●
真夏の氷像アートイベント。
事前に配られたチラシは、少なからず近隣住民の興味を引いたらしく、準備段階から覗きこむ姿もあった。
「身近な動物を作るよ。友達やお母さんと一緒に見においで」
イベントは、氷だけじゃない。
癸乃 紫翠(
ja3832)が人当たり柔らかな笑顔で、バルーンアートのプードルを作り出し、通りがかりの少年へプレゼントする。
「待ってるよー!!」
隣から、ヒョコッとミシェル・ギルバート(
ja0205)が顔を出し、マップを手渡した。
商店街の空き店舗を利用しての、それぞれのパフォーマンスが記されている。
紫翠とミシェル、二人はそこで氷像&バルーンアートのパフォーマンスを予定していた。
「暑い……融けてしまいそうです」
ともすれば、氷より先に。
額を抑え、雫(
ja1894)が呻く。
(これは、気をつけないといけませんね)
撃退士の自分でさえ、この状態なのだから。
用意された氷塊を、手ごろなサイズに切りだす作業へ取り掛かりながら、雫はもう一つの準備の確認をした。
●本場より、おいしーよ!
「お客さんが沢山来てくれるといいねー」
駅前氷像アート班の準備を眺めながら、艾原 小夜(
ja8944)は持参した水色のエプロンをキュッとしめる。
胸元に魚の刺繍があり、手伝うと決めた魚屋のイメージ合わせてきたのだ。
「ありがとよ。ほれ、お嬢ちゃん」
「えっ、あ!」
揚げたてフライドポテトが、店主の手から渡された。
「美味いんだぜ、よーっく宣伝してくれよな」
「はひっ」
「魚の方は、成果次第かな?」
「がんばりまーふ!」
本命は、白身魚のフライである! 小夜のやる気に、俄然ファイトの火が灯る。
「ふわふわなフライドフィッシュとほくほくのポテトはいかがですかー?」
元気な声に引かれるように、子供が親の手を離れてトテトテ駆けよってくる。
手には強い力で硬貨が握られていた。初めてのお使い、だろうか?
膝をついて視線を合わせ、小夜は一包み、硬貨と交換する。
「あはっ、ありがとねー」
(これは、幸先いい!)
●出張ホットドック
鴉乃宮 歌音(
ja0427)の辞書に、躊躇の文字は無い。
「あざとく行きましょう」
スケート付きミニスカメイド服に身を包み、駅前広場を見渡す。
「ふむ、氷像パフォーマンスがこの位置であれば……なるほど、やはり、この辺り」
「鴉乃宮さーん、商店街の方々がテーブルとパラソル、用意してくれましたよ〜」
二階堂 かざね(
ja0536)が、猫耳メイド姿で駆け寄ってくる。
「あ、ではこちらへ誘導しましょう」
『複数の出店があるならば、フードコートのように腰を落ち着け、氷像を楽しむ場所を用意してはいかがか』
歌音の提案は商店街に受け入れられた。
「私も、こういうにぎやかなのは大好きですからね! はりきっていきましょー!」
じゃん!
効果音と共に、かざねは自作の看板を広げた。
「こう見えて可愛いものを描く絵心はあるのですよ」
「手作りですか?」
「道具だけは用意してもらってたので、準備時間のうちに作ってみました!」
舞台芸術の能力も駆使して、商店街全体のイメージに合わせた、それでいてかざねらしさのあるホンワカ可愛いホットドックが全面に描かれた看板に、歌音も感嘆の声を漏らす。
「厨房は任せて下さい」
そこへ、エプロン姿で試作のホットドックを持ってきたのは伊那 璃音(
ja0686)。
現地入りしてから、喫茶店のマスターにつきっきりで仕込みをしていた。
「バリエーションを増やしては、って思ったんです。マスターにも味見してもらったんですけど。見てもらえますか」
ソーセージは、通常とピリ辛をお好みセレクト。
キャベツの千切りやピクルス、卵マヨネーズ等は、オプションで。
つまみながら、歌音とかざねが頷き合う。美味しい。
聞けば、トッピングは璃音特製なのだそうだ。
「まだまだ、試したいことが―― あぁ、もう時間ですね」
「大丈夫。時間中にも、試しながら行きましょう。きっと、忙しくなりますよ」
すでに額に滲む汗を拭いながら、歌音が晴れ渡る空を見上げた。
かくして、氷像アートバトル開始のゴングが鳴る。
●兄姉妹の翼
「商店街の活性化に協力なのですー☆」
明るく登場するのは鳳 優希(
ja3762)と氷雨 静(
ja4221)。
静が美しく煌く氷の錐を氷塊の周囲に撃ち込み、冷却状態を保たせる。
続いて優希がシルバーレガースを装備で軽やかに氷を――
「!!!?」
粉砕、寸前。
「こっ、これは……危険なのですっ」
「氷:物理防御0 でしょうか」
静が、冷静に分析する。で、あるならば氷塊のLPは如何に。
スタートからのアクシデント発生。
ダアトである優希の物理攻撃でさえ、このダメージとは。
普段、どれだけの強さの敵と戦っているのかを感じ―― いや、今はそんな場合ではない。
「優希姉様、氷塊の3分の2は残っています。続けましょう」
「う、うん、静ちゃんっ 勝負はこれからなのっ」
「良い納涼企画にしようじゃないか!」
欠けた氷塊を刀で素早く切り崩し、鳳 静矢(
ja3856)も優希のフォローをする。
「予定より早いが―― 臨機応変も、撃退士にとって大切な素養だ」
静矢は借り受けていたカキ氷機で、切り出した氷の綺麗な部分を利用してカキ氷を作る。
『完成後の氷像が溶けて崩れてきたら』と予定していたが、カキ氷で客の足を止め、デモンストレーションを楽しませるのは結果として正解かもしれない。
「静矢さん……。よぉし! 希、がんばるのですっ」
優希は心を落ち着け、蒼色の雷光を身にまとう。日中にもかかわらず、キラキラと、それはライトのように氷塊を照らす。
力の加減に全神経を注ぎ、魔力でチリチリと氷を削る。
静は優希と相対し、鈴のついた衣装の裾をひらめかせ優雅に舞う。
青く照らし出された氷が、金属を用いることなく削られてゆく幻想的な光景に、しゃらりと鈴の音が重なる。
静の生み出す光源球が、消えては浮かび、消えては浮かび。身に付けたミントの香水が、仄かにさわやかな香りを運ぶ。
「静矢兄様……仕上げを」
タイミングを見計らい、静が声を掛ける。
(優希のレガースで、あれだけ削れた、か……)
自分の力でスキルを乗せたら、加減したところでどうなるだろう。
静矢の顎に汗が伝い落ちる。
緊張の瞬間――しかし、自分がやらねば誰がやる。
「手加減は――任せろ」
出来る限りの少ない手数で、氷像の形を整える。
氷の粉が舞い、舞う傍から溶けてゆく。美しく儚い氷像アート。
最後に仕込み杖へ持ち替え、居合いの要領で、一閃。
腹部へと記念の文字を刻む。
「……おさびしペンギン、だ」
「ペンギンのトップといえば皇帝ペンギンなのです」
優希がペンギンへステッキを握らせ、その頂点へトワイライトを灯す。
予定より、やや小ぶりとなったが……愛嬌のある姿に、若い女性を中心に拍手が上がった。
残ったわずかな時間で、3人で改めてカキ氷を振舞う。
「シロップかけ係をするのですよー☆」
最後まで、パフォーマンスに気を抜かない。
静矢が削り出すふんわり氷へ、優希がキラキラとシロップを高所から掛け、静が笑顔で配膳をする。
氷が無くなったところでホイッスル。
アクシデントはあったが、それを乗り越えた達成感が3人に残った。
●儚き人魚
「数学の単位の為」
牧野 穂鳥(
ja2029)はボソリと呟き、氷塊へ立ち向かう。
要求されるは計算力、だという。
「ペース配分が重要、ということですね」
ペースも何も、というほど巨大な氷塊にたじろぐが、いざ始まれば持ち前の集中力を発揮する。
彫るのは泡になりかけた人魚姫。
茹だるような商店街のひと時に、誰もが知っている悲劇で涼しさを呼ぶ、がテーマである。
(悲劇……だけで、終わらないように)
思いを込めて、穂鳥は氷を削る。
顔を覆い逆さまに落ちていく人魚姫。
それは、物語では還ることのできなかった海の底を目指しているようにも思える。
(戻って……来て下さい)
この街を故郷とし、飛び立っていった人々が、戻りたいと願い、戻ってこれるように。
日光の差し込みを意識して、反射する角度を細かに削った。
(完成後鑑賞されるうちに溶け崩れていく様も、消える人魚姫に合いそう……ですが)
叶うの、ならば。そう思う。
●舞を捧ぐは氷柱に在り
「……ひとはだ脱ぐとしよう」
すっ、氷塊を前に、中津 謳華(
ja4212)は涼やかな眼差しを送る。
(木彫りとは少々勝手は違うが、手ごたえは確認済み。問題ない)
「……一つ、舞うとするか」
砕かず削り、割らずに彫る。武術の極地は一つの舞いと相違なし。
謳華の悟りはそこに在る。
真向に力でぶつかったのでは、撃退士の力では氷を粉砕してしまう。
武術を駆使した舞いと共に、氷塊が徐々に形をなしてゆく。
力強く、そして美しい動作は、派手なパフォーマンスと対照的な魅力があり、観衆を惹きつける。
生み出したるは、一柱の女神。
「この商店街の発展と繁栄を願い、之を以って作とする」
謳華はピタリと開始の位置で一礼し、溢れる拍手を呼んだ。
(……全てが終わり次第、皆には慰労の意味を込めて饅頭でも配るか)
●晩夏のSOS!
雫は小型に切り出した氷塊を用いて、その場でリクエストを受けての即興アートを繰り広げる。
動物から生物、器用に作りだされ、順に溶けてゆく。テンポ良い展開に客の反応も上々だ。
子供相手のものは、ドライアイスを添えて土産に持たせてやる。
家へ帰って冷凍庫に入れれば、少しの間は楽しめるだろう。
無事にパフォーマンスが終わろうかととしたその時――
「!」
炎天下の中、雫が危惧していたことが起きた。
ながらく観覧していた客の一人が、暑さで倒れた!
途中棄権扱いになるかもしれない――、危惧はあったが、そんなもの紙に丸めて捨ててしまえ。
雫は素早く駆け付け、己より大柄な客を抱き上げると日影へ移す。
救急車が駆け付けるまでの間、パフォーマンスに使っていた氷を砕いて体を冷やしてやる。
真っ先に冷やすのは、脇の下。効果的な場所だ。
「……飲めそうですか?」
口元へ、スポーツドリンクを宛がってやる。
体温を下げること、水分を取ること。
応急処置として率先すべきことである。
「それから……」
自分の年齢では飲むことのできないウォッカの瓶を景気よく空け、タオルに染み込ませる。
アルコールで体を拭いてやることで、気化熱を利用して体調に気を付けて体温下げる寸法だ。
備えあれば憂いなし、天気次第では……と予想していたが、用心深さが功を奏した。
●キラ☆城、見参!!
「さーさー、よってらっしゃい! みてらっしゃい!」
「商店街と沢山の人々に、ヨーヨーマジックと氷の夢を!」
逆城 鈴音(
ja9725)と犬乃 さんぽ(
ja1272)の明るい声で、ショーは幕を開けた。
「秘技! ヨーヨーハリケーン☆」
さんぽが両手に構えたヨーヨーで、大まかに氷塊を削――
……ハリケーンが起きました。※氷塊的に
梯子を用意していた神埼 律(
ja8118)の表情が、思わず素に戻る。
(ここで崩すわけにはいかないの……!!)
マジックショーにはアドリブ上等。
律が梯子から手を離す。
鈴音が呼びこみで使っていた杖を振り回し、アウルを混ぜた風を起こす!
風によって辛うじて支えられた梯子へ、さんぽが足がかりとしてヒラリと跳び移る。
落下する氷塊を、律が影手裏剣を放ち粉砕する!
律はそのまま、流れるような動作で、降り注ぐ氷の粉をカップで受け取る。
鈴音が生み出す風のクッションが、氷の落下を和らげる相乗効果もあった。
「……あげるの。苺とメロンがあるの」
サッとシロップをかけ、律はできあがったカキ氷を『予定通り』と言わんばかりの表情で周囲の子供たちへ配った。
「♪真夏の太陽キラリ輝き、氷から君の瞳に浮かぶ城〜」
頃合いを見計らい、さんぽが歌い始める。
ハリケーンも見世物の一つに変えて、楽しさに変えて。
夢を見せる、楽しんでもらう、その軸をずらすつもりは毛頭ない。
ヨーヨーの第一撃で氷塊の上部が吹き飛んだことさえ演出です。
カキ氷を食べながら、子供たちはさんぽの歌に体を揺らす。
幾つか立て掛けられた梯子の間をアクロバティックに飛び回りながら、さんぽはヨーヨーを操る。
細かな部分は律に任せるつもりだったから、これ以上は手を出さない方が賢明なのかもしれない。
その分、ダイナミックなモーション、得意のヨーヨー技を披露し、さんぽは観客の目を引く。
さんぽにとって、ヨーヨーは戦いの道具だけじゃない。ヨーヨーチャンピオンの家系に生まれた彼には、もはや体の一部である。
鈴音の起こす風が、律の削る氷をふわりと舞いあがらせ、暑さを和らげるシャワーを生む。陽光に反射し、可愛らしい虹となる。
律は梯子に立てかけられた板を壁走りの要領で足場とし、横向きで作業をするシュールな光景で作業に集中した。
パフォーマンスは、さんぽと鈴音が請け負ってくれている。その分、自分は確実な仕事を。
『なぜ、そのモチーフにしたのか』
それは、鬼道忍軍たる律とさんぽの使命感――であるかどうかは、わからない。
ともあれ、見事な日本の城がの氷像が出来上がった。
見ると、城の中ほどには穴があいている。
窓か何かかと思うと――
日差しで溶けた水が上部からそこへと流れ、ささやかな滝となっている。
氷像が溶けきるその瞬間まで、この城は『美しく生きて』いるのだ。
「昼間でも、星は輝くのですよ!」
仕上げに、鈴音がスキルでライトアップ。
「キラリ☆完成! ……商店街にも他の氷像や楽しいお店があるから、見て行ってねっ」
〆は、商店街全体のアピールで。
●
「まぁこの炎天下だ。飲料を用意する露天は多くても問題なかろ」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)はコンテナに水を張り、氷を入れてペットボトルの飲み物を浮かべ、客を待つ。
「しかしよく出来ておるのう」
眼前で、次々と展開される氷像アート。
思わず観客の一人となってしまう。
「地域振興がメインですからのう。あまり利益に拘らなくてもよかろ」
ゆっくり、アートを楽しんで。
そう添えて、立ち止まる客へ水気を拭いたペットボトルを渡す。
全体的にコンビニより少し低い程度の料金設定。
赤字にはならないが、収益金とも成りにくい。
「たまには平和なのも良いの」
コンテナに氷を足さずとも、氷像アートで勝手に氷のかけらが粉が、飛び入ってくる。
予想外のライブ感だったが、居合わせた客が手を叩いて喜んだ。
●寄りそう2匹
駅前に人々が集中している本日。
商店街空き店舗組としては、まずは人の足を止めなければお話にならない。
「剣作るよっ、男の子向けかな? 完成品はあげる〜っ」
ミシェルが明るい声で客を引き、器用な指先でバルーンを様々な形に生み出す。
事前に駅前で告知していたこともあり、バルーン目当てで訪れる子供も少なくない。
子供が子供を、そしてその親・祖父母を引きつれて、頃合いが良くなったところで背後の空き店舗のシャッターを勢い良く開ける!
「さっ、ここから本番、お立会い!!」
そこは、氷像作成のアトリエとなっていた。
氷塊を前に紫翠がスタンバイしている。
無骨なシャッターからの変貌に歓声の声が上がる。
(時間、ないからね……っ)
客引きに割いた分、氷像作りは他よりスピードが求められる。
既に表面は溶けかかっていて、道具の使い方を誤れば手元が狂って怪我のもと。
ミシェルが大まかに形を作り、紫翠が鑿で整形してゆく。
「細かいとこは苦手だけど、胴体なら出来るしっ」
「無理するなよ?」
水分の多い箇所は度々拭い、溶解温度を少しでも下げるよう努める。
紫翠が集中して彫り込む作業中は、ミシェルがパフォーマンスで観客を引きとめる。
かくして『寄りそう親子猫』完成!
「いつも猫といるから、テーマも猫になるな」
「頑張ったよね〜」
猫と称されたことに気づかぬミシェルは、満足げに胸を張る。その表情こそ、子猫そっくりである。
「ふっふ。シスイ!」
「ん? ……わ!!!」
氷像完成で気の緩んだ恋人の、その背へとミシェルは氷の塊を滑らせた。
「ミ〜シェ〜ル〜!」
慌ててシャツから氷を落とし、紫翠がミシェルを捕まえる。
「……いや、ちょっとした出来心で……」
「まったく。……お疲れ様」
反撃に、ミシェルの頬には冷たいドリンク。
「氷で冷やしておいたんだよ」
「何だかごっつい名前だし〜……」
ラベルを見て、ミシェルは言葉を失う。が、それも一瞬。笑顔で唇に運ぶ。
キンと冷えていて、味も悪くない。
「ぁ、でもいけるーっ」
「なによりだ」
そして紫翠は、親猫の笑顔を浮かべた。
●猫は希う
「公の場では久し振りだな……」
愛用の彫刻道具を手に、鴻池 柊(
ja1082)は巨大な氷塊を見上げる。
手袋をはめ、Tシャツにツナギ、作業用ゴーグルと、完全に職人スタイルである。
小型チェーンソーのみ、借り受けた。
「真夏に氷像……手際良くやらないと溶けるな……」
空き店舗は日差しが届かず、室温も低いため幾分かマシだろうが……
(日差しが届かない、というのも淋しさに拍車かもな)
静かで、落ち着いて作業に専念できるのは、いいことなのか悪いことなのか。
アウル発現前は、一般の大学で造形美術学科・彫刻を専攻していた。
久遠ヶ原に来て、まさかこんな形で己の特技を活かせるとは。
苦く笑い――それから集中を取り戻し、柊は氷塊へ臨んだ。
チェーンソーを使い、二つの塊に分ける。小さい方は、作業に入るまでタオルで包んでおく。
「やっぱり、手に馴染んだ道具が使いやすいな」
細かな部分まで丁寧に、氷が解けるのも計算に入れ、削ってゆく。
つん、と上を向く猫を彫りあげたら、続いて小さな塊の包みを解いて、ひらりと止まる蝶に仕立ててゆく。
「ふぅ…… これで、と」
時間勝負。
猫と蝶が揃ったところで、柊は店舗を飛び出す。空き店舗を利用した出し物で、カキ氷屋を開いている生徒がいたはずだ。
「削り氷だけ貰ないか? お金は払うからっ」
息せき切って飛び込んできた柊を、佐藤 としお(
ja2489)が笑顔で迎えた。
「なに言ってるんですか。商店街振興計画の同志でしょう」
野暮なことは言いっこなしです。
そう添えて、必要な分を柊の用意した器へ削りだす。
「これは、差し入れです。ついでに宣伝もお願いします」
ブルーハワイのカキ氷と、としお手製のチラシを渡して。
「はは…… 恩に着る」
「イベント、成功させましょうねー!!」
大きく手を振るとしおの声を背に、柊は己の店舗へと駆けた。
(ひとりで、制作してるつもりだったが)
主人を待っていた猫の鼻先へ、としおに分けてもらった削り氷をふわりと乗せ、接着剤として蝶を止まらせる。
「タイトルを付けるなら……『希う猫』だな……」
ひとり希う、しかし希みはすぐ、そばにあるのだ。
達成感に包まれ、柊は氷像の横に腰を下ろした。
見事な出来栄えに通りがかりの人々が足を止めてゆき、柊はその都度、としおから受け取ったチラシを手渡した。
●人魚の幸せ
「参加したからには、頑張らないとね!」
飯島 カイリ(
ja3746)は『無謀な任務の完遂』に燃える。
貸切った店舗に、氷柱一つ。
ツナギ姿でリボルバーを構える。
「やっるゾーー!」
視覚芸術をフル活用し、最高の完成品を思い浮かべて取り掛かる!
外見の大まかな形を、アウルの弾丸で削る。
建物まで弾が飛ばないよう、シャッター側には撃ち込まないよう、力の加減に集中し、ステップを踏むように立ち位置を変える。
細かな表現は手作業で。
作るのは、岩に見立てた台に座る人魚。
瞳を閉じて、微笑み、片手を胸に、片手を台に置いている。
哀しい物語を纏う人魚姫だが、こちらはまだ、外の世界に憧れる人魚。
手に在る幸せを、知っている人魚。
ドライアイスを海の波に見立て、床へとばらまく。
「こんなもんかなー? うーん」
寂れた商店街の空き店舗とは思えない、幻想的な空間を作り上げた。
●クリスタルダンディ
「久遠ヶ原生徒として作るべき氷像はただ一つ!」
演説風に、アーレイ・バーグ(
ja0276)は声を張る。
「英邁にて高潔なる我らが若き指導者同志学園長先生の氷像以外ありえません!」
宝井正博学園長のカリスマ性たるや地域を超えるものであり、必ずやこの商店街にも繁栄をもたらすものでありましょう。
立て板に水のごとき弁舌である。
事前に学園長先生に写真を用意するという手まわし。
氷像の形どりを手早く行なえるよう、粘土で参照用の模型も準備してある。
(ふーっ 氷が近いと涼しいですねぇ)
涼しいのは胸のボリュームでボタンを留めきれないせいもある、が。
いつもの調子で魔女衣装であったらば、露出部分が氷に触れて低温やけどしかねない。気を配る点は、あちこちと。
周囲にクリスタルダストを撃ち込み、冷却機能を施す。――その際に、強力な魔力ゆえ加減したものの地面が抉れたのはやむを得ない。
「さぁ! どやぁ!!」
器用に氷の内部をくりぬき、トワイライトで内部から氷像を照らす。
神々しい学園長先生を演出、これでフィニッシュ!!
――が、努力と反し『え、誰このダンディ』という通行人の反応である。
「……あまり受けは良くないようで。というか学園長先生の氷像とか誰得ですよね……あれ? 学校からメールが」
(無断撮影、バレたでしょうか!?)
その後、アーレイの行方を知る者はいない。
※結果報告の集合時間には無事に戻ってまいりました
●共に遊ばにゃ損損
おつまみ的なもののある肉屋や惣菜屋の近くの空き店舗を選んだ雀原 麦子(
ja1553)は、ザックザックと氷塊を小分けにし、備え付けの冷凍庫や用意してもらったクーラーボックスに詰めていく。
そこから順次、グラスの形へと削りだしてゆく。
「どうせなら見てるだけより、体験した方が楽しいでしょ♪」
目が合った少女へウィンクを飛ばし、仕入れておいたオレンジジュースを注いでやる。
「お父さんには、こっちよねー」
手を繋いでいた保護者へは、黄金のビール。
「はい、カンパーイ!!」
戸惑う父娘を自分のペースに巻き込んで、麦子も一緒にビールで乾杯。
「っハー! 冷えた器は、泡立ちが違うわねーー!」
本音で接する麦子へ、父娘の顔もほころぶ。
「飲み物の色が透けてて綺麗でしょ♪」
言われ、少女が器を光にかざす。その瞳がキラリと輝いた。
「ち・な・み・に、おつまみが欲しかったら向かいのお店へGO! よ☆ 差し入れも歓迎しちゃう!」
氷の器で実演販売。
ちょっと風変わりな――暑い季節にそそられるフレーズで、少しずつ客足も増えてくる。
「さっ、リクエストがあったら言ってね。取っ手アリナシ和風洋風、何でも答えるわよ!」
ビールを燃料に、鼻歌交じりホロ良い加減で、麦子が陽気に出迎える。
彼女の人柄に釣られ、なぜか近所の店直々に差し入れまで入る。
……すっかり酒盛りである。
器ごと溶けてなくなりゴミは出ないはずの氷器屋で、なぜか『ゴミは出さない様に』という注意書きや、出入り口にごみ箱を設置される頃、様子を見に来た筧が訪れることとなる。
「あーら、筧ちゃん♪」
「雀原さん、なにしてるの……」
筧は肩を落とす。
「人様に勧める以上きちんとしたものだって、自らアピールしないと、でしょ?」
ということで、と握らされたグラスを、筧がうなだれながら押し戻す。
「うん、気持ちだけもらっとく。ありがとう」
筧はしゃがみ込み、視線を合わせ、心底愉快そうな麦子へ困った笑みを浮かべた。
●ジャンジャン行こうぜ!
「長菱商店街…… オサビシイ……寂しい商店街」
ネーミングからして寂しかった件。
このままではいけない。
佐藤としおは拳を握る。
「このイベントで商店街に活気を取り戻す!」
叫ぶが、一人きりできることなど知れている。で、あるならば。
今回のみではなく今後の商店街の発展を考え、様々な店舗に足を運んでもらえる様にすることが不可欠だ。
としおは、敢えて不利だろう一番奥の店舗を選択していた。
仕込みはバッチリ、駅前広場で、協力を取り付けた商店街メンバーの、その店舗のレシートを見せてもらえば無料となるカキ氷屋を開く。
「暑い季節はカキ氷で涼しく!」
もともと支給される氷塊と、商店街から借り受けたカキ氷機。それに、シンプルなシロップ数種類。出費は最小限。
そこへとしおが足で繋いだ人脈を併せ、利益以上に大切なものを生み出す!!
「色んなお店を回って来てね!」
「もう行ってきたよーー」
としおの言葉に、そんな返答も時折来る。
「ここのカキ氷屋にいっといでって、言われたんだ!」
商店街が一体化していることを感じ、としおは破顔した。
●雑貨アンティーク狸屋
「売り物は貸せないけど……うん、この中からなら、好きなもの選んでいいよ」
雑貨店のオーナーが、手伝いを申し出た三人を店舗奥の倉庫へ招いた。
「おおきに」
宇田川 千鶴(
ja1613)は、無造作にひっかけられた衣装を物色する。
「神楽さんには、こんなんどうやろ」
青色をベースとしたデール、モンゴルの衣装。
まんざらでもない風に、石田 神楽(
ja4485)は受け取る。
「神楽さんが青やから…… 莉音さんには、これなんか似合うんとちがうかな」
衣装のセーフゾーンを把握した千鶴が、続いて紅を基調としたクルタ・パジャマを引きぬいた。
「うん、なかなかエキゾチックやね」
「じゃあ千鶴さんのは僕、選ぶね」
紫ノ宮 莉音(
ja6473)は、キャッキャと布の海に飛び込む。
選んだのは若草色のアオザイ。
「茶色の瞳に似合うでしょう?」
「あら、おおきにね」
「こんな感じで、お客さんに似合うの選べばいいかな?」
莉音がオーナーへ振り向く。
「アルバイトとか、したことないけど、作ったりは苦手だから売るの頑張ります!」
ここからある程度の物を持ち出し、駅前での出店へ参加することとなる。
店先では、神楽が用意した信楽焼の狸が看板持ちで客寄せをする。
露店に広げられるのは、元々の商品に加え、千鶴や神楽の手作りアクセサリー。
その横に、莉音のセンスで選んだ民族衣装。
雑貨屋本店のままだったら、恐ろしくて誰も立ち寄れない雰囲気だったのを、アジア系に纏め、シンプルにした。
……信楽焼? 日本もアジアの一部です。
「神楽さんのは、なぁに?」
長い指先で器用に作られてゆくアクセサリーを莉音が覗きこむ。
「氷関連の小物にしてみました」
氷結晶型アクセサリーや、竿先ライト。
ビンにセロファンを貼り、その中に水とビーズ、ライトを入れ完成というシンプルなものだが、光が綺麗で、セロファンの色の数だけバリエーションがある。
「んー、こんなもんやろか……」
対する千鶴は、少々苦戦しているらしい。首を傾げながら、出来栄えを確認する。
夏〜秋の色合いで、店の雰囲気に合わせたアクセサリー。
少なくとも、利益を上げるだけ売らなければ―― 買おうと手に取ってもらえなければ、手作りで参加した意味がない。
「あっ、それかわいい」
自信を持ちきれぬうちに、女子高生くらいの少女が足を止め、かがみ込んだ。
「お姉さんお姉さん、それ、作ったの?」
「あ、うん、せや」
女子高生は、普段、いかにこの雑貨屋が怪しいかを語り、でも興味はあったのだと語り、千鶴の作ったストラップと、店の商品である指輪が欲しいと指した。
「ね、少しだけ負からん?」
「うーん、そやねぇ……」
他方で、莉音は老若問わず通りがかりの人々へ声をかけ、衣装の見立てをしていた。
手が空けば、なんとなくエキゾチックなスキャットでアピール。
品物を包む間にも、足でリズムをとる。
「はい、できた! また来てね♪」
莉音の背を、千鶴が思わず微笑ましく見守る。
「お店は今日だけじゃないんだから、ちょっと楽しいが、ずっと楽しいといいよね!」
その言葉に、神楽は頷く。――と、莉音の背に人影が重なった。
「お、三人そろってここだったんだ」
見回り中の筧だ。
「信楽焼が居たから、もしやとは思ったけど」
「えぇ、わかりやすいでしょう」
にこにこと、神楽が応じる。
「是非とも渡したい物がありまして。――遅くなりましたが、誕生日プレゼントです」
木製・鰹節。
「……見事な堅さだね。質感といい」
受け取る筧の表情が引きつる。
「削りました♪」
●結果発表
「おつかれさまでしたー!」
イベントタイムが終了し、依頼人であった筧が手を叩く。
「氷像アートの子も、出店手伝いの子も、今日はありがとう。芸術や労働に点数をつけるのは心苦しいけれど、これも試験の一つだ」
この場で結果を明かすことはしない。
「採点基準は『商店街の繁栄・今後の展開を、どれだけ考えているか?』でした。
もちろん、行動の結果も重要ではあるけどね。なにしろ、商店街振興計画の一つだからさ」
そんな筧のシャツの裾を、カイリが引いた。
「ねー、ごーほーよーじょって、なーに?」
「げほっ」
大学部1年、実年齢22歳・外見年齢14歳である彼女には、耳に挟んだ『依頼のきっかけ』というやりとりが気にかかっていたらしい。
「おっ、鷹政先輩。ふむふむ、見事に削れたようだな」
そこへ現れたのは、名実ともに合法幼女・東雲 楓(jz0076)であった。
「東雲ちゃん!? どうしてここに」
「どうしてもなにも、商店街復興計画だ」
「まさか」
「白川教諭の紹介でな」
「ということは」
「教師と生徒が顔見知りで、不具合でもあるか?」
「ないです」
いざという時は、楓を白川へ紹介すればいい―― その考えは、夏の氷塊のように溶けていった。
白川もまた筧と同じことを考えていたというのは、後日知ることとなる。
少年の心を忘れない三十路男達の思惑はさておき。
撃退士としての心と技を磨きし氷像アートバトル、これにて閉幕!
ご参加ありがとうございました!!