●再戦叶わずとも
「えー、ヴァニタスの相手できないの? むぅ……残念だなぁ やってみたかったのに」
神喰 茜(
ja0200)が唇を尖らせる。
今回の依頼で、先の『能力調査』から引き続いて参加している三名は、苦い表情でその言葉を受け止めていた。
(前に強さを直に見たからこそ、俺達を本命から外したのか?)
戦闘準備をしながら、久遠 仁刀(
ja2464)は奥歯を噛みしめる。
『刀狩』と称されるヴァニタス。彼を呼び出すための先遣ディアボロ掃討が今回の任務であり、ターゲットと接触することなく撤退するよう、強く言われている。
確かに、前回は命からがらに逃げ延びたと呼べる結果かもしれない。しかし、あのままの自分たちでもない。
「前回で力量差は理解できた」
仁刀に並び立ったのは龍崎 海(
ja0565)。
「とはいえ、負けっぱなしは悔しい。俺は……勝負になる人の手伝いをしよう」
「うおーっ! リベンジですよ! リベンジ!」
負けじと、丁嵐 桜(
ja6549)も気概を見せる。
あの時の傷は癒えた、しかし経験は残っている。
刀狩と直接対決が無いとしても、活用できることはあるはずだ。
「……そうだな」
仁刀は頷き、霧の立ち込める闇の先へ視線をめぐらせた。
(何をするつもりか気になるが、今は敵を倒すことのみ考えるとするか)
視界の悪い霧の中、麻生 遊夜(
ja1838)は念入りに仕掛けを施す。
上着を脱ぎ、それに己の血を染み込ませる。
戦闘の疑似音を収録したテープをセットした小型のラジカセには車輪を取り付け、そこに上着を巻きつける。
人と血の匂いと、騒音。果たして『撃退士』をサーチするという狼たちが、上手く乗せられてくれるだろうか。
「夜は動きやすいんだが、霧は厄介でありますな」
「狼の群れか…… ずいぶんと数が多いみたいだけど、弱い者が群れてるだけかしらね」
肩をすくめる遊夜へ、同様の準備をしてきた蒼波 セツナ(
ja1159)がタイミングの打ち合わせに歩み寄る。
「霧に潜みし獣……厄介だが、後々の為だ。蹴散らせて頂く、か」
アスハ=タツヒラ(
ja8432)は目を凝らし遠方を確認するが、やはり長距離攻撃は心もとない感触だ。
「筧の奴は一体何を企んでいるんだか」
ふぅ。雨宮 歩(
ja3810)が、ため息ひとつ。
(こっちに意図を伝えないって事は、その企みにボクらは必要ないって事だよなぁ? それならそれで構わない)
歩にとって、筧は知らぬ相手ではない。
(アイツなら無様な真似はしないだろうしねぇ)
それは、口にしてやらないけれど。
●霧の先に見えるもの
西側に隣接する廃工場へ刀狩をおびき寄せ、フリーランス達が対応するという。
それに対し、一行は狼型ディアボロが警戒しているという廃工場の、東側から周囲を巡り掃討するというルートを選んだ。
北回りか南回りかは、状況に合わせて臨機応変に。
霧の向こう、狼たちが駆けてくる気配がする。
遠吠えが響く。
(倒しきる前に遠吠えで敵が集まると厄介だが……)
できれば封じておきたかった『遠吠え』、一戦目は避けようがないものだったのかもしれない。
仁刀は苦く思いながら、しかし明確になった狼たちの群れに向かう。
指揮官は早期に倒したい、かといって、指揮を失ったディアボロが『はぐれ』化して二次災害を起こす可能性もある。
それぞれの連携、撃破タイミングが重視されるミッションだ。
「ふふ、まあ殲滅してあげようかしら」
出来る限りの策は打った。
仲間たちとの連携も確認した。
そこから来る自信を不敵な笑みに変え、セツナは符を手にした。
「ボクらが敵の動きを止める。止めは任せるけど、ボクが全部倒しても構わないよねぇ」
歩が軽快なフットワークで増援に対応する。本隊とは離れすぎない位置を保つことを心に留めて。
増援は隣接する両側から駆けつけるという情報だが、背後を突かれる形が一番厄介だ。本隊の動きに応じ、南側からの増援に備える。
「迂闊に殺しては、大型に影響が出る、が。数を減らせるチャンスは、生かしていきたいものだ」
歩のサポートにアスハが付く。
本体と増援部隊、どちらのフォローもできるよう海が位置取りに動く。
茜、次いで桜が指揮官の黒狼へ率先して向かった。
「ヴァニタスと戦えない鬱憤を晴らさせてもらうよ!」
「前回はしてやれましたからねー! 今度は、そうはいきませんよー!!」
後方部隊の援護攻撃にのけ反りながらも、小型の白狼たちは突出している二人をターゲットに、指揮官を守る壁の如く攻撃を仕掛けてくる。
(っ、耐えます!)
力押しはせず、桜は防御を固める。
(ここから――攻撃のチャンスに!)
「丁嵐さん、少しの辛抱ぜよ!!」
そこへ、遊夜が援護の一撃を与える。
衝撃で腕から牙が抜ける、桜が体あたりをして弾き飛ばす、距離を取ったところでコンパクトにウォーハンマーを振り抜く!
攻撃スタイルを隙の少ない形に変え、素早い狼たちに対応できる構えだ。
「まとめて相手するのはさすがに厳しいね」
茜は迫りくる白狼たちの牙を刀で往なしながら、指揮官との接触の機会を待つ。
単体では高い跳躍力を持つという情報だが、低く唸り声をあげ、後ろに控える姿がなんとも不気味だ。
間もなく、他方向からの増援が駆けつけてしまう。その前になんとしても撃破しておきたい。
「止まれよ止まれ――汝は罪を重ねたり」
指揮官を射程圏内にとらえたセツナが『連環なる裁き』を発動する!
セツナの背後より無数の何者かの腕が生じ、指揮官へと伸びてゆく。
「今よ」
腕が、大型狼を捕えた。
セツナの魔法による束縛に、狼は悲鳴を上げることもできない。
「丁嵐さん、行くよ!」
「はいっ、神喰さん!!」
――鬼 切 !
茜は次の手など一切考えず、アウルを圧縮させた剣気を刀に集めて放つ。
放った後に出来る大きな隙を庇うよう桜が立ちまわり、スキルで攻撃力を上げて間髪いれず特大級の追い打ちを掛ける!!
海が二人の連携に息を呑む。しかし、それも一瞬。統制を失った白狼を掃討すべく、十字槍のインパクトで蹴散らしてゆく。
「相手の手数を減らさないと!」
散り散りに逃走する白狼を目敏く察知し、仁刀が挑発を仕掛ける。
「逃がすか!」
仁刀の放つ白虹が白狼たちを薙ぎ払う。
セツナは北側からの増援に対し、準備していた血濡れの服をカーマインを操りながら見当違いの方向へ飛ばすことで撹乱を促す。
(少しで良い、時間を稼げれば)
各部隊ずつ、落ち着いて対処できれば、多勢に無勢の状況にも光明が見える。
東部隊の掃討を確認し、それぞれが続けざまにやってくる北からの増援に武器を構えなおした。
遊夜は用意していた『仕掛け』を、歩・アスハの横を通り抜けるよう射出する。
何事か、と狼たちの意識が逸れる。
その一瞬。不意を突き、掻い潜り、歩が南の指揮官へ『影縛り』を掛ける。辻風で追撃を与える。
「僕の『餓狼咆哮』と、どちらがより鋭い、か。……試してみる、か?」
アスハが影縛りのタイミングに併せ、魔法陣を展開させる。そこより放たれた紅い狼が、指揮官である黒狼の喉笛に喰らいつく。
「問うたところで、答えがあるとも思わんがね」
白狼との距離を考えた上で、遊夜が黒狼へ『負け犬の存在理由』を撃ち込む。
闇の中なお黒い軌跡を残し、残光は禍々しく光って消える。
「さすがに、こっちは厳しいかぁ」
効果が切れる瞬間に、歩は再度、影縛りで指揮官の動きを止める。せめて、これ以上の増援など呼ばせない。
火力を前進部隊に集めているだけに――あちらはあちらで続く増援部隊を相手取っており、こちらまで手が回らないだけに、分散された戦力で苦戦する形となる。
……増援部隊対策を甘く見ていただろうか?
『指揮官』『手下』という構図から、白狼は軽く倒せるものだと侮っていた感は否めない。
しかし、それをここで口にしたところで仕方のないこと。
(命を賭けて殺し合う事が愉しくてたまらない、なんて―― そんなボクは狂っているのだろうか? だとしたら、ボクは天魔と何が違うのだろう)
辻風からの飯綱落とし。指揮官へ立て続けに攻撃スキルを仕掛けながら、獰猛に牙をむく天魔を前に歩は己に問いかける。
(それを知るのも、また面白い)
アスハが小型狼を抑える、その間に遊夜が駆けてくる。遊夜の狙いを察した歩はワンステップで指揮官から離れる。
「喚くな駄犬。かかって来い、お前の相手はボクだぁ」
(さぁ、探偵らしく調べてみるとしよう。ボクの真実って奴を)
歩は火遁・火蛇の術で白狼へと標的を変更し、スイッチする形で遊夜が指揮官に銃口を突き付ける。
「これで終わりだ。……さようなら」
愚か者の矜持――零距離射程で最大火力の赤黒いアウルを爆発させる。
鳴き声ひとつ、こぼす間もなく指揮官は粉砕された。
「おやすみなさい、安らかに」
鎮魂の言葉は短く、遊夜は残る白狼たちの掃討へ尽力した。
実際に戦闘が始まってしまえば狼たちの意識は『仕掛け』に引き留めておくことはできない。それも仕方のないことだろう。
(一瞬、引きつけられただけでも僥倖であるな)
「くっ」
拳銃で威嚇しきれない個体が飛びかかり、アスハが『悪意穿槍』を具現化する。
(これでも……一撃を耐えるのがやっとか)
アスハは半歩、後ずさりながら敵の力量を測る。
「大丈夫か!」
戦況を確認し、海が駆けつけてアスハにライトヒールを施す。
「アッチは?」
「無理に前線を広げないようにしている」
続く北の指揮官も、セツナの束縛、茜と桜の連携に仁刀のフォローが上手く嵌っている。
無論、誰もが無傷とは言わないが、そこに癒し手としての海の能力がある。
「その牙は、俺には通じないよ」
飛びかかる白狼を、海は十字槍で受け流す。
「ここで僕から目を離す、か」
フッ、とアスハは薄い笑みを浮かべ、地面へ叩きつけられた白狼へパイルバンカーを撃ち込んだ!
●いざや行かんと
増援対応グループとも合流した一行は北経由で西を目指す。
増援として呼ばれることこそなかったが、天魔なりに他の仲間たちが撃破されたことは察知しているだろうか?
(途中で……刀狩が乱入してくるってことは、ないだろうか)
生ぬるい霧の中、自分たちの足音だけが響く不気味さに海は最悪のケースを考える。
(次の場所でも問題なく盾役が出来るように状態を整えておくか)
『剣魂』で体力を回復させながら、仁刀は最後の戦闘に意識を集中させる。
束縛系のスキルは所有している者たちすべて使い果たしてしまっているが、もう増援を危惧する必要はないのだ。
全員の全力をぶつけ合うだけだ。
「この程度で俺の存在意義は揺らがん!」
一定の距離以上からは命中率が危うくなるという情報に、物怖じするのもらしくない。
狙撃手としての誇り、経験を信じ、遊夜は『いつも通り』の攻撃を繰り出す。
「凍てつけ、魂と共に」
セツナは、飛び込んでくる白狼へ『光輝なる螺旋』を放つ。
「残念。お前の動きは見切ってるよぉ」
歩は牽制からの攻撃回避、生じた隙にカウンターで斬りつける。流れるような動作で狼たちを翻弄する。
「あぁ、足りない、足りないなぁ!」
茜が一閃のもとに白狼の首を刎ね、剣呑な笑みを浮かべて指揮官である黒狼をとらえる。
「ねぇ、おまえを倒したら、『刀狩』は現れるのかな? 斬れるのかな?」
茜の言葉に、わずか、仁刀の心が揺れる。
(力不足、だが―― いや)
逡巡を振り払うように、飛びかかる白狼の相手に集中する。
ガントレットにわざと噛みつかせ、そのまま口に腕を押し込む。荒っぽい方法であるが、個体の動きを止める最小リスクの手段だ。
「さぁ、千秋楽ですよー!!」
パン、桜の柏手が周囲の空気を変える。
前だけを見つめ続ける彼女の声が、それぞれの思いを抱える仲間たちを我に返す。
思うところはある。納得できない部分もある。悔しい気持ちだってある。
けれど。
最大跳躍で、後ろに控えていたはずの黒狼が接近してくる。それを待ち構えていた。
茜の刀、桜の鉄槌が交差して黒狼を粉砕する。
海が十字槍を振り、アスハが紅狼を召喚する。
遊夜が渾身のアウル弾を放つ。
霧が、力のぶつかり合いに震えた。
廃工場の西口に到着すると、車で乗り付けた時のまま、筧が待っていた。
「みんな、無事か!?」
「回復スキルは使い果たしました、それでも戦闘不能者はいません」
海の応えに、筧が安堵の表情を見せる。
前線を戦い抜いた面々は、流石に大きなダメージを負っているようだったが、自力で走れるだけの力は残っている。
「よかった。あとは早く離脱を!」
促す筧に、海が小さく頷く。
「厭な予感がします」
刀狩――そして女悪魔。彼らの現れる前兆のプレッシャーが、既に感じられていた。
「……ご武運を!」
詳細は知らない。それでも、自分たちの戦いが、必ずや良い方向につながると信じ――託し、遊夜は車に乗り込む。
「こう見えてちゃんと信用してるんだよ、ボク。だから、期待を裏切ってくれるなよぉ」
とん、歩は筧の胸を軽く叩き、ひらりと離脱する。
「ああ、任せて」
遊夜、歩に頷きを返しながら――筧はひとり、足りないことに気づく。
「神喰さん!!」
「あぁ……刀狩。斬りたいなぁ」
「だぁーーめ!」
単身で西の廃工場へ入り込もうとしていたその襟首を筧が捕まえる。
「即座に撤退も、お仕事ですよー!」
車の窓から身を乗り出して、桜が声をかける。
仕方がない、と茜も肩をすくめる。
「次回はよろしくね!」
筧に一言残し、茜も車へ乗り込んだ。
8名を乗せたワゴン車が走り出す。
見届けることなく、筧は西の廃工場に転がり込む。
●
「他愛ない な」
既に、工場の中央では数名のフリーランス撃退士が倒されていた。
「最強は カタナとばかり 思っていたが…… なかなか面白いものが あるな」
そこに、一人立つ白い長髪・長身痩躯の青年――刀狩。
「外の 騒動も 興味深い。先の――寄せ集めも力をつけた か?」
「寄せ集めなんかじゃない! 久遠ヶ原の――」
「クオンガハラ?」
咄嗟に言葉を返し、筧は言葉を選びながら、相手の紅い瞳を睨みつける。
「――…… 久遠ヶ原の、撃退士だ。いずれ、お前の首を落とす子たちだよ」
「ははっ それでは ぬしは、なんだ? 好いた女の仇討もできないままか」
刀狩は笑う。
「他愛ない」
そして、真紅の日本刀を振りあげた。
●報告書
『刀狩』の目的調査ならびに使役魔の能力調査
『刀狩』
ヴァニタス
・武器各種に対する興味は広がっている
・対峙した相手のことは覚えている様子
使役魔『狼』
・黒(指揮官)/白(配下)
・録音の戦闘音や遠吠えなどにはあまり反応しない(一瞬だけ気を取られる程度)
・指揮官が存在中、配下は庇うように立ち回る
・指揮官が倒されると、逃走を試みる個体もある
被害:戦闘不能者3名(フリーランス撃退士)
再起不能、死亡者は無し