●零からのスタート
(ヴァニタス……か。良い機会だ、どれ程、力量に差があるのか確かめてみたいな)
龍崎 海(
ja0565)は作戦スタートを廃材の陰で待っている。
郊外の空き地、無断で捨てられているのだろうあらゆる障害物の陰で仲間たちは息をひそめ、囮役の卒業生が一人だけ、大太刀を手に中央あたりに立っている。
街灯が不安定に瞬き、夜行性の虫たちが煩わしく群がる。
どこかで犬の遠吠えが響く。それは情報に聞く『狼』か、あるいはただの飼い犬か。
振り返り――何の兆候でもないことを確認してから、月夜見 雛姫(
ja5241)は筧の元へ歩み寄った。
「学園の科学室で、準備して作ってきました。活用してください」
「相談は受けてたけど……本当に作ってきたんだ!?」
お手製閃光弾を渡され、緊張した面持ちだった筧が、ふっと空気を和らげる。
厚みの薄いステンパイプを手のひらサイズに切断し、ピンを抜くと摩擦で着火するよう細工したものである。
「ピンを抜かずに投げても、撃って爆発させるから安心してください…… 援護、します」
「ありがとう」
上着の内ポケットへねじ込みながら、筧が笑顔を見せる。
「……」
「ん?」
「いえ、なんでも…… がんばりましょう」
「ああ。皆も、絶対に無理しないで」
筧は雛姫へ――そして身を潜めている他の仲間たちへ向けて、声をかける。
「――なんだか釈然としないって顔だね」
雛姫が定位置へ戻るのを見届けてから、筧が常木 黎(
ja0718)へ視線を投じる。
「……そんなことないさ。仕事して報酬とキャリアを得る。私にとっては、ただそれだけの事だし」
「頼もしい限りだな」
うそぶく黎へ、軽口を返す。
相手は能力未知数のヴァニタス。情報はゼロに等しい。
用心深く、そしてドライに。冷静な判断力を失ったら負けだ。
ジェーン・ドゥ(
ja1442)は、棒付きキャンディを舐めながら、塀の向こうの気配を探る。
戦闘が繰り広げられるであろう空き地の、塀の外側にジェーンは待機していた。
完全に敵に感知されない位置で動向の確認、そして奇襲・遊撃という役割だ。
彼女のもたれる塀の上には、筧の相棒だという宮原が調査用の書類を片手に無表情で待機している。
ジェーンは、歌うように声を発する。
「刀狩、ね……。さて、さて、一体何が目的なのかは知らないけれど ええ、ええ、きっと素敵な夜になるだろうね」
●夜空に響く咆哮
闇の中から生じたように、2体の狼型ディアボロが筧に飛びかかってきた。
太刀で受け止め、半歩後ずさる。敵の力は弱い。
攻撃を阻まれると狼たちも離れ、再度の攻撃を試みる。
(まだかなまだかなー!)
『刀狩』登場までは狼を泳がせておく、それが統一の作戦であった。
丁嵐 桜(
ja6549)は飛び出したい衝動を必死に抑えながら、囮と狼の交戦を見守る。
(いち、にぃ、……)
タイミングを伺うついでに、横綱登場までをカウントしてみる。
桜とつかず離れずの位置に居る御子柴 天花(
ja7025)もまた、脇目もふらずに飛び掛りたい気持ちをぐっとこらえている。
(何が目的なのか興味はあるかな……。う〜〜、早く来い来い!)
(ごぉ、ろく)
「鷹政――……!」
久遠 仁刀(
ja2464)の叫びと、桜のカウントが『10』を数え上げるのはほぼ同時だった。
ゴゥ、と鋭い風の刃の余波が、あらゆる廃材を薙ぎ払う。
「来たっちゃ〜!!」
阿岳 恭司(
ja6451)が声を上げた。
(撃退士を襲う謎の男『刀狩』……正義のヒーローチャンコマンが成敗しちゃる!)
覆面を装着し、正義の味方『チャンコマン』へと転身する。
(……あれが)
海が、息を呑む。
闇に浮かび上がる長い白髪。不健康に痩せた体。その手には、紅い刀身の日本刀。
日本人、のように見える、が…… 何かがおかしい。それこそが『人外』の存在なのだろう。
気を取られるのは一瞬だけ、阻霊符を発動させ、臨戦態勢をとる。
「じゃ、ぼちぼち始めようか」
薄笑いを浮かべ、黎がマグナムを放った。
アウルの弾丸は筧と狼2体の間へと着弾し、それを合図に他のメンバーも対狼・対『刀狩』へと動き出す。
(刀の風圧で……広範囲攻撃、ですか)
狙撃場所からスコープで観察していた雛姫が、額から伝い落ちる汗もぬぐわず回避射撃へと行動を移す。
心臓が鳴り過ぎて、痛い。これは、どれほどのプレッシャーだろう。
(皆さん、どうか――)
雛姫は、震える指先へ必死に力を込めた。
筧に襲いかかっている狼の横っ面を、海の放った魔法攻撃が叩く。
(ヴァニタスと交えるのは、これを撃破してから――!)
海は風圧の余波で軽く頬を裂かれながら、己の担当する敵へと集中する。
陰陽護符の第二撃を放ってから、十字槍へと持ちかえ距離を詰める。
「ふーっ……」
その間に、桜は闘気を解放させ、アウルを練り上げる。
手を打ち鳴らし、四股を踏む。
「気力十分、いざ!!」
黎からの援護射撃を受けながら、ウォーハンマーを活性化させ、接近戦へ移る。
「どっ、せぇえええい!!」
遠心力を十二分に発揮した一撃で狼が吹き飛ぶ、しかしすぐさま体勢を立て直し、桜へと飛びかかる!
「なんのォ!」
牙をハンマーの柄で喰い止めながら、桜が耐える。後方から黎の射撃で再び間合いを取れたところで、追い打ちを掛ける。
「――っ」
認識されてからの攻撃を当てるのは流石に難しい。回避され、生じた隙に腕へ噛みつかれる。
「丁嵐さん!」
海の十字槍が、桜を襲う個体の腹を突いた。そのまま横へ薙ぎ払う。
「平気! かすり傷です!!」
脂汗を滲ませながら、桜は武器を振って見せる。その後ろ、黎の弾丸がもう1体の狼を撃破した。
「まだ終わってないよ、気張んなー」
狼たちが前線二人に気を取られているのをいいことに距離を詰めて精密殺撃を放った黎は、二人を対『刀狩』へと送り出す。
(まさに『噛ませ犬』ってところ、だろうねぇ……)
手間取りはしなかったが――。苦く笑い、視線を移す。
『刀狩』の第一波を受け、袈裟がけに上身へ切り傷を負った筧が何ごとか叫んでいた。
●星のない空
紅い瞳が、闇に浮かぶ星のように光る。品定めするように、敷地内の撃退士たちを見据える。
「――犬が騒ぐから、来てみれば…… 寄せ集め か」
それが、刀狩の第一声であった。
「犬が反応するほどには、いい具合だろう? 『刀狩』」
(一騎打ち嗜好なら、ただ強いだけでさほど厄介でもないともいえるが……。視認も難しい速度というのが本当に速いのか、あるいは精神攻撃による幻覚付与なのか)
己の知覚に警戒しながら、仁刀が挑発する。
「ぬしらで、ようやく―― 先の女と同等、か」
退屈そうに、瞳から光が消える。仁刀の後ろで、何かがチリリと燃える気配がした――、振り向くまでもない。
『先の女』の、同胞である筧の殺気だ。
「……だいじょうぶ」
掠れ声が、小さく響く。とても言葉通りには思えなかった。
「正義の味方チャンコマン参上! 『刀狩』! お前の悪事もここまでだ!」
均衡を崩したのは恭司――否、チャンコマンだ!
「あたいの刀さばきは、結構やばいのだぜっ!?」
負けてたまるかと、天花も愛刀・蛍丸を構えて見せた。
「ちょっ、待て、……」
慎重に、という仁刀の声は届かない。
「ぼっこぼこにしてやんよ!?」
「まずい!!」
天花が飛びかかる、
恭司がキャノンナックルを繰り出す、
筧が叫ぶ、走る、
刀狩が退屈そうに深紅の刀を振り上げる、
雛姫が回避射撃を放つ、
仁刀が白虹を撃つ、
全てが一瞬だった。
「天花!」
吹き飛ばされ、仁刀に抱きとめられる形となった天花は呼びかけに応じない。
(正面からぶつかって、どうこうできる相手なんかじゃない)
天花は気絶しているだけだと確認し――手加減されたのだということを、仁刀は知る。
ちらりと視線を走らせる、天花を庇った筧は、大太刀を杖代わりになんとか持ちこたえている。
「悪いな…… プロレスラーは……攻撃を耐えてなんぼなのだ!」
直撃を逃れ辛うじて耐えた恭司は、ファイティングポーズを取り直していた。
「これほどまでの力を持ちながら…… 何故撃退士を一人ずつ潰すような姑息な真似を……!」
「姑息?」
恭司の問いへ、刀狩が鼻白む。
「ひとつひとつの ちからを試すには、一対一が基本だろうて。姑息はどちらだ」
眼差しは、狼を撃破し、駆け付けた撃退士たちへも向けられる。
「ぬしらの持つ、その武器は……面白い。おれの生み出す刀より つよい か?」
(生み出す……?)
壁向こうで耳を澄ませていたジェーンが、刀狩の言葉に反応する。
(単独行動の刀剣持ちを狙う理由が日ノ本最強の剣士であることを証明する、なんて物だったら素敵だね。けどこれは――)
刀持ちを狩る。
V兵器に興味を抱く。
おれの生み出す刀。
ヴァニタスは――強い強い欲望のもと、悪魔の手に落ちた者。
さて、浮かび上がる像とは?
「信念、信仰、執念、妄執──ああ、愛おしくて仕方がない」
思わず声に出していた。
「ええ、ええ、思わず首を刎ねてしまいたくなる」
ジェーンは塀を駆け、気配を消し、迅雷の攻撃を仕掛ける。
「『その首を刎ねておしまい!』ってね!」
白く細いその首を狙い、斧を振りおろす!!
「――っ!?」
刃と刃がぶつかり合う、厚みのある斧の刃が、薄い日本刀によってくるりと反転される。軽く捻られるようにジェーンの体は回転し、受け身を取って着地した。
ジェーンを追って攻撃を仕掛けようとする敵へ、桜がウォーハンマーでもって飛びかかる。狙いは本体ではなく、――武器だ。
(得物を破壊してしまえば―― どうなりますかね!?)
「手加減できる相手じゃない!」
力を目の当たりにしていた仁刀が、天花を黎に託しサポートに回る。
海が駆けつけ、アウルの鎧を発動させる。
――大振りな攻撃は、当たる前に筋を読まれる。
首筋すれすれに刃が走り、直後、桜の体から鮮血が散った。悲鳴を上げることもならない。
(どの程度のカオスレートか、判別できるか――?)
ギラリ、紅い瞳がこちらを認識したのを察し、海はブレスシールドを発動させる。
「その首を、……か」
ジェーンの言葉をなぞらえ、白髪のヴァニタスが口元に笑みを浮かべた。
「一対一が基本であれば 多には、多を。異論はあるまい」
ぶわり、熱気が周囲を覆った。紅い日本刀が熱風を纏う。
初撃と同じ、風の刃が来ると悟る。
「退がれ……!!」
筧が、恭司の背をグイと引く。
仁刀が桜を庇うように伏せた。
閃光弾が放られるのを、雛姫は見逃さなかった。
光が炸裂する。
●月籠る夜に
「時間よ、『刀狩』」
衝撃波が通った頭上に、艶やかな女の声が響いた。
直撃は避けられたとはいえ、誰もが少なからずダメージを負っている。身動きが取れない。
「あんたまで 悪乗りはやめろ……」
白髪痩躯の青年と対照的な、黒髪の女――黒い翼をもった――が、ふわりと飛来する。
腰まである長い髪をなびかせ、青年の手を取る。
「悪乗りはどちらかしら」
女は――悪魔は、笑った。
沈黙を破ったのは、爆発音。
空き地後方の塀が崩れる、それが撤退合図だった。
悔しがる余裕などなかった。
助けだと思うこともできなかった。
身を起こし、しかし悪魔たちへ背を向けることはできない。かといって、留まることもできない。
無言で、筧がそれぞれの背を押す。本人は最後まで残るつもりだ。
「ほら、笑いなロメオ」
色男、そう呼びかけて焚かれる閃光。
(眼つぶしにでも、なればいいって思ったけど。可愛げないね)
使い捨てカメラでヴァニタスの姿を写し撮った黎は、皮肉な笑みを浮かべた。
「さ、やる事やったし帰ろうか?」
敢えて軽い口調で、満身創痍の卒業生に声をかける。彼に最後尾を務めるほどの余力があるとは思えなかった。
(ほんっと、釈然としないね)
筧の腕を引き、黎は撤退へと駆けだした。
直後、雛姫の放つ弾幕で視界は煙に埋められる。
悪魔たちからの追撃はなかった。
ライトヒールを使いきった海が、額の汗をぬぐう。自身の傷も、決して浅いものではない。
「いい機会……か」
撤退用の車に揺られながら、呟く。今回の戦いに向けての動機だった。
(たしかに、いい機会、だったかもしれない)
しかしその意味は、今となっては違うものとなっていた。
天花はまだ目覚めない。
最後の弾幕にマーキングを仕込んでいた雛姫が、敵に追ってくる様子はないと察し緊張を解く。
「筧さん」
そして、助手席で運転席の宮原と話し込んでいる筧へ、そっと手を伸ばした。傷だらけの頬に触れる。
「心の中で泣くのはダメだよ。自分が死んで再会する時、悲しい顔で会う事になるよ……。いっぱい泣いて吐き出して、笑顔で会わないとだめだよ」
「ありがとう、月夜見さん。……なんだか俺、死期が近い?」
「泣いてったら!!」
それでもヘラリと笑う筧へ、雛姫は頬を膨らませた。
●報告書
『刀狩』
ヴァニタス カオスレート -2(推定)
・紅い刃の日本刀を武器とする
・熱風を纏った範囲攻撃を所有する
・横列範囲攻撃を所有する
・使役する狼型ディアボロで敵の能力値を測定していると思われる
備考
・V兵器に興味を持っているらしい?
・一対一の戦いを好むのは、撃退士個人の能力と共に武器の性能を楽しむためらしい?
・背後には黒髪の女悪魔、詳細は不明
・写真に収めたので、併せて提出する