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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/10/24


みんなの思い出



オープニング

●大事なことなので三回
「と、いうことで、ようこそ諸君」
 緋色の髪を気だるげにかきあげ、野崎 緋華 (jz0054)は斡旋所に貼り出された告知を元に集った生徒たちをミーティングルームで出迎えた。

「まずは、二人一組を作ってもらいたい」

 どよめく室内。

「二人一組で、二つ三つ合同で当たるのはOK、ただし三人・五人といった形は認めない。『二人一組』これが基本だ」

 ざわめく室内。

「ちなみに、あたしはノーカウント。アドバイスはしても手出しはしないよ。いい? 『二人一組』先着順だよ」

 参加者は、25名である。



●深く深くとにかく深い
 カスタムドールをご存じか。
 一度知ったが最後、止まることのないカスタムと言う名の欲望泥沼。
 アイ、ウィッグ、メイク、衣装、細やかなそれらはもちろん、ドール本体の数も増えてゆく。
 新品、中古、知人との売買。際限なく広がる夢の世界。
 世界に一つ、自分だけのカスタマイズ。
 ドール1体だけに愛を注げばいいじゃないか。
 問うたところ、友人からの返答は
『だって新作も可愛いんだもの』
 ダメだこいつ。そう思った。

「それも昔の話でね」
(あ、染まったんですね)
 集った生徒たちは納得した。
「最初は、頼まれて衣装作りがキッカケだったんだけど――」
 美しい肢体。愛らしい眼球。メイク次第で幾通りにも変わる表情。
 ウィッグをカール、カットすることで、見違えるほど変貌する。
 着せ替え人形、フィギュアとも違う世界だ。
「さて、本題。近く、カスタムドールの展覧会が開かれる」
 業者主催で、写真応募で当選したドールたちが展示されるという。
「皆には、『ドール役』『製作者役』として、会場を賑わせて欲しい」
 言って、緋華はニヤリと笑った。
 アウルに目覚めた者たちは、どういったわけか髪、肌、瞳の色が劇的に変化することが多い。
 それを最大限に利用して、ごくナチュラルに幻想的な色彩で『等身大ドール』を演じよう、というのだ。
 単純にパフォーマンス役を雇うより、美しい仕上がりになるであろうことは想像に易い。
「髪や肌は、天然には敵わないからねぇええええ。もちろん、ウィッグやカラーコンタクトを使用してもOKだよ」

 テーマはフリー。
 相手の魅力を最大限に生かしたメイク・衣装を作ること。
 市販の衣装に手を加えても良いけど、基本路線は『手作り』であること。
 会場内では二人一組で行動し、声をかけられたらドールの紹介をすること。
 ドール役は、己の本来の性格などなかったことにして、『テーマ』に徹底的に即したポーズ、表情で臨むこと。

「イベント自体はコンテストだけど、私たちの仕事は会場の盛り上げ役。来場者を不快にさせることは無いように。――で、残る一人は」
 ああ、やっぱり一人残るのは計算内だったんですね。
 溜息が重なり合う。
「参加者たちの写真撮影をお願い。生身の人間の撮影を許可されるのは、この腕章を付けたスタッフ一人だけだよ」


 さて、どの仕事が一番おいしいだろう。



リプレイ本文

●深みにはまる準備期間
「う〜ん……取材予定だったのですが、予想以上に希望者が多いです…… 困りました……」
 ドラグレイ・ミストダスト(ja0664)は、宙に浮くと予想していた『ぼっち』枠志願者であった。
 notぼっち、たった一つのその椅子は『会場撮影者』なのである。
 そして『二人一組』という言葉のトリックに惑わされない者が、ドラグレイ以外にも一定数いたのである。

「長くて綺麗な黒髪……羨ましいですね」

 そこへ、対照的な銀髪の少女・雫(ja1894)が声を掛けてきた。
 雫もまた、ペアを探す途中であり、年恰好の近いドラグレイの後ろ姿に目を止めたのだ。
「……奥床しい和風美少女」
 それは、振り返ったドラグレイに対し、反射的に口をついて出た言葉。
「おお♪ それは素敵なコンセプトです! すっごく気に入ったのですよ♪」
 ぱっ、とドラグレイが晴れやかな表情で雫の手をとった。
「あ、えぇと」
 人懐っこいドラグレイに気圧されながら、雫はコクリと頷いた。
「よ……よろしくおねがいします」
 こんな形で始まる友情も、きっとOK。


 ――二人一組を作ってもらいたい
(まさか、久遠ヶ原に来てまで『あの言葉』を聴くとは思わなかったっすよ……)
 朝倉 夜明(jb0933)は、軽いめまいを覚えながら、布地を作業台に広げた。
「おっきな『ひとがた』みたいやねぇ」
 その上に乗せられる型紙に、陰陽師であり夜明のペア相手である大和田 みちる(jb0664)が無邪気な感想を述べる。
「人形遊びなんて懐かしい。カスタムドールははじめてやけど……」
 そして、まさか自分が『ドール』だなんて。
 二人で相談し、テーマを決めて。
 めったに洋装をしないというみちるを変身させるデザインも考えて。
「先輩のために、一生懸命がんばるっすよ!」
(ぼっちじゃないっす!)
「ということで、野崎先輩、ご指導よろしくお願いします! っす!」
「オーケー。そういう熱血、嫌いじゃないよ」
 話の矛先を向けられ、作業用にと借りた教室内を回っていた野崎が足を止める。
 ぼっちへの不安を抱いていた夜明へ、みちるが声を掛けてくれた。そのことが、夜明には嬉しかった。
 全力で、飾り立てようではないか――アドバイスをもらいつつ。
「へぇ、おもしろいね」
 野崎は純和風な容姿であるみちると、夜明の手元にあるスケッチを見比べ、軽く口の端を上げた。


 採寸を済ませたところで、氷雨 静(ja4221)はそっと微笑む。
(イベント成功を祈りつつ……少し位、趣味に走ってもようございますよね)
「あとは、私にお任せ下さいませ。得意分野ですもの」
「え、あ、ああ…… 本当に良いのか、なにか手伝い……」
「大丈夫です」
 ペア相手である春永 夢路(ja0792)の申し出をやんわり断り、教室より出て行くよう、その背を押す。
「当日はドール役の春永様こそ大変ですもの。ここは、がんばらせてくださいませ」
「そ、っか…… だったら。でも、あんま無理するなよ?」
「はい」
 ぶっきらぼうながらも親愛の込められた言葉に、静は鉄壁の笑顔で応じた。


「うふふ、よろしくね淳紅くん!」
「こちらこそ、よろしゅうお願いしますーやでー♪」
 一方、コスプレイヤーとして活動歴のあるエルレーン・バルハザード(ja0889)は、ドール役でありながらペア相手の亀山 淳紅(ja2261)と共同で衣装制作に当たる。
「裁縫は得意な方やけど…… さすがに衣装全ては、よう作らんなー……」
「あっ、そこはね、鋏は入れないの」
「ぅえ!?」
「洋裁とは違って、ちょっと端折るけどね、見栄えは充分なの」
「……コスプレの世界は、広いなぁー」
「淳紅くんも、深みにはまるといいの! たぁのしいよ♪」
「……わかる気がするわー」
 実に生き生きとした笑顔のエルレーン。淳紅は、深みにはまったらアウトやな、などと思いつつ、布を裁断していった。


 『不思議の国のアリス』を協同テーマに動くグループも散見する。

「可愛い子がドールだとやる気倍増ね♪」
 採寸の段階で、雀原 麦子(ja1553)は目を光らせ、両手をワキワキと構えている。
「麦子さんとペアになれて、嬉しいです」
 怪しげな行動を気にも留めず、リゼット・エトワール(ja6638)は柔らかく笑う。
「衣装が目立ちすぎてドールの魅力を曇らせるようでは本末転倒だわ。お姉さんにまかせなさい」
 『リゼちゃんかわいい』『わたしのリゼちゃんアリス世界一』念を込めながら、麦子はヒロイン・アリスの衣装作りに励む。

 バサリ、ひときわ大きな布地を広げるのは嵯峨野 楓(ja8257)。
「私のコスプレ制作能力を発揮する時ね……!」
 ここにも居たか、コスプレイヤー。
「美丈夫な女王様に仕立てましょう。素材を生かして、『威厳に満ちて麗しく』がコンセプトですね」
「……素材、か?」
「一級品。文句なしです」
 自信に満ちた楓の頷きに、しかし不安が拭えないアスハ・ロットハール(ja8432)。
 ノリと勢いで参加したのは良いが、いや、良かったのか? と、この段階で疑問を抱いているが、退路などなかった。



●ただいま着替え中
 なぜ王様ではいけないのだろうと、手渡された衣装を前にアスハは考え込む。
 黒の袖口が広くひらひらしたレースシャツに大きなリボンタイ。スリット入りのスラリとしたロングスカートは赤×黒のダイヤ模様と、デザインも凝っている。
「スカート……足元が涼しくて、落ちつかん。こんな姿、彼女に見せられな……」
 作り手の苦労を思えばこそ、素直に着替えてしまうのがアスハの優しs
 ――●REC
「撮ってるのか!?」
「アスハさんで遊べるだなんて、滅多にありませんから!」
「『で』……?」
「『で』!!」
 会場内は撮影禁止、着替えの盗撮なんてもってのほか。
 ならば、堂々としていれば問題あるまい。※問題です
「さぁさぁ、気にせずどんどん。あっ、身長が高いので黒ブーツのピンヒールは低めにしてます。着替え終わったら髪は内巻きにしますからね!」
「……遊ばれている、な」
 裾にファーを施した赤いマントを羽織りながら、アスハは遠い目をした。

 さぁ、天然色のドールイベント、間もなくスタート!!



●IcyPrincess of Cyclops
(ちょっとばかし恥ずかしいが…… やるべきことはきっちりだ)
 ペアの時駆 白兎(jb0657)と通路を並び歩きながら、黒夜(jb0668)はそっと下唇を噛む。
「黒のゴシックドレス、か…… どんなかな」
 簡単に採寸だけ済ませ、他はすべて白兎がプロデュースしている。
 『お楽しみに』の一言だけで、黒夜は今日を迎えていた。
「右眼の包帯には、普段よりも質が良いシルクを用意していますよ」
「そ、そうか」
 黒夜の緊張を面白がりながら、白兎は衣装を手渡した。

 ――少々お待ち下さい――

「時 駆 ェ エ エ エ エ エ エ」
「あー。似合いますね、流石です」
「ちょ、これ、白ッ…… 黒って」
「アクセサリー・アクセントには、青薔薇を選びました。『不可能』の象徴ですね」
 はい、ブーケ。
 反射的に受け取り、黒夜の両手は簡単に塞がれた。
 黒夜には内緒で、白兎が準備したのは、白のゴシックドレス。
 白のハイヒールにも、青薔薇の装飾が施されている。
「白と伝えたら、着てもらえないかもしれなかったでしょう?」
「……ぐ」
「『単眼の氷姫』と申しましょうか。ギリシアのキュクロープスといえば男神ですが、芸術の一つとして『現実離れの創造』があるとボクは考えています」
 白兎の口ぶりに変化を感じとった黒夜が振りかえる―― フラッシュ。
「ベストショットです、お姫様」
 正統派メイド服に身を包み、撮影許可の腕章を付けた鴉乃宮 歌音(ja0427)が、黒夜の素の表情をしっかりとカメラに収めた。
 振り向きざまの、ドレスの躍動、無防備な少女の表情。髪の黒、肌の白、薔薇の青――
「確認なさいますか?」
「みみみみみない」
「あ、これは良いですね」
「あとで、別途印刷しましょうか?」
「時駆……」
 歌音の申し出に無言で頷く白兎の姿を見て、黒夜は脱力した。――変な肩の力が、抜けたかもしれない。
(まぁ、たまには…… それに、依頼の成功のためッてんなら)
 ヘアアイロンでストレートにした髪の毛先をつまみ、黒夜は心を決めた。
(ウチの担当は、ドール)
 白兎は、しっかり衣装を用意してくれた。
 内心ビクビクであることには変わらないが、今度は自分が応じる番。



●黒猫執事
「天音さん、今日は宜しく御願いしますね」
 用意した衣装を手に、或瀬院 由真(ja1687)はご機嫌だ。
 一から手作り、ペアの壬生 天音(ja0359)のためだけに仕立てた。
「天音さんに着て頂く服は、こちらになります」
「わっ、すて…… 素敵、ですが」
 由真とは親しい友人である天音である、が、歓声が途中で止まる。
「あの……執事って男装ですか? ぇ、猫耳も?」
 執事服に――黒猫の耳と尻尾が装着されている。
「これを天音さんが身に纏うことで、完成するのです」
 由真が真顔で頷く。
「んー…… 分かりました、やって見ます」
 ならば、その意気に応えてこそ友というもの。
 強く背を押される形で、天音は『黒猫執事』へと変身を遂げた。

 更衣室から会場へ出ると、なるほど撃退士達のカラーリングはよく目立つ。
 そして展示されている人形たちもまた、同じようにカラフルだ。
 自分たちへ依頼が回ってきた理由も合点がいく。
(といっても、私は変化の無い色合いですが……)
 髪も瞳も黒、衣装も執事だからシックな色合い。
 制作者側の由真の方が、着飾るまでも無く『お嬢様』として目を引きそう。
 などと考えながら、『執事とお嬢様』として会場内を巡る。
「うん、似合ってますよ。かっこ可愛い!」
 出来栄えに、由真が両手を合わせ喜ぶ。
「かわいいっ」
「綺麗な黒猫さんっ」
 ……と、そこで背後から声をかけられた。一般参加者の女性たちだ。
(来、来ましたっ)
 天音は心のスイッチをオンにする。
 左手に抱えていたシルクハットを被り、右手のステッキを床に突いて静止――から、くるりとターン。
 帽子を脱ぎ、ステッキを持つ右手を胸の辺りまで上げ、恭しく一礼する。ぴょこり、猫耳が愛らしく動く。
「ようこそ、お嬢様達」
 可愛らしくも凛々しい、ギャップが魅力の黒猫執事は、歌音が銀髪のお嬢様とのツーショットをしっかり収めた。



●ジャパニーズ・スノーホワイト
「似合っとるやろか?」
 緊張で微かに頬を染め、みちるはくるりと回転して見せる。
「めったに洋装せぇへんから、なんや照れくさい……」
 自分で提案したものの、『ネグリジェの型紙を改造してのAラインドレス』というのは、いざ仕上がるまで不安がないまぜだった。
 子供の頃から和装がほぼ常で、『市松人形のよう』と呼ばれてきたみちるにとって、今回の衣装はなかなかの冒険。
 長い黒髪を緩く巻き、うっすらと化粧、唇には鮮やかな朱。
「大和撫子な白雪姫っす!!」
 自分が手掛けた衣装ということも相まって、夜明も通常より高めのテンションで拳を握る。
「うん、よく似合ってる」
 二人のデザインに興味を持っていた野崎も顔を出し、満足そうだ。自分はほとんど手出しをしていないにもかかわらず。
「綺麗なお嬢さんは、目の保養だね」
「野崎さん、誤解を招くっす……」
「問題ない、理解だ」
「「…………」」
「美は、愛でられてこそさ」
 ぽん、と小道具の真っ赤なリンゴをみちるへ手渡して。
「準備で疲れた! あたしは適当に休んでるから、楽しんでおいで」
「アバウトっす……」
「ふふ、せっかくやし、うちらも他のみなさんのドール、見て回ろか」
 呆然と野崎を見送る夜明に、みちるがクスクス笑う。
「あっ、ヒリュウのリュウちゃんに合わせた小人の衣装も作ったっすよ! 解説の時に召喚して、可愛さアップっす!」
「ほんまに? がんばったんやねぇ、夜明ちゃん。楽しみやわ」
「写真もバンバン撮ってもらうっす!」
 ヒリュウ程度のサイズなら、会場内で召還しても騒ぎにはならないだろう。
(……お伽話みたいな王子様、うちにも現れるんやろか?)
 いつか―― みちるは思い描き、ふっと安否不明の兄の存在が胸をよぎる。
 ……いつか。
「先輩?」
「なんでもあらへん。さ、いこか」
 温和な表情に戻し、みちるは夜明と手をつなぎ、会場内へと歩を進めた。



●永遠の国の少年
 会場のBGMが、ややアップテンポに切り替わる。
 頃合いを見て、ピーターパンに扮する犬乃 さんぽ(ja1272)が両手を広げた。
(小さな頃から大好きな姿、それは飛んでるピーターだもんっ)

「盛り上げ役なら任せてよ!!」

 さぁ、みなさん、拍手の用意を!
 さんぽは周囲の手拍子に合わせ、前日から準備した勾配の急な舞台を飛ぶように駆ける。
 得意の壁走りだが、舞台芸術の能力を活用したセットによって、さながら空を舞っているよう。 
(さんぽさんのイメージにぴったり……)
 ペアの若菜 白兎(ja2109)は、ウェンディを意識した水色のナイトドレスを纏って躍動感あふれる『ドール』を見守る。
 ネットの画像検索で幾つも衣装候補を探し、互いにぴったりなイメージの物を、一緒に作った。
 出来栄えは手作り感あふれているけれど、ヤンチャなピーターパンには味があってちょうど良い。
(でも……お姫様みたいなドレス姿も見てみたかった、の)
 本人に言ったら、がっかりするだろうか。一緒に手拍子をしながら、白兎はこっそり物思いにふけった。
「ねぇね、あなたも何かするの!?」
「その衣装は、ウェンディだよねっ」
「えっ、あ……」
 あっという間にできていた人の輪から質問されて、我に返った白兎がしどろもどろになる。
 そこへ、さっと宙返りでさんぽが舞い降りる。
「この妖精さんなアクセサリー付けたら、ティンクに見えないかな?」
 ウェンディーから、ティンカーベルへ。共に空を駆ける仲間へ。 
 衣装制作中に余った小道具をプレゼントし、さんぽが白兎の手を取る。
「ねぇ、みんなも一緒に踊ろうよ♪」
「あっ、ありがとう…… ピーターパン」
 さんぽさん、の言葉を飲み込んで、白兎もピーターパンに合わせてくるくる踊る。
「勇気をあげるよ」
 さんぽが白兎にウィンク、白兎もまた、笑顔で頷いた。
 ピンチの時に、颯爽と助けてくれるピーターパン。
 まるで本当に、物語から飛び出してきたみたい。
「フック船長がいないのが残念……」
 そんなことさえ、思ってしまうほどに。
 一般参加のみなさんを巻き込んでのピーターパン、揃って笑顔の写真となった。



●正統派勝負
 目覚めたら、メイド姿でした。

「どうしてこうなった……」

 夢路は呻いた。
 会場前で、静と落ち合ったところまでは記憶にある。
 次の場面が、今ココである。椅子に、優雅に座っている。
「サブカルチャーに流されない、伝統的正統派ヴィクトリアンメイドのドールです」
「あ、うん、わかる それはわかる」
 静の普段のこだわりも、知っているから。
 白の室内帽、丈の長い黒のワンピース、白のエプロン、……黒のパンプス……それと、たぶんこれは紅茶の香水。
 完璧であった。

「よくあるホワイトブリムやヘッドドレスではなく室内帽。スカートの丈は飽くまで長く。主人を立てる控えめなデザイン。
フレンチメイドはファッションに過ぎません、真のメイドとは在りようです!」

(ご主人様はどこですか……!!?)
 一般参加者たちへ説明をしてゆく静の後ろ姿へ、夢路は絶叫する。心の中で。
 ちなみに、本日の静もメイド服なのでお揃いと言えなくもない。嬉しいかと問われれば返答に詰まるが。
 とにかく、だ。
 既にコンテストが始まっている以上、今更騒いでもどうにもならないので大人しくドールに徹するしかない。どうだこの男気。
(何だ、この罰ゲーム……)
 微動だにせず頑張る夢路は、朝のことを徐々に思い出していた。
 『グリーンスタンエッジ』顔を合わせるなり、静は呪文を詠唱していた気がする。
 碧痺刃……静の操る、スタン効果を与える魔法だ。
 そうか。アレか。
 静の魔力でアレを喰らって、生きてて万歳の域か。
 というか、着替えはどこでどうやった。
(……なんというか。この場で男とばれたらどうなるやら……)
 すでにばれてるかどうか気が気でない。でも仕事だから動けない。
(というか、男であることに需要がある可能性が……?)
 ――考えたらメイクの下の顔色が青くなった気がする。でも仕事だから動けない。
 座っているしかない夢路は、ひたすら思考する。そんな視界のむこうに、男装猫耳執事の姿が在った。
「紅茶に詳しいメイドです。ほら仄かに香るでしょう?」
 静の紹介に、女性客がキャアキャアはしゃぎながら夢路に近づく。
 若干、目元のメイクが滲んだ気がした。

「うふ♪」

 ――彼女が、楽しそうなら―― まぁ、いいだろうか。
 どうだこの男気。
※ただいまメイド姿
 もちろん、間もなく現場を抑えに歌音がカメラを片手にやってくる。ああ、そういえば歌音もメイド姿であった。
 後に歌音は語る。

「恥ずかしがる生々しい表情もいいよね」



●飛翔する朝を待って
 ゆっくりと会場を巡っていた鳳 静矢(ja3856)が、ペアの大崎 優希(ja3762)を振り返る。
「また一風変わったイベントだな」
「……ふにゅ」
 静矢手製、フリル付きの青いロングドレスに身を包んだ優希は、そっと己を抱きしめる様に腕を組んで眠たげな表情で俯き、佇んでいた。
 金色の瞳には青のカラーコンタクト。大きな羽飾りのついた青いカチューシャをし、夜明けを待つ色合いで統一されている。

「これは雛鳥が飛び立つ日を待つ光景……」
 撮影係の歌音と共に、周囲に人が集まるのを見計らい、静矢がコンセプトの説明を始める。
 イベントも予定時間の半ばを回っている。そろそろ、頃合いであろう。
 俯き、未だ眠りの中にいる雛鳥――そこへ、静矢が仕込み刀を抜き、ドレスに仕掛けてあった薄い切り込みを狙う。
 一閃。
 慎重に手加減をしながらも、常人の目には止まらぬ速さで衣替えは行なわれた。
 ひざ丈で切り落とされたドレスの裾は、軽やかな翼となる。
 優希は『蒼の舞踏光纏』発動のエフェクトで、蒼き鳳凰を纏う。

「……希は、此処から飛び立って行くのですよ」

 ゆっくりと、目を開き。
 両腕を広げる。
 その表情は、未来に向かった、明るいもので。
 『蒼の舞姫打鈴』によって、蒼色の光のシャワーの中で舞を披露する。
 幻想的な光景に、誰のものともつかぬ溜息がこぼれる。

「――飛翔する鳳雛だ」

 どこか遠い眼差しで、それでも温かく見守る静矢の横顔も、別途で歌音はカメラに収めた。

 舞を終え、優希と静矢は、手に手を取って、一礼。
 温かな拍手が、顔を上げた二人を迎えた。



●ひみつにしていたわけではなかった
「やはり和服には黒髪が映えますね」
「うんうん♪ 中々いい感じなのですよ♪」
 雫に着付けをしてもらい、ドラグレイはご機嫌だ。
 着物はリサイクル品、生地はポリエステルの為安価。
 リメイクとしてマジックテープを使い、短時間で着替えることが出来るように工夫してある。
「春秋物として一斤染に牡丹柄で華やかな雰囲気。夏物として水浅葱の木綿に紫陽花をあしらい見清涼感ある物。これが冬物で、漆黒に菊で艶やかな物です」
 日本の美。
 ドラグレイの黒髪に憧れを抱きながら、雫は精一杯の用意をし、ドールを飾り立てる。
 歌音を長時間待たせることなく、めくるめく変化を披露する。
 撮影を希望していたドラグレイも、歌音へ協力的に動いた。

「せっかく3着あるのだから、雫も着ると良い。それくらいの時間はあるぞ」

 撮影者の一言に、雫の動きがドールさながらに固まる。
「え、そ、それは」
「3着だったら、鴉乃宮さんも着れますね!」
「え」
 ドラグレイが便乗すると、雫が完全に硬直した。
「あぁ、カメラなら私が受けもとうか」
 そこへ、撮影の終わった静矢・優希が通りかかり、申し出る。
「じゃあ、そういうことで♪」
「今なら更衣室も空いてるな。ドラグレイ、どさくさにまぎれてないでこっちだぞ」
「まぎれたわけじゃありません、一人じゃ着付けできなかったから〜」
「え」
 ドラグレイが歌音と連れだって男子更衣室へ行くのを――雫は茫然と見送り……
「? なんだ、知らなかったのか? ミストダストさんは男性だぞ……大学部の」
「    」
 絶句する、雫。
「同性の 同年代 って…… 思っ……」
「年齢や性別は、迷子になりやすい学園だからな……」
 こくり。
 ちからなく頷き、雫もまた女子更衣室へと向かった。



●一夜限りのストーリー
 『好きな者同士が集う』という点では、同人誌即売会に通じるものがあり、着替え終えたエルレーンも少しだけ緊張を緩める。
(だ、だいじょうぶ、なのっ)
 ぼろぼろのドレスを身にまとうエルレーン。隣には、手作りの杖を持つ淳紅。
 華やかな衣装の『ドール』達が歩く会場で、ひときわ異彩を放っている。
 おどおど歩くエルレーンを、来場者もどことなく遠巻きに気にかけているようだ。
 ――その中の一人に、淳紅がにっこりとほほ笑みかける。

「コンセプトは『シンデレラ』――皆様もご存じでしょう、灰被り娘にございます」

 あぁ、と感嘆の声。

「さぁ、魔法使い様、どうか優しく憐れなシンデレラのために魔法を……!」

 目の合った女性へ、淳紅が恭しく杖を手渡す。
 戸惑う姿に、杖を振るうしぐさを見せて。

「3・2・1――!!!」

 ふわり、宙に文字を描く杖に合わせ、淳紅は用意していた布を広げ、来場者の視界を隠す!

「魔法使い様、ありがとうっっ」

 金髪のウィッグをつけ、ボロボロのドレスの下に仕込んだきらびやかなドレス姿でエルレーンが現れる。
 先ほどまでの、おどおどした姿から一転、堂々と胸を張ってお嬢様らしく、あいさつのポーズでぴたり。
 体のラインにフィットした、上品なデザインのドレスが最初の姿とのギャップを大きなものとしている。
(うふ、私はかぁいいおひめさま……なのっ、今だけはっ)
「うん、めっさ可愛いで!」
 エルレーンの心を読み取ったかのように、淳紅が満面の笑みで称える。
「とても、幸せなの」
 優雅な表情でエルレーンは応える。
 王子の前に立つシンデレラのように。
 ――これだから、コスプレはやめられない。

 その後しばらくの間、歌音はエルレーンの専属カメラ小僧としてあらゆる角度からの撮影を要求されることとなる。



●おいでませ、ワンダーランド!
「お、来たか」
 都度都度で撮影データをパソコンに落とし込んでいた歌音が、会場内の賑わいに顔を上げた。
 共同テーマ・アリスで参加の一行のおでましのようだ。

 銀糸の髪に、白塗りの肌、青と茶のオッドアイ。シルクハットに水玉模様の蝶ネクタイで現れたるは、マッドハッター……『帽子屋』のグラルス・ガリアクルーズ(ja0505)。
「アフロカツラ、用意しようと思ったんだけど」
「ヘアセットで充分だよ、ありがとう」
 真顔のソフィア・ヴァレッティ(ja1133)へ、グラルスは片手を挙げてやんわりと断った。
 普段はおとなしめの髪形を、めいっぱい外ハネにセットしている。
「不気味さもしっかりと演出できるように頑張ったんだよ」
「うん、服の質感、すごいよね」
 使い古した感じを出すために、古い布から作ったり、汚して洗うを繰り返したというハーフコートやストライプのズボンは、グラルスと言う存在を『マッドハッター』そのものへと変身させるに至っている。
 
「カラスが書き物机に似ているのはなぜでしょう?」

 アリスの作中でも有名な一節を、グラルスは――後方の女王へ振る。

(踏んで下さい! て言われるようなオーラを出してッ!)
(無茶を言うな……)

 隣で耳打ちをする楓へ、ハートの女王・アスハの表情が強張る。
 左目下から頬にかけてトランプのハートのイメージして飾ったタトゥーシールが、引き攣りにあわせてピクリと動く。
「――どちらも少しばかりの『note』(鳴き声、覚え書)が出せるが、非常に『flat』(平板、退屈)なもの。
そしてどちらも前と後を間違えることは決して『nevar』ない、か……」
 『答えのないなぞなぞ』の、答えの一つとされている。
「さすがは女王様」
 クスクスと帽子屋が笑う。
 そっと、その手を取ろうとしたところで――

「気安く触れるな、この下郎」

「今のはボイスも収録しておいた」
「ナイスです、鴉乃宮さん!」
「!!?」

 気まずさを押し隠すため、アスハはトランプを利用して作った洋扇で口元を隠す。
 何をしても裏目に激写される予感しかしない。
 

「さぁさぁっ いっちばん可愛いアリスのお通りよ!!」
 不穏な空気を一掃する、麦子の声が響く。
 白兎のぬいぐるみを抱きしめ、正統派衣装のアリス、リゼットの登場だ。
 黄色のエプロンドレス、青のリボンをワンポイントにあしらっている。
 普段は三つ編みにしているサイドの髪もほどき、ゆるやかなウェーブを描いていた。
「ようこそお越し下さいました」
 スカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げてお辞儀。
 可憐な少女の姿に、男女問わず観衆が溜息をつく。

「不思議の国から帰りたい……。どうして出口が見つからないの?」

 そこへ迷い込むは、ワンダーワールドの住人アリス、唐沢 完子(ja8347)。
 ざわめく会場。
 フリルたくさんの赤いエプロンドレスに―― モデルガン。……モデルガン?
(身長99cmはこうして見ると本当に人形みたい。これ本人に言ったら殴られるから言わないけど)
 完子の衣装担当・桐村 灯子(ja8321)は、『もうどうにでもな〜れ☆』の心境だ。
 心の傷、生真面目な性格の反動から生まれた完子のもう一つの姿――人呼んで『暴走超特急』アリス。
 二人目のアリスが出てくるとあってはこの妖精、容赦せん! とは、アリスの言。
 言って止まる性格ではないことを、灯子は熟知しているのである。
「ノーマルのアリスなど打ち砕いてくれるのです……!」
 血糊べったりの包帯を腕から垂らし、練り歩くアリス。
 どうしてこうなった。
「お互い頑張りましょうね!」
 モデルガンに驚きつつも笑顔で切り返すリゼットは、なかなかのつわものなのかもしれない。

「競うのはあくまで可愛さ。実力で争うだなんて、ハリセンでお仕置きよ?」
「この妖精の弾丸から逃げられるとでも……?」
「ふふふふふ?」
「うふふふふふふ?」
 麦子VSアリス、二人の阿修羅の間に火花が散る。

「アーリス。こっちの服も試してみない?」
 そこへ、灯子が別バージョンの衣装を提示する。
「衣装の分だけ、撮影が増えるわよ」
「そ れ だ !」
「他の人に負けないように、頑張りましょう」
(灯子ちゃん、グッジョブ!)
 麦子の囁きに、『慣れてますから』と灯子がそっと目で頷きを返した。

 最後は、チームアリスで全員笑顔。一部、自棄気味。



●撮影側も美味しかったです
「ん、終わりましたね。お疲れ様です!」
 由真が、にこにことメンバーたちに声をかける。
 野崎から、『自由解散で』というアバウトな伝言も受けている。

 ドールに成り切り過ぎて、終わった後に暫く口調が戻らない不具合。
 普段とはまったく違うキャラクターを演じたおかげで疲労感ドン。
 朝に受けた魔法攻撃がどことなく尾を引いている気がしてならない。
 もっともっとお姫様で居たかった!
 色香の点で男性に負けた…… 男性に…… 男性だったのか……
 ――精魂力尽きた
 イベントが終わってもアリスは終わらない!!

 決して顔色の良い者ばかりではないが、おおむね全力で満喫したようだ。

「見えそうで見えない絶妙な絶対領域、見えた部分は編集しておくから安心してくれ」

「「!!!!?」」

 そういえば、メイド姿の撮影者でありながら、非常にフットワーク軽く激写していたような気がすると、誰もが思い浮かべる。
 自分は大丈夫、たぶん大丈夫…… 誰もがそう、思いながら。

 歌音の問題発言で、ドールイベントは幕を閉じた。
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ドクタークロウ・鴉乃宮 歌音(ja0427)
 Full Moon Tea-Party・春永夢路(ja0792)
 ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
 蒼の絶対防壁・鳳 蒼姫(ja3762)
 世界でただ1人の貴方へ・氷雨 静(ja4221)
 怠惰なるデート・嵯峨野 楓(ja8257)
 蒼を継ぐ魔術師・アスハ・A・R(ja8432)
 ドラゴンサマナー・時駆 白兎(jb0657)
重体: −
面白かった!:27人

手加減無用!・
壬生 天音(ja0359)

大学部4年215組 女 アストラルヴァンガード
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
雷よりも速い風・
グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)

大学部5年101組 男 ダアト
知りて記して日々軒昂・
ドラグレイ・ミストダスト(ja0664)

大学部8年24組 男 鬼道忍軍
Full Moon Tea-Party・
春永夢路(ja0792)

卒業 男 ダアト
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
恋する二人の冬物語・
リゼット・エトワール(ja6638)

大学部3年3組 女 インフィルトレイター
怠惰なるデート・
嵯峨野 楓(ja8257)

大学部6年261組 女 陰陽師
余暇満喫中・
柊 灯子(ja8321)

大学部2年104組 女 鬼道忍軍
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
ドラゴンサマナー・
時駆 白兎(jb0657)

中等部2年2組 男 バハムートテイマー
【流星】星を掴むもの・
大和田 みちる(jb0664)

大学部2年53組 女 陰陽師
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
Daybreak Knight・
朝倉 夜明(jb0933)

大学部2年239組 女 バハムートテイマー