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季節は冬。
多治見市郊外の廃墟群。
避難者たち、戦闘で深手を負った先遣の撃退士たちの呻きと泣き声、血の匂いが冷たい空気とない交ぜになっていた。
「これが、集められる限り集めたデータです」
情報屋・陶子は落ち着きを取り戻し、学園の撃退士達を出迎えた。
異変に気づくことを、他ならぬ『情報屋』が出遅れたこと。悔やみきれない思いを、若き撃退士達へ託す。
「今まで色んな人たちが繋いできた物があるんでしょ。ここで切らさないように、ちゃんと守らないとね!」
武田 美月(
ja4394)は、元気いっぱいの笑顔で陶子の肩を叩く。
元気注入!!
「事件に天魔が関わってんなら、俺の動く理由はそれだけで十分だな」
レポートに目を通し、避難者へチラリと視線を向け――ビアージオ・ルカレッリ(
jb2628)は首を鳴らす。
(ただでさえ肩身狭い思いしてる、人間界の天魔が多いんだ。印象を変えられる俺等が何とかしねェとな)
人間界に降り、祈りを知った天使。
神を何とするかはさておき、ビアージオには、何百年掛けてでも遂げたい祈りがある。
「現れるディアボロの情報が既に収集されてるのは有難い」
――ふむ。情報を頭に叩き込み、真柴 榊(
jb2847)は周囲の仲間たちに出発を促した。
「細かい作戦は、向かいながら車中で確認でいいよな」
「避難もまだ途中……。急がないといけませんね」
道明寺 詩愛(
ja3388)が、小さく頷いた。
●鰯の頭にも用心を
市街地までの案内板がヘシ折れた道路を野崎が運転し、その間に作戦を詰める。
同行を申し出た野崎 緋華を含め、学園の撃退士は9名。
「避難は他の者に任せて問題無いということであるなら……、好き勝手にやっている駒を潰そう」
結果、人を救うことになるならそれでいい。
行動自体は、シンプルに。アセリア・L・グレーデン(
jb2659)が、最優先事項を挙げる。
「私が前衛を務めよう。白兵戦が主体になるか」
自身の耐久力も考え、アデル・シルフィード(
jb1802)が申し出た。
「とりあえず二手にわかれましょうか。効率悪いし」
Erie Schwagerin(
ja9642)は、くるりと車内を見渡して。
幾つか案を出しあった頃、車は目標地点へと到着した。
多治見市街、南側中学校跡。
「東西二手に分かれて捜索。北の中学校で30分後を目安に合流しましょう」
二手に分かれルートを開く。激戦と思われる地域へ入る前に周辺をぐるりと回って合流して突入・騒動の中心地である駅を目指すという作戦。
詩愛は携帯アラームを10分毎にセットすることで、戦闘中にあっても時間を確認できるように。
「もし途中でキツくなったら他班と連絡を取り合って、合流場所をこの中学校に変更でいいかな?」
敵の種類・簡単な能力がわかったとして、自分たちとの戦力差となれば別だ。
「はぁ……。とりあえず、これ以上面倒臭い事態にならない様にしないとな……」
同胞(
jb1801)は気だるげな表情で、おもむろに隣に並ぶエリーの頭を撫でる。
「な、なに?」
「緊張、ほぐそうと思って……俺の」
その返答が、エリーの緊張をほぐした。
「避難のアシスト……ね。あまり乗り気じゃないけど、しっかりやるわよぉ」
冷たい風に、長い赤髪をなびかせて。エリーは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「二手、ね」
「野崎さんは、西回りの班へ加わってもらえますか?」
作戦会議を静観していた野崎へ、詩愛が声を掛ける。
「スマフォなんかで、こまめに連絡を取り合うようにする」
同胞が言い添える。
「それが皆の作戦だってンなら、あたしは口出ししないよ。OK、援護を尽くそう」
何かを決意した風に、野崎は顔を上げ、一人ずつと目を合わせた。
「繰り返しになるけど、状況は斡旋所に告知した通り。
あたしらの切り拓いた道を、おっかけでフリーランス達が救助部隊として辿ってくる。
中心地には、既に戦ってる中年アスヴァンも居るけど……奴を見つけだして合流は、難しいね。
どういう意味か……よく考えて。二手に分かれるんだったらもう一方は、あたしが助けてやることも難しい」
そこで一度、言葉を区切り。くわえ煙草を外して。
「ミイラとりがミイラにだけは、ならないで」
●市街、東
「……ここも酷いな」
崩された建物を避けながら、同胞が呟く。
陶子からの情報により、比較的安全なルートで市街地入りをした。
出発地点とした中学校も、建物は損壊していたが……
慌てて避難したのであろう、開け放たれたままのドアや、割られ、ガラスの飛散した窓。
走る途中に脱げたのか、片方だけの靴などが、当時の悲惨さを語っていた。
「補助にまわるから、前にでるのは任せるわぁ〜」
エリーは引いて、戦況を視野に収める。
受け取った情報では、ティシポネなる黒鳥が面倒な相手と判断している。
「出てこーい、天魔っ!」
美月が叫ぶ。
「これで違和感を抱くだけの知性を、敵が持っていれば……」
阻霊符を展開する詩愛が、物音などに注意しながら進む。
「どんどん進みましょう? 可能な限り敵は殲滅したいけど、時間が限られてるから」
撃退士の登場を、布陣を敷いて待ちかまえているわけではないのだ。
遭遇しないのであれば、それこそ幸い。
倒すべき時に倒すべき相手を殲滅すればいい。
エリーは先を促した。
遠く、黒鳥の咆哮が響いた。
●市街、西
大きな道路のある東側と対象的に、西は細い道を辿り、川沿いへ抜ける道筋だ。
「ぞろぞろと、出てくるもんだな……」
立ち並ぶ家屋・物陰から、アンデッドシーフが襲いかかってくる。
アデルは蜥蜴丸を手に、真っ向から切りこんで行く!
前線に肩を並べる榊はシーフの斧を受け止め、炎熱の鉄槌で反撃を。
一、二撃で倒すことは難しいが、魔法属性であれば結合を防ぐことが出来るようだ。
着実に、ダメージを重ねてゆく。
「逃げ遅れの奴は居ないか!?」
次々と湧いてくるディアボロを相手取りながら、大きく声あげるも返事は無い。
近郊の光景をスマートフォンで撮影したビアージオも光の翼を畳み、フルカスサイスを手に戦線へ。
召喚したヒリュウは後方へ下げ、能力が上昇している間に鋭い攻撃を繰り出す。
「危ないよ」
召喚獣の滞在時間は短い。
効果の切れる間際、野崎が回避射撃でビアージオのアシスト。
近づく、黒鳥の羽ばたき。
「その程度の高さで優位に立てるわけが無いだろう。……そこは私の間合いだ」
血の匂いを感じ取ったのか、近づいてくるティシポネへ、アセリアが闇の翼を広げ制空権を手にする。
アレスティングチェーンを鞭代わりに、先制の一打!
「……ッ」
苦し紛れに吐き出される氷のブレスが、アセリアの片腕を重くする。
「来たか、獲物……っ」
ビアージオは、再び空へ。
ティシポネがアセリアを狙う、その隙に大鎌を一閃する。
「派手に空中戦と行こうか!」
「厄介だな」
地上の相手すら完全に対応しきれていないというのに。
アデルは眉間に皺を刻む。
アセリアとビアージオの二人が上空の敵を引きつけているとはいえ、地上ではアデルと榊が背合わせで戦っている。
滑空能力で狙い打ちされてはたまらないが、地上の敵を相手にそれぞれ単独行動できる状況ではない。
――多勢に無勢
9人全員で一つのルートを辿っていたら、状況は変わっていたであろうか。
今は、たった5人。
●再び、東
足元に装備した烈風の書で、詩愛が風刃を巻き起こす。
アンデッドシーフに、蹴り足ごと風の刃を叩き込む!
「一気に行くわよぉ……」
エリーが、影の書で援護攻撃を。
地表から具現化される棘を象った影が、アンデッドを貫く。
「埒があかないな」
ティシポネへゴーストバレットを放ちつつ、同胞は果ての見えない戦いに息を吐く。そう簡単に鳥は地表へ落ちてはこない。
美月の援護があれば心強いが……
かといって、地表の敵の対応を詩愛だけに任せるわけにもいかない。そも、同胞もエリーも肉弾戦には弱いのだ、囲まれてしまってはそこで詰む。
同胞のぼやきへ、すばやくエリーが振り向いた。
「――Demise Theurgia-Sheolserpent Medusiana……」
深淵に形を与え、現界させる魔術、呪文を詠唱する。
現れるは【メドゥーサの髪】、幾匹もの蛇となりて、ティシポネの動きを止める。
「詩愛ちゃん! ちょっとだけ!!」
前線を支えていた美月が詩愛に地上を託し、黒鳥に向けフォースを撃った!!
「あら」
地表に落とせれば―― そう狙っての攻撃だったが、ティシポネは美月の一撃が止めとなり、力なく落下した。
「合流できるでしょうか」
開始10分を告げるアラームを耳に、詩愛が不安を口にする。
敵は散開しているしていることが多いが、集団に出くわせば一気に対応が困難となる。
現状で、既に桜花爛漫も発動しているのだ。
二手に分かれ――その道の、どちらを救出部隊が辿るか。同時に分かれて行動しているのだろうか。
分かれるだけの力があるなら、わざわざ掃討部隊を学園に要請するだろうか?
「はぁ……今回は特に面倒臭いな」
数度、詩愛に掬い上げられた同胞が、顎を伝う汗を拭う。
長期戦。どこに潜むかもわからない敵。
――多勢に無勢
そんな言葉が脳裏をよぎる。
エリーのスマホが鳴動した。西班からだ
●炎上
「まずは、手当を……」
合流地点を、当初の北側より近くの中学校へ変更し、詩愛は深手を負っている仲間たちの回復に当たる。
アウルの力で生み出された無数の桜の花びらが、怪我を癒してゆく。
「落ち会えて何よりだ」
野崎が髪をかきむしる。
混戦の中で通話を必要とする連絡、誰もが土地勘があるわけではない荒廃した街中での合流ポイントの変更。
失敗と紙一重の作戦と言えなくもない。
「まだ、戦えそうかい?」
「まだ、中心部に近づいてすらいません」
詩愛が、野崎を見上げる。もっともだ。
「有用な戦力…… 集いさえすれば、何の問題も無い」
アデルが続く。
「仕切り直しとしましょう」
静かな瞳で、アセリアが毅然と応じる。
詩愛がセットした携帯アラームが、作戦開始30分を告げた。
●此岸の火事
2班が合流してからの勢いは、それまでの少人数での戦いを活かした上で、効果的に機能した。
アデル、詩愛が前衛を張り、エリーと同胞が援護射撃に専念する。
「おっと、危ないよ!」
美月は庇護の翼を展開し、ビアージオのフォローを。
アンデッドナイトの群れが見えてきたところでアセリアが先陣を切り、射程ギリギリでダークブロウに巻き込む。
「……つか、連携してくるってなあ……?」
榊も前衛の壁を担い、近づいてくる敵勢を待ちうける。
癒し手でもある詩愛へ集中して狙い打ってくる騎士たちを、こちらも力で押し返す!
「次は私の番だな、とくと堪能して貰いたい」
魔力を乗せたエメラルドスラッシュで、アデルが剣を持つナイトを撃破する。
「相手の思うツボはお断りだ」
詩愛と立ち位置を代わり、榊が盾を活性化。フォローを受け、詩愛が風の刃で蹴りあげる!
蹴りあげた脚をそのまま振り下ろし、アンデッドの頭を丁寧に踏み抜いて。
「倒したと思ったら……って、ホラーの定番ですからね」
「どっちが……ホラーだろう」
同胞の呟きは、聞かなかったことに。
「まだまだ」
黒鳥との戦闘を終えたアセリアは、向かい来る次の集団へクレセントサイスを放つ。
先手必勝。
接近戦へと切り替えてからも、アセリアは攻撃手としての動きを止めることは無い。
「長いね……」
合流地点で詩愛から回復をもらったといえ、ここでリジェネレーションを使い、美月がこぼす。
――合流。そのための時間も辿りつくまでの戦闘もまた、緊急を要する現状に対し遠回りとなったか。
9人揃っているとはいえ、一斉攻撃を掛けられてしまえば守りきれないこともある。
けれど。
悔んでいたって仕方ない、残されている時間はわずかだ。
空中から奇襲を掛けていたビアージオが、遠方の異変を察した。
「なんだ? あれ……」
天使の言葉に、悪魔が顔を上げる。
言葉なく、アセリアは駅があるであろう方向を。
「野崎さん、テレスコープアイって使えますか?」
手近な敵を掃討したところで、詩愛が確認した。
「……今回の襲撃には、何か違和感がある。どこが、と聞かれれば、わからないんだが……」
同胞が眉をひそめながら、野崎の報告を待つ。
テレスコープアイで確認できるのは、500m先。ここからなら、駅の少し手前だろうか。
「退避!!」
短く鋭く、野崎は叫んだ。
●
この街を初めて訪れた時、自分の黒髪は背までもあった。
力を分け与えた大切な存在の、その美しい銀の髪が切り落とされてしまったから、自分もそれに合わせて切った。
酔狂なことだ、と周囲は笑う。
――自由に
貴方が私の自由。その言葉が、結果的にヴァニタスの死期を早めただろうか。
ヴァニタスの喪失は、そのまま主である悪魔の力の喪失でもある。
結果に悔いはない。何を恨むでもない。
ただ、空に浮かぶ月のように、胸に空いた喪失感。
それを埋めるように――赤い唇、赤い瞳の女悪魔は―― 術式を完成させ、ゲートを展開した。
●会うは別れの始まりと
「何が起きた……のですか?」
震える声を必死に抑え、詩愛が現状を問う。
「ゲートだ」
野崎が応じる。ハンドルを握るその横顔は、青ざめている。
撤退指令を出した際に確認したのは、駅周辺を固めるアンデッドナイトの群れ。ディアボロの奥には黒き翼を広げる女――ヴァニタスか、あるいは悪魔か。
嫌な予感が、ゾワリと背を駆けた。
不意に、空の色が変わった。空の彼方を見やれば赤い光の壁が出現していた。周囲を見回す。街の四方が覆われている。
皆が、携帯やスマホを確認する――電波が、遮断されていた。
その示す意味とは。
結界が出現したのだ。
「口裂け女……『撃退士には効かない能力』を持つ女が多治見に現れてるって報告は、あったんだ」
ヴァニタス、あるいはシュトラッサー……いずれ己の意思を持ち動く天魔。
直接、被害を与える報告は無いことから、気まぐれな訪れだけかと―― その程度の危機感だった。
『天魔被害に慣れている』感覚の麻痺が、全ての災厄を招いてしまった。
滞在していたのは場所の調査。
ここ数日のディアボロ発生は、ゲート展開のための時間稼ぎ。
今ならば、そう、読み解くことが出来る。
けれど、予測は本当に不可能だったろうか。
報告書を、現状を、街を、先入観なく見つめていたのなら、導きだすことは、できただろうか?
いずれにしても。
「ゲートに飲まれた『人間』は、もう、救えない」
救い出せないんだ。
絞り出すような声で告げ、野崎は強くハンドルを叩いた。
詩愛が撤退間際に撮影した駅近辺の写真・ビアージオによる近郊の写真は、今後の調査に当たって数少ない資料となるであろう。
「それでも、まったく救えなかったわけじゃない」
野崎の言葉に、返る声は無かった。