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見上げる空は、狂気の黄。
広がる大地は血染めの赤。
揺らぐ花には毒蛇が忍び、空の彼方に偽りの月が浮いている。
悪魔・ディアン=ロッドの作りし『ゲート』内部に広がる世界。
悪魔が保護しているコアを破壊しなければ、この世界を破ることはできない。
この世界が集めようとしている、結界内に閉ざされた人々の魂を解放することはできない。
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「吸魂のペースが速い……? 早くしなければ、みんなディアボロにされてしまう!」
「何でこんなにも急いでるのかしら? 効率悪いんでしょ? これ」
レグルス・グラウシード(
ja8064)の言葉へ、髪をかき上げながらErie Schwagerin(
ja9642)は首をひねった。
ゲート内を見回しながら、エリーはかつて参加した依頼を思い起こす。
(多治見ゲート…… 私が駅の周辺のディアボロを掃除してた時には、全部準備が整ってたってわけね……)
その際に、エリーは結界の出現を目の当たりにしていた。
「余裕が無い……と言えばそうなのでしょうけれど、そんなことよりも、もっと他の事を考えてるのかもしれないわねぇ」
「たとえば」
レグルスは、自身の考えをエリーに伝えてみる。
「一般人をディアボロ化し、増援とする、とか――」
憶測にすぎないけれど、考えられる線だ。
「ま、悪魔の考える事なんて、気にするだけ時間の無駄ね。何考えてるのかさっぱりだもの」
(悪魔、なんて)
「いつもそう…… 何も教えてはくれないもの」
古い記憶を呼び起こし、そうして蓋をした。
鳳 覚羅(
ja0562)は決意固い眼差しで空を睨む。
「この街に住んでいた人達の為にも……、この門に潜む魔、人に仇為す者……今回は屠らないとね」
ゲート内に出現するディアボロの能力は把握したが、悪魔とコア、コアを守る障壁の調査までは至っていない。
己の血で印を結び、言霊を紡ぎ、力として。
「普段以上に厳しい環境下ですから、皆さんとの連携を大事にしたいですね」
鑑夜 翠月(
jb0681)は、焦りは禁物と状況把握に努めた。
「やれやれ。何で引き受けちゃったかね、この依頼」
九十九(
ja1149)が嘯く。
「刀狩の主人と相対する事になるとはね。これも縁か……」
悪魔が所有していたヴァニタス『刀狩』の最期を見届け、先だっては多治見市内の病院救出戦にも参加したばかりだ。
「ねぇ、今回の悪魔のヴァニタスって、どんな奴だったの? 例に違わず操り人形?」
九十九の独り言にエリーが興味を示し、声を掛けてくる。
「狼だから大丈夫」
「は?」
「あ、なんでもないさね」
闇夜で戦ったあの時も、狼の群れが相手だったことを今になって思い出すなど。
ヴァニタスから直接聞き出せた言葉は少ない。
「不思議なくらい、自分の意思で突っ込んでた気がするねぃ……」
ああ、そうか。
最期の言葉『自由に』とは、主人がゲート展開のための束縛からの解放されることを祈って……?
(悲しい目をしてたキミ、それでも迷わずボクを殺そうとしたキミ……!)
二度目のゲート突入となるフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は、赤い花畑の向こうの丘を見据えた。
たった一輪だけで咲くような、寂しさを纏う声。
自分にはない強さ、自分にもある寂しさを纏う紅い花。
(だから、ボクも戦う!)
フラッペは、武器たる己が脚に力を込める。
紫ノ宮 莉音(
ja6473)は能力を抑えつけられる感覚にくらりと眩暈を覚えた。
(繋ぎ留めたもの、取り零したもの……。すっかり消えてしまうまで、まだ繋がる)
現段階でゲートを破壊できれば、住民たちは助かる。
それは、か細い糸のような希望。
命は強い。人は脆い。何度も目にしてきた。信じるしかない。
(今度こそ夜鈴くんに庇わせないし、先に倒れないぞ)
莉音の視線を感じたのか、先方の柊 夜鈴(
ja1014)が振り向いた。
「……無茶なことでも考えてるのか、莉音君?」
「みんなと一緒で嬉しいな、って」
夜鈴の言葉へ、莉音は首を振る。
夜鈴、九十九、それに若杉 英斗(
ja4230)、彪姫 千代(
jb0742)……友人の顔が、今回は多い。
「状況判断は九十九くんがいれば大丈夫。英斗くん、頼りにしてます」
「普段はみんなの盾だけど、今日、俺は剣となる。筧さん、盾はお願いします」
「思い切り物理だね、若杉君……」
魔法攻撃は勘弁だからな、と話を振られた筧が笑う。
「おー! 俺、頑張るんだぞー!」
「千代は無理すんなよ?」
千代は前回、フラッペ・筧と共にゲート中心部で悪魔とコアを目にしている。
学園で出会った筧を『父』と呼ぶことが、筧は『父』と呼ばれることが、いつの間にやら当たり前になっていた。
「莉音、連携するぞー! 遅れたら駄目だぞ!」
「千代くんに僕、追い付けるかな……?」
皆が大体、ゲート内の空気に慣れたとみて、同行するアストラルヴァンガードの加藤が出立を促す。
「それじゃあ、サクっと終わらせましょ」
ドレスの裾を翻し、エリーが告げた。
●
前回のデータより導き出した、中央への最短ルート。
目に見える敵を最小にとどめ、一行は駆ける。
「蛇ッ、10m向こうさね!」
加藤の生命探知との組み合わせで、九十九が確実に花畑へ潜む毒蛇を看破し、先手を打つ。
「おー! なんか、ワラワラ出てきたぞ……!」
千代が素早く反応し、アウルによって細氷煌めく青き虎を生み出す。凍てつく世界を作り出し――
「俺知ってるぞ! 蛇って寒くなると眠くなるんだよなー!!」
ディアボロとアウルによる魔法なので実際の因果関係はないが、【氷虎】によってバタバタと毒蛇たちは眠りに落ちる。
「蛇さん、そのままずっと眠ってくださいね!」
翠月が遠方から追撃を、そして千代が近接攻撃で蹴散らしてゆく。
「毒蛇は任せるわぁ〜。探知とか得意じゃないのよぉ」
エリーは自身の得意分野で能力を発揮する。
「ふふふっ。串刺しにしてあげるわぁ」
コンセントレートにより、黒い刃が飛距離を増してアンデッドナイトの弓兵へ襲いかかる。描く軌跡、与える重さは、幾本もの槍のようだ。
「弓持ちは任せて。そっち、なるべく敵の連携を崩すようにした方がいいわよぉ?」
「了解した。……不死の騎士、か。俺の力で粉砕できるか?」
結合能力は魔法でしか無効化できないというが、物理攻撃でも一撃で沈めることができれば問題ないという。
夜鈴は黒炎を纏い、全身の力を乗せて剣士へと飛びかかった。
袈裟がけに斬り付けるも、
「これで足りないのか」
見る間にふさがる傷口に、微かに顔をしかめ、武器を魔法属性の刀へと切り替える。
「このあいだ戦ったばかりだから、こいつらの動きはだいたい読める」
九十九と同じく多治見病院戦へ参加していた英斗が雷の刃を放ち、夜鈴をフォローする。
(ああ……、そうか)
動きはわかる。病院戦では仲間が高火力での物理攻撃で一撃粉砕をしていた。けれど。
「これが……ここが、ゲート」
自分の追撃でもまだ、撃破に至らないことに英斗は少し驚き、それから納得する。
敵の能力は変わらなくても、『自分たち』が前回とは違う状況なのだ。
「幾度でも、切り裂くまで」
覚羅はクロセルブレイドで槍兵を相手取る。剣士への加勢へ向かわせない位置取りを狙って。
懐に入ってしまえば、互いの武器の長短など問題ではなかった。
後方の弓兵を集中攻撃で撃破したエリーの援護も入る。
神速の刃と交差し、数合の斬り合いで打ち砕く。
回復魔法のタイミングを見計らうレグルスへ、まだ大丈夫だと覚羅は首を振った。
「癒し手が多いと、それだけで心強いね」
「僕だって、やる時はやるんですッ!」
レグルスは飛びかかってきた毒蛇を杖で一殴りし、前衛陣に追走した。
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遠く。
黄色い空を旋回するアレクトの姿が見えてくる。
尾のような髪をくるりとなびかせて、翠月はアンデッドナイトの第二陣へ氷の夜想曲をかける。
(蛇さんのように、簡単にはいきませんか)
不死騎士の方は、バッドステータスの耐性が高いのかもしれない。
「行け、【炎虎】!!」
「コメット、行きます。皆、下がってて!」
千代が生み出す炎の虎が襲いかかるのを合図に、莉音がコメットを降らせた。
「父さん! 今なんだぞ!」
「千代、お前は少しケガが多い!!」
前へ前へと突き進む千代を庇うように、筧が前線へ上がる。
「……あの二人って、親子なのかな」
英斗は口の中で呟くが、今は確認している場合ではない。
前衛陣が畳みかけるような追撃、そして九十九の放つ矢が、最後の一体、槍兵を倒した。
「攻撃は最良の防御、かな」
開けた視界に莉音が小さく息を吐いたところで、レグルスと加藤が癒しの風を吹かせた。
「憎しみの内に死に絶えた少女の無念……、振り払えるかしら?」
翼を広げ接近する灰鳥へ、エリーが束縛の魔法を掛ける。
「動かれると面倒なのよね」
魔法書で、続けての攻撃を。
「片方が停滞すれば、他方の動きは単調になるよな」
夜鈴はクールに言い放ち、滑空してくるもう一体の迎撃を。
敵との距離、仲間との距離を目測した上で自分が的になるよう立ち回る。
刀で切りつけた直後、サイドステップで相手を翻弄した。
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「迷いより、時間より、……誰よりも疾く奔れ! ボクのストライドッ!」
仲間がアレクト戦に入り――恐らくこの状況を悪魔も知るところと判断し、フラッペは一足にコアを目指す。
(コアを壊して、キミの計画を此処で止める……! ……だから、どうか、死なないでいて……!)
駆ける。フラッペは駆ける。最速の名を背負い、ゲートの中心、コアへ向けて。
コアを守る悪魔を止めるために。
それぞれが、悪魔戦に対応を切り替え、丘を駆けあがる。
「鷹政さんは悪魔に言いたいこと、ある?」
前方を向いたまま、莉音が問う。
目の前で。あるいは手の届かないところで。大切な存在を奪われた。その、主たる悪魔へ。
「俺は…… いや。特にはない、な」
感情のままに武器を振るえば、必ずや筋は鈍る――そういった仲間を、多く見てきた。
彼らの気持ちが、今ならわかる…… それだけ。それだけだ。
「父さん?」
事情を知らない千代は小首を傾げる。
前回、悪魔と対峙した時も、少し筧の様子はおかしかったろうか。
(父さん…… 偶にかなしーって顔するのは、きっとあいつのせいなんだぞ……)
「ここまで来たか」
覚羅は、額ににじむ汗をぬぐってコアを見下ろす。
「僕の力よ…… 邪悪を打ち砕く、流星群になれッ!」
レグルスが叫ぶ。
数多の隕石が、コアへ、悪魔へ降り注ぐ!!
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赤い瞳がこちらを見上げた。
赤い唇が笑みをかたどる。
黒い髪が頬のあたりで柔らかに揺れた。
「あら、また来たの……?」
悪魔ディアン=ロッド。ゲートの主。
ボディラインを強調するような闇色の装束に、しかし傷一つ与えられない。
「いくぜ、ディバインナイトモード起動!」
愛用のスネークバイトへ装備を切り替えた英斗が、【神騎士】で能力・カオスレートを上昇させる。
「くっ…… 諦めるものかッ!!」
レグルスが再度のコメットを落とす反対方向で、九十九の合図によりフラッペが行動を起こす。
「悲しいことを言わないで、キミ。ボクは、戦いに来たんだ……ッ!」
叫び、リボルバーの銃口をコアへ向ける。
反射、吸収、……コアを守る障壁に、どういったトラップが張られているかわからない。
覚悟を決め、トリガーを引く。
「!」
悪魔は目を見開き、魔法による防護陣を障壁へ重ねがけした。
「今だ! シャイニングフィンガー!!」
英斗は一瞬の隙を逃さず、とびきりの魔法攻撃を浴びせる。
そのまま脚に力を込め、
「ダブル・シャイニングフィンガー!!」
「威勢の良い騎士様ね」
(……攻撃するつもりは、ないんかね?)
とっさにコアを守ろうとした行動、それに英斗の渾身の一撃に対しても守備の構えである。
己の弓が届くギリギリの範囲で様子を見守る九十九が短い時間で思考を整理する。
千代の放つ炎虎が吠え、莉音のヴァルキリージャベリンが襲いかかろうとも、徹底して。
「こいつは…… どうさね?」
キリ、蒼い光を纏う矢を番え、放つ。
破魔の射手による攻撃は悪魔と蔦の障壁の繋ぎ目を狙って。
――防護陣。
(自分より、コアが大事……?)
優先順位は見えた。
(何が…… 何か……)
噛み合っていない、のだろうか。
コアを巻き込んでの封砲を使い切った覚羅は、顔色を変えぬ悪魔を睨む。
「攻撃が……通らなくてもっ」
翠月がクロスグラビティを続けて放つ。
(そうだ)
三度目で、重圧付与に成功するのを確認し……覚羅の背が粟立つ。
攻撃が通らない。
否、それでも蓄積はしているはずなのだ。
そうであるなら、有効な戦略は――?
蒼い風が周囲に吹き荒れる。フラッペが障壁を蹴りつける。
「あとどれ位で、コアに届くんだろっ」
こんなにも近いのに、鳥籠の向こうにある赤い花は遠い。
「さあ、これはどうだろう」
夜鈴は鋼糸を悪魔の首へ回すように掛け、サイドステップで引く――が
「必殺、とはいかないか……」
アンデッドとは違う、斬り落とすことはできず力に負けて糸は手元に戻った。
ダメージは蓄積する。
それは、時間さえ掛ければいくらでも。いつかは届くだろう。
けれどその時間は、『いつまで』?
●
攻撃スキルを使い果たした英斗が肩で呼吸をする。
にこり。
悪魔は艶やかに頬笑み、スッと右手を上げた。
翠月が叫ぶ、九十九やエリーたち遠距離にいた仲間は駆ける。
英斗、莉音らはシールドスキルで咄嗟に対応を。
悪魔が指を鳴らす。
赤い赤い魔力の花が、咲く。
●
「千代くん!!」
吹き飛ばされる千代の体を筧が受け止め、莉音が活性化していた【神の兵士】が発動し、千代の意識をすくい上げる。
「信吉さん、回復お願いします」
莉音の呼びかけに加藤が応じ、ヒールを施す。
「う、俺…… まだ、戦えるぞ」
重体上等の姿勢を見せる千代へ、筧は短く撤退を告げる。
「俺に、これ以上、悲しい顔をさせたいのか?」
「……」
「引くよ」
「僕の力よ…… 邪悪を捕える、鎖となれ!!」
「僕の最後の切り札…… 天の力を纏わせたこの一撃……。魔たる君にはさぞかし堪えるだろう?」
レグルスが悪魔の動きを止める、そこへ覚羅が助走を付けて剣を突き立てた。
(次に……、繋ぐ)
間近で見た、悪魔の瞳。
届かなかった刃。
胸に抱き、覚羅は駆ける。
足りなかったのは、なんだったのだろう。
撤退しながら、それぞれの胸に、朧に答えは浮かんでいることだろう。
銀色の偽りの月が、撃退士たちを見下ろしていた。
●報告書
・悪魔ディアン=ロッド
カオスレート、階級不明
戦闘においては基本的に防御。コアの守りを優先している
障壁である蔦と繋がっているからか、立ち位置より大きく移動する様子はない
範囲20m程の魔法攻撃
・コア障壁
反射などといった特殊要素はない
強烈な攻撃を加えようとすると悪魔が防護陣を張る