●狼煙を上げよ!
時は戦国(仮)、そこに現れし八人の新撰組隊士(仮)。
助けを求める農民たちの声に――
「理事長の絵を踏んづけるなんて校則違反だ! ――ボクは新選組『八犬士』が一人、犬乃さんぽ!!」
(わぁ、やっぱり日本にはまだ、サムライもハラキリも生き残ってたんだね!)
犬乃 さんぽ(
ja1272)が意気揚々と声を上げ、だんだら模様の入った鋼鉄ヨーヨーを構えて見せた。更なる混乱、ドンとこい。
「星と叡智が時代の終焉を告げている……」
「もとより生きて戻れぬは覚悟の上。今日を悪日と申すなら、その悪、敵に押し付けて見せようぞ!」
大城 博志(
ja0179)、佐竹 顕理(
ja0843)がソレっぽい言葉で農民たちを焚きつける。
(そもそも何の依頼でここに来たんだっけ? とりあえず……圧倒的にツッコミ要員が足りないっす)
否、ツッコミこそ無粋なのやもしれぬ。株原 侑斗(
ja7141)は状況判断に努め、天魔が人間を困らせているならそれを助けるのが撃退士の仕事と戦闘態勢に入る。
それに倣い、周囲の展開に戸惑い気味だった神月 熾弦(
ja0358)も、強く頷いた。
(よくわかりませんが、わかりました!)
そして……
「ふん、戦国ね……この時代で名をあげるのも悪くはない、ああ悪くねぇぜ」
「世界や時代は違えども、戦う事に変わりないわよねぇぇぇ……♪」
ギィネシアヌ(
ja5565)、黒百合(
ja0422)の、嬉々とした声により戦いの火蓋は切って落とされた!
「某(それがし)こそ、本物の徳山家安にござる!」
顕理の張りのある声が、戦場となった農村に響き渡った。
「方々、騙されてはなりませぬ! かような物の怪が殿様などという事がござろうか!?」
周囲が、ハッとして異形の君主に目をやる。家安公は、にゅるにゅると手招きをするように触手を動かすだけである。
「ううう、確かに」
農民たちは洗脳から解かれ、顕理の新たなる洗脳に揺れているが、武士たちは未だ異形の澄んだ瞳に心を奪われている。
もうひと押し、必要か?
「この地を治めるは宝井家を置いて他に無し! このホ・ン・モ・ノの徳山家安が安堵しようぞ!」
是非もなし!
農民が拳を上げる。続いて、楚々と熾弦が顕理の隣に寄り添った。
「お父様、みていてください」
彼女はいつの間に奪い取ったか宝井理事長の肖像画を胸に、正統はこちらに在りと主張する。
「ややっ、あれは姫様!」
「生きて……生きておられたか、宝井の姫様ァアアア!!」
どうやら、そういうことらしい。
「さぁ! 民たちよ、目は覚めたか! 敵は誰か、異形の領主よ! 宝井を穢し、徳山を騙る彼の異形よ!
立ち上がれ! 武器を取れ! 汚物は消毒だァァァァァァァァ!」
博志の気勢に、農民たちがヒャッハーと続く。
扇動は成功だ!
ヒャッハァアアーーーー!!!!
●駆け抜けて、戦国乱世
有象無象の雑魚は屈強な農民たちに任せ、明らかにそれとわかる殿、それを護衛するディアボロへ一行は向かい、駆ける。
新撰組隊士たち(仮)の狙いが大将首と知った、四本槍であるところのスケルトンが「骨になろうとも、殿をお守りする覚悟」と骨の姿で黒い靄を取り囲む。
「庇わせはしないもん……ッ 大地爆裂ヨーヨー☆ストライク!」
四本槍が固まっている箇所に狙いを定め、さんぽが華麗にヨーヨーを放つ!
「なんと面妖な忍術かーッ」
土くれと共に飛び散る槍四本と骨。
「この玉が目に入らぬかっ! 弱きを泣かす不届き者、天に変わって成敗しちゃうよ!」
いかなる時でも決めポーズは忘れない。
浅黄色のセーラー服をなびかせて、掌中に戻ったヨーヨーの、誠の文字が入った蓋をパカリと開けて見せつける。
中には『忍』の玉が神々しく輝いていた。
九人目の八犬士とは、彼のことだったのだ!
「あっ、あれは井戸の御老公の……」
(圧倒的に……圧倒的にツッコミが不在っす! 流すだけ流れて行くっす!!)
おののく骨達を横目に、侑斗はこの世界を把握しつつあった。
散り散りになった四本槍、その中間位置に、ザッと黒い影が立ちふさがる。
「私は黒百合よぉ……。あなたたちの中で、一番強いのは誰かしらぁ?」
姿かたちは可憐な少女。しかし闇より黒い髪を風に踊らせ、身の丈に合わぬハルバードを構える黒百合に、骨たちはカタカタと震えた。
いわく、「死神がいる!」と。
(そっちはとっくに死んでるっす!)
侑斗は空気に耐えきれず、思わず顔を逸らした。
「そこまで言うならお相手いたそう、我こそは四本槍が一、本名忠且にござる!」
「そう、あなたが相手してくれるのね? うれしいわぁ……」
ゆらり、黒い影が動いた。が――音はなく。
「喰らえ」
囁くような、一言だった。
黒百合が手にするハルバードが黒焔に包まれた次の瞬間、先端から赤い焔が噴き上がり、赤と黒の獣の腕が本名忠且を飲み込んだ!
骨になり、尚も焼かれるか本名忠且。
壮絶な光景に、思わず仲間達も息をのむ。
「……てけぇ、首を置いてけぇぇぇぇ!!」
しかし黒百合は気を抜かない。再度ステップを踏んで斧の部分で四肢を散らす。
カラカラカラ、修復する隙を狙い、更に追撃を――!
骨たちの意識を黒百合が引きつけている間に、他のメンバーもイニシアティヴを取った。
「よぉ、いい得物持ってるな……サムライ」
黒百合と対照的な白銀の髪を持つ少女が、骨の一人に狙いをつけて立ちはだかる。が、禍々しい背後のオーラは同じく死神のそれである。
「俺はギィネシアヌだ。……コイツと、どっちがすげぇか試してみねぇか?」
リボルバーをくるくると回しながら、挑発する。
その銃身には彼女の光纏と同じ色、真紅の蛇が絡み合い巻きついている。そろりそろり、それは命を持っているかのように銃口の中へ潜り込んでゆく。
「それは舶来の武器であるな!? うむ、相手にとって不足なし。この榊野安政、お相手いたそ」
ダンッ!
「今のは俺の最低ラインの攻撃だ。コイツはテメェの喉笛を早く噛み切りたくて堪らないって囁きやがるんだぜ……フフフ」
容赦ない。容赦なく銃弾を撃ち込んだ。弾丸は螺旋状に真紅の軌跡を描き、二人の境界を明瞭なものとする。
「せせせせせめて、名乗り終えるまで聞くのが礼儀であろうッ! ああああ、可憐な乙女だというのに、斯様な言葉遣い!」
「か、かっ……?」
フッと銃口の硝煙を吹き消したところで、ギィネシアヌは思わぬ言葉に意表を突かれた。
骨は、乙女とは如何にあるべきか徹底的に指導すべしと息巻いた。
「思い出してください、皆様にも士として人々の為にと理想に燃えた頃があるはずです!」
(あるのかわからないけど)
ギィネシアヌの隙を庇い、熾弦がハルバードを手に前へ出る。
「宝井の…… しかし、しかし殿への忠誠は、絶対なので」
ザンッ!
姫と呼ばれた熾弦が、遠慮なく振りかぶって全力粉砕。
「かつてはどうでも、今は悪者ですから」
にっこりと浮かべたその笑みに、悪意は全く無い。
「フフフ……たしかに。ああ、たしかにそうだ」
(俺が甘かったぜ)
気を取り直したギィネシアヌが、再生中の榊野安政へ止めをお見舞いした。
「卑怯だと思うか? だが生憎、俺は正義の味方じゃないんでね」
「ふふふ」
熾弦もご機嫌に笑い、二人はハイタッチを交わした。
善も悪も、この場では完全なるご都合主義。世界は自分たちで創り上げるのだ。
さあ、次の闘いの場は何処ぞ!
ひゅん、魔具でもなんでもない、石コロが骨の一つに投じられた。
無論、ディアボロであるから透過する――が、戦国の世(仮)において、投石とは一種の呪詛である。
カタリ、骨がそちらを向いた。
「仲間が戦っておるのに高みの見物とは、臆病者め!」
声を上げたのは無類の戦国マニア、顕理である。
今こそ、あらゆる知識・技術を駆使して、戦国空気を満喫するチャンスである。天下の旗は我が掌中も同然!
「うぬう、手前を井宇尚政と知っての所業か!? この槍のもと、成敗してくれる!」
「ハッハー! 望むところだ!! 佐竹家に伝わる剣術を見せつけてくれよう!」
「なに!? 佐竹とな。相手に不足は無し! いざ……」
「尋常に勝負!」
(助太刀致したいところっすが……この空気には入りたくないっす……。ていうか無理)
佐竹といえば実在の大名だ。顕理がその血筋なのか侑斗は知らないが、この濃厚な戦国ムードを前に野暮な疑問であろう。
窮地とあらば、いつでも登場できるようスタンバイだけはしておいて、唯一「それッポイ」一騎打ちを見守る事にした。
他方。
「我が名は沖田 隼人、お命頂戴するッ」
正々堂々と名乗りを上げ、打刀を構える新撰組隊士(仮)。
その眼光は鋭く、長い黒髪を縛った姿はこの世界にふさわしき剣客の風情を漂わせている。
彼もまた実在の新撰組隊士の姓を冠しているという奇遇であった。
「やあやあ、我こそは茶井忠継なり。槍の三本死すとも某だけは殿をお守りせねばと思うていたが……
新撰組に名高き沖田殿の登場とあれば、致し方なし!」
黒百合、ギィネシアヌの派手な攻撃を見てカタカタ震え、黒い霧に縋りついていただけのようにも思うが。リーダー格らしき骨が立派な槍を構えてみせた。
「せぇい!」
「てや!」
刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。
これぞまさに、武士の闘いである。
「これこそ、俺らのユートピアだ!」
ビリビリと、敵の攻撃が刀の柄を通じて伝わっている。
生きている。夢じゃない。これが現実だ!
隼人は多少の傷も気にせずに、真っ向勝負に目を輝かせた。
「あははははぁ、ごちそうさま! でも、まだ……まだ首が足りないわぁ?」
本名忠且の首級を槍先に掛け、黒百合が哄笑する。
周囲を見渡す。農民たちが優勢のようで、そちらは助太刀不要。
榊野安政は乙女二人に打ち砕かれた。
残るは井宇尚政……あちらには忍者、否、九人目の八犬士が加勢を始めたようだ。で、あれば。
茶井忠継に狙いをつけた黒百合の横を、一つの影が駆け抜けた。博志だ。
「ココは俺に任せろ! 皆は徳山を! 時代を拓いてくれ!!」
胡散臭い陰陽師よろしく、上着の内側から術式を取りだす動作をすると共に魔法攻撃を仕掛ける。
足元への狙いは作戦通り、隼人との鍔迫り合いに気を取られている茶井忠継を見事に転倒させた。
「ここは任せるっす、でも絶対に追いついて来るんすよ……」
井宇尚政を撃退してから駆けつけた侑斗が、博志の背へ念入りに死亡フラグを立てて、大将戦へと向かっていった。
「ふふふ……大将首ねぇ、たしかにそちらのほうが、美味しそうだわぁ」
正面から切り結ぶ隼人にダアトの博志がサポートで入ったのであれば、こちらも間もなく撃破するだろう。
それでは、いざ。
●戦さ場で、花と散るか咲き誇るか
「夢幻の八犬士の力、今ここに……。幻霧招来、忍法ブラインド☆イリュージョン!」
文字通り、目には目を。
澄んだ瞳が脅威であれば、そこを狙い撃ちにすればいいじゃない!
さんぽが目隠しの術を放つ。すかさず侑斗が間合に入り、打刀で触手を切り捨てる。
実態の無い靄かと思っていたが、触手の部分には不思議な手ごたえがあった。
(それにしてもこのお殿様、どこから見ても異形なのですけど、……なんでしょう、ふわふわ浮くようなこの感覚……もしやこれが、一目惚れの恋!?)
同じく触手伐採をしていた熾弦が、靄の中の澄んだ瞳を見てしまった!
「きゃあ!」
「神月さんっ?」
不明瞭な視界の中で、仲間の悲鳴が上がる。
四本槍・最後の一本を打ち果たしてきた博志が目にしたものは――
「や、やだ……触手がッ やめてください、そこはっ ああ、動けない!」
非常にけしからん事態でした。
「ん、締め付けがきつい……」
熾弦は身を捩って逃げようとするが、キッチリ着こんでいた衣服が肌蹴るばかりである。これでは男子達へのサービスショットでしかない。否、これも敵の術中のひとつであるか? 恐ろしい!
「ありがとう触手、イヤイヤけしからん!」
じっくり鑑賞したい気持ちを抑えて 、本体への攻撃にとりかかる。
※緊縛される女子を颯爽と救い出す役目は、なんの躊躇もなかった侑斗に奪われました。
幸い束縛程度の能力らしく、毒や麻痺は残らなかった。
「おいでませフィニッシュタイム! さぁさぁ、汚物は消毒だぁあああああ!」
「貴方が大将首よねぇ。首を置いてぇ、首を置いてぇぇぇぇ!」
「フフフ 俺の存在を忘れられちゃ困るぜ、背後には気をつけな!」
「影刃一閃クリティカル☆シャドー…… 成敗!」
「関ヶ原へ行きたいかーーーー!」
「……ん? なんかポケットを探ったら手鏡が出てきたっす」
皆が思い思いの必殺技を繰り出す中、侑斗が手鏡を取りだした。何故、この場面で。しかし、目玉相手に有効かもしれない――
周囲の靄が晴れ、空から一条の光が差し込む。天がもたらした幸運か。
侑斗は手鏡を高く掲げ、反射光を黒靄の中心部、目玉にぶつけた!
全員の必殺技と光とが、闇を切り裂く……!
●時は流れ……
天下分け目の大戦さを制したるは徳山家安。長き戦乱を平定し、太平の世を築いた。
しかし、家安公は戦さにて命を落とし、家臣・大笠原秀正が影武者として使命を全うしたとも伝えられている。
その傍らには白銀の髪を持つガンマンが居たとか居なかったとか……
時を同じくして巷の陰陽師により、とある肖像画が家内安全・商売繁盛・安産祈願の御利益があるとばら撒かれ、遠き都においても複製品が売買されるというブームがあったそうな。
民衆文化に名高い「八犬伝」においては、実は九番目の犬士「忍」の玉を有する者が存在したという噂が広まったのもまた、この頃である。
……それは、別の世界、別の時代のお話。
気が付くと、全員が学園内の転移装置付近で倒れていた。
依頼は――依頼など、受けていなかった。なぜ、あの場所にあのメンバーが揃っていたのか……答えるものは居なかった。
そうして日常は戻ってきた。
記憶だけが、鮮明で、曖昧だ。
それでもいいと、思う。
経験したことは忘れない。
あの土埃、軍馬のいななき、甲冑の鳴る音……
確かに自分たちは、戦国時代(仮)に存在したのだ。
春先の夢に酔う撃退士を笑うように、桜の花弁が散り、眼前ではらりと舞った。