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一夜限りの夢のこと。
今宵が夢か、それとも覚めたら夢か?
四月に騙される愚者となり踊る覚悟はOK?
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闇に消えた男の背をぼんやり見送る桜の精へ、そっと近づく白い影。
「今年も桜の時期が来たな。主に会うのも久しぶりじゃの……。壮健そうで何よりじゃ」
風呂敷包みを手に、近隣の土地神である白蛇(
jb0889)が姿を見せた。
「今日は何やら騒がしいのぅ。すぐに収まれば良いのじゃが」
「白蛇様。お久しゅうございます」
桜の精が恭しくお辞儀をすると、白蛇も気を取り直して風呂敷包みを広げ始める。
桜の時期になると訪れる蛇神――それが白蛇。桜の木と対話する位置へ腰を下ろす。
恐らく、騒ぎは未だ『始まって』いないのだろう。土地に縁深き者だけが感じる予兆だ。
「まあ良い、今宵は良き月じゃ。月の光の下の主は格別美しい。……くく、無論、日の下の主も美しいが」
白蛇は喉の奥で笑いながら、ふと顔を上げる。
長い銀髪の少女が、魅入られたように遠くから桜を見上げていた。
「綺麗ですね……」
ふわり、闇夜の中に、鈴のような声が浮かぶ。
「ああ、客人よ。良い時に来た。これより宴を始めるところじゃ」
「え、ここは……?」
雫(
ja1894)は我に返り、手招きする二人の少女――白蛇と桜の精の姿に唖然とする。
そしてようやく、どうやら帰宅途中に見知らぬ場所へ迷い込んだと気付く。
「酒は人の子の捧げ物、肴は我が巫女の手作りじゃ。どちらも頬が落ちるほどに美味である」
大量の1升瓶に、お重の数々が月明かりに照らされていた。
迷い込んだ、そこまでは納得した、が。眼前の二人をどう説明すればいいのか、雫には解らない。
「桜月夜の見せる夢にございます。よろしければ、こちらへどうぞ」
(夢、……そうか、夢)
すとん、と言葉が胸に落ち、『そういうこと』と雫は納得する。
「前に読んだ小説で桜の木の下に死体が埋まっていると邪推してましたが、この光景を見るとなんとなく納得してしまいますね」
冗談を口にし、雫は宴へと飛び込んだ。
「今宵一夜の幻に感謝を……」
夢のように、夢のような夜だから。
「眺めているのも楽しいかもしれませんが、……一杯付き合って下さいませんか?」
雫は、精霊へ申し出る。
お酒を飲んでみる、相応の年齢になってみる――そんな願い事も、今夜ならば、きっと。
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「……こんなに綺麗な夜なのに、物騒だね」
来る乱闘の気配に、街の平和を守るヒーロー、アデル・リーヴィス(
jb2538):職業・探偵は呟いた。
とある会社を調査中、ターゲットである男・※倉を発見し、尾行して今に至る。
結果、明らかに日陰で生きる人達の抗争現場に直面というわけだ。
一難去ってまた一難。更なる戦いが待っている。
(拳銃一丁で両方を相手取るのは命知らずだし、だからって見捨てるのはヒーローに反する気もする。さて、どうしようかな)
物陰に身を潜めるアデルの横を、さっと一つの影が駆け抜けて行った。
「部長!!」
※倉を部長と呼ぶからには彼も例の会社の社員なのだろう。
「……小野君?」
「可愛い部下参上や……ですよっと!」
グレースーツ姿の小野友真(
ja6901)は挨拶代わりに内ポケットからカッターを取り出して投擲、※倉へ襲いかかる敵を退ける。
「一段と疲労顔で退勤するから、心配して追っかけてきたんですぅ。案の定、一人でめんどい事を……」
「責任を取るのは私一人で済むからな」
「楽しそうやないですか! 声かけて下さいよ!?」
にべもない対応に、慌てて友真は縋る。
「事は常に、穏便に運ばねばなるまい――が、この時期ばかりは」
「……部長、まさか」
穏便に。しかしこの時期ばかりは。夜の公園。
友真の背に冷たい物が走る。
「徹夜の覚悟はあるか?」
「ふ。背中は任せて貰いましょか」
敵の手から離れたナイフを数本拾い上げ、愚問とばかりに友真は※倉と背を合わせた。
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この時期。決裂する商談。発生する争い。宿命。護るべき聖域。
そう、それは――
「珍しく定時で上がれたかと思えば!!」
声を荒げる壬生 薫(
ja7712)、彼もまた聖域の護りを任されし者。すなわちSHACHIKU。
・あんまり混んでない穴場で
・飲食禁止とか決まりがなくて
・桜が綺麗な場所を探しといてくれ、明日までに。
――という無理難題を上司に押し付けられたのが、つい何時間か前。
YES、花見の場所取りという名のシマ争いである。
スマホを駆使して穴場の公園に辿りついてみれば、放射状に失神している怪しげな黒服たち。
(平穏を愛し日常を尊ぶ自分として、関わりたくはないが、心底関わりたくはないのだが)
深く深く息を吐き、ゆっくりと吸い込む。
警察に通報?
そんな馬鹿な真似ができるか。そんな事をして、明日、この場所で花見ができるとでも?
「非常に遺憾、不本意ではありますが」
くいっと眼鏡の位置を直し、心を固める。
「……あの」
傍らでは、白い着物・青髪の少女が困った表情で薫を見上げていた。
「今から別の場所を探せと言われましてもね、ええ……無理な相談、というものです」
薫は首を横に振り、スーツの上着とネクタイ、バッグを少女へ託す。
「失礼ですが、これを預かって頂けますか?」
「え、あ、はい」
「問題は早期解決が基本ですから、ええ」
桜の精に背を向け、シャツの袖を捲りながら薫は戦闘フィールドへと駆けて行った。
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星のまたたく音すら聞こえそうな夜。散歩を楽しむ女子高生の姿が一つ。
「今夜みたいに月が綺麗な夜って、なんだか落ち着かなくなるんだよ」
桐原 雅(
ja1822)は、夜の猫のように軽やかな足取りで公園内を歩いていた。
「――ここに見事な桜があると聞いてきたんだが」
いつの間にか、雅の背後に立っていたのは礼野 智美(
ja3600)。
白い布に包まれた荷物を抱えた女子中学生。
「桜……、えっと、そういえば」
あった気がする。
靄のかかった記憶の糸を手繰り寄せ、雅は智美を連れて、桜の木を目指した。
白く浮かび上がる枝垂れ桜――その下で宴を広げる少女たちの姿。
幻想的な光景に、雅は言葉を飲み、対して智美は迷いなく進み出る。
「今年も、この時期が参りましたね」
「おぬしも来たか。華が増えるの」
白蛇が手招きをし、智美も笑みを浮かべる。
「姫神様より、実りを預かってまいりました―― ですが」
智美はそこで言葉を切り、周囲の闇へと視線を流す。
「無粋な部外者がいるようでございますね、御前を騒がす事をしばしお許し下さいませ」
「ボクも一緒に行くんだよ。気分が高揚して、身体を動かしたくなっちゃうんだよね」
雅も何かを嗅ぎ取り、智美へ同行を申し出る。視線を交わし、智美は頷きを返した。
桜の木に背を預け、日本酒で唇を濡らしていた雫は、そんな二人の少女の背を見送る。
頬はうっすらと桜色、ほろ酔い加減も良いところ……に見えて、一升瓶がゴロゴロと足元に転がっていた。
予言:20歳になった雫は、ザル。
長い髪は一房に纏め、スレンダー美女と化した雫は、少しだけ未来の己にちょっとだけ酔った。
桜の精が雫の隣に戻り、くすくす笑いながら杯に酒を足す。
「賑やかな宴は良いですね」
「えぇ…… 『賑やか』で済めばいいのですが」
そうは行かないのだろう。
雫は酒を楽しみながらも予感は抱いていた。
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※倉の鋭い回し蹴り、降りぬいた勢いで首筋目がけて踵を落とす。眼前の敵が崩れたタイミングで友真がナイフを放つ。
「ナイスコンビプレーやろ、今の!」
「口より手を動かす」
「あっ、はーい」
(誰かへ向けた信頼を少しでいい、今だけでもいい、……俺に下さい)
心の声が漏れないよう笑いでごまかし、友真は……突如として横に現れた熱量に目を見開いた。
「味方はひとりでも多い方がいいだろ? がはは!!」
どこから湧いた・久我 常久(
ja7273)。
巨体は頼もしげにウィンクを飛ばし、黒服どもを千切っては投げ、千切っては投げてゆく。
「――加勢する」
「助太刀するよ」
更に、智美と雅も続いて姿を見せた。
雅は、※倉を側面から狙おうとしていた黒服をアクロバティックな飛び蹴りで沈める。
学生服姿だった智美は、いつの間にか赤い袴の巫女装束、その手には仄かに光る剣がある。
「そちらは桜様に害意はないだろう。あちらは立ち会った私達もろとも消す心算の様だからな」
智美はそう断言し、峰打ちで鮮やかに周囲を薙ぎ払ってゆく。
「大勢と小勢なら、小勢の方に味方したくなるよね」
雅も華麗にナイフを回避しては、サイドステップを駆使して小柄に見合わぬ重さの蹴りで沈めてゆく。
「こんばんは、きみ達の味方だよ」
ふわり、ヒーロー参上。
アデルは、友真個人に向けて笑みを送った。
果たして、役者は揃った―― 否。もう一名、居る。
「ここで花見をするのは我が社です!!」
第三の男、壬生 薫。
「なん……だと?」
※倉は動きを止め、振り返る。
(黒い! 部長、真っ黒や!! オーラ的ななんか!)
「壬生と申します。貴方もまたSHACHIKUならわかるでしょう……。しかしこちらとて引くわけにはいきません」
「……エンジェル商会の※倉です」
「「まさかの名刺交換」」
シャツの胸ポケットへと名刺入れを戻し、そのまま薫は裏拳で背後から襲いくる輩を打ちのめす。
「7:3でどうです?」
流れる動きで、向かってくる相手にひざ蹴りを。
「御社が3か」
※倉は身を沈め、2人まとめて足払いを掛ける。
「部長は冗談がお上手だ」
刃物を握りしめる相手に、薫は遠慮なく容赦なく顔面攻撃を。
「え、なんなん、あのナイスコンビネーション」
「SHACHIKU的な相性なのかな?」
雅の一言が友真の心にクリティカルを叩きこんだ。
「……誰一人逃がさへんで? 今後の為にも、しっかりお仕置きな」
友真、真っ黒であった。
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騒ぎが騒ぎを呼び、30名程度と聞いていた敵勢が、恐らく社員総動員レベルで増えてきている。
「華を愛でない無粋な輩ですね……」
黒服が桜の木目がけて落下してきたところで、雫は音なく立ちあがって衝突を防ぐ。
凶器として使用した一升瓶をそっと降ろし、
「すみませんが野暮天共に少々お仕置きをしてくるので、場を騒がさせて戴きますね」
白蛇たちを振り返る。
「故意であろうとなかろうと、この桜に手を出すならば容赦はせぬ」
人の子らのヤンチャを静観していた白蛇であるが、桜にまで害が及ぶとなれば話は別。
「来い我が眷属よ!」
一声発し、神威・堅鱗壁、二体の龍を召喚する。
「鱗の司よ、桜を守っておれ。神威の司よ、共に来い。――奴らを叩きのめす」
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乱闘がようやく鎮まったか―― 皆が肩から力を抜いた。
その時。
「クッ、ククククク……」
地よりも深い笑い声が響き渡る。
「馬鹿め! 敵はそいつらだけではないわああああ!!」
突如として身をひるがえすのは常久だ。なんということだ!!
「ムーン・ホーリーライト・マジカルパワー……」
直接描写危険、混ぜるな危険の呪文と共に、常久の巨体が月の光を浴びて星空へと浮上する!
銀色の光に全身が包まれ、空中に固定された元素の力によって衣装がメイクアップ!
「愛と! 正義の! 月と星の戦士!! もちぽん、直々に御褒美あげちゃうわ!(裏声)」
※衣装はミニスカートにパッツパッツなアレです
「……部長は闇の戦士かな」
「小野君?」
「そんで、俺が太陽の戦士サンシャインな! 明るく照らすでー! なーんt」
「小野君?」
「すんません、おちゃめ心です、真顔で見下ろさんでくださいできれば笑ってください……」
「あれは何だ!?」
どこからツッコミを入れればいいのか分からぬ状況で、智美が叫ぶ。
空から、月と星の戦士そっくりの物体が落ちてくる。
「ふはは、罠だ!!」
分身の術によるハリボテに皆が視線を奪われる間に、常久は遁甲の術で巨体に見合わぬ高速移動。
智美の懐へ、常久が飛び込もうとしたところで悲鳴が上がった。
「……目が潰れたんだけど、どうしよう?」
「見てへん、俺は何も見てへん」
ひらりとめくれあがった常久のスカートの下、金色に自己主張して輝くブーメランパンツ。
アデルはその場に崩れ、友真は力なく首を振る。
「喧嘩両成敗じゃ。頭を冷やすが良い!」
敵にも味方にも属した常久が代表として、駆けつけた白蛇の使役する神威のインパクトブロウで天高く飛ばされた。
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戦い終わって夜は更けて。
桜の下では、盛大な宴の準備が済んでいた。
桜の精が、笑顔で迎える。
「お酒飲む? きみさ、もう少し気楽に構えなよ」
アデルが、※倉の隣に膝をついて酌をする。
「はーっ、適度な運動の後のご飯は格別なんだよ。こうして桜を見上げると、スポーツドリンクでも風流だね」
雅は、肩を並べて戦った智美に笑いかける。
どこか、肩の荷が下りたかのような表情で、智美も夜桜を楽しんでいた。
「帽子、ズレてるぞ」
智美が雅のベレー帽に手を伸ばし、異変に気付く。
ひょこり。
そこから覗いたのは……黒く艶やかな猫耳。
「「!!?」」
周囲の視線が、一斉に雅へ集中する。
「え? ……え?」
気づくと、しっぽまで!?
――綺麗な月夜は、体を動かしたくなる……
その理由は……
「ワシだって。ああいうカッコしたくない…… 幹部クラスはキャラ付けしろっていう会社の方針だから……」
両手で顔を覆う常久の背を、ポンと友真が叩く。
「なんとなくわかるで。俺もヒーロー目指してますからね☆」
「……ヒーロー?」
その一言に反応したのは、アデルだ。
「きみはどうしてヒーローを名乗るの?」
「……必要とされたいから、かな。憧れなんや」
俺が居てもいい意味が欲しい。友真がそう続けると、アデルは微かに瞳を揺らす。
「……きみの決意は、忘れないようにするね」
(誰かの為にヒーローで在る事は、とても素晴らしいだろうから。自己満足でヒーローを名乗るわたしより、余程)
「参戦を決めたのは、きみが何か決意を秘めてる雰囲気だったからなんだよ」
淡々と告げるアデルに、友真は目を丸くする。
「職業柄いつか対立するかも知れないけれど……わたしも、拘るよ。この広い街を、護り抜いてみせる」
「この街は、ヒーローがいっぱいやんな!」
「うん」
「がはは! 月と星の戦士もいるぜ!」
「「ごめん、それはちょっと…… 忘れたい」」
土地の姫神に仕える戦巫女である智美の、本来の役割は懇意にしている桜の精への届け物。
宴の騒ぎを縫って、智美は桜の精の隣へ。
「太陽の元ではお会い出来ませんですし……無事お届けできてよかったです」
桜の精の笑顔が花咲く。
柔らかな春の風が花びらと戯れる。
「本当に……見事ですこと」
匂うような、春の宵。
一夜限りの夢であるか、あるいは――
「明日も勿論仕事です」
※倉との会話で零れた薫の一言は、限りなく現実的であった。
目が覚めて、泣かない勇気の準備はOK?