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チラホラと雪が舞い散る、小さな街の小さな商店街。
「……ついに来たんか、リア充共を爆発させる季節がの」
半分ほど溶けた商店街の看板を見据え、腕を組み、仁王立ちするのは古島 忠人(
ja0071)。
まるで今回の依頼に呼ばれたかのような男だ。
「くっくっく、これに成功すればワイも念願の美少女からのチョコが!」
成功報酬:手作りチョコレート
そう、お仕事を成功させれば、正々堂々と女子のチョコレートを貰えるのだ!!
爆破される側になれるのだ!!
いや、リア充になれるかは別だが。美少女かどうかも不明だが。
手作りチョコレート。なんと甘美な響きか。
(チョコがディアボロになって出てくるとは、料理出来ないわたしへの挑戦と見た!)
殺意増し増しなのは雁鉄 静寂(
jb3365)。
彼女もまた、依頼内容に引き寄せられた一人。
クールな表情を貫き決して表には出さないが、この戦い、譲れない。
「もうそんな時期だったっけ」
常木 黎(
ja0718)は淡々と戦闘準備を整えながら。
「やらないから忘れてたよ。そういうイベントは、参加するより眺めてる派だしねぇ……」
「チョコを倒してチョコを手に入れる。むう……妙な表現になるな」
眉根を寄せながら、酒井・瑞樹(
ja0375)は近隣の住民への戦闘通達を終え、合流して来た。
依頼を出し、受理の件も伝わっているだろうけれど、何しろ自分たちが到着するまでは『ディアボロが暴れまわっている』という認識なのだ。
これから起こすドンパチは『ディアボロを倒すため』。
「困っている者を助けるのも武士の務め。人々を安心させる為、少しは効果があったと思う」
商店街に閉じ込められている者も居れば、商店街で買い物が出来ず困っている者も居るのだ。
武士にとって、依頼人だけが助けの対象ではない。
事前準備を終え、いざ行かん、チョコレート討伐任務!!
一行が敵を視認できる距離まで近づくと、茶色の影がモサモサと動き始めた――外敵用にフォーメーションをチェンジしているらしい。
なんだその無駄な知能プログラム。
「よりにも寄って、この時期にチョコレート型のディアボロですか」
「本当にチョコだよ……。センスを疑うねぇ」
目の当たりにした敵の姿に鑑夜 翠月(
jb0681)は戸惑い、万感の思いを込めて黎は苦く笑う。
センスは疑うが、敵としては厄介な部類だろう。
「ちょっと、敵の位置を探ってみるわ。挟撃するにしても、敵の位置が分からないと拙いでしょうし」
作戦は、二手に分かれての挟撃。一班は迂回し、できるだけタイミングを合わせて同時に接敵というものだ。
月臣 朔羅(
ja0820)は壁走りの構えを取り、
「では、私は上空から参りましょう」
同班のヴェス・ペーラ(
jb2743)が闇の翼を広げる。
「よろしく。タイミングは合わせるよ」
ハンズフリーのスマホを見せ、黎は他班メンバーを見送った。
●チョコレートの踊る季節
ヴェスから、迂回完了と敵の配置は当初の情報通りであるという連絡を受け、一斉攻撃はスタートした。
「腐ったチョコ共!! これ以上の狼藉は許さぬ!」
瑞樹は素早く近づき、ココアパウダーごと吹き飛ばす勢いで封砲を放つ!
(冷静に。冷静に判断すれば勝てる)
商店街手前より、確実に距離を保って静寂は前線を張る瑞樹を援護するよう最前列のトリュフへアウルの銃弾を撃ち込んだ。
対する黎は射程ギリギリの中距離から、開始早々に板チョコをアシッドショットの餌食にする。
固いなら、柔らかくすればいい。
「……本当にこれ、誰の趣味なの?」
被弾し、効果が見てとれるのは良いが、腐敗効果を真に受けるチョコレートはあまり見たくない有り様でもあった。
「さぁさぁ、行ったるでぇ!!」
トリュフが瑞樹に狙いを絞り、板チョコが黎に腐敗を受けながら右往左往する。その合間を縫い、忠人が景気よく敵陣を駆ける!
狙うは指揮官、踊るリボン!
「この後にゃ大事な予定が詰まっとるんや。往生せいやぁ!」
(ディアボロやない、本物のリボンでラッピングされたチョコレートがの!!)
渾身で火遁・火蛇を――発動するも、リボンにひらりと回避された。
射程に巻き込んだ板チョコからは、焦げた甘い匂いが漂ってくる。それだけでも上々か。
「まっ、倒せんでもこっちに集中させりゃ指揮能力も落ちるやろ」
敵陣の只中で、忠人は柔軟に切り替える。
まずは回避することを最優先に、忍刀で攻撃の機を伺う。
なんの変哲も無いアーケードタイプの商店街。
ちょっと古めかしくて、きっと普段は『おなじみさん』で賑わっているのだろう。
背後への回り込みに成功した松永 聖(
ja4988)は、そんな面影を残しながら廃墟寸前まで荒らされた通りに胸を痛める。
自分はデザイナーの父とアパレルショップ経営の母を持ち、家庭環境は厳しかった。
依頼主の少女は、どうなのだろう?
「……集中していくわよっ」
今は、それは雑念だ。振り払うように、ボーティスウィップで踊るリボンを狙う。
「背後が留守よ!!」
――どちらが前か後ろか解らないけれど。
鞭から鉤爪へと活性化をチェンジ、石火で追撃!
「あーっ もう! ひらひらと!!」
なかなか当たらないことに苛立つものの、反撃は丁寧に見極めて避けなければ。
「なんだか、申し訳ない気になりますね……」
翠月は忠人と聖がの対リボン戦を他のチョコレートたちに邪魔されないよう、身近な板チョコ狙いでファイアワークスを放った!
●チョコも溶けるほど
翠月の強力な一撃により、板チョコ一枚が直火焼きで崩れ落ちた。
静寂のサポートを受けながら、ココアパウダーで能力ダウンを受けながらも間合いを取ることで立ち続けていた瑞樹の視界が、スッと晴れる。
欠けた板チョコの向こうに、ピュアハートがその顔を見せた。
ハートのセンター部分が、チカリと光る。
「武士の心得ひとつ、武士は敵に後ろを見せてはならない」
静寂の攻撃でトリュフの半数がようやく砕け散ったところで、今、再びの封砲。射程は互角、尋常に勝負!
ハートのビームが瑞樹の頬を裂き、瑞樹の封砲がハートを真っ二つに割った。
正面を忠人が回避に徹しながらリボンの攻撃を往なす。
後方からは聖が跳躍を交え角度を変えながら連撃を。
二人に挟まれ、リボンは直線に伸びる余裕が無いようで、微かに二人の装備を掠めるばかり。
「蝶のように舞い! 蜂のように刺し! そしてGのように逃げる!」
「オチはつけなくていいっ」
忠人に思わずツッコミを叫び返しながら、聖は鉤爪を振るう。
このリボン、指揮することが重要なようで戦闘能力は回避以外は高くなさそうだ。――それだけに、仕留めなければ面倒ということ。
「敵は地上だけではありませんよ」
そこへ、空中からヴェスが懸巣で攻撃を加える。
三次元的な一斉攻撃。
敵の注意が唯一飛行するヴェスに向かったなら、商店街内への被害も押さえられるはず……!
数を打てば当たるではないが、当たりさえすれば落ちる!!
「今度こそ火遁で焼いてやるかのぉ!」
「食べ物を粗末にするな、と言われて育ってきたけれど。こればかりは仕方が無いわよね?」
翠月、瑞樹から攻撃を受け、それでもなお結合し浮遊しているハートに朔羅は狙いを定めた。
「やはり、ハートは縛ってなんぼよね」
ウィンク一つ。
影手裏剣・烈でのサポート攻撃から転じ、月臣流、恒月・壱之型。裏縫!!
生み出したアウルの黒鞭が、薄っぺらなハートを束縛する。
「さて。そろそろ、柔なハートを痺れさせてあげましょうか?」
「『逸れた』! Charge!」
ビームが僅かに軌道を外したのは、後方で指揮官たるリボンが切り刻まれたからと把握した黎は、朔羅による束縛のタイミングでクイックショット。
重ねるように、朔羅は雷遁・雷死蹴で追い打ちをかけた。
対面では、翠月が再びのファイアワークスでもう一枚の板チョコもチリチリに焼きあげたところだった。
●がんばりました
甘い香り漂う商店街。
しかし、撃退士達の表情は何とも苦々しい。
「……何というか、怨念のようなものを感じたのだけれど」
撃破完了し、チョコレート的なモノで覆われた地面に、朔羅が頭を抱えた。
ディアボロを倒したところで、霧になって消えるわけではない。死骸は残る。
大量のチョコレートが溶け、冷え固まったような具合の『死骸』を、黎も呆れて蹴り飛ばした。それは脆く、簡単に粉末状になり散ってゆく。
「最後まで、チョコですね」
粉雪に交じり、見えなくなってゆくパウダーへ、翠月は遠い目をして呟いた。
「所詮、ディアボロはディアボロであり、チョコレートなどではありません」
忌々しいものを排除できたことに安堵し、静寂はようやく温和な表情を覗かせる。
「けど…… 商店街への二次被害を抑えられて、なによりでした」
「うむ」
ヴェスの言葉に、瑞樹が深く頷いた。
一か八かの挟撃作戦であったが、ヴェスの翼があり、朔羅の壁走りがあり、正面部隊の引きつけがあっての成功だった。
そしてそれは結果的に敵の『移動』を阻止し『攻撃範囲』を固定させた。一気呵成の攻撃で、予想していたよりも早く撃破達成できた。
引かない心が、あればこそ。
簡単な傷の手当てと雑談をしている間に、依頼主である用品店の少女がボロボロになった店舗から紙袋を提げて駆け寄ってきた。
「ありがとうございました。なんてお礼を言ったらいいか……」
小柄な、――美少女とはいかないまでも、愛らしい顔立ちの少女。
「おっかないディアボロは成敗したったで。もう、なーんも怖い事はあらへん」
忠人は紳士モードで、少女の肩に手を置いた。
徹夜をしたのか泣き腫らしたのか、赤い目が忠人を見上げる。不安げな表情から、笑顔となる。
「チョコレート、ついてます」
正確には飛散したディアボロの欠片だが……少女はスカートのポケットからアイロンの効いたハンカチを取り出し、忠人の頬を拭った。
「報酬はあとで商店街から出されるんですけど……一足先に、こちらを受け取ってください」
手作りチョコだ!
「見た目は不格好ですけど、あの、味はちゃんとしてます……」
そういって、少女は一人一人に手渡していく。
(料理出来ないわたしへの…… ううん、これは)
「ありがとう」
静寂が、短く一言。
戦う力を持たない少女が、何を思いチョコレートの準備をしてたのか―― そこまで考えれば、胸も詰まるというもの。
「チョコレート……。大事にしますね」
ちょっと不器用なラッピング。
ヴェスは両手で、胸に抱いた。
「このリボンの色、僕とお揃いですね」
リボンの種類は幾つかあったが、翠月に渡されたのは緑色のリボン。
ちょっとした偶然に、少女と翠月は笑いあう。
「……ホワイトデーは、どうすればいいかしら」
聖の真面目な切り返しには、周囲の面々も思わず肩を揺らした。
「その頃には、きっと商店街も立て直しが出来ているはずです。お肉屋さんのコロッケが美味しいので、今度は遊びに来てください」
嬉しそうに、少女は聖の手を握った。
「頑張ったわね」
朔羅の一言は、チョコレートへ向けたものではなく。
そしてその一言が、少女の涙腺を緩める。
「……う」
緊張の糸が、一気にほどけて――ポロポロと涙を落す少女を、朔羅は抱きとめた。
(……そのポジションは、ワイと違うんか?)
見守っていた忠人は頬をかき……
「一般人で中学生だもの、そりゃ怖かったよねぇ」
黎の呟きに、動きが止まる。
「ちゅうがくせい?」
「一年生、って斡旋所の貼り紙にあったけど」
「ちゅうがくいちねんせい」
読んでなかったの? 黎の声は、既に忠人には届いていない。
(ワイ、ロリ属性は持ってないからのぉ)
高校三年生と中学一年生の恋愛はロリカウントになるだろうか。あと3年も経てば問題はないだろうか。
煩悶するうちに、忠人にもチョコレートが差し出された。
嬉しさが半減しつつ、ありがたく受け取る。
なにはともあれ、バレンタインチョコレートだ! 女子の手作りだ!!
「別に私はよかったんだけど……」
報酬ではなく、好意としてと考えれば無碍にもできない。
黎は少し困ったような微笑で、『好意』を受け取る。
「ありがたく、ね」
少女の黒髪を、さらりと撫でて。
泣き腫らした少女へ、どうしてやればいいのかわからない……わからないなりに、精一杯のエールを。
ディアボロは撃退されても、荒らされた商店街にはこれから別の大変さがやってくるだろう。
「……ちょっと、良いか」
「は、はい」
続いて、少女は瑞樹に腕を引かれる。
「その。……今度、少しでいい。伝授してもらえぬだろうか。作り方のコツというものを」
軽く赤面しながらの瑞樹の告白に、少女は笑顔で受けあった。
●
しばらくの間、チョコレートはお腹いっぱいです。
そんな気分で、一行は帰途につく。
思い返すだけで胸やけを起こすようなふざけた敵だったけれど、最後に受け取った不器用なチョコレートは……そう悪くないかもしれない。
普段の依頼で受け取る報酬とは一味違う、ささやかな『スペシャル』。
Life of Chocolate、力を持たない少女が命がけで作ったもの。
なんとなく、撃退士としての初心を取り戻した気がして、くすぐったさが胸に残った。