●撃退士たちは荷台の中
晴れた日の山間の道。
寺の鐘を積み込んだ2tトラックが走行する。
ハンドルを握るのはアーレイ・バーグ(
ja0276)、助手席には護衛として我寺 我寺(
ja6854)が座っている。残るメンバーは鐘と共に荷台に積まれていた。
「危険にならなきゃいいけど」
つぶやく我寺へ、アーレイがクスリと笑う。
「住職様にも困ったものです……」
ディアボロを、そこらの悪ガキと同じレベルで見られてはたまらない。
『限られた状況でのみ無害』なディアボロなんて知らない。遅かれ早かれ、悲劇は起きるはずだったのだ。
「しかし大きい鐘ね! いつ位の物なのかな?」
薄暗い荷台の中、退屈にしびれを切らした雪室 チルル(
ja0220)が『お荷物』をさすりながら明るい声を発した。
依頼達成はもちろん大切な目的だけれど、『お寺の鐘を鳴らす』のは、お正月くらいしかチャンスが無い。
異形でさえ夢中になるというその音に、ちょっとだけ興味があった。
「鳴らしたくなる音ってどんなのかな」
同じく、じっとしていられない風で、ミーミル・クロノア(
ja6338)が身を乗り出してきた。
「村の人に断れば、いいかな?」
彼女達二人は、異形迎撃の際にも、増援の足止め役としてコンビを組む事になっている。今から息はぴったりのようだった。
「……和菓子君? それは?」
女子二人がペタペタと鐘に触れる横で、新しく入手した魔法書の確認をしていたグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が、視界に入った紙束について訊ねる。
「あ……ビラです」
薄暗い荷台の中でさえ麦藁帽子を被り、ぼんやりとしていた和菓子(
ja1142)の手には、ひと束の紙が握られていた。
「配って回ろうかと思いまして」
「ビラ?」
「なになに?」
チルルとミーミルも興味を示して寄って来る。
一人がヘッドライトを点灯させ、内部に居るメンバー達にビラを配りはじめる。
『本日ディアボロ退治の為、騒音の可能性大』紙面には、そう大きく書かれていた。
「執行者・久遠ヶ原学園と皆様の名前、載せておきましょう。僕の名前は……いりませんかね」
何処からか筆ペンを取りだした和菓子へ、チルルとミーミルが「どうしてよ!」とユニゾンした。
チルル、ミーミル、和菓子、それにグラルス、……?
「あれ? 風鳥さんは……」
荷台メンバーが、一人足りない。
風鳥 暦(
ja1672)だ!
グラルスは、荷台の端で横になって休息をとっている彼女を視認していたけれど……いつの間に、見失ったのだろう。
――ゴンゴン
鐘の内部から、鈍い音が響く。
まさか。
「やや!? まっくらですッ、もう夜ですか?」
「風鳥さん、それ、寝相のレベルを越えてます」
和菓子とグラルスが鐘を持ち上げると、中から寝ぼけた表情で暦が姿を見せた。
「これは……意外と山道……。車借りて正解ですねー」
一人、トラック自体の護衛を兼ねて別行動をとる宮鷺 カヅキ(
ja1962)が、バイクを止めてからヘルメットを外し、一息ついた。ここを登り切れば、麓の町に着く。
日が暮れる前に住民たちを説得しなければ、鐘の返却も、異形退治も困難となる。
「……私のすべきことは変わりませんけれど」
苦笑をこぼし、表情は撃退士のそれへ戻す。
上着の内側からスマホを取り出し、電波状況の確認をした。まだ、大丈夫。
●町は今、混乱の中
――鐘が戻ってきた。
報せは瞬く間に広がった。
トラック周辺に、住民たちが押し寄せる。子供達は怯えているのか家に籠っているようだ。
「そんなものを持ち帰ってきてどうするつもりだ!」
諸悪の根源に過ぎない!
目にするのも嫌だ!
あっという間に非難の大合唱に包まれ、ビラがあちらこちらへ飛ぶ。飛んだビラを手にした人が、更に輪に加わる。
「アタシ達は倒しに来たんだよ。だから今夜だけ、我慢して欲しいんだよ」
ミーミルが必死に叫ぶ。
撃退士たちは、説得役とトラックの護衛役とに分かれて対応することになってしまった。
下手をすれば暴動が起きかねない。
本番はこれからだというのに! もどかしさにチルルが歯がみする。
「悪いのはお寺ではなくてディアボロですから。ディアボロさえ討伐してしまえばなんの問題もありません」
万が一に備え、運転席に乗ったままのアーレイが、窓へ手を掛けてきた住民に微笑みかけた。
ディアボロ。その単語に、住民たちが言葉に詰まる。
『異形』『バケモノ』そんな呼び名で災いを忌んでいたが、『ディアボロ』、人の手ではどうしようもない厄災。その呼称が、沸騰していた意識に水を浴びせる。
「状況は把握しました。これだけの被害……鐘ひとつ、寺ひとつがどうのという問題ではないでしょう」
その隙を突いて、カヅキが淡々と繋げる。
「ですから、我々へ助けを求めて下さったんですよね。ここから先は、撃退士が責任を取ります。どうか、ご協力を」
グラルスが、紳士的な態度で追い打ちを掛け、
「さっさと運んで終わらせようぜ?」
我寺の、頼もしい一言が決定打となった。
異論を唱える声は、急速に鎮まっていった。
●戻ってきた鐘の音
「男の子頑張れ〜ッ」
たゆんっ、文字通り胸を躍らせて、アーレイはトラックの荷台から鐘を下ろす男性陣を応援する。
何しろ、運転しっぱなしで身体のあちこちが痛い。はしゃぐフリをして、身体をほぐしておかねば。
跳ねるごとに飛び散る色気から、運び手たちは必死に目を逸らした。
見ていれば慣れるとか、そういう問題ではない。アレは。
一方、寺のお堂ではカヅキが住職と話を進めていた。
「病気を悪化させるのは簡単でも治すには努力が必要。
一日練習を怠けたら、それをもとに戻すには三日かかる……人間関係もまた然り。ですよね?」
麓の住民は、『自分たちが撃退士だから』鐘の取り扱いに関しても渋々ながら許してくれたのだ。
鐘を戻しました、ディアボロを倒しました、ハイさようなら。依頼解決だけならそれで済む。
けれど、ここで暮らす人々――寺の住職、修行僧たちも含め――の日常は、ずっと続くのだ。
釈迦に説法とはいえ、伝えずにはいられなかった。あの町の惨状を見てしまったからには。
この住職は、緊急時にさえ安穏としすぎている。動じない心は美しいかもしれないが、真実を映さない目ならばカラスに突かれてしまえばいい――は、言い過ぎだけれど。
住職は申し訳なさそうに頭を下げ、彼女の言葉を聞き入れた。そこへ――
「ねぇねぇ、お坊さん! この依頼が終わったら、あの鐘、叩いてみていい!?」
パタパタと、チルル&ミーミルが駆けこんできた。
住職は、顔を上げ、そして笑った。
地域住民の説得、完了。
住職たちはお堂の奥へ退避済み。
鐘も設置済み。
日が暮れてゆく中、戦闘が夜間へ及ぶことも考慮し、各々がヘッドライトを装備する。
ペンライトしか持って来れなかった仲間へは、アーレイが予備を手渡した。
光源としては心もとないが、寺には夜間照明などないという返答だったので仕方がない。
薄闇の中での戦闘を覚悟することとなる。
「カヅキさん、何してるのかな?」
既に薄紫に包まれている方角へ向かい片目を閉じているカヅキへ、暦が小首を傾げた。
「こうしておくと、目が暗さに慣れるんです。ほんとは一時間程度かかるけど……少しでも敵を狙いやすいようにね」
「なるほど!」
狙撃が命のインフィルトレイターには、特に重要なことだ。
敵の接近を確認する自分にも役立つ事だと判断し、暦も真似て双眼鏡を覗きこんだ。
「さてと、殲滅開始と行きますか……」
コキリ。首を鳴らして、我寺は盛大に――――
鐘を突いた!!!
「あーあ、あたいがやりたかったぁ〜〜」
「依頼が終わったら、って言っちゃったもんねぇ」
夕焼け空に、鐘の音が響く。カラスが鳴いて、飛び立ってゆく。
異形が複数ないし増援という形で現れた際の対応役として、チルルとミーミルは前衛を兼ねながらも撃退班と少し離れた――見晴らしの良い位置に陣取っている。
双眼鏡を用意して来た暦も、こちらに加わっている。飛来する敵を相手とするには高い位置に居た方が戦いやすい、飛べない自分には……。
果たして異形は、この鐘の音を聞き、深夜でなくとも現われるのか。
一体だけで現われるのか。増援はゆっくりとした間隔で現われるのか。
鐘突き堂から素早く退避し、我寺が前衛、後衛に爆発力を誇るアーレイが構える。
補佐する形で和菓子、カヅキがサイドに着いた。
グラルスは寺の防衛・異形の加勢、どちらにでも対処できるよう備えている。
カヅキが手にしているスマホに、ノイズが混じり始め――
「来た!」
「……あっちから来たよ」
カヅキ、暦の声が重なった。
――来た!
漠然とカラスのような印象を抱いていたが、おおむねその通りだ。
黒く、翼を持ち、鋭いくちばしに鉤爪……胴体は甲虫のような硬質の光を放っていた。
カラスとカブトムシ……昔懐かしい田舎を想わせる、などと感慨に耽っている場合ではない。
暦から、明るい表情が消えている。すでに彼女は戦闘モードに突入していた。
「……はぁッッ!!」
双剣から放たれた鋭い衝撃波が、鐘突き堂に向かって来た異形を襲った。
異形は羽の一部を削がれて雄叫びを上げ、こちらへ向かってくる!
「ここで食い止める!」
アーレイを背に庇いながら、我寺は聖火を放つ。しかし、翼を失った事で変則的な飛行となった異形との目測を誤った。
「チィイイッ」
鉤爪が彼の腕を掠める。間一髪。暦の先制がなければ腕一本、無くなっていたかもしれない。
バサリ、羽音を目で追い、……我寺はそのまま、咽こんだ。
爆煙。
黒焦げに、地へ落ちた異形。
その向こうに、巨乳。ちがった。アーレイ。
「これでも攻撃力は高いのです」
ウィンクの星を飛ばし、彼女は言った。
「……あっち」
一息つく間もなく、暦が指を上げる。同じ方角だ。
住職は一時間おきの飛来と言っていたが、やはり鐘の音は特別だったようだ。
遠くに見えるのは一……二、でも離れている。先程のように、一体ずつ対処できれば問題無い。
「!?」
同様に鐘突き堂へ向かうと見えた異形が、方向転換してきた。
先の異形の咆哮は、何かの合図だったのだろうか。
寸でのところで暦は異形の突進を避けるが、返す刃も避けられる。
体勢を崩し、追い打ちをかけられるかという場面でチルルの声が響いた。
「さあ! あたいの新しい剣で叩き落としてやるわ!」
意気揚々と活躍の場を求めていた少女が、高度を落とした異形を神速の追撃でもって切り裂いた。
ザンッ、豪快な太刀筋で悲鳴ごと塵に返す。
「まだ来るよ」
勝利ポーズを取るにはまだ早い。カヅキが注意を呼び掛ける。
三体目の飛来に備える。
先手、サポート。この連携で確実に落とせそうだ。
「てぇい!!」
ミーミルが苦無を放つ、が、軽く避けられてしまった。翼を落とさなければ、異形のスピードを削ぐのは難しい。
「おっと!」
そのまま攻撃を仕掛けてきた異形をミーミルはひらりと避け、そして見上げた。
『……次のお相手、実験してもよかったですか?』
そう、後衛に回り込んだ和菓子に耳打ちされていたのだ。
一瞬のことだ。
ミーミルを襲い、異形が高度を下げる。その隙に、和菓子が飛翔する。
短い滞空時間を活用し、自然落下に任せ、ツーハンデッドソードを突き立てる!
「っぐ……ッ」
タイミングは悪くなかった。
しかし、闇に紛れた異形の姿のせいで惜しくも攻撃を外す。再び浮上する異形の翼が彼の頬を傷つけた。
日は加速度的に暮れてゆく。辺りは紫紺色となり、異形を味方した。
「……逃しはしないよ」
「今度こそ!」
カヅキの放つストライクショットに我寺の追撃が重なる。
「届かないなら近くまで行けばいいんだよ!」
そこへ体勢を持ち直したミーミルが疾風迅雷の速度で駆けつけ、最後の一撃を振りおろした。闇の中だろうが、見逃さない距離で。
「ラストワンか。お寺の防衛は不要のようだね」
念の為、阻霊陣を発動させていたグラルスが陣を解除、魔道書へ持ち替えて合流して来た。
「さて……ようやく手に入れた魔法書の力、試させてもらおうかな」
彼の笑顔に、誰が逆らえようか。
仲間達の絶命を知ってか、最後の一体は、より甲高い声で叫び、飛んできた。撃退士たちの鼓膜がビリビリと痺れる。
声――あるいは超音波か何か、やはりそれらで異形達は情報伝達をしていたようだ。
明らかに敵意を持って、翼あるものは闇を切り裂き飛来した。
「……うるさいやつは敵」
わざわざ高度を落として攻撃してくる事が解れば、あえて飛び道具を使うこともない。
得意分野で、自分のフィールドに引き込めばいい。
ひらり、暦は異形の攻撃から間合を外し、そこからステップを踏む。
双剣による舞うような連続攻撃で両翼を落とす。
「そろそろ仕留めるよ」
叫んだ異形の双眸には、闇に在ってなお輝くオッドアイが映った。
「弾けろ、柘榴の炎よ。――ガーネット・フレアボム!」
果実を思わせる炎を纏った深紅の結晶が、漆黒の異形を襲う。結晶は砕け散り、キラキラと輝きを散らして更なる小爆発を起こした。
●真夜中に響く希望の音
「いくわよォ」
「せぇの……!」
ゴォーーーーーン……
「鐘の音の風を感じて、折々に」
チルルとミーミルが、二人仲良く突いた鐘の音を聴き、和菓子が目を閉じる。
久方ぶりの鐘の音は、深い深い余韻と共に夜空に響き渡った。
山の麓の人々にも、きっと届いているだろう。
これからは、怯えて暮らすこともない。
「これでゆっくり寝ることができますね!」
そして、眠い。元気いっぱいな言葉の後に、暦があくびを一つ。
既に無事を確認していた我寺は、普段から首にさげているヘッドホンを耳にかけ、音楽を聴き始めていた。
「ディアボロは、確かに殲滅しました。……今後の、お寺と麓の皆さんの関係改善に関しては、貴方がた次第ですよ……?」
「いくら害がないとはいえディアボロに対して皆が不安を抱くのは当然。その辺りを、皆様と話し合わなければいけないと思います」
「明朝、改めて安全の旨を伝えましょう。僕達も同行いたします」
お堂で住職たちと一緒に鐘の音を聞いていた、グラルスやアーレイ、カヅキ達が今後のフォローについて申し出ていた。
「ありがとうございます。異形しか遊びに来ないような寂れた古寺でしてな……長い事、麓の町を見守り続けていたはずなのに、取り残されてしまったようで……」
「ディアボロは妖怪じゃないんですから。今後、異変があったらすぐに私たち撃退士へ、連絡して下さいね」
アーレイの言葉を受けて住職は肩を落とし苦く笑い、改めて感謝の意を述べて、撃退士たちの手を握った。
鐘の音の響きと共に、交流が戻ると良い。
そんな願いを込めてか込めずか、寺の鐘はその後、108を数えるまで鳴り響いた。