●風は七色に吹く
天気は晴れ。風は東から西へ、穏やかに。
丘一つ向こうには花畑を背後にした白壁の研究所と、取り巻くように舞う美しい羽虫が遠近感を麻痺させるサイズで視認できる。
「あれだけデカイと、色々来るモノがあるな……」
御影 蓮也(
ja0709)が、双眼鏡で詳細を調べている星野 瑠華(
ja0019)の隣で乾いた笑いをこぼした。
「ある意味、壮観というか」
トレードマークの赤いマフラーをなびかせながら、千葉 真一(
ja0070)が同意する。
「研究所正面に4体、青・赤が縦列で赤の両隣に紫が各1。建物両サイドに緑・黄のペアが展開……ですね」
瑠華が双眼鏡を外し、一同に報告した。
巨大蛾の羽が隠しているのか、甲虫は確認できない。
「位置・角度から、屋外に他の巨大蛾がいるとも考えにくいですね。えっと、赤と青が1体ずつ研究所内、ということでしょうか」
「そうね。問題ないと思うわ」
月輪 みゆき(
ja1279)の言葉に、東雲 桃華(
ja0319)が頷く。
屋外にはトータル10体いるという話だから、甲虫が2体、どこかに忍んでいるという事になる。
「何らかの統制のとれた意思の持ち主に指揮されているなら甲虫3、蛾が7と言ったところと見ていたが、概ね正解だな」
天羽 流司(
ja0366)は、眼鏡のブリッジを上げながら鼻を鳴らした。
「あとは甲虫の動きね……」
「救出もしないとだから、なるべく効率良く行きたいね」
桃華の言葉に、高峰 彩香(
ja5000)が作戦の確認をする。
二手に分かれ、それぞれ巨大蛾を誘導・撃ち落としながら甲虫を足止め・撃退。
状態異常を引き起こす、蛾の撃退が最優先。
「小津所長が狙われないよう、僕らがなるべく目立つように動いて敵を引き付けたいよね」
年長者の狩野 峰雪(
ja0345)が、おっとりした口調で救出対象に触れる。
「あぁ、麻痺にしろ睡眠にしろ、きっと所長は動けない状態にあるだはずだ。目的もなくパタパタしている様子を見るに、ディアボロも所長の存在には気づいていないんじゃないかな」
振り返る撃退士たちの視線を受けて、今回の問題を持ち込んできた筧 鷹政(jz0077)が両手を挙げた。
「「「…………」」」
あっけらかんとした筧の言葉に、全員が眉間に皺を刻みこむ。
「爆風でも起こして、鱗粉すべてを吹き飛ばすことができたら楽だったけどねー」
同行する。見届ける。それ以上はしない。それが筧の線引きだ。
グッドラック。最後はその一言で結んだ。
――コレをアテにしても駄目だ。
撃退士たちは、改めて各々の気を引き締め、顔を見合わせて頷き合った。
●開幕の鐘を鳴らせ
「変身!」
戦いに備え、真一が気勢を発する。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガっ!!」
シャキーン! とどこからともなく効果音が響き、光纏完了。ポーズを取っている間に、他メンバーも戦闘準備を整える。
「あ、蛾の鱗粉だけどね、一般的なアイテムじゃ防げないぜ? でっかい虫に見えるけど、アレでもディアボロだから」
「「「…………」」」
「風向きには気をつけて。俺からは、以上!」
そういう事は、先に……
ニコニコと手を振る卒業生に言葉を失いながら、撃退士たちは戦場となる花畑へ向かった。
丘の下、ギリギリ鱗粉の及ばない位置から、再確認する。布陣は変わっていない。
「しかしアイツら、まるで戦隊みたいな……まさか!」
真一が、ハッとなる。
(赤がリーダー!?)
「狙うとしても、手前の青からだね」
少年の思考を読んで、峰雪がリボルバーを構えた。
既に二手に分かれており、中央に居る青を狙撃、それから両翼に蛾達を分断しておびき寄せ、対処する作戦だ。
A班B班、互いに目配せをして、行動を開始する。
「喰らえ、ゴウライビュート!」
距離を取りながら、真一が真っ先に仕掛ける。
蛾達の羽ばたきが変わる。
敵を、認識した!
(研究は自分の子供のようなものなのかな、彼にとっては……)
二児の父である峰雪には、小津所長の気持ちが解らないでもない。
(でも死んでしまったら、研究もなにも出来なくなってしまうのにねぇ)
そして、他界した妻を思う。
乾いた銃声が響き、青い巨大蛾を打ち落とした。
「あれ、蛾は単体だと弱い……かも、ぐわ! 来た! 散るぞ!!」
真一のブラフがあったとはいえ、峰雪の一撃で落ちたことに驚くが、気を抜く暇もなく次の群れが襲いかかってきた。
A班である蓮也、瑠華、真一、みゆきが右手前方へ駆け出す。
B班も他方へ、前衛の彩香、桃華を筆頭に流司と峰雪が続いた。
距離を取ったところで、あまり意味が無い事は丘に上がってから直ぐに分かった。
鱗粉で空気が歪んで見える。既にこれが効力の中なのかさえ解らない。
飛びかかってくる蛾が前衛に気を取られている隙に、流司が魔法の一撃を放つ。
「くそッ……!」
しかし、大きな的であるにもかかわらず外してしまう。通常であれば考えられないことだ。
「下がって!」
彩香の声が背後から響いた。流司は反射的に身をかがめる。
「ここだね! 一気に薙ぎ払うよ!」
彼女の放つ苦無が炎を纏い、激しい衝撃波となり地表を這った!
蛾の群れが縦列に並んだ瞬間を狙い撃ち、まとめて薙ぎ払う。その炎は、A班が対処していた黄色の巨大蛾まで及ぶほどだ。
「鱗粉といい集ってくる習性といい、数が多いと厄介だね。早めに数を減らしたいや」
唖然としているA班の視線を受けて、彩香が額の汗を拭い、軽く手を振った。
●勇気の歌を口ずさめ
A班は、研究所右手に陣取る2体の巨大蛾に向かった。
かくり、先を行く瑠華の膝が折れる。
「星野っ!」
睡眠の鱗粉だ。慌てて真一が崩れ落ちる彼女の背を抱き止める、そこに重厚な羽音が響いた。蛾のものではない、甲虫だ。
巨大蛾達の後ろに隠れて研究所の壁に張り付いていたらしい。黒い甲虫が、羽を呻らせて滑空して来た!
「くぅっ」
瑠華を庇っていた真一が負傷するも、身をかがめて交わした蓮也がすかさず反撃に出る。
「上は固くても腹ならっ」
確かな手ごたえが打刀から伝わる。
滑空の勢いで、甲虫は自ら傷口を広げ、地に墜ちた。
「月輪先輩、頼むぜ!」
「あっ、はい、千葉さん!」
真一に促され、みゆきはありったけの魔力をぶつける!
タイミングは少し遅れたが、生み出された火炎によって甲虫は灰となる。
みゆきにとって初めての、ディアボロ撃退。しかし、感慨にふける余裕はない。
瑠華を横たえ、真一は迫りくる巨大蛾に応じた。
黄色、それに緑。並ぶ角度を捉えて、一撃を放つ!
「ゴウライ、ソニックウェイブ!」
ブルウィップより螺旋の旋風が吹き上がり、鋭い矢のように蛾を貫く!
『IMPALE!』
真一の決めポーズと共に、どこからかカッコよいアナウンスが流れる。……どこからだ。
手前の黄は撃破できたが、動きの遅い緑までとはいかなかったようだ。
というところで、今度は真一の膝がかくりと折れる。
「ちょ、これ、死んだら効力無くなるとかそういう……」
ことは、ないらしい。
「黄色は睡眠か……今更だけど」
冷静に記憶する蓮也が、残る巨大蛾と対峙する。
「って、体が重……緑、敏捷低下ッ」
徐々に効果が現われてくる状態異常。反応が遅れる!
身を捩り、致命傷は何とか避ける。そこへ、みゆきの放った炎球が蛾を焼き切った。
ボロボロと灰が草地に落ちる。
「な、なんとか……でき、ました」
前衛の皆を助けたい、その一心からだった。
気を張り詰め通しだったみゆきもまた、その場にへたり込んだ。
対するB班。
羽ばたきの向こうに、壁に張り付く白い甲虫が見える。
(……蛾を早く倒した方が、結果的には前衛の負担も軽くなると信じよう)
「二度も外す僕だと思うなよ!」
流司は、今度こそ視界の歪みも計算に入れて、飛びかかる黄を魔法でしっかり撃ち落とす。
そのすぐ横を、弾丸が抜けて行った。
乾いた音を立てて、緑の巨大蛾が墜落する。
振り返ると、峰雪の穏やかな笑みがあった。
残るは甲虫のみ。
巨大蛾の囮役から甲虫の足止めへと、前衛二人が役割を切り替えている。
「ッ、もう……!」
しかし、滑空してくる個体に、鱗粉でよろめいた桃華が回避しきれず負傷した。
(こんな状況でなければ、苦戦する相手じゃないのに!)
肉を切らせて骨を断つ。
桃華はくるりと反転し、手にしたブロードアックスに紫焔を集中させる。
華奢な体に不釣り合いな剛撃を、甲虫の背に叩き込む!
「ふふふ、攻撃直後に隙をみせるなん……て」
そこで、鱗粉効果に耐えきれず、桃華は睡眠に落ちた。
すかさず彩香が抱き上げて、周辺を警戒する。
「屋外の敵は掃討できたかな」
「やれやれ、本当に厄介だ……」
流司と峰雪も合流する。
「消滅しても、わずがだが効果は残るみたいだね。A班で被害に遭った仲間は目覚めているようだ」
あちらは、すでに研究所の入り口で待機している。
桃華の目覚めを待ち、突入となるだろう。
●力の歌を叫べ
研究所内は、シンプルな造りとなっている。
入口から、廊下が直線に一本。両サイドに事務室、資料室、実験室、などの部屋が6つずつ並ぶ。
花の採集と、それらから作りだされる香りの研究――純粋に、それだけの施設に思えた。
しかし花の香りだけならば、命懸けで研究所に立てこもるとは思えない。
「何か虫型のディアボロを引き付ける香りがあったのでしょうか?」
眠りから覚めた瑠華が眉根を寄せた。蓮也も同意を示す。
「外に漏れてしまったら、拙い部類の研究なのかな? ああ、機密は守るよ、勿論ね。ちょっとした好奇心というやつだよ」
筧の存在を忘れかけていた峰雪が、やんわりと念押しした。そして話の先を変える。
「両隣がそれぞれ研究室になっているから、窓を開けて鱗粉を逃がすという作戦はとれないんだね」
「壁越しの奇襲も怖いな。屋内移動中は、僕が壁に手をつく形で阻霊陣を発動しておく」
「範囲攻撃に注意して、曲がり角を使うなど位置取りを工夫することが大事……ですね」
流司が続け、みゆきが頷いた。
研究室の中央辺りが、十字路となっている。入口からディアボロが見えなければ、その陰に隠れている可能性が高い。
見えないのはこちら側だけであり、ディアボロがすり抜けてくる危険性には要注意、だ。
いざ、新たな戦いの場へ扉を開ける!
「すっごい厭なお出迎えだな!」
開口一番、黒い甲虫と鉢合わせした真一が声を発した。
機動力も飛行もへったくれもなく、入口を開けたらそこにいた。
が、そこで引いてる場合じゃない。
「ゴウライ、マグナムストレートっ!!」
『IGNITION!』
絶好の機会とばかりに、鞭をにぎりしめた拳にアウルを集束させ、巨大な一撃を叩きこむ。
そしてカッコよいアナウンスが響き渡る。だから、どこからだ!
「硬ぇっ」
マグナムストレートをもってしても打ち砕けない装甲へ、流司がスタンエッジを仕掛け、
「はぁッ!!」
瑠華が大太刀での居合切りで撃破した。
その横で、真一がぐらりと傾く。
「……これ、鱗粉か? 眠……」
先程のお礼と言わんばかりに瑠華が彼を支えながら――
「目、覚めました?」
「星野、そういうものじゃないと思……」
気付けになるかと持参したミネラルウォーターを掛けてみたが、特に効果はなかったようだ。水に滴る真一は眠りに落ちた。
「黄色は倒したはずだが、被ってる能力があるってことか」
蓮也が、記録と残りの数を確認する。廊下突き当り、遠目にもわかる赤の巨大蛾が1体。
そして青の巨大蛾、白の甲虫が1体ずつ潜んでいるはずだ。
赤も青も、初戦では一度に焼きつくしてしまったので詳細な能力はわからない。ただし、赤は屋内ですら滑空するという。
「狭い分、攻撃に対応しにくいからね。気を付けないと」
そして、鱗粉からも逃れられない。効果が薄れるまで、状態異常者が回復するまで、などと悠長なことはできない。
狙うは短期決戦。
赤の滑空射程圏内に入る前に仕留める。
その為には、青と甲虫を上手におびき出さなければならないが――
「来た!」
阻霊陣を発動させながら神経を集中させていた流司が声を上げる。
節足の移動音、甲虫だ!
右手曲がり角より、予想以上のスピードで突撃してくる。
「っ、あああああ!」
前線の瑠華が、多少の手負いも気にせず立ち向かう。
みゆきのフォローで、そのまま撃破に成功する。
赤い巨大蛾が、こちらを認識し、天井ギリギリまで上昇を始める。
その隙をついて、峰雪が羽を打ち抜いた。
「もらったわッ!」
桃華が一気に距離を縮める。
振りかざした斧で―― 斬!
飛び出した桃華の背後に、寄せられるように青い巨大蛾が現われた。眠りの鱗粉を盛大に振りまく。
「桃華さん、危ない!!」
咄嗟に、みゆきが炎の一撃を放つ。
鱗粉がチリチリと焦げる音を立てる。
「これで最後! 行くよー!!」
粉が床へ落ちる前に、跳躍した彩香が止めの一撃を振りかざした!
●花畑を辿って
「小津所長、ご無事ですか?」
最奥の実験室で、書類を抱きながら固くなっていた初老の男性を、真一が揺り起こす。
瑠華が水で濡らした指先で頬を軽くたたいてやる。ディアボロの撃退で鱗粉効果は消えているはず。冷たさは純粋に気付けの役割をするはずだ。
やがて、小さな呻き声を上げ、小津が目を開いた。
「う、うん……君たちは」
「七色コーポレーションから、依頼を受けてきました」
峰雪が、状況説明をした。
「予算削減で、研究職も命懸けでね」
小津所長は背を丸め、恥ずかしそうに頭をかいた。
「……とはいえ、迷惑をおかけしました」
「それだけ、ですか?」
「うん?」
流司の言葉に、小津が目を見開く。
「あ、いえ、深い意味は……」
「なんの。そうだね、お礼の言葉だけというのも……」
小津は、実験室内にある引き出しから、小ビンを取りだした。
「この土地でしか栽培できない花で作った香水だ。試作段階だったが、この有様じゃあ商品化はできない。それぞれ、一回分だけれどね。記念に持っていくと良い」
誰に分けることのできない、たった一つの香り。
開けてしまえば、すぐに霧散してしまうだろう儚い香りを、小津は虹の花畑を越えてやってきた撃退士達へ手渡した。
「それにしても、あてが外れたわ」
光に反射して七色に輝くビンを眺めながら、桃華は筧に声を掛けた。
「フリーランスの人との仕事は初めてだったから、今後の為にも色々と学ばせて貰おうと思ってたのよ」
「ははは、それは逆だ。俺の方が学ばせてもらってるよ。ありがとう、東雲さん」
「……戦闘参加に関しては、面倒そうだったもんな、鷹政さん」
「御影くん、それは誤解だ……。俺の本気は」
「以下略、以下略」
「その喧嘩は買うから、とりあえずコッチを見て言ってくれるかな? 天羽くん」
「……先生も大変ですね、学園の生徒さんは実に様々だ」
「あ、小津所長、僕も生徒で、あの人が卒業生の……」
愉快な仲間達は、そうして帰途についた。