●エンジョイ奪還
「すまん、待たせた」
「いえ、こちらも今、準備が整ったところです。礼野さん、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
御堂 玲獅(
ja0388)は、施設管理者から受け取った全域の見取り図の控え、施設パンフレットを礼野 智美(
ja3600)へ手渡す。
他のメンバーも、それぞれに目を通し終えていたところだ。
「例の4人に接触できた。携帯電話番号だけだが、交換してきた」
――例の4人。
うっかり、ディアボロ掃討依頼の出ているアトラクション施設をデートコースに選んでしまったために涙を落している少年と、そうとは知らない少女たち中学生撃退士のグループだ。
「退治したって連絡、互いに電話で連絡しあえば施設に安全報告する時間短縮になるだろうし」
「……若さだなぁ」
桝本 侑吾(
ja8758)は目を細める。
「意気込んでる中学生か……。青春だな、手伝ってやるか。礼野さん、その番号こっちにも教えて」
「もとより、そのつもりだ」
侑吾にとっては微笑ましい年頃かもしれないが、智美は彼らと同年代である。苦笑いをこらえながら、智美は情報を共有した。
「みんなが楽しみにしている遊園地で暴れるなんて、許せないの。愛ちゃんも頑張ってディアボロを倒すの!」
見目楽しい施設のパンフレットを握りしめ、周 愛奈(
ja9363)が息巻く。
「先輩にはお世話になってるからな。ちゃんと護るから。宜しく」
智美は、共通の知人がいる愛奈へ手を差し伸べる。
「! 智美姉様、愛ちゃんも戦うのよ!!」
小さな両手で握り返しながら、自分も撃退士なのであると訴える。わかっていると、その上でフォローするのだと智美が付け足すと、満足したのか愛奈はニコリと笑顔を見せた。
「早く退治して、皆が楽しめるアトラクション施設を取り戻しませんと! あ……私も時間があれば遊びたいかな♪」
『ただ倒す』だけではない、『より早く』。そう更に目標を加えたのはソフィア 白百合(
ja0379)。
なにしろ、依頼自体は『掃討完了報告後、自由解散』なのである。
「ミーナ、ミンナと一緒にメイッパイ遊ぶゾ!」
戦闘に関する作戦は、事前に詰めている。その後の計画も、ミーナ テルミット(
ja4760)にとっては重要なミッションだ!
「あたしは、ゆっくりのんびりと楽しませてもらおうかな」
高峰 彩香(
ja5000)はパンフレットに目を落しながら、実際に戦闘となるであろう場所と共に、その後の事まで頭に叩き込んでいる。
「退治に時間がかかれば、開園の時間もそれだけ遅れてしまう訳か。ん……勿論、俺も楽しみにしている。学生とは言え、撃退士の身では遊びに行く時間も限られるしな」
梶夜 零紀(
ja0728)は晴れた空に視線を投じた。
今日は絶好の行楽日和。
長期休園の看板を提げられたアトラクション施設。
しかし撃退士到着の噂を聞きつけてか、近隣の人々がソワソワと伺っている様子が、道中でも感じられた。
「私たちの作戦も、施設管理者より承認を得ました。できるだけ施設内のものを壊さない様、伝えて参りましたので、そのように」
玲獅が報告・確認すると、二手に分かれ作戦スタートとなった。
さぁ、全力で天魔を倒し、全力で遊ぶぞ!!!
●人形と踊れ
「2mって、でけぇ…… こんなのがうろうろしてたら、目立つな流石に……」
侑吾が、思わず呆れ声を発した。
遠目から、泥人形の存在はすぐにわかった。
のろのろと、何が楽しいか観覧車の周囲を列をなして歩いている。
「ただ単純に向かってくるだけの相手なら、誘導には苦労しないで済むよね」
ふむ、と彩香が頷く。
「行きますか」
「よし、行こう!」
「泥人形はデカイけどナ! だからって動きが鈍いとも限らないしナ!」
「後方からの支援は、お任せください」
ミーナとソフィアの言葉に後押しされ、侑吾と彩香が誘導へと動き出す。
本格的な戦闘は、観覧車からやや離れた、この広場。
残る二人は待ち伏せの体勢を取る。
「さぁって! 遊ぶ前の、ひと暴れだよ!」
装備したスネークバイトをアピールするように、彩香は観覧車に向かい駆け始める。
泥人形たちが歩行を止め、彩香を異物と判断する。
「そんなスピードで、追いつけると思ってるの? 甘い甘い!」
拳すれすれの位置を保ち、彩香はソニックチャージを駆使しながら一撃離脱を繰り返す。そうして、目的地へと導く。
「――っとォ!」
最前線の泥人形、その背後からもう1体の拳が突きだされたところを、物陰に身を潜めた侑吾が拳銃で狙い撃ち、止める。
泥人形たちに、動揺が広がる。
その中の1体が、侑吾の存在を認識する。
「はっは、面白くなってきたな」
ここは集中。口の端を上げながら、侑吾は標的から攻撃を外さないよう細心の注意を配る。
(俺達が施設を壊したら意味がないからな……)
軽快な彩香、遠方の侑吾。標的を定めきれず、バラバラに動き出す泥人形たち。しかし、導く先は一つだ。
「雷よ、堅牢な鎖と化し、青き呪縛となれ」
――射程圏内に入った。
侑吾からミーナへと標的を変えた泥人形。
ミーナがアイアンシールドで攻撃を防ぐ一方で、ソフィアが高らかに呪文を唱える――スタンエッジ!
「ガツンと行くゾ!!」
ファルシオンへと持ち替えたミーナが、シンプルな一撃を与える。
「まだまだですよ!」
追い打ちに、ソフィアが魔道書を開く。雷のような閃光を纏った攻撃が、泥人形を砕く!
「あんまり時間掛けたくもないしね。確実に仕留めさせてもらうよ!」
残り2体を引っ張ってきた彩香が、豪快なフレイムブラストをお見舞いする!!
それを合図に、総員で攻撃を仕掛けてゆく。
「がつんとね!」
侑吾がミーナの口真似をしながら大剣へと持ち替え、ソフィアを守る位置取りをして接近戦に挑む。
「一気に行きましょう!」
4対2。形成は圧倒的有利。
ソフィアは仕事着の裾を翻し、指先に魔道の力を集めた。
●スキュレの呼ぶ声
潮風の吹きわたるサイクリングロードを歩きながら、智美はなびく髪をおさえる。
「夏休みは施設にとっては稼ぎ時だろうし、楽しみにしてる人も多いだろうし……」
涙を飲んでいるのは、例の中等部生だけではないだろう。こうして歩くことで、改めて実感する。楽しいのだ。
「あの4人は置いておくとして……楽しみに待ってる人の為にも、早めに決着をつけたいな」
零紀は湾から目を離さない。
玲獅が既に、おびき寄せポイントをピックアップしており、敵の登場を確認次第、最寄りのポイントまで誘導する作戦となっている。
(といって、出てきてもらわないことにはなぁ)
ぶらり、4人で歩き初めて10分かそこらではある、が。
風の音、波の音が静かに繰り返されるだけで、異変など……
「て!!!」
叫んだのは愛奈だ。
手、と叫びの意味を全員が認識したのはワンテンポ遅れてから。
赤黒い腕が――肘から先が、一行の先の海面から伸びている。
ずるり、ずるり…… ゆっくりと陸へ手をつき、上体が現れる。
1、2、……6つの長い、首が。髪が。6対の禍々しい女の目が。こちらを向く。
愛奈が体をこわばらせる、庇うように智美が前へ出る。
「俺が引きつけるから、援護、頼むな」
智美の言葉に、愛奈が我に返った。
「任せてなの!!」
元気な返答を受け、智美と零紀がスキュレへと飛び出す。
「さて、どの首から落として欲しい?」
斧槍の射程を活かす零紀、闘気解放して確実にダメージを与える智美。海水を滴らせながらスキュレが追ってくる。
「智美姉様、零紀兄様、心配はいらないのっ!!」
愛奈が六花護符で援護攻撃をする。丁寧な魔法の構成で攻撃を当ててゆく。
「本番は、ここからです」
誘導先では玲獅が待ち構えている。智美、零紀が両側へ避けると、スキュレは勢いのまま玲獅へ突っ込んでゆくが、攻防一体のランタンシールドで阻まれた。
女の首が奇声を上げる。牙を剥き、状況を把握できないままシールドに噛みつき続ける。
他方の首は、前衛から離れた愛奈を標的にしようとするも胴体は一つ。届くわけがない。
「今だっ、行くぞ!」
智美が声を発する。
確実に動きが止まったところで、四方からの一斉攻撃!!
「貴様の存在は無用……断じて斬る!」
「女性は護るものだけど、ディアボロは例外だっての!」
「愛ちゃんの……全力なの!!」
「ちょっと激しい爪です。立っていられるでしょうか」
智美と零紀の刃。
愛奈の魔法と玲獅の火炎放射器。
それぞれが、交差して、アウルが爆発的な光を発する――!!
●エンジョイ到来!
「アニマルパークにも行きたいし……、地下道の小型ドームも行ってみたいし……、あ、でもショッピングもしたいし……!」
ソフィアがパンフレットを手にミーナとはしゃぐ。
「サイクリングロードをダッシュしてアソンダリ、観覧車のユーダイな景色も見たいゾ!!」
「か、観覧車は……、その、高いところ怖いですから……」
「ミンナで登レバ、コワクナイ!!」
登る!?
ミーナの言葉にソフィアがたじろぐ。
「愛ちゃん達が護ったから、愛ちゃん達も楽しむ権利があると思うの。だから、思い切り楽しむの!」
戦闘の高揚感をそのままに愛奈が飛び跳ねると、各種連絡を終えた玲獅が振り向いた。
「アニマルパークも無事に掃討完了したそうです。1時間以内には、開園されると。さぁ、今のうちにケガのある方は治してしまいましょう」
夏の日差しの下、スキュレとの戦闘跡は綺麗に洗浄され、既に乾いている。
つい先刻まで天魔が居たなど、信じられないほどに平穏な景色だった。
飲み物を片手にのんびり歩く彩香の横を、ミーナが駆け抜け風を起こしてゆく。
なぜか同行に巻き込まれているらしい侑吾が、笑い半分で追いかけて行った。
負けじと、愛奈が小さな体で走る。見守るように、智美がゆっくりと後についている。
「元気だなぁ……」
一団の勢いに肩をすくめ、彩香は小型ドームへ続く地下通路へと曲がった。
「あら」
「高峰さん!」
海を見上げながら涼やかな通路を歩いていると、先客――玲獅とソフィアに遭遇する。
「お疲れ様。綺麗だね」
「えぇ、外も良いですが……ここは不思議ですね、落ち着きます」
彩香が手を挙げる。玲獅が穏やかな表情で応じた。
ドーム内には、濃い色の空に魚群の映像が映し出され、影が床に落ちる。
床の、魚の影に自分の影が重なる。こうしていると、海を泳いでいるような気持ちになる。
適度な冷房と、さざ波のBGM。
(焼きつけて、おきたいかも……)
「ちょっと休憩していこうかな。二人はもう、出るの?」
「予定は目白押しですから!」
「また、きっとお会いしますね」
彩香は頷いて、二人を見送った。
「……この子達が痛い目を見なくてすんで良かったの。もふもふ、ふわふわなの」
ミーナとふたり、ぺたりと座り込む愛奈はちいさなウサギを膝にのせ、やわらかく背を撫でてやる。
「ハー 生きモノの体温ッテ、気持ちイイナ……」
もふもふ、すべすべ、ふわふわ。モフモフ軍団を愛でていると――
「モフっ!!!?」
背後から、大型犬にのしかかられた!?
「モフ返し……ダト!?」
反撃ダー! ミーナが白い大型犬に抱きつき返す。
「施設だから当然だけど……人懐こいな、あはは、くすぐったい、こら!」
チョロチョロと体を駆けるハムスターに、智美も思わず笑みをこぼした。
「昔、飼っていた犬を思い出すな。こうしていると、連れて帰りたくなる……無理なのは分かっているが」
長毛種の犬の背に顔をうずめ、もふもふ堪能するのは零紀。無意識に頬が緩んでいる。
夏? 暑い? そんなもの、もふもふの前では何の意味も成さない!
ゆっくりと回る巨大観覧車。
零紀は眼下に広がる景色に言葉を失う。
「良い眺めだな……。デートスポットで有名なのも分かる気がする」
アニマルパークから、ミーナや愛奈、智美も同行して――まるで引率気分で、状況を楽しんでいた。
「ホヘー!」
窓側にべったりと張り付いたミーナは、それ以上の言葉が出てこない。
空に海。遠くに都市、そして山脈。地上からは見えない姿が一望できる。
「……そう言えば、あの4人はどうだったんだろうな?」
ふと思い出し、零紀が施設を見渡すように視線を落すが――ここからでは、どれが誰なのかわからない。
それほどに、あっという間に賑わいを取り戻していた。
施設側の努力もあっただろうし、待ち望んでいた人も多かったのだろう。
(よかった)
零紀の瞳に映るのは、小さな幸せの集合体。
「お土産…… お土産かぁ」
アウトレットショッピングモールで、智美が珍しく難しい表情をする。
買うか買うまいか、似合うか似合うまいか。土産を、贈りたい人は喜ぶだろうか。
可愛らしいストラップを前に葛藤しているところだった。
「あっ、礼野さーん!」
そこへ、別行動をしていたソフィアが声をかけてきた。
「そろそろ、時間ですよね。全部の施設を歩き回るだけでも、結構かかっちゃいました」
「観覧車はパスしたんですけどね」
「御堂さん……!」
ずっと行動を共にしていたらしい玲獅の言葉に、ソフィアは顔を赤らめる。
「小型ドームも、想像していたよりぐっと素敵でした。行かれました?」
「ああ、愛奈たちと」
ミーナが、大きな瞳がこぼれるんじゃないかというくらいに見開き感動していた様子を思い出して、智美がクスッと笑う。
そんな彼女たちも、現在ショッピングに走り回っているところだ。
零紀は観覧車を降りたところで別行動を取っている。
「礼野さんは、お土産に何か買われたんですか?」
「えっ、あ……そうだな どう、思う?」
ソフィアの問いに、智美は動揺し――勢いに任せ、悩んでいた品を相談してみた。
「綺麗な海の色!」
その一言で、智美の心は定まった。
風に、砂が流れる。
泥人形の残滓か、近隣の砂浜のものか。わかる者などいない。
(こういう場所って久しぶりだなぁ)
サイクリングロードダッシュのあと、広場で休んでいた侑吾が賑わい始めた施設の光景に目を細める。
小さな子供、その手を引く老人。
営業途中の小休憩、といった風のビジネスマンには笑った。
「お疲れ。隣、いいか」
「おー お疲れさん」
パワフル女子に振り回された男性陣が、ベンチに並んで腰かける。零紀が、冷えた缶コーヒーを侑吾に手渡す。
(……これも一つの縁だよなぁ)
侑吾は礼を言って受け取り、二人でささやかな乾杯を。
――そんな中、見慣れた制服姿の中学生達を見つけた。
「青春だなぁ」
侑吾の声が、周囲のさざ波のような笑い声に吸い込まれていった。