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赤に黄色の落ち葉を踏みしめ、一行は山の麓にある料亭に入った。
入口には『歓迎・久遠ヶ原学園撃退士御一行様』と書かれたボードが立て掛けられてある。
他の団体客は3組。
この時期、この立地に、確かにそれは寂しいように思えた。
歴史ある風格漂う建物に、犬乃 さんぽ(
ja1272)は青い瞳をキラキラと輝かせていた。
「うわぁ、由緒ある日本文化、だね! ニンジャの衣装も、雰囲気にバッチリだね!!」
自慢の忍装束――セーラー服カスタムの裾を翻し、出迎えた仲居へ笑顔を向ける。
「あっ、お荷物は私が―― あ、いえ、えぇと……お願いいたします」
メイド服に身を包む氷雨 静(
ja4221)は、もてなされる側に戸惑いつつ、用意していた具材を預けた。
「被害も落ち着いたんだし、また賑わって欲しいわねえ」
ロングコートにサングラスでボディガード然とスタイルを決めていた八代 蝶治(
jb1846)だが、口を開いた瞬間にオネェ系暴露。
仲居の動揺も意に介さず、『よろしくネ』と持参の品を手渡す。
秋物の和服に身を包む宇加美 煉(
jb1372)は、たわわな実りの乳のおかげで収まりのよろしくない袷目を特に隠すでなく、仲居達の方が目のやり場に困っていた。
「今夜は飲むぜ……豆乳だけどな」
はっ! 前髪をかき上げ、赤坂 白秋(
ja7030)はワイルドに言ってのけるが台詞は平和。
「今日は、どうぞよろしくお願いします」
外見でいえば最年少に思える字見 与一(
ja6541) が、丁寧にお辞儀をし、最後に予約の部屋へと入った。
「それでは皆様、今日はごゆるりと……」
話し声が漏れやすいようにと、ほんの少しだけ襖を開けたまま、仲居は個室を後にした。
●白い闇
6人の前に、白い土鍋が湯気を上げて鎮座している。
「寒くなってきて、お鍋も食べたかったところよ〜」
「この季節に鍋を、しかも依頼で食べられるとは……。いやはや、ありがたいことです」
うっとりする蝶治へ、与一も深々と頷く。
「食うぜ! 食うぜ! そして食うぜえええええ!」
意気込み、白秋がさっそく手を伸ばす。
「いけません!!」
静が制す、それも間に合わず――
アツアツの蓋に直接触れ、白秋は声にならぬ叫びを上げて転げ回った。
「こちらに濡れ布巾が…… 仲居さんも声を掛けてくださっていましたのに……」
「ソ、ソウダッケ」
「えぇっと、救急箱はこちらに……」
「じゃ、ボク、蓋あけちゃうねー♪」
「「白い」」
御開帳、鍋を前にして異口同音に響いた。
「お鍋で豆腐は初めてだけど、そっか、これが豆腐鍋なんだ〜」
「いえ、これはどちらかというと豆乳鍋……ですね」
「おう! 俺の持ってきた具材がメインか! やったな!!」
お応急手当てを終えた静が鍋を覗く、白秋が派手なアクションで喜ぶ、全員の視線が白秋へ注がれる。
「え なに? なんかあったか?」
「……具材がぁ」
「闇鍋ならぬ…… 霧鍋でしょうか」
戸惑う煉。与一は神妙な面持ちで現状を称する。
『お好きな具材を一品、お持ちください』
白秋の持ち込んだ『豆乳』により、鍋の中は白い闇に覆われることとなった。
●豆腐メンタル
「みんなは、どんな具を持ってきたのかな? 楽しみだねっ」
さんぽが希望に満ちた笑顔を浮かべる。
(自分の具材は大丈夫、自分は大丈夫……)
誰もが思い、そして鍋の中を覗いては溜息をついた。
「ボクの国では豆腐が無かったから、父様の国に来て初めて食べて、すっかり気に入っちゃったんだ……。
ヘルシーだし、色んなソース付けても美味しいよね。でも、鍋に入れたり焼いても合うんだ、ボク、知らなかった」
『豆乳』とは何か? それも静に教えてもらい、さんぽはホクホクである。
「それじゃ、いただきます! ――わっ、あつっ!」
礼儀正しく手を合わせ、それから白濁した鍋の中へと箸を差し入れ――
「んっ、おいしい! これはチキンだね、ボクもわかるよ!」
「あぁ、それは私の持ち込みですねぇ。鍋はやっぱりお肉が必要な気がするのです。お味はいかがでしょ?」
「おいしいよっ へぇええ、出汁と豆乳で、こんな風に変わるんだぁ」
「泥鰌豆腐もやってみたかったのですけどねぇ」
「どじょう??」
煉が含みのある笑いを見せると、知識のある数人が顔をそむけて噴きだした。
生きたドジョウを豆腐と一緒に自ら鍋に入れ、温度が上がると熱から逃げようとしたドジョウが豆腐の中に逃げ込み以下略――幻の料理である。
(ドジョウ…… いえいえ、まさか)
努めて平静を装い、静は具材を掬いあげる。
口へ運び、その触感に言葉を失う。
つるりと下に滑る、程よい長さのこれは――!!
「私が持参した……シメジです」
なんとも言えぬ、敗北感である。
せっかくの具材持ちより鍋なのに!
そして、さっきの今の会話で、あらぬ勘違いを!
「ふ…… ふふ…… 豆腐メンタル……いいではありませんか。豆腐メンタルでも十分、撃退士としてやっていけます」
よろめいたあと、何かのスイッチが入る。
「私もかつて豆腐メンタルでした。……いえ、今でも普段はそうかもしれません。
でも天魔と戦う撃退士は豆腐メンタルのままでは立ち行きません。
人の生死、天魔や人との戦闘、――いずれも強い精神力が求められます」
アツアツのシメジを食べた後、静は鍋の中央で震える木綿豆腐を上品に取り分ける。
「私も散々悩みましたが、ある先輩撃退士がこう仰いました。
――半端に冷たいのではなくいっそ凍らせてしまえば揺るがないだろうと。
確かにそうだと思いました。ただの冷たい豆腐はふるふると揺らぎますが、凍った豆腐は揺らぎません。
それ以来、私は天魔や人との戦いにおいては表面上はどうあれ、心を凍らせて臨む事にしております……」
じ。熱い豆腐を見つめ、口に運び――その瑞々しさに目を閉じてから、言葉を続ける。
「いえ、何も豆腐メンタル自体が悪いものだとは思っていないのです。人の心の機微に敏感であるという長所でもあると存じます。
人の悩みに関する依頼、いわゆる学園系の依頼にあたる際は豆腐メンタルであることは武器であるとすら存じます。
もちろん、ただ弱いだけではいけませんけれどね……。私にお話できるのは、これくらいでしょうか」
●センチメンタル
静の語りを聞き終えた蝶治が、素直に手を叩いた。
「あたし、まだ学園で依頼として受けたことはないの。撃退士としてはひよっこよ」
ここじゃ、大きな声で言えないんだけど。そう前置きして、静に伝える。
「この学園に来るまでロスで働いてたんだけど、天魔が急に現れたり、危ない目には何度かあったわ。そこを助けてくれたのは撃退士だった」
たくさんの思いを抱いて、戦ってるのね――
静の、葛藤を交えた話に、蝶治は深い感慨を抱く。
「以前受けた依頼では、チームとしての統率が取れずに失敗してしまったことがありますね……。
悔しい思いをしましたが、良い経験にもなりました」
与一が、静の告白に背を押された形で、話しにくかったことを切り出す。
「正直なところ、ボクは編入当初は撃退士としてまともに活動する気は無かったんです。
ですが、好奇心から受けてみた依頼で辛酸を舐めさせられまして……、そこから進んで依頼を受けるようになりました。
良いことも悪いことも沢山ありましたが……少なくとも今は、撃退士として活動できて、誰かの力になれることを誇らしくも思いますね」
その口元には、うっすらと笑みが浮かんでいる。苦しさを乗り越えた証の強さだ。
「……自分にも撃退士の素質があると分かったときには嬉しかったわぁ。これから。これからなのね……」
そして、自分もと蝶治が鍋の具材を掬いあげた。
同じタイミングで、煉、白秋もそれぞれの取り皿に……
「あら」
「あァ」
「白菜とゴボウ……セーフってところねぇ」
煉がご機嫌で口に運ぶ、傍らで蝶治が苦く笑っていた。持参品自爆、第二号である。
「お鍋の定番、白菜は、味がしみると美味しいのよねえ。ゴボウは繊維質で栄養もたっぷりだし、入れるとぐっと美味しくなるでしょ?」
ちょっと刺激的な出会いをしたかったわ、そんなことも呟きつつ、蝶治は料亭自慢の豆腐も皿に取った。
「んー! 美味しい! お豆腐は美容にはもってこいの食材ね!
ローカロリーで植物性のたんぱく質をとれるんだもの。ダイエットにいいのはもちろんでしょ、しかもビタミンもとれて美肌効果まであるわ」
豆乳と一緒に頂いてしまうというのは非常に贅沢かも。
蝶治は前向きに切り替え、豆腐の思い出を語りに入る。
「あたしのおばあちゃんちの方は、お豆腐屋さんが毎日ラッパを吹いて、お豆腐を売りに来てたのよ。
手作業で丁寧に作ったお豆腐の味は、あたしにとってふるさとの味ねえ……」
●伝説各種
「木綿豆腐に木綿は使うのですがぁ……絹ごし豆腐に絹は使わないとかぁ」
手作りの豆腐、という話題になったところで、白菜をハフハフしていた煉が会話に加わった。
「豆腐、かァ……」
ゴボウを飲み下した白秋が、中央の豆腐に手をつける。
「うッ……!?」
豆腐の角でも喉に詰まらせたかと、幾人かが白秋に視線をやった。
「――美味い! 素朴ながら奥深い豆腐本来の旨みに、仄かに染み込んだダシが舌に心地よくも、同時に豆腐の味を何倍にも引き立てている……ッ!」
顔面汗だく、箸ガタガタ。
「シェフを呼べぇえええ!」
「豆腐の角に頭ぶつけて死ぬためには豆腐が空気抵抗で砕けるほどの速度が必要とかぁ ……今の赤坂さんならイケそうですねぇ」
煉が、天然全開の笑顔で述べる。
「……い、勢いってやつだよ。美味いよな、ここの豆腐……」
意味を変えた額の汗を拭いつつ、白秋は姿勢をただす。
「豆腐というのに腐っていないわけですがぁ。実は発酵させた食品もあってぇ、臭豆腐とか腐乳とか言うらしいのですがぁ……かなり臭うようですねぇ」
豆腐にガツガツ行く白秋を笑顔で見やりながら、煉が話を続ける。
「実はここにぃ……」
そっ、と白秋の隣に滑るように近寄る。その手には木箱。
「っ!? 宇加美、まさかっ!!」
「――入ってたら、凄いですよねぇ」
鶏肉、追加はいりまーす。悪びれず、煉は箱の中身を投入していった。
天然か、計算か。いずれにせよ、おそるべし。
「私は実はまだお仕事したことないのですよねぇ。と言うわけで、経験談など聞かせていただけたら幸いだと思うのですよぉ」
にっこり。
顔面汗だくの白秋へ、煉はそう言った。
次の具材を求めた白秋が掬い上げたのは――
「こっ、コレは、あの伝説の――」
「嬉しいっ ボクの用意したものだよ。秋と言ったらキノコ、キノコといったら日本じゃあ松茸って聞いたから、3000久遠分の松茸を用意したんだ♪」
「「松茸!!?」」
さんぽの一言に、場が騒然となる。
「日本産高いって聞いてたから買えないと思ったけど……。この、ナカコク産松茸なら、結構一杯買えたんだ♪」
「「あぁ……」」
さんぽは悪くない。何一つとして、悪くない。
「ボク、父様の国の平和を護りたくて、久遠ヶ原に来たんだけど。
今までもニンジャの力を駆使して、遊園地やデパートの平和守ったり、おっきな蟹や竜を退治したりしたんだよ……!
こうやって人々の笑顔を守って、みんなが笑って暮らせる平和な世界に出来たらなって」
「蟹……ですかぁ」
「鍋に欲しいところだったな」
敵としてのビジョンが浮かばない煉に対し、具材として明確なビジョンを描いた白秋が応じる。
「ってか、これ普通に美味いわ」
ナカコク産松茸を喰らいつつ、豆乳スープも飲み。
「何時からかは分からねえ。由来も今となっては謎だ」
満足げな白秋が、ゆっくり語りだす。
「気付いたら…… 本当にそう、いつの間にかだ……。学内でのあだ名がな。……豆腐、になっててな……」
メンタルどころの話では無かった。
「赤坂先輩〜、とか、白秋さん〜、とか呼んでくれてた可愛い後輩達も、いつからか、豆腐先輩〜、なんて呼びだしてな……!」
箸を握る白秋の手が震える。
「今となっては『こんにちは、豆腐先輩』なんて挨拶と共に無意味に足蹴にされる舐められっぷりだ!
舐めんなコラアアアアア! お前ら豆腐どんだけ美味いと思ってんだ! 美味すぎて口から宇宙とか飛び出るぞマジで! あと俺は豆腐じゃねえ、人間です!」
「……お、落ち着いてください、豆腐先輩。――この豆乳って、アルコール入っていませんよ、ね」
「ノンアルよねぇ」
吠える白秋をなだめながら、静と煉が顔を見合わせ、困った表情をする。
「まま、豆乳どーぞ、先輩」
「やっぱよー豆腐ってよーマジよー豆腐じゃね? わっははははは!」
なぜか徳利に入れられていた豆乳を、煉がお猪口に注いでやる。慣れたお酌の手つきだ。
「……」
「自爆ですか」
静の推察に、与一が無言でうなずいた。
驚異の自爆率。
「近所のスーパーで購入した白ネギと鳥団子でしたが…… あ、余った久遠で七味唐辛子や柚子胡椒など薬味も揃えておいたので、こちらは皆さんで」
豆腐もたくさんよそって、与一はホカホカの鍋に眼鏡を曇らせる。
「……豆腐といえば、世の中には縄で縛って持ち運べるくらい硬い豆腐があるらしいですねぇ。
濃い豆乳や海水などを用いて作るそうですが……。どんな風に食べるんでしょうね?」
「まぁ。それは是非とも調べておきたいですね。メイドの血が騒ぎます」
静は思わずメモを取り出し、走り書きをした。
「湯豆腐も良いですが、ボクはやはり麻婆豆腐が好きですねぇ。皆さんはどんなものがお好きですか?」
「あっ、はいはーい! ボクはねぇ!」
与一の問いかけを皮切りに、鍋の場が再び温まり始める。
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初対面、初依頼、微かな緊張も、暖かな鍋が溶かしてゆく。
明るく楽しく美味しい豆腐を話題に、撃退士達は帰りの時間が来るその時まで、笑い声を絶やすことなく忘れかけの任務を遂行していった。