●一筋の光明たれ
雨上がり。
湿り気を帯びた冷ややかな秋風が、頬をなぶる。
ぬかるんだ道を、泥が跳ねるのも厭わず一行は駆ける。
与えられた地図をもとに、指定された場所へと向かう。
焦りを笑うかのように、数日ぶりの青空はどこまでも高く、淡い色で見降ろしていた。
「話としては、現地に山寺に見えるようなものがいるという事でしょうか?」
鷹司 律(
jb0791)は、周辺にそれらしき影を探す。
地図にもやはり、寺のようなものは存在しない。ただの山道だ。
敵の情報から察するに『見間違い』の可能性もある。
あるいは、天魔が何らかの目的で『設置』した――?
いずれにせよ、断定は難しい。
「人を逃がさない為なら、もう少し素早いものをおくでしょう。鈍重な番人に……何を守らせているのでしょうか」
蘇芳 出雲(
ja0612)は、思案する。
「いえ……第一に要救助者の捜索。第二に廃寺の調査。可能性が少しでもあるならば、賭けるに足る。動く理由には十分です」
出雲の言に、律が頷きを返す。その背には、学園へ申請して借り受けた折り畳み式の担架が在った。救助者の状態次第では必要となることもあるだろう。
一般人であれば大荷物の部類だろうが、撃退士の体力であれば然して苦ではない。戦闘時には邪魔にならないよう下ろせばいいだけの話である。
「SOS出してから大分経ってるよな…… 無事だと良いんだが」
流れを受け、虎落 九朗(
jb0008)が行く先を見据えた。
長雨の影響を受け、地盤はやわらかだ。情報通り、1m程度ならば足がかりにできそうだが、下手をして滑り落ちれば止まることは難しいだろう。
左手が山肌、右手は緩やかな斜面の崖となっている。
山の中腹辺りに差し掛かり、道の勾配もゆるやかとなっていた。
「少しでも早くお二方を見つけ出せるように、頑張ります」
鑑夜 翠月(
jb0681)は、足跡や救難の印等の捜索の手掛かりとなるものがないか、視線を走らせながら後方を進んだ。
●守りし者
狭い道幅を縦列で進む中、鬼道忍軍である春日 霞(
jb0781)は身軽さを利用して、崖の縁付近も移動範囲としていた。
そんな彼女が、真っ先に気づく。
「山門……とは、アレでござろうか」
遠目には、木製の柱がポツンと建っているように見える。
しかし霞の角度からは、それを拠り処のように、びっしりと並を打つ鉄の壁――否、コウモリの姿が見て取れた。
「……悪趣味だな」
梨木 悠(
ja6231)は眉をひそめた。
夜間ならば、確かに『山門』と見間違えたかもしれない。
コウモリの作る扉の向こうには何もない。廃寺と勘違いするだろう。
……一般人が、あんな形の罠に至近距離で接触して……
今も、無事で居るのだろうか。
誰もの心に口にしてはいけない不安がよぎる。
「彼らは……里山で暮らす人だ」
出雲が言葉を絞り出す。
思い出せ。
遭遇した上で、SOSを発信してきたんだ。
「これは、お二方の痕跡ではないでしょうか」
翠月が、崖へと続く足跡を見つける。雨の影響でだいぶ崩れた形となっているが、恐らくは――
「僕は山に入り慣れています、緊急時にどういった行動をとるか…… その視点で、捜索できれば」
携帯類の電波が届かないということで、翠月はホイッスルを用意している。何かあれば、それで連絡できる。
先行の撃退士達が町での掃討戦が終われば電波は復帰する、それもひとつの目安となるだろう。
「この辺りで二手に分かれるのが得策でしょうか」
皇 夜空(
ja7624)は山門との距離を図り、戦闘態勢を整える。
「EXAM、システムスタンバイ……」
光纏し、手に馴染む鋼糸を活性化させる。
目前の敵を砕くこと、助けを待つ人々を見つけだすこと、どちらも早急に達成したい。
「護衛は、俺が。専念して、少しでも早く見つけ出してくれ」
悠の言葉に、翠月がコクリと頷く。
「いいですか、決して無理をしないでください」
出雲が、捜索に当たる悠と翠月を真っ直ぐに見詰めた。
敵勢は、自分たちで引き受ける。とはいえ、互いに何かアクシデントが発生するかもしれない。
それに対しての余裕を、失わないよう――。
「……冥は戦うだけ」
沈黙を保っていた天道 冥(
ja9937)が、ぽそりと口にした。
誰もが、自分に出来ることを尽くす。
今は、それが重要。
頷き合い、そしてそれぞれが己の力を最大限に尽くすべく、陣形を整えた。
●切り裂く影
夜空は胸の前で素早く十字を切り、翼を広げるデーモンバットの群れに立ち向かう。
鋼糸が陽光に光り――ソニックブームを放つ!
「知っていますか? 蜘蛛にとって糸は、罠であり、狩りの道具なんですよ」
その隙に間合いを詰めた出雲もまた、アルビオンを操りデーモンバットを絡め取る。
(攻撃力の低い俺じゃ、大きなダメージは狙えない……)
後衛に位置どる九朗は銃での援護射撃に徹した。
「蝙蝠に集られて身動きできない状況でゴーレムの攻撃を食らう、なんて最悪だからな!」
距離をとることで、視界を広く持つことができる。
真っ先に攻撃を仕掛けてくるデーモンバットと違い、遠くより、ゆっくりゆっくり距離を縮める巨大なゴーレムが不気味で仕方ない。
眼前の敵を打ち落とすまでの間に怪我を負った仲間を治癒するのもまた、九朗にしかできないこと。
霞もまた、自在な動きで後方から手裏剣を放つ。
「道を、つけるでござるよ!」
「行きます! 下がってください!!」
霞、九朗の攻撃がクロスしたところで、律が一歩ふみこみ、火炎放射器で前線を散らした。
生き残ったデーモンバット達が左右へ割れるのを見て、冥がグイと駆けだす。
「……倒すの」
その手には、身の丈以上の両刃の剣。
向かう先には更に倍以上のゴーレム。
――ばけもの、と
ひとならば、さけぶだろう。
(冥は、戦うだけ)
人形のように、冥は心の中で繰り返す。
頬をパタリと涙の雫が走る、その意味をわからずに。
●魂の呼び声
「――大したことはないな」
タウントを発動させ、デーモンバットの一部を引きつけながら悠は手ごたえを感じていた。
(抑えられる)
崖下では、足元に気を配りながら翠月が救助者捜索を続けている。ここを突破されるわけにはいかない。
……ゴウッ
戦闘班の律が、ド派手な炎を撒き散らし、ロケット弾のように冥が駆けてゆくのが見えた。
(あとは――時間の問題か)
群がる蝙蝠をバックラーで往なしながら、悠は武器へと活性化を切り替えた。
(地滑りの痕、……手をついてる、スピードを和らげて……)
痕跡を辿り、翠月はゆっくりゆっくり、崖を降りる。
救助連絡からの時間を考えれば、当時の状況を考えれば、現在では叫ぶ力さえ残っていないに違いない。
こちらから、少ないサインを感知してあげないと。
(山道で、迷ったら…… 体力を温存するには)
どう動く? 自分なら、どう動いた? 考えながら、神経を研ぎ澄ます。
「……横穴」
真上からでは気づかない位置に、それはあった。
「あ、あ、あ……」
もう少し降りると、泥だらけの男性もののスニーカーが見えた。
翠月は、思い切りホイッスルを鳴らした。
救助者発見のサイン。
「もう大丈夫ですよ。安心して下さい」
笛の音に脚先が反応するのを確認し、翠月は横穴へと向かった。
●土柱の陥落
(そういや、ゴーレムって『emeth』って文字がどこかに刻んであんだっけ?)
残りわずかとなったデーモンバットを確実に撃ち落としながら、九朗はそんなことを考える。
(頭の『e』を削りゃ死ぬとかいうが…… まあ、天魔じゃそれも関係ないか……)
伝説上の生き物と、似て非なるもの。それがサーバントであり、ディアボロだ。
自分たちの思い描く弱点が、すなわちそれとは限らない。
「終いでござる!」
ラスト1体のデーモンバットを霞が撃ち取り、後方支援組だった九朗と揃ってゴーレム戦へと加勢に向かう。
「くぅうううっ」
回避しそこね、ゴーレムの拳に吹き飛ばされた冥が歯を食いしばり、体勢を立て直す。
それでも初太刀の破山は成功しており、その左腕は斬りおとしていた。
そこへ夜空の放つ鋼糸がゴーレムに絡みつく。
「そう簡単に、砕かれませんよ!」
冥を庇うように出雲が立ちはだかり、大鎌でその攻撃を喰いとめた。
大ぶりなモーションの隙に、冥が再びの攻撃を仕掛ける。
ゴーレムがよろめき、崖の縁へと追いやられる。
「神懸 ―跳躍天地ヲ繋ギ託宣ヲ下ス―」
出雲が舞うように跳躍し、その大鎌を振るった。
「今だ!!」
何が『今』か。
とにかくその光景に、九朗は叫んだ。
目暗に拳を振り回すゴーレムへ、活性化させたブロンズシールドで突撃する。
「行け! シールドバッシュ!!」
※シールドスキルによる純粋なるゴリ押しであり、攻撃もスキル封じも発生しません
「「あっ」」
その場にいた誰もが、まさかの行動に言葉を失った。
ゴーレム、崖下へ転落。
それと同時に、捜索班の方向から、けたたましいホイッスルが響いた。
●這い上がれ!!
翠月のホイッスルに、まっさきに応じたのは律だった。
デーモンバットの掃討を終えた悠とともに、崖の中腹へと降りてゆく。
「とにかく今は、これを……」
ぐったりとした若者ふたりへ、翠月が手持ちのスポーツドリンクとおにぎりを手渡している。
「まずは、しっかり食べてください」
律もまた、スポーツドリンクとカツサンドを取りだした。
「食べる体力があるだけ、たいしたものだな」
悠が、安堵して肩の力を抜いた。
「町……オレたちの……」
頬についた米粒も残らず食べ終えた少年が、不安げな眼差しで撃退士達を見上げた。
その時、青年の携帯が鳴動した。
「えっ あ、俺…… そう、山道で、久遠ヶ原に ホントか!!? ホントに……無事……?」
ぽつりぽつり、漏れ聞く声で、先行撃退士達の部隊も任務を果たしたことが知れた。
「ほんとに……よかったです」
「がんばったな」
ぽふり、悠は翠月の頭に手を置いた。
山に慣れていると自負し、専念して捜索に当たった翠月の行動が、見落とされても不思議ではない『崖の横穴』へと導いたのだ。
「――落としてメデタシ、とは行かないよな」
崖だし。チャンスだったし。突き落としてみたけれど。
這い上がってくるゴーレム(体長約2m)、なかなかシュールな光景に九朗は乾いた声で呟く。
「絡めて砕けッ!! 聖骸布よッ!!」
しかし、夜空は実に冷静だ。
シュラウド・オブ・トリノを発動させ、鋼糸の先から生じるアウルの細鏃を雨のように降らせる。
「これはこれで、なかなかの的でござる」
安全な距離で霞は手裏剣を放ち――
「終わらせるの」
最上段から、冥が大剣を振りおろした!!
●確かな繋ぎ
「もう…… 大丈夫」
周囲の危険が取り払われたと察知した冥が、ぽそりと呟く。
救助者たちは担架を用いて順に、律と悠が地上へ運んでいた。
「生きてるか? 死ぬんじゃねーぞ!」
仲間たちの手当てをしていた九朗が、彼らのサポートへと向かう。
「…………」
冥は若者たちにそっと歩み寄り、膝をつくと手持ちのチョコバーを半分に折ってそれぞれに分け与えた。
甘いものは、波打つ心に穏やかさをもたらす。
「はい、はい…… こちらも無事に。はい、二名とも」
先行部隊と連絡を取った律が、合流場所の指示を受け、仲間たちに伝えた。
「まずは、お二人を町へ。救護班も、そちらに集結しているそうです」
周囲に安堵の空気が流れる。
今回が、初めての任務だったメンバーも居る。緊張は生半可じゃない。
「オレたち、やくにたったのかな」
涙を落しながら、少年は呟いた。
青年が、その髪をかき回す。
「大丈夫、大丈夫だ……」
家族同然に接してきた人々を眼前で失った衝撃は、体の疲労より何より深い。
撃退士の到着で難は排除されたというが、変わり果てたであろう町を直視する覚悟があるかと問われれば自信がない。
それでも、生まれ育った町。まだ、生きている人がいた。
助けを求めることしかできない非力さに歯噛みするしかなかった、泥まみれの夜。
しかしそれも、雨にそそがれ、確かな繋ぎとして果たしていたのだと実感できて――
その姿を、若き撃退士達は見守るしかできなかった。
久遠ヶ原へ持ち込まれるSOSは、いつだってひとつひとつが切なる叫びであるのだと。
人々を脅かす天魔を崩すことのできる自分達の存在が、どれほどのものであるのかと。
それらの答えが、目の前に存在している。
闇を打ち払い、一筋の光明となることができたと、ゆっくり、ゆっくり、達成感がそれぞれの胸を満たしていった。