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荒れた大地を、撃退士達が駆け抜ける。
襲い来るディアボロは両側を固めるフリーランス達が振り払い、久遠ヶ原の撃退士達は駆け抜ける。
「さぁ、初めての依頼でござる。どのような戦場が待っているでござろうか?」
伊都(
jb4312)は、力を使う場面へと思いを巡らせる。
瓦礫を越え、橋を渡り――眼前に浮かぶ、時空の歪み。ゲートの入り口。
(ゲート…… また罪無き命を奪うつもりなのね……)
イシュタル(
jb2619)は、強い眼差しで歪みを見据える。
争いは好まない……好まないけれど、『それを選べない者』が傷つく様子を放置する方が、よほど厭だ。
「平穏を乱すのなら、それを阻止するまでよ」
静かに、力強く、イシュタルが告げる。それを合図に、皆がゲートへと飛び込み始めた。
「ゲート内は初めてで御座るが…… なんか気味が悪いで御座るよ……」
静馬 源一(
jb2368)は仲間たちとはぐれることのないよう立ち位置を確認しながらも肩を抱く。
「ここは魔界? 酷く懐かしいような…… いや、ゲートによる紛い物か」
見渡し、蒸姫 ギア(
jb4049)はポソリと呟いた。
血のように赤い大地に、何処までも続く赤い花畑。
見上げる空は目に痛い黄、ずっと遠くに銀色の穴――満月がプカリと浮く空間。
ここが、名も知らぬ悪魔の造りし『ゲート』内部。
「力が抜けるような感覚…… このゲートの内部って奴、ギアどうも昔から好きになれない」
撃退士・天使・悪魔の種族を問わず、ゲートは『敵』と見做した対象の能力を低下させる。
それは、撃退士達が扱う魔具や魔装の許容量にまで影響する――普段であれば支障なく振るえるV兵器にも、制限が出てくる。
「この纏わり付いてくるような感じが嫌だよね」
天使にしてアストラルヴァンガードである白鳳院 珠琴(
jb4033)にはカオスレートの反発が大きく、一撃が珠琴には大きな意味を持つ。当たっても、受けても。
「筧さん、加藤さん。よろしくお願いします」
「ん、よろしく片瀬君。こっちも出来る限りフォローするから」
「気絶しようものなら、片端から【神の兵士】で叩き起こすでの」
片瀬 集(
jb3954)へ、先陣を切る筧と後衛の加藤が頼もしく応じる。
「おー! 俺、頑張って父さんに良いとこ見せるんだぞ!」
ゲート内の不穏な気配を振り払うのは、彪姫 千代(
jb0742)だ。
「千代は、元気だなぁ」
「父さんは元気ないのかー?」
千代が筧と出会ったのは、学園のクラブでの事だ。
両親を知らない千代が、ギリギリ適正年齢の筧を父と呼ぶようになるまでに時間は要さなかった。
しかし、こうして戦闘任務で肩を並べるのは今回が初めて。
千代が気負うのも当然かもしれないし、間接的な仇と対峙するであろう筧の雰囲気が少しだけ柔らかいのも、千代の存在があるからかもしれない。
自分を慕ってくれる存在が無為に傷つく姿など、誰だって見たくはないし見せたくもない。
「……成程、力を削られている感じだね……。損耗しきらない内に役目を果たさないと」
「時間制限があるとはいえ、必要以上の損耗は避けねば戻ることもままならん」
鳳 覚羅(
ja0562)の懸念に、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は頷きを返す。
往路で力尽きるわけにはいかないのだ。
(悪魔にも考えがあって、やり方があって、意地があって、……仕方ないんだろーけど、少しだけ思い切り走りづらいのだ……)
作戦決行が叫ばれる中、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は少しだけ表情を曇らせた。
先の報告書に目を通せば、このゲートを造りだした悪魔も、小さくない代償を払っている。
人間達だって、大きな犠牲を払っているけれど……
フラッペは、大きく首を振る。
今は、専念しなければ。
走らなければ。
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まったく未知の領域で、下手に分かれて動くことは命取り。かといって無策に固まったとて恰好の的でしかない。
フレキシブルに対応できるよう、形式上の2班編成で進む。
「あれが……アレクト」
上空を旋回する灰鳥は情報通り、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「仕掛けてきたらその都度の対応でいいのではないか?」
灰鳥を横目に、フィオナはゲート奥へ進むことを提案する。
避けられる戦いであるのなら、今は回避が最善だろう。能力20%ダウン、と文字で読むのと体感するのとでは随分と違う。
愛用のV兵器でさえ、生命に影響を与えているメンバーも居る。
提案に反対の声はなかった。多くが、同様の事を考えていた。
「では、敵がいるかいないか、偵察してくるで御座る!」
視界は開けているが、悪魔の掌中に飛び込んでいる以上、目に見えるものだけを信じていいのかも疑わしい。
源一は遁甲の術で気配を消すと、無音歩行で先を行った。
「……潜行してるのに、頭からマントにくるまる必要はあるんだろうか」
集の呟きに、誰もがそっと視線を逸らした。言いたいことは解る。
「んー、このゲートの中で動いているものは、ボク達以外は魔界のものだと考えて良いんだよね」
珠琴は後方で、できるだけ視界を広くとる。
普段の防御力も、ここではあまり活かせない。むしろ、相反するカオスレートを利用して攻撃手に回る方が良い。
で、あれば先手必勝――
「来たで御座る! ええっと、ここから二時の方向で御座る!!」
「アンデッドナイトか…… 連携が脅威となる距離に踏み込ませねばよいだけの話ではないか」
源一の報告に、フィオナを始め皆が臨戦態勢に入った。
「物理系では同時破壊、了解なのだ!!」
「毒蛇も厄介だけどね。専念できるうちに、やっつけるか」
フラッペは用意していた筆記用具で素早くマッピング・敵の出没方向をチェックしてから、影を見せたアンデッドナイト達に銃口を向けた。
集も、後方からクロスボウを構え、先制の一矢を放つ。
騎士を名乗るに相応な、迅速な動きで接近してくるアンデッド。
後方部隊が、先陣の剣士へ集中砲火を浴びせる間に、前線部隊はその奥の弓兵へ攻撃を掛ける。
「ははっ これは良い連携だね、面白い」
筧は大太刀を振るい、アンデッドナイト達との間から飛び出してきた毒蛇を振り払うように切る、それが混戦突入の合図となった。
――能力ダウン? それがどうした
戦う力は抑制されても、思考能力まで落ちるわけじゃない。
低下するなら、それなりの戦いがある。
源一の潜行により、確実に先手を取り、遠方からダメージを与えた上で乱戦に入れるのは大きい。
「時間が惜しい。速攻で行くぞ」
召炎霊符での攻撃を行なっていたフィオナは、剣士と槍兵の接近を認めた段階で【円卓の武威】により、槍兵の方を吹き飛ばす。
もとよりフラッペ達の攻撃でダメージを重ねていたところだ。アンデッドは光の力で散って行った。
「弱気な事ばかり言っていられないで御座るよ……」
源一も雷神の名を冠した大剣を手に、剣士へと斬りかかる。
「うっ、く……っ」
腐っているように見えるのに、表皮が硬い。剣を握る手が痺れる。
「大丈夫、ひとりじゃないわ」
反対から、イシュタルがイオフィエルでもって援護に当たる。
「行け、蒸気の式よ!」
そこへ、鋭くギアの一声。
雷帝霊符による金色の刃が源一をイシュタルの間を走り、アンデッドナイトを貫いた!
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アンデッドナイトの一団を退けた先からは、毒蛇、再びのアンデッドと息つく間もなく戦いが続く。
「血は知と也て、天魔降伏する利剣と成らん……」
覚羅は剣に血文字の印を書き術式発動の祝詞を唱え、遠距離サポートから接近戦へと切り替える。
「これは……面倒だ。一気に行くよ、巻き込まれないように気を付けて」
覚羅とは逆方向から、迫りくる毒蛇に対して、集はスイと前に出て炸裂陣による爆発で蹴散らす。
「っ、――」
隙をついて噛みついてきた毒蛇の攻撃を防ぎきれず、伊都が硬く目を瞑る。それは一瞬だけ。
「……刃凰流の冴えを見よ!」
引かず、太刀を振るって再度の攻撃を防ぐ。
「推して参る!」
動じることなく、堅実に。
恐らく、ゲート内でなければ苦戦するような敵ではないに違いない。
(少しでも、近付いているので御座ろうか)
空気が重苦しく感じるのは、毒が回っているから?
伊都の足元がよろめく、その頬をアンデッドナイトの矢が掠めた。
「そら、若いの。まだ寝るには早いぞ」
「伊都君、大丈夫? ボクがすぐ傷を直すんだよ♪」
「おろ……?」
気絶しかけたところで、加藤の【神の兵士】が伊都をすくい上げ、続けて珠琴がライトヒールを掛ける。
「なんだか、アンデッドになった気分で御座る……」
「……死んだら終わりなのよ?」
イシュタルの一言に、伊都は何度も首を縦に振る。
運が良かった、確かにそれもあるだろう。
運が良かったのだ。こうして、即座に連携の取れる仲間たちと臨むことが出来たのだから。
「ここは、と……」
少し、戦況が落ちついただろうか、珠琴の他にイシュタルも回復手に加わり、酷い傷の応急処置に当たる中、ギアやフラッペは情報を簡単に取りまとめていた。
ゲート入り口からのマッピング。
といっても、身を隠す物などないだだっ広い花畑で、方向感覚が狂うことこそ心配だ。
漠然と敵襲に対処しているだけであったら、満足な情報を持ちかえることは出来なかったであろう。
都度都度で源一が潜行で敵の方向を伝えてくれたから、これまでのルートを描くことができている。
「残り時間はどれくらいだ?」
「あと10分と少しくらいだろうか。時間制限内にゲート内部・コア、悪魔の確認をしておきたいが」
フィオナと覚羅は言葉を交わし、これからの方向性を考える。
コアまでの距離が判れば、ゲートの規模も知れる。
コアを守る障壁がどういったものか、悪魔と交戦は無理であってもどのような存在か……そこまで知ることが出来なければ調査として成功とは言えない。
「父さん……縮地を掛けて欲しいんだぞ」
二人の会話を聞いていた千代が、筧へそう申し出た。
「【隠虎】と【黒猫】で、単独でコアを探すぞ」
「千代……、けど、それは」
「縮地を掛けてくれなかったら全力移動するぞ」
「まさかの脅し!?」
「それなら、ボクも行くのだ。二手に分かれれば見つけやすいし逃げるのも楽なのだ」
「フラッペさん……、あっ。阿修羅か!」
「しかし、最速のガンマンなのだ」
左手で帽子を押さえ、フラッペは不敵に笑って見せた。
巧みに銃火器を操るものだから、すっかりインフィルトレイターだと思い込んでいた筧である。
「光信機は学園から借り受けしている。どちらかがコアや悪魔を発見したら、退避なり合流なりすることで問題ないだろう」
残ったメンバーで、正面切って進んで行けば、敵はほとんどそちらへ向かうはず。
単独行動は、より安全になる。
フィオナも頷き、陽動を買って出る。
「わかった。それじゃあ、本隊は加藤さんに任せる。俺は千代とフラッペさんのフォローに動くよ」
意見がまとまったところで、筧はサポート先を変更する。
「皆で生きて帰ってくるのが前提でござるよ」
「もう【神の兵士】は使いきったからの。最後はお嬢ちゃんを担いで帰ることになる」
「御免で御座る!?」
加藤にからかわれ、伊都は飛び上がった。
「なんだかんだで、奥まで進んでこれたようだな。鳥さんも無反応ってわけにはいかないようだ」
覚羅が上空のアレクトに異変を感じたところで、ラストスパートは始まった。
任務を成功させるために。
全員が生きて、多治見の街へ戻るために――
「行くよ、千代」
「おー!」
筧が縮地を掛けると同時に、虎が如く千代は駆けだした!
ばさり、上空の灰鳥が翼を広げる。
デカイ的だ、と集中攻撃をものともせず、集団へ向けて滑空を仕掛けてくる――!
「ふん。捨て身の攻撃など、所詮、切り捨てられるだけにすぎん」
フィオナがパリィで捌き、攻撃範囲外にいた覚羅がカーマインで翼を絡めたところで、集がクロスボウを撃ち込んだ。
「指示を受けてるというより、縄張りなのかしら?」
イシュタルは光の翼を展開し、尚も残る上空のアレクトに挑む。
地上からの援護が届く位置へ誘導しながら、一撃離脱の範囲をキープして攻撃を掛けた。
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ジェットレガースを活性化し、【Stride『BlueHawaii』】でフラッペは駆ける。
蛇が跳ねようが虫が飛ぼうが、一切気にせず振り切る勢いで。
(丘になっていたのだ)
目がチカチカするような色合いの世界、その奇特さに気を取られていたが、真っ平らな平原ではなかったようだ。
なだらかな丘陵を登ると、更に頂上は窪んでいる。
(……あれが)
――あれが、コア?
フラッペが息を呑む、ふと気配に気づき顔を上げると、同じように判断に困った千代がいた。
蔦状の植物が、1mにも満たない真っ赤な花を囲っている。
まるで鳥籠のようだ。
そして、その蔦は……一人の女性に繋がっていた。正しくは女悪魔、だろう。
頬の辺りで揺れる黒髪、赤いという瞳は今は伏せられており、黒い翼も畳まれている。
「……来たのね? 久遠ヶ原の撃退士さん」
悪魔は、目を伏せたままで艶やかな唇を動かした。
「キミは…… 誰、なのだ? ボクはフラッペ、フラッペ・ブルーハワイ」
「律儀な子ね。私は―― そうね、隠す名前でもないわ。ディアン=ロッド。覚えておいて。貴方達の首を落す悪魔の名前よ」
その一言に筧は凍りつくが、その理由を隣の千代は知らない。
『――…… 久遠ヶ原の、撃退士だ。いずれ、お前の首を落とす子たちだよ』
かつて筧は、まったく同じ言葉を、ディアン=ロッドのヴァニタスへ投じていた。
意図的な台詞なのだろう。
「ふふ。『他愛ない』わね?」
――逃げろ、
筧が千代とフラッペの手を引き、走りだす。
刹那、爆発的な魔力が周囲を襲った。
(……ごめん、キミ。ボクはボクの自由の為に、キミと戦わなければいけないのだ……)
光信機で主力部隊へ状況説明をする中、複雑な思いがフラッペの胸に渦巻いていた。
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ゲート突入より、ジャスト30分で撤退開始。
総力戦により、ほとんどがボロボロになりながら、ひたすらに入り口を目指して駆けた。
生きている。
それでも全員、生きている。
「辺りを包め蒸気の式、そこに写る幻で惑うがいい…… さぁ、今のうちに」
ギアが奇門遁甲で道を塞ぐ敵に幻惑を掛け、退路を拓く。
再度気絶した伊都は筧に背負われ、途中で意識を取り戻していた。
「筧殿、ちょこを欲しがっていたと聞いたでござるよ〜?」
「すごいマイペースだな!!?」
●報告書
多治見ゲートについて
・規模 約半径1.5km程と思われる
・特徴 地表は毒蛇の潜む花畑だが、なだらかな丘陵となっており、頂上に窪みあり
・コア 中心部の窪みへ隠れるように浮いており、蔦状の障壁で覆われている 蔦と悪魔は繋がっており、そこから力を注いでいるようにも思える
・悪魔 ディアン=ロッドと名乗る、ヴァニタス『刀狩』の主
撃退士達の撮影した写真も提出する。