●作戦を宝箱に詰めて
作戦は数日に掛けて決行されることとなった。
空き時間の出来る限りで下調べを行い、狙いが絞られてから夜間・日中と時間を分けて本格的に乗り込む。
最後に行方不明になったという「七不思議制作部・部長」が寮暮らしだということから、二次被害を避けるために春賀 千代里(
ja7029)は青木 凛子(
ja5657)の自宅へお泊り。
「凛子さん……お泊りセットは何をお持ちすればいいかしら」
「千代里ちゃん、下の娘と同い年だわ〜! ねぇねぇ、娘ので良かったらパジャマ着る?」
「屋上に行ってべんとらーべんとらーとか言うべきでしょうか?」
「……アーレイさん〜〜、ゆーほにゃららは……無しの方向で!」
「ゆー違いですよ、染さん☆」
いつも元気な染 舘羽(
ja3692)が顔色を変えたところで、アーレイ・バーグ(
ja0276)が妙な知識でもってフォローする。
「ディアボロの類なら、この学園でどうこうというのがまずあり得ませんからね……」
そう続けて、初めての依頼に緊張している少年と、最年少の少年を振り向く。
「行方不明の部長が心配です。無事に見つけて連れ帰りたい!!」
「きれいなおへーや♪ ぴかぴーか☆ たぁのしぃみの♪♪」
小学生とは思えない長身の木花 小鈴護(
ja7205)がキリリと本題を宣言した横で、幼児のような仕草でぴっこ(
ja0236)がハシャいでいる。
うきうきワクワク、春はすぐそこ。
お泊り、探検、暗号交換。
事件は事実か自作自演か、謎の番人は存在するのか?
緊張・警戒はするけれど、それ以上に好奇心がくすぐられる。
「これは依頼なのだから、仕方なくなのよ。個人的好奇心なんて、そんな事関係ないのよ」
初めての依頼に臨む千代里の決意を、周囲が微笑ましく聞いていた。
●ハニートラップ
「見つけたの」という言葉が、失踪のキーワードかもしれない。
まず、凛子が数日間、囮として噂の聞きこみ・撒き餌をする。
万が一に備え、スマホのGPS通知は常にオン。千代里と小鈴護に動向を追ってもらうようにしている。
「凛子さん、私がしっかり見張っているから安心なさってね」
授業時間以外は、千代里もできるだけ行動を共にした。過保護な環境で育った千代里にとって、今回の件は学園内の色々な場所を探検してみたかったという密かな願いも満たしてくれる。
「ふふっ あ、千代里ちゃん、あの部屋に入ってみましょうか」
「え? でも、鍵が掛かってますよね」
普段は使われていない特別教室は、チェック箇所の一つではあるが……
「いいもの見せてアゲル」
凛子は片目をつぶり、器用な指先で鍵を開けてみせる。
彼女の鮮やかなスキルに、千代里は手を叩いて感嘆した。
学園施設のパンフレットを盤上に区切り作成したチェックシートが、×と△で飾られてゆく。
捜査を始めて三日。空いている時間で仲間達も出来る範囲で調査を進め、外堀は埋まりつつあった。
「勉強熱心になって帰って来るなら、うちの子も何日か失踪してもいいんだけれど……」
見た目はJKだが、実はほぼ同年代の娘を二人もつ凛子は不謹慎と思いつつ、冗談を口にする。
と、そこで……
「あっ、ねぇねぇ、そこの彼氏! 知ってる? イ・ケ・ナ・イ★秘密の部屋の話。私、見つけちゃったのよォ」
好みのタイプの男子生徒を見つけ、呼び止めるなり行動を開始する。
「その部屋に入ると、しばらく出てこられないの。ね……、アナタは知ってる?」
艶っぽい仕草で、その肩に手を重ねる。口調にやや年代を感じさせるが、間近に寄せられた美貌に男子はドギマギするしかない。
「えっ、あっ、その」
「チッ、駄目か」
「え?」
「あっ、そこのボウヤ〜」
「……え?」
この三日間で、放置された青少年はフタケタに上ったという。
「これで誰か接触して来てくれないかしら」
「いよいよもって、怪しくなってきましたね」
帰り仕度を終えたアーレイが歩み寄り、互いの地図を照らし合わせる。
間もなく仲間達も集まるだろう。そこで、今後の行動方針を打ち合わせる予定だ。
「私は、行方不明者の実在から怪しいなと思っているんですよ」
「アーレイちゃん、それは……」
「おーっと、手がすべっちゃったー!!」
「タテハちゃん!?」
明らかに宣言してから、舘羽が思い切りアーレイ(の、豊かな乳)に向かって手にしていたアイスをシュートした。
「ああん…… もォ、染さんったら!」
鼻の頭から顎、鎖骨にそして胸の谷間と白いクリームにまみれたアーレイが、慣れた風に舘羽を叱る。
「え、えーと……」
「小鈴護クンは目の保養をしておくと良いわよ。ぴっこクンには早いかしらネ」
小等部から到着した小鈴護が硬直する横を、ぴっこがトコトコ歩み寄る。その手には、山羊蔵さんのアップリケが付いたタオルハンカチが握られている。
「おねちゃん ぴっこが ふいてあげーぅの!」
「……あの子、上手だわ……。小鈴護クン覚えておいて、無邪気は最強の武器よ」
「は、はい…… はい?」
●ゴーストバスター
「キラキラするものって言ったらなんだろね〜。正直花よりお団子が好きなんだけど、あるっていうんならぜひ開けてみたいよねえ、その部屋!」
夜の校舎、静まり返った廊下に舘羽の明るい声がジンジンと反響する。
ポーチには遠足気分でいつも以上におやつをいっぱい、既にポッキーは1箱空けてしまった。
夜間にしか見られないものがあるかもしれない。
とはいえ、忍び込むことは頻繁にはできない。
凛子主導による囮捜査、各自の調査から大体の見当をつけたところで夜間行動組はスタートした。
鼻歌交じりで歩く舘羽は、こころなしかアーレイの少しだけ後ろを歩いている。
べっ、べつに別に白くて透き通ったりするものとかが怖いわけじゃないんだからね! と強がる彼女を、アーレイはニコニコと眺めるだけである。
いざという時に頼りになることを、知っているから。
そして、きっとこの事件は人為的なものだろうと考えているから。怖い事は無かったが、昭和の肝試し的な雰囲気は大歓迎だ。
音楽室、特別教室、美術室に……
「こ、ここも入るのカナ?」
「七不思議の鉄板でしょう?」
「あははははは?」
「うふふふふふ」
科学室の人体模型が光り輝くとか、そういったこともなかった。
「夜じゃなかったのかなぁ」
舘羽は自宅待機をしている仲間たちへ、早打ちでメールを送りまくる。
「これで自演だったとか判明したら、ちょーっと手が滑ってファイアーブレイク出しちゃうかもしれませんが」
校舎を出て敷地内を移動しながら、アーレイは冗談を口にする。
空には、キラキラと星が輝いている。
キラキラと輝くもので飾られた、宝石箱のように美しい……
(まさか、この学園全体でした、なんてオチじゃありませんよね)
部長は噂を創る為に姿をくらましているだけかもしれない。では、番人はどうなるのだろう。
聞きこみ調査で、確かに「それ」らしい存在を感じることはできたのだ。
「おーっとあしがすべっちゃったー!」
アーレイが思索に耽って、油断したその時。
昼間と同じ宣言の後に、舘羽が彼女のたゆんたゆんの乳へ迷いなくダイブした。
「あン! 染さんったらぁ!」
「わ! わわわわわわ!?」
が、白濁にまみれたのは舘羽。
「もぉ……乳腺が発達してる女の子は、母乳が出たりすることがあるんですからー」
「えっ? こ、これは、マサカっ ……甘い!?」
アーレイは、顔を赤らめモジモジしながら胸を拭く。――と、同時に「仕込み」の証拠を隠滅した。
舘羽が、放課後の打ち合わせの時と同様にスキンシップのセクハラを仕掛けてくるのは予測済み。
袋状オブラートに牛乳を入れて胸に仕込んでいたのだ。胸を揉まれたらオブラードが破裂して母乳がっ! というドッキリは大成功でした。
●トレジャーハンティング
「ジャジャーン、……だそうです」
「とんだ肝試しね……」
ドキドキしながら二人の報告を待ち続けていた千代里が、凛子と携帯の画面を見て笑いあった。
「昼と放課後、夜はコレでチェック完了か」
刺激的な添付画像にドキドキしながら、小鈴護は今後の行動予定を確認する。
あとは、早朝だ。
夜に目星をつけた場所へ、日の出頃に確認に行く。
肝試し部隊からは、きちんと「それらしい」ポイントの報告もあった。
宝井理事長の部屋は……入ってみたいものだけど、さすがに難しいだろうとも思う。
噂が「創られた」ものなら尚のこと、手を出しにくい場所だろう。
「人の出入りが限られ、日差しでキラキラする部屋か……」
日差し。
ぴっこがその点にこだわり、既に自主的に調べていた。
大学部建築科のゼミを訪ね、部長が見たと思われる時期の学園施設内・各部屋の日照時間が解らないか頼んだという。
『ぴこ ひとーりでぃわ むーりの…… おしえてなの……』
年下と侮るなかれ、学園生活では先輩である彼から学ぶ事は多いな、と考え、小鈴護は受け取ったレポートと写メで送られてきた部長の写真を見なおした。
彼女の他にも行方不明の生徒がいるなら見つけたいし、噂にすぎないならそれを明らかにしたい。
とにかく、明朝は早い。
期待と緊張で胸が張り裂けそうだが、休養も仕事のひとつ。寝る子は育つ。
翌早朝。
千代里、小鈴護、ぴっこの三人が待ち合わせ場所に揃った。
見事にデコボコな一行で、見る者がいれば十人が十人、振り向くと思う。
「該当あり、は三つ……ですか」
「ここと、ここーぉは、ちがーうの」
「違う? どういうことですか? ぴっこさん」
千代里が背をかがめ、小鈴護に向かってピョコピョコ跳ねるぴっこに尋ねる。
「ぴかぴか はる と、かんけいなぁーの!」
「ここの二か所は春に関係ない……? 春、キラキラ……雪か氷の反射ってことか」
「そう、なぁーの」
小鈴護の言葉にぴっこが大きな身振りで頷く。
「何かに反射して輝く」そこまでは推測できた。そこへ調べ上げた「日照時間」、雪解けの具合、日の出から場所を絞り、更に昨夜の2人が打ち出したポイントを重ねると――
「ここは……なんでしょう? 小屋……倉庫かしら。名前は記載されていませんね」
大学院の敷地に掛かる、建物と建物の間に、チェックマークは付いていた。
「あれが番人……」
長身の小鈴護が、二人を庇うように「倉庫」の前に座る老人を見やる。
「こんな時間に、あんな場所で……何をなさっているのでしょう」
長槍を持ち、番兵よろしく立っている。実に怪しい。
ぴっこが待機組へ連絡メールを一斉送信する。
「おねちゃんたちに れんらく したーなの!」
「じゃ、無駄に刺激するより、集まってから……」
小鈴護が言い終える前に。
昇り始めた太陽が、ぴっこの携帯画面に反射して、キラリと輝いた。
「誰かおるのか!」
「いません!」
答えたのは千代里で、その素早さと内容に小鈴護が噴き出して笑った。
「誰ぞ、ワシの宝を狙いにやってきたのか! ぬぬぅ、けしからん!」
ビシィッと槍がしなり、三人へ突きつけられる。
……逃げるわけにはいかなくなった。
「ぴっこの おねちゃん さがしてるなぁの……」
そこへ。ぴっこが、トコトコと番人へ歩み寄っていった。さりげなく、部長の写真を見せている。
『無邪気は最強の武器』、激しく理解。
「むぅっ 姉が行方不明だと? ふむ? ……このおなごであるか」
「し、知ってるんですか!」
小鈴護が思わず飛び出すと、番人は鷹揚に頷く。
「この部屋で、武術の特訓中じゃ」
「へ」
「は」
「ううう?」
「この部屋には、学園創立以来の名だたる武器が収められておっての!
ちょっとやそっとじゃ触れさせるわけにはいかぬ。
どうしてもという生徒には、ワシから一本取ったら許可を与える事にしておるのじゃ」
――つまり、
「学業に専念っていうのは……番人さんに負けた事がショックだったから、という事かしら?」
「まぁ……こんな、枯れ木みたいなジイさん相手になぁ……」
「戻ってこない生徒、というのは?」
「おへやで もうとっくん! なぁーの?」
「……かな」
「ぬしらも、挑戦するかや?」
番人は、嬉しげに槍を数回振って見せた。
千代里、小鈴護、ぴっこの三人は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
●開けられた宝箱の底に
「ねぇね! 学園内のドコかにある、美しい部屋の話って知ってる?」
赤みの強い茶髪の少女が、通りすがりの生徒達へ声をかける。
「期間限定で、キラキラ輝く秘密の部屋なんだって。そこへ行くとね……めちゃくちゃ強くなれるらしいよ!」
少女の言葉に、教室移動中だった女子たちが振り向いて首をかしげる。
「えー? 私は学園の七不思議を全て解いたら入れる部屋が在るって聞いたケド。なんか、すっごいお宝が隠されてるって!」
「まあ、広い学校だしねぇ」
「各学部に七つずつあったら、そういうのもあるよね、きっと」
そういえば科学室の――……
話しながら去ってゆく生徒たちの背に、舘羽は掛ける言葉もなく、挙げた手を降ろした。
「まぁた、尾ひれをつけて。部長さんが喜ぶだけですよ」
その様子に、笑いながらアーレイが近づいてきた。
「お宝情報は、あたしが聞きこみ調査の時に変に広めちゃったみたい」
ごめんネ、と凛子が手を合わせる。
「実際に行方不明になっていた人はいなくて、何よりでした。……冒険気分も楽しかったです」
「番人も部屋も、本当だったしな。けど、気になる事があるんだ」
悪戯っぽく告白する千代里に並んで、小鈴護が腰に手を当て首をかしげる。
「ばんにんのぉ おじーちゃ、 だぁれも しぁなーの!」
ぴっこの発言に、皆が騒然となる。
「先生たちに聞いたんだけど、古い武器庫はあるけど番人の老人なんていないって言うんだ」
「え?」
「でも」
「確かに……」
見た。
枯れ木のような老人を。
最後は集合した総員でねじ伏せて、あの宝物庫の中を。
『創立以来の名だたる武器』――進化する技術に置いてけぼりにされた、骨董品と呼べるような武器たち。
資料として調べものに来る者は少ないであろうその倉庫の、窓ガラスから差し込む朝陽に刃が反射してキラキラと輝いていた。風が通り、気温の上がりすぎないこの時期に、管理の一つとして陽の光に当てるのだと老人は話していた。
「ちょ、ちょっと今から行ってみましょうか」
「場所は確か―― あー、入り組んでるんだよね、あの辺!」
「あれっ やだ、写メのデータ消えてる〜〜っ」
一同がドタバタする中で……千代里、小鈴護、ぴっこ。小さなトレジャーハンターたちが顔を見合わせた。
真っ先に番人と対峙した彼らにだけ、「ないしょだぞ」と老人が渡してくれた宝物。
効力は微か、でも、効果はいつまで―― ――いつまでも。
それぞれが得た友情のお守りを手に、幼い撃退士たちは走り出す。
学園に、こうしてまた一つ、不思議が生まれた。
キラキラと、春の陽光が差し込む日の事であった。