●封都疾走
14時。京都。曇天。
退路確保班、作戦スタート。
(全員で繋いだ希望をここで潰すわけにはいかないな)
血の跡、抉られた地表、息絶えたサーバントの数々を横目に、強羅 龍仁(
ja8161)が決意を固める。
先発隊たちの結果は――今、自分たちが全力で駆けている、この道が答えだ。
「やれる事をやるだけや……」
宇田川 千鶴(
ja1613)は己に言い聞かせる。
他班に参加している友人達を想い、力強く。
この道を切り拓き、そして人命救助に専念し。そんな彼らの想いを戦いを結実させるための『退路確保班』である。
(敵を屠る事の出来る人が『英雄』? それとも、人を救う事の出来る人が『英雄』なのかしら――)
でも、今だけは後者であって欲しい。誰かの為に力を揮う事が自分の在るべき姿でありたい。
新井 司(
ja6034)は、いつにない胸の高鳴りを必死に抑える。
英雄になりたい。英雄でありたい。……英雄とは、何か?
いつだって自身に問い続けてきた疑問。課題。
この道の先に、答えの一片が見えるような気が、した。
京都駅南口。
向かった先には防火シャッターが下りていた。
「!?」
一行が足を止める。
「電車確保担当の救出班だよ〜」
ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)が光信機を片手に、素早く報告する。
その声に導かれるように、シャッターが上がり始めた。
同時に、4つの改札の向こう――北側に下ろされた防火シャッターが不自然な膨らむ。悲鳴のような音を立てて軋む。
阻霊符の効果で透過能力を無効化されているサーバントたちが、押し寄せているのだ。
――突き破られるまで間がないことは容易に知れる。
「後は俺たちに任せろ!! そっちは、救出に専念を――!」
久遠 仁刀(
ja2464)の呼びかけに対し救出班のメンバーは一礼すると、ホームへ続く階段へ消えていった。
(大規模作戦時は振るわなかったが、この戦場でそうするわけにはいかない……!)
救出対象、およそ100名。多いと取るか、少ないと取るか。
命の価値は、そんなものじゃない。
救える可能性があるならば、自分たちにできることならば、いくらだって懸けてやる。
無力感を味わうのは、もう十分だ!
「大勢の人間を逃がすチャンス、か。ここでやらなければ、撃退士の力を持った意味が無い。必ず、血路を開いて見せよう」
思いを同じくしているのだろう、神凪 宗(
ja0435)が仁刀へ頷きを返す。
「失敗は許されない。必ずやり遂げる!」
若杉 英斗(
ja4230)の言葉が、全員の背を押した。
●第一波
「さーて最後のオオトリ、成功させますかね!」
「ホームへ降りる必要が無い分、速攻ですね♪」
平山 尚幸(
ja8488)にドラグレイが続く。
ホームへ降りての掃討、駅務室でシャッターを操作することができないか確認するところまで、作戦に盛り込んでいた。
――が。4つ在る改札の一つを利用した戦闘跡が見てとれる。通路の先は、防火シャッター。救出班が上手く活用して切り抜けたようだ。
それと共に、自分たちの行動がシンプルになり、より集中して臨めることとなる。
「血路、血路、血路。素敵な言葉だ、恐ろしい言葉だ」
笑うように歌うように、ジェーン・ドゥ(
ja1442)の声が構内にこだまする。
「しかし、果たして、一体誰の血で作られるのかしら、ね。まあ、まあ、頑張るとしよう愉しむとしよう。『救ける』為に」
からかうような彼女の瞳に、しかし確固たる光が灯る。
それは遊びに対する子供のような、そして本性を隠す魔女のような。
脚の速い鬼道忍軍をメインに構成された班は、全速力で爆発寸前の北改札側へ向かう。
懸念事項が取り去られた今、彼らの能力はのびのびと発揮される。
「お掃除、いっきますよぉ〜〜!」
ドラグレイの朗らかな声へ反応するように、シャッターは破られた!!
真っ先に飛び出してきたグレイウルフへ、距離を取った尚幸が射撃で牽制する。
「恐ろしい、恐ろしいね、恐ろしくて堪らない。こんなにも天魔が居るだなんて」
ジェーンは壁を走り、そのまま足場にして斧を手に骸骨兵士へ飛びかかる。
「ええ、ええ、恐ろしいから、愛おしいから 首を刎ねて刎ねて刎ねて刎ねて刎ねて刎ねて刎ねて刎ねて刎ねて刎ねるとしましょう」
誰が呼んだか『首狩りの魔女』、ジェーンが目を輝かせ斧を振るい兵士の首を刎ねる。
(……手ごたえが)
オートマチックを操りながら、千鶴が違和感を覚える。
容易く崩れ落ちてゆくサーバントたち。
――他班の成功により、敵勢力の能力値が減少することがあります
任務を引き受けた時の説明を思い出す。
(上手く、いったんやね……!)
繋がっている。
確かに自分たちは、同じ場所で、同じ敵と、同じ目的を抱いて戦っている。
姿は見えずとも、声は聞こえずとも、互いの存在を感じることができた。
「おいおい、簡単には行かせないよ!」
銃から剣へと持ちかえた尚幸が、改札へ飛び込もうとするグレイウルフの首を落とした。
「露払いなら、任せて下さいよ!」
ウォーハンマーを振るい、丁嵐 桜(
ja6549)が同班のメンバーへ声をかける。
縦に伸びる構内の殿(しんがり)、南側へ流れてくる敵は足の速いグレイウルフに、壁を這うジャイアントスパイダーがメインだ。
(掃討に死守、課せられた使命は苦しいけど……!)
「まずは数を減らさないとね」
東雲 桃華(
ja0319)は斧槍をコンパクトに振りぬき、グレイウルフを薙ぎ倒す。
「いくぜ、天魔共!」
英斗は仲間の援護を受けながら、狙いをジャイアントスパイダーに絞る。
放たれる粘糸を切り裂きながら、距離を縮める。地に落とす。
黄と黒、毒々しい色合いの巨体へスネークバイトの一撃を与える。
「っ、チィ!」
「英斗! 大丈夫か!」
回避され、返す爪で手傷を負った英斗へ、龍仁が烈風の忍術書でフォローを入れる。
「平気です!」
(冷静さを欠いたら、こっちの負けだ)
接近戦で外す的のサイズじゃない、しかし幾本もの脚が英斗の攻撃を往なす。
「堅いですねぇ〜〜〜!」
月夜見 雛姫(
ja5241)はライフルで援護射撃をしながら、与ダメージの少なさに苦しい声を出す。
しかし、桜や桃華が素早い敵を相手取っているおかげで、こちらは厄介な大型に専念することができている。
雛姫は鋭敏聴覚を駆使し、敵の来襲を桜たちへ伝えながら自身はジャイアントスパイダーへの援護に徹する。
(そう来るなら……)
大きな的から、小さな的へと、雛姫はあえて攻撃対象を変える。英斗の攻撃を阻む、面倒な脚たちだ。
「!」
英斗の視界が開ける、後方で何が起きたか察知する。
「喰らえ!!」
この機を逃す手はない。
ありったけの力を乗せて、英斗は巨大蜘蛛を切り裂いた!!
「まだ来ます!」
咆哮し散った仲間に呼ばれるように、もう1体のジャイアントスパイダーが粘糸を仕掛けてくる。
雛姫の注意へ、龍仁が応じる。
「先は……長いな」
通常の依頼であれば、これでクリアでもおかしくない。
1時間、というタイムスパン。
その重みを感じ、龍仁は気合を入れなおす。
増援到着の最前線・北改札は鬼道忍軍達が素早く抑え、脚が早く先へと走り出したサーバントは強力な後衛班が死守している。
一方、中央班――
「先に場の主導権を得るぞ!」
前線を突破し、向かってくる指揮官――サブラヒナイトを確認し、仁刀が気勢を上げる。
(向こうの射程に入り、少し行けば白虹の射程に捉えられる……!)
物理攻撃ダメージを半減させる鎧に身を包んだサーバントは、報告を受けているどの敵よりも厄介なものと認識している。
有効な攻撃を手持ちとしているメンバーは少ない。
仁刀の駆ける道をつけるべく、司が雷貫を放つ。
鋭く貫く槍の如く、アウルが一直線に爆ぜる。骸骨兵士にグレイウルフが衝撃を受けて射線から飛ぶ。
切り拓かれた道、前傾姿勢で刀と鞘を体の前で交差させて盾代わりとし、仁刀はサブラヒへ突撃する。
「行け! 全力で守る!!」
骸骨兵士を蹴散らしていた大炊御門 菫(
ja0436)がタイミングを読み『碍(ガイ)』を発動させ、サブラヒナイトの意識を引きつけた。
「せぇえええい!!!」
仁刀が大太刀を振りぬく。月白のオーラが揺らめき、刃の如く爆発的に敵陣を貫いた。
カタカタと骨が鳴る。
渾身の一打を回避され、仁刀は歯を食いしばる。しかし、その代わり――サブラヒナイトへの道は一直線に掃討されていた。
すぐ横で、菫がサブラヒナイトの魔法の矢を花鳥朧月で霧散させる。
碍の効果は長くない。
「灰狼たちは、おまかせください!」
御幸浜 霧(
ja0751)は共に銃でサポートしていたルーネ(
ja3012)へ声をかける。
ルーネは頷きを返し、飛燕翔扇に持ち替えサブラヒへの攻撃に加わる。
「混沌をも滅する終焉の刃よ―― 穿て」
『螺子れ狂う剣』――ルインブレイヴが炸裂する!
「さすが、しぶとい」
太刀での攻撃に切り替えながら、仁刀は全身の力を乗せる。
司も駆けつけ、他方向からの攻撃に加わる。
「もーういっかい!」
仁刀が食い止める間に、ルーネが再度、螺子れ狂う剣を打ち込む。
「まだか!!」
一度距離を置き、体勢を直す。
いつまでも菫一人に防御を負担させるわけにはいかない。
「「これで……どうだ!」」
ルーネは飛燕翔扇に魔法属性を帯びさせ、鋭く放つ。
仁刀が大太刀を下から上へと渾身の力で振りぬく。
司のトンファーが鋭い回転からの一打を浴びせる。
三つの攻撃が交差し、サブラヒナイトを吹き飛ばした!
「お怪我はありませんか」
灰狼たちの足止めに専念していた霧が、班員たちの状況確認をする。
「大丈夫、掠り傷だ」
サブラヒの攻撃を一身に受けていた菫が短く答える。
花鳥朧月による絶対的な防御は使い果たしたが、ここで全力を出さねば先へ続くことすらできないのだ。
「俺は『剣魂』があるから、自力で回復できる。他者回復スキルは俺以外に使ってくれ」
仁刀の言葉に、霧が頷く。
「これで――敵は手負いなのよね」
強固な敵を相手取ったせいで軽くしびれる手をさすりながら、司は軽く眉間にしわを寄せる。
いくつかパーツを欠損しているサーバントの姿かたちから、先行班の活躍により、自分たちの負担が軽減されていたことは感じていた。
(でも、ここからは……ここからが)
龍仁から、全班の様子を確認する連絡が入る。
どこも、重傷を負った者はいないとのことだった。
そして、それを合図に班編成のスイッチへと駆けだす。
戦いは、まだまだ続く。
多勢に無勢とは承知の上、だからこそ全員の能力をフルに活かす柔軟な作戦が肝要となってくる。
●第二波
突き破られた北側のシャッターから、怒涛のように狼たちが雪崩れ込んでくる。
「タマぁ貰い受けます!」
霧が蛍丸を振りかざし、威勢よく斬り込んでゆく。
第一波では後衛に徹した霧だが、今度の編成では盾役としての力を発揮する場面となってゆく。
盾の術と大太刀を巧みに使い分け、本星である多頭犬の動きを探る。
「ああ、本当に本当に どこから湧いてくるんだろうね、この恐怖は!」
壁を駆け、ジェーンは嬉々として影手裏剣を放つ。
銃へと持ちかえたルーネは、北改札へ向かってくる狼たちの牽制に努める。
北口改札を突破されないことが最重要事項であり、倒しきれず南方へ駆けてゆかれる分は後方班に任せればいいのだ。
宗もまた、霧のフォローに努めながら、敵の全体の動きに目を走らせる。
(まだ……あと、少し)
桃華は力押しはせず、戦況に応じてグレイウルフの牙を軽く往なす。
その中で、最大の目標であるケルベロスへの攻撃のタイミングを伺っていた。
「階段にも気をつけろ!」
ホームへの入り口は改札だけではない。
菫が声を張りあげ、最後の防衛線――南側の死守に回る。
走り込まれる敵は碍で引きつけ、槍の射程を活かし、足元を狙った攻撃で食い止める。
(一刻も早くこの街を開放したいが……)
菫の出身地である京都。天魔の住処となり悔しい想いは、戦場として舞い戻った現在、色濃く浮き上がる。
焦燥感と苛立ちに心を支配されてはいけない、理屈では解っているが――
彼女の横を、アウルの弾丸がすりぬける。
「がんばろ」
千鶴だ。
京都ではないものの、千鶴も関西圏の出身だ。菫の真面目な性格から、感じ取ることもあるのだろう。
菫の張り詰めた心へ新しい風を送り込むように、千鶴の声音が響く。
「やらせるか!」
他方、狼に距離を縮められた雛姫へ、英斗が体を張って守りに入る。
「まだまだ行きますよ!!」
そこへ、桜が石火の一撃を放つ。
(……誰一人として、欠けさせない!)
菫の視界が、心なしか広くなる。
盾になるばかりではない、引きつけ役だけじゃない、味方の力を引き出すためのフォローに動く。
体勢を持ち直した雛姫が、クロスファイアでのツーハンド攻撃で周囲を散らした。
交戦の合間に剣魂で回復しながら、仁刀が冷静に戦況を確認する。
(ケルベロスは北で引きつけてる……南へ流れた狼も、確実に留めてるな)
初撃で外してしまった、白虹。第三波へ現れるだろうと情報を得ているサブラヒナイトへ温存しておくことが、上策だろう。
(二度目は、必ずだ)
「ハッハー! 全ッ然、足りねェな! 来いよ、来いよォー!!」
既にトリガーハッピー状態の尚幸が、射程圏内へ雪崩れ込んでくる狼たちへアウルの弾丸を浴びせ続けている。
弱ったところへ司が絶氷による痛烈な追い打ち、龍仁が風魔法で確実に仕留める。
意識を切り替え、仁刀も太刀を振るった。
「改札から先へは、絶対に行かせない!」
「無理するなよ…… まだ先は長いぞ」
気負う仁刀の盾となり、龍仁が活性化させた盾から双剣へと切り替え並び立つ。
守るべき場所の数、迎え撃つ敵の数。
共に多くを受け持つ中央班は、射程と脚、能力の切り替えを巧みに行ない、状況を打破してゆく。
――ゴゥ、
ケルべロスの3つの頭から豪炎が吐き出される。
「!」
前振りモーション無しの攻撃に、宗が逃げ遅れる。
「――今だ!」
宗は焼かれた足の痛みに耐えながら、機を図っていた桃華へ声を張り上げる。
「東雲流古斧術――」
桃華は闘気を解放し、極限まで己の力を高める。
仲間たちが体を張って作ってくれたケルベロスの隙、その一瞬へ全力でもって斧槍で一閃する!!
ヒュウ、吹き飛んだ3つ首へジェーンが口笛を吹き、棒付きキャンディをくわえた。
●拓かれた道
光信機への連絡が無い。
電車確保班とは別に、動いているはずの救出班――彼らの状況は、どうなっているのか。
狼たちの討ち漏らしはないか確認しながらも、誰もが気が気ではない。
増援の第二波を掃討し、情報通りであれば、次は――……
真っ先に反応したのは、南口を守る雛姫だった。
鋭敏聴覚で、何者かの訪れを察知する。
「来た!!」
しかし叫んだのは、北改札を守る宗。
ケルベロスに焼かれた脚は、霧に軽癒の術を施され、もとの軽やかさを取り戻している。
「またか……!」
北で迎え撃つは再びのケルベロス、そして異形の――百足女、だ。
他方、南口では中央を守っていたメンバーも揃って駆けだす。
大勢の市民を背負った救出班の到着――それを追うように、増援。サブラヒナイト。もう1体のケルベロス。
「うーっし! 土俵際ですよ! ばっちり決めましょーっ!」
桜が気勢を上げる。
柏手一つ、気合を入れる。
救出班のメンバーと、ちらりと視線を交わす、ただそれだけ。
彼らもまた、傷を負いながら懸命に命を繋ぐべく真っ直ぐに出口を目指している。
言葉も、癒しも、今は必要としなかった。
生かすこと。
活かすこと。
路を繋げてゆくこと。
それが、互いに背負うもの。
生きている、戦える。
それが、今は確かなこと。
「敵を向かわせるな!」
菫が再度、サブラヒナイトへ向け碍を発動させる。これが最後だ。
絶対的な壁・花鳥朧月は使い果たしたが、だからといって恐怖はない。
立ち向かう。守りきる。強い思いが、菫を動かしている。
●第三波
「よーっく見えてるぜ!!」
仁刀の放つ白虹が、真っ直ぐにサブラヒナイトへ伸びてゆく。
「本日、注目の大一番です!」
軌跡を追うように桜が駆け、全身全霊を込めたウォーハンマーを振り下ろす。
「侍なんだか騎士なんだか……はっきりしろ!」
ここぞとばかりに日ごろの疑問を、魔法属性を帯びた飛燕翔扇に乗せたのは英斗だ。
「菫、こっちは私たちが受け持つわ」
サブラヒの攻撃へ体を張る菫へ司が短く告げ、ケルベロスの足止めに向かう。
「――っ、流石に……」
絶氷を打ち込むが、狙った効果は得られない。返される爪に、司は思わず片目をつぶる。
「悪いがここから先は通行止だ」
龍仁が烈風を叩きつける隙に、司は一撃離脱、間合いを取る。
そこへ、更に飛燕翔扇の鋭い回転がケルベロスの足元を裂いた。
「呼ばれた気がしたので飛んできました♪」
中央の警戒に残っていたドラグレイだったが、敵の攻撃が南北に集中していると判断し、南側へ駆けつけてきたのだ。
そのままの勢いで、ケイナインスタンプを仕掛ける。
高く跳躍した後、武器を下に構え全体重を掛けて踏み抜き――
「っ、いたたっ」
着地に失敗し、地面に滑り落ちる。狙いの効果は与えられないが、それなりのダメージにはなったはずだ。
「さーて此処が正念場かな」
来るか二度目のトリガーハッピー。
前衛の動きを補佐するよう、尚幸が雛姫と共に弾幕を浴びせる。
白虹を撃ち果たした仁刀が、ケルベロスの頭へと斬りかかる。
「行きますよ、宇田川さん」
「よし、やったろか。若杉さん」
英斗の合図に、千鶴が銃から脚甲へと活性化を変更する。
仁刀が移った分の穴を埋めるかのように前線へ飛び込み、軽やかな蹴り技を繰り出す。
「俺の全力! 届け!!」
千鶴が足を振り抜き横へ逸れる、その後ろから、影となっていた英斗が水晶閃――クリスタルクロスを撃ち込む!!
しまった、と小さく声を漏らしたのは仁刀だ。
3つ首の獣、一つの首を落した刹那、他方の首が炎を吐き散らす!
後方組が、直接ダメージを負う形となる。
「仁刀! 集中だ!!」
振り向きかける仁刀へ、龍仁が鋭いひと声をかける。
「もう少しだ、踏ん張れ」
そしてドラグレイ、尚幸に祝福を与える。
「前より元気になった気がするのです★」
「その調子だ」
龍仁はドラグレイへ笑いをこぼし、すぐさま表情を切り替える。
「死にさえしなけりゃ、俺がいる! 回復は任せて、存分に暴れろ!」
後方からの呼びかけに、司がグ、と脚に力を込める。
(――守りきる)
守られている、そして守っている。
一人だけじゃ超えられない壁が、走り抜けることのできない道が、ここにある。
「死ぬ気はないが、死守させて貰う!」
ルーネが飛び出し、ケルベロスの突破を阻止する。
北改札戦で、機動力が有り厄介なのはこの1体のみ。
「今度はこちらからだ!」
宗が、火遁・火蛇の術を放つ。
身を焼かれ、苦し紛れにケルベロスが炎を吐き散らした。
パニックを起こした獣の動きを読み切れず、宗が直撃を受ける。
「ぐっ、あぁあああッ!」
「神凪殿!」
霧が駆けつけ、すぐさまに軽癒をかける。
そこへ、ルーネの剣を飛び越え、ケルベロスが襲いかかる!
「――ッッ」
3つ首による連続攻撃、盾の緊急活性でなんとか凌ぐ。
「おや、おや 淋しい、哀しいね。こちらの方も、向いてくれないかな?」
機を狙い続けていたジェーンが、ついに影縛りの発動に成功する。
「やられっぱなしで……たまるか……!」
術で回復したとはいえ、体の痛みがすぐに消えるわけではない。しかし、そんな悠長なことなど言っていられない。
宗は、エネルギーブレードを活性化し、立ち上がる。
考えるのは、敵の撃破のみ!! 痛烈な一打で、首の一つを刎ね飛ばす!!
「ありがとう、ありがとう 僕の分まで残してくれて」
ジェーンは流れる動作で連携を取り、ハンドアックスを巧みに振るう。一撃で肉を裂き、二撃目で首のもう一つを落とす!
(倒しきる必要はない、時間さえ稼げれば……!)
ルーネはそう考えながらも、それが難しいことを肌で感じる。
獣の速さ。取り逃したら、ホームへ降りられたら、取り返しのつかないことになる。
「ここは、私が!!」
ひらりと跳躍、苦しむケルベロスへ引導の剣を突き刺す。
霧の放つアウル弾が最後の頭を射抜き、厄介な多頭犬は撃破された。
(目の前の姿にとらわれちゃ駄目だわ)
百足女の動きを読み、死角へ立ち回りながら桃華は攻撃のタイミングをうかがう。
一撃でも喰らえば致命傷となる。それは、自分にとっても、敵にとっても。
慎重に、かつ大打撃を与えなければ、返す爪は確実に自分を裂くだろう。
「これはこれは、美しいお嬢さんだね」
ケルベロスの屍を越え、ジェーンは百足女へ影縛りを試みる。
宗が正面から切り込み、意識を引きつける。
(――ここ……!)
見極め、桃華はガラ空きの胴体へ斧槍を振り下ろした。
●血路を開く
龍仁の光信機が点滅する。地下が大きく揺れる。
「救出班が……!!」
言わずともわかる、地下を走る電車は無事に発車したのだ。光ある、結界外へと向けて。
この段階で、自分たちの役割はほぼクリアできた。
(どれだけ――……救えただろうか)
仁刀はケルベロスの牙を大太刀で食い止め、跳ね除けながら、ちらりと考える。
(いや、今は)
――命を救った上で、それぞれも生き残る。これで、ミッションクリアだ。
「帰るぞ! 全員でだ!!」
手負いの獣を残すより、ここで懸念を断ち切る。
成果は、学園で目にすればいい。
●活路へ導く
「ああ、光が恋しいなまったく」
指定された道を駆けながら、尚幸がこぼす。
冗談めかした言葉を吐けるのも、それぞれの作戦・連携が成功し、重傷者が出なかったからこそだ。
全員が、自分の足で走っている。
「フリーランスの―― あれやろか」
千鶴が顔を上げる。小型バスのそばに、見慣れた赤毛が―― いつになく情けない表情で立っていた。
「無事だった!?」
「……ふ」
「!!?」
血相を変え安否を確認する卒業生へ、千鶴は不敵な笑いを浮かべ――こらえきれず、体を折った。
「戦闘不能者なし。救出班が助けた命は、全て電車に乗せて、出発したわ」
桃華の説明の後ろで、英斗が力強くサムズアップして見せた。
最後尾を務めた仁刀と龍仁が到着したところで、全員が乗り込み、発車となる。
「――!!」
「どうしたの?」
走り出したバス、その窓から司が身を乗り出し、驚いた桃華が問う。
「……米倉」
風へ流れる言葉に、一同が騒然となる。
『六星枝将の長』米倉 創平。少し前まで自分たちが戦っていた京都駅南口に、サーバントの群れを引き連れ姿を見せていた。
戦闘が長引いていたら――…… そう考えると、全身が粟立つ。
「ひとつ聞かせて」
声は届くだろうか。わからない。それでも司は叫ぶ。
「『英雄』ってどんな存在だと思う? ――……」
対話が可能だったならば、彼はどんな言葉を返しただろうか。
(変な事……聞いたかしら。あちら側のキミの意見が気になったのよ……)
答えがどうであれ、それが今の司の心を揺さぶったかは解らない。
「……出来れば次は、人で溢れた京都のお祭りでも取材しに行きたいのです」
複雑な表情の司へ、ドラグレイが明るい話題を持ち出す。
「けど、今の京都の様子を自分の目で確かめることができて……よかったです」
「ここで終わらせる訳にはいかないわね」
桃華がうなずく。
米倉が、駅口まで到着しながらも追ってこないのは、『市民たち』が既に結界の外へ連れ出されていることに気づいているからだろう。
腹いせに、と無駄な攻撃を仕掛けてこない。その冷静さが却って不気味でもあった。
大きな連動作戦が、終わろうとしている。
救出対象、およそ100名。多いと取るか、少ないと取るか。
そのうち、どれだけの人数を救いあげることができ、撃退士たちは力を費やしたか――……。
それでも。
作戦に携わった皆が――戦場を同じくしながら、顔を合わせることのなかった仲間たちが――ひとつとなり、成功を掴み取ったことは確かだった。
大切な命を繋ぎとめたことは、確かだった。
「何度でも…… 取り戻す、必ず」
菫の言葉に、一同が力強く頷いた。
(絶対に忘れない)
まだ、取り残された命がここに在ることを。
●静かなる都大路
「……逃したか」
遠ざかる小型バスを眺め、米倉は顔をしかめた。
警戒はしていた。用意した増援を送りこむタイミングも間違いはなかったはずだ。
「数を、読み違えたか」
今まで、小規模での突撃が多かった故、侮った。
(言い訳にもならん)
結局は、己の詰めの甘さに尽きる。
(英雄、とか言っていたか)
そして、若い撃退士の声を思い出す。
なんという甘い響きか。時間の引き延ばしのための策とも思えなかった。
(甘い、な)
問いに対する応を思い浮かべ、米倉は一笑する。
「さて、次があるとするならば――」
肩を揺らす、長身痩躯黒髪の男の言葉は、静かなる都の風にかき消されていった。
―疾走都大路 了―