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陽光に、キラキラと雪の斜面が輝く。
バスで到着したスキー場に降り立てば、天然の銀世界。
「すっかり暖かくなってきたけど、まだこの辺は雪が残ってるんだね」
並木坂・マオ(
ja0317)は賑わうスキー客を楽しげに眺めた。
「ひさしぶりの山、か。やっぱり落ち着くなぁ」
新鮮な空気を胸一杯に吸い込むのは樋熊十郎太(
jb4528)。
故郷の山を思い出す、雄大な景色だ。
「事前に貸出申請を出していたものは、ペンションに立ち寄って受け取っていきましょう」
御影が先導し、皆が続いた。
「……とりあえず、無事だったという事であまりしつこく言う気はありませんが、今回は運が良かっただけです」
簡単なあいさつと自己紹介を済ませてから、久遠 冴弥(
jb0754)は一歩踏み出してオーナー夫妻を正面から見つめる。
「今回も何とかなったから、と今後無茶はしないでくださいね。ただ……」
淡々とした口調から、冷たく受け取られるかもしれない。けれど、言わずにはいられなかった。
「ただ、情報に関してはありがとうございます。有効活用させて頂きます」
冴弥は、まっすぐだ。
言わなければいけないと思うなら、きちんと伝える。
「しっかり始末しつつ、楽しめたらいいな」
青空・アルベール(
ja0732)が笑顔で加わり、さりげなく空気を和らげた。
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そこから歩くこと、約30分。
「雪男に雪女だなんて、ホント昔話みたいだよね」
マオが白い息を吐き出しながら、一見平和な雪山を見渡す。
「ただーの怪談ならよっぽど風情があったんですけどね。あるいは、雪山のロッジといったら、探偵物の事件のメッカですよぅ」
「クローズドサークルだっけか? うむ、絶好のシチュエーションだな」
黒瓜 ソラ(
ja4311)の言葉に、麻生 遊夜(
ja1838)がケラケラと笑いを返す。
怪談と単語が出たところで、Ninox scutulata(
jb1949)がおどけた口調で話を繋いだ。
「はて、雪女ってェのは本当に真っ白な肌をしてるンですかねェ」
それは、たとえば――
ソラがグルリと首を回してニノクスを凝視したところで、 、
「いやいや、アタシのコレは只の化粧ですよゥ」
大げさに肩をすくめて笑って見せた。
「……風呂の時は、落とすんですか?」
真顔で問うソラの後ろで、遊夜が本格的に笑い転げた。
「ふむ、除雪からやらんと何も始まらんか」
まず、山荘に入れない。
酷い状況に、腰に手をあてたまま遊夜はそれ以上の言葉を続けられなかった。
「鍛錬と思えば軽いな」
動じることなく、水無月 神奈(
ja0914)は言い放つ。
撃退士は9人もいるし、日が落ちるまで時間もある。
「天魔退治が第一目的ですけど、加えて鍛錬にもなるのはお得ですね!」
御影も、そもそもは鍛錬のためにスキー場を訪れていた身だ。
結果的に本来の目的も果たせると気付き、神奈の言葉に笑顔を見せる。
オーナー夫妻から話を聞いた時は天魔討伐で頭がいっぱいになっていたが、できることは自分で思っていたよりたくさんあるようだ。
●
雪をかきわけ、ロッジ横の物置から除雪道具を取り出して。
「うわー、手が冷たい!」
除雪に慣れていない青空が、雪にまみれながら悪戦苦闘している。
(ソラは得意そうなのだ…… なにかコツを)
後輩を探すが、見当たらない……?
「ははは、かきつくしてくれようですよぅー!」
テンションMAXのソラは、梯子を掛けて屋根の雪降ろしを開始していた!
「うおりゃあ! どっせぇえええい」
「ソラ! 冷たいぃー!!」
きらきら、きらきら、晴天を背景に銀雪が光りながら舞い落ちる。
鍛錬、それもよし。
楽しむ、それもまたよし。
「どうせなら楽しくやりましょうよゥ」
夜の戦いに向けて、雪壁や落とし穴を作る打ち合わせをしていたが、ニノクスはそこへ雪像作りも滑り込ませる。
「材料は文字通り山のようにある。使わない手はねぇな」
遊夜が二つ返事で応じ、青空も歩み寄る。
「……あぁ、夜の戦いに使えるようにするか」
ポン、と手を打ち鳴らし言葉にしたのは、真面目に戦闘準備にいそしむ女子数名の視線を感じたからではない。たぶん。
「遮蔽物の軸…… ん、等間隔に配置するべきだな」
「雪だるま、作りたい!」
雪の上での戦いも、大量の雪を使っての遊びも、マオは経験が少ない。
「じゃあ、俺が落とし穴づくり担当しますよ。ガンガン、雪を掘りますね」
それで雪像を作るといい。
十郎太が金属製のスコップを担ぎ、めぼしい場所を相談しながら決めると、持ち前の力で頼もしく掘り進めてゆく。
「……真面目にお仕事しなくちゃいけないのは、わかってるんだけどね」
笑顔交じりの光景に驚いている御影へ、マオが片目を瞑る。
「暗い顔しててもしょーがないじゃん。アタシ達に託してくれた人達にも『楽しかったよ』って報告したいし」
「そうですね……。そう、思います」
『楽しかったよ』
それは、最高の結果報告に違いない。
守りたい場所は、そのまま彼らにとって自慢の場所なのだ。
(夜になれば現れる、ということは明確なリミットが決まっているわけですし)
闇雲に除雪しても仕方がないか。冴弥は、雪像作りを遠巻きに眺めながら考えを整理する。
「少し雪を残しておかないと、夜には凍ってむしろ危なくなるかもしれません」
「……ふむ」
同様に淡々と除雪をする神奈へ、懸念を伝えてみる。
「慣れぬ地形に足が取られても敵わんな」
日の高いうちに足場確認はしておくつもりだったが、『夜の冷え込みで状況に変化が生じる』までは気付かなかった。
神奈は、改めて山荘周辺に目をやった。
雪像には、何を考えている、と思わなくもなかったが。
大量に除けられる雪を、雪だるまや雪像にと消費されてゆくのは、予想していなかった解決策に見える。
それぞれの行動で、上手く結果を導き出せれば上々だろう。
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一仕事を終え、交互にシャワールームを使いながら腹ごしらえタイム。
『ロッジの基本』と強く推すソラの意見で、カレーライスだ。
丸太造りのテーブルを囲み、暖炉で暖まる居間にて全員揃って至福の一時。
「傑作だな、これ以上の出来はあるまい……」
遊夜は、デジカメで撮影しておいた自作の雪像に満足の表情。
一心不乱に黙々と、愛しい恋人の等身大雪像を山荘前に爆誕させていた。
柔らかな髪、照れた仕草まで細部の再現完璧である。
「頭の上にミカンを乗せるのは鏡餅だったかー……」
「合作の猫型雪だるま、よかったのだ!」
マオの作った胴体へ、青空が乗せた猫の頭、さらにチョコンとミカンの冠姿の雪だるまも、しっかりと。
「雪像って、思っていたよりたくさん雪を使うものだったんですね。除雪した分が、山にするほど残らないなんて」
雪像、それから壁の作成で、周辺の除雪は綺麗さっぱり片付けられた。
御影は感心しながら、疑問に思っていたことを振る。
「黒瓜さんは、屋根で……雪おろしだけじゃ、なかったですよね? 何をなさっていたんですか?」
「リモコン式の電気ランタンの敷設です。光源はロッジ内から引っ張って」
「いつの間に……」
――さぁてお立ちあい。
食後の後片付けも済み、外の警戒へ向う者、山荘内に残る者、それぞれの時間を過ごす中。
テーブルで、ニノクスが得意の手品を披露する。
「チラリチラリ、雪の降る日のことでやした――」
右手から、白い花弁を次々と溢れさせ。
「コイツはアタシが実際に見た話でしてねェ」
左手からは、手のひらサイズの和傘。くるりと指先で弄び、右手と左手をクロスさせると、花弁と傘が大きな雪の結晶の描かれたカードへ変化する。
手品に交え、雪女にまつわる小噺をいくつか。
マオと青空が一挙手一投足に驚いて見せ、そんな二人に遊夜が笑う。
暖炉の火加減を見守りながら、そんな様子に十郎太も表情を和らげた。傷の走る左半分はぎこちないけれど。
「あぁさむさむ…… いっそ早く出ないかなぁ」
食後で暖まった体も、今は懐炉が頼り。
屋根の上、ナイトヴィジョン越しに、ソラは敵の訪れに気を張っていた。
屋内で予兆が来てからでは、相手に先手を許してしまう。それよりも。
しっかりと防寒具を着こみ、満天の星空の下で、闇の中にうごめく存在をソラは探した。
程なく、山荘から誰かが出てくる―― 神奈だ。
ソラが屋根で敵の接近を警戒していることは知っているはずだから、一足早く場所に慣れておこうと、いったところだろうか。
ヒュウ、冷たい風が吹き抜ける。
ハッとしてソラは顔を上げた。
「…………緊急。出ましたよ。皆さん、準備を」
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戦闘場所は、山荘の前に広く取って。
遮蔽物として雪の壁と、等間隔の雪像を、その先に作っている。
落ちれば御の字、落とし穴もさりげなく。
「遂にお出ましか」
遊夜が、窓から外の様子を窺う。
暗闇に強いスキルやアイテムを持っているメンバーもいれば、ヘッドライトを準備している者もいる。
ソラから再びの合図と共に、山荘を飛び出す!
「行くのだ、ヘルハウンド!」
「奇麗に咲かせてやろう」
雪壁を盾に、青空と遊夜が先陣を切り腐敗効果を纏う弾丸を続けざまに放つ。
交戦開始と同時に、ソラは屋根に設置した電気ランタンを点灯。2、3m程度であるが、ほんのり視界が開ける。
「これはこれは、聞きしに勝る美貌でいらっしゃいますねェ」
ニノクスは雪女相手に軽妙な口調で問わず語り。
「はて、まさかそちらの毛むくじゃらの旦那の奥様でいらっしゃるンで? ってェことは、この可愛らしいお嬢さんはお二人の娘サンですかぃ」
おどけながら、その手の中には――炸裂符。
「いやはや失礼、あまりに可愛らしいンでそうとは分からず…… とと、雪男の旦那ァ、怒らないで下さいよゥ――?」
雪女へと攻撃を仕掛けるには、他2体の攻撃圏内にも被ってしまう。
壁を巧みに使い、雪男から矛先をそらし、
「いだっ、ちょ、ちょっとお嬢さん、痛いですよゥ」
雪娘の雪玉が頬を掠めた。これは痛い。
「どうけさん、こっちです!」
十郎太が声を上げ、自分の後ろへとニノクスを庇う。
自ら掘り、周囲を踏み固めた落とし穴。
位置は頭に叩き込んである。
雪玉も氷の吐息もものともせず、十郎太は雪男へと接近し、タウントを発動、徐々に戦線を下げてゆく。
(うん、今だ)
突出した十郎太に、敵の攻撃が集まろうとしている――そのタイミングで、マオはアタッチメント式スパイクを取り付けた靴に、力を込めて雪面を蹴る!
幾つかの雪だるまを隠れ蓑に、雪男の影に隠れる雪娘へ猫まっしぐら!
「悪いのう、お嬢ちゃん! 恨みはないが、去んでくれや!」
漆黒の輝きを帯びた893キック一閃。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
吹き飛ぶ雪娘、気を取られる雪男、うっかり踏み出したその先に。
「これ以上勝手させんですよ……!」
ジャストサイズ落とし穴にハマった雪男へ、容赦なくソラがブーストショットを浴びせる。
「冴弥、今なのだ。このまま、ずーっとまっすぐ!」
「ありがとうございます。……布都御魂」
青空の声に、冴弥は右手を伸ばし、スレイプニルを召喚する。そのまま騎乗し、ヘッドライトの光源を頼りに直進!
断絶の軋みを発動し、双剣を振るう!
「視覚を潰せば、後は狙いの定まらない攻撃などどうとでもなる」
落とし穴から這いずり出ようとする雪男の頭を、神奈が容赦なく横薙ぎに斬り払った。
「急所かどうかはわからんが、崩れかけても人の形をしているのなら、機能は似たようなものだろう」
頭半分を飛ばされ、雪男は闇雲に暴れる。
神奈が、その緩慢な動きを回避すると、彼女へ拳を振り下ろすタイミングで御影が斬りつけた。
「神奈さん、大丈夫ですか!?」
「後れを取ると思うか? 守るのも守られるのは趣味では無い、仔細ない」
そっけない神奈の返答に、彼女の気性を知る御影は笑みを浮かべ掛け、そのままキリリと表情を引きしめる。
今は、ここは、戦場。
真剣に、勝負!
神奈は流れる動作で雪男の側面へと回り込み、極光で横腹を斬り刻んだ。
「天魔殺すべし。慈悲はない。インガオホー!」
「悪いね、あんたが一番邪魔なんだよ」
ソラと遊夜の攻撃がクロスして、雪女を撃破した!
「いやはや、守ってもらってばっかりで」
「それが、俺に出来ることですから」
ニノクスの盾として経ち続けた十郎太が振り向くと、道化はおどけて肩をすくめた。
「ってあーあ、酷いなァもう。アタシの力作が台無しでさァ」
盛大な雪合戦のなれの果て。
雪像たちも、お役目御苦労―― その向こうで、遊夜の悲鳴が響いた。
しきりに、恋人への謝罪を繰り返しているようであった。
●
戦いは終わり、山荘へ静かな夜が来る。
カードゲームや手品に興じる歓声が、外にまで聞こえてくる。
「……幾年過ぎようと、変わらないものがあるとすればこれだけか……」
神奈は一人、屋根の上で星空を眺めては過去に思いを馳せた。
変わらない、冬の星空。澄んだ空気。
「水無月先輩」
(光…… いや)
地上から声を掛けられ、身を乗り出せば、冴弥の姿があった。
「暖かいお茶、いかがですか?」
少し考え、神奈は屋根から下りることにした。
慣れ合いは好まない―― 貫いてきたスタイルを、尊重しながら近づこうとする少女を邪険にすることは流石にできない。
「よかった」
「ん?」
「共に戦ったのですし、これくらいは…… 拒まれないといいなと思ったので」
「……そんな風に見えたか?」
「少々」
ストレートな冴弥の言葉に、神奈は言葉に詰まる。
「真剣に依頼の事を思い、考えればこそだったと思うので」
「そうだな」
「あっ、ここにいたんですね! 神奈さん、久遠先輩」
山荘の扉が開き、こぼれる灯りとともに御影が姿を見せる。
「夜食のカレー!」
「一緒にどうなのだー? ずっと外で、寒くないー?」
ひょこっと、その後ろから青空。
「夜は寒いけど、星がキレイだねー。吸い込まれそう」
マオも飛び出し、星空を抱きかかえるように両腕を広げた。
「ご褒美には星空を、か」
「流れ星見えるかな」
なるほどねぇ、続く遊夜が満足の表情。青空が無邪気に目を凝らす。
すっかりメンバーに溶け込んでいる御影の姿に、神奈は優しい表情を浮かべた
「楽しんでくるといい。私は早朝のうちに、雪上の鍛錬をしておきたいんだ」
「さぁ、あとは全力で遊ぼうか!」
「朝までUNO大会!」
「アタシにカードを触らせて大丈夫と思ってるんで?」
屋内へ戻る遊夜に、中からソラが叫び、ニノクスの笑い声。準備は整っているようだ。
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思い思いに過ごす、雪山のワンナイト。
夜も更け、寝息も聞こえ始める中。
そっと外へと出てくる一つの人影。
「うん、やっぱり落ち着きますね」
自然の光に照らし出される銀世界。満足そうに十郎太は呟いた。
守ることが、できてよかった。
静かに静かに、朝が来るのを待つ。
朝日に照らし出される雪原は、守ろうとした人々の思いを乗せて、何よりも美しく輝くだろう。