●はじまりの朝
正体不明の『妖怪ミッカボウズ』、それにまつわる噂を流せ。
与えられた時間は一週間。
人の噂も七十五日、流すだけ流せばあとは適当に散ってゆくだろう。
スタイルとしては緩く見えても、その裏に込められた思いは深い。
(三日坊主って確かによく聞くよね。そんな時期が俺にもあったよ)
爽やかに晴れた空の下、登校途中。
あくび交じりに、片瀬 集(
jb3954)は引き受けた依頼について考えを巡らせていた。
面倒くさい―― それが集の口癖だけれど、本当にそう思って全てを行動していたのなら『陰陽魔術』なんて開発しない。
(……うん)
これで行こう。
眠そうな表情の下、閃きをどう展開させていこうか集は考えを巡らせ始める。
三日坊主。さて、どうやって倒そうか。
細い目を更に糸のようにし、田中俊介(
ja0729)は通学路をゆく。
(あれ?)
その横を、スイと抜けてゆく小さな人影。
「八握さん?」
見覚えのある姿に声を掛けると、八握・H・リップマン(
jb5069)が振り向いた。
大学部に通う小柄な天使。
「あぁ、田中か」
「早いですね」
「美術室で画材を借りようと思ってな」
俊介を見上げ、八握は尊大な笑みを浮かべる。
「私は絵でも描く事にするよ」
「絵で、噂?」
「果報は寝て待て。上手く噂が流れる事を祈っておけ」
それぞれの校舎への分岐点で軽く手を振り、別れる。
(まあ、積極的にうわさを流そうか)
絵で噂を流す―― 八握がそうくるのなら、こちらも正攻法だけではつまらないだろう。
●
(『継続は力なり』とも言うからね)
クラスメイトで賑わう教室内を眺めながら、机に頬杖をついて十握 祐希(
jb4707)は考える。
(飽きずに続けられる事がどれだけ大切かってことを、皆に分かってもらえたら満足かな)
さて、それにはどうしよう。どうすることが、良策だろう。
祐希は自分のことに置き換えてみる。
続けていること、特技、……
(格闘技、かな?)
小さい頃にお稽古に通ったりしたけど長続きしなかった、そんな体験に覚えのある人は石を投げれば当たるんじゃないだろうか。
「よし、石を投げてみようか」
――朝から、何を物騒な
独り言を聞きつけられ、友人が笑いながら祐希へ声を掛ける。
「あっ、ええと、あのね……」
『噂を流す依頼』とバレては意味がない。
このまま、お喋りの中に何気なく混ぜてしまえ。周囲の人たちにも聞こえるよう、程よい声量で自然に。
だって、空手とか、打撃系格闘技って男の子が一度は憧れる職業じゃない?
「私の家、親が警察官でね。護身術の代わりに格闘技を習ってて、私もその影響受けて小さい頃から空手やってるんだ……」
昼休み時間。食堂にて。
「妖怪ミッカボウズとは、強敵ですね」
「くぅ? 三日で坊主? ……そ、それは恐ろしいの……」
百鬼 沙夜(
jb5085)が思案顔で呟くと、同席している紅鬼 姫乃(
jb3683)が震えて見せた。震えるポイントが若干ずれているが、些細な問題である。
「ふふっ…… でもね、私、ダイエットに成功したんですよ」
普段はあまり大声を出したりしない沙夜が、ここぞとばかりに大きな声で――そう、作戦は既に始まっている!
「姫乃さんと、毎日体重をはかってメールしあっていたから続けられたんですよね。一人だと続けられなくても、友達と一緒なら頑張れますね」
「くぅくぅ♪ 沙夜ちゃんの『これする!』宣言、大成功だねっ」
「一人だと続けられなくても、友達と一緒なら頑張れますね」
大事なことは二回言うと良い、って先生が言ってました。
ダイエット成功おめでとう。
学食のデザートもしっかり楽しみ、アピールタイム終了。
「それじゃあ」
「また、三日目に会おうねっ♪」
単独行動、協力行動、それぞれを大切に。
なにしろ、たった8人で学園へ噂を流さなくっちゃ。
「………………」
午後の授業が始まり、ネピカ(
jb0614)は考えていた。
目を開けたまま眠っているわけではない。
(何かを始める人を後押しするような噂を流すわけじゃな。成功談と失敗談………。成功した話は……まぁ内容の工夫次第じゃろうが……)
ネピカ、高校2年生。それなりの経験はしている。
噂として作りやすいのは成功談、しかし同意を得るのが難しいのも成功談。
人間というもの、どうしても嫉みやっかみが入ってしまうから。それこそ、テクニックが必要とされると考える。
(私の流す噂は、反面教師的失敗談に決まりじゃな)
さて、そのネタはどこから――
「次、神宮寺ネピカー 寝とらんで続きから読めー」
(こやつ、じゃの)
某一年担当教師、代理で授業に来たと思えばこれである。
ターゲットロックオン。
失敗談的教師、モデルはOK。本人特定ギリギリのラインで、嘘と真実を混ぜ込む仕事へと移る。
●
「うちは生き別れた妹を探してるんや。でもこいつが続かなくてなー」
最近、学園へ編入してきたクフィル C ユーティライネン(
jb4962)。
校舎内の案内をすれ違った学生に頼みがてらの身の上話。
「そういや、なんや耳にしたんやけど。妖怪ミッカボウズいうんが居るんやて? うちが続かんのはそいつのせいかー」
なんですかそれ。隣の学生が思わず笑う。
「え、知らんの? 『何事も長続きしない』妖怪ミッカボウズ」
春。スタートの季節に大活躍の妖怪。
皆まで言わずとも大体伝わる。
「……あれも、そうなんかな?」
ひょい、クフィルは2階の廊下から窓の外、校庭を覗きこむ。
校門近くに、真っ白なキャンバスを立て、座り込む八握の姿があった。
絵を描こう―― そう言っていたはずだが、まったくそんな素振りは見えない。
どこからともなくハラハラ散る桜の花びらを、ぼんやりと眺めているようだ。
まさかの:三日坊主以前の一日坊主
(なんや、おもろそうなことやっとるやんか)
クフィルは口の端を釣り上げ、隣の学生へもうひとつ、案内を頼んだ。
●打倒・ミッカボウズ
それぞれに行動を取り始めて3日目。
高等部を中心に『三日坊主』という言葉が飛び交うようになってきた。
妖怪なのか事象なのか解らないが、とにかく生徒間で気になる話題の一つとなっているようだ。
「おおっと、そこの君。何か悩んでいることはないかい」
もしやミッカボウズのことではないかい?
俊介は、見知らぬ生徒へ声を掛ける。心当たりがあったのか、退部届を抱えた男子が振り返った。
「妖怪ミッカボウズは、夜な夜な語りかけてくるんだよ。もう寝よう、明日にしよう、来週にしよう」
しかし自分は打ち克った。甘いささやきに耳を貸さなかった。
「ミッカボウズに屈せず戦い続けている、これこそが打ち負かしていることだと思わない?」
部活を辞めよう、辞めよう、三日以上思い続けているのなら、もしかしたらそれも勝利??
三日坊主をやっつける。
努力を続けるということ。
重要なのは『目的』じゃなくて『経過』と『発見」である。そう、集は考える。
「という事で、これに注目っと……」
クラスメイトを数人集めて輪を作り。
集は鞄から――古文書を取り出す。彼の愛読書だ。
「俺の実家ってさ、魔術師の家系なんだよ。んで、その書庫からパクってきた時に何故か混じってた」
周囲で軽い笑いが起きる。
「俺もこれ読んでて、途中で断念したんだ。でも数日後に『あれはなんでこうなったんだろう』って思って、読み返してたらハマってた」
読む? と差し出せば、阿修羅の友人が首を振る。
「体力作りにランニングするでしょう? 目的は単純、体力を得たいから。多分、始める切っ掛けもそれ」
元々魔術も陰陽道も同じような構想から生まれているからね。そう添えて、自分のスタイルに影響を与えた愛読書を、集は大切に撫でる。
走っているだけじゃ飽きるけど、途中で少し休憩して読書するとか、音楽聴くとか、身近な草花を観察してたら自分の知らない事を見つけたりとか。
「そんな『オマケ要素』が三日坊主防止に繋がるんだと俺は思うよ」
真っ向からの仕掛け。
けれど、それが効果的だと彼らが判断すれば、勝手に広めてくれるはずだ。
斡旋所にて。
何か、挑戦しがいのある依頼はないだろうか―― 沙夜は目で追いながら、パソコンを操作している生徒へ声を掛けてみる。
「ブログって、友達と始めると相手の更新が楽しみで自分も頑張ろうって思えますね」
聞けば、自分の依頼をブログに纏めている生徒もいるらしい。
(あ、こういうことなのかな)
噂を流す。会話をする。納得したり、感心したなら実践しようと思う。
「私も、皆さんの対処法を勉強させてもらいたいです」
依頼の達成は、もちろん大事。
依頼を解決する為、うまく噂を流すことが何より。
けれど、どうやらその為には…… もっともっと、色んな経験が飛び込んでくるようだ。
「ねぇねぇ、あなたの三日坊主に勝つ方法ってなぁに?」
下校途中の女生徒の群れへ、姫乃は人懐っこく飛び込む。
世間話と自己紹介の後に、ザックリ短刀直入。
女子で『続かない』といえば、美容関連。
女子同士でしか話せない内緒ごと。
「姫ちゃんはねっ。他人を意識するの!」
続けられない悲嘆が連発し、そこを明るく姫乃が盛り上げる。
「例えば服装だけど、毎日違う物に着替えるのめんどう。でも、別のに着替えるでしょ。なんで?? 見た目とか匂いとか気にするからなの」
大きな身振り手振りで姫乃が語る。小動物のようで、見ていて飽きない。
外見は17歳なのに、精神面での幼さがアンバランスで魅力的に映える。
「より意識するために、友達とかに『これする!』って宣言するのもいいと思うの」
その一言で、沙夜とのやりとりを聞いていたらしい一人が「ああ、あの時の」と思いだしたようだ。
●押しの一手
クフィルからの連絡に、面々は放送室に姿を揃えた。
「なし、つけたで。放送室ジャックは学園物の定番やんな!!」
お昼休みの1時間、放送室をレンタルして臨時のトーク番組。
「姫乃さんの『撃退?! 三日坊主特集!』も、ちょうど話題ですものね」
それまでの聞き込みを学園新聞風に仕立て、掲示板にも貼りだした、姫乃特製フリーペーパー。
テーマは『綺麗になるには』。
ひとりひとりの考えが、色々な形で広がっていく――
「ネピカさんは、何かお話すること決まってます?」
「…………」
沙夜から話を振られ、ネピカは目を細めた。
スッ、とレポート用紙を差し出す。
読め、ということらしい。
「私が?」
『高等部生だと、角が立つ』
スケッチブックにさらさらと書いて、伝える。
「……。なるほど」
大学部生の八握は今日も校門で――ようやく、絵を描き始めたところ。
企画主のクフィルには既に案があるだろうし――他は皆、高等部生というバランス。
「あは」
レポート用紙に軽く目を通して、沙夜は思わず笑う。
その様子に、ネピカは満足そうに頷いた。
「本日限定『妖怪三日坊主遭遇譚』の時間やでー。あちこちで、噂を耳にしとる人も多いやろうけど」
クフィルが陽気に語りだす。
「うちが続けとんのは、生き別れの妹探していること。そやけど、ミッカボウズに阻まれる毎日や。妹よ、きいとるー?」
妹とは、はっきり言って仲が悪い。天魔から逃げ回っているうちに離れ離れになってしまって今に至る。
普通なら必死になって探しそうなものだけれど、飽きっぽい故に『どうでもいいか』に落ちついてしまうことしばしば。
それでもたまに思い出したかのように捜索を再開するのは、なんといっても妹の嫌がる顔を見たいがためだ。
持続する努力じゃなくても、負けないことはできる。
重苦しい話題も軽快に。明るくまとめたところで、
「ほな、そっちの人はどんな話聞かせてくれるんかいな?」
撃退士は天魔に対抗した戦闘の専門職だから、武器を使った武術だけじゃ心もとないのではないだろうか。
対術である格闘技を習得したいと思う人たちだっているはず。
(私はそんな人たちのために、背中を後押しするきっかけになれれば良いな)
自身の体験談を織り交ぜながら、祐希は思いを込めてマイクに向かって語る。
「というか、格闘技のできる強い男子ってカッコイイよね!」
花の女子高生全力の後押しに、教室のあちこちで笑いが起きた。
「某一年担当者の先生のお話です。
何度もテレビの通販番組のトレーニング器具を購入しては、毎回『毎日鍛える』つもりが、結局いつも三日坊主で部屋のオブジェを増やしてるんだって。
他の教員に『結局何がしたくてワザワザ器具買ってから鍛練始めるのか』とて突っ込まれていました」
ネピカの『噂』を、沙夜が読み上げる。
某一年―― しかし、これは、該当学部の生徒には一発で解るネタ。らしい。
よくありそうな内容なのだけど…… とっさに同じ顔が思い浮かぶ、というのも噂の醍醐味だろうか。
●最終日
朝。
大学部玄関に、巨大な絵画が飾られていた。
「何の絵だ?」
「解らないけど、これ、あれじゃない? ここ一週間、ずっと校門に座り込んでた子、いたよね」
「完成、できたんだ」
「あー……」
誰かがぽそりと呟いた、『完成』の一言。
三日坊主の噂がとっちらかる中、淡々と、黙々と、『継続』『努力』を言葉なく体現したのが八握だった。
●努力の果実
「おつかれさまでしたー!!」
依頼主主催の、打ち上げお茶会。
「あぁ……。ケーキの前にサンドイッチが有れば、それをくれ。新鮮なトマトが入ったやつだ」
八握のオーダーに、七不思議制作部長・柏木が指を鳴らす。
「『これする!』宣言活動が流行ればいいなぁ」
誰かの心に何かを残すことができていたら。姫乃は願う。
「要は心の持ち方次第ってね。本当に才能のある人は、地道な努力とあきらめない継続が成果に繋がってるんだと思うよ。
あ、おかわりお願いしまーす!」
アイスコーヒーを片手に、既に1つ目のケーキを完食した祐希が追加オーダー。
「気付けば、陰陽魔術っていう独自術式まで作ってる始末だよ」
集が気だるげに続けた。
「なかなか、おいしいねこのケーキ。……金欠気味だから追加はしないけど」
のんびり自分のペースで楽しむ俊介。ネピカは無言で日本茶を堪能している。
ロイヤルミルクティーと苺のタルトに目を細めている沙夜へ、姫乃がアタック。
「それ欲しいっ!」
「えっ」
無邪気な仕草に、沙夜は優しく微笑んで、タルトを一口、あ〜んしてあげる。
「姫乃さん……」
幸せそうに苺のタルトをほおばる姫乃に向き合って。
「良ければ、これを機にお友達になってもらえませんか?」
春。始まりの季節。
何かを始めたい、踏み出したい、そんな気持ちを後押しする季節。
「姫ちゃん、とっくに友達だったよー?」
暖かな笑い声、爽やかな達成感、ちょっとした悪戯心。
自分たちの行動で、誰かの背中を、そっと押すことができただろうか。
もしかしたら、そっと押され、進みだしたのは、自分たち自身なのかもしれなかった。