが実情だと思っていたが、昨秋の会戦で敗北を喫したのは天界勢であった。
 ザインエルが不在だから? ――否、そうではないだろう。『そう』ではないだろう。
 『原住民』と天使たちは人間を呼ぶ。軽んじる。
 かつては人間であった米倉もまた、人の浅はかさ愚かさに愛想を尽かした者だ。
 しかし――しかし。
 全てが全て、そうであるのなら、今の状況は無いはずだ。
 単純に数だけの差であるのなら、今の状況は無いはずだ。
(俺は違う) 
 人の浅はかさ愚かさ、……そしてしぶとさを知っている。
(この砦、そう長くは保たない、か……。しかし相手に痛手でも負わせなければ、全て無駄になるな)
「面倒な手合いだ。予定より早いが……釘を刺すとするか」

 ――この日を……楽しみにしていた、よ

 不意に視線を感じ、米倉は動きを止める。
 土埃の舞う戦場で、ふわりと柔らかな金髪の少年が、こちらを見上げていた。深海のような色合いの瞳で、じっと。
「…………」
 そのまっすぐな視線を振り払うように、米倉は監視塔から立ち上がり、跳躍で螺旋階段の手すりへと降下した。


「さて、耐えられるか? 撃退士達」


 狙う先は、決めてある。
 目立つ動きをする者から、落とす。



●降りたる使徒
「……跳んで!」
 叫んだのは、翔だ。
 誰よりも注意深く、米倉の動きを見ていた。
 右手に雷光が収束するのと、足場としていた監視塔から立ち上がるのと。
 その向かった先―― 直線で結び、翔は仁刀に向けて声を張り上げる。
「! 来たか……!!」
 仁刀は目を見開き、しかし回避は取らない。
(長々戦っている時間は、無い)
 仁刀を狙い放たれる雷の槍に対し、弧光を展開する。
「まだ……まだぁああ!!」
 叫び、根性で立ち続ける。
「行け!! 今だ! 今が!!」
 自らも倒れるをよしとせず、敵将が動き出した機を逃すなと仁刀が叫んだ。


 右手に『紅月』、左手は『蒼海』を逆手に持ち、夢野は地上のフォローに回る。
「良い子だ……こっちに来い」
 魔力を込めた声で、サーバントたちを順次引きつけて行く。
 真っ先に襲いかかってきた黒猿は、神削の剣撃、飛鳥の糸とで動きを止める。
「そっちは任せた」
 仲間たちへ一声かけ、マキナは米倉へ対応すべく中央班へと加勢していく。
「レーベンに侍…… まだまだ退治しがいはあるわよね!」
 ギリギリと猿を断ち切ったところで、ファイアレーベンが翼を広げて飛来し、火球を吐き出す。
「案外と釣られやすくて助かるな」
「米倉の指示が外れたか?」
 夢野自身、挑発の効果はどれほどか賭けに近いものを考えていたため、上手くはまったことに少なからず驚いていた。
 そのことに対し、神削が一つの推測を挙げる。
 指揮官たる米倉自身が攻勢に集中し始めたため、細かな統制は難しくなっている?
「だとしたら、米倉の指揮も大したことはないな」
 そんなんじゃ、オーケストラも纏められまい。
 笑い、夢野は剣を振るった。
 避け損なった火球の爆発で手傷を負うも、その痛みもまた生きている実感だ。


「ここは任せて、行きなさい!」
 右側面ではユグが地上の敵を押さえ、味方たちに道を付けていた。
(アタシじゃ米倉ちゃんに有効打を与えるのは厳しい。だから仲間の邪魔をさせない為に、また、万が一があっても大丈夫なように……!)
「食らったら、ひとたまりも無い、な」
 仁刀は雷槍を耐えきったが、それも一度きりだけの、そして仁刀だからこそのことだろう。
 得ている情報として残っているのはもう一つ。雷槍より少し射程の短い範囲攻撃。
 それとて、避け切れるか…… 考えながら、翔は仲間たちと塊にならないよう回り込む。
(データでは、壁の歪みに飛び込んで……撤退したと聞く。今回は……どこか、逃げ場所が……ある?)
 だとしたら、そこを防ぐ。
 逃げに回る時、誰もが一番無防備になる。
 他の味方が攻撃を仕掛ける間に、退路を見つけ防ぐのも一つだ。
「少しでも、その瞳に焦りが浮かべば良い」


 地上の掃討を続ける者。
 使徒に向う者。
 その中でも、接近戦を挑むべく移動を加速する者――
 それらの刃が交わる前に、蒼雷の刃が地上を薙いだ。
「静矢さん! 静矢さん……!!」
 蒼姫が悲鳴のように名を呼ぶ。
「……倒れるのは要塞を落とした後だ。蒼姫、泣くのも全ての後にしよう」
「静矢さん……」
 気力で立ち続ける静矢が剣魂で自己回復をしながら銃を構える。
 塔から降りてくるようであれば接近戦での攻撃も視野にあったが、敵はあくまで距離を武器とするようだ。
 静矢は援護射撃に徹することとする。
「……そう簡単に、くたばりはしないのですよ」
 こくり。
 蒼姫は強く頷きを返した。
 万が一の時には、身を呈して―― 互いに強く、そう思えばこそ。
 倒れるもんか。くたばるものか。
 自分が生きれば、つまりは愛する人も生き延びる。

「自身では手が足りぬ事は重々承知……!」
 仁刀に静矢。中央班で固まっていたとはいえ、ピンポイントでキツイところを突いてくる。
 鴉鳥は軽い気絶から立ち直り、神速再生でいくばくかの回復をする。
 何度も何度も、先のような攻撃を放たれたのでは命が幾つあっても足るまい。
「思ったより早かったですが……。撃破、するつもりで行きますね」
 時間を目安に動いていた翠月だが、右側のファイアレーベン撃墜により魔法攻撃の枷が外れ、自身もまた米倉へ対応すべく意識を切り替える。
(けど…… 間合いを詰めること自体が、難しそうです)
 圧倒的に射程が違う。
 恐れず飛び込んだとしても火力と防御の差が激しい。
 着弾点から周囲8mの雷撃――このフィールド内においては驚異の範囲だ。
「けど…… 隙はあるはずです」
 諦めない。投げ出さない。
 前衛との距離も測りながら翠月は塔を足場とする使徒を見据えた。

 武尊は再びティアマットを召喚し、恐れることなく監視塔へと差し向ける。
「天獄竜、もう一度だ!!」
 マスターガードを駆使しながら、武尊は怒涛に攻め立てる。
「ハッ! 攻め込んできたかと思えば、今度はチョロチョロ逃げるか。所詮は人形、壊れるのが恐ろしいか?」
 撃退士たちの遠距離攻撃範囲に入らないよう立ち回る米倉へ、武尊が叫ぶ。
 感情の無い紫水晶の瞳が、冷たく武尊を見下ろした。ただそれだけ、言葉はない。
「ってかオッサンじゃん 。なんかムカツク。一発ぐらい食らわしてやりたいね」
 龍騎はハイドアンドシークで接近を試みた。
 監視塔自体からは降りる気配のない米倉へ、対応策は幾つか立ててある。
 地上から遠距離攻撃を続ける者と、あえて接近戦を挑む者。
 武尊の呼び出したティアマットが暴れている間が貴重なチャンスとなろう。
 
「……前回とは違う、今回はもっとしっかり、斬る」
 縮地を発動したアトリアーナが戦斧を振るう、――その身を雷の槍が冷たく貫いた。
「!!」
「橋場!」
 地上から仁刀が叫ぶ。
 ユグが駆け付け、落下する小さな体を抱きとめた。
「息はしてるわ…… 絶対、アタシが護るから」
(アタシは今ここでやれる最良の事を、全力でやるだけよ)
 サブラヒナイトの矢を防壁陣で防ぎながら、ユグはアトリアーナの目覚めを待った。

 大技の後は隙が生じる――果たしてそれが米倉の槍に当てはまるかは定かではないが、アトリアーナ単体への攻撃を仕掛けたタイミングで、続けざまにマキナが踏み込む。
「オラァアアアアア!!」
 猛々しい咆哮と共に薙ぎ払いをかける。回避されても構わず、鬼神一閃で斧を振りあげる!
「絶対に……引かないわ!」
 後方から、駆けつけた飛鳥が援護射撃を送る。
「なっ!?」
 刹那。
 バチン、と静電気のような光が米倉の周囲に発生した。シールド?
 マキナの一撃は確かに当たったはずだが与えたダメージはあまりに小さかった。
「食らってみる?」
 その後ろから、龍騎がダークブロウを放つ。
「おわっ!?」
 打ち合わせなし味方巻き込み範囲攻撃に、マキナと飛鳥が足場のバランスを崩す。
「味方のヒトは当たんないでよ?」
「そういうのは先に言え!!」
 一声叫び、マキナは更に踏み込むが、対して龍騎は距離を取る。天界の攻撃はマキナ以上に脅威だから慎重にならざるを得ない―― 否。
 米倉は跳躍一つで監視塔頂上へと戻り、そのまま雷光波を撃った。
「マキナさん!!」
 狭い足場で回避もならず、マキナもまた落ちてゆく。飛鳥が手を伸ばすも届かない。

「……逃がさない」
 翔が、他方向から階段を足場に跳躍で駆けのぼる。
 何度でも何度でも、立ち向かおう。
 その首筋に剣を当ててやろう。
「喰らい、つけ」
 ソウルイーターによる、黒い剣撃。
 しかし刀身は空を切った。
 この距離で。この距離なのに。

 ――これが、ザインエルのシュトラッサー。
 六星枝将の長をも務めた、使徒。

 紫の瞳が翔を見下ろす。
 カウンター攻撃が来ることを覚悟した時。
 頭上で舌打ち、下方で鬨の声が響いた。



●都の鬼門砕きし
「余計なノイズもヤボだろ? おひとり様で楽しみな、米倉クン!」
 地上のサーバント掃討が完了し、夢野が挑発的に叫ぶ。
 小天使の翼を使用したさくらもまた、翔の隣へ到着するも有効打を与えるに至らない。
「死に急ぐか」
 声は低く短く。
「……っ失礼、します」
「う、わ?」
 咄嗟の判断で、さくらは翔を抱え、再び翼へ飛んだ。
 雷の波は空を駆け、その後をゆっくりゆっくり、二人は降りてゆく。
 米倉には予想外の行動だったのか、微か、喉の奥で笑ったようだった。

「せいぜい、足掻け―― 今はな」

 ひらり、言葉を残し、姿を消す。
 瞬間移動を使ったのではない、監視塔向こう側へと渡り、撤退していったのだ。


「……雷、か」
 攻撃を当てられなかった悔しさと、自身の光纏の特徴とをないまぜに、龍騎は呟く。
 悔しい。
 ああ、悔しいとも。
「なんですか、あれ」
「防御スキルの一つに見えたが…… とりあえず、今はあまりしゃべらない方がいいな、マキナ君」
 畳みかけ、深手を負わせる好機だったのに、叶わなかった。
 気絶から目覚め、痛む頭を押さえるマキナの背に夢野が腕をまわして、支える。
「勝った―― と、言えるのかの」
「少なくとも、結果だけを見れば」
 鴉鳥を背負う神削は、ゆっくりと首を左右に振った。自身も手放しで喜べる心情ではない。
「全員無事…… 米倉は撤退…… 大勝とは言い難いが」
「少し、見えた気もするな」
 静矢の言葉に、仁刀が続く。
「見えた、ですか?」
 蒼姫は小首をかしげる。
「全ての能力を出し切ったわけじゃないかもしれんが、去年の戦いより、手の内は少し見えたように思うね」
 それこそ、全員が体を張って、引き出した。
「縮まらない距離を……どうすれば」
 放つことのできなかった最大火力。
 攻撃できていたら、何か違ったであろうか。翠月は唇を噛む。
「いざとなったら、監視塔の支柱を破壊して倒壊させるつもりだったがな」
 現物を見るまでは、それも可能かと考えていたが――。
 武尊は深く息を吐き出し、頑強な監視塔を睨んだ。
「これで、この要塞からは三下含めて敵勢は逃亡した、ということなのでしょうか?」
「……たぶん」
 さくらの言葉に、満身創痍のアトリアーナが応じた。
 ユグの腕の中、米倉に追従してゆくサーバントの群れを目にしていた。
「ここを……手放して。今度はどうするつもり、なんだろう」
 大人しく中京城へ引っ込むというのだろうか。
 翔は、米倉の去った方角へ視線を走らせる。
 中京城――。あそこを落とさない限り、京都を取り戻すことは叶わない。
 そのためには、周辺の要塞ひとつひとつを陥落させていかなければならないのだ。
「これで、四つ目、なんだね……」
 秋の会戦で勝利を収めてから、侵攻を始めて。
 折り返し地点、そしてまだまだこれから。
 手ごたえをかみしめるように、翔は口の中で言葉を繰り返す。

「あんた達、諦めんじゃないわよっ!! 絶対……絶対に助けに行くからっ!!」

 空に向かって、ユグが叫んだ。
 ここからじゃ形も見えない大収容所。そこに囚われている人々に向けて。
 感情を吸い取られ、休ませては再び―― そんな酷い仕打ちに遭って、それでも。

 助けるから。
 自分たちが希望となるから。
 生きていることをどうか、諦めないで。

 声が。気持ちが。どうか、届くように。


「……絶対」

 ユグの叫びに飛鳥が続く。
 それは固く強い誓いの言葉。



 鬼門。
 そう呼ばれる、北東の位置。
 打ち砕き、希望の吹き込む門となるよう。そう、していくよう。
 体に負った傷と共に、深く、心に。




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

希みの橋を繋ぐ・
姫川 翔(ja0277)

大学部4年60組 男 ルインズブレイド
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
金焔刀士・
陽波 飛鳥(ja3599)

卒業 女 阿修羅
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
エレメントマスター・
水葉さくら(ja9860)

大学部2年297組 女 ディバインナイト
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
泡沫の狭間、標無き旅人・
龍騎(jb0719)

高等部2年1組 男 ナイトウォーカー
元・天界の戦車・
不動神 武尊(jb2605)

大学部7年263組 男 バハムートテイマー
オネェ系堕天使・
ユグ=ルーインズ(jb4265)

卒業 男 ディバインナイト