●狩られし刃
お気に入りの刀だった。
銀色に輝く、美しい刃。
自慢の刀だった。
血に汚れ、なおもギラギラと瞳を輝かせ。
刀狩。
人は彼をそう呼び、面白がって私も呼んだ。
天魔を相手取り狩ってゆく『撃退士』、それさえも狩り取る自慢のヴァニタス。
実力至上の冥魔の世界、己の力を分け与えるヴァニタスは一つのステータス。
失うことは、大きな痛手。
だからこそ。だからこそ。
私は彼を大切にし、そして加勢はしなかった。
彼が狩られたのは――結局は、私の落ち度となろう。
嘲笑う仲間たちもいるだろう。
だからこそ。だからこそ。
戻らぬ日々を嘆く暇はない。これ以上、喪わないための戦いが待っている。
●
『人』かもしれないディアボロを薙ぎ倒し、蹴散らし、撃退士の集団が多治見の街を駆ける。
頬を撫でる風ばかりが優しくて、春の訪れがこんなにも悲しい。
この状況で、街に取り残されて、正気を保っている人々はどれだけいるというのだろう?
辛うじて残る大きな建物を横目に―― しかし、撃退士たちは目的地へ向け、駆ける。
多治見ゲート。
女悪魔ディアン=ロッドが展開した、忌々しきゲート。
そこさえ潰せば、街は、戻る……!!
●希んだ果てに残りしは
空は不変の黄。偽りの銀月が、今日もプカリと浮いている。
なだらかな丘陵となっている赤き花畑を踏み越え、撃退士たちは幾手にも分かれて行った。
幾つかはゲート内のディアボロのみを相手取るために。
一つはコアへ集中攻撃を仕掛けるために。
そして一つは、ゲート創造者たる悪魔を討ち果たすために。
「綺麗……」
踏みしめるたびに、花畑の紅い花弁が散り、黄色い空に消えてゆく。
幻想的な光景を前にして、雫(
ja1894)は慌てて首を横に振った。
「多くの人が紡いだ千載一遇のチャンス、責任重大ですね」
そんな雫もまた、紡ぎ手の一人である。
以前実行された、多治見病院の救出作戦に参加していた。雫は、身動きが取れず助けを待つしかできない人々を目の当たりにしている。
「まったく、ゲート内ってやっかいよね」
ゲート主に敵対する存在へ、一律の能力ダウン。その影響は愛用の魔具・魔装にまで及ぶ。
装備コストの調整のため、愛用の魔装の活性を幾つか切りながら六道 鈴音(
ja4192)はぼやく。
「筧さん、私はあのバカとは違うから、安心していいわよ」
召炎霊符をひらひらさせながら、先導する卒業生へ、声を掛け。
「え? あのバカ、って」
「失敗は、私が取り返すわ。それで帳消しにしてやるんだから」
「……ああ」
失敗――前回のゲート戦では、コアを破壊することも悪魔を撃破することも、できなかった。
目的を達成できたのかどうかでいえば『失敗』と判断するしかなかった。
鈴音は、当時の依頼に参加していたメンバーの幼馴染だという。
「期待してます」
筧は口の端を上げ、短く頷いた。
(……全て、一瞬で失ったかと思った)
二人のやり取りを聞きながら、紫ノ宮 莉音(
ja6473)は口を結んでいた。莉音は前回のゲート戦参加者だ。
悪魔と対峙し、その攻撃を正面から受けた。倒れる友人も目にした。
(あの日の気持ちは絶望と呼ぶにはフワフワしてて、もう少しで目が覚めるんじゃないかと……そんな気がしてた)
届かない。
力を尽くして尽くして、そして――隙をついての爆撃。視界に広がる赤い花。
無力が、怖い。
それでも時間は止まってくれない。
(悪魔の気持ちは、わからない。その目は開いていて僕らを見たけど……何かを見失って、佇んでいるように見えた)
持つ者は与えられ、持たざる者は奪われる。けれど勝ち取るために、かける望みは捨てられない。
(……勝つのは希望を持つ者だ)
「莉音君?」
筧に呼びかけられ、そこで莉音は顔を上げた。
「……勝ちます。こう見えて肉食系ですし」
決戦に向けて、昂る気持ちと。上滑りしないよう、地に足を張る声と。莉音は音にして、確かなものとする。
緊張をほぐす笑顔、大きな手のひらが軽く一度、莉音の頭を叩いた。
「祈りや願いはとうに済ませました。今を変えるのに必要なのは、悪魔と戦う覚悟だけです」
シャノン・クロフォード(
jb1000)の声に、震えは無かった。
戦うことが、怖い。
敵味方、あるいは自身を含め、傷つくことが怖い――無意識下の怯えも、今は封じなければ。
今の状況で、誰が最も傷ついているだろうか? 戦う手段を持たぬ人々、だ。
ゲートの外。結界の中、結界の外、助けを呼ぶ声すら枯れ果てた人々がいる。
(ここは負けられない戦い……。勇気を出して、頑張るの)
怖くない、と言えば嘘になる。
シャノンの言葉に後押しされるように、若菜 白兎(
ja2109)は胸を張り、先を見る。
(届かないなら――届くまで押し通すだけ)
皇 夜空(
ja7624)は言葉なく淡々と、背負うリスクさえ気にせずに進む。
「準備おっけー★ ふゆみ、がんばっちゃうんだよっ☆ミ」
新崎 ふゆみ(
ja8965)の明るい声が、重々しい空気を取り払った。
他方。
対コア破壊部隊は、別ルートを進んでいた。
三度目の、激突。
フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は青い髪をなびかせ、走る。
コアを守る障壁、そして悪魔自らが発動する防護陣。それらを前に、攻撃は阻まれ続けた。
けれど、今度こそ。
「前回の失敗を繰り返したりなんかしないんだぞ!」
フラッペの胸中を代弁するかのように彪姫 千代(
jb0742)が息巻く。
「経験者が同行してくれるのは、非常に心強い」
部隊を束ねる陰陽師・夏草が二人を振りむいた。
総勢10名程度の部隊だが、『悪魔が死守するコアへ攻撃を仕掛ける』そのリスクと重要度は高い。
障壁には反射などといった能力はなく、コア自体が反撃するということもないが、悪魔の攻撃対象と認識されるとバランスが崩壊する――その為に、対悪魔部隊と目的を明確に分けている。
ゲート中心部をまっすぐに目指す二つの部隊。
その周辺では、既に戦闘が展開されている。
ディアボロの翼が生み出す風で花畑が揺れていた。
「露払いは任せた以上、本命のあたし達が努力するのは当然よね」
月丘 結希(
jb1914)が、紅い丘の頂上に達しようという時に完全な戦闘態勢を整え――
筧の光信機に、対コア部隊からの連絡が入る。
――危ない、下がれ
光信機から漏れ聞こえる声。
何が起きようとしているか、判断するに時間は要さなかった。
赤い花、と名付けられた広範囲の攻撃魔法。
周辺のディアボロ対応部隊への威嚇攻撃だったのだろうか。
斜面を越えた、こちら側まではダメージは及ばない。余波で、花畑が薙ぎ倒されただけ。
複数部隊による一斉突撃という形は、少なからず悪魔の行動パターンに変化を与えているようだ。
「この好機。何としても、ものにしなければならないでしょう」
光纏することで髪と瞳が深紅へと変化した戸次 隆道(
ja0550)は高揚を抑えながら。
(勝利のため……身を惜しんでもいられないかもしれないですね)
決死の覚悟、そう呼べるもののはずなのに。どこか楽しげなのは、彼の感情のどこかが欠落しているとでもいうのだろうか。
前回の報告書では、撃退士たちを前に鉄壁の防御を貫いたという悪魔。
果たして、今回はどうだろう。
「悪魔とは結構戦った。悪魔と言うだけではツマラナイ。……愉しい奥の手、期待してるよ?」
愉悦に瞳を輝かせるのは鷺谷 明(
ja0776)だ。
(まずは、敵分析からか)
コアにしろ、障壁にしろ、悪魔にしろ。
今まで得ている情報が圧倒的に少ない。
何が有効で、何が無効か? 戦いながら見つけて行くしかないだろう。
丘の頂上へ至り、悪魔とコアを見下ろす…… 対する赤い瞳が、ほんの一瞬、明と交わった。
悪魔は、より強い力を希み。
撃退士たちは土地の平穏を希む。
激突の果てに、残るは――……
●その胸に咲く赤き花
「……また来たの?」
黒い翼を広げ、女悪魔ディアン=ロッドはフラッペに対し首を巡らせた。
赤い花を発動した指先は、しなやかな動作で降ろされる。
「今日は、いつになく騒がしいと思っていたら。あなたもいたのね、フラッペ」
「……ディアン。ここで終わりにしよう」
悪魔は、自分を覚えていた。フラッペの胸の奥、名もない感情が震える。けれど、今は。
「ボクの名前は、フラッペ・ブルーハワイ…… 最速のコア・ブレイカー……なのだ!」
名を呼び合い、そしてフラッペはグイとカウボーイハットを深くかぶり直す。銃を抜く。
蒼い風を纏い、風となり、一気に距離を縮め、コア障壁へと攻撃を展開する。
対コア部隊が疾風の攻撃を仕掛け始めた頃。
「喰らえ! 六道呪炎煉獄!!」
六道家、炎の魔術最大奥義。紅蓮の炎と漆黒の炎が束となり、悪魔へ向かう。
挨拶代わりの全力を、鈴音が叩きこむ。
莉音が他方向から、ヴァルキリージャベリンを放つ。
攻撃が通らない? ――それでも構わない。
「夢現の狭間にある者に、これ以上は奪わせない」
カオスレート補正を全力で乗せた、莉音流の、宣戦布告。
相手の顔色が変わらないから判別しにくいだけ――攻撃を無効化している動作は見えない。
少しずつでもダメージを蓄積させられれば、それでいい。
丘の上からは、夜空によるスナイパーライフルでの射撃が絶え間なく続けられている。
当たる・通る・全てを気にせず、ひたすら弾幕を張る。
「あいにく様、武術に秀でた訳でも、戦闘経験が豊富な訳でもないです。……血湧き肉踊るような死闘はお見せ出来ませんが、あなたを倒すつもりで相手します」
今を変えるのに必要なのは――……
シャノンにとっての『今』は、彼女自身が抱える心の『今』。
豊穣の女神の名を冠した刀へ光り輝く星の輝きを込めて、振りぬく!
(手持ちのカードは、切れるだけ……!)
するりと回避され、冷たい瞳に見下ろされても、シャノンは歯を食いしばり果敢に攻め立てる。
何か一つ、ヒントになれば。戦いの中で掴み取る情報となれば。
同時に展開されるコアへの攻撃。
悪魔はそちらへ防護陣を張り続けている。
それでいて―― こちらの攻撃は、こんなにも届かない?
「金城鉄壁、すごいねえ」
開始直後の仲間たちによる集中砲火を前に、明は愉悦に目を細める。
さて、その鉄なる壁を、ネズミが食い破って見せようか。
なにかしら、どこかしら、隙はあるはず。
(なるほどなるほど)
蔦の鳥籠に守られた、コア。赤い花。
悪魔の翼の付け根あたりから伸びる蔦により、彼女と障壁は繋がれている。
(エネルギー伝達、生命力同期、防壁能力の行使媒体……そんな辺り、だろうか)
自らの行動力を抑制してまで繋げているのは、『直接的に力を送る必要』があるから?
明はそう、推論を立てる。
(ふむ)
本調子ではない、のは確かなのであろう。
こんな目に見えた形でコアを守るだなんて、そうでなければ悪質なトラップか。
となると、調べる要素の一つは防護陣の能力だろう。
対物、対魔によって効果に差はあるのか?
同時に幾つも張れるのか?
受け防御可能にするスキルなのか、ダメージ軽減なのか、あるいはダメージを肩代わりするスキルか。種類は一つか?
打ち破るべき壁。
その能力を把握しなければ、むやみやたらに火力を投じても前回の二の舞だ。
「試させてもらおうか」
明の腕が、獣のそれへと変化する。軽く跳躍ひとつ、距離を縮めて悪魔の顔面へと狙いを定め――
ひらり、ステップ一つで回避される。
明はすぐさま体勢を整えるが、向こうはこちらを見てすらいない。
波状攻撃ひとつひとつを、回避あるいは片手で往なし、
(どこまでも、防護陣はコア優先――)
あの状態では発動を続けてばかりなのではないだろうか。
【万力】で朦朧状態にハメてからの対応を見たいところであったが、第一に当たらない。
それでも一つの、答えを得た――といったところだろう。
「燃え燃えしちゃうよっ…… ふゆみ★ふぁいあーっ!」
先手を決める仲間たちに続いて、闘気解放で能力を上げた阿修羅たちの攻撃が幕を上げる。
「ふゆみ必殺★どどーんっ!」
真っ先に、ふゆみが掌底を叩きこんだ。
「キレーなお花だけど……これがあったら、みんながどんどんやられちゃうんだよっ」
(悪魔とコア、引き剥がせないかなっ?)
狙うはコア障壁、そちらは対コア部隊が取り掛かっているから、こちらの管轄ではない、が――
ヴンッ、
機敏に発動する透明な板状の防護陣に阻まれ、攻撃自体は通らない。
蔦が微か、伸び、鳥籠ごとコアの位置が動くが……戦況に然して影響を与えるとは思えなかった。
「蔦そのものだったらどうかなっ★ミ」
意識を切り替え、鬼神一閃。伸びきった蔦へ、ふゆみは刀を振り下ろした。
タイミングを合わせ、隆道もかかと落としで追撃を加える。
「コア、蔦、本体と繋がっている以上は何か理由がある筈」
すかさず雫が【地すり残月】を放った。三日月状の軌跡が大地を這い、悪魔を襲う。
コアも巻き込めればと狙うが、もともと距離を保たれているせいで刃はそちらまで届かない。
「まだまだっ」
微かに、掠めた――? 魔法よりは物理攻撃に弱いかもしれない、その見立てに間違いはないのだろうか。
雫の攻撃により、悪魔の白い腕が微かに裂傷を負う。小さく鮮血が飛ぶ。
目に見えるダメージは、これが初めてだ。
そして。
ふゆみ・隆道の連携により、コア障壁と悪魔を繋ぐ蔦が断たれる。
(無意味、なのか……あるいは更に深い繋がりなのか)
切れ、しかしすぐさま触手の要に再結合した蔦を前に、明は思案する。
(ダメージ軽減する避雷針的な役割……とも、違う?)
明と同様に、鈴音は蔦の役割を気に掛けていた。
絶えず攻撃魔法を繰り出しながら、コア部隊による攻撃、発動される防護陣との関係を目端に収めている。
「これで…… どうだぁ!!」
自分の魔力が届かない。
それは、純粋に力の差からくるものなのかもしれなかった。
敵は『悪魔』。ディアボロとは違う、ましてやヴァニタスとも。それらの造り主なのだ。
悪魔も力はピンキリだというが、相手の階級さえ自分たちは知らなかった。
それでも――『機はあり』と託された任務。戦い。折れるわけにはいかない。
鈴音は咆哮し、【六道天啼撃】を繰り出す!!
出し惜しみなしの全力攻撃、旋風が悪魔を包み込む。
(ん、やっぱり蔦で繋がってるのが気になるの……。繋がってないと護れないのか、それとも自身に不都合があるのかも?)
鈴音の攻撃に対しても護り一辺倒の姿に、白兎は状況を整理した。
(攻撃と防御を両立できてない、のかな?)
「気の強いお嬢さん、それでおしまい?」
悪魔が、鈴音に向けて笑って見せる。
絶え間なく張り続けられる防護陣が、一瞬だけ解除され……
パチン、右手の指が鳴る。
黒い魔力の波が、前衛を襲った!
「!!」
赤い花とは違い、対象範囲は狭い。
外部にいた白兎が、慌てて回復魔法を施す。
「かかったわね、このアホ!」
絶対に来る。
確信に近いものを抱いていた鈴音は、がっちりと受け防御で防ぎきる――守れる。
敵へ攻撃が届かなくても
敵の攻撃もまた、自分には防ぐことができる!
「凍てつかせてあげる! ――六道冥氷波!!」
鈴音の新必殺技、本当はもっと別の場所でお披露目する予定だったけれど……同じ『悪魔相手』には変わらない。
ようやく習得した、六道家に伝わる氷の魔術最大奥義。
凍気の嵐が巻き起こり、蔦もコア障壁も悪魔をも飲み込む。
(攻撃が通らない? そんなの、関係無いわ)
受け止めるというのなら、望むところだ。この奥義、掠りさえすれば――!
悪魔の足元が、音を立てて凍りついてゆく。
目に見える、温度障害の効果。
機を逃す仲間たちじゃない。
「今、ですね」
すかさず、隆道が鬼神羅刹で弾き飛ばす。
「残念無念。そこには今さっき、罠を仕掛けた」
わらい、明が悪魔の着地点を目がけて【喰罠】を発動する。
異形の大顎が地表より発し、悪魔の肩を掠めた。
(おや)
虫や異形に悲鳴を上げるタイプとは見えないが、一矢浴びたことに屈辱を感じているようだ。
表情の変化に、明は片眉を上げた。
「あんまり手間かけさせないでよねッ!」
自身も範囲攻撃を受けた身であるが、傷はまだ軽い。
【Genbu】を発動させ、祐希は雫を送りだす。
「勝負はこれから! まだまだ、行くよッ」
そのまま、自身は闘刃武舞を放って。
更に後ろからは、回復役へとスイッチしたシャノンから手厚い援護が来る。
仲間たちの層も、厚い。
敵から一撃を受ければ、すぐさまボロボロになってしまうけれど、立ち上がる・立ち続ける意思は捨てない!
強気な祐希の声が周囲を力づけた。
●月と共に沈めて
(俺は俺の出来ることをやるんだ…… 父さんと莉音が向こうで頑張ってくれてるんだから!)
筧を父と呼び慕う千代が、鋼の虎を放ち切ったところで変化に気付く。
コア攻撃に集中している部隊だからこそ、悪魔の様子がよく見えた。
開戦当初、常時展開されていた防護陣の頻度が落ちている。
時折、こちらへの対応を後回しにして、対悪魔のグループへ攻撃魔法を放っているのは……
(距離をとって、いるのか??)
物理属性・魔法属性、どちらにも完璧と呼べるほど強固な防護陣。
無限に使える術でもないだろう。
コア障壁自体の防御力だけで十分対応できる、そう判断しての切り替えか、あるいは悪魔も向こう側に押されているのか。
「父さんが見てないなら…… 少しは無理が出来るんだぞ……」
『父』が聞いていたなら羽交い絞めにされそうな言葉を呟き、千代は足に力を入れる。
冥府の風を纏い、もう一押しを捻じ込む!!
(莉音、そっちは頼むんだぞ!!)
悪魔を挟んで向こう側で戦いを続ける友人の声が、莉音へ届いたかは定かではない。
前衛での魔法攻撃に耐えきった莉音は、鈴音の作りだした隙へレイジングアタックで畳み掛けていた。
(悪魔は、僕たちを馬鹿にしている……!)
最大の隙は、それだ。
「勝つのは、希望を持つ者だ!」
今もう一度、言葉にして、莉音は薙刀を振りぬいた。
こちらを侮り、力尽きたと見て反撃をするならば、それこそが罠。
力を温存しているとは見せないこと。それが『機』となる!
「ショージキ、このケッカイの中戦うのはしんどいけど…… みんながんばってるんだもんっ、ふゆみも全力だよっ!!」
同行している多治見のフリーランス、加藤が癒しの風を吹かせるも、体力の完全回復には至らない。
傷の残る手で刀を握り直し、ふゆみは前を向き続ける。
「かわいそーだけど…… ブッコロ☆しちゃうよっ!」
終わらせるんだ。
ここで。この戦いで。
そう思わなければ、勝つことはできない。
(少しずつ…… 防護陣を張る頻度が減ってますね……)
天翔弓を引きながら、シャノンは後衛より悪魔の動きを注視する。
「――死に物狂いで歌うがよい!!」
砲台と化し、アウル弾を撃ち続ける夜空が叫ぶ。口の端を上げ、標的から目を逸らすことなく。
(あと一押し、か?)
悪魔の行動の異変には、夜空も気づいていた。
丘の下で戦う仲間たちの消耗は、フェイクと真実が入り乱れている。
あと一手――
夜空はスナイパーライフルからアジュールへと活性化を切り替える。
斜面を駆け降り、全力跳躍で飛びかかる!
「死して拝せよ――『神殺しの槍』をッッ!」
右眼を紅に染め、夜空はロンギヌスの聖槍を放った。
「……ふぅ」
女悪魔は呟く。
「これで、周辺は全部入った?」
パチン。
左の指を鳴らす。
刺突を狙った夜空の攻撃は悪魔の頬を掠め、そして。
白い魔力の花が咲く。
対悪魔部隊を射程に収めた範囲魔法――『赤い花』ほど広くない。故に力を込めた、幾分か強力な攻撃魔法が襲う。
「――皆ッ、どうか、生きて……!!!」
飲み込まれる様を、フラッペは、千代は、呆然と見守るしかできなかった。
駆けつけるわけにいかない。
回復する手段を自分は持たない。
じゃあ、出来ることは?
『俺に、これ以上、悲しい顔をさせたいのか?』
(俺は! まだ……!!)
先の戦いでの、筧の言葉が千代の胸を過ぎる。
重体寸前の自分に対して、撤退を促した一言だ。
もう一度、冥府の風を纏い、千代は大鎌を手にコア障壁へ攻撃を繰り出す。
「!!」
銃撃を繰り返すフラッペ、そして千代が一瞬動きを止める。
――防護陣が、発動しない。
「今のうち……!!」
悪魔とて、無償で魔法を扱えるわけではないということだろうか。
少なくとも、『白い花』発動後には硬直時間があるらしい。
対コア部隊は後回しにしてもいいという判断の上で、対悪魔部隊を蹴散らす行動に出たというのだろうか。
それもまた、――好機。
立ち込める爆煙、加藤が活性化していた『神の兵士』の射程内に居た者たちが、なんとか立ち続け武器をとる。
その中から一つ、飛び出す白い影――白兎だ。
攻撃のタイミングを読み切り、防御に徹して防ぎきった。そのまま懐へと飛び込み、大剣へと活性化を切り替えてのカウンター攻撃!!
「届け、なの――!!」
光を纏う、渾身の一撃。
――届く。無防備となった悪魔の肩口、黒い装束を確かに裂く。
「負けてらんないんだったら!! 起きて、夜には早いわ!」
【Genbu】による回復を使い切った祐希が、いち早く攻勢を取る。
気絶から目覚めた隆道は、後衛からの回復魔法を待たずに温存していた闘神阿修羅を発動、流れる動きで鬼神羅刹を打ちこんだ。
スタンは与えられないが、確実な手ごたえを感じる。
「ふ ふ……夜には些か、早い、ですけどね」
ゆらり、闇を纏って明が立ち上がる。
その手には、古びた刀――八岐大蛇。
「目覚めさせてくれて有難う」
人間の人間たる怪物じみた力、――すなわち火事場の馬鹿力で斬りつける!!
●浮かびあがる光を叫べ
「あと一押し、かしら」
それは、悪魔の言葉だった。
顔を覆う細い指の間から、狂気混じりの瞳が光る。
隙を作ってのカウンター攻撃、悪魔もまた同じ手を使っていたとしたら?
温存させていた攻撃を引き出すための罠だとしたら……?
「ディアン! もういいんだ!!」
フラッペが叫ぶ。しかし『届かない』。
再びの『黒い花』が撃退士たちを襲う――!
「!!!」
固く目をつぶるのも一瞬。
フラッペの放ったアウルの弾丸が、コア障壁の鳥籠を破壊した。
加藤が前線近くへ詰めていたため、多くの気絶は免れる。あるいは察知し、防御の姿勢を取り続けた者もいる。
「悪魔が生きている限り、コア単体にも大きなダメージは与えにくい…… ゲート創造者の加護があるから」
障壁破壊に成功した一団の、気を引き締めるように夏草は言葉を紡いだ。
「その代わり、コアへの攻撃はゲート創造者にも響く。苦慮して、創造者自ら繋がりを切断し、コアを投げだすケースもあるんだけどね」
(ディアンは……きっと、それをしない)
コアさえ破壊すれば、悪魔を倒さずともゲートは破壊できる―― フラッペは、そう、考えていた。
それも正解の一つだ。
けれど、ゲートの数だけ答えはある。
このゲートの創造者にとっては―― ゲートの放棄は、有り得ない。
力を分けたヴァニタスを失い、
力を減少させてまで展開させたゲート。
放棄する、その理由がない。
仮に放棄したとして、力を失ったままの悪魔が、その後、どんな道を辿るか――?
はぐれ化する選択肢を浮かべているのなら、もとよりこんな無茶はしないだろう。
「おー! やるしかないんだぞ!!」
千代が叫び、鎌を振るう。あとはもう、純然たる力をぶつけるだけ。
「此処まで繋いで貰った好機、無為には潰させない!!」
気絶したままの仲間を背に、雫が大剣を振り下ろす。薙ぎ払いからの徹し、連撃で―― 斬り裂け!!!
●
大切なもの。
人の数だけ、思い浮かぶものは違うだろう。
奪い、奪われ、喪い、戻らない、そんなものも、きっとあるだろう。
多治見の街に、風が吹く。
荒れてしまった街並み。
しかし……人の形を取り戻した命が、幾つも在った。
制御を失ったディアボロ達が暴れまわり、現地の撃退士たちはゲート破壊直後だというのに再び戦いへと身を投じてゆく。
連戦だというのに、その表情は明るかった。
――取り戻すことが、できた。
「……綺麗」
風になびく銀髪を押さえ、雫が呟く。
空は自然の赤。夕焼けに染まっていて、白い月が昇ろうとしていた。
少しずつ、土地は息を吹き返していくだろう。取り戻せない命も多いけれど、少なからず、戻ってくるものはある。
(神を信じるならその国へ。仏となるならその浄土へ…… 死んだ『刀狩』はどこへ行ったのだろう? たとえばディアンは、どこへ行くのだろう?)
「やったぞー! 莉音!!」
物思いにふける莉音を、千代が後ろから羽交い絞めにする。
「父さん! やったぞー!!」
「おう、よくやった、千代」
満身創痍の筧が、くしゃりと笑って千代の短い髪を撫でつける。
「父さん、もう、かなしーって顔、しないか?」
「うん? ……してたか?」
ぺし。今度は莉音が筧の腕を叩く。
「悲しいさ。悲しいよ。大事な友達が居なくなったからね。けどな」
筧は、振り返り見た。
女悪魔ディアン=ロッドの亡骸を抱きしめ、フラッペは泣いていた。
――悲しい。
それは、純粋な感情だ。
悲しむことは、誰かを、何かを、大切に思う証なのだろう。
そのこと自体を、否定する気持ちにはならなかった。
『心の中で泣くのはダメだよ。自分が死んで再会する時、悲しい顔で会う事になるよ……』
『こう見えてちゃんと信用してるんだよ、ボク。だから、期待を裏切ってくれるなよぉ』
『頼む。この世界で生きてく覚悟ってヤツを後続に見せてくれよ』
『また無茶をしそうになったら、手遅れになる前に引きずり降ろしますよ』
ヴァニタス刀狩を追ううちに、筧が喪ったもの。得たもの。
それは、天秤に掛けられるようなものではない。
希んだ果てに残りしは、その胸に咲く赤い花。
鮮やかな、名のつけられない花々を、そっと感情の水面に映る月と共に沈める。
そうして浮かびあがってくる光を――
ひとは、希望と呼ぶのだろう。
多治見に巣くう悪魔は撃退された。
ゲートは完全に破壊された。
ディアボロの殲滅、街の立て直し…… 完全な回復には、後しばらく時間を要するだろうけれど。
「これで、あのバカに貸し一つだわ」
「悪魔を屠るための橋渡し役……果たせたようで、よかったです」
鈴音が得意げに胸を張り、シャノンは今まで溜めこんでいた息を、深く深く吐き出す。
「うん…… うん! 結果上々!」
パン、祐希が景気よく手を鳴らす。
ゲート破壊、並びに悪魔撃破完了の報告を受けた現地滞在部隊が車でピックアップに来るまで、もう間もなく。
美しい春の多治見の夕暮れを、言葉なく皆は見上げた。
――【刀狩】 了