●先陣、右近の橘
晩夏。京都。結界内。曇天。
見上げる空は、遠くから見れば、とぐろを巻く竜のごとき暗雲が鎮座しているように見えるのだろうか。
生徒会執行部からもたらされた情報では『京の中心部に逆巻く竜のような稲妻が落ちた』という。
自分たちは、その中心部近くまで入りこんでいた。
出来るだけ気配を消し、とにかく戦闘を避け、神経を張り詰め、ここ――七条通り、廃屋の片隅で呼吸をしている。
(……あの時の、雷、は。そういう事……だったの、か)
京都の東西南北で、不自然に強力なサーバントが登場したというのは、ほんの少し前のこと。
北の討伐隊に、姫川 翔(
ja0277)は参加しており、件の雷光も目にしていた。
ただの夕立だと思っていたのだ。あの時は。
そして、いつか必ず取り戻すと、京の中心部に落ちた雷に誓った。
しかし――
しかし。
(――米倉)
確証はない。しかし、あの時の雷は、同志を撃つ雷撃だったのかもしれない。
自分たちが遠方で戦っている頃、中心部へも偵察隊が行動しており、そして……
翔は、ゆっくりと首を振る。
雑念を、振り払う。
この場に偵察隊として自分たちが居るのは、雷に撃たれたかもしれない先の偵察隊が居てこそだ。
彼らが繋いだ情報を、更に確たるものとして、今度は自分たちが繋いでいくのだ。
そう、先陣として。
陽動三班・偵察二班からなる五条の撃退士たちが、新たなる路を切り拓く。
「……いずれ京都は奪還するぜ。その為にも足掛りとなる情報を確実に持ち帰る」
ルート確認を終えた叶 心理(
ja0625)が、曇天を睨み据えた。
自分たちが入り込めたからといって、取り戻したわけではない。
少しずつ少しずつ、救出作戦を重ねていったとして、肝心の天使共を退かせなければ意味がない。
それは、先の長い話だろう。
「だが、ま…… 仲間の命が優先だけどな。命あってこそ、だぜ?」
先は長い。だからこそ失敗は許されず、そして自分たちの力を大事に考えなければいけない。
「30分で『中堂寺前田町』へ辿り着けそうになければ、帰りは小坂町を経由して、撮影して帰ろう」
心理の言葉の意味を汲み取り、龍崎 海(
ja0565)は作戦に幅を持たせる。
普段の戦闘依頼であれば『10人』という指定は『大人数』の部類になるだろう。
しかし、ここは天使の支配領域――結界内だ。
『隠密行動』と『自衛戦闘』、天秤にかけてギリギリの人数。
相手のホームへ飛び込むことを考えればこれでも少ないかもしれず、気づかれず動くには多いかもしれない。
何が起きるか解らないからこそ、慎重に。そして柔軟に。
御堂 玲獅(
ja0388)が腕時計を確認し、作戦開始の刻を告げる。
「……頃合いでしょう」
「ここに戻ってくることになるとはね……。取り戻すための一歩、踏み出すとしましょう」
耳を澄ませば、サーバント達の気配の他に戦闘音が混じり始めている。陽動班が動き出したことが知れる。
すぅっと伸びる広い通りに戸次 隆道(
ja0550)は目を細めた。灰色系の服装で身を固め、少しでも隠密行動に有利になるよう配慮している。
――春の大規模戦闘以来、ここまで封都へ深く入り込む任務は無かった。
『誰かがどうにかしてくれる』そう思っていたわけじゃない。
このまま、『天使に喰われた都』として良しだなんて思ってなどいない。
「焦らず、一歩ずつ、ですね。いつかこの街を取り戻すために……」
レグルス・グラウシード(
ja8064)は、暴力の爪跡だらけの街並みを、その澄んだ瞳に焼きつける。
京都。日本国を代表する美しい都だったと聞く。
目的地付近の地図に目を通し、古い情報、写真なども頭に入れていた。
それが、ほんのわずかの間に、天使に蹂躙され現状を晒している。
これが、己の故郷だったら、どれほど胸が苦しいだろう。
愛する人の故郷だったら、どれほど……
自分が『そう』ではないというだけで、そんな思いを抱えている人々が今なお多くいる。それだけで、レグルスには戦う理由に値する。
(七条通に戻る迄が仕事にょろ)
貸与されたカメラを、戦部こまち(
ja8486)は忍装束の懐に保管する。
作戦の派手さを見るに、もう1つの偵察班が偵察の主力の様に思える。で、あれば自分たちは影の陰といったところか。
(うん、いい感じにょろり)
孤影忍者を自負するこまちの、モチベーションがワンランク上昇した。
「必ず情報を持ち帰ってみせる」
ルーネ(
ja3012)の力強い言葉で、一行は道を踏み出した。
●潜行、崩れ落ちし町並
七条通りを道なりに進み、坊城通へと左に折れる。
ここから、道を挟み二手に分かれての行動となる。
敵と遭遇した際、片方だけでも撮影地点へ辿りつけるように。
A班は、道の左端を行く。
「陽動班の活躍に賭けるばかりだね」
敵に異変を察知されることを防ぐため、今回は阻霊符を使用しない。
いつ、物陰からサーバントが飛び出してくるかもしれない状況の中、加倉 一臣(
ja5823)は同タイミングで切りこんでいる友人たちを思った。
彼らは陽動班として、すぐ近くで交戦している。
「こういった戦いは、京都駅以来ですね」
「そういえば…… 昴ちゃん達もか」
玲獅の言葉に、一臣は京都駅を舞台にした一大救出作戦を思い出した。
九曜 昴(
ja0586)とルーネは他班、そして一臣と玲獅はそこでもまた同じ班で行動していた。
陽動・突撃部隊が地上の敵を引きつける間に、列車を利用して地下に囚われた人々を救出するというもの。
退路を守りきる班もあり、作戦全体でいえば成功に終わった。
あの時も各班で連絡を取り合うことは無く、互いの無事を祈り、成功を信じ、己の力を尽くすばかりだった。
「おかかおにぎり、持ってくれば良かったでしょうか」
「ハハハハ」
軽い冗談に乾いた笑いを返し、一臣は昂りかける感情をゆっくりと鎮める。
(続いてる)
自分たちの、進んできた道が。拓いてきた道が。救ってきた命は無駄じゃない。
時として離れた場所で戦う仲間と。走り続ける自分の汗と。
(必ず、応える)
あの時のように。
準備してきたフック付きロープを使い、海が瓦礫を越える。その後ろから軽快に跳躍しながら、翔は要所要所で使い捨てカメラを用い、現状の撮影をした。
(……以前の地図は、目安程度にしかならない……な)
地図でも入り組んだ町並みではあったが、時には道路を塞ぐほどの瓦礫も在る。
七条通り、それから市街へと入る曲がり角、順を追って撮影をしてきたが……少しでも、今後の作戦に役立つだろうか。
メインはあくまでも要塞の写真だが、京都の現状を伝えることも、無駄ではないと翔は信じる。
最後尾を音なく駆けるこまちは、定期的にチョークで目印を付けてゆく。
それは、サーバントには理解できないもの。異変とは感じないものだ。
逆に、自分たちにとっては帰りの際の道標となる。
(最悪、迷子は避けられるにょろり)
写真を撮りましたが帰れません、では任務遂行とはならない。
『帰りは来た道を戻るだけ』と言えば簡単かもしれないが、焦りは必ず間違いを呼ぶ。
この印は、冷静さを呼び掛ける物言わぬ警鐘となるはず。
一方、B班。
道の対岸を駆けるA班を確認しながら、隆道、ルーネたちも互いの距離を取り、進む。
すぐに駆け付けられるよう、そして纏めて狙い撃ちされることの無いよう注意を払う。
(とにかく、時間を短く撮影場所へ撮影班を向かわせることが第一なの……)
昴が眠そうなのは、目だけである。意識はしっかり覚醒している。
慎重になり過ぎるあまりのタイムロスを、昴は懸念していた。
事前に地図を頭に叩き込んでいようが、いざ走り始めると迷路のような廃墟群。
自分たちの存在に気づいているのか確認すらできない、サーバント達の鳴き声。
じっとりと、汗ばんだ衣服が肌に張り付く感触だけが、リアルを伝えている。
「!!」
先を行くA班・一臣のハンドサインに、心理がいち早く気づいた。
『影。グレイウルフ。3体』
一同に緊張感が走る。
交戦か、回避か。
先頭の隆道の指示で、B班の全員が瓦礫の影に隠れる。
咆哮を上げるグレイウルフの群れは陽動班に対する増援らしく、見当違いの方向へと駆け抜けていった。
家屋・瓦礫をすり抜けてゆくその姿を見て、阻霊符を発動していたら……と考え、ゾッとする。
やり過ごし、再び進み始めたその先で銃声が響いた。
●混戦、託された誓い
正しくは、アウルを練って減音に努めた一臣の渾身の一弾だった。
先のグレイウルフの咆哮で、増援として駆けつけてきた群れとの接触。これは流石に避けることができない。
「……やりにくい」
翔が剣を振るいながら、忌々しげにつぶやく。
増援を呼ぶ様子のある個体から積極的に撃破してゆくが、何処からともなく群れが群れを呼び寄せる。
「やり過ごせるなら、それに越したことはない……けど」
もう、遅いかもしれない。
最初から、無理だったのかもしれない。
海が十字槍を大きく振り、道を拓く。
「先に!」
言葉は、短くても伝わる。
交戦時に手間取るようであれば、撮影部隊が先へ抜けるように。そういう手筈だ。
玲獅が裁きのロザリオで、遠方のグレイウルフを撃破する。一臣のアウル弾の追撃で一つの部隊を殲滅すると、玲獅は匂い消しにとウォッカを振りまいた。
「どこまで効果があるかわかりませんが……」
戦いの痕跡を消すに至らずとも、逆に混乱を招く形となれば良いだろう。
翔と海のサポートを受け、A班撮影隊――こまち、一臣、玲獅が一団から抜け出た。
B班では前衛のルーネがガルムSPで先制攻撃をする間に、隆道が闘神阿修羅を発動させ、接近戦に持ち込んでいた。
その間に、個人所有のデジカメを持つ心理と、サポートの昴がA班撮影隊に合流すべく駆けだした。
「これくらいの時間は……稼いでみせるッ!」
レグルスが、二人の背後を守る。
防御に徹しさえすれば、何とか戦える。
構えたワンドに、グレイウルフの牙が襲いかかる。
「――くッ、この程度!!」
押しやり、力で弾き返す。
その後ろから、鋭いアウル弾が突きぬけた。
「後ろのことは任せるのっ!」
昴からの援護弾だ。
レグルスが弾いたグレイウルフを撃破する。
「必ず! 必ず死守します!!」
だから――
レグルスの言葉の先に、心理が頷きを返す。
「早く蹴散らして、追いかけましょう。ギリギリまで、サポートを!」
大剣リジルへ持ち替えたルーネが、足止めとして残った仲間たちへ声を掛ける。
撮影目標とする場所へ近づくにつれ、予想される徘徊サーバントも強力になってくる。
小人数だけの潜行では、存在に気づかれた際の退路が危険だ。
「こんな半端な場所で停滞するわけにも行きませんからね」
隆道はカーマインを操り、撮影部隊を追うグレイウルフの脚へ絡めた。
A班の翔と海も駆けつけ、一丸となり周辺の掃討戦を展開する!
●突撃、その先に
「あと、15分です」
残された時間を、玲獅が口にする。
それは、長いのか、短いのか……
「あれが、卸市場なんだっけ」
岐路で、一臣は呟く。
遠くだが、高い建物はここからでもわかる。少なくとも、あそこから北で陽動班の一つが動いているはずだ。
「ここから島原大門へ折れた方が、陽動を活かすためにも有利だと思いますが」
玲獅の提案に反論する理由もない。
壬生川通りは見通しが良すぎるため、一本裏手の通りを北進する形だ。
建物は倒壊しても、道筋は朧に残っている。
こまちの残してゆくチョークの痕跡が、足止め部隊との合流サインにもなるだろう。
返答はなくて構わない。
道筋を、足止め部隊に向けて一臣が光信機で伝えた。
「アレに登った方が、確実な写真が撮れそうだな……?」
不謹慎だと思いながらも、心理が思わず口にした。
倒壊した建物の、遥か向こうでもわかる白き巨人。
付近で、あれより高い建物は見当たらない。
小坂町の、予測を立てていた撮影ポイントの裏側を抜け、壬生川通りへ出ようとするところで通り向こう側にその存在を確認した。
といっても、まだまだ遠く。
交戦するには距離はあるだろう、が――
まさに、壬生川通りへ出ようとする、その出口を、見覚えのある魔法の矢が通り抜けた。
「サブラヒナイト――……!」
誰というでなく、敵の名を呼ぶ。
『こちらから見える』ということは『向こうからも見える』ということ。
ホワイトジャイアントは鈍重であっても、司令官の役割を果たすサブラヒナイトが同行していたならば……
相手の姿を目視できなければ確認の取れない『策敵』も、そして『異界認識』の射程外からも、敵は行動可能となる。
足止め班の戦闘音により、近づく鎧武者の音を察知することが出来なかった。
「私が盾になりましょう! どうか、撮影完遂を!!」
玲獅が先陣を切り、ブレスシールドを発動する。
ここまでくれば、撮影目標地点は目と鼻の先なのだ。
通りに出ると、サブラヒナイト3体に、グレイウルフが6体追従している。ホワイトジャイアントは2体ほど――まだまだ距離がある。
「ここは突破はさせないのっ、攻撃もさせないけどね……」
その陰で、昴が威嚇射撃を行なう。
撃破は狙わない、相手をこちらに引きつけることが目的で、一撃を放っては距離を取る。
同様に心理が攻撃の穴を埋めるように召炎霊符でサポートをする。
「戦部さん! 行けるか!?」
「お任せにょろ」
撮影地点まで同行したいところだが、ここは、こまちの鬼道忍軍としての能力に賭けるのが最上だろう。
回避射撃を放ちながら、一臣が確認する。
こまちは二つ返事で、グレイウルフの牙を回避し広い通りへと飛び出した!
(……非情に徹するにょろよ)
こまちは自分に言い聞かせ、己の脚に力を込める。
防戦に徹したとして、苦しい戦いであろうことは目に見えている。
しかし、足止め班も程なく合流するはずだ。――そう、信じる。
だからこそ、ここまで同行した撮影部隊全員が、自分一人を送りだした。
ここが、自分の―― 全ての班の、正念場なのだ。
壬生川通りを、遁甲の術を使用して横断する。
幾体ものサーバントと擦れ違うが、平常心を崩さず『存在しない者』と成る。
(あそこにょろり……!!)
目指すは、周辺でも一番高い瓦礫の山。
壁走りを駆使し、足場に負担を与えず軽やかに駆け上がる。
「――っ……」
頂上へ登りきり。
眼前にそびえる要塞に、こまちは息を呑んだ。
(あれが……天使の)
意図は読めない。しかし何らかの考えを持って建てられているに違いないと、それだけは、はっきりとわかる。
(考えるのは、別の人のお仕事にょろ)
自分は、自分の。自分にしか、できないことを。
息を吐きながら、指の位置に気を付けて――集中して、最高の一枚を撮る。
ここからは『近づける限界地点』とされていた『五条壬生川』も見える。
と、同時に、うろつくホワイトジャイアントの群れも五条通り周辺に確認できた。
おそらく、その足元にはサブラヒナイトがウジャウジャしているのだろう。
欲をかいて、近づいていたら……。
仮に自分が遁甲の術で単独潜行したとしても、命の保証は危うかったに違いない。
(大事なのは、確実さにょろり)
カメラを再び懐へしまい、こまちは仲間の待つ地点へと向かった。
●退路、軌跡を辿りて
「僕の力が、あなたを守る光になるのなら!」
防戦に徹していた玲獅と切り替わるように、駆け付けたレグルスがシールドで敵の攻撃を食い止める。
「混沌をも滅する終焉の刃よ―― 穿て」
ルーネの螺子れ狂う剣が、サブラヒナイトへ襲いかかる。
「ようやく追いついた…… 先に手当てが必要だね」
状況を把握した海が、仲間たちへライトヒールを施す。
「御堂さん…… 大丈夫かい?」
防御と回復を一手に引き受けていた玲獅を海が案じるが、玲獅は穏やかな笑みで頷くだけだった。
やるべきことをやっただけ。
声をかける海たちだって、決して軽いケガじゃない。
レグルスと海が壁役へとスイッチしたところで、回復した玲獅が裁きのロザリオを繰り出す。
「まだまだ、余力はございます」
「……近付かせない。邪魔は、させない」
こまちが戻ってくるまで――戻ってこれるよう、翔はソニックブームでグレイウルフを蹴散らす。
「犬ッコロの相手は飽きてきましたね!」
シルバーレガースの蹴り一発でグレイウルフを吹き飛ばしながら、隆道は近づいてくるホワイトジャイアントを視界に収めた。
残るサブラヒナイトは2体。
玲獅とルーネが、1体ずつ集中攻撃を浴びせている。今は海も魔法攻撃でサポートしていた。
近接部隊と遠距離攻撃部隊とで、挟撃する形となる。
(このまま、増援なし…… ということは、ありえませんよね)
隆道が努めて冷静に状況を判断する。
各陣営の動きに応じで援護射撃をしていた一臣が、こまちの帰還に気づいた。
「よっし! 撤退するよ!!」
「要塞が普通の物質なら……火事と勘違いしてくれれば、そっちに注意が向くかな」
海が、発煙筒を遠方へ放り投げる。
しばらくは、要塞付近からの増援を防げれば、と思う。
「強行突破…… 絶対に生きて帰るの」
昴はスターショットを放ち、近づいてくるホワイトジャイアントを牽制する。
「後顧の憂いは、先に絶ちます」
玲獅の一撃が、残るサブラヒナイトを打ち砕いた。
後は、スタート地点へ駆けるだけ――
「ウソだろ!!」
心理が頓狂な声を上げる。
ホワイトジャイアントの1体が、退路へ回り込んでいたのだ。
この巨体に、どうして気づかなかったのだろう。
透過能力のあるサーバントなのだ、阻霊符を発動させていなければいくらでもどこへでも進んで行くことができる。
目の前の敵に集中していたとはいえ、厄介なことになった。
「頭が弱点だったっけ!?」
しかして、ここで怖じ気づく場合でもない。
目撃情報があったということから、皆で他の報告書にも目を通し、登場例の少ないこのサーバントについても調べていた。
とはいえ、『封都に現れたホワイトジャイアント』に関しての報告は皆無に近く、同名のサーバントであっても能力に個体差があるケースがほとんどだ。
この個体も『頭が弱点』とは限らない。
「いずれにせよ厄介ですね、透過能力というやつは!」
前線へ躍り出た隆道が巨人の足もとを狙う。
これで再生するようであれば、弱点とされる頭を狙い撃つのが上策と判断できる、が――
「行けますね、これは」
……再生しない!
文字通り立ちはだかる壁へ、皆が全力で立ち向かう。
ルーネが鎖鎌を活性化し、その巨体へ引っかけて這い上がる。すぐさま装備を大剣へスイッチし、避けようの無い超至近距離攻撃を加えた。
「……っ、そう簡単には行きませんかっ」
暴れ、振り落とされそうになったところで、ルーネは大剣をホワイトジャイアントの首元に突き刺す。そのまま自由落下に任せ、背に掛けて切りつける!
「硬い……ッ」
直接、手に痺れが伝わるが、それなりのダメージを与えていると信じたい。
「たとえ魂を削ったっていい……僕の力よ、届けッ!」
ルーネを振り払うことで胴体が無防備になったところへ、レグルスが全身全霊を乗せた魔法攻撃を繰り出した。
砕け散るホワイトジャイアントの下を潜り、総員全力疾走する。
もう、コソコソする必要はない。
ルーネが先陣を切り、
次々と現れるグレイウルフは昴が銃撃で蹴散らし、
瓦礫は海が十字槍で薙ぎ払う。
大切なカメラを所有するこまちの護衛に隆道が並走し、一臣が適宜回避射撃を放つ。
レグルスの生命探知・ハンドサインで、心理は片端から先制打を撃ち込んだ。
翔と玲獅が最後尾を確かに守る。
往路で、こまちの残したチョークの痕を目にする度に、ゴールの近さを感じる。
もう少し、もう少し……!!
「早く!!」
背後から、玲獅が鋭い声を上げた。
「増援が、来ています」
サブラヒナイトの魔法の矢を受け止め、更に先に居るであろう勢力に顔を顰めた。
ホワイトジャイアントの群れも見える。
陽動班の動きに反応し―― そしてこちらの存在にも気づいた。そんなところであろうか。
いずれにせよ時間の問題で、こちらもあとわずかで離脱ポイントへ到達する。
ちょうど、作戦時間ギリギリである。応戦している余裕もなければ離脱ポイントへ敵を連れ込むわけにもいかない。
昴と一臣が最後尾へ回る。
弾幕を張り、敵を撹乱させる!!
●一条の光、確かに
(……これ以上、奴等に京都を弄繰り回されるのは…… 気に入ら、ない。……あんな要塞、いつか……ぶっ壊して、やる)
学園から派遣されたサポート部隊の運転する車に揺られながら、翔は思いを深める。
全力で戦いきったルーネと海は、物思いにふける余裕もなく眠りに就いていた。
牙であり、盾であった二人の活躍は、確かにこの任務の柱であった。
「…………あ」
レグルスは、結界突入前に携帯がメール受信していたことを今になって気づく。
学園で待つ恋人から、安否を気遣う内容だ。
――大丈夫だよ、僕は平気!
返信しようとし、親指が止まる。
(あの娘に嘘は……吐きたくない)
座席にもたれかかり、目を閉じる。
――あいたい
電波が通じるようになったら、そう返そう。
瞼の裏に愛しい少女の面影を浮かべ、しばしの休息に入った。
(恋人からのメールかー。青いなー。俺なんて)
考え途中で一臣は咳払いを一つ。……誰も何も言っていないが。
気を取り直し、友人たちが戦っていたであろう方角へ視線を投げた。
彼らも無事に離脱しているであろうか。
陽動班のお陰で任務を遂行できたことは、揺るぎようのない事実だろう。
玲獅は、部隊全員の無事に安堵の息をもらす。
1時間ジャストの撤退、こまちが撮影した『要塞』の画像も全員で確認したが、資料として成り立つ価値のある一枚だと思う。
間合いを取ること・深追いしないこと・撃破に固執しないことから、皆も傷は浅く済んだ。
癒し手の数が揃っていたことも大きいに違いない。
そちらに重点を置いていたレグルスを、全回復させられなかったのが先輩としては悔しい。……だなんて。
(無事で……良かったです)
今はもう、ただそれだけだった。
こまちが撮影した『やや遠い距離からではあるが、要塞全貌を収めた写真』。
翔が使い捨てカメラに収めた『周辺の風景を収めた写真』。
それに加え、隆道は現在の状況図をレポートにまとめていた。
学園に帰って落ち着いてからより、見て聞いて感じた情報をできるだけ早いうちに残しておきたい。
自分たちが踏み込んだのは、ごくごく一部分でしかないが、今後の手助けになれば幸いだと思う。
現地の情報は多いに越したことはない。
(……生き残った、な)
『命あってこそ』と作戦当初に口にしていた心理が、流れる景色を眺めながら、ぼんやりと思う。
最近は自分の命を護る事に対して無茶をする傾向がある自覚はあった。だのに、深手を負うことなく――否、負う傍から回復されたのだが――、こうして任務を終えようとしている。
(仲間が居てこそ、か……)
ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
無茶のしようがなかった。
どんな仲間だ。
それだけ、綿密に打ち合わせをしていたからということもあるし、互いに互いを気遣いあっていた結果なのだろう。
(なんだろな……)
こみ上げる笑いの答えは解らない。
解らないまま―― 心地よい疲労に包まれ、心理は眠りに落ちた。
皆が言葉少なになる中、こまちは今回の行動を思い起こしていた。
(何時だって最後の油断が死を招くにょろり)
今回は、これ以上のトラブルだなんて発生しないだろうが、気を緩め切ることもしない。
封都とは無関係のはぐれサーバントが車に突撃、だなんてことも可能性としては皆無ではないのだから。
(まぁ、作戦結果としては……上々にょろね)
自分たちの――そして、他班たちの行動結果が、どのような答えをもたらすのか。
陰の動きの成果が、楽しみであった。
車窓の向こうに一番星を見つけ、眠りかけていた昴の目がキラリと輝いた。
車は既に結界を抜け、しばらく走っている。
(もう…… こんな季節なの)
空を繋ぐ星の輝きに、季節の移り変わりを知る。
星を読み、季節の変遷を感じること。それは昴の楽しみの一つだ。
けれど、こうして奪われた京都へ足を踏み入れる度に、その時の流れの無情さを痛感する。
(必ず……取り戻すの)
星に誓う、なんてことはしないけれど。こうして目にする星座を、この時を、忘れないよう。
●
中京城。
「また……撃退士、か」
米倉 創平(jz0092)は『要塞』付近での騒動を知り、眉間に皺を寄せた。
(まだ、諦めていないのか)
力の差は再三、見せつけてきたはずだ。なのに何故。
(諦めて……捨ててしまえば、簡単だというのに)
かつて、自分がそうであったように。
「ふん。……そうも、行かないか」
諦め、捨てるわけにはいかない理由を、今の自分が有しているように。
「面倒だな、人間というものは」
かつて、自分がそうであったものに対し、米倉は嘆息する。
さて―― どう出たものか。
目を伏せ、この先へと思考を巡らせた。
この先、再び、撃退士たちが牙を剥くというのなら――