●本日は晴天なり
カラリと晴天、爽やかな風が心地よい。
「ここは是非、熟練の撃退士である筧殿に頼みたいのだ」
ズズイ、天龍(
jb0944)が精一杯の背伸びで、筧との距離を縮め、嘆願する。
――ヒーローショーの、悪役を。
イベントに協力する大企業側の撃退士と共に周辺警備へ当たる予定だった筧であるが、今回の依頼を持ってきた当人である。融通は利くだろう。
(筧君って今ひとつパッとしないけど…… あたしなんかよりずぅーっと強いんだろうな……)
「聞こえてる。天龍さん、聞こえてる」
運営側へ事情を伝えてきた筧が、褒められてるのか貶されているのか天龍の心の声へ、力なく笑った。
「鷹政は今回は…… その…… 頑張れ……」
野外特設会場で音楽が鳴り響く。その裏で、強羅 龍仁(
ja8161)は筧の顔を直視できないまま震える声で告げた。
龍仁自身は、手製の菓子をスタッフに協力してもらいながら来場した子供たちへ配り終えたところである。
「ショーの後も仕事があるから、素顔を晒さないほうがいいだろう」
冷静な眼差しで、龍崎 海(
ja0565)が事の進行を見守る。その判断は正しい。正しいが、どうしてこうなったと筧は思っている。
「ショウを成功させるには表舞台に立つ人もだけど、裏の仕事も大事。普段は舞台に立つことが多いから裏方はあまりやったことないけど、これもいい経験かな?」
簾 筱慧(
ja8654)は海の指示で、筧にオドロオドロしいメイクを施してゆく。
舞台芸術の能力を惜しみなく発揮する場面だ! ※キャンバスは顔面です
「夢をみる子供、進路を身近に控えてる大人。どちらにもいいプラスになるように、がんばろうね!」
できあがり!
満足げに笑顔を見せる筱慧と対面座していた筧(設定:ヴァニタス)はガクリとうなだれる。
「このイベントで、上手く地元密着撃退士の魅力を伝えられると良いんですけど……」
舞台袖からイベントの盛り上がり具合を覗いていた楊 玲花(
ja0249)が、メンバー達に向き直った。
「ついこの前まで就職活動してた俺が、今度は雇用側の手伝いすることになるとは思わなかったなぁ……」
ショーの後に続ける説明会に向け、まとめたレポートを繰り返し頭に叩き込んでいた佐藤 健太郎(
jb0738)が力なく笑った。
以前の勤め先は俗に言う『ブラック企業』。耐えに耐え、ついに耐えかね辞めたは良いが就職難。
そこで適性検査でアウルに目覚め、今ココなわけだが―― 人生とは、わからないものだ。
(俺の働いてた環境とは雲泥の差くらいの高待遇に見えるし、アピールする側としても無理矢理良く見せる苦労が無くていいな)
現地到着時点で、各企業の代表者たちと挨拶を交わした。
ブラック経験者の健太郎だからこそ、感じ取れる部分がある。
大企業との待遇の差は如何しようもないが、誠意は伝わる。何より、撃退士を必要としている状況が切実であるとわかった。
「あ、佐藤さん。これ、まとめてみたんですけど」
玲花が、前日までかかって用意したレポートを手渡す。
この地区において過去に発生した天魔事件に関して、撃退士の初動時間や撃退士が到着までに被った被害統計などだ。
「うわ、ありがとう」
健太郎は企業側へのアプローチで手いっぱいだったため、これは助かる。
「みなさん、準備はいいですか?」
そこへ、機材の準備をしていた秋霜・アイブリンガー(
jb0991)が小走りで寄ってくる。
「ヒーローショーに参加する皆さんは、こちらのハンズフリーマイクを付けてくださいね。ここが電源になってます」
秋霜は、今回が初めての任務。
ひと一倍ヒーローに憧れているが、今回はヒーローを紹介する立場を選んだ。
(ヒーローの就職を支えるのも、ヒーローの仕事!)
秋霜の表情は、前を向いて明るい。
「さっ、そろそろ開幕ね」
舞台装置の確認を終えた仔神 傀竜(
ja0753)が、パンッと手を打ち鳴らした。
●イッツ・ア・ショ――ウタァアイム!
「確かに、何時どこで天魔が現れてもおかしくないこのご時世では、大企業ばかりに撃退士が偏るのは問題がありますね」
学園に居ると、周囲は皆撃退士であるからその貴重さを忘れがちになる。
戦闘依頼はもちろんあるが、学生としての生活もあり、『職業』として常に戦い続ける撃退士たちとは――そして全く力を持たず、日々を送る一般の人々とは、少なからず感覚のズレがあるのだと。
玲花は舞台に立ち、観客、そして護衛の撃退士たちを見下ろしては実感した。
「然るに、観客に我輩達の力量を見せつければよいのだな。任せよ」
赤いネクタイ黒いシャツに白いスーツ。戦闘服に身を包んだ天龍が、頼もしげに腕を組む。
「奇抜衣装も撃退士としては必要なものだから、慣れてもらわないと」
魔具に魔装、海はフル装備だ。
「少しでも貢献出来ればいいのだが……」
「強羅さん、強羅さん……」
「あ? ……。これは……間違えた感じか……?」
「いや、だいたい合ってる」
「嘘を言え!」
一般的なヒーローショーよろしく、赤いマフラーに口の部分を覆うヒーローマスクを装着した龍仁へ、人外メイクをきめた筧がサムズアップした。
ひとりじゃないってステキ!
「よい子のみんな、こーんにーちはー!!」
「「こんにーちはー!!」」
舞台袖でヒーローと悪役がアレコレしている間に、秋霜がイベントをスタートさせた。
『撃退士のファンなおねえさんが、会場に来てくれたお友達と勉強会をする』という設定である。
ホワイトボードにプロジェクタ。天魔被害の映像は、配慮として被害がとても少なかったものを選んでいる。
自治体に強い力があるでなく、撃退士を雇用した大企業があるでもない小さな街。
ひとたび被害が発生すれば応援が駆けつけるまで、どうすることもできない――その恐怖は、地域住民たちも知るところで、今までの明るい空気から一転して、真剣に聞き入っていた。
「合同出資とはいえ、人数は少ないとはいえ、地域に撃退士が常駐してくれることは、とても心強いです。たとえば――」
秋霜が画像の切り替えをしようとしたところで――
……シュバァアアアアッ!!!
鮮烈な花火が、舞台中央から噴出する。
そこへ、照明の点滅。警報アラーム。
「ふはははは、ここか、ここか、人間のたむろする餌場は――!!!」
赤と青のライトに照らされ、ヴァニタス(筧)登場。
身の丈もある大太刀を振りかざし、ドライアイスの煙を切り裂く。
「きゃーーーっ 助けて、撃退士さーーん!! ……こんな時は!」
叫ぶ秋霜、そこへすかさずフリップを手にした健太郎が登場。
「慌てず急がず撃退士コール! この番号で、駆けつけるよ!!」
ヴァニタス(筧)の刃を潜り抜け、健太郎が去ると同時に天龍の高笑いが響く。
「天魔よ…… 我輩の刃は和を乱すものには容赦は与えぬぞ」
真紅の髪を翻し、漆黒の鎌を振るい、颯爽と登場!
しかし、天魔に扮する筧を目にして、胸をよぎる思いがある。
(……京都で初めて撃退士とアイツらの戦闘間近で見て、びっくりしたっけなぁ)
天龍がアウルに目覚めたのは、京都での戦いにおいて襲撃を受けたことがきっかけだった。
逃げまどうしか選択肢がない恐怖は、まだまだ記憶に新しい。
「はっ、その程度で、我に勝てると思うているのか!!」
それにしてもこのフリーランス、ノリノリである。
撃退士にしか解らないが、どさくさまぎれで闘気解放している。
「いつから撃退士は一人だと錯覚していた!」
玲花、海、龍仁がズラリと並んだ。
企業側が雇用予定である人数『4名』に合わせている。
「小賢しい!!」
天龍の鎌を掻い潜り、体勢を沈め、龍仁へと狙いを定めた。
太刀に紅蓮の炎を纏い、振りおろす!
「ここで負ける訳にはいかない!」
龍仁はシールドを発動し、カイトシールドで攻撃を受け止めきる!!
(鬼神一閃とか、おとなげないな!!?)
(本気でいかないと♪)
小声で会話を交わしつつ、力が拮抗しているところへ、ひらりと舞台の壁を駆ける玲花がヴァニタス(筧)の背後をとった。
軽やかに身を捻り跳躍、流れる所作で胡蝶扇を投げつける。
舌打ちをして避けるヴァニタス(筧)。
そこへ――
「星の煌めきよ、魔を祓え」
海が、『星の輝き』発動!!
ヴァニタス(筧)がうめき声をあげ横転する。
(見た目で派手なのがこれぐらいしか使えないんだよなぁ)
観客まで影響が出ないよう加減はしているが、大丈夫か不安になりつつ、ショーは続く。
「たかだか4人と、甘く見ないことだな!!」
音なく駆けより、天龍が鎌を振りおろす!
玲花の胡蝶扇が舞い、海がオーバーアクションで十字槍を振り回す。
全ての攻撃が交差し――
「うおぉおおおおおおおお!!!」
咆哮するヴァニタス(筧)。
(今ね!!)
傀竜がタイミングを図り、舞台を爆発させた!!
「撃退士さんありがとうございます! おかげで私もみんなも助かりました!」
中央で折れてしまった舞台を、恐る恐る歩きながら秋霜がヒーローたちに拍手を送る。
「撃退士は並みの人間よりは丈夫であるからして、我輩でもこれくらいの荷物でもひょいひょいとだな……」
乱れた髪をかきあげながら、その場で舞台修復に取り掛かる天龍たち。
「命を懸けて戦う以上、こういった損壊を免れることはできない――しかし、建物ならば、直すことが出来る」
天魔の持つ透過能力の恐ろしさを簡単に紹介しながら、龍仁は撃退士の戦いに理解を求めた。
「俺たちは、天魔を倒すことができる。しかし――決して、万能じゃあない。出来る事と出来ない事もある」
撃退士は特別ではあるが、特別ではなく普通である。
傷を負えば痛いし、救いきれないこともあるし、一つ一つに悲しみを抱く。
落ち着いた声で、龍仁と海が自分たちの経験を交え説明した。
その後ろで、玲花、天龍、健太郎に傀竜が見る見るうちに舞台装置を復元してゆく。筱慧がスポットライトでそれを追う。
「今日来てくださった撃退士さんには、交流を兼ねた警備として引き続きこの会場に残ってもらいますので、見つけたら元気に声をかけてあげてください」
舞台修復と体験談が時間ジャストで終わったところで、秋霜がヒーローショーの締めくくりをした。
「後半からはあなた達の為の撃退士、企業撃退士についての説明会を行います。
では、来てくれたヒーロー達を拍手でお見送りしましょう。ありがとうございました!」
会場は盛大な拍手に包まれた。
●あなたの街の撃退士
健太郎の要請で、今回の企画を主催した各企業の代表者が一言ずつ挨拶と職務内容について説明をしてゆく。
(私が将来、何に進むかはまだわからないけど……)
真摯な説明内容に、筱慧も自然と耳を傾けていた。
「こんな方々の下で、そして地域の皆さんを守るための、企業撃退士です」
流れを受けて、健太郎が説明を開始する。
「撃退士・仔神 傀竜でぇす。宜しくね」
並び立つ傀竜は、人形を使って子供たちにも解り易く噛み砕いてのフォローを入れる役割だ。
「……やだわ、オカマじゃなくてお姉さんよ☆」
ざわっとした会場に、ウィンクの星をとばした。
その隣で、筱慧が場を繕うように笑顔で手を振る。
「今、必要なのは即戦力だね」
興味を抱き、参加しているフリーランスや就職活動中の久遠ヶ原の生徒も会場内にいる。
いろんな立場の参加者へ気持ちが届くよう、筱慧は柔らかな言葉遣いでサポートをする。
玲花の用意してくれたレポートから『地域密着』の大切さ、
企業側から受け取った資料から、具体的な雇用条件。健太郎がとうとうと語る。
「残業代や代休など福利厚生周りは、きっちりしています」
社長の一人が「産休も付くぞー」と発言し、会場に和やかな笑いが生まれた。
かけがえのない撃退士だからこそ、歓迎を持って、尊敬を持って、雇用するのだということ。
大企業に比べれば見劣りしてしまう点があることも隠さず伝え、しかし、この土地だからできることがあるのだということ。
「守るべき人の顔が見える職場で思いも直接伝わりやすいということは、人の為に戦いたいっていう撃退士にとっても、いい職場だと思います」
「有事の際に信頼できる人、というのは大事だとおもう」
守られる側、地域住民の立場で筱慧が言葉を挟む。
企業撃退士は企業のために戦うけれど、それらは巡り巡って地域のためとなるのだ。
健太郎は頷きを返し、
「かくいう俺も、ほんの少し前まで企業で働くサラリーマンでした。それが、ちょっとしたきっかけで、今、この舞台に居ます。だから……」
ここで話を聞いている、一般の皆さんにも、もしかしたら秘められた力があるのかもしれません。
「あたしも色々あって撃退士やってるけど…… やってみるのも案外おもしろいわよ♪」
ヒーローショーの興奮冷めやらぬこの時に、健太郎、傀竜の言葉は子供たちに夢を与えた。
●戦い終わって日が暮れて
「フリーランスは、職業としてはフリーターなのだろうか……」
「聞こえてる。天龍さん、聞こえてる」
悪役メイクを落とし、海にかすり傷の手当てを受けている筧が、天龍の独り言に応じた。
「フリーランスとして死地をくぐり抜けたであろう筧君を、凄いと思っているのだぞ!?」
「はははー ありがとう」
「おつかれさまだったな、鷹政」
会場で子供たちの相手をしてきた龍仁が、クシャリと赤毛をかき回した。
「なんの。レッドは固かった」
「……言うな」
「たまにはこんな風に、実戦とはかけ離れたところで思いっきり動くのも悪くないですね」
「実戦モードの卒業生が居たけどね……」
玲花の言葉に、海が笑う。
筧が、おとなげない程度には力を出していたことに海は気づいていた。
「進路を決めるのは大変な事だけど、悔いのない様、自信をもってすすんでくれるといいね」
自分にとっては、まだ先のこと。
けれど、接することで一つだけ、少しだけ、見えた気がする。
筱慧はそんなことを考える。
「――それにしても。今日、できなかったことがあるんだけど」
筱慧が目を伏せた。
「かわいい女性が説明会にきたら、個人的なお茶会の約束とかしたかったんだよね……」
「……そんな暇は、なかったな」
龍仁が、励ますように残っていた焼き菓子を筱慧に差し出した。
「ま、ほら、可愛い女性はここにたくさんいるじゃないの」
「あら。アリガト、筧さん☆」
「あ、うん、……うん」
すかさず反応した傀竜に、筧が微妙な表情で頷く。
「ということは、筧さんのおごりフラグですか」
「あー、うん、みんな、がんばってくれたしね」
「筧君が幼女趣味というのは本当であるか!」
「誤報です!!」
海、天龍に畳みかけられ、筧が叫んだ。
(ヒーロー、か)
賑やかな一行を穏やかな表情で見守りながら、秋霜は己の目指す、思い描く未来へと想像を巡らせた。