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冬の京都の空の下、一つの要塞を取り囲む撃退士達。
布陣完了の報告が、光信機を通し各部隊から飛び交う。
北東要塞・攻略戦。
八方向に分かれた部隊の一斉攻撃と共に城門を開ける。
大がかりな戦闘が、幕を上げようとしていた。
「北東が落ちれば、残りは半分……、勢いに乗っていきたい所でありますねっ!」
綾川 沙都梨(
ja7877)は高まる士気に胸を鳴らす。
「私たちは陽動ってわけね。まぁ、全部片付けちゃえばいいんでしょ?」
「ド派手に暴れてくればいいのね。私向きよね!」
迫る戦闘開始の時間に向け、ファルローゼ・ハーミーズ(
ja0124)が息巻くと、六道 鈴音(
ja4192)もパシンと拳を打ち鳴らす。
「そろそろ京都を返して頂きませんと」
その為の力になれるのであれば。
ソフィー・オルコット(
jb1987)は全体の行動を意識して、後衛へ。
「要塞を攻め落とすとなると大変だけど、頑張りましょうか」
眼前にそびえる要塞は、強固に見える。
青銀の中華剣を手に、フローラ・シュトリエ(
jb1440)が敵の布陣を睨む。
上空には炎吐く魔封じの鴉が翼を広げ、赤猿や鳥人といった異形が要塞の外壁を取り巻いていた。
高い城壁からはサブラヒナイトが弓を構え、白銀の巨人は最後の砦とばかりに守りついている。
(天狗に狸に玄武に、今度は猿か……)
紫ノ宮 莉音(
ja6473) は、京都を巡る戦いで、これまでに対峙して来た特徴的なサーバントを胸の中で挙げた。
時折、人間の信仰を小馬鹿にするような形態で登場するサーバント。その背後に共通の意思があるのかは解らない、けれど。
「猿って怖いよね。旅行に連れてってもらったとき、日光でポテトチップス大変なことになったもん」
あえて突き放すように明るく話す。
「奈良の鹿みたいなもんかの」
笑いを誘われたのは、古島 忠人(
ja0071)。
先に受けた依頼の傷が癒えぬまま、この地に立っている。
「ん、っと。サポートとアシストならなんとかなるかの。言うとくが、指示や命令なんて、せんで。アドバイスと懇願やな」
勇んで駆けつけたものの、満足に戦えない状態なりの、忠人の選択だ。
最後方から、敵と味方、全ての状況を把握した上で声を掛けること。
それを『アドバイスと懇願』と称するのは、少しでも聞き入れやすくするための、彼なりの考えだろう。
キリッと言い放つ忠人へ、「頼りにします」と前線を張る黒井 明斗(
jb0525)が笑みを返した。
「絶対に、後ろへは通しません」
明斗の言葉は、とても力強く。
(実戦ですね…… ここが、戦場)
ステラ シアフィールド(
jb3278)は、言葉なく呼吸を深める。
天界勢が陣を張るこの地において、悪魔であるステラは諸刃の剣となるだろう。
実戦経験は浅くとも、立ち回り次第で力となることが出来る。
(出来る事を全力で行い、後少しの無理で足りない分を埋める努力を)
心の中で、イメージを描く。
――大丈夫。戦える。
「ふん……」
鼻を鳴らし、影野 恭弥(
ja0018)は静かに銃を構える。
前衛・中衛・後衛と人数は揃っており、狙撃に専念できる環境だ。
いつも通り――否、いつもより、集中しやすい環境かもしれない。
「ほんじゃま、皆さん頑張ってくれよ」
戦線に加われない悔しさを滲ませた忠人の声が、一同の背を押した。
「いっちょやりますかね!」
鈴音が光纏し、阻霊符を発動させた。
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赤い毛をなびかせ奇声を上げて、牙をむいた猿が群れをなして地表を蹴る。
「――知ってる? いたずらする猿には金網が張られるの」
撃退士側はしっかりと前線をキープして、猿が突出してくるのを待ち構える。
莉音が、水平に右手を伸ばす。それが仲間たちへの合図となる。
「張られなくても、張ります。猿が辻に縫い付けます」
飛び出す絵本を手に、コメットを発動させた!
アウルで象られる無数の彗星が降り注ぐ。
「猿! 僕が遊んでやる、掛かって来い!」
莉音と肩を並べる明斗が槍をかざし、側面へ回り込もうとする赤猿へとインパクトを叩きこむ。
得意と情報を得ていた機動力を削がれた獣はたやすく落ちる。
前線を守りきってこそ、中衛・後衛が力を発揮できるのだ。
「確実に攻略する為にも、数は早めに減らしたいわね」
同じく前衛で中華剣を振るうフローラは猿の一体を切り捨て、ハルピュイア・ファイアレーベンらとの距離を目測で捉える。
陣の左右にそれぞれ展開する金と銀のハルピュイアは、こちらの前線ギリギリの射程から攻撃を仕掛けてくる。
それは、ファイアレーベンの【魔法封じ】の加護の下。
(この距離、まだ魔法は使えます)
ステラが魔法で後方援護し、ファルローゼがショットガンで蹴散らしてゆく。
「援護は任せて。ありったけの弾丸を叩き込んであげるわ!」
「魔法封じ……。確かに恐ろしい力ですが、タネさえ分かっていればこちらのものです」
ソフィーは、レーベンへと狙いを定める。
押し進む前衛陣は、炎のブレス射程圏内に入っただろうか。ファイアレーベンが羽ばたき、ブレスを吐くモーションを取る。
「アンタがいると邪魔なのよ、さっさと落ちろ!」
前衛陣が近接戦を行なっている間に、ソフィーと恭弥、沙都梨が銃で、鈴音が弓で集中攻撃を浴びせる。
「……でかい的だ」
バブルガムを弾けさせ、落ちる鴉へ恭弥は短く言い捨てた。
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「よーおっし! 来たわね、私のターン!!」
鈴音が弓から霊符へと活性化を切り替える。
「私の炎でケシズミにしてあげるわよ!」
前衛・中衛の連携で、先陣を切る赤猿たちは撃破されていた。続いて魔法攻撃を封じるファイアレーベンの墜落。
その影響を受けてか、遠距離攻撃に徹していたハルピュイア達にも変化が見えた。
「鳥人が動いたで、左の方!!」
向かって左の一組が、近接武器へと持ち替え、空を駆けてきた。
立て続けの攻撃で土埃が舞う中、戦況把握に注力していた忠人がいち早く気付き、声を掛ける。右側からは、相変わらず射程を利用した攻撃が続いている。
「ここは止めます!」
莉音がワイヤーへ持ち変え、連撃を受ける前に金髪のハルピュイアの翼に絡める。
動きを止めることが出来たのは、ほんの一瞬。しかしそれで、十分。
「飛んで火に入るナントカねっ」
霊符単体の攻撃より、射程が短くなるだけに使いどころを思案していた術式を展開する機が巡ってきた!
鈴音は右手を天に掲げ、火柱を立ち上げる。
「喰らい尽くせ! ――六道赤龍覇!!」
空へ駆け上がる真紅の龍が炎の渦となり、ハルピュイアが前線へ武器を繰り出す前に炎上させる。
「確実に、仕留めるっ……!」
漆黒の殺意を走らせ、沙都梨は対となる銀髪のハルピュイアへ銃口を向けた。
左手で派手な攻防が展開する一方、右手では後衛がファイアレーベンから攻撃を切り替えていた。
「有効な攻撃手段が違うのなら、切り替えつつ戦えばいいだけよ」
フローラが中華剣から氷晶霊符へと活性化を入れて金髪のハルピュイアへ攻撃を仕掛けると、ステラが雷帝霊符で続く。
二人のタイミングに合わせ、恭弥が銀髪のハルピュイアを落とす、――それと入れ違いに鋭い矢がステラを襲った。
「!!」
忠人が踏み出し、後ろへ倒れ込むステラを抱きあげる。恭弥は銃口をそのままスライドさせ、残る鳥人を撃ち落とした。
「いけるか!?」
「……か」
忠人の腕の中で、ステラは震える。
「か?」
「……カ・イ・カ・ン」
「あかん、なんやスイッチ入ったみたいや…… 回復班ーーー!! ちょぉ、こっち来てんか――」
体力が著しく減少したステラは、本来の悪魔としての容姿と性格へと反転する。
髪は深紅に、瞳は瑠璃色に。背中には大鷲に似た2対の真紅の翼が現れる。
「ふぅ…… 何が起きているのかしら」
すぐさま、具現化した翼を畳みながら己の肩を抱くステラは、雰囲気も一変し現状を見渡す。
忠人の呼び声に、前線を張っていた莉音が戻り、癒しの風を起こす。
「大丈夫ですよー! もう一息、がんばっていきましょー!!」
「ありがとう。スッゴクいいキモチよ」
貞淑な印象から、妖艶さへと雰囲気を変えるステラが、莉音へウィンクを飛ばした。
「えーと?」
現状を把握できない莉音も、とりあえずウィンクを返す。
(よし、後衛も元気そう!!)
そういうことで。
――天界勢にこの地を奪われた頃には、こうして天魔たちと戦線を共にすることなんて、想像できただろうか?
思い返し、莉音の胸がドクンと高鳴る。
(今回も絶対負けられない。……それで全員、無事で帰る!)
動いている。
状況は常に、前へ、前へ!
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猿に鴉に鳥人――戦闘開始直後から積極的な動きを見せる敵たちを、しっかりとした陣形で打破し、局面は終盤へ。
城壁の上から魔法矢を放つサブラヒナイト、壁を護衛するシルバージャイアント。
巨人は、侍の矢の射程外から動くそぶりを見せない。踏み込めば、上から矢が降り注ぐ――か。
「少しは見せろよ、歯ごたえ」
恭弥が2体それぞれにアシッドショットを撃ち込み、
「僕が抑えます」
1体の動きを止めるべく、明斗が飛び込んだ!!
シールドを発動させ、その拳の威力に耐え抜く。
その間に、仲間たちがもう一方へ集中攻撃で畳みかけ、撃破する――そのはず、だった。
「『豆を投げられても跳ね返してこい』って……、ここでいいのかしら? 日本の風習には慣れてないから良く分からないわ」
ファルローゼのショットガンが、激しく城壁を襲う!
「「!!?」」
仲間たちも驚きを隠せない。
「ショットガンじゃさすがに無理かしら……? 攻城用の魔装兵器なんて、売ってないしなぁ……」
が、その一言で納得する。
『攻城用』。
――私たちは陽動ってわけね
悪戯っぽく、ファルローゼが笑みを浮かべて見せた。
「火薬設置班は行動を急いでくださいッ」
ファルローゼへ応じるように、ソフィーがどこへとなく叫ぶ。
サーバントが人語を解するとは思えないが、『自分たちの部隊が他とは違った動きを見せている、狙いがある』そう思わせる程度は期待できるだろう。
城門粉砕を目的とする北部隊の、すぐ隣りであるこちらで派手な引きつけを行なうことは、間違いなく効果的だ。
「的がでかくて当てやすいだけよ、ノロマさん!」
すかさず鈴音が、フリーの巨人へ巻き起こした旋風による刃を浴びせ、続いて沙都梨と恭弥が集中砲火を仕掛ける。
フローラの剣が美しい軌跡を描き、止めを刺した。
莉音と明斗が、巨人の足止めをスイッチする。
「あと少しです!!」
明斗がフローラへ祝福を掛ける。
狙うは城壁の上の、サブラヒナイト。
充分な距離を取り、『狙撃屋』恭弥もスナイパーライフルへと装備を切り替え、髪・魔具・魔装を黒く染めし覚醒『禁忌ノ闇』にて強烈なアウル弾をサブラヒナイトへ撃ち込んでゆく。
北側の撃退士部隊から声が上がる。
ファルローゼによる派手なアクションにより、戦況に変化が生じたようだ。
「こいつは、面白くなってきたのぉ!!」
忠人が声を上げる。
ともすれば、城壁を守るためにサブラヒナイトが降りてくるのでは――そう危惧もしていたが、イレギュラーな事態に、向こうも完全に判断力を失っているようだ。
「そのまま、いったれ!」
忠人の声のままに、明斗も星のリングで攻撃する。
「足元が、お留守ですよ」
巨人の大ぶりな動きを莉音が薙刀で制し、
(足りない足りない、破壊がたりない!!)
沙都梨が本能のままにトリガーを引く。
「先任の方々の知識は、我々の強大な力となります」
そして、自分たちの闘いの記録もまた、次の撃退士達へ有力な情報となるだろう。
ソフィーは状況一つ一つを記憶に刻み、巨人戦に加勢する。
「そろそろ落ちろ」
物理半減の鎧すら撃ち抜く恭弥のブーストショットが、城壁に残る最後の侍を墜落させた。
●鬼門より来襲せし者たち
北の城門が開けられた事、敵の流れが変わった事の連絡は、忠人が手にする光信機から伝えられた。
作戦は成功、上に『大』を付けてもいいくらい、全体を通して良い結果を得られたようだ。
「撤収指示が出たで!! このまま本隊とは合流せんと帰還せぇっちゅうことや」
常駐の撃退士達は今もう一度、結集して城門前での一戦があるようだ。敵を威嚇する必要があるのだろう。
「タイミングってやつやな…… 無理してワイみたいなドジ踏んでもやし」
「……」
「鼻で笑うなや男前」
無言の恭弥をジト目で見やりながら、忠人は仲間たちを集める。
撤退に向け、莉音が再度、傷の深いメンバーを主に回復魔法を施した。
「万端で、帰途につくのも大事ですからねー」
次の戦いへ、備えるために。
「それにしても、……鬼門、ですか」
英国出身のファルローゼは、去り際に要塞を振り返る。
祖国に似合いそうなその建物の奥に潜むのが――『鬼』なのだろうか? 日本の風習は、やはりよくわからない。
鬼門というのに、なぜ猿が出てきたのかもわからない。
「速やかに任務完了、でありますねっ 少々、物足りないくらいであります」
いっそ、本当に城壁を粉砕した方が気持よかったかもしれない――そんな思いを秘めながら、沙都梨は通常運転へ戻った。
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京都。
天界勢が敷く、八ある砦の一つ・北東要塞の門は開かれた。
さて、要塞内の暗がりに潜むのは……