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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/10/11


みんなの思い出



オープニング


 大天使ダレス・エルサメクは宇治川の陣に八〇〇を超える撃退士達が終結しているとの報を聞き、これを自ら撃滅せんと、総司令官自ら一五〇〇のサーバントを引き連れ京より出撃した。
 木乃伊の武者が骸骨の兵士達を引き連れ、整然と京の道を南下してゆく。巨獣ケルベロスが咆哮をあげ黒の大烏が焔を纏って空に舞った。
 この動きに対し、撃退士側は後詰として、また本陣の守りとして一〇〇あまり宇治川に残し、残りの七〇〇超を率いて迎撃すべく出撃した。
 両軍が睨み合ったのは、京市街より南、宇治川より北、かつての戦いで建物は薙ぎ倒され、荒野と化している地点である。
 ダレスはサーバント達を横陣状に広げて展開し、撃退士側もそれに抗するべく横に翼を広げた。
 会戦である。
 京の奪還が成るか、それとも天界側が京を支配し続けるのか、その最初にして最大の分水嶺となる戦いが今、始まろうとしていた……



●駆けし片翼
 京都を巡る、再びの大きな戦い。
 そこへ集う者たちの表情は一様に固い。

 東端の部隊――9番中隊に配属された撃退士たちを集め、担当職員が説明を始めた。
 正面に広げたマップ、その右端を指す。そこが、自分たちの戦場となる。
 横陣――横一列に互いの精鋭たちを配置し、互いに正面からぶつかり合う陣形。
 中央部隊は正面切っての混戦が予想される。
 そんな中、両端の部隊は側面・及び背後へ回り込まれないことが重要視される。
「当部隊が撃破・背後を取られることは致命的な結果を招くだろう。端から順に崩されてゆくのは避けたい所だ。
 平地での戦闘となるが、斥候によれば対する部隊には飛行系サーバントが多く配置されているらしい」
 翼をもつもの。
 足場の影響を受けず、素早い行動で思うがままに空を駆ける。
 空を駆け、地へ舞い降り、そして再び飛翔する。
 個体の強さはそれほどでも無いとしても混戦の中に投じられれば、この上なく面倒な敵となる。
「そこで――、だ」
 職員がマップを叩いた。
「諸君らには、この翼を落として欲しい」


●欠けし月、天を仰ぎ
「こんなところか」
 机上で布陣を確認し、米倉は息をつく。
 ダレスの勢いに呑まれる形となったが、代わりに米倉は己の策を滑り込ませてある。ダレスは気づいていないだろう。
(負けるわけにはいかない、決してだ)
 どうやって勝つか――その説得力は、人間に対しても――そしてダレスに対しても、示さねばなるまい。
 窓の向こう、都の空に浮かぶ欠けた月を睨み据える。
 そう簡単に、明け渡してなるものか。



リプレイ本文

●会戦
 向かい合い、ズラリと並んだ両陣営に、誰のものともつかぬ息を呑む音が聞こえる。
 分厚く展開したダレス軍に対し、飲み込まれないことが精一杯の撃退士側。
 一触即発のにらみ合いが続いている。
 火蓋を落すは、どちらか。


 撃退士たちの、武器を取る手に汗がにじむ。
 絶対的な戦力の違いは見て解る。
 しかし引くつもりは誰の胸にもなかった。
 逆境とさえ呼べる現状に対し、瞳に、強い光が宿る。
 決して負けるわけにはいかないこの戦い。
 参加できた、そのことを誇りに。
 そして、奪還を願う数多の想いを背に。

 今、京都に立つ。



●約束の地で
「とうとう掴んだ奪還の糸の端、ですね」
 牧野 穂鳥(ja2029)にとって、京都の戦いは幾度と携わってきた思い入れの深いものだ。
 戦闘時はサイドテールに結いあげている髪も、今日は心なしか力が入っている。
 小さく頷く姫川 翔(ja0277)も、穂鳥とは過去の作戦において別働隊だったが京都を巡り命を懸けてきた一人。
(此処での勝利は、京都を奪い返す為の……橋に、なる)
 そのために、希みを繋いできた。
 救出作戦を繰り返し、周辺サーバントを掃討し、異変アリとの情報を聞きつけ偵察部隊として潜り込んだ。
(これは……この厭らしい形、は)
「……米倉――創平、だ…… ね」
 隙の見当たらない、飛行系と地上系サーバントの組み合わせ。
 力押しだけではどうにもならない敵勢を前に、翔は思案する。
「ふむ、……見れば見る程、米倉が好みそうな布陣だな」
 翔の思考をなぞるように、郷田 英雄(ja0378)は平時は封じている左目を開け、両眼で戦況を見据えては口にした。
「創平は……僕等を舐めてないって事、かな。――嬉しい、ね」
 京都を奪われたのは、春。
 あの頃から、自分たちだって幾分か成長している。
 それと同様に都へ居座る使徒もまた、何もしていない・感じていないわけではなかったということだ。
 喰い下がる撃退士を侮らずにいることは、眼前の布陣が物語っている。

「これはまた大規模な作戦ですね〜」
 石田 神楽(ja4485)の笑顔は、この状況下でも揺るがない。
(あちらの戦術とこちらの戦術……。さて、どちらが勝るのでしょうね)
 正面衝突が本筋の戦いの中、側面を叩く部隊を用意するのは数に勝る敵陣だからこそ。
 数で勝てないのであれば、策で勝つよりない。
 数さえ勝っていれば有利、だなんて過去の戦いで幾らでも覆されてきたことだ。
 自分たちも、それなりの手立てを考えてきたつもりだ。
 それが机上の空論となるか、否か――
 楽しみ、だなんて思うことは不謹慎であろうか。 

(楽しめそうだ。……必死に行こうか)
 横陣の東端、その中で特殊な任務を負っている自分たち。失敗は許されない。
 武者ぶるいを抑えて英雄は口の端を歪めると、相対する鳥人、狐の群れを睨んだ。
「ん…… いい加減、京都は返してもらうの」
 アサルトライフルを構え、九曜 昴(ja0586)は標的を定める。
「地上の敵は任せるの……」
 昴の言に、英雄は紳士然として頷きを返す。
「開戦の法螺貝でも吹きたいとこだけど…… 中央からはちょっと遠いみたいね」
 そこへ、雀原 麦子(ja1553)の明るい声が重い空気を払拭した。
 ――十全の実力を出すために、場の雰囲気は大事。
 それが麦子のポリシーだ。
 緊張していないと言えば嘘になる。気負わないわけがない。だからこそ、リラックスが必要。
「ま、勝利の美酒を飲むためにも頑張りましょうか♪」
「奪われたら奪い返す。シンプルで俺は好きっすよ」
 ローテンションに応じるのは、射撃班に属する柏木 丞(ja3236)。
「姫先輩がハルピュイアと交戦経験あるってことで、こっちも異変を察知したら警鐘出します」
「……ん。頼んだ、よ」
「僕も過去の報告書は読んであるけどね……。まったく同じ能力ではないにしても、心強いの」
 天空を支配するハルピュイアは翔、地上を疾駆する狐は英雄、それぞれ過去に相手取った経験者がメンバーに居るのは偶然とはいえ幸運の一つかもしれない。
「範囲魔法が厄介よね。陣形は大事だけど、何を優先すべきか……その場の判断が重要ね」
 射撃班の一端を担う唐沢 完子(ja8347)が眉根を寄せる。幼い外見とは裏腹に、彼女の思考は実年齢さえ上回る理論派だ。
 規律を重んじ、より多くを確実に助けられる手段を選択する完子らしい言葉の、その裏には非情ともとれる判断を下す決意も込められている。
 いざ戦闘開始となれば、混戦も予想されるだろう。
 大のために小を殺す――時としてそれも辞さない覚悟。
 できることなら、その小をもこの掌で掬い上げたい、見合うだけの力が欲しいと心の底で叫び続けているけれど。

「僕が……みなさんの盾になります!」

 唯一の回復手であるレグルス・グラウシード(ja8064)が固い決意で声を発した。
 作戦を成功させるため、メンバー全員の命を守るためにこそ、レグルスが倒れるわけにはいかない。
 その責任の重さを強く感じている。
 身を盾にすることと、命を放り投げることは違う。
(みんなを生かすために、……僕は生き残る!)
「守るため、繋ぐため…… 絶対に譲れない!!」
 志堂 龍実(ja9408)が、スラリとグランヴェールを活性化させ、敵陣へと構えた。



●疾風迅雷
 天空のハルピュイア。
 三体一組で行動するという翼持つ乙女たちが二部隊あるということが難点の一つだ。敵とすれば、それこそが『確実に成功を掴む』配置なのだろう。
(大地に縛られなければ、機動力があれば、優勢だと――?)
 たしかに、背後へ回られてしまえば一巻の終わり。
 が、しかし、スタート時は向かい合っている。背後へ回ろうとするならば、どうあれ接近する必要がある。
「敵も随分と無駄のない陣形ですね……。今後の参考にさせて頂きましょう」
 神楽は阻霊符を展開させ、前衛が対応出来るまでの時間稼ぎとして迫りくる狐へ射撃で牽制する。
(……さて)
 頃合いを図り、黒刻(ボウトク)を発動させる。強制強化に伴う激痛が、集中力を高める働きをした。
 翼を持たず、地上に縫い付けられた自分たちには――射撃班には、長い射程がある。飛翔するその翼を撃ち落とす力が有る。
 陣形を保ち、羽ばたいてくるハルピュイアの群れへ、射撃班たちはそれぞれの射線を意識した位置取りで臨む。

「――初手。行きますよ」

 赤く変化した神楽の瞳が狙いを定める。
 前方で迎え撃つ完子と丞の間を、神楽の放つアウル弾が抜けてゆく!
 術式により漆黒に染め上がったライフルから放たれた弾は、的確に緑髪のハルピュイアを撃ち抜いた。
 連携を取るうちの一体が瀕死状態になれば総攻撃を掛けてくるという事前情報から、真っ先に指揮官である緑髪のハルピュイアを落とす作戦である。
「黒壊(ホウカイ)、どこまで効くでしょう」
 着弾点から無数の黒い蔦状のアウルが発生し、ハルピュイアを浸食するように絡みつく。腐敗効果のあるそれは、緩やかに確実にその羽を散らしてゆく。
「本気で……行くよ?」
 間髪いれずに、距離を取り並び立つ昴がストライクショットを叩きこむ!
「……ん。よし、とにかくやりますか」
 命中安定を最優先し、丞は片膝立ての状態で狙撃。肩の力を抜いて脇をしめ、照準は敵の中心やや上に定める。
 欲を出さず確実に当てること。それが丞にとって最優先事項だ。

「いらっしゃいませお客さん。不思議の国への切符を一枚いかが?」

 神楽、昴、丞の連撃の間に、完子は己の中の戦闘スイッチを一つ、オンにする。
 目を閉じて、開く―― 『歪曲:W.W.W.』、ウェルカム・トゥ・ザ・ワンダフルワールド!
「ようこそようこそお客さん。……歪んで綺麗な不思議の国へ!」
 闘気を解放すると共に、最大火力で指揮官を散らした!!
「……来ます!」
 緑髪へ集中砲火を浴びせる一方で、他の二体が距離を縮めている。
 後方の神楽が、注意を促す。
 バラバラと指揮官の羽が舞い散るその間を潜り、青髪のハルピュイアが大きく槍を旋回させた。
 技を放ち隙の出来た完子へ、赤髪のハルピュイアが急降下する。

 ――疾風の刃が駆け抜ける!!

「これくらい……」
 もとより範囲攻撃に注意しバラけた陣形で構えていたおかげで、風魔法は大方が回避に成功する。
 回避か防御か一瞬戸惑った丞だが、がっちりとガードにまわり、装備を浅く裂く程度で耐え抜いてみせた。
(――いける)
 一、二撃なら耐えられる。その合間合間で、集中砲火を浴びせれば――
「ってぇ、完子!?」
 ハルピュイアの剣に肩口を裂かれた完子がよろめく様子が丞の視界に入る。丞らしからぬ、思わず大声を出してしまう。
(スタンか)
 そのまま再び上空へ舞い上がる赤髪のハルピュイアを見上げ、丞は歯噛みした。
 効果時間は短いといえ、強制的に意識を刈り取られる状態はまずい。
 丞が完子を庇う位置取りをする間に、神楽、昴が冷静に攻撃優先順位を定めていた青髪を狙撃してゆく。
「一気に殲滅するのっ」
 完子が意識を取り戻す、それまでに少しでも敵の力を削ぎ落す。
 空中から風魔法の攻撃を放たれてしまえば、直接守ることはできないのだ。
 『攻撃が最大の防御』とは、よく言ったものである。
「……っ、う」
 丞の後ろで、完子が呻く。
 人一倍、責任感の強い彼女だ。朦朧とする意識の中で必死に戦っているのがわかる。だから。
「やるっきゃないっすね」
(指揮官を撃ち落としたことで、敵さんもバラバラだ)
 連続攻撃をしようというのだろう、溜めのモーションに入った青髪のハルピュイアは丞にとって恰好の的だ。
(ここさえ凌げば……)
 青髪の後ろで、赤髪のハルピュイアが剣を振り抜いた。
「っ、あぁああああ!!! もう!」
 風圧に押され、倒れた完子が叫びと共に意識を取り戻す。体勢を立て直す。
「こんなところで! 眠り呆けてる場合じゃないのよ、あたしは!!」
 怒りとともに、銃の引き金を引く。
 易い相手ではないと知っている、覚悟はしていた、それでも悔しいものは悔しい!!
 後方で、神楽がクスリと忍び笑いする気配がした。
「頼もしいですね♪」
 ――それはこちらのセリフだ。
 決して外さぬ命中率で、神楽は赤髪のハルピュイアを撃破した。

「僕の力が……あなたを助けられる光になるのならッ!」

 レグルスのヒールが完子を癒す。
「俺はまだ平気、とっといて。――まだまだ、続くし」
「はい!」
 射撃班の怪我の具合を確認したレグルスは、軽傷の丞の言葉に従い、地上班へと戻ってゆく。
 その上空を昴のアウル弾が走り、第二陣のハルピュイアへ先制弾を放った。



●紫電一閃
「此処を抑えなければ戦線は瓦解する……。絶対に護り切る……!」
 戦闘開始真っ先に、銃撃戦を始めた射撃班からやや距離を取り――飛行部隊と地上部隊を引き離すため――、地上班は狐の群れを相手取る。
 回り込まれないこと、そして分断されないこと。離れていても、いざという時に射撃班と連携を取れるよう、ラインはキープしておく必要がある。
「端から崩れるような事にはならないようにしないとね」
 肩に力の入る龍実へ、麦子がフォローの声を掛ける。
「姫ちゃん、前衛役よろしくね♪」
「……ん」
 ぐしゃぐしゃと柔らかな髪をなでられ、翔は複雑な表情で応じた。

 等間隔で逆三角形に配置スタートの金・銀の組み合わせ狐三組は、こちらから攻め込む間もなく距離を縮めてくる。――素早い!
「僕の力よ……仲間を守る、光になれッ!」
 レグルスが、翔、続いて龍実に『聖なる刻印』を付与する。
 有効時間は短い、しかしその間に出来る限りの攻撃を!
 穂鳥が真っ先にスリープミストを飛び込んできた中央二匹の、片割れである銀狐へ掛ける。
「今度こそ勝利の美酒を味わいたいもんだ」
 敵陣後方と上空を視界に収めながら、英雄が大剣を振り抜く。
 呼吸を合わせ、龍実が攻撃を仕掛ける。
「まずは倒せるのから数を減らしていきましょうか」
 初手から出し惜しみなし。
 闘気解放で一気に能力を開花させ、麦子は強弓で近づく金狐を狙撃する。
「……鳴かせは、しない」
 麦子の攻撃で体力の削られたところへ、すかさず距離を詰めた翔が刺突で金狐の動きを止める。
「纏めて払う……よ」
 続け、封砲を放つ!!
 至近距離の金狐を吹き飛ばし、その奥に控える指揮官・サブラヒナイトまでその衝撃波は届いた。
「先手必勝。このまま流れを掴むわよ♪」
 攻撃の手を休めず、麦子が声を飛ばす。
 龍実と英雄が左方の壁となり、穂鳥が援護攻撃を掛ける。
 中央で翔が引きつけ、麦子が右方の敵を狙撃する。
 レグルスは地上対応班と射撃班の中間に位置取り、癒しの魔法の合間にシールドを発動させ前線を守っていた。
 魔法属性の矢を放つサブラヒナイトの攻撃も率先して食い止める。
「……倒れてなんかいられないよ…… こんなところでッ!」
 圧倒的な防御を誇るとはいえ、レグルスの体力を回復してやれる者がいない。
 じわりじわりと力が削られてゆくが、レグルスは不屈の眼差しで耐え抜く。
 その間に、確実に仲間たちは敵を撃破してゆく。
 防御と、癒しと。
 目まぐるしい連続にレグルスの頬が上気するが、これが彼の今の戦いだ。
(非力でも、そっちから見たら笑っちゃうくらい弱々しい抵抗でも…… 少しずつでも削り取ってやる、お前たち天魔の存在を……!)
 諦めない。決して。
「ん〜、ちょろちょろと素早しっこいわね……!」
 麦子の矢が右方の狐の脚を止め、翔の剣が止めを刺す。
 石化を恐れていては何も動くことが出来ない。覚悟を持って、挑むよりない。
 それはレグルスとて同じであった。
 消耗の激しい地上戦で、彼が倒れることは作戦失敗に限りなく近づく。
「きっと護り切ってみせる、人間の世界も、仲間も、……恋人も!」
 紅い瞳を燃え立たせ、少年は吼えた。


「させるかっ!」
 左方の銀狐が、素早く前衛の隙間をすり抜け穂鳥に飛びかかろうとするも、グランヴェールを盾に龍実が割り込む。
「っ、くぅ!!」
 『聖なる刻印』の効果は切れていないはずだが、能力値の差を埋めることは出来なかったようだ。
「志堂先輩!!」
 石化が始まった龍実の体に、穂鳥が目を見開く。
「それ以上の接近は不許可よ♪」
 左方の異変を察知した麦子が、臨機応変に矢を放ち穂鳥を守る。
「厄介だな」
 入れ違いに掛けられたスリープミストで動きを止めた銀狐を大剣で叩き潰しながら英雄が舌打ちする。
「わ、私……」
「あぁあ、違う、そういう意味じゃない」
 自分の対応が遅れたせいかとうろたえる穂鳥へ、英雄が慌ててフォローの言葉を繋ぐ。
 狐の敏捷さはどうしようもない。むしろ、穂鳥の壁として動き切った龍実の対応が優っていた。
(受けに回ろうが、ダメージ発生した時点で石化対象か……)
 英雄にとって、厄介と感じたのはこちらだ。
 先手を取る、間合いを取る、回避する、圧倒的な特殊対抗値。石化は回避手段として有効なのはこれくらいか。
 手早く対策をまとめると、大剣からリボルバーへと英雄は装備活性化を切り替える。
「そう簡単に、やられてくれるなよ!!」
 聞こえているだろうか、龍実へ叫び、英雄は残る狐を狙撃した。
「……穂鳥。ぶっ飛ばして」
 狐たちを、完全にこちらに引きつけたタイミングを読んで、翔はソニックブームで狐を蹴散らし道を付ける。
「穂鳥ちゃん、切り札登場よ!」
「えぇ、絶対に……絶対に」
 間合い、タイミングを計り間違えたりしない。
 麦子に背を押され、緊張した面持ちで穂鳥が頷く。
「見慣れた顔ですが、何度でも叩き伏せます」
 キリッと眼前の将を睨みつける。
 セルフエンチャントで魔法攻撃力を増幅させ、穂鳥はサブラヒナイトへと間合いを詰める。
 追いすがろうとする狐を麦子の放つ矢が食い止める。

「行きます!!」

 穂鳥が、強力な魔力を纏いマジックスクリューを放った!
(一度じゃ無理でも……!)
 チャンスは3回。
 朦朧に陥れることが出来れば、周囲の援護も仕掛けやすいはずだ!!



●烈風疾駆
 土埃が舞い濁る視界、怒号、悲鳴が飛び交う。
 人のもの、天魔のものが入り乱れ、倒れるものは踏み抜かれ、風に飛ばされてゆく。
 端から端までなど見渡すことのできない戦場の中、東の端の戦いも佳境に差しかかっている。


 射撃班の周辺には、鳥人の羽が大量に散り飛んでいた。

「ブラックホールの闇に落ちるがいいのっ、ダークショット!」

 昴の渾身の一撃で、指揮官のハルピュイアが墜落する。
 これで、突撃、連携の阻止に成功したことになる。
「指揮官がわかりやすいと、いい的ですね♪」
「同意だけど。笑顔で言わないでくれるかしら……」
 決して外すことのない驚異の狙撃の腕と発言が噛みあいすぎて、完子は思わず額を抑える。
「頭を失うと、攻撃もワンパターンか」
 行動を読み切った丞が、剣を振る赤髪を狙い撃った。丁寧な射撃スタイルは崩さない。
「これがサーバントの限界、ってところなのかしら」
 断定することはできないが、現状においては。
 指揮官を失った途端に、攻撃手段が単調・あるいは脈絡のないものになり、モーションの段階で予測できてしまう。
 神楽の言葉ではないが、それこそ『いい的』だ。
 おちついて。時に攻撃を耐え凌いで。機を逃さずに。
 第二陣のハルピュイアの意識を、先制攻撃によってこちらへ引きつけられたことが大きかった。
 指揮官の攻撃優先指示を利用することに成功した。
 ともすれば地上班との混戦も覚悟していただけに、予想以上に良い結果を引きだすことが出来た。
「んじゃ、加勢に行きますか」
 一見、悠長な会話に思えるが、それは平静を保つための糸のようなもの。
 ともすれば、たちまちのうちに戦場の熱気に飲み込まれ、判断力を失いかねない。
 今は、自分たちの仲間の状況把握に専念することが第一だった。


「レグルス! 酷い怪我じゃない!!」
「僕は平気です!」
 駆けつけるなり、満身創痍のレグルスを完子が叱り飛ばす。
 怒鳴ったところでどうしようもないことは知ってる。どうしようもないことに対する苛立ちの裏返しでしかない。
「今の、勢いを どうか、このまま……!」
 完子、そして丞へライトヒールを掛けながら、レグルスは思いを託す。これが最後の回復魔法だ。
「行きましょう。もうひと押しです」
 汲み取った神楽が、完子の肩を叩いた。

「ッとォ」

 サブラヒナイトの弓攻撃を受身で和らげた英雄が吹き飛んできて、丞が慌てて受け止める。その体格差ゆえ、一緒に飛ばされそうになるのを必死で耐える。
「大丈夫か?」
「行ける行ける、もうひと押し」
 軽傷を負いながら、英雄はニィと笑う。
「早い合流で助かる」
 石化の解けた龍実も頷きを返す。
「いよいよ、ボス戦ね…… 信頼してるわよ、ぐらちゃん」
((ぐらちゃん……))
 神楽の胸をポンと叩く麦子の様子に、周囲が一瞬ザワめいた。


 加勢が駆けつけたことを察知し、穂鳥が再度のセルフエンチャントを掛ける。

「自分が、私が……護るっ。邪魔は……させない!」
 龍実の声。
 熱い言葉と裏腹に、広い視野で冷静に周辺への警戒・対応をする。
 龍実のサポートを受ける形で並走していた完子が、一歩前に抜けた。
 ――『始曲:Jabberwocky』、発動!
「あたしばっかりスタンにかかるのは御免だわ!!」
 穂鳥と対峙していたサブラヒナイトに仕掛ける!
 効果を確認し、続けて再びの『歪曲:W.W.W.』。
 遠方から神楽、昴のアウル弾が飛び、重ねるように完子も攻撃を放つ。
 物理防御半減能力があるのなら、倍の威力で攻撃をしかけるばかりだ!
 攻撃、始曲、攻撃を繰り返し、完子のスキルが尽きると畳みかけるように龍実が薙ぎ払いを続ける。
 間合いを詰められたことで、攻撃を太刀に切り替えてきたサブラヒナイトの一撃は翔が食い止める。
 
「その包帯の下が通例通りなら、とてもよく燃えてくれることでしょうね」

 穂鳥の指先から、魔法が放たれた。
 痛覚も雑音も無視し、目標だけを見据え、限界まで心を研ぎ澄ました一撃。
 椿の木と炎を孕む蕾の幻影がサブラヒナイトを取り巻き――開花、爆散。
「『爆椿伐(ハゼツバキ)』――……綺麗でしょう?」
 豪炎に包まれ、悲鳴を上げることなく木乃伊の鎧武者は消し炭と化した。



●9番中隊、ハルピュイア・狐担当班
 天上を駆ける翼を落とし、地上を駆ける牙を落とし、横陣・側面のラインを守りきることに成功した。
 自分たちに課せられた戦いは、これで一端の幕引きとなるが、会戦自体が終わるわけではない。まだまだ、気を緩めるわけにはいかない。
 しかし、自分たちの所属する9番中隊も全体的に押している状況はうかがえた。
 全体の戦況は、どうなっているのだろう。現段階で、知る術はない。

「この地における最終目標はここにあったもの全ての奪還。それを妨げるというなら踏みしだき、焼き払い、進むだけです」
 魔法書を手に、穂鳥が息を吐きだす。
「安心するには、まだ早いの……」
「可能な限り、周辺部隊の援護射撃に加わりたいところね」
 昴、完子が土煙りの向こうを見据える。
 ……その時。
 一陣の風が吹き抜け、撃退士たちの髪を揺らした。
 力を尽くした体を、ほんの少しだけ冷やす秋風。濁っていた視界を、土埃をさらう。
 怒号、剣戟、その向こうに、取り戻したい京の街が見えた。
(これから、だ――。必ず……取り返して見せる。街も――、人も)
 翔の、深海のような色合いの瞳が、今は高い空を映し明るい青となっていた。

 
 戦いは終わらない。否――ここからが、始まりだ。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 希みの橋を繋ぐ・姫川 翔(ja0277)
 夜のへべれけお姉さん・雀原 麦子(ja1553)
 『山』守りに徹せし・レグルス・グラウシード(ja8064)
 二律背反の叫び声・唐沢 完子(ja8347)
重体: −
面白かった!:11人

希みの橋を繋ぐ・
姫川 翔(ja0277)

大学部4年60組 男 ルインズブレイド
死神を愛した男・
郷田 英雄(ja0378)

大学部8年131組 男 阿修羅
秘密は僕の玩具・
九曜 昴(ja0586)

大学部4年131組 女 インフィルトレイター
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
『奪都』参加撃退士・
柏木 丞(ja3236)

大学部3年291組 男 鬼道忍軍
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
遥かな高みを目指す者・
志堂 龍実(ja9408)

卒業 男 ディバインナイト