●はじまり
「……んぅ ここは……?」
近衛騎士・雪室 チルル(
ja0220)は薄闇の中、目を覚ます。
国内に異変あり。実情を探るために先んじて行動を起こしていたが、隠密行動に失敗、返り討ちに遭った。
どうやら、敵の本拠地へ運び込まれたようだ。
「絶対仲間が助けに来てくれるわ!」
体を張って逃がした仲間たちは、無事に城へ戻ることが出来ているだろうか。
裏切り者の、あの男を――
(……あれ? 誰、だったかしら)
後ろ姿が、急におぼろげとなる。と、同時に走る頭痛。
「ぐぅっ……頭が……! あたいの中に……入って……」
チルルはうずくまり、入りこんでくる洗脳魔法と戦う。――しかし。
「あたいは ヨネックラー様の 忠実な しもべです……」
●晴れた空の下
人々は、昨日と変わらぬ生活を送る。
異変があるとすれば、いつになく傭兵の姿が目につくくらいであろうか。
「剣の手入れ用品、残り少ないな……。よし、補充行こっか!」
そんな傭兵の一人、ユウマ――小野 友真(
ja6901)が相棒のオミ、加倉 一臣(
ja5823)を見上げる。
「ついでに面白そうな情報でも仕入れるか」
馴染みの酒場へ行けば、馴染みの顔ぶれとも会えるだろう。
クオン王国城下、広場にて。
「白昼堂々、感心しないな」
酔っ払いの荒れくれへ、ユメノ――君田 夢野(
ja0561)は恐れることなく距離を縮め、後ろ手を捻りあげる。
「平和な街で、オイタはあかんで」
ジュン――亀山 淳紅(
ja2261)が、朗らかな笑顔で荒れくれの額を叩く。
ジュンは根なし草、ユメノは元近衛騎士。二人組の吟遊詩人がユメノの故郷・クオンの街へと訪れた矢先の騒ぎであった。
「ありがとうございました……」
巻き込まれていた少女は美しい金髪を整え、黒いフードを被りなおしてから二人へ歩み寄った。
「調合の材料や道具等の買い出しの為に市場に来たのですが……。この国では、何が起きているのでしょう?」
普段は森の中に居を構える魔女、エリス・K・マクミラン(
ja0016)が不安げに問うけれど、答えは二人も持ち合わせていない。
エリスは二人へ一礼し、薬草を取り扱う店へと向かって行った。
「さっき読んでみたけど、どーもきな臭いみたいやねぇ」
シンパシー……撃退士であるジュンが持つ、能力の一つ。
「ああ、何か面白そうなコトが一つ起りそうだな」
ジュンの護衛兼相棒を務めるユメノは、騎士団随一の熱血剣士として名を馳せていた頃の片鱗を覗かせる。
戦いへの疲れ、安月給への不満から、リュートを手に出奔したのも良い思い出だ。
「ちょーっとばかし、情報収集してみよか」
歌謡いであるジュンは、正しい歴史を伝えたいという夢を持ち、その為に『情報屋』も兼業している。
ユメノが荒事担当ならば、ジュンは頭脳担当と言ったところ。
「けど、その前に」
先ほどの騒動で足を止める人たちを前に、ジュンが大きく息を吸い込む。
「演奏してこーやユメノ君! ステージやっ ステージー♪」
何はなくとも『歌謡い』のジュン。陽気な雰囲気に心踊らずにいられようか。
「ふふー、何の歌が聞きたい? 聖戦の名を語る諧謔曲・偽りの玉座の鎮魂歌……歴史の数だけ、歌はある」
ユメノがリュートを取り出し、指慣らしをする間にジュンがリクエストを募る。
さあ、楽しい一日の幕開けだ!
――薬草を
エリスの声に、うとうと寝入ってたカーディス=キャットフィールド(
ja7927)がパチンと目を覚ました。
「おっと。これはこれは、お恥ずかしいところを」
「猫さんの薬草売りは、初めてお見かけしました。行商の方ですか?」
広場の片隅で荷を広げているカーディス……黒猫着ぐるみの薬売りは、ピンと伸びるヒゲを撫でて答えた。
「えぇ、大陸をまたにかける放浪の薬売でございます」
その実、亡国の間者であることはトップシークレット。
「今日は、どんな薬草をお求めで? 傷薬、胃薬、熱冷まし、毒消しetc、近所の奥様達には好評いただいてますよ」
「そうですね。毒消しと、傷薬を切らしていました。それから…… みかんの気持ちがわかる薬って、なんでしょう……。面白そう、そちらも頂こうかしら」
他、恋がみのる薬、毛生え薬(鼻毛)等もあったがそれらには触れない方向で。
エリスは求めていた一通りを揃えることに満足し、
「行商の方でしたら、情勢にも詳しいでしょうか」
森で暮らすエリスは俗世との関わりが薄く、情報に疎い。街に来る事は俗世の情報を集める為でもある。
(ふむ、森の魔女ですか……)
カーディスは素早く相手を分析し、毒にも薬にもならない情報を伝える。少なくとも、彼女にとっては。
「……戦乱の気配、ですか。私も準備をしておいた方が良いのかもしれませんね」
エリスの言葉に、カーディスの耳が揺れた。
「正義を掲げる訳ではありませんが……平穏を乱す者を討つ為なら、この力を使う事に躊躇いはありません」
「お嬢さん、もしや」
「あっ、薬草とは別で、決して魔法が得意と言うわけではないのですが」
平和が一番ですから。
エリスは読めぬ笑顔で、広場を後にした。
●強固な門、守りし者たち
クオン王国・本城。
対外勢力としての『騎士団』は国教会所有のものが主だが、王家を護るものとしての騎士団、あるいは近衛騎士なども詰めている。
「まだまだぁ! その程度で打ち崩せると思ってか!!」
鍛錬所で、若き隊長の声が響く。
アルテナ=R=クラインミヒェル(
ja6701)。
王国への忠誠心厚き、防御専門小隊の一つを率いる金髪の騎士。
用いる盾はまさに鉄壁、防衛戦においては王国でトップを狙えるセンスの持ち主。
「攻撃専門小隊が聞いて呆れる! クオンの牙はその程度か! 我が最強の盾を砕いてみよ!」
巨大な盾で相手のあらゆる攻撃を防ぎながら、配下の隊員へも指示を出す。
多対多の模擬戦。しかし先陣のアルテナがほとんどの攻撃を防ぎ切り、後衛の隊員に出番がない。
容姿端麗、能力抜群。
神様、これではアルテナが恵まれ過ぎです。――大丈夫、防御系脳筋にしておいた。
それが騎士団長になれない所以。それが、皆から愛される所以。
「護り切ったぞ! よぉし、午後の訓練の後は皆でビールだ! ビールに向けて、もうひと働きだーー!」
他国の規律は知らないが、クオンの国では16の歳で大人と認められる。
ビール? 大丈夫大丈夫。
その瞬間のために生きているのだ。飲まなきゃやってらんない夜もある。
(国内にも不穏な気配あり、か……。身内の人間を疑うのは気分の良いものではないが……)
近衛騎士であるカンナ――水無月 神奈(
ja0914)は、模擬戦の喧騒とは別の場所で、ひとり汗を流していた。
城内・城下の警護・巡回は交代制。今日は午後から城下の視察だ。
常から妹のように接しているヒカルが入手してきたという情報を疑うわけではない、しかし苦い思いもあった。
カンナには忠誠心より異形への復讐心を買われ、騎士となった経緯がある。
異形に通じる人間もまた憎むべき対象か? ――そう、かもしれない。
冷たい人間と思われ易いけれど、『身内』と認めた者には心を開く。もし、そんな相手が……?
「カンナさん、こちらにいらしたのですね」
明るい声が、カンナの思考を遮断した。
「午後からの城下街巡回当番、一緒でしたよね。お昼も二人で食べませんか?」
(有事に備える必要もありか……。悪いが少しヒカルに剣の相手に付き合って貰うか)
「巡回中にとなれば、咎められそうな気もするが……」
歩きながらカンナはヒカルへ城下街での訓練を提案すると、ヒカルも愛用の剣の柄へ手を伸ばして笑って見せた。
「言っておくが、容易く負ける気は無いぞ」
「私だって成長しているんですよ?」
「言ったな?」
「ふふー!」
並び立てば姉妹のような、二人の近衛騎士が城門を抜けてゆく。
「お仕事、お疲れ様です」
城門前を掃除していた城仕えのメイド(※メイドが何故この場所で掃除をしているのかという野暮な質問は受け付けません)・カエデ――嵯峨野 楓(
ja8257)は二人を見送り、城内へ。
(嗅覚鋭い近衛騎士様ふたりは午後から城外へ。王家付きの騎士団は本日模擬戦。狙うなら、今日!)
そう。このカエデ、可愛らしいメイド衣装に身を包むも、その実は盗賊である!
「城内マップや警備の配置、バッチリ把握してるもんね。戦前に浮き足立ってる今がお宝頂くチャーンス!」
箒を手に、向かうは宝物庫。その前に、鍵を預かる番兵への接触だ。
「お疲れ様です。差し入れに参りました」
可愛らしい笑顔で、トレイに茶菓子と紅茶を差し出す。言わずもがな、睡眠薬入りである。
「よし、落ちた」
ド派手に倒れた番兵の懐を探り、鍵ゲット。
(あとは、一直線――)
なんたってメイド。コソコソする必要などない。
誰かとカチ会えば「迷っちゃいました〜」で済む。
「ほんっとうに……お疲れ様です!!!」
というわけで。
宝物庫前で槍を構える守備兵へも、笑顔で一発スリープミスト。
「お宝お宝〜♪ 秘宝や古文書は浪漫だわぁっ!」
かき集める間に、鍵を預かる番兵の異変に気付き、こちらへ向かう足音が近づいてくる。
「案外早かったわね…… しかし、残念!!」
薄暗い通路でトワイライトを発動し、目をくらませる間に素早く印を結んで【不動金縛】!
そのまま窓を叩き割り、飛び降りる!
「捕まえて見な、ノロマー!」
守備兵たちが、何事か叫ぶ。しかしカエデには届かない。
一言だけ、響いたのは――
大丈夫、ここは3階だ。
●集いし者たち
城下街の一角にある、酒場・クオンガハラ。
マスターはタツ――強羅 龍仁(
ja8161)。
(また厄介事か?)
隅のテーブル席に、人だかりができている。大小の厄介事は珍しくはないが、カウンターからタツが覗いた。
その中心には、銀髪の青年が居た。
「俺が悪いわけじゃないだろ」
指先でクルリとナイフを回し、気だるげに言うのは影野 恭弥(
ja0018)。
いかつい傭兵数名に囲まれている。
恭弥の隣には美女が一人――どうやら、それを巡っての揉め事らしい。
『仕事』であれば、銃やナイフでの勝負でそこいらの傭兵に負けはしない自信はある。
けれど、こんなことで力を見せつけるのも、ばかばかしい。
「そうだな、じゃあ賭けはどうだ?」
バブルガムを弾けさせ、恭弥は上着の袖を捲った。
「『腕自慢』、見せてもらおうじゃないか」
鼻を鳴らし、あからさまに相手を小馬鹿にして。
「そっちが勝ったら女は返す。俺が勝ったら、有り金おいてく。どうだ? どうせ小金しかもってないだろ」
一人がカッとしたところで、聞えよがしに恭弥は続ける。
「――で、賞金は持ち越し。参加料払えば勝者にはプラスプラスで賞金が上がってく。女に興味なくても美味しい話だと思わねぇか」
場が、わっと盛りあがる。口笛が響き、ヤジやら何やら飛び交う。
(小金稼ぎにはなるだろ)
適当な男をジャッジに付け、恭弥はその日の『稼ぎ』を始めた。
「俺に軍議は向いてないって何度言ったらわかるかね、アイツ……」
「軍議より上官仕込みの土下座のが得意やもn 鉄拳制裁反対!」
「お、カケイの兄貴じゃーん」
「賑やかなのが来たねえ」
カウンターでタツと会話をしていたカケイが、酒場へ姿を見せたユウマとオミに片手を挙げる。
二人の間に、もう一人見覚えのある騎士が居る。シュウヤ――月居 愁也(
ja6837)、王国騎士団の1つに所属する騎士、絶賛サボリ中☆
街を流しているところへ、顔なじみのユウマ・オミと合流し、食事時に流れ込んできた形だ。
「とりあえず駆け付け一杯!」
「ほら、いつもの『鰹節出汁ジョッキ』だ。……カケイといい、毎度思うが美味いのか?」
ゴト。オミの前に差し出される、黄金色の液体を湛えたジョッキ。
「……うん。乾杯しようか兄貴……」
「美味しいのになー?」
「本気? 兄貴、それ、本気?」
声を震わせながら、オミはカケイと乾杯。
「東の国ではスープに使うんだろ? 俺、あの味は好きよ」
「スープにか……。ふむ、今度作ってみるか」
「母さんの手料理は一級品だからねぇ」
「誰が母さんだ!」
カケイがジョッキに口を付けながらしみじみ言えば、割烹着姿のタツが叫んだ。
割烹着。そう、タツは巨躯に割烹着を纏っている。
昔カケイにマスターの正装だと教えられ今に至り、最近ちょっと違うのでは? と思い始めているが、トレードマークとなってしまって引くに引けない今日この頃。
「良さげな話あります?」
そこへ、柔らかな銀髪の女傭兵が現れた。
チヅル――宇田川 千鶴(
ja1613)は珍しく相棒不在で行動しているようだ。
「あそこの赤髪が何か厄介事を引き受けたらしいぞ?」
「厄介いわないでくださーい やっほう、チヅルさん」
隣へどうぞ。カケイが空いている席を指すと、ひとつ離れた位置にチヅルは腰を下ろす。
「チヅルの事だから心配はしていないが、そっちも余り無理はするなよ」
「ふふ、おおきにです」
タツが、チヅルへとサービスのおつまみを出す。
酒が進み、次第に他愛もない会話へと流れてゆく。
「ヨネックラー、武器が本体ってマジ?」
「あの顔色、アンデッド系だと思ってたわ。傘に養分を摂られてるな……」
「怖い話やな」
「なんやの、それ」
真顔で頷きを返すユウマへ、耐えきれずチヅルが笑う。
そのまま笑顔で威圧。
「やだちーちゃん笑顔が怖い……」
「……悪い子になったらあかんよ?」
「ま…… お楽しみは多い方が、ね」
オミは緩く笑い、薬指と親指にシルバーリングの嵌められた左手で、ユウマの頭をそっと撫でた。
天上の異形を束ねる将に対するツレの妙な思い入れに、気付いていないわけじゃない。しかし、そこは自分が口出しする部分ではないと思った。
自分の名を、剣の銘としてくれる相手を信じればこそ。
「誰が来ようと、俺が蹴散らすけどね! ……そういや東の森で密会者が捕まったとか。ユウマ、家そっちなんだし妙なのには注意しろよ」
シュウヤは目を細め、意味深に伝える。
「情報ありがと、色々気ぃつけるわ」
ドアベルが鳴り、誰が見るでなしに入口へ視線が行く。
そこには、およそ酒場に似合わぬ少女が立っていた。
「……ん。メニューに。ある物。全て。全部。大盛りで。頂戴」
大槌を背負う傭兵、最上 憐(
jb1522)がカウンターへ着くなり。
タツは一瞬、反応に詰まり――それから承知したと取り掛かる。
酒や情報はもちろん、料理も売りの店だ。それを目的に来てくれるとは有り難い。
「……ん。おかわり。大盛りで。迅速に」
最初は物珍しく見守っていた周囲が、どんどん顔色を変えてゆく。
「……ん。おかわり。おかわり。どんどん。おかわり」
どこまでも盛り上がっていた、恭弥の腕相撲もピタリと止まり、憐の食べっぷり鑑賞へと人が流れていく。
食べる憐、作るタツ、二人への応援コールが響く。
何の競技だ!?
「……ん。おかわり。遅い。直接。厨房に。乗り込むよ?」
「残念。お嬢ちゃん、これでラストだ」
「……ん。品切れ? 仕方が無い。次に。向かう」
お代はしっかり、顔色は変えず。
去りゆく憐へ盛大な拍手が送られた。
●穏やかな昼下がり
広場の一角に現れた屋台に、人だかりができていた。
山深いアキタ村から猟師の樋熊 十郎太(
jb4528)が訪れ、仕留めた獲物や山菜を広げていた。
中でも目を引くのは、巨大な熊。
これから解体ショーをするのだという。
「さてお見せしますが、まずはこの命にお祈りを」
十郎太の隣には、修道女である御堂 玲獅(
ja0388)の姿がある。
教会の救済所を運営し、放浪者や浮浪者に食事を施す彼女は人望も厚い。
見慣れぬ獣へ興味・畏怖の念を抱く人々も、今この時だけは命に祈りを。
十郎太が熊を解体する傍らで玲獅は山菜を使った料理、
解体が終われば肉を使った料理を作り、十郎太が毛皮や爪などの商売を始める。
たっぷり時間を掛けて、飽きさせない流れを作る。
「……ん。その。カレー鍋。全て。貰う。大人買い。そのまま。飲ませて。貰う」
そこへ、憐、登場。
「え、ええと…… 鍋?」
思わず聞き返す玲獅に、憐はこくりと頷く。
「……ん。カレーは。飲み物。飲む物。飲料」
カレー風味のスープなのだけれど、大丈夫だろうか、
――問題は、ないようだった。
見事な『飲み』っぷりを、玲獅は見守るしかできない。
「……ん。やや。物足りない。もう。一週しようかな」
憐を見送る玲獅と十郎太は、酒場・クオンガハラでのやり取りを知らない。
「何かあるかねぇ」
「うーん、暇なのですねぃ」
依頼の合間、夫婦で傭兵稼業を営む二人の束の間の休日。
鳳 静矢(
ja3856)・鳳 蒼姫(
ja3762)は、睦まじく腕を組みながら城下街から広場へと入ってきた。
「わあ、これ綺麗だねえ」
「ん、買ってあげようかい?」
「えー? だったらだったら、そうだなあ、あれも素敵だし…… 他のお店も見て回りたいのっ」
キラキラと瞳を輝かせ、蒼姫は点在する出店を跳ねまわるように覗いてゆく。
「静矢さーん! ここなのー」
退屈そうな表情が一転した蒼姫に目を細めながら、静矢が歩を進める。
「……ほう、熊ですか」
「解りますか、お兄さん」
静矢へ、嬉しそうに十郎太が応じる。
「むぐむぐむぐむぐ、静矢さんこれ美味しいよぅ〜☆」
玲獅特製・串焼きに満面の笑みを浮かべる蒼姫。
対する静矢は、熊の肝に興味を示した。
「肉は勉強しますけど、肝や爪はそうはいかんです。生活かかってますんで」
熊の肝は、乾燥させて価値の高い薬となる。
解体したばかりのものは別途加工することになるが、既に仕上げたものが並べられていた。
「シズヤクローで対峙してみたいところでしたね」
『仕留めたい』方向に意識が寄るのは、戦う者の性分と言ったところか。
「この活気ある国が、いつまでも栄えると良いですね……」
そのまま平和に、休日は終わるとばかり思っていた。
「おや」
歌謡いにして情報屋の、ジュンの姿を見かけるまでは。
「クオンへ来ていたのかい」
「あ! 静矢さんや。おひさしぶりですー」
ジュンの隣、ユメノも静矢たち夫婦へ会釈をし、軽く自己紹介を済ませる。
「何か、面白い情報でもあるだろうか」
「んー、それがですねぇ」
天上の異形を束ねる、ヨネックラー接近。それに対抗すべく始まる戦い。
更には内通者がいるとかどうとか――
「……ふむ。異形、か」
「イギョウ? 偉いことをしたのです?」
「蒼姫、それはちょっと違うねぇ」
ボケをかます愛妻の頭を、静矢がぽふぽふ撫でる。
「こちらに居る間に、歌も聴かせてもらうよ」
ジュンが両手を大きく振り、ユメノと共に広場を後にする。
「む、今日は奇縁が重なるな」
酒場のある方角から、見慣れた赤毛が歩いてくるところだった。
ベンチに腰掛け世間話をひとつふたつ、そのうちに静矢は先ほど入手した異形の話を織り交ぜる。
途端に、カケイの表情が渋いものとなった。
「何か、力になれることはありますか?」
その言葉に、カケイはじっと静矢を見つめる。そして、その隣の蒼姫へと視線を移す。
二人が傭兵としてプロフェッショナルで、信頼に足る人物であることはカケイも知っている。
「そうだな。それじゃあ、お願いしたいことがあるんだ」
「……解りました、私達も調べてみましょう」
「異形さんをGET YOUなのですよ! よ!」
「頼りにしてます、二人とも」
二人と別れ、十郎太たちの屋台で足を止めたカケイが、玲獅より「ようこそ兄弟」と救済所へ案内されるのは、それから少しあとのこと。
●甘い時間
――見世物じゃなかったんだが。
腕の立つ近衛騎士二人の手合わせは、否応にも人目を引いた。
「付き合って貰った礼だ。巡回のついでに何か甘い物でも奢ろう」
「えっ、いいのですか!?」
「時期に忙しくなる、平和を満喫出来る今のうちに楽しんでおくといい」
「食べ納めにならないようにしないと……。カンナさん、私、甘くて冷たい物が食べたいです!」
「敵わないな」
平和を満喫しているのは……カンナ自身かもしれなかった。
戦いが起きようと。
内通者が居ようと。
信頼し、共に戦える存在が確かに居る。それだけで今は十分だ。
「むむっ そこに居るはクオンの近衛騎士ではないか!?」
「はい、そうですけど」
ヒカルとカンナへ、唐突に声が掛けられる。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王で…… 勇者である!」
「勇者さま?」
後ろに立ちたるは、額に宝珠のついたサークレットをつけた勇者(自称)、ハッド(
jb3000)だ!
「おぬし、スイーツが好きであろう!」
「な、なぜそれを!?」
「勇者だからな!」
「カンナさん、凄いです、勇者さまですよ!」
「落ち着けヒカル、お前は弱点:スイーツを顔に貼って歩いてるようなものだ」
「はぅ!?」
「怪しいな。ヒカルに近づいて、何が目的だ」
ヒカルを庇うようにカンナが前へ出る。既にその手は剣の柄へ掛けられていた。
「怪しくなどない! 我輩はクオン王国のことを聞いて、クオンの世界への理解を深めたいのじゃ〜」
●求む勇者
学院での授業が終わり、召喚士見習いのカズヤ――相馬 カズヤ(
jb0924)は自主トレをすべく、いつものように公園へと足を運ぶ。
「戦いが近いって言うけど…… ったく、子どもの手も借りるんだよなぁ、この国」
撃退士に然るべき戦闘術を授ける『学院』の比較的新しいセクション、召喚士。
幼いながら竜を召喚・使役できるカズヤは珍しがられることが多く、エリート扱いを受けていた。
とはいっても、日々の鍛錬があればこそ。
学院ではそれなりに認められてるけど、まだまだ経験不足は否めない。
「ロゼ、おいで。さあ、遊ぼう」
ロゼと名付けたヒリュウを召喚し、現世へ留められる時間を利用してのコミュニケーション。
「酷い目に遭ったのじゃ〜……」
なんとか三人で甘味屋で甘い物を食しつつ情勢を聞くことはできたが、緊張感が酷かった。
よろめきながら、ハッドが公園へ立ち寄ると、カズヤが頃がしたボールが足元にあたった。
「うむ? ドラゴン?」
拾い上げたハッドは、ヒリュウとカズヤを交互に見つめ、目をパチクリさせた。
「あ、こっちこっち」
ハッドの視線の意味に気付き、カズヤは肩をすくめた。
「ボクは召喚士見習いのカズヤ。こっちは相棒のロゼ、子供のドラゴンさ。ボクたちは二人で一人、かけがえない仲間なんだ」
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。勇者である!」
「勇者? ってことは、今回の戦いにも参加するの?」
「むむ〜 よ〜分からんが、ヨネックラーとやらは気にくわんの〜」
「……戦いになれば、ボクも戦場に行くのかな。怖くないって言ったらウソだけど、やれるだけは頑張りたいな」
「ここはひとつ、ヨネックラーおうちょう打倒のためにうごこうかの〜」
「王朝!?」
勇者を名乗るハッドの全てを信じるわけではないが、面白そうだとカズヤは笑った。
「少年、我輩と共に来るかの〜?」
「うーん、でも学院での勉強もあるしなぁ。それより、一緒にジュースでも飲もうよ、勇者さま」
先ほどのティータイムときたら、心安らぐどころではなかった。
ハッドは目を細め、カズヤからクオンの話を聞きながら休憩をとることとした。
●胎動
国教会の見習いシスター・若菜 白兎(
ja2109)は、まどろみからゆっくりと覚醒する。
静かな場所に潜り込んでお昼寝、そのつもりだったのだが…… 目覚めてみれば見知らぬ場所、日も沈みかけている。
パチパチとまばたきを繰り返す。周辺は食べ物や、薬草の類でもふもふしていた。
どういう状況だろうか。
(お家に帰らなくっちゃ)
とりあえずとにかく、白兎の頭はそれでいっぱいになる。
あわあわと立ち上がり、出口を見つけ、右か左か迷って右へ。
とことこ進むうちに――
「なんだ、子供か」
なんだか顔色の悪い男の人と遭遇。
白い肌に嵌めこまれた紫の瞳が、無感情に白兎を見下ろしている。
(なんだか……すごく、疲れてるみたい??)
そこで、はたと思い至る。
先ほどのもふもふは、この人のためのものだったのかも。
「あの、あの、よかったら」
白兎は所持品から、おやつや飲み物を取り出す。
「……そういったものは、俺は必要としない。大事に持ってなさい」
「けど 何処の誰かも知らないですけど、相談に乗るのは難しくても……」
見習いとはいえ、シスター。
迷える子羊の心の声を聞くのがお仕事。
見上げる眼差しに、男は少しだけ表情を和らげる。
膝を落とし、視線を白兎に合わせる。
「……気持ちだけは受けとろう」
「自分ひとりで何もかも背負おうとすると、すぐ疲れちゃうの。もっと楽しいお仕事に変えた方が良い……と思うの」
「疲れることは理由にはならない。君は……修道女か。神様が疲れました、はい辞めますじゃ困るだろう」
「ヨネックラーくん、ここに居たのかい!?」
「来た道を、逆にまっすぐだ。振り向いてはいけない」
強い語調で言われ、白兎は言われるままに走りだす。
(ヨネックラー…… あのひとが、なの?)
けれど、振り返ることはできなかった。
疲れ切った表情で、ヨネックラーが声の主へを首を巡らせた。
「こちらへ、来ていたのですか」
大鎌持った道化師は、大仰に頷く。
天上の異形忍軍を束ねるニンジャマスター『サンポ』――犬乃 さんぽ(
ja1272)は連絡もなしにヨネックラーの纏める異形の拠点を訪問していた。
「話声が、したみたいだけど?」
「ああ、兎が紛れ込んでいたんですよ……」
「ふうん?」
覗きこもうとするサンポの視線をごく自然な動作で遮りながら、ヨネックラーは別室へとサンポを案内した。
「人界攻略の方はちゃんと進んでる?」
進捗状況の確認。それが今回の表向きの訪問理由だ。
本音は『監視してると面白そう』という身も蓋もない物である。
「一枚岩の突き崩しにも成功しています。成果は上々でしょう」
「えっ、人界の裏切り者から貢物届くの? ……それ、ボクも確認させて貰わなくちゃね」
「我々には利のない物です」
「けど、人間たちには価値がある物ってことだよね☆ 高級アンブレラだったら、さすがのボクもぷんぷんだよ!」
言えない。ヨネックラーは、思った。
何故か集まるのは、胃薬だとか胃に優しい名産品などで、倉庫がもふもふしているなど。
「裏切り者、って言えばね」
サンポがふふっと笑う。
「クオンの騎士様が、この館へ紛れ込んでいたみたいだね。面白そうだから―― おいで、チルルちゃん」
「ヨネックラー様に さからうモノ コロス」
「忠実な、しもべを一人。ボクからのプレゼントだよ☆」
サンポの笑顔に、ヨネックラーは眉間のしわを深めた。
そんな二人のやり取りを、カーディスが壁一枚向こうでこっそりと聞いていた。
侵入してはヨネックラーが苦労している姿を楽しむのが趣味の一つであった。
ついでに胃薬を置いていくお仕事。
(これはなかなか面白そうです……)
近衛騎士チルルが敵の手に落ちたとなれば、王国も苦戦するだろう。
さあ、一波乱となりそうだ。
●闇に動く者たち
「しょるいきらいなんだね……」
女司教・真野 縁(
ja3294)は大きなあくび。
「みーんな平等に死んじゃったら、きっと平和なんだね!」
「破滅論者様の考える事は、どうにもぶっ飛んでやがる」
上流貴族アラン・カートライト(
ja8773)が喉の奥で笑う。
それから、近づく人影に気づき、顔を上げた。
「よう、そろそろ俺が恋しくなるだろうと思ってたぜ」
夜。
裏切り者としてヨネックラーに味方する者達がカートライト邸へ集う。
その中には――ユウマの姿もあった。
アランの軽口を手で振り払い、そんなことより、とユウマは声を顰めた。
「情報漏れとるわ。あの場所変えよか」
「じゃあ、今度は教会の懺悔室にしちゃおうなんだよー!」
皮肉が聞いててええな、とユウマが笑う。
「なぁアラン。贈り物、次、何がオススメ?」
「お前自身でも貢げよ、意味は分かるだろ?」
含んだ言い回しに、ユウマは返答に詰まる。
「俺んは……そういうんやない」
同情が、止められないだけ。
「は、よく言うぜ」
アランは、友真の左手薬指のシルバーリングに目を落とす。
誓いを交わせる相手がこの世界に居て、更に何を望むというのか。
駆けてゆくユウマに声を掛けるでなく、アランは冷ややかな眼差しを送る。
生きる意味も世界に価値も見出せず、唯愉快な事を望んだ結果裏切り者に至るアランの内面を、深く知る者はこの世界には居ない。
何処か寂しげな横顔は、誰かを待っているのかも知れなかった。
「……捕まらないでね、ユウマおにいちゃん」
「縁?」
「ナイショなんだね」
生き別れの兄妹であることは、ユウマも知らない。縁だけのもの。
秘密の共有だよ、と縁は唇に人差し指を宛てた。
●語り継がれし歌
「今宵我らが謡うは、古に紡がれ今に綴らるる数奇なる物語。人よ聴け耳傾けよ、歴史は消える事無く汝に真実を語らうだろう」
ユメノが騎士時代から嗜んでいた演奏の腕前は、旅を経て一層鮮やかなものとなっていた。
伸びやかなジュンの歌声とリュートの音色が絡み合い、夜空へと美しく響き渡る。
暖かな篝火に、優しい音色に、引きつけられるように人が集まる。
「静矢さん静矢さん、踊ってきてもいいかな??」
わくわくを抑えきれず、蒼姫が楽へ飛び込む。
光を纏い、楽しげにステップを。
「戦いが近いなんて、ちょっと信じられないよね」
「ふむむ〜 まだまだ情報不十分、といったところかの〜」
カズヤとハッドが、賑やかな雰囲気にまんざらでもない表情で手拍子を送る。
「うむ。ビールと共に音楽。最高だな」
アルテナは、人々の笑顔を肴に一杯。
暖かな夜にも終わりは来る。
不穏な動き、消えた近衛騎士、内通ルート……
そう遠くなく白日の下に晒され、そして異形の群れとの衝突がやってくるだろう。
けれどそれはまた、別のお話。