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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/08/30


みんなの思い出



オープニング

●ま白き高嶺の花
 ここは久遠ヶ原の片隅にあるレストラン菜花亭。
 夏季でも元気に営業中。営業中――のハズ、であるが。

「おはようございまーす ……あれ? 今日はクローズでしたっけ」
「ああ、柏木さん。困った事があってね…… いや、夕方からは営業するよ」
 アルバイトの柏木 陽子が学園での活動もそこそこに顔を出すと、マスターがしょぼくれていた。
 どこか、身に覚えのあるやり取りである。
 マスターの手には、一枚のハガキがあった。

 ――山の家 開放のお知らせ

「へぇ、格安ツアーですか? 素敵ですね!」
「知人からの紹介でね……困ってるんだ」
「どうしてですか?」
 覗きこんでいたハガキを、柏木がその手に取って読みあげる。

「大自然、山荘、一泊二日、自給自足、クマ出没注意、川の主在住、厄介な虫も出ますが命に支障はありません、
……撃退士向け修行メニューですか?」

 柏木が、表情を素に戻す。マスターが苦笑いで頷いた。
「来年から、スタートさせようと考えているらしい。モニタリングテストの案内だね。おそらく、時期をずらしてあちこちに送ってると思うけど」
「あぁ、それで報酬付きなんですね。何事かと思いました」
「店のこともあるし、断ることは簡単なんだけど」
 歯切れが悪い。
 嫌な予感がして、柏木は半眼でマスターを見据えた。
「……何に反応してるんですか」
「高山の……川の主料理……」
(やっぱりか!!)
「種類は知りませんが、自然保護で禁止条例出てるに決まってるでしょう! 子犬のような目で見てもダメです!」
「私有地らしくてね、『川の主』は通称として……山荘付近であれば、山菜の類も採取は大丈夫らしい」
「惹かれないでください……。食材のことになると前後不覚になるんですから」
「どうかな、柏木さんの伝手で頼めないだろうか」
「学園へ、依頼ということですか?」
 柏木の言葉に、マスターが頷く。
「鮮度の問題があるから川の主は諦めるよ……。山菜も、採り過ぎると良くないしね。写真を撮ってきてくれれば手を打とう」
「来年は自力で行くつもりですね」
「そこに食材がある限り!」
「安全性の確認、食材の確認…… モニタリングテストの内容とも一致しますし、報酬もそのまま渡るなら問題ないと思いますけど」
「ありがとう、柏木さん!!」

「それにしても……エーデルワイスかぁ」
「山荘からは、さらに数時間登ることになるらしいけど、撃退士のみんなの足なら日が暮れる前に戻ってこれるのかな?
さすがに、そのあたりは採取厳禁の動植物ばかりだけれど、せっかくだから楽しんできてほしいね」
 そのハガキには、『高貴な白』の二つ名を持つ美しい花の写真があった。


リプレイ本文

●ようこそ、夏の山荘へ
 キラキラとした木漏れ日のトンネルを抜け、拓けた土地に出る。
 大きな山荘――二階建ての、大きなロッジの前で、一行を乗せたバスは停車した。

「エーデルワーイス! ブラボー!」
 バスの中でトランプゲームに白熱していた唐沢 完子(ja8347)が、テンションMAX現在進行形で諸手を挙げる。
 エーデルワイスを観賞できる地点はまだ先だが、『到着した!』という達成感はここで一つの最高潮となる。
 休日の中でしか解放できない、完子のもう一つの姿――『アリス』がその羽を伸ばす形となった。
「アリスさん、もうひと勝負挑もーです!」
 共に興じていた逆城 鈴音(ja9725)が、連敗を挽回しようと先ほどから完子へ食い下がり続けている。
「くくく……『ギャンブル覇王録アリス』と呼ばれた(※呼ばれてない)アリスの実力を前に、尚も挑むとは……!」
「で、でも、おふたりとも、とっても強かったです……」
 最初の1勝負でケチョンと負けてしまい、観戦に回っていた三神 美佳(ja1395)が両手を合わせて対立構図をなだめようとする。
 実を言うと美佳は、完子がトランプをもう1セット用意し、いわゆる『イカサマ』をしていたことを感知していた。しかして楽しいゲーム、何を賭けているでもなし。そう空気を読んで、ゲームの観戦者として楽しんでいたのだ。
「はいはい、その辺で。高山植物見に行くんなら、まとまった方がいいよな」
 宇高 大智(ja4262) は仲裁に入りつつ、遠巻きに話の輪を眺めていた望月 忍(ja3942)へと首を巡らせる。
「行くだろ?」
「うっ、うん!」
 急に話を振られ、忍はビクリと小さな体を跳ねさせてから、いつもの笑顔に戻す。
「お花や虫さんを見てみたいのね〜」
 誰か、一緒に行く人が居れば……。そう様子を伺っていた忍だが、交友のある大智も行動を共にすると知って安堵の表情を見せた。
「高山植物、かあ……きれいな写真が撮れたらいいな」
 瞳の輝きは純粋そのもの。レグルス・グラウシード(ja8064)は無邪気な笑顔を大智たちに向けた。
「……いい刺激になっかねぇ?」
 山荘内の確認を終えた点喰 縁(ja7176)は、スケッチ道具を携帯していた。
 報告用に、と使い捨てカメラも用意しているが、縁の本命は手仕事である。
「観賞でしたら、私もご一緒してよろしいですか?」
 申し出たのは水無月 葵(ja0968)。宿泊道具とは明らかに別なケースを背負っている。
「実際の花々を前に、三味線を奏でてみたかったのです」
 葵が、優雅な笑みを浮かべる。
 空気の薄い高山で高らかに歌うなど、身体能力に長けた撃退士ならではかもしれない。
「よし、じゃあ早いうちに行ってこようか」
 団体行動は必須ではない。仲のいいメンバーで高山地域へ向かう者もいる。
 とりあえずひと固まりとなったところで、大智が虫よけスプレーや熊よけの鈴を取り出した。
「夕飯の支度までに間に合うように、戻ればいいよな」
「ごはんが美味しく炊けるといいな〜」
 両手を合わせ、忍が頷く。
 食料調達に向かう面々もあるが、この人数分を調理となると、準備は総出となるだろう。
「キャンプは小学校以来だな、山を歩くのも楽しみだよ」
 忍へ応じ、準備を整えた大智が新鮮な空気を吸い込む。
「あぁ、ちょっと待って」
 そこへ、声を掛けたのはシルヴァ・ヴィルタネン(ja0252)だ。
 バス内では露出の多い服装だった気がするが、山荘内で手早く着替えてきたらしく、登山にふさわしい装備となっている。
「同行しましょう。山は、危険だからね」
 外科医を経て陸軍で働いていたシルヴァは、医療に関する知識はプロフェッショナルである。北欧出身ということもあり、山の恐ろしさも知っている。
「高山植物の観察はもちろんだけど、怪我や虫の被害が起きた時には、助けになるわ。私は元々は医者だから、任せて頂戴」
 人の多い山荘付近に留まるか、高山を目指すか……タイミングを考えていたが、陽の高いうちに観察や症例など確認しておいた方が報告書提出にも良いだろう。
 雄大な自然の開放感で忘れられがちだが、これは『調査依頼』なのである。


「晶ちゃんとお出かけは久しぶりなの」
「二階堂さん、飯盒炊爨しておいて! 私達は魚獲ってくるからさ」
「二階堂さん、火を熾しててほしいの」
 神埼姉妹――神埼 律(ja8118)、神埼 晶(ja8085)が、友人である二階堂 光(ja3257)へ調子よく・否・明るく手を振る。
「えっ、あの、俺が飯作るの……? いや作るけど! 作るけどさ……!」
 妹のように接し、兄のようにこき使われ・否・頼られている光は、何が入ったものやら女子二人の荷物を運び終えたところで唖然とする。
 が。ここは男として、頼りがいのあるところを見せつけるべきであろう。
「よーし! お兄さんに任せなさい!」
 胸を叩いたところで、可愛い姉妹たちは川へ向かいこちらへ完全に背を向けていた。
 ……負けない。



●きらめく川面
「大自然の中での生活も面白そうだな」
 南雲 輝瑠(ja1738)は、水汲みに川へと向かう。両手に大きなバケツを提げ、これからの行程に思いを巡らせる。
(川の主も、一目見てみたいなぁ……)
 高山地域へも行ってみたいし、独特の動植物とも出会いたい。クマはちょっと勘弁したい。
「あれ!?」
 路の途中、輝瑠は思わず空のバケツを取り落とした。
 色鮮やかな蝶が、ひらりと目の前を通過してゆく。
 見たこともない品種だ。
 撮影しようとスマホに手を伸ばし、蝶の行く先を目で追う。
「!!」
 木々の間に、張り巡らされた蜘蛛の糸。中央には、禍々しい蜘蛛。
 ひらり、ひらり、――蝶が上昇し、糸を避けて木々の奥へと飛んでゆく。
「よかった……」
 自然の摂理に、自分がなにを出来るではない。
 それでも、輝瑠は胸を撫で下ろした。
 それから。
「図鑑で調べれば、名前もわかるかな」
 パシャリ。謎の蜘蛛を、撮影する。


「食べられる魚が釣れたらいいね、篠さん」
 適当な岩場を見つけ、釣り針を落して仙石 芒(ja7158)が隣に座る篠田 沙希(ja0502)へ声を掛ける。
 日よけに可愛らしい麦藁帽子を被り、おっとりとした笑顔を浮かべると大学部という実年齢より幼く見える。
 対する沙希は、実を言えば釣果にあまり興味はない。
 『飯と水だけでも、人間どうにかなるもの』などと口にしたら、しかし、この友人は消沈するだろうか。
「まぁ…… そうだな。釣れなかったら、それはそれで」
 悩んだ結果、濁した言葉を返す。
「あはは。僕も特に釣りの技術なんてないけど、こうしてゆっくり待つだけだっていいんじゃない?」
「……かもな」
 単なる気まぐれで参加した依頼だったが、付き合ってくれた友人が上機嫌でよかった。
 沙希は少しだけ表情を和らげ、愛用のハッカパイプをくわえた。
 清々しい香りが鼻を抜け、川のせせらぎとともに涼やかさを与える。
 長期戦になるかもしれないが、こんな時間も悪くないだろう。
 芒と他愛ない雑談を交わしている、その先で、スイと大きな魚影が通り過ぎて行く。
(『主』か……? まぁ、食料は必要な分だけ、あればいい。自然を乱す必要はないさ)
 沙希は川の守り神を見送った。


 釣竿を肩にひっかけ、桝本 侑吾(ja8758)はマイペースな足取りで川への道を進んでいた。
「…………のどかだなぁ」
 虫よけスプレーが効果を果たしているようで、今のところ、厄介な虫との遭遇もない。
(アウトドアとか、凄く久しぶり)
 ブーツ越しに感じる土や砂利、地上よりも薄い空気、空の色。
 全てが一人、あるいは少人数であれば果たす責務も大きくなろうが、この人数である。
 自然を楽しみながら、おそらく通常のペースより遅く、川原へとたどり着いた。
「お」
 岩場には、先客が二名。芒と沙希である。
「お隣、いいかな」
 敢えて離れて座ることもなし、かといって不自然に近づくこともなし。
 大きな声を出せば会話もできる距離。互いの自由を縛らない距離を測る。
 沙希が片手を挙げ、応と返すのを確認してから侑吾は川面へ針を放る。
 ぽちゃり、小さな波紋のその横を、大きな魚が泳いで行った。
「でかい魚……」
 さすが大自然。
 日差しに目を細め、青空を仰ぐ。遠くで、野鳥の鳴き声が響く。
「ま、釣りは初めてだけれど、どうにかなるか……」
(スマホで、事前に調べておいたし) 
「兎に角、待っていればいいんだよな?」
 芒と同じ結論である。
 こうしてしばし、穏やかに時は流れた。


 川へ辿りついた輝瑠が、周辺で山草をしている礼野 智美(ja3600)の姿に視線を止める。
「探し物?」
「クレソン生えているかなって」
「あーー」
「野菜はあった方が良いし……」
 山菜の類は食用かどうか見極めるのが難しい。で、あれば、自分で確実に判断のできるものに絞るのが良い。
「あと、笹も」
「笹?」
 用途の思い浮かばない単語に、輝瑠が思わずオウム返ししてしまう。
「水は飲めるけど、安全の為に煮沸してから飲んだ方が良いだろうし、ならお茶にした方が良いだろうし」
「笹の葉で、お茶か」
「ああ。色を付ける為に、結構な量を採る必要があるのが難点なんだけど」
「色々、あるんだなぁ」
「これだけ高い山の環境で、何がどれだけあるかは解らないけど、それも知れたらなって思う」
 学びながら、自分の知識を活かしながら。
 前向きな智美の姿勢に、ふむ、と輝瑠がうなずく。
「お茶のためにも、たくさん水は汲んでおこう。煮沸してからってのも伝えておいた方がいいよな。火起こしも大変だな、こいつは」
 笑いながら、バケツを清らかな流れへと差し入れる。夏だというのに、川の水は冷たい。
「うわぁ!?」
 広い川の中腹で、巨大な魚が跳ねた。水しぶきが輝瑠を濡らす。
「『主』か!!?」
 陽光に、鱗をキラキラと反射させ、『主』は再び水面下へと潜る。
「バトルも覚悟してたけど……」
 のびやかな姿に、唖然とするしかなかった。
 写真を撮り損ねた。後から気づき、水汲みには数度往復することになるだろうから、次こそは、と心に誓う。


 さて、友人に飯炊きを任せ、獲物を取りに川へ到着した神埼姉妹。
 妹の晶が釣竿の準備をしている横で、姉の律は――誰の目をはばかることなく、着衣を脱ぎ始めた。
 その下には、競泳用にカスタマイズした水着を着こんでいる。
 川の深い部分へと潜り、『影手裏剣』を駆使して魚を獲る考えだ。
「律姉は釣竿使わないんだ。すごいな……」
 律に針が及ばないよう、加減をして竿をしならせながら晶が感嘆の声を漏らす。
「晶ちゃん!」
 そうして律は、ぷかぷか浮かんだ獲物を纏めては川岸の晶のもとへ届ける。
「そろそろいいかな」
「そうね。きっと、ご飯も炊けてる頃なの」
 先に軽く腹ごしらえをしてから、光と三人で高山地帯へ行こうと予定している。
 あまり魚にばかり時間を掛けてもいられない。
「ねぇ、律姉」
 濡れた体をタオルで拭く律へ、晶が素朴な疑問を投げかける。
「替えの下着って、持ってきてた?」
 答えはおそらく、山荘の中。



●山の幸!
「今回は、よろしくなー!」
「よろしくお願いします……」
 元気よく右手を差し出してくる島津 陸刀(ja0031)へ、鴉守 凛(ja5462)が緊張気味に返す。
「ふふ、なんだか不思議な光景です」
 それを見て、御幸浜 霧(ja0751)が口元に手をやり微笑む。
 二人とも霧の友人であるが、二人が対面するのは今回が初めて。
 普段は車椅子での生活を余儀なくされている霧だが、光纏すれば枷を外すことができる。
 友人たちと過ごす、自然の中での一泊二日。
 楽しみじゃないわけがない。
 片手に籠を持ち、山菜摘みの準備は万端だ。
「晩飯は熊鍋だな! 豪快に仕留めてくる!」
「えぇと…… では、私もご一緒します」
 凛は霧と山菜摘みにするか悩み――口下手を隠す意味も込め、戦いであればと、陸刀へ同行を申し出た。
「そちらのシノギ、楽しみにしています。わたくしも負けませんよ」
 単独行動を意に介さず、霧は山菜の茂る方向へと身をひるがえした。
「さて。他のメンバーは、ほとんど熊よけの準備してたからな。こっちは足跡でも追っていくしかないか」
「そ、そうですね」
「…………」
(まぁ、いいか)
 どうも、凛に警戒されている気がする。
 初対面だから仕方がない――そう、陸刀は言い聞かせる、けれど。
 登山道から外れた獣道を、二人は言葉少なに進む。
(な、何か話さないと)
 凛は陸刀の背を追って、そう思うが、何を話せばいいのか分からない。
 言いかけては、止める。その繰り返し。
「! 凛!!」
 草が、不自然に薙ぎ倒れている箇所で、陸刀が足を止めた。
「この先…… いるぞ!」
 大きな、獣の足跡。これは間違いなく――
「引き付けるから……御願いしますねえ」
 獲物!
 認識した瞬間から、凛のベルセルクとしての本能が目覚める。
 陸刀の前に出て、熊を挑発するよう動く。
 黒毛の熊が立ちあがり、咆哮する。
「天魔に比べたら、甘いです!」
 具現化した斧槍で爪を往なす。
「さてそンじゃァ、頂きますッッ!!」
 陸刀は敢えて、光纏せずに生身で勝負。
 この拳、どこまで通用する!?


(若干ハードなツアーになりそうだけど、報酬があるのならば贅沢は言えないか)
 山荘周辺の見回りを終え、アニエス・ブランネージュ(ja8264)が状況判断をする。
「基本的には気楽にいけそうだし、気分転換とさせてもらおう」
 大きく、伸びを一つ。
 何事も、深入りさえしなければ危険はないはずである。
「……アニエスせんせー、これって食べれる?」
 そこへ、ユウ(ja0591)が極彩色のキノコを両手いっぱいに持ってきた。
「うん、それは毒だね」
「……でも撃退士ならちょっとくらいは」
「今回は、そういう実験じゃないから」
「…………そう、残念……」
「うーん。山菜の類は分かりづらいものもあるから、ボクもついていこう」
 そのうち、セーフラインにアウト判定のものを混ぜ込みかねない。
 消沈するユウの姿に危険を感じ、アニエスが申し出る。
「……ほんと? アニエスせんせー」
 親しいものにしか判らないだろう喜びの表情で、ユウはアニエスを見上げた。
「とはいえ、最初から最後までくっついて教えたんじゃ意味がないからね。駄目そうな時にだけ、声を掛けるよ。
自分でやるからこそ、学ぶこともあるだろうしね」
 こくり、ユウが頷く。
 ユウが学ぶ、その姿から、アニエスもまた何かを得ることが出来るだろうか。


 籠いっぱいに山菜を摘み、霧がご機嫌で合流地点へ到着すると、熊を担いだ陸刀が凛と打ち解けて会話しているところだった。
「島津様、鴉守様、ご無事で良かっ―― きゃぁっ!」
「霧!」
 足元のバランスを崩した霧を助けようと、陸刀が咄嗟に駆けつける。支えようと手を伸ばし――

(ラキスケ展開!?)

 凛が思わず口元に手をやる。
「あ、えぇと、その…… 避けて下さると」
「あー……なんだ、スマン」
 霧と陸刀は、互いに赤面し、顔をそむける。
 とっさとはいえ、霧の柔らかな部分を掴んでしまった陸刀は、罪悪感やら柔かかっt いやいや罪悪感やら、色々綯い交ぜの感情でもって霧を直視できない。
(いやいや! フラグです! 『気まずい空気から意識しあって』とか良くある!)
 一方、一部始終を見ていた凛は、脳内が忙しいこととなっていた。
 ともあれ、無事に熊ゲット。
 山荘へ戻って熊鍋の準備をしよう。



●高嶺の花
「荷物持ってくれたお礼なの」
 パチパチと爆ぜる炎を囲み、律が光へ、仕留めた中で一番大振りの魚を渡す。
 彼女なりの、感謝の気持ちだ。
「あっ、コレもう焼けたんじゃないかな。私からも、ハイ!」
 満面の笑顔で晶も魚を向ける。
「お、おう、ありがとう二人とも……」
 光は好意を受け取り、そっと再び焚火のそばに突き刺した。
「……どういうことなの?」
「生焼けです。大きいのは火が通るまで時間がかかるからね」
 律の視線に気圧されつつ、光が笑みでやり過ごす。
「光なら……そのまま食べてくれると思ったの」
「まさかの確信犯」
「ごはんもおいしいねっ! 二階堂さん上手ー」
 光は、二人が魚獲りへ行っている間に、持参した野菜と味噌で味噌汁まで作っていた。
「食べ過ぎ注意な。腹八分程度にしておかないと、登山がキツくなるよ」
「はーい」
「いざとなれば、二人くらい光が担いで降りられるの」
「そこまで信頼が厚いとプレッシャーだな!!?」



(ここら辺、か……?)
 団体登山組から離れ、一人で登頂した楠 栖(ja0227)は、広がる景色よりまず土壌に注目した。
 熊避けに忍苦無を鳴らし続けていた手を止める。
(高山系の花は当然高地環境でしか咲かない。それでも人並みの生活の中でそれを永らえて眺めるには、その土に何か得られる物があるのかもしれない……)
 膝をつき、土に触れる。冷たい。
 指先を擦り合わせ感触を確かめ、その土を成す土石や枯葉、動物の糞や虫などの環境を見る。
「へぇ…………」
 実際に触れることでしか味わうことのできない感触、匂い。温度。
 過酷な環境に沿うように呼吸をする植物。それら全ての支えとなる、土。
 栖は生命のたくましさを、文字通り感じる。
 用意していた使い捨てカメラで、様々な草花を撮影する。
 時折、見かけない姿の虫も収めた。
 夢中になっているところへ、およそ高山では予測できない三味線の音が流れてくる。
 不思議なこともあるものだ――、栖は耳をそばだてながら、しかし注意は地面へむけられたままであった。


 葵が、手ごろな場所を見つけ、腰を下ろす。
 背負っていたケースから三味線を取り出し、音を合わせる。
 共に登った仲間たちは、興味を持って周りに集う者あり、思い思いに周辺を歩く者あり。
 やがて、葵の優しい歌声と三味線の味わい深い音が山の峰へ響き始めた。
 祖国や故郷を思い浮かべ。疲れや悲しむ心を、慰めるように。希望や勇気があふれ出るよう、心強く。安らぎと癒しを届けるよう。
 和洋折衷の調べが、白き花を揺らした。

「うみゅぅ……」
 登山で頬を紅潮させた美佳が、広がる景色に言葉を失う。
 思い描いていたより、小さな白い花。ともすると気づかずに踏んでしまうような、ひそやかな花だった。
 道中、賑やかだった完子と鈴音も、今は静かに見入っている。
「大切にしたくなりますね」
「ね、寝っ転がっても許されるでしょーか! あっ、あっ、草花は踏みつけないよう気をつけるぜーです!」
 言うが早いか、転がる鈴音。完子も並び、大空を見上げる。
「ふはー!」
(誰も来ないうちに、一人でこっそり登るつもりだったのに)
 完子の計画は、同じことを考えている者が多数であったために叶わなかった、けれど。
「これもまた『自由』!!」
「はい」
 鈴音と挟むように、美佳が完子の隣に横たわった。

 そそくさと団体から離れていったのは縁である。
「滅多にこれねぇし……時間あるよな?」
 報告用の写真を手早く撮り終え、あとはじっくりゆっくり、スケッチタイム。
「写真より、よっぽど臨場感を伝えられらぁ」
 風が冷たくなるまで、縁の手が止まることはなかった。

 レグルスは、光の角度も考え、絶妙なショットでエーデルワイスを激写する。
 そして、そそくさとメールを打ち込む。
 学園で、帰りを待っているであろう恋人に向けて。
 ――見て! 本物のエーデルワイスだよ!
 ――この風景ごと切り取って、君に見せてあげたいな……。今度は二人で来ようね!
「ふぅ…… 本当に綺麗だ。心が洗われるって、こういうことだろうな」
 澄んだ空気。空が近い。
 実際に訪れないと解らないことがたくさんある。
 恋人、兄―― レグルスは、胸に浮かぶだけの大切な人を指折り数え、いつか共に見れたらと願う。


 水汲みなどの力仕事を終えた輝瑠も、少し遅れて登頂していた。
 花々を眺めながら、山荘で作業している際に光がおすそ分けしてくれたおにぎりを食べる。
「一般的な虫よけスプレーは有効なんだな…… あたりまえか、天魔じゃなし」
 久遠ヶ原学園で生活していると、『一般的』の感覚がズレてしまう。
 輝瑠は、ゆったりとした気持ちで遠く近く聞こえる三味線の音色に耳を傾けた。


「わ〜、白くて可愛いお花なのね〜♪」
 忍は、エーデルワイスの花弁にそっと触れる。
「ふぅ。熊よけの鈴も効いたみたいで安心した」
 しゃらり、手の中で鈴を鳴らし、大智も満足げに目を細める。
 出来うる限り、自然とは共存したい。
 互いに刺激することなく、穏便に。
(帰りも無事だといいけど…… 到着したばかりで、それは早いか)


「天喰君!!?」
 ぱん、
 シルヴァに首筋を叩かれ、縁は我に返った。
「うわ?! ……わりぃ」
「『わりぃ』じゃないわ、ちょっとじっとしてて頂戴」
「へ? え? なんでぃ」
「今、見たこともないようなハチがあなたの首に。気付かなかったの?」
「こいつぁ、ちょっとどころじゃない刺激でしたか」
「うまいこといってないで。……でも、ごめんなさい」
「?」
「すぐに追い払えばいいのに、先に撮影しちゃった。なにか症状が出るようだったら、それもレポートさせてもらえるかしら」
「……まず、治療をお願いできますかね?」
 撃退士の免疫力は人並み以上。とはいえ不安がないわけではない。
(どの部分から心配すれば)
 とりあえず、刺された場所が痛まないことを、縁は祈った。


「うわぁ! みてみて、すごく綺麗だよ!」
 晶達が登頂したのは、先の登山組が下りてゆくのとすれ違いだった。
 日はやや傾きかけ、気温は肌寒くなっているものの今はまだ大丈夫。
 律は地形把握スキルを駆使し、そこここに点在する高山植物の撮影を進める。
「熊に遭遇できなかったのだ残念だったの…… 光を押し出すつもりだったの」
「物騒な思考がダダもれだ」
 遭遇できなくてよかった。光がボヤく。
「律姉、二階堂さん、はい、ちーず」
 そんな二人を、くるりと振り向く晶がカメラに収める。
 報告書として提出する分は充分に撮っただろう。あとは自分たちの思い出も、残らず残す!
「ふふ、晶ちゃんかわいいの」
 負けじと、律が妹と花へレンズを向けた。
「……カメラ貸して。撮ってあげるよ」
 微笑ましい姉妹の光景に笑いを誘われ、光が律へ手を伸ばす。
「ううん、どうせなら三人一緒が良いの」
「律ちゃん……」
「写真の真ん中に映った人が一番最初に」
「よし、二人を撮るよーー」



●みんなでごはん
 先発登山組が下りてくる頃には、魚釣りや山菜採りをしていた組が火の準備をしていた。
「ユウ……」
「……バレたか」
 籠の奥底に眠っていた極彩色キノコを取り出し、アニエスが溜息をつく。
「ユウが食べるのかい?」
「……まさか」
「自然に返す」
「……ああああ……」
「どう考えても一般人が手を出す類じゃないから、報告不要」
 彼方へ放り投げられたキノコ。名残惜しそうにユウは手を伸ばした。


「来年、合宿で使っても良さそうだな」
 屋外での調理設備――至って簡素なものでしかないが――を確認し、品定めするように智美が頷く。
 望みの植物すべては手に入らなかったものの、環境がとてもいい。
 輝瑠がたくさん汲んでおいてくれた水を沸かして全員に行きわたるだけのお茶を用意しておく。
 登山で疲れた者たちへ、すぐに振舞えるよう。
 一足先に下山していた栖が、山荘付近でも食せそうな植物、薬草の類をもちこみ、智美に調理法を相談していた。
「俺は見つけられなかった。凄いな」
「畑の男と呼んでくれ……」
「……それは、呼んでいいのか?」
 レグルスにもライトヒールを掛けてもらい、縁の容体には変化なし、と記録を終えたシルヴァは、山荘内を簡単に清掃した後、調理班に加わった。
「熊と戦った人もいるみたいだけど、みんな無事で良かったわ。夕飯も美味しく食べれるわね」
「あっ、そうだ 魚! 食材の報告もするなら、魚の写真も必要だよな」
「あーじゃあ、俺が撮っていくから、終わったのから焼いてってよ」
 智美が手を打つと侑吾が買って出て、和やかに夕飯の支度は進んだ。


 忍と葵が協力して米を洗い水分を含ませる間に、大智がかまど作りをする。
 高山地帯から下りがてら、皆で薪になるような枝を拾ってきているので、かまどさえできてしまえば火を起こすのは早かった。
「うまく炊けたかな〜? おいしそうな匂いがするのね〜」
 赤子泣いても蓋取るな、かまどの前で忍が期待に跳ねる。
「塩あるし……、おにぎりにしてみるか」
「お手伝いいたします」
 全員へ配るのであれば、それが良いだろう。
 今は仮眠をとってる者もいる。


「……おいしいですねえ(展開が)」
「そうですね。熊鍋は」
「滅多にお目にかかれません……(フラグが)」
「滅多に食せませんね。熊鍋は」
 ラキスケアクシデント以降、すっかり思考がアッチへ飛んでしまった凛へ、霧がバッサバッサと切り返してゆく。
 気まずい思いを抱えながらも、聞いて聞かぬふりをして陸刀は味噌仕立ての熊鍋を味わう。
「霧さんはその…実際どうです?」
「鴉守様がお思いのようなことは無いと思います」
 ここで耐えきれず陸刀が噴きだす。
 ストレートすぎる。
「そこまでハッキリ言われるとお兄さん凹むわぁ……」
「ふふ。すみません」
 そこは、気の許せる友人同士。
 陸刀と霧は笑いあい、先ほどのアクシデントを水に流す。
「……よかった」
 ここで、凛が安堵の息をもらす。
「お友達に……なれるかなって、不安でした」
「えっ 最初から友達のつもりだったけど」
 凛の言葉に陸刀が驚き、談笑の輪が広がった。


●降り注ぐ星空
「キャン君、一緒に行こうよ」
 日暮れごろ、星海 レモ(ja6228)が喜屋武竜慈(ja2707)の腕を引く。
 ワンピースに薄手のカーディガンを羽織り、両手に提げたバスケットには星型のクッキー。
 辿りつく頃、夜空には同じ形の輝きがあるはず。
「たまには山というのも悪くないな」
 竜慈は引かれるままにレモに付き合う。
 身長差の大きい二人だから、当然歩幅も違う。
 竜慈がレモに合わせ、ゆっくりゆっくり歩く。
 そのことが嬉しくて、思わずレモの頬がほころぶ。

「すっごいっ! ね、キャン君、見てみ…… っクシュンッ」
「こうしておけば……寒くないだろう?」
 竜慈が、携帯していた毛布を広げ、自分とレモを包み込む。
「折角の星空を見れるのに、風邪を引いては台無しだからな」
 水筒に用意しておいた、温かなスープを紙コップに注ぎ、レモへ手渡す。
「あ、ありがと……」
(……流石にコレは、ちょっとドキドキする、かな)
 毛布一枚を二人で纏い、息遣いさえ感じる距離にレモの頬が赤らむ。
 気恥ずかしさを誤魔化すように、レモは話題を探した。
「……今年の夏は、なんだかキャン君とお出かけしてばっかりだったね。最後に、こんなに素敵な思い出も出来たし……」
 そこで言葉を切り、星空を眺める。
「あ、あのね。夏休みは終わっちゃうけど……また…………」
 その先を続けられないレモへ、竜慈は代わりに自分の気持ちを伝える。
「夏休みが終わっても、また一緒にどこか行けばいいだけのことだ」
「……」
「お前と一緒にどこか行くのは楽しいからな」
「うん……」


 皆が寝静まる頃合いに、沙希と芒は起きあがり、周辺警戒へ当たった。
「篠さん」
「……なんだ?」
「武器も持ってるけど、使う事なんてないよね、多分…… スキルも使わないで、普通に過ごせたらいいね」
 芒の温和な言葉に、沙希がスッと目を細める。
「まぁ、それに越したことはないな」
「普通の生活は貴重だよ、篠さん」
「……そうだな」
 聞き流さないよう。一言一言を大切に受け止め、沙希は応じる。それでも、そっけないものになってしまうが。
「夜行性の動物もいる。気は、引き締めておくことだ」
「うっ、うん」
 ともすれば夜に溶け込みそうな沙希の背を、芒は追った。
「……まぁ、乗ってくれて助かったがな」
 沙希のその言葉もまた、夜に溶けていった。


「……花と月はある。あとは鳥と風」
 深夜。ぽつりと花畑にユウは立っていた。
 周囲の植物を散らさないよう細心の注意を払い、『冬告げの風』『白雀雷鎖』を続けて発動させる。
 冷風の中を白き小鳥が舞い、闇夜に幻想的な光景を浮かび上がらせる。
 ユウはその場にストンを腰を下ろし、花鳥風月(やや誤)を愛でながら――持ち込みのバナナオレを取り出した。
 夜気で、程よく冷えている。
「……ん、普通に飲むよりおいしいかも。来てよかった」



●新たなる一日
 迎えのバスが来るのを、こんなにも惜しいと思うことはなかったし、待ちわびたこともなかった。
 運転手が下りると同時に、全員がカメラやらスマホやらを渡しにかかる。
「えーー じゃあ、順番に行きますよ」
 運転手が苦笑いをしながら、参加者全員の納まった記念写真を撮っていった。


 数日後。
 それらの一枚が添えられ、報告書とともに依頼人へと届けられた。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 保健室のお姉さん・シルヴァ・ヴィルタネン(ja0252)
 撃退士・篠田 沙希(ja0502)
 ちょっと太陽倒してくる・水枷ユウ(ja0591)
 傾国の美女・水無月 葵(ja0968)
 鎮魂の閃舞・南雲 輝瑠(ja1738)
 凛刃の戦巫女・礼野 智美(ja3600)
 撃退士・仙石 芒(ja7158)
 猫の守り人・点喰 縁(ja7176)
重体: −
面白かった!:11人

獅子焔拳・
島津・陸刀(ja0031)

卒業 男 阿修羅
撃退士・
楠・栖(ja0227)

大学部8年118組 男 鬼道忍軍
保健室のお姉さん・
シルヴァ・ヴィルタネン(ja0252)

卒業 女 インフィルトレイター
撃退士・
篠田 沙希(ja0502)

大学部7年57組 女 ルインズブレイド
ちょっと太陽倒してくる・
水枷ユウ(ja0591)

大学部5年4組 女 ダアト
意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
傾国の美女・
水無月 葵(ja0968)

卒業 女 ルインズブレイド
名参謀・
三神 美佳(ja1395)

高等部1年23組 女 ダアト
鎮魂の閃舞・
南雲 輝瑠(ja1738)

大学部6年115組 男 阿修羅
La benedizione del mare・
喜屋武 竜慈(ja2707)

大学部9年308組 男 阿修羅
インキュバスの甘い夢・
二階堂 光(ja3257)

大学部6年241組 男 アストラルヴァンガード
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
ぴよぴよは正義・
望月 忍(ja3942)

大学部7年151組 女 ダアト
駆け抜ける風・
宇高 大智(ja4262)

大学部6年42組 男 アストラルヴァンガード
ベルセルク・
鴉守 凛(ja5462)

大学部7年181組 女 ディバインナイト
La benedizione del mare・
星海レモ(ja6228)

大学部5年42組 女 ダアト
撃退士・
仙石 芒(ja7158)

大学部7年85組 男 ディバインナイト
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
京想う、紅葉舞う・
神埼 律(ja8118)

大学部4年284組 女 鬼道忍軍
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
我が身不退転・
桝本 侑吾(ja8758)

卒業 男 ルインズブレイド
夏宵の姫は薔薇を抱く・
逆城 鈴音(ja9725)

中等部3年3組 女 アストラルヴァンガード