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カフェの二階を貸し切りに、オーブンなどの機器類は一階の調理場で。
プロの現場で使われる道具、材料。
知っている参加者も居れば、初めて目の当たりにする参加者も居る。
好奇心旺盛な人柄であるオーナーが、自由な創作を見守ること告げ、イベントは始まった。
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黒崎 ルイ(
ja6737)は、ガチでお菓子を作れると聞いて密やかに燃えていた。
清潔感のある白いエプロンを身につけ、開始と同時に迷うことなく材料選びに入る。
メインはブドウ、けれどホールのアーモンドも重要なポジション。
「ルイちゃん、何から手伝えばいい?」
「……これ、10ぷんかん……ロースト してきて、ほしい……」
「オッケー!」
アーモンドを広げられた天板を受け取り、森田 良助(
ja9460)は階下のオーブンへと向かった。
(……たのんで、よかった)
ルイは会話が苦手だけれど、サポートの良助のおかげで緊張が幾分か和らいでいる。
美味しいお菓子を作ろう。
そのためには、自分だって楽しい気分じゃないと。
ローストしたてのアーモンドを粉末状にして作る、ブドウのアーモンドケーキ。
豊かな香りと焼き色を、今からしっかり思い描く。
アーモンドがローストされるまでの間に、ルイは下準備に取り掛かった。
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「カフェなら、ケーキの類は多いだろうな」
神楽坂 紫苑(
ja0526)がメインで作りたいメニューは、2品。
といって、お行儀よく一品ずつ作るのも時間が惜しい。
紫苑は器用さを活かし、同時進行を開始することとした。
「さぁって、始めますか」
リンゴの皮を剥き、小さく切ってジューサーにかける。
贅沢なリンゴジュースは甘く煮たクルミとチェンジして火にかけ、沸騰直前でアップルティーのティーバッグを入れ、蓋をして蒸らす。
豆を煮込む時間を利用し、リンゴメニューの仕上げに入った。
もう一方のコンロへ、牛乳の入った片手鍋を火にかける。一緒に浸していたゼラチンと砂糖さえ融けてしまえば充分。
リキュール類を加え、ゆっくりとまぜあわせる。
おおまかに熱が取れたところで、紅茶液を加えてゆく。
「これくらいかな」
鍋を水にあてて冷やしながら、とろみがついてきたところで紫苑は用意しておいた容器へと注ぎ、それらを冷蔵庫の一段へ収めた。
あとは他の作業を終える頃に、リンゴのプリンは美味しく固まっているはずだ。
「蒸し上がりましたよーー」
そこに階下から、セイロを抱えて良助が紫苑の作業台へやってきた。
もち粉を使った生地を、先に階下の大きなガス台を借りて業務用サイズのセイロを使って蒸していたのだ。
基本的にルイのサポートとして参加している良助だが、何くれとなく周囲全体のフォローをしてくれている。
「手伝いますよっ」
「助かる」
つまみ食いOKを伝え、紫苑と良助は生地が冷めきらないうちに、寒天を絡めた大納言とクルミを包んでいった。
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「もらってきちゃった」
おすそわけの餅を手に、良助はルイのもとへ戻ってきた。
こちらは、バターと卵が分離しないよう、丁寧に混ぜ込みを終えたところ。
ここが上手く行けば、8割成功と考えて問題ない。
アーモンドの粉末までは生地をしっかり練り合わせ、最後の小麦粉は切るようにサクサク混ぜる。慣れた手つきだ。
「後は、オーブン?」
「……ルイも……行く」
焼き上がりは、この目でしっかり見極めないと。
タルト型へ流し込まれた生地に仕上げのブドウを見目も綺麗に並べると、ルイは良助とともにオーブンのある階下へと向かう。
紫苑に分けてもらったおもちを二人で食べながら、ケーキの焼き上がりをそっと見守った。
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(新メニュー作りという名目で試作品作りまくり、ですか……素敵ですね)
村上 友里恵(
ja7260)は胸の前で両手を組んだ。
「私はお菓子作りは門外漢なので、練習を兼ねて簡単な物から……」
初心者向けのお菓子作りの本を、学園の図書室で借りてある。
――まずはバニラアイスに、ドライフルーツ各種を載せて、豪華アイスを!
「これは商品になりませんね…… 自分で食べておくのです」
せめて湯通ししてリキュールに一週間漬けこむとか、そういったものであればよかったかもしれない。
――次はメロンソーダにバニラアイスを乗せて、その上に美味しそうなチョコやクッキーやフルーツを盛り付け、超高層チョコパフェ!
「……と、とりあえずこれも自分で食べておきますね」
土台がメロンソーダなので、不安定極まりない。早く食べないと融けて崩れてしまう!!
(約30分経過)
「普通にいちごケーキに挑戦してみましょう……」
なぜか非常に満足そうな笑顔の友里恵。
バニラアイスも抹茶アイスも美味しかったです。
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近衛 薫(
ja0420)は用意した材料を前に意気込む。
ひとに明かせない事情を抱える薫だが、今回は純粋に自分の能力を発揮できる舞台。
誰に気兼ねすることもない。
黒ブドウを使い、ソース作りから始まる。
贅沢にたっぷりと鍋に入れた果実は、種と皮が分裂する頃に芳醇な香りを放ち始める。
「流石、旬ですね……」
薫は心を躍らせながら、それらを漉して、ソース用とジャム用とに分ける。
作るのは、ブドウのレアチーズタルト。
「ブドウもベリーの一種ですしね、店にも合うんじゃないのでしょうか?」
なんたって、カフェ・ベリーベリー。秋のベリーは、これであろう。
ベースのレアチーズタルトを冷やし固める前に一工夫。ソースで表面にハート模様を描く。
(美味しくなぁれ……っと)
おまじないも、忘れない。
「時間には余裕がありますね……。スコーンも焼いてみましょうか」
ブドウジャムも使えるし、塩味を効かせれば甘いものだらけのテーブルにアクセントとなるだろう。
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味だけでなく、見かけも素敵で香りも秋なケーキを。
氷雨 静(
ja4221)の中で、イメージは固まっていた。
主な材料はカフェ側で用意してくれるということだけれど、マロンペーストやごま油、小麦粉などはこだわり素材を持ち込みで。
作るのは、一見シンプルなシフォンケーキ。
――しかし、そこには静の思い入れがふんだんに散りばめられている。
マロンペーストを抱きこんだ卵黄生地、艶やかなメレンゲ。
卵を主体に、こんなに表情が変わるのは、魔法の一言だろう。
そして、どっしりとした卵黄生地へフワフワつやつやのメレンゲを加えてゆく。
泡を潰さないよう、けれど分かたれた卵黄と卵白がが再び結び付きあうよう。
「運んでおきますよ。余熱してたの、中段でしたよね」
「ありがとうございます」
良助が、生地を流し込んだシフォン型を受け取った。気づけばどこかで誰かの足りない手を補う良助である。
静は、シフォンのデコレーション用のシュクレ・フィレ――糸飴細工に取り掛かった。
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(今回は勝つ気でいきます)
ぐぐっと両手を握る、純白のエリクシア(
jb0749)。
カフェの秋メニュー開発。
『何かを作る』それはエリクシアの心を駆り立てるに十分足る要因だ。
「オーソドックスでは、ありますが」
アーモンドの風味豊かなタルトを。
タルト生地自体から作ろうとすると、それだけで一日がかりとなる。
そこは、カフェで使っているものを分けてもらうことにした。
タルト型へ敷き詰め、生地を休ませている間に、リンゴと洋梨のコンポートを作る。
バターが常温へ戻ったところで、クレーム・ダマンド――アーモンドクリーム作成に取り掛かった。
ポイントは、そこへカスタードクリームを混ぜ込むこと。
そうすると、『クレーム・フランジパーヌ』と名称が変わる。
材料の変化も魔法のようだけど、こうして名前が変わってゆくのも、洋菓子の魔法だ。
絞り袋を使い、タルト型にクリームを敷いてゆく。
飾りに、薄切りにしたリンゴと洋梨のコンポートを。
「あとは、焼き上がったら仕上げを」
オーブンを閉め、しばしの間見守ってから、エリクシアは作業場へ戻る。
(そういえば、唯さんという方がお誕生日をお迎えするとか……)
「折角コンポートを作りましたし……シロップと果実を使って一品、ゼリーあたりを作ってみましょうか」
試食会の時に、そっと祝おう。
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「キラ姉、こっちOKだよ〜〜」
「おっ、ありがとう、妹よ♪」
カスタードクリームを炊いていた雨宮 祈羅(
ja7600)は、笑顔で振り向く。
サポートを頼んでいた木ノ宮 幸穂(
ja4004)が、階下のオーブンより狐色に焼き上がったパイ生地を持ってきたのだ。
「冷めないとクリーム乗せられないから、とりあえずそっちのラックにお願いね」
「はーい」
「かぼちゃとサツマイモは、どうだろ」
「あっ、見てくる!」
パタパタと走り回る幸穂の背を、祈羅は幸せそうに見守った。
不意に舞い込んだイベントだったけれど、日頃から妹として可愛がっている幸穂と一緒に参加することが出来て嬉しい。
「幸穂ちゃんは、さつまいもの裏ごし頼むよ。うちはかぼちゃのプリンに取り掛かるっ やけどしないでね♪」
ほこほこ蒸し上がった、かぼちゃとサツマイモ。そのまま食べたい衝動を抑え、二人は熱い熱いと笑いながら格闘する。
「すごいね、フードプロセッサーでなんでもできちゃうんだ」
カスタードクリームの下準備に続き、かぼちゃプリンにも応用するのを見て、幸穂が関心する。
皮を外したかぼちゃ、牛乳と砂糖を加えて処理してしまえば裏漉しの手間がない。
卵と生クリームを混ぜ合わせた生地へ加え、そこで漉してからココット型へ。
「これはオーブンで蒸し焼きしてー サツマイモの方は、練乳と混ぜ合わせて待機っと」
天板+陶器のココットで相当な重量になっている。一人で頑張ろうとする祈羅へ、幸穂が手を貸した。
プリンを焼いている間に、パイの仕上げへ。
ホイップクリーム・スライスした洋梨・カスタードを順に、パイ生地で2層のサンド。
梨のパイ、ミルフィーユ風だ。
「ミルフィーユって『千枚の葉』って意味だから、落ち葉の季節、秋にぴったりじゃないかな♪」
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(菓子作りを家業として数世代…… こればかりは遅れを取れませんね)
『味は付けるのではなく調えるもの』それが道明寺 詩愛(
ja3388)が心に留めていること。
老舗和菓子屋の娘として体得した技術を発揮する場だ。
「普通に水道水ですね。ふむ」
和菓子にとっては『水』が生命線。しかし洋菓子はさほど重きを置いていない。
気温・湿度・経験・勘、それらを駆使し『ここにある水』を考慮した上で調整していこう。
籠に入った栗を作業台へ持ち帰り、虫食い・シワ・比重が軽いものを除いてゆく。
選別した栗を、蒸し器で鬼皮が柔らかくなるまで蒸し上げる。蒸し器の大きさとの兼ね合いが時間の目安だ。
湯気で顔を温めながら、詩愛は栗を半分にカットしてゆく。断面を確認し、状態の良いものだけを選り分ける。
「……ほんの一片でも、風味が悪くなりますからね」
清潔な蒸しタオルを広げて。栗皮を傷つけないよう、そして渋皮が入らないよう、丁寧かつ手早く果肉を取りだしてゆく。
繊細な気配りの重要さは、お菓子でもラーメンでも、変わりはない。
まだぬくもりの残る果肉は、すり鉢へ。
二つに分け、一つは粗めにすり風味を残し、一つは丁寧にすり滑らかな食感に。
和三盆糖をふるい、味を調える。コクのある、ふくよかな味わいとなる。
「うん、これでいいですね」
それぞれを均等に分割し、二層に重ねて絞り布で形を整えてゆく。
「金団じゃなくて金飩…… 音だと勘違いされがちですが」
※ちなみに『金団』は、おせち料理でおなじみのものである
栗の味だけで勝負の一品。
仕上げは、見栄えのいいものを選んだ栗の皮に包んで。
次の素材は柿。できるだけ、形の良いものを選ぶ。
ヘタのラインでカットし、中身をくり抜く。
くり抜いた中身は、半分はすりおろし、残りは細かい賽の目切りに。
煮溶かした寒天に柿と同程度の甘みを付け、すりおろしと併せてから中身をくり抜いた皮へ『器』として流し込む。
固まり始めたところへ果肉を沈め、ヘタ部分を蓋として乗せ、冷蔵庫へ。
飾り用の飴細工に取り掛かると、片隅の作業台から歓声が聞こえた。
「昔は見世物としてやる人も多かったんですよ」
まんじりともせず見守っていた少女へ、詩愛は秋の花をかたどった飴をプレゼントした。
冷蔵庫から冷やしていた柿の姿寒天を取りだし、皿へと盛りつける。栗金飩の栗皮詰めを、隣に二つ。
飴細工の紅葉を飾れば、一皿の上に美しい秋の実りが輝く。
●収穫祭!
ルイと良助が、協力して作ったブドウのダマンドケーキ。
紫苑の用意したリンゴプリンには、仕上げとしてキャラメルソテーしたリンゴも飾られて、大納言小豆とクルミの柔らかおもちが添えられている。
薫はブドウのレアチーズタルトに、塩味を効かせたスコーン、お好みでホイップクリームとブドウジャムをどうぞ。
友里恵のいちごデコレーションは、絵本から飛び出したような素朴な外観が愛らしい。
静は栗の風味豊かなシフォンケーキに、飴細工で金木犀の枝をイメージし、花の砂糖漬けを敷き詰めて。
エリクシアが焼きあげたタルト・ダマンドには、瑞々しいリンゴと洋ナシがゼリーのヴェールを纏って輝いている。
祈羅・幸穂の仲良し姉妹は、梨のパイとサツマイモ乗せかぼちゃプリン・甘さ控えめ。素材の味を堪能あれ。
詩愛は一皿の上に、秋の彩りを。カフェの雰囲気にも逆らわない和菓子。
「……皆、気合入り過ぎだろう?」
紫苑は思わず眉尻を下げる。
「明日からダイエットの日々が始まるのです……」
友里恵は、今から戦場へ赴くかのような表情だ。
「さあ、素敵な時間の始まりです」
静の声が合図となり、バースデーソングが歌われる。
何も知らなかった少女――如月 唯は、戸惑いながら、兄と、その友人を見上げる。
「唯様、お誕生日おめでとうございます」
「お祝いは心意気、ですよね♪」
友里恵は、透明のセロファンでラッピングされたウサギのぬいぐるみを取り出した。
材料の個人予算として指定されていた額で、プレゼントを用意していたのだ。
暖かな飲み物、甘いケーキやタルトが心と体をほぐしてゆく。
「はい、あーん♪」
「んぐ ひとくち、おっきいよぅキラ姉!」
楽しげにケーキを食べる姿を見て、静は本能的におかわりの紅茶の準備へと腰をあげてしまう。
薫は、回ってきたお茶の香りに手を止めた。隣に座っていた紫苑が説明を挟む。
「あぁ、小豆茶。小豆を乾煎りして、お湯と煮出すんだ」
陶製のカップを両手で包みこみ、薫は物珍しげに見つめる。
カフェメニューについては薫もアレコレ考えていた分、盲点を突かれた思いだ。
「……もりた……てつだってくれて…… ありがとう」
「こっちこそ!」
良助は実に幸せそうで、幸せそうだから、ルイも釣られる。
美味しいお菓子には、こんな魔法の力がある。
皆が甘い魔法にかかる優しい時間を、紫苑はそっとカメラに収めた。