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『皆を笑顔に!』輸入雑貨取扱・エンジェル商会、京都支社。
TV番組プロデューサーに扮するアレン・マルドゥーク(
jb3190)が、応接室の革張りソファに身を沈めていた。
「現在企画中の『通販バラエティ番組』第一回放映について、貴社が現在有力候補なのです」
テーブルを挟んで向こうには※倉が眉間にしわを寄せ、企画書に目を通している。
「独断出来かねる内容です。一度、本社の者とよく話をしてからお返事したく思います」
「えぇ、それはもちろん承知しております。今回は――」
にっこり。アレンが、必殺・天使の微笑を差し向ける。
「やり手のイケメン社員がいると噂を確認するためでしたが、なるほど納得ですね」
※倉の眉間のしわが更に深くなる。
「ただし少々、顔色が……。差し支えなければ番組の感触を捉えて頂くためにも、今日一日、ご自宅で静養されてはいかがでしょう」
「お申し出は有り難いですが……」
「※倉部長ーーっ この資料って、どこの会議室へもっていくんでしたっk きゃあっ」
「村上君!」
体当たりノックからの書類散乱。反射的に※倉が腰を浮かせて振り返る。
今日から新人バイトとして働き始めた、村上 友里恵(
ja7260)だ。
「それは三階の第二会議室だと話してただろう。……俺も手伝うから、ここは出るぞ」
すかさずフォローに入ってきたのは強羅 龍仁(
ja8161)。本日付で本社から配属されてきた。
がっちりとした体格に顔の傷とはビジネスマンらしからぬ雰囲気であるが、眼鏡やスーツはごく自然に着こなしている。
京都支社での仕事内容の説明も順調で、こんなまともな人材が本社には居るのかと驚いたほどだ。
「そうそう。私は、こう見えてヘアメイクアーティスト出身なんですよ。
よろしければ、※倉さんが体感される商品の選定などしてみたいのですが」
天使の微笑、2度目のゴリ押し。
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「お前ら、叱られなくて一人前になれると思うな!」
オフィス内で、テキパキと指示を出しているのは龍仁だ。
「すみませんでした。……で、先輩、コレどうすりゃいんですか?」
殊勝に頭を下げ、クルリと押し付けられた雑用の行方を他の社員へ訊ねるのは牧野 一倫(
ja8516)。
新人社員らしく、どこか初々しさの残るスーツ姿……を若者らしく軽く着崩している。
まるで、この春から入社して働いているかのような立ち居振る舞いだが、彼もまたコッソリ本日から潜入している。
龍仁との応酬は仕込みネタで、それに乗じて一倫は社員の様子を調べていく。
新米の自分、本社からの龍仁、直属の※倉。
それぞれに対しての態度の違い、実際の仕事ぶり。
それらをまとめあげ、優秀な人材、あるいはその種を見つけだすのが狙いである。
(普段から適当に力抜いときゃいいのにな。真面目ってのはつくづく面倒な性格だよ)
――どうしてこうなった
額を抑えながら応接室から出てきた※倉を、鋭敏聴覚で拾い聞きした小野 友真(
ja6901)がすかさず出迎えた。
「……君は小野君、か。今日付けで本社から配属だったな」
「わ、もう覚えてくれはったんですか」
「当たり前だ。上司として、部下の顔と名前を覚えるのは最低レベルの事だ。……そうだ、あの棚のサンプルを」
※倉が素早くメモに走り書きをし、友真に渡す。
着なれないスーツ姿に緊張しながら、従順な子犬のように友真は指定された棚へと駆けてゆく。
その間に※倉は友里恵へ、アレンからの件を本社へFAXするよう指示を出す一方、自身は内線で支社長へ話がある旨を秘書に通す。
「※倉さん、短期間ですがよろしくお願いします」
受話器を置いたタイミングで若杉 英斗(
ja4230)が歩み寄り、スッと名刺を取りだす。
商談を進めている取引先から、社員が出向してくるという連絡は数日前に受けていた。
握手を交わした後、デスクの位置と仕事内容の指示を出し、※倉はアレンへと向き直った。
「派手好きの支社長ですし、恐らくはご提案を受け入れることとなるとは思いますが」
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かくして※倉の早退は、その日の昼過ぎに確定した。
「……着任したばかりで申し訳ないのだが」
「ポンコツだな、お前」
龍仁へ仕事の引き継ぎを終えるなり、頭上から予想外の言葉を降らされる。
「な」
「時代小説好きらしいから、信玄公の『人は石垣、人は城……』は知ってるよな?」
――勝敗を決する決め手は、堅固な城ではなく、人の力である。
ビジネスにも応用できる言葉だ。
「もう少し部下の力も信じてやれ」
「……そう、できるなら苦労はしていない」
※倉の眼差しが、冷えた――感情の薄いものとなる。幾度となく、そうやって『やり過ごして』きたのだろう。
「色々、取り戻したげたいねぇ……」
帰ってゆく※倉の背をオフィスの窓から見送り、友真が呟く。
(ああいう人は、簡単なんも全部抱えてる事多いんよな)
「何とかしてあげたいです」
自分たちにこなせる書類を受け持った友里恵と友真は、誤字脱字などのクロスチェックをしながら嘆息した。
どういった反応をするのか試そうと応接室へわざと突撃した友里恵だが、アルバイトの失敗を叱りつけるでなく、咄嗟の反応で転んだ自分を心配していた。
ひどく、真面目な人なのだろう。
丸投げな本社の態度も、無茶ぶりな取引先の要望にも、真面目に対応してしまう気質だということは、よくわかった。
たった半日でこの振り回されぶりなのだ。
連なる日々を思うと…… 納得の顔色だ。
「ここが実力の見せ所です、頑張りましょうね♪」
友里恵は振り向き、オフィス内へ響くような声で、周囲を明るく元気づけた。
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会社前にあるコーヒーショップにて。
「…………」
一倫からの報告を受け、ネピカ(
jb0614)は状況整理を行なう。
※倉と同じ職場に潜入する者、職場に動きを与える者、そして取引先に扮する者――決して全員が同じ場にいると限らない状況で、全ての連絡・中継を担うのがネピカの仕事だ。
(社畜を救う、ねぇ。この状況、本当に※倉さんを救えるのは※倉さん自身のはず。でも現状では応急処置的な事や、目を開かせる手伝いは必要じゃろうな)
所詮、自分たちは『通りすがり』にすぎない。
何をどこまで救えるとも言えない。その後、フォローし続けることもできない。
決して、簡単な問題ではないのだ。
(とはいえ……良いおでんが期待できそうじゃからのう、仕事頑張らせていただくぞよ♪)
「…………」
しばらく、おでんの具について思いを馳せてから、ネピカは他方のグループへ連絡を入れた。
とある繁華街にて。
「……義を見てせざるは勇無きなり、だ!」
ネピカから※倉の、そしてエンジェル商会の状況を知ったラグナ・グラウシード(
ja3538)は義憤に吠えた。
英斗とは既に打ち合わせをしている。
『取引先』の社員である英斗・その会社の『役員』であるラグナ、という配役で、※倉を接待して息抜きさせよう作戦である。
英斗が※倉へ顔を繋ぎ、自分は接待に適した料亭を探しに今ココである。
働きづめのところで酒宴など疲労に追い打ちだが、早退できたのであれば明日の夜辺りにはある程度回復しているだろう。
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翌日。
「皆から見てあの人の印象ってどんな感じなんすか?」
周囲に溶け込んだ友真が、社員たちに問い掛ける。
「仕事の鬼」
「地獄からの使徒」
「むしろ地獄の番犬と書いてケルベロス」
「ああ、たしかに一人で頭三つ分の働き」
「はい、ストップやで――」
慌てて押しとどめる。
(身近な人間関係の改善が、第一……かな)
そんな様子を、一倫が丁寧にチェック。
「あ、先輩、お茶ドウゾ。しっかし、酷いね※倉部長」
たった一言、そう口にするだけで出るわ出るわ愚痴の嵐。
しかしそれを整理すれば、単純に会社の体質に対するもので、※倉は逆恨みを買っているにすぎない。
「それらの纏めやチェックって、※倉部長がしてるんだよね。俺らより倍以上の仕事量だよね」
ご苦労だよねぇ。
一倫の言葉に、社員は気まずそうに茶を口に運んだ。
友里恵は、すっかり会社での仕事を楽しんでいた。
確かに忙しいが、学園でも味わうことのできない未知との遭遇に溢れている。
そう、たとえば召喚獣―― ……召喚獣?
「あっ、よかった村上さん」
名を呼ばれて振り向けば、柱の影にアレンが居た。
「小野さんに頼んで、※倉さんのデスクを解錠してもらっていたんです。コピー取りましたんで、原紙を戻しておいていただけますか」
一発で会社を傾けさせることのできるという、切り札だ。友里恵はゴクリと喉を鳴らす。
「ヒリュウで視覚共有をしていました。大丈夫、誰にも見つかっていません」
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終業間近になり、※倉が姿を見せた。
「すみません、今日はお休みの予定だったのに」
対応したのは英斗だ。
「ウチの役員が、ぜひ※倉さんとお話ししたいと申しておりまして」
「取引先と仲良うなるんて大事ですよ、行ってらっしゃい!」
友真が笑顔で背を押した。
「こちら、海外支社から出張で来ているグラウシードです」
「はじめまして、※倉サン! ジャパン楽しみにしてきました! リョウテイではゲイシャに会えますか?」
随分と若く見えるが、会社役員に相応しく、バリッとスーツを着こなしたラグナ。
「ほら、※倉さん、きゅーっといっちゃってください」
間に座る英斗が、※倉へと酒を注ぐ。
こうして、『日本文化に慣れていない外国人・ただし大事な取引相手』との接待は始まった。
「※倉サンは責任感溢れる方デスねー、でも、それだと※倉サンいないとエンジェル商会つぶれてしまいます、それよくないデス」
「……後継と目をかけたところで、向こうは無責任に辞めていくばかりでしてね」
「大事なのは皆でハタラくことデース…… ジャパンのカワイコちゃん言ってました、『私が死んでも代わりはいるもの』よくないデス」
「ふ はは。そのレベルを越えるのが、大変なんだ……」
「デモ、そういって部下の仕事をやってあげること、遠まわしに会社つぶします。部下育てる、トテモ大事」
※倉の脳裏に、昨日の龍仁の言葉が渦巻く。解らないわけではない。
(うーむ、働かずに飲む酒は美味い)
対するラグナの脳内は、こんな感じであった。
会社に仕事を残してきたという※倉へ、英斗が付いてゆく。
「アルコール抜きがてら、先にシャワー室行きましょうか」
英斗はノンアルコールだし、※倉も酔うほどは飲んでいない。
二人でゆっくり話すための口実だ。
「うわー※倉さん、立派なモノをお持ちですね!」
仕切りから覗きこむ英斗の視線から逃れるように、※倉が身を捻る。何が立派なのかは伏せよう、ホクロかもよ?
「実は自分も、転職前は※倉さんと似たような環境でしてね」
英斗が不意を突き、話を切りだした。
「自分が愛している程、会社は貴方を愛してはくれませんよ、※倉さん」
「……それでも、自分が愛した会社だ。自分で選んだ道なんだ」
シャワールームを出ると、英斗の携帯にメールでネピカから連絡があった。
『準備は整っている』
オフィスルームでは友里恵が一人、残っていた。
「今日のお仕事は終わっています。小人さんがやってくれたのかも」
可愛らしい冗談に、米倉が少しだけ表情を和らげる。
「実は、お連れしたい場所があるんです」
だから、皆でがんばりました。
そうして、友里恵が※倉の手を引く。
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「……よし! ハロワに行こう!」
目的地付近まで来て、耳に飛び込んだのはラグナの声だった。
――ハロワ?
「〆は完了しました。例の書類に基づき調査したという形で書面を出し、万一発覚した際には番組製作サイドにも被害があると伝えたら一発です」
――〆? この声は、アレンか。
「大将、いいおでんだ。出汁は何を使ってるんだ?」
「おでんに鰹節は使わないね!!」
龍仁に――これは、いつぞやの大将。
「胃が満たされると気持ちも満たされるもんだよー」
こちらに気づき、屋台の向こうから手を振るのは新入社員の一倫。隣には、例のおでん屋の大将が居る。
「すみません…… 騙す形になりまして」
英斗が、手身近に事情を話した。
小さな屋台を、人数めいっぱい囲んでいる。中には馴染みの社員の顔も幾つか。
友真や一倫の下調べの結果、心底、※倉についてきている部下たちだ。
「任せられる人間育てるのも大事な仕事じゃね?」
揚げた鶏肉に甘酢たれをかけた小鉢を差し出し、一倫が※倉へ耳打ちする。と、同時に、そっとリストアップした社員のレポート。
見れば、きっと理解するだろう。
「こんな状況でも、心から笑顔でいられる社員パないよな」
「てや!!」
固まる※倉の背後から、友真が飛びつきネコミミカチューシャを付けた。
「!!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
真顔で振り向かれ、反射的に土下座する友真。
「こ、こういう遊びも大事なんやでー? って ……かんにんしてください」
(感情を揺らす事を思い出して欲しい……。諦めないでいて欲しいん)
本人を前に、そんな言葉を口には出来ないけれど。
「大将、はんぺん追加!」
肩の荷が降りたと言わんばかりに、英斗はおでんに走る。
「熱いから気を付けなよー」
「誰の唇が厚いですって!?」
どこかでやったような応酬はさておき。
「働いたら負けだと思っている」
酒とおでんの勢いで、ラグナが断言する。
「どうだ創平。少しは楽しめそうか?」
龍仁に話を振られるも、相変わらず※倉の眉根は寄せられ、笑っているのか怒っているのか判別しにくい。
複雑な表情を、友真がじっと見入る。
「努力は報われると思う」
その横顔に、無意識で言葉を掛けていた。
「他人にやなくて、未来の自分が後悔せーへん自分を作るて意味で…… なんてなー」
米倉が振り向いたものだから、慌てて笑ってごまかそうとしたところへ――
友真へネコミミカチューシャ。
「こういう遊びも大事、だったな?」
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妙な時間帯に、ピンクジャージ姿の少女が屋台の片隅でおでんを旨そうに食べている。
宴が終わり、余韻の残る屋台に※倉とネピカ、そして大将の三人だけ。
ネピカの存在を気にせず、大将と※倉が掴みどころのない、静かな会話をしていた。
「呆れたな」
「楽しい疲れだったでしょ」
「よく言う」
「まるで夢みたいじゃない?」
「これが夢だとして―― 何が現実だろうな」
出汁を吸い込んだタコ足をよく噛みしめ、ネピカは満足げに目を細め―― 不思議な屋台を後にした。
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――米倉 創平(jz0092)が目を覚ます。
そもそも寝ていたのかどうかも怪しい。
ほんの一瞬、ぼんやりしていただけかもしれない。
夢を見ていたような気もするし、何も見ていなかったかもしれない。『人間』だった頃の記憶かもしれない。
(何を、馬鹿な……)
深く息を吐きだし、立ち上がる。京の街を見下ろす。
「これが…… 現実だ」
『努力は報われると思う』
(――で、あれば、良いがな)
どこか遠くで聞いた声に、心の中で米倉は答えた。