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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/26


みんなの思い出



オープニング

●天と点
 見上げる月の明るさと、肌に触れる風の冷たさと。闇に浮かぶ、白い吐息が。
 季節の移り変わり、時の流れ、その無常さを運ぶ。
「独り身には、厳しい季節到来か」
 去年の今頃は―― そんなことを考え、筧 鷹政(jz0077)は打ち消す。
 珍しくデスクワークなんぞこなしていた折に、懇意にしている情報屋から入手したモノは、彼を夜中の散歩に連れ出す程度の高揚感・焦燥感を与えるに十分だった。

『……変なことを考えていないか?』
『考えていたら、一人で行きます。わかってるでしょう?』

 卒業して何年経とうが、教師は教師、生徒は生徒。
 いつまでも見破られ、誤魔化しだって通用しない。
 それくらいで、心地よかった。
 卒業して。独立して。いろんなことがあって。
 それでも、完全に断ち切られることのない縁の糸に、今は有り難く縋らせてもらおう。
(もう、俺ひとりの事件じゃない)
 巻き込んでしまったのなら、自分も責任をもって最後まで巻き込みぬく――などといったら、恐らく鉄拳が下りてくるのだろう。

『皆を、死地に送るつもりはない』

 それだって、揺るがぬ決意の一つだ。



●戦と線
「根城?」
「不定期に、こちらの世界へ現れては消えてゆく――地域はいつもバラバラで、規則性なんて見えなかったんですが」
 久遠ヶ原学園にある、生徒指導室のひとつ。
 すっかり馴染みの客となった鷹政は、地図を広げ一点を指し、教師に説明をする。
「昨日、情報屋から得た内容なんですが、どうも不可解なことが起きているんです」
「狼でも大量発生したか」
「いえ。――その なんていうか」
 言葉を探し、鷹政は赤毛をかきむしる。
 鷹政が追っている『刀狩』と通称されるヴァニタスは、使役魔として黒狼を従えている。
 それらの登場が、刀狩のサインとされていた。
「制御しきれていない様子の使役魔と、銀髪のヴァニタスの目撃情報が」
「なんだそりゃ??」
「……能力が強化され、そしてヴァニタスの意思に従うのではなく、ヴァニタスを守るよう指示を出されているようです」
 襲われたのは、依頼を片付けたあとのフリーの撃退士だったそうだ。
 交戦する余力はなく、狼をなんとか振り払い逃げてきた、と言うのだが……
「気になる点が、いくつか」
 ヴァニタスの容姿と、この使役魔の組み合わせを考えれば刀狩と見て間違いはなさそうだ。
 妙なのは、戦闘狂にも思えるアレが、撃退士を相手に攻撃を仕掛けてこなかったということ。
 先の対峙で『久遠ヶ原の撃退士』を強く印象付けたから、一般の撃退士にはもう、興味がないと、そういう解釈もできる。
 それから使役魔の強化。ヴァニタスの命に従わない行動。
「背後の、女悪魔の差し金かと」
「あー…… ホストに入れ込むOLみたいな」
「…………せんせい……」
 明け透けな例えに、鷹政が眉間を抑える。
 鷹政自身が女悪魔を目撃したのは初戦のみで、先日の刀狩へのダメージも報告に聞くだけであった。
 しかし、繋ぎ合わせるだけでも納得のいく予想は導き出せる。
 刀狩は、よほど消耗しているのではないだろうか。
 主たる悪魔が、強力な使役魔を護衛とさせるほどに。
 そして、それだけの状態である刀狩を、その行動を、主は止めることが出来ない。止めようとはしない。

『目的? 彼の自由だわ』

 問われ、女悪魔はそう、答えたという。

「叩くなら、今だと思うんです。向こうは『久遠ヶ原の撃退士』を求めてる。確実に喰らいついてくる。しかし、力が弱まっているのも事実でしょう。で、あるなら――」
「ウチの生徒をエサにするってのか」
「有り体に言えば」
 スパン、と良い音を立てて側頭を叩かれた。
「痛い!! さすがに俺だって、調子よく傍観決め込もうなんてしてません!」
「当たり前だ! もう一発欲しいか!?」
「遠慮しますっ。……できる限りのフォローはします。絶対に誰も死なせはしません。俺だって死ぬもんか」
「……。覚悟のある者に呼び掛けはしてみよう」




 ギシリ、
 ひとつ体を動かすたびに、油の切れた玩具のような反動がある。
「……調子はどう?」
「よくは ない な」
「…………あたしが直接、行けると良いんだけど」
「それじゃあ おれの意味がない」
 刀狩は、柔らかく笑い、女悪魔の頬にかかる黒髪を払った。
「ディアン」
「珍しいわね。どうしたの?」
 名を呼ばれ、主たる悪魔が首を傾げる。
「おれの意味は あんたの自由 ……そうだな?」
「そうよ。だから、絶対に死なせはしない。注いだ力の分、きちんと返して頂戴ね」
「……はは」

 注いだ力を―― 生み出した力を試したい

 始まりは、そんな子供のような好奇心だった。
 遠い昔のようで、自分はそこから一歩も動いていないのだと……銀髪のヴァニタスは自嘲し、空に浮かぶ月を見上げた。
 まるで、途方もない穴に突き落とされた気分であった。



リプレイ本文


 ぽかり、月が夜空へ綺麗な穴をあけている。
 誰も居ないかのように思える工事中断で放置された土地に、久遠ヶ原の撃退士達は息をひそめていた。


「刀狩……噂に聞くその腕、どの程度のものか」
 鳳 静矢(ja3856)は闇の中に姿を求める。
「筧さん」
 それから苦く笑い、そば近くに控えている卒業生を振りむいた。
 ヴァニタスへは手を出さない、眷族対策のフォローに徹すると宣言している卒業生は、しかし昂る感情を抑えるのに必死なようだ。
 仕方あるまい、対峙するヴァニタスに近しい者を奪われ、一度は我を忘れ突進していったこともあるのだ。
「また無茶をしそうになったら、手遅れになる前に引きずり降ろしますよ」
「削ってでも、ですね」
 静矢の言葉にマキナ(ja7016)が乗る。
「え 俺、何キャラ」
「何をイマサラ」
「アスハ君!?」
 ふぅ、と深く息を吐くアスハ・ロットハール(ja8432)へと、筧が向き直る。
「……いつかの依頼が、ココに繋がった、か。勝利の女神はどちらに微笑むか。賭けるか、カケイ?」
「それじゃあ、賭け、成立しないでしょ?」
「まぁ、ナ」
 ヴァニタス・刀狩に関連する依頼へ、アスハも参加経験がある。当時相手取った黒狼の、強化版が今回の眷族だという。
 その経験は、果たして活かせるであろうか。
(しかし――)
 アスハの胸には、別の懸念があった。
 弱体化しているヴァニタス。それを守るように動くという眷族。その意図は――

「イケメンを囲う女悪魔とか何それうらやま ゲフンゲフン!」

 静寂を、金色の魔女が切り裂いた。フレイヤ(ja0715)である。
 過去の報告書を脳内で反芻している間に、思わず声に出してしまい、むせ込む。
「女悪魔は刀狩の自由が願いと言ったらしいわね。……自由を願うなんて、まるで恋をしているみたいじゃない?」
 気まずさを振り払うように肩をすくめて見せると、アスハが何やら思案顔で目を伏せた。
「もし悪魔に魅入られてなければ、別の出会いができていたかも知れません……」
 握る刀の感触を確認しながら、レイラ(ja0365)が言葉を落とす。彼女もまた、幾度となく刀狩と戦ってきた。
 力を振るうことを楽しむ、他者の成長を楽しむ、その純然たる狂気は武人であれば少なからず兼ね備えているように思う。
(でも…… 今はただ、彼の凶行を終わらせましょう)


 一団からわずか離れ、カーディス=キャットフィールド(ja7927)は携帯した双眼鏡で全体を観察する。
(この月夜を無残なものにしない為に、全力で戦わせていただきましょう)
 月明かりが作る影の位置に気をつけながら、いつでも味方へ声を掛けられるように。
「ボク等はエサ……ね♪ 毒入りだよ☆」
 後衛陣のまとめとして位置どるジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は、それぞれの連携確認をしていた。
「実践は初めてじゃが心強い仲間もおるしの。気合入れていくのじゃよ!」
「えぇ、今が好機、でしょうね」
 天音 万葉(jb2034)へ、ナタリア・シルフィード(ja8997)が静かに頷く。
「今なら勝てるチャンスかもしれない。ならばそのチャンスをモノにしてやろうじゃないか」
 強大なヴァニタス、とはいえ手負いの身―― 総力でぶつかれば。
 アナスタシア・チェルノボグ(jb1102)もまた、髪飾りに触れながら意気込んだ。

 勝てる――勝つ、各々がそう、信じていた。思っていた。



●照らし出されし白銀と
「来ました―― 軍師殿!」
「まずはこいつ等か……!」
 カーディスの合図と共に静矢たち前衛部隊が闇の中で尚黒い影、ヘルハウンドの群れに立ち向かう。
「強力な上に数も多いとか、笑えない冗談ね」
 後衛のフレイヤは、人間ほどのサイズもある狼の群れを睨みつけながら、そっと移動する。
(刀狩の護衛を優先するというなら、主人を狙う仕草を見せれば、そっちに寄り集まって多くの敵を巻き込めるかも……)
「ああ、早くヴァニタスと戦いてぇな!!」
 弓を構え、遠距離から狼を牽制しながらマキナの心は闘争に燃えたぎる。
(……オカシイ)
 しかしここに来て、アスハの懸念が確信に変わる。
 ヘルハウンド達は、一定の距離からこちらへ近づくそぶりを見せない――『主人である刀狩を護るように動く』それが情報通りであるのならば――

「見 ツ け た」

 月夜に浮かび上がる、赤い瞳。銀糸の髪。壊れた玩具のような声は、今までの情報にはないものだった。
「「!!!」」
 その場に居た全員が、息を呑む。
 ヘルハウンドの群れを押しのけるように、飛び出してきた銀髪のヴァニタス―― 刀狩。
 狼が吠える。主人の前に立ちふさがる。
「迷っている暇などありません!」
 レイラは闘気解放の勢いをそのままに、狼の抑えに向かう。
「まずは、ここから……ッ」
 先陣を切るレイラに続き、瓦礫に隠れていたアナスタシアが別方向からジャール・プチーツァを放った。
 炎の槍が勢いよく駆け抜ける。


「コチラ、だ……!」
 ウィンドウォールを自身に掛けたアスハは、次いで無数の小魔法陣を作りだすとアウル製の小魔弾を暴雨のように刀狩、そして狼たちへ撃ちつける。
 主人は魔法耐性が低いという情報だったが、取り巻きの狼は『護る』に特化しているのか、思う様なダメージを与えられない。
(群れの奥に、隠れているというワケではなかった、か……)
 すぐさま、アスハは周辺の瓦礫へと身を潜める。間髪いれず、先ほどまでの位置に深紅の刃が振り下ろされ、コンクリートの破片が舞った。
 アスハへ向けられたヴァニタスの瞳は、手負いの獣の色をしていた。
 気圧されることなく回避した一瞬の間で、アスハは左手にルーンブレイドを顕現、大蛇抱擁を仕掛ける――!

「腕の一本……くれてやる! コレが本命だ。刀狩!」
「天音さん、シルフィードさん、今ですっ」
「前面の敵を撃ち抜け―― 炎陣球!」
「……行きます」
 カーディスがタイミングを叫び、それに合わせ万葉とナタリアがありったけの攻撃を刀狩、そして壁となるヘルハウンドたちへ叩き込む。

 するり、
 風が吹いた。
 一筋に斬る風だった。

「アスハ君!!」

 筧が叫ぶ。
 月明かりに照らされた闇に、鈍い赤が散る。
 アスハの切り札の発動、それより速く先制権を握った刃が縦へ走った。
 それは万葉、ナタリアの魔法攻撃さえも避けて。
 銀の髪に、血の雨が降る。
「……足り ナい」
 側面へ回り込んだマキナの、斧槍による攻撃を受け止め、刀狩はわらう。
「ははははッ そう来なくちゃつまらねェ!!」
 対するマキナも、周囲の狼には目をくれず、強敵へと集中していた。
 高揚する声と対照的に、頭の奥がキンと冷え感覚が研ぎ澄まされる。
 これだから、戦うことは止められない。



●闇に駆けし黒色の
「一人で戦っているわけじゃない、っていうのはお互いさまのようね……ッ」
 今までと違う攻撃をしてくるかもしれない、想定はしていた。
 しかし、これは――
 親玉だけに集中したくとも、そういうわけにはいかない。
 フレイヤは煩悶し、けれど長考は命取りとなる現状で、ヘルハウンドの掃討を選びとった。
 結果としては、当初の狙い通りだ。主人の行動を補佐するべく、塊となったところをファイヤーブレイクが飲み込む。
 レイラの初撃で弱ったところへ止めを与え、数体が闇の中に悲鳴すら上げず倒れ込んだ。
「おっと……させないよ? 後衛の可愛い子達に、獣は似合わないからね♪」
「サポートするのが拙者の務めじゃ」
 前衛陣を飛び越えてきたヘルハウンドへ、ジェラルドが華麗にJustDanceを極めると万葉が薙刀で追い打ちを掛ける。
「堅実に…… ひとつひとつ」
(眼前の脅威を排除する為……。例え信念やルールに背く卑怯だと嘲られようと、関係ないわ)
 ナタリアの蒼天珠による攻撃で大ダメージを与えた。
「大丈夫ですかっ!?」
「ボクがついてる、問題ない」
 後方へ抜けられてしまったことを悔い、レイラが僅かに振り向く。気に病むな、とジェラルドが応じた。


 刀狩の単騎突撃は、想定の外であった。
 『ヴァニタスの意思に従うのではなく、ヴァニタスを守るよう指示を出されている』そう、情報は与えられていた。
 では、『ヴァニタスの意思』とは何であるのか―― 要点は、そこであった。

 真っ先に動いたアスハは、しかし連携を取れないまま至近距離で太刀を浴びた。
 それを無駄にしないためにマキナが回り込み、静矢もまた刀狩へと向かった。
 ヘルハウンド達は主人に随行し、あるいはレイラ達対応班へ反撃と――綺麗に二手に分かれていた。
 分断できたと見るか、うまく対応されたと判断するかが難しい。
 『取り巻きを倒してボス戦』という段取りでは進まないことだけが、確かだった。
(どうすることが、ベストでしょう)
 気絶したアスハの止血応急処置を終えた筧がヘルハウンド戦へ戻るのを確認し、カーディスは思考を巡らせる。
 戦闘続行が難しい場合は、撤退を呼びかける心づもりではあった。
 だが、その判断基準が見えにくくなっている。
 手負いのヴァニタスが1。
 眷族であるディアボロが、現在9。
 ただ、それを単純に数字の上で有利不利と決めるには状況が上手くない。
 総力をヴァニタスへ注ぎ込もうにも、側面から攻撃してくるディアボロに対して壁を張れる前衛陣とのバランスが取れていないのだ。
(せめて、全滅は回避しなければ)
 カーディスは建造物の壁を駆け、ヘルハウンドの移動力や跳躍力を削ぐよう立ち回った。



●交わらぬ、その先の
「貴様が刀狩か……手合わせ願おう」
 同じく太刀の使い手として、静矢が正面から切り結ぶ。
「そう 簡単に 倒れてくれる、なよ? クオンガハラ の」
(気を抜ける相手ではないが…… 後の布石だ)
 至近距離の狂気を、静矢は冷静に睨み据える。
 まずは敵の動きを知らなければ、隙の見つけようもない。
 近づこうとした矢先の先制攻撃、マキナを巻き込んでの範囲攻撃、そこまでは『視』た。
 あとは――
「唸るダケなら 犬でもできる ぞ?」
 赤い瞳が弓なりに細められた。刹那、静矢は吹き飛ばされた。
「……っぐぅ!」
 距離を取った、それを逆手に剣魂による回復を試みる。
「今だっ 行くぜェぇええ!!」
 静矢に向けて斬風を放った直後を狙い、既に満身創痍のマキナが薙ぎ払いを仕掛ける。
 先手を取ることが難しいこと、一撃一撃の重さに、ほぼ気力だけで立っている状態だった。しかし、その気力こそがマキナの真髄であろう。
 戦闘という名の愉悦に浸るヴァニタスの、感覚は常より研ぎ澄まされていた。しかし、それとて万能ではない。
 少し、ほんの少しで良い、掠りでもすれば……!
 この一撃に、マキナは賭けた。

「この紫の白刃で…… 終わらせる!」

 立ち続ける刀狩に向け、体勢を立て直した静矢が紫明刃で斬りつけた!!

 叫びが重なる。
 静矢の攻撃を受け止めるより、マキナを仕留めることをヴァニタスは選んだ。
 それで尚、ヴァニタスが立ち続けるのは、それもまた『戦闘狂』だからであろうか――
 バサリと髪が肩より下が地に落ち、生気のない束となり月明かりにさえ光らない。
「ク くく、く クッ」
 わらう。刀狩がわらう。壊れた玩具のように。どこか歪んだ、わらい声を上げる。
 わらいながら、だらりと傾いだ右腕で刀を振り抜いた。

  

●空に浮かびし穴へ
「まだよっ、まだ辿りついてないじゃない! あと少しなのに!!」
 恐らくは渾身の一撃だったのだろう攻撃を静矢が受けるのを見て、筧が撤退を叫ぶ。
 それに対し、フレイヤが噛みついた。
 アスハに続き、マキナまで倒れた。
 自力回復の術があるとはいえ、静矢の消耗も激しい。
 ヘルハウンドも、半数近く残っている。
 まだ戦える撃退士達も多くいる、しかし倒れた仲間を庇って戦闘を継続するリスク、その先を考えての指示だ。
 レイラが悔しげに瞑目する。理由がわからないわけではない。だからこそ、悔しい。
 あまりにあっけない幕切れだ。
「――せめて」
 レイラは最後の闘気解放を発動し、流れる水のように流麗な剣技でもって周囲の狼を蹴散らす。
 刀狩の剣への執着を刺激するかのように、美しい軌跡を描いて。
「引きあげましょう、再戦の機は必ず」
 覚悟をしていたカーディスの対応は早かった。
 カーディスも極力攻撃を受けない立ち回りを努めていたが、それなりに手傷を負っている。
 長期戦を戦い抜く自信があるかといわれると、この状況では難しい。
 気絶から目覚めたアスハに肩を貸すと、アスハがポツリと声を発した。
「……一手、足りなかったか」
 一方、筧がマキナを担ぎあげたところで――
「納得いかない!」
 無防備になった腹へ、フレイヤが魔力を帯びたパンチを浴びせた。
「なんっ でっ」
 崩れた筧を背に回し、フレイヤは魔法を放つ。

「おぼえてなさいっ! この、壊れイケメン――!!」

 酷かった。
 しかし、それが駄目押しとなり、撤退の隙を作ることとなった。
「大丈夫ですか、筧さん」
 静矢が筧へ手を貸し、共に最後尾を駆ける。
 残りのヘルハウンド達は主人に寄り添い、追撃する様子はなかった。
「深手を負いながらも拙者らの相手をする。余程の自信があるのか、それとも阿呆なのか……」
「後者である確信は持てましたね」
 筧の背で意識を取り戻したマキナが、万葉の自問に応じた。目覚めると同時に現状は把握している。
「――っ、あれは!」
 アナスタシアが、後方に向けて声を上げる。
 皆が一瞬、足を止めた。
 銀糸の髪を不揃いに切り落とされ、機械仕掛けの人形のように壊れたヴァニタスのもとへ、黒い翼を広げた悪魔が降りていた。
「おやぁ…… 綺麗な悪魔だねぇ♪」
 対峙していたら、どうなっていただろう。
 口笛を吹くようにジェラルドが言う。
「命は、大事にするものだ。……もちろん、覚悟を決めることも必要だが」
 大切な髪飾りに触れ、アナスタシアは退路へ向き直った。
 生きる。生きている。生きていく。第一条件は、それだ。
(好機―― 再び、来るでしょうか)
 ナタリアは、天上の月を見た。
 シンと凍えるような冷たさで、月は撃退士達を見降ろしていた。




依頼結果