●再びの街
「岐阜……!」
現地へ到着した酒井 瑞樹(
ja0375)は、普段の生真面目な姿から一転し、頬を紅潮させ周囲を見渡した。
季節は折よく晩秋、染まりきった紅葉が目に美しく―― だが彼女の目的はそこではなかった。
(憧れの人の出生地、岐阜だ! ああもう高山市まで行きたい! 住んでた所を見たい!)
――いやしかし今は仕事中。我慢我慢。
「せめて、この地の写真だけでも……!」
瑞樹の胸中を知らぬ仲間たちは、写メを撮り始めた彼女に対し、現地調査の一環くらいにか感じていない。
「これで全員のアドレス交換はOKですね」
携帯を確認しながら、ルーネ(
ja3012)が周囲を見渡す。
人数が少なければ滞在時間も短い。
効率よく手分けしての行動・迅速な連絡伝達が鍵となるだろう。
「だな。……で、コレ。出没時間と場所を落し込んどいた」
鈴屋 灰次(
jb1258)が、事前に調べ上げて作成した近隣の地図を配布する。
「怪しい壺に新しい自分、それに口裂け女、か。また胡散臭いもんが現れよったなぁ」
地図を上にしたり下にしたり眺めながら、笹本 遥夏(
jb2056)は新しいオモチャを見つけた子供のような表情。
「さて、まずは手回しからですね」
人間を即気絶させるという『口裂け女』も面倒だが、面白半分でウロウロするという厨二病発症者を抑えておくのも大事な段取り。
アーレイ・バーグ(
ja0276)は、『壺』『子供たち』に関して重点的に動く予定だ。
「ふむ。では、わしは挨拶周りから行くとするかの」
メンバー中、最年長のヴァルデマール・オンスロート(
jb1971)が役所や学校関係へ、顔繋ぎの役を買って出た。
現地調査で不必要な足止めを受けないよう、説明をしておく必要がある。
「依頼者達の次は壷を保管している学校、現地の警察あたりか」
アーレイが頷く。壺は昼の間にも見れるようであれば確認しておきたかったから、そこまでは同行を申し出た。
「あっ、親御さんにはうちも挨拶しとくわ。ちゅーにびょー、やるさかい。うちのことは別勘定でって言っとかんと」
遥夏は地図を上着のポケットにしまい、慌てて挙手をする。
『ちゅーにびょー』を装い、目覚めた子供達とコミュニケーションを取ることで情報を集める役割なのだ。
●目覚めし者たちへ告ぐ
「これは重大な問題です。完全解決しないと将来に禍根を残します!」
ヴァルデマールと共に依頼人である保護者たちとの面会が適うと、アーレイは力強く説明を切り出した。
「良いですか? 中学生が、天界から堕ちし暗黒聖騎士……なんて名乗ってても黒歴史で済みますが。
40過ぎのおじさまおばさまが同じ台詞を言っているところを想像して下さいませ……
ましてや厨二病で町おこしなんて言い始めた日には! 問題解決への意欲がわいてきましたね?」
低い呻きが返る。
どうやら、時間の問題という空気らしい。
「わしも一児の父、貴様らの気持ちはよくわかるぞなに、解決するのは簡単よ。一人一発ずつぶん殴ってやれば目も覚めるだろうて!
ムハハハハハハハハ!!!」
笑いで吹き飛ばす、ヴァルデマール。
いや、他の物まで吹き飛ばす勢いだ。
「では早速行ってく…… ええい、離さんか貴様ら!!」
「おっちゃん! さすがにアカンで!!」
「こ、こら、関節を極めるでない!!!」
遥夏とアーレイが、ガッチリと両腕をホールドした。
「子供達を遠ざけるために一芝居打つこともあると、そういうことを言っておるんじゃ!」
「っちうことで! うちら撃退士の行動によっちゃあ、お子さんに多少の危険があるわけや。出切る限り怪我はさせへんけど」
だから、どうか協力を――
遥夏の言葉に、保護者達は幾度も頷いた。
安全を願う気持ちに変わりはない。
「ふん、穏便に済ませるなら上手くやれよ!」
(仕方ない。小僧共が頑張ってる隙を狙うか……)
「ヴァルデマールのおっちゃん……?」
不穏な瞳の輝きに、遥夏は半眼でヴァルデマールを見やった。
(赤竜王が落しし涙より出でし破魔の聖水流……なんて名前を温泉につけたりしないうちに解決しないとなー、と)
――この街に温泉があるのかどうかは知らないけれど。
レンタルしたバイクを走らせながら、アーレイは各施設を訪ね回る。
口裂け女が天魔である可能性があるため、今夜撃退士が討伐する旨を、放課後を迎える前に伝えきらなければいけない。
撃退士自らが赴き、力を示すことで、説得力を与えることが出来るだろう。
「仮に撃退士の邪魔をした場合、任務妨害として停学・退学などの重い処分が下る――は、脅かし過ぎたでしょうか」
最初に訪問した高校で、引き攣った学生たちの表情を思い出し、肩をすくめた。
撃退士が登場するだけの事件性があると、それだけで一般的な生徒たちは怯えているようだった。
「緊張しないで、小さな事でも話してね?」
斜に構える中学生を前に、ルーネが言葉を選ぶ。
最初の人格、目覚めた人格に共通の方向があるのか、見出すための簡単な聞きとりだ。
どうすれば、本音を引き出せるだろう―― 相手から、引き出したいと思うなら……
「俺もテメェ等と同じようなもんだからな」
彼女のなかのもう一人、【過負荷】が浮上した。
今までの朗らかなルーネから一転した瞳・口調に、生徒が顔を上げる。
「アンタも……か?」
「どうだか。話を聞かなきゃ、わかんねぇだろが」
「……フッ、それもそうだな…… アンタとはソウルメイトになれる気がする。オレの解る範囲で話すよ」
(成功……だけど、複雑だなぁ)
心の中のルーネが、苦く笑った。
高校では。
「……ほんで、自分ら中学校に瞬間移動でもしたんか? 結界張られてるって聞いたけど」
「結界と言う名の鍵など、僕のマジカルピックで」
(ヘアピンで開けられるんか……)
テンションを合わせてみると、意外とベラベラ話してくれる。
廊下にしゃがみこみながら、遥夏は怪しげな生徒へ次々と声をかけていった。
「あぁ、あの壺は本物よ。あの壺に出会って、アタシ、ようやく本当の自分に出会えたの」
※男子生徒・談
「愚問だな。そこに謎があると言うなら、追いかけるのがトレジャーハンターだ。俺も前世では志半ばに(以下略)」
「口裂け女が人外だというのなら、こちらも人外の力を得れば対等になる。ちがうか?」
(はー、見事に悪循環してるわー)
胡散臭い事件が並立している理由がわかった気がして、遥夏は報告を取りまとめた。
●口裂け女を追え!
――夕刻。
熟れた柿のような色の空。
冷え冷えとした空気を、カラスの鳴き声が裂いてゆく。
待合場所には瑞樹・アーレイ・ルーネ・灰次の四人が集っていた。
「それぞれの視察報告から、100パーじゃ無いけど時間もないし。絞っといた」
灰次が、当初より精度を上げたデータを提示する。
囮役の逃げ道は、各ポイントごとにルーネがチェックしておいた。
「子供達の安全を守るのも武士たる者の勤めだ。頑張らねばな」
瑞樹は普段は一つに結いあげている髪をおろし、パッと見はおとなしい女学生姿。
年の頃も近いアーレイと並べば、『何処にでもいる好奇心旺盛な女子高生』の出来上がり。
「ボブとロングは女子二人組の基本ですね」
キリッと、アーレイ。
魔法抵抗の高いアーレイ・物理面で対応できる瑞樹、そういった面からも、二人の囮役は適任だろう。
「鬼が出るか、蛇が出るか…… ですね」
表情を引き締めるルーネの手にはカメラ。
灰次もいつでもサポートできる体制。
人間の悪戯であっても、天魔の予兆であったとしても。ここで暴く――食い止められるよう。
四人は夕闇に紛れ、歩き始めた。
「知ってます? 口裂け女の噂」
「噂に過ぎないのだろ…… でしょう? ほんっと好きだな、その手の話題」
冬用魔導服姿のアーレイは、傍から見れば聞きこみで入手した『好奇心で首を突っ込む学生』であり、地元高校生の制服をキッチリ着ている瑞樹は『それを止める友人』に見える。
瑞樹が興味無さげに携帯を操作する傍らで、アーレイは噂にまつわるアレコレを話して聞かせる。
時間としても、よくある下校風景だ。
(第一ポイント……通過、異常ナシか)
やや距離をとったところで、灰次とルーネは息を潜めている。
運動公園からスタートし、学校のある通りを進む。何事もなければ、折り返してもう一度。
(そろそろ最後、ですよね)
ルーネが視線で問う、灰次が頷く。
目撃情報が一番多い場所、時間。
小学校裏手の、鎮守の杜――
カラスの群れが、一斉に飛び立った。
アーレイが足を止めた。
ひと、ではないことはすぐに知れた。
薄闇に、目を凝らす。その先に―― 一本の、木の下に。
長い黒髪の、女がいた。
(……天魔!)
灰次が、すかさず遁甲の術で気配を消し、女の背後を取るべく動く。
(何が目的なのか…… けど、その前に!)
他方、ルーネは平静を保ち、ぶれないよう脇を締めてカメラを固定・その姿を撮影する。
フラッシュに、女がゆっくりと振り返る。
赤い瞳、赤い唇―― 裂けてはいない。自分たちは、目を合わせたからといって気絶することもなかった。
『撃退士には効かない能力』、つまりそういうことだ。
「おもしろいことをするのね」
口裂け女は笑った。
灰次の攻撃をするりと避ける。
「被害が出る前に……!」
ルーネが、カメラを懐にしまうと鎖鎌を活性化し、捕縛を試みる。
捕えたのは、残像だけだった。
「逃げられると思っているのですか!」
アーレイが、掌中に魔力の塊を生み出すも――
「いまは、それどころじゃないの」
ぶつけるその前に、ふわりと闇に紛れ、姿を消した。
「……逃げた、のか?」
瑞樹が茫然と呟く。
時空を歪めて、とか空を飛んで、という形ではない。流れる所作で灰次の追撃をかわし、足音も立てず闇に紛れるよう、駆けていった。
周辺は木々ばかり。いくらでも身を隠せよう。
「ヴァニタス…… シュトラッサー…… わかりませんが、その類でしょうか。わけがわかりませんね」
戦闘意欲が無い? 人間を相手でも、撃退士を前にしても、攻撃を仕掛けない??
アーレイは首を傾げる。
「くっそ、逃げられた! ……撮れてるかな」
ルーネは歯噛みしながら、カメラを確認した。――映って、いる。
「深追いより、コレ学園で照合してもらった方がいいか?」
間近で不気味さを感じた灰次の言葉に、反対の声は上がらなかった。
即座に『口裂け女』の正体を断定することは難しい。ヴァニタス・シュトラッサー級の敵なら深追いも危険を伴う可能性が高い。で、あるならば――
「市民が安心して暮らせる様にせねばならぬ。そこは何一つ、変わらない」
瑞樹は、制服のタイを握りしめ、口裂け女の消えていった方向を睨んだ。
同刻。
「うわぁあああ!!!?」
昼間、あれだけ念押しをしたにもかかわらず、徘徊している生徒たちの悲鳴が上がった。
「ふわーははははは! 美女かと思ったか!!」
ホッケーマスクを装着し、くぐもった声で怪人は登場した。
中の人はヴァルデマールである。
「たっ、助けて……!? こんな話、聞いてねぇし!!」
学ラン姿の中学生が逃げ惑う。
「聞いていたのは、どんな話?」
ふわり、塀の上から登場したるはヒーロー。
ジッパーや十字架などのモチーフを多用した衣装に、右目は眼帯で隠している。
中の人は遥夏である。
「立ち去るがええで…… うちの中の、邪悪な力が目覚めよる前になぁ……」
「ほっほ…… 勝てると思うてか!!」
「――アスタ ラ ヴィスタ。堪忍やで」
今ここに、怪人VSヒーローの新感覚アクションが繰り広げられようとしていた!!
……後日、男子学生たちは語る。
『よくわからないが、凄いものを見た。人間レベルじゃねーわ、アレ。あと、邪気眼って実在すんのな!!』
都市伝説とは、神出鬼没が旨である。
●壺の底
翌日。
一行はそろって、壺があるという中学校を訪問した。
「昨夜も見ましたけど…… ただの『壺』だったんですよねぇ」
眠気を噛み殺し、アーレイが見たてを伝えた。
同行していた灰次も頷く。
比べるならば、口裂け女の方が厄介だ。
しかし、『口裂け女と渡り合うために』壺で人格を目覚めさせると学生たちが息まいているのなら――害という意味を持ち始める。
思いこみとは、怖い。
年長者の威厳たっぷりに、ヴァルデマールは悠々と先頭を闊歩する。
昨日も挨拶には来ていたし、アーレイの説得もあった。
『久遠ヶ原から来た撃退士』、生徒達は興味しんしんであちこちから顔を覗かせていた。
校内をグルリ、わざわざ遠回りして壺の保管されている空き教室へ辿りつく。
「……どれ」
スッ、と灰次が前に出て、教師から借りた鍵で解錠すると、埃っぽい教室へヴァルデマールが踏み入った。
「なんだつまらん。なんとも無いではないか……」
ヴァルデマールの声が、教室内から廊下まで、響き渡る。
「口裂け女も、もういないしな」
ヒョイと壺を持ち上げ、灰次は淡々と告げた。
(……壷の解決法はこれで良いだろうが、新たな人格に目覚めた者の立場がちょっと可哀想だ)
瑞樹は、方々から視線を感じながら、考える。
武士の心得ひとつ、武士は弱き者を守らねばならない。
「集団暗示というものがあって、不可思議な状況では妙な暗示に掛かり易いものだ。君達のもそれであろう」
振り向かず。
誰に告げるでなく。
張りのある声で、瑞樹は言葉を発した。
気に病まないように。
恥じないように。
真に目覚めたならよし、引きかえすのも、今なら大丈夫―― そう、気持ちを込めて。
●鰯の頭にも用心を
「『口裂け女』だけが、解明できなかったな」
ルーネの撮影写真もデータに盛り込みながら、灰次が嘆息した。
「それだけに、壺を無力化できたことは大きいの」
変哲もない、古びた壺を撫でながらヴァルデマールが続く。
「一応、専門家にも見てもらった方が良いでしょうか」
「学園で……、詳しい方を紹介してもらいましょうか。念には念を、ですよね」
学園レベルで『問題ない』と判断されれば、それでよし。
アーレイの懸念に頷きながら、ルーネは壺の中に生徒達からの聞き込みをまとめたレポートを入れる。
「第二第三の壺が出土せんよう、願うだけやな」
笑うに笑えない遥夏の一言で、今回の任務は終幕となった。