●
開店前の百貨店。
売り場チェックに挨拶指導、慌ただしく時間が流れる。
久遠ヶ原の生徒たちも、繁忙期の手伝いとして各売り場についている頃だろう。
「現場で教えてもらうのは厳しいだろうから、前以って覚えておかないと」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は、メモを片手に社員の後に続く。
陳列の仕方、声のかけ方、気を配るべき個所が非常に多い。
「すみません、マネキンの衣装と同じものを借りることはできますか?」
小柄なアリス・シンデレラ(
jb1128)は、おずおずと申し出る。
レジやアドバイザーは自分には難しいだろう。
で、あるなら、『動いて見せる』ことで服のイメージを抱きやすくすること、迷子になりがちな子供の相手をすること、そういった形で力になれれば。
社員は少し考え、OKを出す。
――ただし、酷く汚したり破れることがあれば、買い取りで。
社員の一言に、アリスの表情が凍りつく。
決算割引セール中とはいえ、百貨店で取り扱うブランド物のお値段は、それなりである。
警備担当に挙手した生徒たちは、地下の駐車場へと集められていた。
納品のトラックが出入りする中、警備会社からの事前報告を詳しく受ける。
「資料あります? 手書きじゃないやつ」
紫ノ宮 莉音(
ja6473)がそう言うと、警備室から館内の見取り図も一緒に、人数分の資料――被害報告のコピーが配布されてゆく。
「監視カメラの位置を確認させてもらえますか?」
若杉 英斗(
ja4230)が確認する。そこから死角になりそうな場所を蛍光ペンでチェックを付ける。
「うーん。犯人が行動しそうなルート、これで割り出せるかな……」
「荒らしねえ……。誰も得しねえような嫌な事よくやるよなあ、面倒くさ」
一連の話を聞き終え、綿貫 由太郎(
ja3564)は電子煙草を唇から離した。
「昼過ぎに荒らされてるって事は飯時で従業員が手薄な時を狙われてるって事だよなあ、飯抜きで見張らないといかんのか?」
とほほ、肩を落とす由太郎の発言に、数名が振り返る。
「ま、そこはそれ。これだけ人数もいるし、連絡とってうまく休憩を回していけば問題ないよ」
筧が間に入り、苦笑した。どうしても『昼時』に警戒を担当してしまうメンバーは出てしまうけれど。
「デパートと言うのは、本も扱っているのですよね? なら、ここを荒らす不届き者は、放っておけないのです」
くい、と警備員を見上げたのはアイシス・ザ・ムーン(
jb2666)。
人間界での『生活』を楽しみ、学ぶアイシスにとって、今回の一件は見過ごすわけにはいかない。
「おー! よく分かんねーけど父さんとデパートなんだぞー!」
「はいはい、千代は俺と一緒に巡回な」
元気に吠える彪姫 千代(
jb0742)の頭を筧がグイグイ撫でた。
両親を知らない千代から『父』と呼ばれるようになったのはいつ頃か、筧もすっかり違和感なく受け止めている。
「ウシシ! 莉音と一緒に父さんと巡回するんだぞー!」
オープン30分前のアナウンスが流れ、皆もそれぞれの持ち場へ向かう頃。
「筧さん」
その背を呼びとめる、女性の声。暮居 凪(
ja0503)だ。
「あ、暮居さん。経験値と報酬、ばっちり稼いでね!」
「今日は、ありがとうございます。後で時間を作っていただけますか?」
「OK。……暮居さん?」
「あ、いえ。では、また」
どこかぎこちない凪の声に違和を感じて筧が首をかしげるも、なんでもないと凪は応じた。
千代と莉音に引っ張られるように歩き出す後ろ姿を、凪はしばし眺め。
(……えぇと、赤くなっていたりしなかった…… わよね?)
●
開店を告げる館内放送。
品のあるBGM――そんな地上とは、また違う活気を見せる、地下フロア。
「お客さんも俺達も、皆で楽しめれば良いな」
セッションの準備はOK?
桜木 真里(
ja5827)は、この日のために練習してきたキーボードを前に、友人たちと笑いあう。
緊張はいらない。
(今この時だけでも、ここが世界で一番楽しい場所になるように!)
楽しんで、安心して店へ入ってこれるように。
亀山 淳紅(
ja2261)は明るめの盛り上げ系の曲をチョイスしてきた。
「スピーカーの調子もよくて、安心しました」
奉丈 遮那(
ja1001)は、店舗から借りることのできた音響セットの確認が済み、タンバリンを軽快に鳴らす。
自ら歌やダンスの動画を撮影する遮那には簡単なお仕事。
予算内で購入できたのは春物ブラウスだけだったけれど、ふわりとした着心地が遮那をご機嫌にする。
「歌やダンスで皆さん、楽しんでいってくださ〜い」
地下広場の中央で、楽器を用意する若者3人。
遮那の呼びかけに、幾人かが足を止める。
――3、2、1
静かなアカペラのハーモニー。
そこから真里の演奏がゆっくりと重なり、明るい曲調に変わってゆく頃には人の輪ができていた。
●
「今日の警備で無事に犯人を捕まえ、誰も怪我をすることがなければいいのですが」
医者の家系である御堂・玲獅(
ja0388)は、そちらを懸念した。
できうる限り被害は出ないよう立ち回るつもりだし、いざというときは治癒魔法を使うつもりでいる。
宝飾売り場で今まで集中的に狙われた物品を聞き出し、そちらを中心にフロアを見渡すように。
玲獅の物腰は、他の店員となんら変わりなくその場に溶け込んでいた。
彼女から死角になりそうな位置にはアイシスが居る。
監視をする傍ら、手にする本と宝石を見比べたり、名前の由来を……悔しいが調べるのは後回し。
神経を張り詰めながら、好奇心を刺激するフロアであることも確かだった。
(悪い事をしたら、お縄に付くのがこの国の法なのです)
●
さすが、決算セールの目玉フロア。
開店同時に服飾コーナーはメンズ・レディス共に怒涛の攻撃を受けていた。
「いらっしゃいませ。どのようなイメージのものをお探しですか?」
必殺スマイルで女性客を迎えるのは黒葛 琉(
ja3453)。顔の良さで世を渡ってきた男。
いかんなく能力を発揮する場面がやってきた!
「そうですね、俺だったらこんな色合いが好きですね。お客様にお似合いだと思います。
ほら、表情が映えますでしょう? どうぞ、試着なさってください」
年の上下を問わず爽やか笑顔。
試着の間に、服に似合いそうなバッグやストールなど、ワンポイントになる小物を見繕う。
失礼にならない形で予算を聞き、その枠内に収めるよう素早く計算する能力は――ただの美形ではできないことだ。
「ある意味戦いよりも辛いかもだけど、頑張ろうか」
ひっきりなしに女性客から声を掛けられ、ついに行列を作り始めた琉の肩を、ソフィアが励ますように叩いた。
「おっと、向こうでヘルプだ。じゃ、あたしも行ってくるね!」
「グッドラック……」
「思ってた以上に忙しいね、この手の仕事って」
「うん。体力仕事なんだね」
礼儀作法に言葉遣い、それらを意識し続けさらに迅速に対応・判断。
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は駆けつけてくれたソフィアと共に一組のお客を見送り、少しだけ肩の力を抜いた。
「今日みたいな感じが続くのか……。何だか先行き不安だよ」
「あぁ!? この服は売り物なのでを引っ張ってはいけないのです! アリス弁償するお金とか持ってないのよ!」
二人の他愛ない会話に、アリスの悲鳴が飛び込んできた。
アリスの纏う薄手の春物ワンピースを、幼児が無邪気に引っ張る危機的状況。
「……ヘルプ行ってくるね」
「健闘を祈る……」
(……仕事として請け負った以上、出来る限りのことは致しましょう……)
琉のお勧めを受けた客は、あまり迷わずレジへと流れてくる。
月乃宮 恋音(
jb1221)は慣れた手付きでレジ・包装を担当していた。
生真面目な性格は仕事に現れる。
店員業務の経験も豊富であるため、慣れることに時間はかからなかった。
事前に借りた制服を自分の体形ジャストに調整しているから、行動も楽。
人よりひと手間掛っているけれど、こればかりはしかたがない……恋音の胸は強化サラシでようやっと抑え込んでいるものの、それでも規格外なのだ。
(……あ、このデザイン)
機械的に手を動かす中で、今日のために読みなれない雑誌で仕入れたブランドの知識などがヒットすると、どこか嬉しくなる。
そんなことを考えている時。
前髪で隠れた恋音の視界の端に、不穏な影が一つ、揺れた。
●
その頃。
ヴィンセント・ライザス(
jb1496)は寝具売り場を警備していた。
(荒らされるのは昼過ぎ……といったか。ちょうど、このフロアの店員が休憩交代をする時間、か)
その穴を埋めるよう、時間つぶしの客の振りをする。
同じフロアのインテリアコーナーには由太郎がいるはずだ。
防犯カメラ、一般店員、それらの配置から警戒すべきポイントは絞られる。
「……何をしているんだね?」
「我が眠りを妨げる者はだれだ〜、ってな感じ?」
展示品の寝具に潜んでいる気配を察し、めくってみれば雀原 麦子(
ja1553)登場。
「それじゃ、荒らしと変わらないと思うのだがね」
「あら。床上手のお姉さんとして犯人に痛い目を見せちゃう作戦なのよ」
女の子を傷付けるなんて許せない。
その信念は、確かなものである。
「お前さん、酔ってるね?」
「自分には酔わない主義よ」
酔ってるな。ヴィンセントは理解した。
しかし、これが麦子のデフォルトである。
朝から金のジュースを飲んじゃってフルスロットル、本調子はまだまだこれから。
「ふむ…… モチベーションはそれぞれ、か」
「そゆこと♪ ここは任せてOKよ」
再び頭から布団をかぶる麦子へ不安を感じないでもないが、ヴィンセントは他の売り場へと移動する。
先に早めの昼食を摂っている巡回チームがくれば、そこでチェンジ――
腕時計に目を走らせたとき、ヴィンセントに連絡が入った。
一つ上のフロア、服飾売り場にいる恋音だった。
『……今…… 2、3名の男性……が』
こちらへ向かったという。ヴィンセントは意味を考える。
「うむ? そちらはレディス売り場だったね?」
『……はい…… 変な感じが……』
「なるほど。十分に警戒しよう」
定刻通り只今参上、そんなところだろうか。
服飾売り場の賑わいは電話越しにも伝わり、恋音からもそれ以上の通話は難しいようだ。
少なくとも、向こうでアクシデントは起きていない。
ヴィンセントは状況を頭の中で整理し、警備担当メンバーへ連絡を入れる。
『わかりました。下手に全員が集まるのも、他の売り場が危険ですね』
「そう思う。犯行が一般人によるものなら、こちらの手札を全て切る必要はないだろうね。それより同時多発が怖い」
ラッシュの服飾売り場には警備としては担当はいないものの手伝いが多く参加している。
ピンポイントの寝具インテリアに三人、宝飾には二人。
他に巡回が一組と二名。
バランスとしては良いだろう。
玲獅の返答に後押しされた思いで、ヴィンセントは事態の動きを待った。
●
少々前。社員食堂にて。
高級デパートの社員食堂、恐るべし。
明るい内装、大きな窓から街並みを見渡せる。勤務疲れを和らげてくれる空間となっていた。
そして和洋中と揃ったビュッフェ。社食ってこんなに優雅で良いのだろうか。世の中には、こんなところも、ある。
「あ、若杉君だ。こっちこっちー」
そんな中、見慣れた赤毛が英斗を呼びとめた。
「三人とも休憩でしたか」
「食べ終えたら、寝具売り場組とチェンジしようと思って、早めにね」
筧に呼びかけられ、英斗は莉音や千代もいるテーブルへと。
「英斗くんは、なにか変な動きキャッチしたー?」
「自分はまだ。地下から攻めてたからかな」
莉音と英斗が情報交換をする横で、
「何かいい匂いがするんだぞー 父さん、あれ食べたいんだぞー!!」
「……筧さん」
万感の思いを込め、英斗は卒業生の名を呼んだ。
「筧さんの人生って、形容する言葉がみつからないですよね。まさに『筧節だよ人生は』って感じです」
「削ってナンボだからね…… って、誰がうまいことを」
「旨いですよ、鰹のタタキ」
「うん……。うまいよね」
「その、かける言葉は見つからないですけど」
「かける醤油はこちらです、どうぞ」
「ありがとうございます。……拗ねてます?」
「慣れたもの……」
言葉なく、莉音が筧の肩をポフリと叩いたところでヴィンセントからの連絡が入った。
●
「おっと、そこまでだ」
「!?」
由太郎の放つマーキングが、ナイフをかざした人物へ命中した。
「ノーダメージのスキルは、こういう時に便利だね」
天魔が絡む任務じゃなければ、由太郎の心を乱すにはあたらない。
飄々とした姿勢を崩さず、現行犯で捕えに向かう。
「被害を防ぐのも大事だが、犯人捕まえないと店の人も安心できねえもんな」
ああ、これくらい昼飯前だとも。
なにも交代直前でハプニング発生しなくても……などとぼやいていても仕方ない。
「そっちへ逃げたぜ。三人のうち、一人はこっちで捕まえた」
「了解」
由太郎の声に、ヴィンセントが動く。
魔法陣を自身の周囲に展開し、霧の様な物を生み出す。ヴィンセントの姿はそのまま風景へ限りなく溶け込み――
「武器を落としたまえ。このまま腕をもぎ取られたくないならな」
犯人の腕を掴む。
一般人相手であれば、撃退士ならこの程度で十分に痛みを感じさせられるはずだ。
「武器を落としたまえ。このまま腕をもぎ取られたくないならな」
ガラスが割れるように霧が崩れ去り、ヴィンセントは姿を見せ、犯人の耳元へ脅しをかける。
少々力を強めれば、怒りの混じった眼差しが振り向いた。
「そんな手札で勝てるとでも? あいにく、俺にはもう一本、腕があってね」
怒りは判断を鈍らせる。
感情に流されたらゲームの結果は見えたようなもの。
闇雲に振り回されるナイフを叩き落としたところで、由太郎が加勢に駆けつけた。
「さて、お前さんの手札は、尽きただろうか?」
ヴィンセントの声は、至って冷静なものだった。
「ぐっすり……じゃなくて、しっかり見極めたわよ」
布団を跳ね上げ、麦子が残る一人へ向けて縮地を発動する。
一気に距離を縮め、逃げる片手を引き、そのまま関節を極める。
「缶ビール1本に及ばない手ごたえね」
●
同刻。
「来ましたね」
玲獅は異変を察するとともに、ショーケースへ準備していたビニールシートを掛ける。
守れるのは一瞬で良い。強襲を防ぐよう、自らが盾となる。
「その程度で、強盗などできると?」
「!!?」
玲獅の身のこなしに、強盗犯は驚きを見せる。
今までは刃物をちらつかせれば、泣いておびえるばかりの女性店員だったというのに!?
「まずい! 撤収するぞ!!」
仲間の一人が、遠くで叫ぶ。昼間から襲うだけあって、今回は相当な数で動いているようだ。
5、6人と聞いていたのは『その時に行動する人数』であって、総数はもっといるのかもしれない。
「そうはさせません」
交戦の一瞬で玲獅は相手をとらえ、手錠を掛ける。
「まず一人」
「……多少の混乱はやむをえないのです。失礼するのですよ」
物質透過を駆使し、アイシスは仲間たちを追う。
通行人や障害物を無視して駆け抜ける様子に驚きの視線を受けるも、四の五の言ってる場合ではない!
「捕まえるのです」
異界の呼び手を発動し、束縛したところで警備員たちも集まってきた。
「……守れましたか?」
「ああ、大手柄だ」
その中の一人は、朝に説明役をしていた警備員。
アイシスの能力に怯えるでもなく、彼女の頭を優しく撫でた。暖かな手のひらだった。
●
「いかがぁーですかぁー、おいしいおそーざいですよぅ☆」
食品コーナーで明るく試食販売をしているのは新崎 ふゆみ(
ja8965)。
白いエプロン姿でかわいらしく。なんだか、ちょっと未来の若奥さん風?
「はい、こちらのカラフルサラダもおすすめですっ★」
時間は、ピークを越えたお昼過ぎ。今のうちに売り込んでおかねばならぬものもあるっ
「お客様におすすめするためには、ちゃんと味を知らなきゃ★ミ ふゆみのお墨付きでーす」
ひととおりおいしくいただいてから挑んでいるふゆみに、死角はない!
飛び交う質問に、持ち前の明るさでハキハキ答えてゆく。
「むふー、でもふゆみだって料理には自信あるんだからねっ」
お惣菜慣れしてると思われても困る。
そんな一言に、ちょうどふゆみくらいの孫を持つ老夫人たちがにこやかに一品を手にしてくれた。
「ふぅ…… これで一休みかなっ? あとは夕方……あっ」
カラカラになった喉を潤したところで、ターゲット発見。
「やあやあ筧のおにーさん!」
なにやらあわてているようだけれどお構いなしである。
「新崎さん、すごいな。ほとんど完売か」
「どーせおうちに帰っても、お料理作ってくれるカノジョとかいないんでしょ? これっ、ふゆみのおすすめだよっ、買ってくしかないよねっ☆ミ」
【ふゆみは筧の心を削った!!】
※悪気は一切ない
「鷹政さん…… アウルの鎧、掛けたけど……ヒールの効かない傷(非物理)は、ありますねー」
「ありがとう。莉音君で無理なら仕方ない。大丈夫、心のLPは残ってます」
閉店前には買いに来ることを伝え、千代たちは足早に去って行った。
「そっか、警備のお仕事だもんねぇ。いってらっしゃーいっ☆」
●
服飾売り場で目撃された不審人物は、寝具・インテリアフロアで捕縛され。
宝飾売り場に現れた強盗たちも縛りあげられた。
しかし犯人達の話を聞けば、まだ、館内に仲間がいるという。
凪からの定期報告を受けながら、英斗も単独で見回りを続けていた。
(……? あれは)
奥まったところで、荒々しい声で携帯で通話をしている男がいる。
英斗は身を潜め、様子を窺った。
「こちら若杉、4F南階段。怪しいのがいます。応援をよこして下さい」
手短に筧へ連絡を入れると、そのまま監視を続ける。
男の言葉を拾い上げれば、どうやら撃退士たちが乗り出していることに対する驚きと今後に関しての……
(犯人のグループ、ビンゴだ)
不用心なことだ。逃げるなりしているかと思えば、こんなところで作戦の練り直し?
一人なら捕えられる。英斗が踏み出そうとした時……男が背にしていた従業員用の扉が開いた。
社員バッジを付けた男性は、犯人グループの男と軽く口論し……中へと引き入れた。
(!!)
社員が、手引きをしていた!?
『防犯カメラに映らない』――死角を知っていることもうなずける。
「逃すわけにはいかないっ」
今こそ、決定的瞬間というやつだ。
応援の到着を信じ、英斗は駆けた。
●
「今日は鰹尽くしの料理で行きますよー? かつおm……一臣さん、よろしくお願いしますねー!」
「筧節先輩は言いましたです。バレンタインのお返しは身を削って手に入れろとっ ボクは筧節……もとい鰹節を見事削りゲットするです!」
「シエルちゃん、あの、なんか俺にも刺さるんですけどその言葉……なんでかな」
櫟 諏訪(
ja1215)、シエル(
ja6560)による波状削りに加倉 一臣(
ja5823)はなんとか両足で大地に立ち続ける。
「気のせいですです、かつおm……臣先輩!」
「だよな。二人ともよろしくな! ……そっか、うん。鰹系か……いや、知ってた……」
かつおみ発言に気づかない程度に、一臣は削られ慣れた男である。問題ない。
自分の立ち位置、日々再確認できてます。
「ちょっと旬には早いですけど、鰹はいかがですかー?」
「まだまだ続く寒い季節はお鍋に味噌汁に! 長い日数たっぷり燻し、天日干しした一級品なのです!」
諏訪が、子供のお弁当にもばっちりな鰹の竜田揚げや鰹のたたきサラダなどを紹介する傍ら、シエルは百貨店ならではの高級鰹節を削って見せる。
「削る時は愛情を注ぎ、出汁に漬物冷奴…… どの料理も美味しく味わえる様に、優しく優しく。
……ほら、気付いた時にはこっちの手中でお料理完了ですです」
実に慣れた手つきで鉋で削るシエルの姿は自然と客足を止め、そこへホストさながらの接客で一臣が試食を勧める。
「ビタミンBが豊富だし、疲労回復にも役立ちますからね」
背景、キラッキラである。
「叩いて良し、削って良し! あと、打たれ強くなるかもしれないな……」
(なぜだろう、勧めるほどに身が削られる不具合……)
一臣は、時折遠い眼をして見せた。
「出汁をとった後の鰹節の再利用も可能なお手軽節約レシピですよー?」
手際良く実演をして見せる諏訪が、佃煮風梅鰹節へと差し掛かった頃、
「そして良く削れる鉋も販売中ですっ 今なら臣節と筧節付ですです!」
「シエルちゃん……」
通りがかった筧節が崩れ落ちた。
「筧節先輩っ 冷奴どうぞです!」
「きれいな鰹節だろ。これ削り立てなんだぜ……? カレーもいいけど鰹もね☆」
「……。加倉君」
ぽん、と一臣の肩に手を置いて。
「形容する言葉がみつからないけど、『鰹節だよ人生は』だね」
「!!?」
筧、英斗の言葉がよほど堪えたらしい。※巻き込んではいけません
「筧さん、だれうま」
「いろいろ、あったんです……」
そっとしてあげて。莉音が首を横に振り、フォローを入れた。
「おー! 俺たち、悪い奴さがしてるんだぞ。こっち来なかったか?」
「食品フロアは平和ですねー?」
千代の問いかけへ、諏訪が答える。
―――そこへ、放送禁止用語の絶叫が響いた。
「九十七ちゃん……か」
うつろに一臣がつぶやく。
行ってくる。短く筧が応じた。
●
時は、少々遡る。
(バレンタインのお返しという事でお呼び出しを頂いたと思ったらば……)
なぜか強制労働??
十八 九十七(
ja4233)は催眠術にでも掛ったんだろうかと首をかしげつつ、とりあえず真面目にお仕事へ。
食品フロアで、手伝えることは何かと探し、目に留まったのは
練りゴマの実演販売
用意されていたのか、自ら申し出たのか、それは催眠術に(略
「お手伝いはちゃんとします、ええ、はい」
「よろしくねぇ」
何かと地味な実演だけど、若いお嬢さんが一緒だと心強いわぁ。
一緒に実演をするという夫人がそう告げたことは覚えている。
若いお嬢さん。
若いお嬢さん。
思わず、2度確認するほどだったから。
イケメン扱いされることこそ慣れているが、お嬢さん。(三度目入りました)
「まぁ、九十七ちゃんにかかれば、華麗なデモンストレーションをぶっ放すくらい、朝飯前ですの」
血気盛んに意気揚々、すり鉢に炒りゴマを投入し、ひたすら擂粉木ですり潰し、練る!
しかし、アウルの扱いさえ荒っぽい九十七ちゃん!
練り練り単調作業に、段々段々妙なテンションが上がってゆくぞ!!
ゴマが小粒系天魔に見えてきてトチ狂う、大暴走的正義系九十七ちゃん!!
そして、今に至る。
「光纏しないで精密殺撃級行動をとるインフィルは初めて見ました」
「あら、それは貴重な体験ですねぃ」
「いや、十八さんのことだからね!!?」
●
淳紅たちのバンドは、盛り上がりを見せていた。
「ふっふーん♪ 歌のお兄さんならぬ歌の魔法使い! やからねっ」
ステップを踏み、ターンの直前にあざとくウィンク。
袖に仕込んだ銀紙を舞い上げ、トワイライトでライトアップ。キラキラ紙吹雪は舞い散るミラーボール。
遮那が観客たちを巻き込んでの手拍子。
真里のキーボードがソロを走る。
(……あ)
指が滑り、小さなミス。思わず少し困った様に笑うけれど、気にせず続行。そのまま即興。
(楽しければそれで良いよね)
応じるように淳紅のハーモニカが乗り、遮那の歌声が伸びやかに。
やがて誰もが知るサビへと入り――
「ほなら自分らと一緒に歌って踊ろー!」
「ご一緒に♪」
「アイムヨーヨーチャンピオン! みんな、ボクのヨーヨーの技見て行ってよ」
音楽に乗り、犬乃 さんぽ(
ja1272)が明るい笑顔で広場に参上!
インラインスケートで壁を走りながら、くるりと宙で身を返しての鮮やかな着地。
両手に構えたヨーヨーが、命を吹き込まれたかのように共に踊る。
「秘技の数々、ご覧あれ!」
ヨーヨーのテクニックだけじゃない、ニンジャのさんぽにしかできないオリジナルの技。
小さな子どもたちが、ヒーローを見る眼差しで足を止めて輪を作る。
「超東京タワー! なんて☆」
天井を駆け、勢いよくヨーヨーを地に滑らせる。
「リクエストがあったら言ってね! だってボク、ニンジャでヨーヨーチャンピオンだもん!」
そこで一つ区切ってキメポーズ。
「OK、それじゃあ拍手をお願い。スペシャルメドレー行くからねっ」
●
さて、皆さん。
客寄せ、と言えば後に続く言葉はなんだ?
そう、パンダだ。
「パンダ?」
「パンダ!」
「パンダ……」
道行く者全てが下妻 笹緒(
ja0544)(パンダちゃん)を振り返る。
彼を目にしたものは皆、『パンダ』の三文字で以降は絶句する。
もはや、存在そのものがハイパーパフォーマンス。
ただ歩き、そして呼吸をするだけで、数多の客に囲まれる。
(しかし! それでは! プロの仕事とは! 言えないのだ!)
プロのパンダは考える。意識する。集中する。
(ホンモノ?)
(あっ、着ぐるみだ)
(着ぐるみか……)
(着ぐるみか!!?)
一切の言葉を発さず、愛くるしいパフォーマンスをしてみせるパンダちゃんに周囲の目は釘づけである。
時には遮那とダンスをし、
時にはさんぽのヨーヨー乱れうちの合間を転がって。
顧客を魅了するのは当然、泣く子も笑わせ、宝石強盗すら改心させる。
そう、宝石強盗――
「いたぞーー!」
千代が叫ぶ。
純白の鯱が影を伸ばし、観客の一人を捕えた。
「パンダ……」
その日、捕えられた最後の犯罪者の、最後の一言はその三文字であった。
「きゃー! ラブリーパンダちゃん!!」
あっけにとられる筧の隣で、合流していた麦子が歓声を上げる。
警備部隊の到着に気付いた淳紅が、筧へ手を伸ばした。
「筧さんも一緒に躍りましょー♪」
「えっ」
「さぁ!」
淳紅の呼びかけに、遮那も片目をつぶる。
周囲を見渡せば、楽しいイベント中に無粋な捕り物貼を突っ込んだ形。
凍りかけた空気を、すぐに熱気で溶かそうと、真里が弾けるメロディラインに切り替え、さんぽがアイドル力を発揮する。
「楽しそうー♪」
莉音がダンスに飛び込んだ。
●
悪だくみ組織の捕縛騒動も落ち着いて。
「さて、兄さんから教えて貰った簡単レシピで試食調理販売としゃれ込みますか!」
昼の休憩を終え、夕方からの食品セールに備えてルーネ(
ja3012)が気合を入れる。
「今日の夕ご飯にどうでしょう?」
メインは、豚のしょうゆクリーム煮。
「レシピはご自由にお取りくださいね!」
たくさん印刷して用意しておいたレシピを置いて、15分でサッと作れる簡単美味しい料理。
中華包丁で豚肉や玉葱切る傍ら、フライパンで先に下準備した玉葱と下味付肉を炒めて、調味料での仕上げ。
同時進行で音と香りを運び、常に出来立ての提供だ。
「んー、おいしい! ビールにぴったり!!」
「いらっしゃいま…… 雀原さん!」
「いいね、いいわね! いろいろ試食巡りしてるけど、ルーネちゃんのは別格だわ」
「あ、口直しにレンジで作ったピクルスなんて食べていきません?」
「頂くわ」
「大根・人参・胡瓜の中から、好きなのをどうぞ〜」
麦子が実に美味しそうに入り浸るものだから、人が人を呼び、
「いやいやいや、居酒屋じゃないんだけどな!? 皆さん、お肉も買ってくださいね〜〜!」
井戸端状態完成に、ルーネは全力でツッコミを入れた。
●
「終わったー、頑張った甲斐があったってものだね」
ぷは、とグラルスが張り詰めた息を吐きだした。
早い段階で犯人逮捕ができたことから、服飾チームは閉店前に仕事終了、自由行動となったのだ。
今まで防犯対策に回っていた店員たちが戻ってこれるということ。
「えっ、月乃宮さんはファッションショーしないの?」
「……はい、そのぉ……」
サイズの合う服が難しい。
人前に出るなんて。
言葉を続けられない恋音の背を、ソフィアは明るく叩く。
「せっかく頑張ったんだもん、楽しもうよ」
「よし、俺が見たてよう。百人斬り達成の神眼を信じるがいい」
「……えぅ、……えぇっとぉ……」
琉が朗らかに笑い、衣装探しに向かった。
「あたしは、そろそろ季節が変わってきてるから、春をイメージした物を、ね」
恋音に言い残し、ソフィアも売り場へ。
(……どう、しましょう…… なんだか恥ずかしいことに……)
断り切ることができず、恋音は両手で真っ赤な頬を覆った。
ファッションショーは、音楽部隊がいる地下広場で。
今回の参加者で、一番長く『労働従事』していたのは服飾メンバー。
残りの面々が拍手で労う。
「あ、奉丈さん」
パタパタと、ソフィアが駆け寄る。
「朝に、売り場スタッフに交渉してたよね」
「え」
手渡されたのは春物のショートパンツ。
「ファッションショー用に、って言ったらOKだって」
「それじゃ、最後のメドレーだね」
遮那の着替えを待って、ファッションショースタート。
アリスも買い取りを回避し、新しい衣装に身を包んでいる。
「楽しいね、いいね、こういうの」
「あの……筧さん」
「うん? あ、そっか。時間」
そっと隣へ並んだ凪へ、筧が約束を思い出す。
●
今まで、凪が筧の前でこんなに緊張して見せたことがあったろうか。
「つきあってください」
「 」
「ごめんなさい。言い直します。フリーランスになる事を考えているのですが――
率直に言って、将来私を雇いませんか?」
それは急な申し出だった。
筧は混乱する思考を整理し、言葉を選び、口にする。
「そう、だね……。嬉しいよ。暮居さんが学園を卒業した時、その時、まだ俺が一人で、暮居さんの気持ちが変わってなければ……」
「やめてくれませんか、誤解を招くような発言」
「どっちが!!?」
筧の叫びは、周囲の喧騒に溶けて消えていく。
にぎやかに、デパートの決算セールの一日は終わろうとしていた。
皆さん、お疲れ様でした!!