●噂の噂
「青柳に発破かけさせるためとはいえ、二人の仲を裂くよな噂流した部長はやりすぎよ」
「噂話は大好きだけど、悪意があるのは見逃せないね」
細かな説明書きに目を通しながら、荻乃 杏(
ja8936)と上月 椿(
ja0791)は不愉快さを隠さない。
「乙女を傷つける噂を流すなんて、スーパー許せないんだ! 噂は人が流すものじゃない、人に流れるものなんだから!」
「噂を弄ぶなど、人道にもとる行為だ」
拳を上げて息巻くアルレット・デュ・ノー(
ja8805)に、酒井 瑞樹(
ja0375)が同意を示す。
「元手はタダだからボロ儲け、ってとこか。そういう行為にはでかいリスクが付くって事、思い知らせてやる」
テト・シュタイナー(
ja9202)は不敵な表情を浮かべる。
「えっと、人の関係を壊す噂は、良くないと思う……」
周囲の勢いにやや飲まれ気味に、久慈羅 菜都(
ja8631)が発言した。
「みんな仲良くなれるように、頑張りたいな……」
ぽつり、呟くような菜都の一言に、皆の視線が集まった。
――そうだ。この依頼は。
危うく、目的を見失うところだった。
「今回のお仕事は『噂成就屋』の活動を停止させるにょろねー」
そこへ戦部 小町(
ja8486)が、スパッと場の空気に刃を入れる。
『依頼内容』は『噂成就屋の活動を止めること』。
おびき寄せのネタとして『七不思議制作部』の柏木が、後輩の青柳をダシに『噂成就屋』へ先行してふざけた依頼を出している。
「部長の行動が酷くて失念してたわ」
杏が額を抑えた。
柏木に対する怒りと、請け負った依頼そのものを混同してはいけない。
「そうね……」
少し考えて。
「噂成就屋もなんか気に食わないし。二人にお灸据えてやって、何が何でも二人の破局は阻止して上手くいかせてやるんだからっ」
――何か増えた。
「良くない噂の是正と、成就屋の撲滅。合わせて依頼達成、といったところか」
瑞樹が顎に手を当てながら、冷静に方向をまとめる。
「なんだい、ずいぶん風呂敷が広がったね…… こいつは、面白くなりそうだ」
話の流れを見守っていた阿久乃 唐子(
ja7398)が、腕組みをしたままニヤリと笑う。
小町はポーカーフェイスの類の笑顔で、声をワントーン下げた。
「噂対決、負けないにょろり」
●噂の下準備
「黄川さん」
噂に巻き込まれた斡旋所の女生徒に協力してもらい青柳の想い人を突き止めた菜都が、緊張気味に声をかける。
「あたし、中等部3年の久慈羅 菜都です。えっと、協力してほしいことがあって」
黒髪を肩口で切りそろえた、小柄な少女――黄川が振り返る。
自分でできることなら、と初対面の菜都に対して物怖じせずに応じた。
「えっと……もう知ってる? 青柳さん、夏風邪で倒れたんだって。あたし、他の友達の分もお見舞いに行くんだけど。
黄川さんも行かない? あたし、まだそんなに仲良くないから、一緒に行ってくれると助かるんだ」
(苦しいかな)
祈るような思いで、菜都は黄川の反応を待つ。
「青柳君が……? いいんでしょうか、私なんかが一緒に……」
「黄川さんじゃないとだめなの!」
思わず、菜都は黄川の肩を強く掴んだ。
金田学生寮。
管理人であるという老人が対応し、青柳の部屋へと案内してくれた。
「……きっ」
黄川さん、と発声しようとして青柳が布団から身を起こし、激しく咳き込む。
菜都が慌てて駆け寄り、背をさする。
「あ、黄川さん、缶詰食べさせてあげて」
自分は見ての通り、手が空かないからと。
菜都の誘導を疑問に思うでなく、黄川が動く。青柳がうろたえる。
「青柳君」
そこへ、同行していた瑞樹がそっと、近寄って声をかける。
「君に、話しておきたいことがある」
中等部校舎裏に、唐子は佇んでいた。
「これでよし、と――」
手を鳴らし、高い位置に括った手紙に満足する。
「どんな協力も惜しまないよね?」
振り返った先には――柏木。彼女もまた、力強く頷きを返した。
隣に立つ杏は、眉間にしわを寄せ、深く深く息を吐き出す。
「いくら部員でパシりやすそだからってったって、二人の関係わざわざ裂くよな噂流して発破かけんのはやりすぎだかんねっ!?」
真剣に怒りをぶつける杏に、柏木も流石に反省の色を見せた。
「話こじれるとアレだから相手にはいいとして、青柳にはきっちり謝るっ! なぁなぁで許してくれたって私が許さないからっ! 絶対よ絶対っっ」
「……そうね、やりすぎたわ。約束するわ。青柳君にも謝る」
「絶対よっ!!」
●走れ噂話
二日後には、回復した青柳が登校してきた。
「青柳さん!」
決闘の申し込みをする武士の如く、キリリと瑞樹が玄関口に姿を見せる。
「以前から好きでした。私と付き合ってください」
朝一番。登校する生徒多数。公衆の面前。
瑞樹の芯の通った声が、響き渡る。
(乙女っぽくは……できぬが)
瑞樹にだって、こんな演技には勇気が要る。
緊張で火照った頬が、良い具合に『乙女っぽさ』を演出していた。
見舞いの際に作戦を聞かされていた青柳でさえ、思わずたじろぐ。
「ご、ごめんなさい、俺、他に」
「やはり黄川さんの事が好きなんですね!」
(これで、この噂が広まるかは運次第か……)
泣くそぶりをしながら反転、瑞樹は廊下を駆け抜けてゆく。
放置された青柳は、周囲のクラスメイト男子たちから憐みの視線を投げかけられていた。
他方。
「ねーねー、黄川さんってどんな感じのひと?」
椿が声をかけたのは、黄川のクラスメイトの名もない女子。
ここ数日の間で、全く違う話題をネタに親しくなっていた。
「え、どうしたの急に」
「あのね、ボクの友達の青柳君――『七不思議制作部』の部員さんなんだけど。実はコッソリ相談されてて。黄川さんのことが、好きなんだって」
「えーー!?」
唐突な恋話に、女子の目が興味に輝く。
「『七不思議』の青柳君って、えぇと……なんか変な噂を聞いたな」
依頼斡旋所の子と――
「それ……間違い。噂してる人に、嘘だって教えてあげて」
予定通りに通りかかった菜都が、そっと割って入る。
「あたし、こないだ黄川さんと一緒に青柳君のお見舞いに行ってきたの」
「そうなの!? なんだ、良い感じなのかな、あの二人」
菜都の言葉を受けて、椿がオーバーリアクションで驚いてみせる。
「あのね、ボクが見たのは今日の朝一番なんだけど、告白してきた子に、黄川さんが好きだからって大声で断ってたんだよ。相手、上級生の美人さんだったのに!」
「なにそれー! っていうか、青柳君にそんな人が告白するー!?」
女子の勢いに、菜都は気圧されて思わず息を飲む。対して、反応を予測していた椿が話の先を作り上げる。
「あは それ言ったら斡旋所の子との噂だって同じだよね。ボクは告白シーンをしっかり見てきたから、確かだよ」
「そっか。上月さんが言うんだもんね」
『友達の友達から聞いた』ことほど、信憑性のないものはないだろう。
しかし、それが『当事者から』だったら?
(『噂成就屋』の流している噂の信憑性を落とす、これも重要ポイントだね)
「青柳君、よっぽど黄川さんのコト好きなんだなーって思っちゃったよ。一度は告白したって聞いたけど……上手く行って欲しいよね」
目の当たりにしてきた菜都も、その言葉に同意を抱き、言葉少なに頷いた。
転じて高等部。
「どういうことよ!?」
教室のドアを勢い良く開け、柏木が声を荒げた。
「『私が後輩のAの恋愛を妬んで破局の噂を流してる』ってナニソレぇええ!」
「あー、可愛がってたもんねぇ、A君(笑)のコト」
「柏木ちゃん捨ててカノジョに走るのは時間の問題だったろうねぇ」
「私のことはいいのよ、『七不思議制作』を捨てるような真似は許さないわ!」
「そういうことを言うから、変な噂流されるんだよ……」
「――というワケにょろり」
物陰で、小町が満足げに頷く。
人間性に若干難アリの柏木に関する噂は、彼女を知る誰もが納得し、それゆえに伝播が早い。
(噂を広めるのに必要な要素は『真実味』にょろり。その効果は――2倍にょろよー)
『他でも聞いたことがある内容の噂』だと、『真実味』は増す。
『噂成就屋』が、高等部でそれとなく『青柳と黄川の破局の噂』を流し始めたのは、中等部で爆発的な流れを作る下準備なのだろう。
「『噂成就屋』を名乗るだけあってやるにょろり。――ふ。失敗して自信喪失時に捕まえてこそ、活動停止に追い込めるにょろ」
説教や脅しだけでは活動停止には追い込めない、そこまで読み、小町は噂VS噂のガチ勝負に挑む。
「さって、次は初等部にょろり〜」
小町が立ち去るのと入れ違いに、何食わぬ顔で唐子が柏木達のグループへ入り込む。他クラスであろうがお構いなしだ。
「あー、ちょっとちょっと。詳しく聞かせてくんない?」
誰も不自然と思わず、周囲の女子たちが楽しげに経緯を説明した。
「可愛いボウヤだよねェ。あたし、密かに狙ってたんだけど……そっか、アンタのお手付きか」
「人聞きの悪いこと言わないで」
柏木が思わず素で返すが、唐子から余裕の笑みは消えない。
「ふーん。でもさ、例の中等部生二人ってわりといい感じだって聞いたんだけど? こないだも風邪引いた男子のお見舞いに行ってたみたいだし」
いつの間に加わったやら、杏が顔を出す。
「おや。じゃあサ、こんな話は知ってる? 今朝の、中等部でのコトなんだけどサ……」
唐子が瑞樹と青柳の一件を話すと、周囲が笑いの渦に沸く。
「あっはっは、青柳君も災難だね!」
「柏木ちゃんの陰謀も崩れたり、か」
「陰謀言わないで。――っていうか、『噂成就屋』なんて、やっぱりデマねぇ。試してみたのに」
深くため息をつく柏木を、皆が笑い飛ばした。
柏木と唐子、杏の三人は、そっとアイコンタクトで頷き合う。
●噂の撃退士
時は来た。
噂が噂を呼び事実と憶測が飛び交い、彼らを知る人の誰もが真相を見失っている。
中等部、校舎裏。
唐子が『噂成就屋』を逆手にとって、利用した場所。
「まずは、何と言ってもきちんとした証拠を掴まねーとな」
テトが物陰から、件の木を見張る。
デジタルカメラ・ボイスレコーダーを用意。
「あたしのoeil(オイユ、仏語で目)からは逃れられないのっ」
女の子限定で、と付け足しながら同行するアルレットがテトの手荷物の中に異質なものを発見する。
「ん? 張り込みつったら、やっぱ牛乳とアンパンだろ?」
「シュタイナー先輩かわいい! おひとついいですか!」
「かわっ!? ……いや、いいけどよ。食いな」
むぐむぐとアンパンを頬張るアルレットに毒気を抜かれながら――肩の力を抜かれながら、テトは少しだけ表情を和らげる。
たとえるならば、小動物に対する眼差しといえようか。
「わざわざ掘り起こしにくるんだ。奴等も、相応に警戒しているだろうな」
「こっちも、分散して総員で見張ってるのに……かち合わないですねぇ」
アンパンの半分をテトへ差し出し、アルレットも小首を傾げた。
さて、『噂成就屋』とは、いかなる存在か。
夏の、長い日が傾き始める。
潜むもの、通りすがりの生徒を装う者、誰もが息をひそめ……しかし、半ばあきらめかけていた頃――
黒装束の人影が、テトたちの前を駆け抜けていった。
「まだだ」
アルレットを、テトが制する。
唐子の話によれば、まだ『仕掛け』があるらしい。
ただし、シャッター音・フラッシュを切っての写真撮影だけは行なう。
ひとり、ふたり……三人、か。
黒装束の人物たちが木の根に膝をつき、やわらかな土を掘り起こす姿は、どこか滑稽であった。
――アハハハハハ!
(笑い袋とは――渋いな)
唐子の『仕掛け』に動揺した隙をついて、テトとアルレットが揃って飛び出す。
「おおっと、そこまでだ。噂成就屋さんとやらよ?」
笑い声を上げ続ける袋から、少ない――少なすぎる久遠にこれまた驚いた様子の『噂成就屋』達の姿を、今度はフラッシュばっちりでカメラに収め、テトが不敵に制止を掛ける。
「天網恢恢、疎にして漏らさずってな。悪いが、一部始終を撮らせて貰ったぜ」
「なっ、お前らは……」
四方に散っていたメンバーたちも集結する。
「いけねぇなぁ、こんな不当な商売をしちゃ。迷惑を被っているヤツも出ている事だし……こりゃ、教師や風紀委員会に報告しねーとな?」
「くそっ」
風紀委員会の名が出たところで、黒装束たちが逃走を試みる。
「あたしはこっち! 向こうは頼んだよ!」
アルレットが素早く反応し、三手に散ったそれぞれの行き先を読み、回り込みの指示を出す。
「ふむ。多少の実力行使はやむを得ぬだろうか」
他方を受け持った瑞樹が、武器の活性化を試みる。
椿がトワイライトを目くらまし代わりに発動し、相手の足を混乱させる。
アルレット、瑞樹が追いつめた先に――
「あ、えっと、……ようこそ」
菜都が待ち受けていた。
「自分が同じこと……例えば自分に関わる悪い噂を流されても、同じコトが出来るの? しようと思うの? そういうのって卑劣だよね!」
三人を正座させ、アルレットがズビシと指をさして叱る。
「どうして噂成就屋とか始めたわけ? お金が貰えるから? ここ学校だよ? 倫理的にダメでしょ」
「噂成就屋は今日で仕舞いだ。腹ぁ括りな」
続いてテトがドスの利いた声で言い渡す。
「まぁまぁ。秘密裏な事に浪曼を感じ、謎の人物像に憧れるってェのは、あたしも解らなくはないさ」
そこへ、唐子が割入る。
「ま、久遠のやり取り場面はコチラに収めたんで、アンタらの活動停止は免れないけどね」
カメラにボイスレコーダーをちらつかせ、しかし尚、含みのある言い回しをする。
「活動停止の代わりに、最後に流す噂として『噂成就屋を浪曼ある七不思議として存在させる』のはどうだい?」
なァ部長さん、そう言って唐子が振り返る。
柏木と、そして青柳の姿があった。
「『噂に依存し、噂により存在を否定された噂成就屋。その噂通り姿ばかりが消え、噂を流す代償に体を奪いに来る』――こんなところかな」
「報酬は、その笑い袋で」
唐子の提案に対し、柏木が笑みをたたえ、頷いた。
「じゃ、青柳君。これは、私からのお詫び。黄川さんと楽しんできて?」
柏木が、青柳へと2枚のチケットを手渡す。低予算で楽しめる、アトラクション施設の入場券だ。
「進展、すると良いな」
瑞樹が青柳の肩を優しく叩く。
「そういう瑞樹はお疲れ様っ」
皆が裏に回って動き回る中、つらい役回りを買って出てくれたのは瑞樹だ。
杏が心からねぎらいの言葉をかけ――くるりと青柳に向き直る。
「いい? 私たちがこんだけやったげてお膳立てしてあげたんだから、必ず上手くかせなさいよっ? ……いいわね」
半ば脅しのような杏の言葉に、青柳少年が深く頭を下げた。
後日、ひそやかに流れる『噂成就屋』の七不思議。
それに付随して、彼らを撃退したという『ウワサの撃退士』の存在も、囁かれるのであった。