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現地の撃退士たちのフォローを受け、結界へ突入・目的地である多治見病院へと一行は到着した。
「まだ、これだけの住人がここにいるとは……」
石田 神楽(
ja4485)は病院を見上げると、道中で目にした、ディアボロにより建物内に封鎖された人影を思い起こす。
『結界内の人間』は、デビルにとっての『餌』。
結界内を徘徊するディアボロも、基本的な目的は人間の殺戮ではなく、逃がさないための威嚇らしい。
直接的に殺されることはないのだと、わかっていても……。
「……まぁいいでしょう。私はただ、敵を狙い撃つのみです」
雑念と共に軽く首を振り、戦闘態勢へ。
「こうして……餌になる人を助けてゆけば、敵も動かなくてはならなくなるのですかねえ……」
神楽へ応じるように、鴉守 凛(
ja5462)は敵の考えを読もうとする。
(手下に任せては居られぬ状況、そこに悪魔の望む物はある様な気がします……)
それが『何』かまでは、今はわからない。
「むむむ〜」
目を細め、顎に手をあて考え込むのはハッド(
jb3000)。
「ゲートの結界内に取り残されておる人々の〜 ディアボロでも生産するつもりなのかもの〜」
「数多の魂の輝きを奪い去ろうとするばかりか、紛い物まで数を揃えるつもりですの? つくづく不快で、無粋な連中ですの……」
ユーノ(
jb3004)は銀糸の髪を後ろへ流し、そっと目を伏せる。
「それはそうと、病院内に取り残された人々を救出じゃな」
「色々と気になることはあるけれど、今は救出に集中しないと……」
思うことは幾つもあるが、目標を見失ってはいけない。
雫(
ja1894)がハッドへ頷きを返し、貸与申請をしていた光信機の調子を確認しあう。
「無理な事は要求されていない。出来る事をすればいいお仕事さねぇ」
皆の肩の力を抜くように、九十九(
ja1149)は細い目をさらに細めた。
「篭城戦は防衛側の10倍の戦力が必要だと言われるが、さてどう攻め落とすか」
それぞれが惑いから集中へと意識を切り替え始めたところで、クライシュ・アラフマン(
ja0515)が意思統一を促した。
作戦・班分けの確認。
イレギュラー時の対応。
「患者が居ないとされる2階までは全員で進みますが…… 野崎さん、そこからは遊撃をお願いできますか?」
「構わないけど。具体的には?」
神楽の言葉に、武器を活性化させた野崎が応じる。
神楽は細かな流れを伝え、
「最終的には要救助者の直援に回ってもらいたいんです」
「……OK。搬送車含め、救助の方は夏草さんのグループが動いてくれるけど、少しでも早い方が良いだろうね」
「じゃあ、僕は地上待機かい?」
「なんかマズったら呼びつけるからヨロシク」
「はいさ」
宵闇の陰陽師、夏草が野崎へ片手を挙げた。
……さぁ、戦闘開始だ!
●1F
大きなガラス扉を押し開け、病院へと入る。
消毒液と血の匂いがないまぜとなり、ロビーに広がっている。
救出者の大まかな数は聞いていたが――それは『生存者』の数でしかない、ということだ。
結界が展開し、日常の中へディアボロが襲いかかった爪痕は、そのまま時を止めている。
(ゲートの方も、うまくやってくださいよ……)
ゲート破壊のために戦っているという撃退士へ、若杉 英斗(
ja4230)は心の中で呼びかけた。
根源であるゲートを叩かなければ、延々とこういった作戦は繰り返され……ひとつひとつで成果を上げても、おそらく消耗とのバランスは釣り合わないだろう。
「アンデッドナイトだって? ディバインナイトとどっちが上か勝負だな!」
英斗は接近するアンデッドナイトの姿を確認するなり、前線の剣使いに向けて雷の刃を走らせる。
騎士を冠する者同士、この戦い、譲るわけにはいかない!
被弾に大きく身を反らせながら、不死なる騎士は鎧の音を響かせ、足を止めず撃退士たちへ向かってきた。
剣使いが盾となり、やや後ろに槍兵が付く。2体が壁となっているが、情報によれば後ろに弓兵が控えているのだろう。
クライシュが盾を構え、敵前衛の攻撃を受け止めながら最奥にいる弓兵へと突き進む。
距離を保って確実な戦闘を、などという時間は惜しい。病院は、広い。
「よそ見をするな。お前の相手は、俺だ」
白面のディバインナイトは、敵の前線を突破して弓兵へタウントを発動した。
同タイミングで、シールドの発動で進撃する黒き瞳のディバインナイトは槍兵の武器たる槍の柄を掴んだ。
「……くぅっ」
凛は振り払われそうになるのを、足に力を込め必死に耐える。
そう長く止めることは難しそうだ。スキルでもなければ所有する武具の能力でもない、完全な力押し。
(でも……)
無謀にも思える凛の行動は、言葉なくとも後ろの仲間たちに伝わるはず。
「ここで手間取る訳にはいきませんの」
ユーノが静かに告げ、凛の後方から前線二体を巻き込むよう【壊雷】を仕掛けた。
――チリチリと、電光がほとばしる。
(成功は……1体だけでしたか)
それでも、幻惑の効果は大きい。
剣使いの動きに乱れが生じ、そこへ闘気解放した雫が鉄塊――否、大剣を振り下ろす。
一刀両断のもとに不死の騎士は切り捨てられた。
「結合、させなければ良いのですよね」
YES。
●2F
一階での戦闘の気配・阻霊符の発動により異変を察知したディアボロ達とは、2階へ着くとすぐに交戦となった。
「……南方より来る禍る嵐を告げ轟き叫べ、龍を統べる四霊の長たる応龍よ」
九十九の弓に光纏の暗紫風が移り、番える矢が黒き旋風を纏う。
最大射程で、迫りくるアンデッドナイトの最後方、弓兵へ先制を。
「最速で、撃ち落とします」
神楽は【黒業】にて片腕が銃と同化させ、特殊術式による黒く禍々しい『長銃』を構える。
宣言通り、鋭いアウル弾が続けざまに発射された。
「結合、させなければ良いのですよね」
「……命中率、減少?」
全弾命中。吹き飛んで微動だにしなくなった弓兵へ、神楽が害なき笑顔を浮かべれば、並ぶ九十九がスキルの確認をしてしまった。
「ズバッと行くのじゃ〜」
真っ先に遠距離攻撃手が倒した勢いを受け、全員の距離が縮まる前にハッドが無数の影の刃を発動する。
「不死らしいからな……。念入りにぶっ飛ばしてやる!」
英斗の放つ雷刃が、剣を手にする騎士を狙い澄まして吹き飛ばした。
(今なら……!)
ハッドの攻撃により大きなダメージを受けたと認識し、凛は守から攻へと転じる。
魔具を巻きつけた拳で魔法属性の攻撃を全力で叩きこむ!
二度目の壊雷を外したユーノが、手にした符による雷撃で槍兵を刻んだ。
――存外、早い決着だったな。
周囲の被弾の様子を確認し、クライシュが白面の下で吐息する。
「これからは別行動だろう。……鴉守さん、自己回復スキルは取っておくといい。若杉君も」
野崎が、前衛を張った二人へ応急手当てを施す。
確実に一つ一つを制圧するより、スピード重視の作戦を選んだのだ。それに向け、幾重にも用心はした方がいいし、戦力の温存も鍵となる。
「なにかあれば光信機で互いに連絡だね。無理はしないで。必ず、救おう」
「時間との勝負とはいえ、急ぐと焦るは違いますので。じっくりとはいかずとも、慎重にいきましょう」
野崎の言葉へ、ユーノは添える。
的確な、戦いを。
「多治見病院の皆さん!! 久遠ヶ原から来た撃退士です。皆さんを助けに来ました!」
中央階段手前から、雫は咆哮で呼びかける。
「必ず、必ず助けます。だから今はどうか、不用意に動かないでください――私たちを、待っていてください!!」
声が届く限りに叫ぶ。天魔には通用しないからこその叫び。
「行きましょう」
どれだけの人が、雫の叫びを受け取ったかはわからない。それでも、何もしないよりずっといいはず。
すっ、ユーノが先を駆ける。
「紛い物を、無駄に暴れさせはしませんの」
八卦石縛風。
舞い上がる砂塵が階段の番人を襲い、石化させる。
「ここは、自分たちに任せてください!」
英斗が声をあげ、仲間たちにそれぞれの行動を促す。
「頼りにしてる。――グッドラック」
追い抜き様、野崎が声をかけていった。
「騎士の矜持、見せてやる!!」
英斗が符による攻撃に続き、出し惜しみなしの神輝掌を放った!
●3F
凛とクライシュ、そしてサポートに野崎の三人が、3階を駆ける。
割れた窓、倒れた医療機具、壁面にこびり付く血痕――病室の幾つかからは腐臭が漂い、あるいは人々の呻き声。
中央階段のディアボロから逃れるためなのか、あるいは患者の往診中なのか、ナースステーションに人影はなく、情報を聞き出すこともできなかった。
苦しいが、今はそれら一つ一つに心を砕いている余裕はない。
助けるために、今は敵を排除しなければいけない。
「先行して様子を見てくる、万が一の状況と言うのも有り得るからな」
曲がり角に差し掛かり、クライシュが二人を腕で制した。
階段を上った先で見かけた見取り図によれば、ここを折れればあとは直進しかない。ヘルハウンドが単独行動しているというのなら、ほぼ間違いなく一体は、この先だ。
斧槍に装備を切り替えた凛が頷き、援護の姿勢を見せる。
「竜王の咆哮、貴様等の鎮魂歌には丁度良いだろう?」
クライシュは、巨大な黒い影を目にした瞬間に迷うことなく竜王たる光の波を放ち、標的を吹き飛ばす!
すかさず凛が駆け、タウントを発動。
「病室の壁よりは、頑丈なつもりですよお?」
混戦となり、病室へ乱入されてはたまらない。
阻霊符で透過能力を無効化している病院の壁たちは文字通り、救助者を守る最後の砦。
凛は狼の爪に耐えきり、反撃で斧槍を振るう。
(ゲートがどうとか、助けなくてはとか)
眼前の獣を前に、凛の心の壁はボロボロと剥がれてゆく。
もちろん、大事な戦いであることはわかってる。戦い、――そう、戦い。
自分と敵との命のやり取り。湧き上がる衝動のまま、力のままに、凛は武器を振るった。
「満足……させてくださいねえ……!」
●4F
番人から攻撃を受けることも厭わず、振り払い、九十九と雫は全速力で4階へと駆けあがる。
階下の気配から、程なく英斗とユーノのタッグが番人退治に追いつくはずだ。
「久遠ヶ原から来た撃退士さね。この階について、ちょいと話を聞かせてもらえるかい?」
勢いをそのままに、ナースステーションへ転がり込む。
数名の看護士が、驚いた眼差しを二人に向けた。
病室の幾つかは、ディアボロの急襲により潰れていること。
患者の居る病室の場所、徘徊するディアボロの行動特徴などを聞き出し、二人はナースステーションを後にした。
九十九は、気にかかっていた『ゲートに連れ去られた人々』について共通点はないかと尋ねてみたが、誰もが首を横に振った。
『一瞬の出来事』だったそうだ。
(無差別……ということかねぇ?)
『ディアボロでも生産するつもりなのか?』……ハッドの言葉を思い起こす。
結界内の人間を、魂の定着を薄くすることでディアボロ化させるには時間を要する。
『手っ取り早く』であるのなら、たしかに悪魔への力の還元にはならないが、ゲート内へ引っ張ることで瞬時に『魂は離れ』『ディアボロ化へ取りかかる』ことができる。
(とりあえずは……やる事やってから考えるべきかねぇ)
憶測ばかりでまとまらない。九十九は意識を切り替え、先導する雫の後ろから回楼風による索敵に努めた。
「……!」
「居ましたか、九十九さん」
「ヘルハウンド は 狼」
「はい?」
飄々とした態度の九十九の変化に、雫は首をかしげる。
(犬じゃないったら、犬じゃ ない!)
トラウマというのものは、誰にでもある。九十九にとっては『犬』がそれだ。
揺れる黒い尾を見つけ、全身が粟立つも必死に平常心を取り戻す――その呪文は『狼だから大丈夫』。
「雫さん、廊下まっすぐ右手の瓦礫さね!」
「わかりました!」
九十九は弓を構え、縮地で駆ける雫に援護を。
雫も深くは聞かず、大剣を振りかぶる。
物陰から飛び出るヘルハウンドと、一閃。
薙ぎ払いによるスタン成功に、九十九は間髪いれず破魔の射手による痛烈な追撃を与えた。
雫のもう一撃で動かなくなるのを確認し、九十九はようやく自身の脂汗に気付いた。
●5F
神楽とハッドが番人の攻撃を切りぬけ最上階へ到着した頃には、すでに第一報が届いた。
「3階、すでに鎮圧したそうです」
「はやいのう!? ふむむ〜。ここは王の威光を示さねばなるまいて〜」
「期待してます」
にこにこ。
威勢のいいハッドを相手に、神楽は笑顔で頷く。
皮肉ではなく、こういった局面にこそ、明るさが必要なのだと思う。
「心身の弱ってるのが戦闘に脅えてディアボロ化せんよ〜に、なるべく患者から離れた場所で始末じゃの」
「ふむ……。確かに、そうですね」
人の心の不安をあおり、魂の定着を揺さぶる。
それが結界内における悪魔の狙いであるというなら、この救出戦すら、下手を打てば逆効果になりかねない。
「人が収容された場所の付近にヘルハウンドがいる可能性もあるでしょう。戦いは慎重かつ速やかに、ですね」
「なのじゃ! そして、人質になっているジンルイ じゃなくて、人々を救助じゃな〜」
ハッドは闇の翼を広げ、鶺鴒を手にする。
射手と狙撃手は、互いの死角をカバーしながら探索を進めた。
●
「俺の味方を傷つけられると思うなよ!」
英斗が庇護の翼を展開し、ユーノの攻撃が最後の番人を貫いた。
「こちらも片付きました」
階下からの気配に、神楽とハッドが戻ってくる。
「自分たちには、大きなケガはないようですね」
【不死鳥】による自己回復で掠り傷程度まで持ち直した英斗が、残る仲間たちの無事に安堵する。
「移送が完了するまで周囲を警戒して、護送したいのですが」
野崎が夏草への連絡を済ませてから、雫が申し出た。
「階段などがキツイ患者には、ベッドごと支えて飛行するのじゃ」
準備してきたロープと固定用のフックを見せ、ハッドも続く。
「……追加報酬はないんだよ?」
「先に職員たちと患者の搬送順の優先順位の取り決めや、搬送ルートの作成をしておいたほうが親切だろう?」
「ふふ。……了解」
クライシュの後押しに、野崎は肩をすくめ、応じた。
いくらかのタイムロスがあったことは確かで、少なからず外で待機している撃退士たちにも影響を与えている。
ここで、彼らの申し出は非常に有難いのは本当だ。
夏草の率いる救助部隊が本格的に動く中、
「後暫くの辛抱ですから、頑張って下さい」
階下で叫んだ少女が病室を訪れ、約束を果たしたのだと――大丈夫だと、力強く励まし続ける姿があった。