●北の砦へ
暑い。とにかく暑い。
暑さをアピールするかのように蝉が鳴き続ける。
(『封都』は何度目だろう……)
土を踏みしめながら紫ノ宮 莉音(
ja6473)は故郷を巡る戦いを思い起こす。
ポケットの中には、『八坂さん』のお守り。
かつては『当たり前』『おなじみ』のものでしかなかった、それがこんな形で存在感を示すとは思いもよらなかった。
「ああ、暑い。さっさと終わらせて、帰りたいね」
莉音の思考を遮断するように、平山 尚幸(
ja8488)が言葉を発した。
飄々とした口ぶりの尚幸であるが、山に入ってからは周辺をウロついているというヴォーパルバニーに関して索敵を続けていた。
(不快。……苛々、する。こんな、悪趣味なこと。誰が……考えるん、だろ)
本命の敵は京都を護る『四神』を模しているという。
古来より人々が信仰を寄せていたであろう対象を、わざわざかたどる、だなんて。
姫川 翔(
ja0277)は顔をしかめる。
感情を閉ざしがちな翔の瞳に、一つの光が灯る。
大切なものを崩された経験があるから、見過ごせない。
「……。全部、ぶっ潰す」
ぼそり。思考が音となっていたことに、当人は気付いていない。
「ゲンブ、だっけ? ……つまりは亀か」
「亀、ね」
資料写真を眺めながらクジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)が嘆息し、暮居 凪(
ja0503)はこれから相対する敵について考える。
(つい、響きから甘く見てしまいそうではあるけれど)
単体であれば、気に留めなかったかもしれない。
「四神かー。倒しがいがありそうだ」
尚幸は穏やかな表情の下、静かに戦意を燃やす。
同日同時刻に他班たちもそれぞれに『四神』を相手取っている。
自分たちが戦うのは、その1体。
「強敵なのは見るまでもなく分かっている」
数歩あとを歩くのは、ラブリーパンダちゃん――否、いや、間違ってはいないが――下妻 笹緒(
ja0544)。この気温と湿度の中、パンダの着ぐるみを纏い、山道を愛くるしく歩いている。奇人である。
「封都の救出に関しては、ある程度順調に推移していたように思えたが……。流石に敵もノーマークのままと言うわけにはいかない、か」
顎に手をあてる北条 秀一(
ja4438)へ、笹緒は頷きを返す。
「名前だけの大亀かと思いきや、天使が戯れに作り出した紛い物にしては、中々に良くできている……。用途はともかく、相手の文化を理解しようとする、その心構えは天晴れ」
「鋭兎捜索・攻撃するのは10分前後くらいが限度でしょうか?」
ヴォーパルバニーに『鋭兎』と独自の呼称を用いるのは御幸浜 霧(
ja0751)。
下手に一時に相手にするよりは――。霧の提案にそれぞれが同意を示した。
「俺は上空から見回る」
秀一は、スナイプゴーグルを装着し、スキルを活用してヒラリと飛んだ。
「状況を開始する」
(……兎だし、耳は良いんじゃないかな)
ふ、と思い立った翔が剣で草や石叩き、音を出して誘う行動を取ってみる。ヴォーパルバニーの行動が玄武と無関係で、封都周辺ということでうろついているだけならば容易く接近してくるはずだ。
「できるなら、先に倒しておきたい……ね」
――もうそろそろ、辿りつくんだけど
困ったような筧の声と、尚幸の射撃音が重なった。
「右手、前方。ヴォーパルバニー、1体」
スナイパーライフルCT-3がアウルの火を噴く。
視認がやっとという距離であるが、尚幸の射程圏内である。
「逃がさない……よ」
周辺の木を薙ぎ倒しながらこちらへ向かう巨大兎へ、翔が剣先を向ける。大きな的。向こうが尚幸をターゲットとしているのなら、つけ入る隙はどこにでも。
「ウサギとカメたあ、洒落が効いてるな、天使は」
クジョウが鼻で笑う。
翔のサポートをするように、反対側から回り込む。
木々が邪魔で策敵は成功しなかった秀一だが、着地してから敵の背後を取る。
クロスファイアで、無防備な背を撃つ!
尚幸は、ギリギリまで引鉄を引き続ける。
翔は身の丈もある大剣で、兎の勢いを使用しての迎撃刺突を試みる。
巨体に吸い込まれるように刃が刺さる、しかしその衝撃は己にも返り、わずか、後ずさる。腕がしびれるが、離すつもりはない。
「よし、そのままだ」
完全に兎の行動を止めたところで、クジョウが鞭を一閃。
秀一の援護もあり、ヴォーパルバニーの体からは力が失われた。
「まだ、潜んでいるのですね?」
「情報だと、ね」
霧の言葉に筧が頷く。
集中して当たれば、撃破は困難ではない、が――
「玄武との戦いの間も警戒し、発見次第の撃破、となるな」
笹緒が腕を組む。
「亀vsパンダvsうさぎ……これは熱い」
誰もが思っていながら言わなかったセリフを筧がこぼし、不謹慎ですと凪が背中を強く突いた。
「筧さん、俺は引き続きヴォーパルバニーの策敵に当たります。なにかあったら連絡ください」
「げほっ ……ありがとう、平山君」
凪の一撃でうずくまる筧へ、尚幸が声をかける。至ってマイペースである。
「下妻さん、平山さん。後方はお任せするわ」
涼やかな表情を崩すことなく、凪は対玄武戦の要となるべく連携の確認を取る。
「前衛陣が戦いに集中できるよう、フォローを尽くそう」
「同じ轍は踏まない……って言いたいけど、どうだろ?」
考え過ぎて、失敗したこともある。莉音は難しい顔をし、凪を見上げた。
「守り切るには、思い切りも必要なんよね。……ちょっと博打かな」
「作戦・連携も大事だけど、何より気を抜かないこと、ね」
博打――そう、自分たちは大きな博打を、狙っている。
●目覚めし守護神
やや行くと、急に拓けた場所に出た。
地面は抉られ過ぎての平ら、周辺の木々は鋭い回転によって薙ぎ倒された形となっている。
ここが『玄武』のフィールド、ということだ。
「……近付きにくい、ね」
遠目に解る、苔むした遺跡・玄武。
今はまだ、こちらに気づく様子は無い。しかし、ゆらりゆらりと注連縄が蠢いている。
翔は攻撃の切り口を探しながら呟く。
深入りし、『回転』から逃れにくい状況に飛び込むのもうまくないだろう。
「わたくしが盾となります」
霧が盾を活性化させ、ゆらめく蛇の視界に入る。
――ズン、地響きが一つ。遺跡が動く。
「凪さん、行きますよ」
「えぇ」
玄武の両サイドへ回り込むように、莉音と凪が展開する。
「火で反剋とはいかないかな――!!」
召炎霊符に魔力を乗せて、莉音がアウルの彗星を降らせる。
強力ゆえに敵味方問わずダメージを与える危険な術だ。凪との連携は事前に仲間たちに伝えてある。
「こちらは――どうかしら」
炎の星が降る中、他方向より凪が物理攻撃属性で封砲を放つ。
しかし、降りしきる星に目が覚めたのか凪の攻撃は回避されてしまう。
「亀が鈍い、っつーわけではないんだな」
クジョウは、改めての物理攻撃による相手の反応をみる。
緑色に輝くアウルを纏い、衝撃波が玄武を襲った。
「やはり、魔法攻撃の方が効くのかしら……?」
「これだけじゃ、わからんな。どっちにも動じないなら、弱点は別か」
「完全というものはこの世に存在しない。……必ずどこかに欠陥が有るはずだ」
幸い、莉音の攻撃は成功した。一度や二度の失敗で躓いているわけにはいかない。
秀一は後方から射撃をしながら、行動速度の落ちた標的を注視する。
どれだけ忠実に再現されているのか分からないのだ。直接、弱点を探るのが上策だろう。
その間に、翔は一気に距離を縮め、玄武の脚の部分を狙いスマッシュを放つ。
「!!」
翔の頭上に、ゆらりと巨大な影。蛇がこちらを睨みつけていた。
「……来れば、いい」
睨み返し、翔が剣を盾代わりにする。
「人間のシマに居座っているなど……。おどれはナメてけつかるのですか」
長い首が、反動をつけて打ち払いに来る。
翔と同じく範囲内に居た霧は盾の術を使用し、受け止めながら――携行していた塗料を、振り抜き際の蛇の眼へとぶちまける。
「みかじめ料は、その命で」
カラン、バケツを地面に打ち捨てながら霧は言い放った。
目潰しを狙ったが、首を巡らせ無差別に攻撃を仕掛ける敵へ、どれほどの効果が見込めるだろうか。
「……カオスレート、+1 ね」
スキルで看破した凪は、有効打を与えるべく再接近を狙う。
霧によって視界を遮られた蛇が、大きく頭を振り回しながら無作為の牙を凪へ向ける。
「石化は厄介だわ」
凪はディバインランスで牙を食い止める。ぎち、厭な音を立てるが、それ以上の侵攻は許さない。
力と力、拮抗する間に――冷風が吹きぬけた。
亀である本体による、氷結魔法だ。
標的とされたクジョウは跳躍で回避し、すぐさまスキルの活性を切り替える。
「何が弱点だろうが、これは確実だろ」
――白焔・天打。対天使用に特化させた白い焔が玄武を襲う!
連動して、凪と押し合いをしていた牙が、ランスから離れた。
「開封――闇に食われなさい」
光を塗りつぶす黒い闇を纏い、凪は蛇の下を潜り玄武本体を砕くべく渾身の一撃を浴びせた。
それに応じ、次々と波状攻撃が展開される。
カオスレートを変更している凪を守るため傍にいた莉音の薙刀が一閃し、
クジョウが惜しみなく二度目の天打を与え、
――輝く手乗りパンダが彼らの横をすり抜け、玄武へ突撃した。
「とかく、あらゆる手段を試し、弱点を探ろう」
「ハッハー! 撃ち放題!!!」
ヴォーパルバニーの警戒に当たっていた、笹緒と尚幸が合流する。
尚幸は既にトリガーハッピーに突入していた。
「後ろのバニーちゃんも纏めて撃ってやらぁ!」
木々の折れる音。
ヴォーパルバニーの気配を追ってフィールドへやってきた二人である。
そこへ再び、蛇による打ち払い。
「アルファルド殿!」
回避しきれず、大ダメージを負ったクジョウのもとへ、霧が素早く駆けつける。
玄武を跳び越え、兎が前線へ出てくる。その背後からは玄武の氷結魔法。
「ヒャアッホゥー!!!」
尚幸の弾幕は止まらない。
白い兎の毛皮にアウルのいくつもの弾丸が吸い込まれてゆく。
「……来る。下がって」
「こっちだ、玄武!!」
玄武の異変に気付いたのは、翔と秀一。
霧と前線を交代し、タウントで引きつけていた秀一が、スキルを使って飛翔する。
空中へ退避することで回転の無効化を目指した秀一だったが、頭さえひっこめ闇雲に旋回する玄武には有効とはいえなかったようだ。
笹緒は回転の範囲外から風神雷神図を放ち、地面を削ることで敵のバランス崩壊を試みる。
『CODE:FW』を発動させ、攻撃を凌いだ凪はすぐさまソウルイーターで痛烈な反撃。
「今よ。お願いするわ」
槍で玄武をとらえた凪が合図を叫ぶ。
霧が周囲の護衛に回り、莉音、翔、そして大剣へ持ち替えた秀一が駆けつけ、テコの原理でそれぞれの武器を玄武の腹に滑らせる!
「「玄武返し!!」」
●砦の陥落
連携はうまく行った。
見事、玄武はひっくり返った。
――しかし、それだけであった。
身動きの取れないうちに、笹緒が金銅燈籠を腹目がけて放つ。
「腹まで鉄壁か!!」
大剣を突き刺す秀一だが、思うような手ごたえは得られない。
銃へ持ち替え、わずかな隙間へアウル弾を撃つ。
「幾ら外殻が固くても、中までそうとは行かないはずだ!」
――しかしそれはサーバントが『生物』であったならば、の話だ。
どこまで『作り上げられたもの』なのか――、だが機があるならば、すべてに挑戦するよりない。
「くっ」
ビクリ、玄武が回転の衝撃から意識を取り戻す。秀一は玄武の胴体から飛び降りた。
ひっくり返しは無駄であったか? わずかな沈黙の後――
「「そのまま回転とか!」」
甲羅部分を背にしている分、回転速度が上がっている。
敵にとっても、自分たちにとっても想定外であった。
蛇の部分が、鞭状に振り回される。これは酷い。
動きを読み切れなかった幾人かが弾き飛ばされる。
一撃一撃が、重い。莉音が素早くライトヒールで回復を掛けてゆく。
凪と霧が、玄武本体の動きを止めにかかる。ここを切り抜ければ再び勝機は見える。
翔が蛇の頭を斬り飛ばす、宛てなくうごめく首の部分はクジョウの鞭が絡め、封じる。
ここまでくると、力押しの総力戦に勝るものは無い。そこまで持っていけるまで、粘り切った。
寓話ではないが、粘り強くあらゆる可能性を諦めず、攻め抜いた結果と言えよう。
「とどめ、行くよ」
翔が、跳躍とともに秀一の開けたわずかな腹の穴に再度、刃をつきたてる。
そのままスマッシュを発動し、振り抜く!!
尚幸の弾丸が集中して炸裂し、笹緒が金銅燈籠で追い打ちをかけた。
「状況終了、だな」
秀一が息を吐く。
「撤収だ撤収」
クジョウが軽い口調で手を叩き、ふと思い出す。
(……そういや、俺の名前もシシンとやらに関係してたな、確か、スザクだったか?)
北の『ゲンブ』と南の『スザク』。朱雀たる自分が玄武退治に参加できたのは、何かの縁かもしれない。
霧と莉音が、持てるだけの回復術を費やしたが、全員を全回復とまでは行かなかった。
「大丈夫よ、守った証しだもの」
凪は気丈に笑った。
フィールドから降りて行くと、尚幸からの連絡を受けて筧が既に待っていた。
片手を挙げ、全員の無事を確認すると笑顔をこぼす。
「筧さん、帰りに何か冷たい物奢ってくださいよ」
「アイス…… トリプルで」
「……近くにジェラートショップがないか検索するわ」
「ふふ、わたくしは白玉善哉を所望いたします」
「冷やし中華とかねーの?」
「……静かに食べたい」
「夏の上生菓子も捨てがたい」
「……鷹政さん、無事ですか? 財布の中身的な意味で」
尚幸の一言を皮きりに、次々とリクエストコールが飛び交う中、フリーランスの背を莉音がぽんと叩いた。
●
北の砦は落ちた。
今も昔も変わらず、蝉は鳴き続ける。
祇園祭も 送り火も 長い長い伝統が寸断された封じられた都で、自然だけが確かなものとして存在している。
(今はまだ遠く、姿さえ見えずとも……)
南の方向、木々の隙間から町並みのかけらが覗き、翔は足を止める。
(いつか、創平の喉元にまで、牙を届かせたい――)
その日のために。この景色を、胸に刻もう。
上空には暗雲が立ち込めている。山の気候だ、特に変動が激しいのだろう。
「うわ! 夕立かー この季節だもんな」
急ごう、筧が皆を促す。
しかし、翔は足を動かせずにいた。
雨粒が落ち始める。
「姫川君!」
筧が呼び掛け、先を行く皆も振り向く。そして――
暗雲は、封都の空を覆うように展開していた。さながら、巨大な蛇――龍のような、とぐろを巻いて。
そして。その場の皆が目にする。
封都中央へと落ちてゆく一筋の雷光を――……
夕立に打たれながら、誰もがしばらく、動けずにいた。