●おいでよ、モノノケの里
ただいま、お祭り準備中。
「これは美しいお嬢さん、よければご一緒に…… って、螢じゃないか紛らわしい」
出店の準備だ神楽の稽古だと慌ただしい中、グレーの浴衣に狐の仮面を頭の上に乗せてマイペースに歩く八神 奏(
ja8099)は、声をかけた相手が身内だと知り肩を落す。
「えへへ、ちょっとおめかししてきちゃった!」
女の子として育てられ、本人も信じ切っている神埼 螢(
ja8052)。
奏が見間違えることはないはずだが、面が人を惑わせる。
女物の青い浴衣を着こなし、愛嬌のある猫の面姿の螢は、トレードマークとして抱えた猫のぬいぐるみ以外に判別方法が無い。
「おや、こちらは正真正銘美しいお嬢さん。一緒に出店などどうですか?」
しかし、ここでヘコたれる奏ではない。螢の呆れ声などなんのその、すぐさま螢の隣の少女へと標的を移す。
白地に朝顔柄、清楚な浴衣姿に梟の面を着けた少女が、くるりと首を――面を回転させ、素顔を覗かせた。
シエル(
ja6560)は、待ってましたとばかりの笑顔。
「一緒に出店、大歓迎なのです。お好み焼きの屋台をやる予定なのですですっ」
「エ」
出店準備の手伝いが終わったところで、久遠 仁刀(
ja2464)が額の汗をタオルで拭いた。
「ありがとうね、久遠君。せっかくのお祭りなのに、こんなことまで……」
「これくらいの事で恩は返せないが、手は貸そう」
今回の祭りに参加募集をかけた筧とは、先の依頼で面識がある。祭りだけを楽しむ、という行動を取らないのが実直な性格の彼らしい。
「あとは大丈夫。久遠君も、楽しんでおいで」
「ああ…… そうだな」
仁刀が、祭りのために準備してきたのは獅子頭。
筧から『サービス』と冷えたラムネ2本を手渡され、どこへ行くでなく仁刀は歩き出した。
(……駄目だな、どこかでこんな事してていいのかという気になる)
撃退士として戦いに身を投じ続けた中での、ぽっかりとした安息の日。そうであるはずなのに、どうも心が落ち着かない。
軽く人の波を泳いだ後、仁刀は静かな小川へと足を向けた。
準備段階の独特の雰囲気に、黒瓜 ソラ(
ja4311)は既にテンションMAXである。
山伏姿にカラス天狗の面は、村の景色に溶け込んでいる。
「ソラ姉様ーー!」
少し先で、大きく両手を振る狐面の少女は周 愛奈(
ja9363)。アジサイを咲かせた浴衣姿で、ソラを呼ぶ。
彼女の隣には雫(
ja1894)。紺地に八重桜柄の浴衣、愛奈とお揃いの狐面。三人そろって、村の集会所へ神楽舞を習いに行くところである。
「お面が必須なんて、珍しいお祭りですね。奇祭って言うのでしょうか?」
「こういうイベントは楽しそうなの。愛ちゃんもお祭りに参加して、目一杯楽しむの!」
小首を傾げる雫に対し、愛奈が元気で押し切る。面の向こうで、ソラが笑った。
「これだけ多いと、本物混じっててもわかんないよね。天狗さん、いないかなぁ」
愛奈と雫の手を取り、ソラは並んで歩きだす。
その姿は、まるで姉妹―― というより、山奥へ拉致寸前の子狐たちといった風であるが、それもまた、この祭りの味である。
●祭りだワッショイ!
「お面をつけるお祭りか……楽しそうだね」
うさぎの面を着け、桜木 真里(
ja5827)は祭りの賑わいをのんびり眺める。
昔懐かしの屋台のラインナップも去ることながら、自由極まりない面模様も見物だ。
白地に先染しじら織の浴衣を紺帯で締め、甘い香りに誘われるように、ふわふわと歩き始めた。
「綺麗な音だな」
食べ物系の屋台が目立つ中、涼やかな風鈴の音に、真里は気を惹かれる。
一つ一つ音を鳴らして、響きの違いを楽しむ。
「――うん、これにしよう。いただけますか?」
水色の優しいデザインを選び、真里はご機嫌に微笑んだ。
甘いものを堪能したら、小川で涼もうか。そんなことを考える。
「うわぁ、日本の古いシキタリってやっぱり神秘的。衣装も綺麗。感謝をこめてのお祭りかぁ……素敵な文化ね」
着慣れぬ浴衣に身を包み、白狐の面を着けた天河 アシュリ(
ja0397)が、町より早く宵闇に包まれる祭りの村に感嘆の声を上げる。
足りないのは『若者』のようで、並ぶ屋台はどれも賑わっている。
お客も売り子も一様に腰が曲がっているところが、何とも愛嬌と哀愁を漂わせていた。
「おー、結構賑やかだな。どこ行っても祭りは良いもんだ。ワクワクしてくるぜ」
彼女に並ぶは、黒猫の面。紫色に染め抜いた浴衣姿のカルム・カーセス(
ja0429)。
「良く似合ってる。綺麗だぜ、アッシュ」
恋人の、美しいかんばせを隠すお面を指の背でコツリと叩き、さぁ行こうかと人波へ二人で飛び込んで行った。
「恋人とペアルックって珍しくないですが、それが狐面となると珍しいですよねぇ……」
着付けは村の婆様衆にしっかりとしてもらったはずなのに、アーレイ・バーグ(
ja0276)の浴衣は既に肌蹴てしまっている。
日本人体型に合わせた浴衣は、アメリカサイズを抑えることができず――『じゃが、それが良い』と若い肌にはしゃぐ婆様衆によって無理に圧迫されることもなく、彼女の乳は本日もご機嫌にぷるんと揺れている。
しかし――対する彼女の心は複雑に沈んでいた。
お祭りに行くと言ったら、恋人に良い笑顔で渡された狐面。
一緒に参加することは叶わなかったが、あの人も今頃、この面を着けているのだろうか?
恋人とペアルックというならば、それを見せつけて歩いてこその華ではないか。
(むぅ、これはいけませんね)
面を装着し、アーレイは感情を切り替える。
「お祭りといえば食べるでしょう!」
持参した虫避けグッズで夏の夜も怖くない。お小遣い3000久遠分を使い切る心づもりで、屋台へと突撃敢行する。
(りんご飴、綿菓子、それにそれに……)
物珍しいものに期待を膨らませる彼女を、いくつもの提燈が出迎えた。
鈴蘭(
ja5235)は、眼前に広がる光景、匂い、音にワクワクを隠せない。
「わはー♪ 夏祭り、夏祭りなんだなー♪ いっぱいいっぱい楽しみのだよー♪」
朱色の着物を纏い、被るは子狐を模倣した白と赤の能面。鈴蘭の花を模倣した髪飾りを一輪挿す姿は、悪戯大好きな子狐の物の怪そのものだ。
「いざ、突撃〜〜!」
その場の雰囲気に浮かないよう、黒の浴衣で渋く決めたラグナ・グラウシード(
ja3538)であるが……。
「しかし……随分とシュールな光景だな」
フィーリングで選んだうさぎの面を首にひっかけ、モノノケ祭りの光景に言葉を失う。
学園から参加している若者たちには面をはずしている者も居るが、何かしらの形で身につけている。
むしろ、しゃっきり立って祭りを楽しむ若者たちの合間を縫うように、物の怪染みた老人たちがきっちりと奇妙な面の姿で動き回る光景が、シュールである。
由緒ある夏祭り。屋台に星空、若い男女がキャッキャウフフ――その幻想をぶち壊す、どこか愉快な様子がラグナの心をそっと癒した。
「黒猫さん、お面を外して? これじゃ食べさせられないわ」
「ふふ、こいつは――甘いな」
綿菓子を食べさせ合うカップルが通り過ぎ、そんなラグナの心を激しく乱した。
(ハメを外しすぎる人がいないか、注意しないと……)
怪盗マスクは手に持ったまま、イアン・J・アルビス(
ja0084)が渋い表情で歩く。
「……夏祭りって、何があるかわかりませんし」
言い訳のように呟くのは『風紀委員会・独立部隊』としての立場からであるし、マスクを敢えて着けないのは『怪盗ダークフーキーン』へ変身することを自重してのことだ。
では、他に適当な面を見繕って来ればいいだろうになどと指摘してはいけない。怪盗としての矜持である。ロマンである。
相反する苦悩を制してこそのディバインナイトである。何を言っているかわからないかもしれないが、真実は己の胸に在ればいい。そうは思わないか。
「……どう、思いますか」
立ち並ぶ出店の片隅に、暖かなおでん屋台。
何故か引かれるようにイアンはフラリと立ち入り――気づけば丸椅子に腰を下ろし、懐の深そうなおやっさんに相談を持ちかけていた。
●物の怪だワッショイ!
登場は突然であった。
物の怪というのは、得てしてそういうものであろう。
「馬頭鬼、変ッ身!」
1.地面に新聞紙を敷く。
2.男らしく潔く、ダバーッと白ペンキを頭の上から被る。
3.ボンドで額に角型の木をジャキーンと装着。
4.ペンキの容器・ボンド・新聞紙を綺麗に片付けるまでが紳士のお仕事。
かくして此処に、伝説の一角獣・爆誕。
金鞍 馬頭鬼(
ja2735)という名は、今ここにおいて飾りでしかない。
「ユニコーン馬頭鬼、参上ッ! 祭りだ祭りーウェーッホッホッホーwww」
誰にも彼を止められない。
縮地+全力移動で飛ぶが如く出店方面へと駆けていった。
白地に麻型と蜻蛉柄の浴衣、薄紫の帯と涼やかな色合いを着こなす宇田川 千鶴(
ja1613)は、手に団扇、狐の面を頭に掛けて、祭りの雰囲気を楽しんでいた。
親しい友人たちが巫女神楽に参加するというので、何か差し入れでも調達しようと巾着をぶら下げながら立ち並ぶ屋台を眺める。
「お、屋台も盛況し……」
射的に励む、愉快痛快なユニコーンの姿が千鶴の視界に入った。
「日頃の観察のお蔭ェェェッ」
ゴム製の弾丸で、容赦なく標的を撃ち落としてゆく一角獣。
千鶴は引き攣った笑顔で回れ右をした。
(えーと、シエルさんが、お好み焼き屋やるって言うてはったっけ)
(お化けとか出るんじゃないでしょうね……?)
鬱蒼とした木々に囲まれた山里の祭り。
誰もが面で正体を隠した奇祭。
その響きだけで珠真 緑(
ja2428)はこっそり震える。
知り合いから口八丁で持たされたリアルな鬼面には『悪霊を追い払う力』があるのだという。口八丁の説明であったが、緑にはこれくらいしか頼れるものが無い。
本物のお化けは怖くないが、偽物のお化けや怪談は怖い派なのである。
黒の甚平に面を合わせ、緑は一人で祭りの賑わいに身を浸す。
「――あら? あんなところにまで屋台?」
木々の向こうに、明滅する何かがある。緑の好奇心が顔を覗かせた。
怖い、でも気になる。ああ、どうして巻き込める誰かが傍に居ないのだろう。
もどかしく思いながら、そろりそろりと近づいてゆく。喧騒から離れる。
(……ラーメンの匂い……?)
おでん屋台があるとは聞いていたけれど……ラーメン。
ふ、と骨に残った肉の匂い。血の匂いが、生ぬるい風に運ばれてくる。
不安定な明かりの先に、それらが薄ぼんやりと浮かび上がっていた。
――ダンッ、
骨を断つ大きな音に、緑は身をすくませた。
「あっ」
パキリ、緑が脚元の枯れ枝を踏む。
森の中にあつらえられた簡易調理台が、淡く照らし出され――
長い黒髪に白――まるで死装束に身を包んだ女が、出刃包丁を骨に振り下ろす――途中でその手を、止める。
くぅるり、女が振り返る。ばさばさの髪の合間に白塗り鬼女の面が覗く。
包丁を手に、左右に揺らめきながら緑に歩み寄る。
逃げなくちゃ、そう思っても緑の脚はその場に縫いとめられたかのように言うことを聞かない。
女が、顔を上げる。
「見ました…… ね?」
緑は絶叫した。
●ホットに行こうぜ
「螢ちゃん上手ーっ」
「粉物は結構得意なんだよー」
鉄板を前に、螢が手際よく次々とお好み焼きを焼いている。
「オレはマヨネーズかける仕事するな……」
ダルそうな口調とは裏腹に、奏が美しい網目模様のマヨを発射し、そこへシエルがソースをトッピング、仕上げに鰹節を高いところから楽しくファサー!
(削られ使われ……鰹節と鷹政先輩、なんか似てるです)
長時間のバス運転の後も、他の出店を手伝うと話していた。
(いつかダシに使われなければよいのです)
何か上手いことを考えながら、奏が女性客へ声をかける様子に合わせて顔を上げた。
「あっ、ちづ姉様!」
「繁盛してるねェ」
お土産用に、と千鶴が注文する。
「ちづ姉様には、鷹政……じゃなかった、鰹節沢山おまけなのです!」
ファサーッ!!
「おお、筧さ……鰹節がこんなに……」
まさか、こんなところで己が削られているとは思いもよらない筧である。
「美人さん、また来てなー」
「ほんま、おおきにー」
奏の言葉をさらりと回避し、千鶴は巫女神楽の奉納される神社へと向かった。
「煮出す時間が短いので濃厚ではありませんが、サッパリしたラーメンですよ〜」
森の中で下準備をしていた道明寺 詩愛(
ja3388)が、鬼女の面を着けたまま得意のラーメンをふるまう。
豚骨や鶏ガラで作ったラーメン。
屋台の熱気にゆであがらないよう、ゲットした金魚を傍らの椅子に置き、鈴蘭が夢中で味わっていた。
「しっかり食べられる系も嬉しいのだーー!」
「うん…… おいしい……」
桃色の生地に水玉模様の浴衣の夏野 雪(
ja6883)も、ウサギのお面を膝に置いて特製ラーメンを楽しむ。
「リリーは全ての屋台の完全征服を目指してるんだ♪ 雪はどれくらい回ったー?」
「ええと……ベビーカステラ……りんご飴、チョコバナナ……わたあめ」
指折り数え、淡々と応じる雪に、目を輝かせながら鈴蘭が聞き入る。
「ベビーカステラ??」
「あ、これ…… お土産用にも、持って帰れそうだったから」
日本生まれではない鈴蘭が首を傾げると、雪が紙の包みを見せ、一つその小さな手のひらに乗せてやる。
「おいしー! どこどこ、これどこなのだー!?」
飛び上がる鈴蘭に微笑を返し、雪は屋台の場所を教える。
「行ってくるのだー! 詩愛、ラーメンとっても美味しかったのだよ!!」
元気よく次の目標へ駆けてゆく子狐を見送ってから、雪と詩愛は顔を見合わせた。
(ラーメン作れたし、恐怖も振りまけたから大満足ですね)
ちなみに森の中では誰か気を止めるよう、スキル『星の輝き』を活用するという周到さであった。
(ふむ、中々に盛り上がっているようだな。賑やかなのはいいことだ)
雅楽の練習の音が神社の方向から響き始め、柊木 要(
ja1354)は宵も深まるお祭り騒ぎに目を細める。
鬼を模した面に、黒を主体とした甚平。炎の柄が映え、その背には『屋上』の二文字が刻まれている。
「……ん? あそこにあるのはおでん屋か?」
どこに立ち寄るでなく、ふらふらと空気のみ楽しんでいるところに、ひっそりとした佇まいの屋台を見つけた。
「親父さん、邪魔するっすよ!」
「最近ちょっと部の運営にこまっちゃってましてね……」
簾を持ち上げるなり、重い話題だった。
「しっかり運営できてない気がするんですよね、なんか」
イアンが、がんもどきと大根を前に頬杖をつき、真剣な表情で相談を持ちかけているところである。
「そうだな…… それじゃ大根と卵と竹輪とコンニャクと……あとすじ肉で」
「あいよー。おっと兄ちゃん、これはサービスだ」
「……いや、親父さん。俺中等部っすから。ビール勧められても困るっすから……!」
なるべくイアンを刺激しないよう注文を通し丸椅子に腰かけた要は、己の悩み――年齢詐欺疑惑を速攻で突かれた形になり、丁重にグラスを押し返す。
「大根とつみれ……後、酒をくれ」
イアンと逆方向の隣――屋台の隅では、ラグナが既にくだ巻きモードに突入していた。
気付かなかった要が思わず飛び上がり、ドウゾとおやっさんからサービスでもらったビールを手渡す。
「何故私はモテないのだろう…… どうして、こんなにも! 世間の風は私には冷たいのだ!」
(重い!)
そっと視線を逸らし、要は出汁の染み込んだ大根を口に運ぶ。
「教えてくれオヤジ! どうすれば私は幸せになれるのだ?!」
(全開だ!!)
とても、気になる女の子と屋上との謎の三角関係について相談できる空気ではない。
(モテ、か――)
果たして、自分の場合はそれに当て嵌めて考えることができるのだろうか。
気になる存在はいる。しかし屋上とどちらが大事かと迫られると答えを出すことは非常に難しい。
「どうだい、兄ちゃん」
「え。あ、はい、美味しいっす」
おやっさんに声をかけられ、要は思考のループから目を覚ます。
「同じ出汁に浸ってるのによぅ、それぞれがそれぞれの味を出して、不思議なもんだよな」
「あぁ……えぇ、ほんとに」
「その中から、兄ちゃんは好きなもんを選んだ。具は見ての通り、たくさんある中で、な」
「…………」
おやっさんは、何を言わんとしているのだろう。
気づくとイアンやラグナも耳を傾けていた。
「出汁が染みてこそのおでんだが――兄ちゃんたちには、どんな味が染み込んでいくんだろうなァ」
答えのような、答えではないような。
(同じ出汁―― 同じ環境 スタートは、それぞれ違っていても、今は)
各々が、思い当たる節について考える。
同じ部活。同じ学園。同じ人間。
「ありがとうございました、……頑張ってみますね」
立ちあがったのは、イアンだ。
明確な答えを得たわけではない。しかし、ひとの口から聞かされる前に、見つけ出すことができる気がした。
(人生相談とは―― そういうものかもな)
聞いてもらうだけで、少し心が軽くなる。ほんの少し、背を押してもらうだけでいい。
どこか清々しい気持ちで、イアンは屋台を後にした。
「おっと、こんな時間だ。巫女神楽が始まるっすね!」
ホットなおでんを堪能した要も席を立つ。
「親父さん、世話になったっす。またいつか来るっすよ」
「おぅ、ビールが飲めるようになったらな!」
おやっさんの言葉に笑いを返し、要は喧騒へと戻ってゆく。
入れ替わりで、緑が簾を上げた。
「こいつぁ可愛いお客さんだな」
「とりあえず、卵と大根で」
「あいよ!」
「……私、いつか身長伸びるかな……?」
珠真 緑・高等部3年生、外見年齢12歳。
真面目な表情で、相談――もとい悩みを打ち明けた。
周囲から『これ以上身長は伸びない』と言われ続け、真に受けているお年頃であった。
「ひっく…… えっく……」
20歳を越えても身長は伸びると励まされ、緑が屋台を後にした後も、ホロ酔い高じて感極まったラグナはその場に突っ伏して泣いていた。
「泣きな、兄ちゃん。男の涙は男の前でだけ見せるもんさ」
「オ、オヤジ……」
こんな時に優しくするなんて反則だ!
そうこうしている間に泣き濡れて、ついぞラグナはカウンターで酔いつぶれた。
『だからモテねーんだよ!』とは、翌朝の己に対する第一声であった。
●笛の音響き、巫女が舞う
狐面、千早・水干・緋袴・白足袋の装いに身を包んだ楠木 くるみ子(
ja3222)は、村の婆様(現役巫女)より直接舞の振付を教わり、人一倍の速さで吸収する。
「妾も現役巫女なのじゃ」
褒められ、嬉しそうに答える。
初めて目にする振付であるが、土台を叩きこまれているだけに順応が早い。
「神の舞……って幻想ですよね。神様にも楽しんでもらえる舞を見せますよぅ!」
実家が神職という点ではソラも同じだ。二人が率先して、他の舞手たちに教えてゆく。
「人前は久しぶり……だな」
装束に着替えた紫ノ宮 莉音(
ja6473)が、稽古風景を前に表情を和らげる。
ダイナミックな退治ものかと想像していたが、あくまで厳かな巫女たちによる舞であった。
もちろん、神楽の演目は多様であるから、この土地にとって受け継いでいきやすい形式に落ち着いていったのだろうと思う。
(撃退士以外を選ぶなら……やっぱり、こういうのがいい)
しゃらり、と手首に付けた鈴を鳴らし、莉音は笑みを浮かべる。
タップとバレエを得意としているから、緩やかな舞にもすぐに飲み込み――アレンジを加えては婆様を笑わせた。
「こういう機会は滅多にないことなの。せっかくだから、お婆様からしっかりと学ばさせて貰うの」
経験はないが気合は十分。愛奈の姿勢に、婆様はもちろん、くるみ子やソラも積極的に協力した。
「神楽に雅楽……。久しぶりですね」
舞の稽古に合わせ、石田 神楽(
ja4485)は横笛を手にする。
「おや、経験者かい」
「えぇ、御神楽を経験してまして、その際に雅楽も学びました」
村の現役巫女に見惚れていた雅楽奏者の爺様へ、神楽はいつもの笑顔で返す。
神楽の名の如く、雅楽よりも神楽の方が得意であるが――今回は、敢えての『奏者』側。
友人である莉音が舞うのなら、自分の楽を合わせるのも一興だという考えもあった。
とはいえ、かなりのブランクがある。レクチャーを受けつつ、感覚を取り戻してゆく。
徐々に、研ぎ澄まされてゆく集中力。
神楽は目を閉じ、場の空気に意識を傾けた。
伺っても良いですか。
奉納の支度が整う中、雫が婆様へ声をかける。
「昔の村の事や……祭の事。どうして若い人が急に居なくなってしまったんでしょう」
差支えなければ、と付け足すと、村人たちは顔を見合わせ……ゆっくりと口を開いた。
「天魔による人攫いが、あってね」
昔々であれば『神隠し』と呼ぶこともできたであろう。しかし、このご時世であった。
生活力のある若者たちは、より安全な都市部へと流れる。
土地を愛する老人ばかりが残った。
「だからこそ……絶やしちゃいかんと、思ったのよ。負けちゃいかんと、ね」
「おまえさんらなら、負けやしないじゃろ?」
いたずらっぽく、雅楽奏者の爺様が笑う。
『ただの若者募集』では、なかったということだ。
天魔被害の起きた山村であっても、恐れることなく祭りを楽しむ強さをもつ若者――
それが呼び水となり、かつての賑わいを取り戻せたら――
そんな願いが、込められていた。
「この話は、神楽に携わるおまえさん達だけとの秘密じゃ。純粋に、祭りを楽しんでもらえれば、それで良いのさ」
婆様はそう言って、茶目っ気たっぷりにウィンクをした。
「それではモノノケ巫女神楽、ご照覧あれ」
莉音の言葉に合わせ、すぅっと神楽の笛の音が強弱を持ちながら響き渡る。
篝火の焚かれた境内で、奉納の舞が始まった。
(…………すごい)
人の輪に加わり、観覧していた雪がため息を漏らす。
誰もが面を被る中、奏者と舞手のみが素顔をさらし、神に奉じる。
(何となく参加しそびれちゃったな……)
鬼の面に黒地に血の様な朱を散らした浴衣で『鬼女』を模した桐原 雅(
ja1822)は、複雑な面持ちで舞を見守る。
結果としては、それでよかったのかもしれない。
お土産用に包んでもらったおでんは、彼女の手の中でまだ温かい。
『お嬢ちゃんみたいな子が来るにはむさくるしい屋台さね。小川のほとりで涼むといい』
ひやかしで覗いてみたおでん屋台だったが、おやっさんが助言めいた言葉とともに、はんぺんと卵、コンニャクを用意してくれた。
(小川……か。この舞を見届けたら、行ってみよう)
(ここまで想われておるとは、御主は幸せな神じゃな)
舞っている間に、くるみ子の体が橙色に発光し青髪が橙色へと変化し、瀬織津姫へと人格が変わる。
周囲の人々は気付かず、舞の終了までを見届けた。
雪が惜しみない拍手を送り、誰もがこの夜を、巫女神楽を堪能した。
『せっちゃんめ……妾が踊りたかったのじゃ!』とは、くるみ子へと戻ってからの内なるケンカの一言であった。
●喧騒を離れて
両手に抱えるほどの戦利品とともに、アーレイは川辺に腰を下ろした。
「後はのんびり……」
蛍を眺めながら、はもはもとお祭り限定品を味わう。
「ギャルゲに出てきそうなシチュですよね……」
端から見たら物憂げでも、考えていることは立派にアレである。
神楽の演奏、祭りの喧騒が、緩やかに時を運んだ。
「踊っていただけますか、狐のお姫様?」
「黒猫の王子様、あたしで良ければ喜んで」
遠くから流れる雅楽の音色に合わせ、狐と黒猫の恋人たちは川のほとりで楽しげに舞う。
慣れぬ草履でアシュリがバランスを崩すのを、見越したようにカルムが抱きとめ――
「カルム。あなたの瞳はね、あたしを導いてくれる輝く紅い光なのよ……」
黒猫の頬に、狐がそっと手を伸ばす。
蛍が見守る中、黒猫は面越しのキスを落した。
(そういえば雅も来てたような気がしたが)
小川で一人、静かな時間を過ごしていた仁刀が男女の笑い声を耳にして、ぼんやりと意識を引き起こす。
(せっかくの祭りだから楽しんでる、だろう。雅なら猫の装いとかしてそうだけども)
想像し、クスリと笑う。
(……誘いもしないで、調子のいい話か)
少なくとも、バスに揺られている間に声をかけるチャンスはあったのだ。
戦いに意識が向いているからといって――今日は、全くの別件だったというのに。
川の冷たい流れには、鷹政からもらったラムネが冷やされたままだった。
「頭を冷やすか」
独り言をこぼした時だ。
「――仁刀先輩?」
聞き慣れた声が、草を踏む気配が、背後から。
「雅」
「先輩も参加してたんだね」
「あ、ああ…… お前もか」
互いに慣れぬ和装――仁刀は雅の『鬼女』の姿に苦笑する。
それが、妙な緊張感を吹き飛ばした。
「あ、あのね、おでん屋さんで、色々もらってきたんだよ。蛍でも観ながらとか、どうかな」
「あー…… 鷹政からもらったラムネがちょうど冷えてる」
(2本って…… いや、まさか)
(えーっと、これは……神様に感謝、なのかな)
ちょこん、と仁刀の隣に座った雅は、なかなか顔を上げられないままそんなことを考えた。
「お疲れさん、頑張ったねぇ」
友人達の勇姿を微笑ましく鑑賞していた千鶴が、手を叩いて莉音と神楽をねぎらった。
「美人さん、お一人さん?」
白狐の面をした千鶴へ、莉音がいたずらっぽく声をかける。
莉音は気軽な甚平へと着替え、祭りに則り角の付いた牛の面を頭の横にひっかけている。
「あいにく、予定が入っとるんよ」
「今度は僕とデートしてね♪」
「莉音さんたら…… そうやね、是非」
『予定』を知ってか知らずかの莉音の切り返しに、千鶴は面を外して苦笑した。
「差し入れ。シエルさんの屋台で、筧節サービスやて」
千鶴が段階をすっ飛ばして説明するが、意味は二人に伝わったらしく『これは食べにくい』と揃って感想を述べた。
「運転も、ずーっとしてくれはったし、鷹政さんにも、お礼を言いたいな」
さっそくお好み焼きに箸をつけながら、莉音が言う。
「出店の手伝い、してるって話やったね」
「……何処へ行っても身を削る人だねー」
(撃退士になってからはこんな風にゆっくりすることもあまりなかったな)
屋台の喧騒から離れ、小川のほとりで御巫 黎那(
ja6230)は一人、素顔を晒している。
周囲では、ちらちらと蛍が幻想的な光の瞬きを放ち、草の匂い、土の匂い、川のせせらぎが黎那を楽しませた。
「ふふ、どこか懐かしさを覚える雰囲気だね。嫌いじゃないよ」
見上げる空には、蛍に負けじと数多の星が輝く。
いつも、心のどこかで他人と一線を引くことが黎那のスタンスとなっていた。
けれど今宵は、誰もが『面』という一線を引き、それでいて解放されている。
自然は平等に不干渉で心地よい。
不思議な夜が、不思議な安らぎを与えてくれた。
巫女神楽が終わり、祭りの夜も終盤へ突入している。
「お祭り……やっぱり、楽しいな。……お母さん達と、来たかったなぁ ……それと」
ふらりと川のほとりへ足を運んだ雪は、土産用にと買ったベビーカステラの包みを抱きしめる。
(それと……あの人と、これればよかったな)
できたての、美味しいカステラを一緒に食べたかった。そう、思った。
「大丈夫?」
川辺から引き上げた真里は、神社の境内に横たわる鈴蘭に声をかけた。
慣れぬ和装で走り回ったせいだろう、かわいそうに鼻緒でつま先がすり向けている。
「簡単な手当てならできるけど――」
放っておけず、その場に膝をつき、持ち歩いていた応急処置道具を取り出す。
「むぅー、起こすなー。リリーはねむねむ状態なのだー……!」
うがぁ! と鈴蘭が起き上がり―― 「むにゃむにゃ」と再び眠りに落ちた。
「――……えぇと」
どうしましょう。
電池ゼロまで遊びまわったらしい少女を前に、真里が困り顔で呟いた。
彼女の手には、水鉄砲。どこで発散してきたのやら。
「あら」
宿泊先へ引き上げようとしていた黎那が通りかかり、状況を把握する。
「たしか、私と同じ民家に宿泊予定の子だな。これはテコでも動かない系だね……」
ふむ、とクールに状況判断をし、
「えっ、ええ!?」
踵を返した黎那へ、真里が驚きの声を上げる。
「冗談だ。よければ、運ぶのを手伝ってくれるか」
むしろ、手伝わせるために真里の良心を刺激するような行動をとったのではないか。
「もちろん、かまわないさ」
どこか不器用な黎那の態度に機嫌を崩すでなく、真里は鈴蘭を抱き上げた。
「わぁ、風情やねぇ」
「ええ、これぞ日本の夏、ですね」
小川のほとりへ出てきた千鶴が、幼少時以来に目にする蛍へ子供のように目を輝かせる。
そんな彼女を、藍色の無柄浴衣に着替え、狸の面を手にした神楽が温かく見守る。
童心に返った千鶴が、スキル『水上歩行』で軽やかに水面を歩く。
「落っこちないでくださいね〜」
神楽が苦笑いで注意を促すが、千鶴も笑顔を返すだけ。
懐かしく穏やかな気持ちを、今は大事にしたい。
親しい友人たちにさえ未だ明かしていない、掌中の珠である人との時間を。
出店をたたみ。時計を確認し、蛍を見に行こうという話になった。
「俺も行こう。暗がりに2人じゃ危ないだろうしなー」
なんだかんだいいながら、兄貴分である奏はきちんと面倒を見てくれる。
祭り参加者のほとんどが、宿泊先へと引き上げたのだろう。ひとけも疎らな川沿いで、シエル達は幻想的な明かりに目を奪われる。
「わぁ……これがホタルなんだ。初めて本物見たけど…… ボクの名前の由来……えへへ、綺麗だね」
螢の頭を、奏がポンポンと撫でてやる。
「楽しかったですー。ホンモノのモノノケさんもきっと楽しんでくれたよねっ?」
「ホンモノ……いるのか?」
冗談めかした奏が、くるりを首をめぐらせ――
その先に、二足走行する一角獣を見とめたところで、本日のお祭りは閉幕となった。