●始まりの場所
陰鬱とした曇天模様。
『いかにも』な空気を纏う荒廃した道路。
野鳥が羽ばたき、木々を揺らす。
転移装置で飛ばされた地点から小競り合いを続け、ようやく到着した古虎渓の廃墟で掃討戦が展開されていた。
「っせぇえええい!」
昂式 玖真(
ja1383)はアンデッド・シーフへ豪快に斬りかかり、斧を掴んだままの腕を遠方へと吹きとばす。
「ダメダメ、拾わせないよー」
玖真の一撃で吹き飛ばされた腕を、来崎 麻夜(
jb0905)が銃撃で更に遠方へ――
その横を、簾 筱慧(
ja8654)がすり抜ける。
「一気に畳みかけないと、面倒だね」
筱慧が動きで低知能のアンデッド・シーフを撹乱し、
「狂い咲け、魔なる夜の如く……」
闇の力を腕に纏った麻夜が、攻撃範囲を見極めてダーク・ブロウを放つ!
「ここで、しっかり殲滅するぞ!」
縮地を発動させ群れへ飛びこみ、デーモンバットを発勁で撃ち抜きながら凪澤 小紅(
ja0266)が叫ぶ。
「ゴミ処理係は、何処へ行ってもゴミ処理――か」
結合を繰り返し、路傍の木の枝などわけのわからぬものまで取り込んでいる屍者を、皇 夜空(
ja7624)が鋼糸で切り刻んだ。
どこが弱点かなど―― 関係無いくらいに。
「Hey,Let’s go!」
戦況全体を視野に収めながら援護射撃をしていた常木 黎(
ja0718)が、玖真への援護射撃とともにサインを送る。
「――スレイプニル。好きに暴れてこい」
乾 王牙(
jb1577)の高速召喚術によって、蒼煙を纏いし召喚獣が現れた。
騒然とする場に咆哮一つ。召喚者・王牙に応え、屍者の群れへとなだれ込むように突っ込んでゆく!
「……今の俺では、高さはどうしようもないか」
頭上から襲いかかろうとしてきたデーモンバットが黎の弾幕で撃ち落とされるのを見て、玖真は剣を握り直した。
敵としては、決して強い部類ではない。しかし数が酷かった。
20から先は数えていない。
「こう定番だと、腐臭にも慣れちゃうわね」
黎は肩をすくめる。
もぬけの殻となった廃墟内に乗り込んだところ、小紅は酒瓶の転がるテーブルの上に書き置きと車のキーを見つけた。
今回の依頼を持ちこんだ、野崎からの伝言だ。
自分たちが依頼を終える頃、例の変態――違う、加藤なる撃退士が入れ替わりで市街へ訪れる手配となっているという。
「撃退士グループに言いたいことは山とあるが…… 自分の役目を果たすことが第一、か」
「まったく、悪い人たちもいるもんだねぇ」
荒れ果てたアジト内を見渡し、麻夜が他人事の声で肩をすくめる。
「意外と薄給だからねぇ、気持ちは分るよ」
「え、そうなのか?」
「だからって、やっていいコト・悪いコトはあるさ……」
今回が初めての依頼で緊張していた玖真が、黎の言葉に翻弄される。
「力無き者を守る…… そこに如何なる障害があろうとも、私が為すべき事はそれのみだ」
サー・アーノルド(
ja7315)は、戸惑う玖真へ、そう語りかけた。
「お疲れさん、ヒリュウ。次も頼むぞ」
アジト周辺の天魔探索をヒリュウ召喚で行なっていた王牙が、異変なしとの報告を持って戻ってきた。
「車は―― それがキーか」
小紅から鍵を受け取り、王牙は市街へ向かうべく皆を促す。
「助手席、もらっていい? 走行中も外の視界は確保しておきたくてね」
黎が王牙に並び進んだ。
●陶都にて
「私達は学園の依頼で古虎渓のディアボロ討伐に来ました」
書き起きによる野崎からの指示で着いたのは、観光センターと思しき建物。対応した男性へ小紅が自己紹介をする。
「ここに来るまでに可能な限り倒しましたが、総数が不明なため油断ができません。
しばらく、街の護衛のため滞在させていただきたいのですが。その間、お手伝いできる事があれば、何でも言ってください」
「話は、聞いてます…… そう、君達が……」
年齢のバラバラな一行を値踏みするような、警戒するような眼差しを向け、壮年の男性が宿泊先などの簡易地図を手渡す。
(堅苦しい……くらいで、丁度よかったか)
街へ出てから、小紅は息を吐いた。
今からこれでは、先が危ぶまれる。
ひとまず、修繕依頼の出ている町屋ストリートへと向かった。
今日はもう遅いけれど、顔通しをして明日に備えるのが良いと判断してのことだ。
「土地に根付いた文化や技術って、いいものだね……」
戦国時代の名残であるという商家や蔵をショップとして、また町並みに合わせた建築様式でギャラリーや喫茶店なども立ち並んでいる。
筱慧は、美しい陶器を見かけるたびに足を留めた。
そうして開業している店はごくわずかで、天魔に襲われたか――あるいは『それを退治する目的で』破壊されたのか、悲惨な爪跡を残す建物も多い。
「市街護衛もだけど…… 修繕には、骨が折れそうだな」
玖真が率直な感想を口にした。
『撃退士……?』
名乗りに振りかえる住民たちの眼差し。
縋るしかなく、しかしそのためにあらゆるものを踏みにじられてきた。
アーノルドが、努めて紳士的に降るまい事情を説明する間も、常に疑念の視線が四方八方から浴びせられる。
――今度は、何を企んでいるのか。
視線たちは、そう告げていた。
●出会いと修復
依頼、二日目。
初日の夜も疲れはあったが交代で市街地の警護を行ない、特にトラブルもなく朝を迎えることが出来た。
時間をかけて、古虎渓の段階で掃討したのが功を奏したのだろう。
夜間に護衛をしていたメンバーはひとまず休息し、残りは町屋へと向かった。
「不器用くらい、自覚しています……。俺は市街警護に巡回しているから、何かあったら」
「ん、了解。どっちもがんばろうね、皇さん」
麻夜と玖真は、建物修繕。
夜空が市街警護、筱慧は職人たちとの接触を選んだ。
曇天に、涼やかな風が吹き抜ける。
瓦礫の撤去を進めながら、玖真は額の汗を拭った。
半壊の建物、ようやく見えてきた内部には生活の匂いが残っている。
話によれば、元の住人は地区内の親戚の家で暮らしているということだ。
「あ……」
カラン、石が転がる音。
殺気が無いから気づくのが遅れた。
子供の声に、玖真が振り向く。
「お、おにいちゃん、『げきたいし』?」
「そうだよ。……君は、この家の子?」
作業の手を止め、玖真が身をかがめる。少女に視線を合わせる。
小学校に入ったばかり、くらいだろうか?
髪を二つに結わえた少女は、素直に頷く。
「『げきたいし』のひとが来たら、危ないからお外に出ちゃダメって、いわれてたの。
でも、昨日来た『げきたいし』のひとは、いつもとちがうって、お父さん、いってたの。だから」
(酷い言われようだな――)
「うん。もう大丈夫…… お兄ちゃん達が、守るから」
「あっ、あのね!」
「ん?」
「おうちにね、忘れ物してたの。宝物なの…… はいっても、いいですか?」
「もちろん。君のお家だ。ただ、足元が危ないから……俺も一緒にいこう」
「はい!」
玖真は少女の手を取り、建物の崩れに気をつけながら中へと入って行った。
「ねえちゃん、筋がいいな!?」
「工芸も芸術のひとつだしね」
体験工房へ参加した筱慧は、職人の手ほどきを受けながら意外な才を発揮していた。
興味を持って臨んでいることもあるのだろう、物覚えが早い。
舞台慣れしているから『全体のイメージ』を抱いて形にすることに長けている。
冷やかしだったら泣かせてやろう、くらいの対応だった職人たちが、どんどん表情を変えていった。
「芸術ねぇ、若いのに言うねぇ」
「得意なのは舞踊なの。仮設の舞台とかないかな?」
「舞ときたか!」
筱慧の吹き込む風は新しく、暗い話題しかなかった工房に火を灯した。
「俺たちは、限られた状況で焼き物をやってる。舞台なんかなくたって、ねえちゃんも踊ってみてくんねぇかな」
「いいの? だったら、よろこんで!」
打てば響く。真っ直ぐに接すれば、真っ直ぐに返してくれる。
懐に飛び込めば、気の良い職人たちだった。その真っ直ぐさが、この街を支えている。
(かわいい女の子とお知り合いになりたかったけど…… これはこれで楽しいかな)
自分の踊りも、楽しんでもらえるといい。筱慧はそう考えながら再び手元に集中した。
「昼だぞーー」
夜番で休息していた王牙が、起床と共に町屋の一つで厨房を借り、食事の準備をしていた。
宛がわれているホテルで食事を摂ることも可能だが、敢えてこの町屋で顔を合わせてという形を選んだ。
「人と仲良くなるには食卓を囲んだ時と相場が決まっている」
「……まぁね」
否定はしない。苦手だけれど。
黎も鼻を鳴らし、王牙を手伝った。
任務内容は理解している。
「戦闘をするよりは、やはりこっちのほうがいいな……」
王牙の手料理を胃袋に収めながら、肉体労働の疲れを落すのは玖真。
隣には、先ほどの少女がチョコンと座っている。
向かい側の小紅の膝には、野犬――が飼い馴らされたものがチョコンと座っていた。
「危険と名付け、排除するだけでは解決しないことも――」
「凪澤さん、お好きなんですねぇ、動物……」
「寮で……鶏とうずらを育てているんだ」
麻夜に感知され、渋々と小紅が告げる。
野犬とはいえ、すぐに小紅に馴れたところを見れば、きっともとは飼い犬だ。
それを『危険』と切り捨てることなどできない。
――そんな、麻夜と小紅のやり取りを聞いていた住民の一人が、耐えきれずに笑いをこぼした。
「ごめんなさいね…… ふふ、撃退士っていうから…… けど、お嬢ちゃん達は……お嬢ちゃんなのよね」
ちょうど、自分たちの母親くらいの年ごろだろうか?
笑う、女性の眼もとには涙が浮かんでいる。
「ずぅっと、このままなのだと思っていたの…… 奪われるばかりで、でも手放せないばかりで」
何かにしがみついて生きることは辛い。けれど放すことはできない。
目先の小さな希望に縋るしかない―― ずっと、そうして暮らしていくのだとばかり。
夜空が笑みを浮かべ、元気づけるようにその背を叩いてやる。さながら聖職者のように。
「私、今、踊る。手拍子をお願い」
「えっ!?」
「そういう気分なの」
おもむろに立ち上がる筱慧へ、事情を知る職人勢がやんやと手を鳴らす。
舞台じゃなくても。音楽じゃなくても。
表現したいものがある、気持ちがある。
今は、それで十分――それが、大事。
●夜を乱す
「暗がりや夜は僕の領分だー」
昼間よりも、活発に麻夜が動く。
日中は修繕、夜は護衛。
わずか3日といえど、神経の張り詰め通しはなかなか厳しい。
(大丈夫、しっかりやればわかってくれる……)
麻夜と並ぶ小紅の隣には、昼間の犬がついて歩いている。一丁前に、小紅のボディガード気取りだ。
「賢い子だね、お前は」
同様の動物達が、まだまだいることは想像できた。
そちらのフォローも必要に思う。彼らはもともと、人間のパートナーとして暮らしてきたのだから。
「――あらら、なんとも間が悪いね」
静かな闇に、響く羽音。麻夜が足を止め、小紅は唸る犬を制した。
他方。
「This is Bravo over.どったの?」
黎が、ハンズフリーにしていた携帯で小紅からの報告を受ける。
「住民の祈りに、応えねばなるまい」
「そうね。腐ったモノは、持ち込みたくないわ」
デーモンバットの飛来を確認したとの報告に、通話を聞いていたアーノルドも戦闘態勢に入る。
黎は手早く、ホテルで仮眠をとっているメンバーへ連絡をつけた。
●会うは別れの始まりと
依頼三日目。
今日の作業を終えれば、明朝には街を発つこととなる。
昨夜舞い込んだデーモンバットの群れは残党程度で、町並みに損壊を与えることはなかった。
「……皇さん、大丈夫なのか?」
「ゴミ処理屋は伊達ではありません。28時間戦えます」
明け方まで動哨を担当していた夜空が朝から市街警護に当たると聞いて、王牙は目を見開く。
「今日で最後か…… 何が出来るかな」
顎の下で指を組み、小紅も思案する。
3日。依頼として提示された時は長いと感じたけれど、街の立て直しに携わるには短い時間だ。
(信頼は勝ち取るものじゃなくって、自分の取った行動のおまけでしかない、よな……)
家族写真を宝物と呼んで胸に抱いていた少女を、玖真は思い出す。
詳しくは聞かなかったが恐らく『家族全員』が映った唯一の物なのだろう。
昨夜の敵襲は大きな騒ぎとならなかったはずだが、街の人々の知るところであった。
修復作業中の差し入れ、工芸体験への誘いなども暖かく接してくれるようになった。
(仕事……だから、な)
力仕事を手伝いながら、小紅は心の中で線を引こうとする。
情に流されそうになる。
それは、相手も同じことであろう。
ならず者とはいえ、直近で控えていた撃退士がいなくなり、久遠ヶ原からの撃退士も居なくなる。
不安から、引きとめたいと気持ちが動くことは想像に易い。
(けど、信頼が依存に変わってはいけない……)
そのまま明日も来るような、自然な流れで一日が終わろうとしていた。
王牙が支度を手伝い、夜も町屋の一つを借りて大勢での食事となった。
久遠ヶ原の撃退士としての働きを話したり、住民たちの日々の暮らしを耳にした。
街の歴史を聞いた。天魔被害を理由に街を放り出すつもりはないのだということも聞いた。
「たぶんね。吹っ掛けフリーランスより、学園へコールした方が安くて的確ですよ」
建物の修繕だってするし。
冗談めかした黎の言葉に、笑いが起きた。
●
たった3日の滞在期間で、自分たちはこの街に何を残せただろう?
王牙の運転する車が、多治見の街からどんどん離れてゆく。
多治見。陶器の街。幾度崩れても立ち直る、職人たちの住まう街。
「心霊スポット…… なぁんにもなかったね」
「現実なんて、そんなものさ。コワイのは、むしろ――」
麻夜の言葉に、黎は皮肉な笑みを浮かべた。
真に怖いのは、人の強さと弱さ。
何度でも立ち上がる強さに付け込むあくどさ。
「出来る限りは果たしました。あとは……祈るくらいしか、できませんね」
車のウィンドウから、夜空の言葉が流れて消えて行った。