●今日ある命
指定された場所にたどりつき、荒廃した土地に撃退士たちは言葉を失う。
人の声は聞こえない。
もっと離れた場所に隔離されたか、あるいは――?
「心の傷につけ込むやり方とは、また嫌らしい手口を使ってくるね。
これ以上連れ去られる人が出る前になんとかしないと」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は周囲を見渡しながら、敵ないし保護対象がいないか確認する。
(失ったもの…… その苦しみも、悲しみも私にはまだ分からない。それを乗り越えるまで時間がきっとかかるんだろう)
――それをいい様に操り、踏みにじる、なんて。
人の住む街から、ここまで、どれほどの距離だったか。癒えたはずの傷を逆手にとる、その所業の酷さに大炊御門 菫(
ja0436)が肩を震わせる。
「骸骨、はっけーん! 話通り、何かを護るように動いてたよ」
遁甲の術と壁走りを駆使して偵察に出ていた犬乃 さんぽ(
ja1272)が帰還する。
「浚われた人達は、絶対に返して貰うんだからっ!」
「一般人たちも、確認できたんですか?」
息巻くさんぽへ、楯 清十郎(
ja2990)が懸念事項を訊ねる。
敵が、一般人さえ盾として利用するか――あるいは一般人が幻覚をかけられたまま戦いの場へ乱入するか……これは戦闘において重要なことだ。
「あっ、うん。瓦礫で作られた囲いに閉じ込められてた。みんなグッタリしてて――……。骸骨たちとは離れた位置だけど、同時に救出に向かうのは難しいね」
さんぽがその辺の石を用いて地面に位置関係を描きだし、全員が覗きこむ。
なるほど、敵全滅が最優先で間違いないようだ。
「戦闘中、周りから一般人が出てこねェか意識を向けるしかねェのかな。……困ったもんだ」
佐倉 葵(
ja7804)は肩をすくめる。
(人の心を弄ぶガキんちょか。いい趣味してやがるな)
人形の幻惑能力が人間にのみ効くのか、撃退士にまで及ぶのかは分からない。
いずれにせよ、厄介なことに変わりない。
(もう一度会いたいって気持ちは痛いほどわかるけど……。本物でないなら、意味なんて、ない)
氷姫宮 紫苑(
ja4360)は、己の失った人を思い浮かべ、振り切るように固く目をつぶる。
「行きましょう」
厳しい表情で、皆を促した。
●絡み合う意図と糸
――カラン、瓦礫の山の向こう、乾いた骨の鳴る音。
「あれか」
名芝 晴太郎(
ja6469)が目を細め、黄色い髑髏を視認した。
骨が鳴る、その合間に曲刀を引きずる音が鳴る。
チャイルドの姿は見えず、周囲を警戒するように4体の骸骨が徘徊している。
白と黄が交互に列を為して。
「連携して動くみてぇだから気を付けて動かねぇとな」
神埼 まゆ(
ja8130)が、武器を取る手に力を込めた。
「人さらいは、ここまでだよ」
ソフィアが、すばやく呪文を詠唱する。
火炎球が骨の群れへ先制打を打ち込んだ。
一方で菫が碍――ガイを発動させ、確実に敵を引きつける。
威勢よく、まゆが飛び出した。
「骸骨野郎やお人形ちゃんじゃ、あたしは萌えねぇよ。お家に戻ってママの膝で眠りなベイビー!」
気を付けないと、そう思いながらも、まゆの中の獣の衝動はおとなしくなんかしやしない。
ギラリと曲刀をちらつかせる骸骨兵士を相手に舌なめずり。
「……面白ぇ、チャンバラごっこするにはうってつけの相手じゃねぇか!」
まずはド派手に、スマッシュを放つ!
「ちっ、外したか…… やるじゃねぇ、かっ!」
回避した勢いで、黄色の骸骨兵士が頭上で曲刀を振り回す。遠心力を利用して、まゆの細い体を襲った。
急所は外したものの、鮮血が散る。
「烈風の刃、とくと味わえ!」
ケガに構わず攻撃を続けようとするまゆを制するように、紫苑が風の刃を放ち、黄色の骸骨との距離と突き放す。
「へっへー! 人形が姿を隠してるなら、ボクも見つからないもんね!」
再び遁甲の術で気配を消していたさんぽが、そこへ追い打ちをかけた。
「やられっぱなしのあたしだと思うなよ、骸骨野郎!」
まゆは重心を下げ、さんぽの攻撃でバランスを崩した骸骨の背後へと回り込む。
再びのスマッシュは不意を突いたものとなり、骨のパーツのいくつかを地に落とす。
「大丈夫か?」
「クソくらえだ!」
気遣う葵へ、まゆは何でもないという意を返す。気の強さに、葵も苦笑いするしかない。
無茶すんな、一言つげて、葵も己の戦いへと向かう。
対して、まゆの負傷を防げなかったことに歯噛みする菫が前線へと出てきた。
白い骸骨のターゲットにされたまゆへ、すかさず防壁陣を張る。
「あ、ありがとよ……」
自分が前衛として立ち回らないと、そう尖っていたまゆが、微かに揺らぎを見せる。
「私がいる限り味方に傷をつけさせたりなんてしない」
菫は小さく頷きを返し、十字槍を振るう。
「甘い!」
まゆから菫へと目標を変えた白骸骨へ、槍を立てて袈裟懸けの要領で押し付ける。
「槍には近づけばいいと思ったか?!」
そのまま捻り倒し、立ち上がったところから突きに始まる連撃を叩きこむ。
「素早さが持ち味? それならお前の足を封じるまで……
幻光雷鳴レッド☆ライトニング! ホネホネロックもパラライズ★」
さんぽがくるりと反転し、武器にアウルの稲妻を集め、真紅の雷光として魔砲忍法を一直線に放つ。
軽快に的確に、白と黄色をピンポイントで1体ずつ、麻痺を与えるに成功する。
「Fiamma Solare!」
――フィアンマ・ソラーレ。『太陽の炎』の名のままに、ソフィアはまばゆく輝く強烈な炎魔法を発動させた。
「ここで決めますよ!!」
紫苑も続き、チャイルドの気配にも注意しながら、突破口へと魔法を放った。
「操り手は、どこにいるんでしょうね」
清十郎が眉根を寄せる。
1体撃破したところで、穴を補うように波状攻撃を仕掛けてくる骨たち。
数では押しているはずなのに、どうも手ごたえがすっきりとしない。
タウントで引きつける間に、かすり傷が一つ、二つと重なってゆく。
横薙ぎにされる曲刀を身をかがめることで回避し、清十郎はレガースで敵の足を払うと、敵の体勢が崩れたところへ攻撃を畳みかける。
「足元がお留守です」
蹴りあげ、そして
「ボディも……ガラ空きですよ!」
浮いたところで、もう一撃。
そこでソフィアの呪文が飛び込む。
「Spirale di Petali――!」
――スピラーレ・ディ・ペータリ。アウルによって生み出された花弁が『花の螺旋』を意味する通り骸骨兵士たちを包み込み、その行動を妨害する。
「よし、――ここだ!」
見極め、晴太郎が発勁を放つ。動きの定まらない骸骨たちに、刺激的な攻撃だ。
続けざまに鬼神一閃。骸骨の一つが散開する。
「少しはお返しできたかな」
晴太郎は腹から息を吐き出す。すでに、痛手を受けている。
サーバント相手の接近戦、覚悟の上だ。
「A班が動き始めたな」
同じく手負いの葵が駆け寄る。
「人形見つけたら、俄然骸骨も頑張っちまうんだろーな」
へへ、と頬を伝う血をぬぐい。
残るは2体、まだ意識はこちら――直近の撃退士たちへ向けられている。
(人形を守るのが骸骨の役目だってんなら、人形の方に行かせないよう動くのかもしんねェ)
わずかな異変も見逃さない心づもりで、葵は骸骨の攻撃を凌ぐ。
「こっちも、早いところケリをつけてェな!」
――兜割り!
跳躍からの痛烈な一打、兜を被らぬむき出しの髑髏へ葵の剣が突き刺さる。
「さぁ、これでどうよ!!」
「動いた!」
晴太郎が短く声を上げる。
朦朧状態の対象の他、ソフィアの魔法から回復した1体が、こちらとは別方向へと歩き出したのだ。
「そっちねー! オッケー!」
葵は迅雷で骸骨の進行方向へ先回りし、動きを止める。と同時に、チャイルド捜索に当たっていたA班――菫、まゆ、さんぽ、紫苑へ、その方向性を叫んだ。
ソフィアが葵の援護で炎魔法を放つ。
「連携が取れてるのは厄介ではあるけど、逆に考えるとある程度動きが読めなくもないよね」
こちらも、撃破は近い。
「――っ!?」
葵の声が差す方向へ踏み出した菫の腕を、黒い衝撃が掠めていった。
(――髪の毛?)
これが、まさか
感触にゾワリとしながら、今の攻撃でさらに位置が絞り込める。
「そこだっ、忍影シャドウ☆バインド! GOシャドー」
跳躍一つ、高所から確認したさんぽが術を放つ。
顔のない、どこかのマネキンのような人形。『チャイルド』。四肢をだらりと垂れ下げた姿が、ようやく皆の前に現れる。
「ハッ! ラストダンスと洒落込もうか」
まゆの戦闘意欲も、まだまだ減る様子はない。
(武器が違っても、真似出来る事がある筈だ)
戦いにおいての貪欲さは、菫も負けず劣らずである。
力とスピード、対照的な2種の骸骨から、体得できるものはないか刃を交わらせながら観察していたのだ。
(あのスピードに、力を乗せる)
二つのイメージを融合させ、地を蹴る。
長射程の槍、遠心力を最大に活かして叩きこむ!
「くぅッ!!」
手ごたえはあった、しかし刺し違えるかのようにチャイルドが再び髪を伸ばしてくる。
「目には目を、風には風を―― 効くかな!!」
チャイルドの手が、ゆっくりと持ちあがるのを確認し、発動される風魔法へ相殺するイメージで紫苑も同属魔法を放つ。
殺しきれなかった風の刃が紫苑の頬を浅く裂く。
「人形なら糸で操るのが定石ですよ」
カーマインへと活性化を切り替えた清十郎が、紅いワイヤーを放った。その先は、人形ではなく――
「偽りとはいえ、目の前で家族がもう一度死ぬ光景なんて見せるべきではないです」
糸を走る、遮光カーテン。もちろん、サーバントに対してなんら影響を与えるものではない。しかし、この布一枚向こうにいる、虚ろな表情をした人間たちには……
「来たれ、『異界の呼び手』!」
紫苑がスキルで、チャイルドの動きを束縛する。
「もうこれ以上、人々の悲しみにつけこませやしない、浚った人は帰して貰うよ!」
さんぽが跳躍、最上段からロングニンジャブレードを振りおろす!
――人形が砕け散る、その瞬間は布に覆われ、静かなものだった。
●悲しみを断ち切って
「自分の子供の名前を言って下さい」
自失状態の一般人へ、清十郎が駆け寄る。
(複数の家族が一人の子供を別の名前で呼ぶ状況、おかしいと気付くはず……)
しかし、老婦人は嗚咽をあげながら、きつく清十郎の腕を掴むばかりだった。
何度も何度も、頭を振りながら。
「失われた命は戻らない ……良く分かってんじゃねぇか」
救出部隊に保護されてゆく一般人を眺めながら、まゆは呟く。
人形に家族の幻影を見て、追いかけた果てに――彼らはすでに、自我を取り戻していた。そして再びの悲しみに突き落とされ、気力を失っていたのだ。
「心の傷につけ込んで浚うなんて、絶対に許せない……」
依頼を引き受けた時から、さんぽの気持に揺るぎはない。しかし、この悲しみは何だろう?
倒すべきものは倒した。
取り戻すものは取り戻した。
なのに――ぽっかり空いた、彼らの心の穴は……抉られた穴は、そのままなのだ。
報われない、だなんて。
戦いは終わった。依頼は達成した。しかし、どこか晴れない―― 一同が、その場に釘づけになっていると。
……とととっ
まだ10にも満たないであろう少女が、クマのぬいぐるみを抱えながら駆け寄ってきた。
「う、う……」
何か言いたそうな様子に、晴太郎が膝をついて、「どうしたの?」と促してやる。
「ありがとぉっ……」
言いきって、少女はボロボロと泣きだした。
「知ってたの りょう君が帰ってこないって、知ってたの……だけど、だけど」
そこに、少女の両親が駆けつける。
「この子の……3つ年上の、兄です。3年前に、交通事故で…… 仕方のないことと、戻らないものと言い聞かせ、今まで暮らしていました。
そこへ、当時の姿そのままの息子が現れ……目を疑いました。……親として、失格ですね……実の子を、見分けられないなんて」
母親の言葉を聞いて、清十郎は先ほどの老婦人を思い出す。
(そういうことだったんだ)
死を受け入れて尚、忘れられない大切な存在。永遠である思い出。
幻影につられたということは、自らそれを穢してしまうと――、そうまで、人々は思い詰め、思いを抱き、生きてきたのだ。
「……私はその苦しさを知らない。しかし貴方たちは、それを知っている。
知っているからこそ出来る事が……あるはずだ」
菫が、そっと母親の肩を抱きしめる。抱きしめずにはいられなかった。
(私も違う苦しみと戦っているんだ…… それから目を背けずにはいられないんだ)
「人間ってのは理性で心を制御出来る生き物なんだよ。今は無理かもしれねぇけどよ、もうちっとしたら制御出来るぜ」
まゆは、しゃがみ込んで少女の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやる。
大切な人を失った経験のある紫苑は二人のやり取りを複雑な表情で眺め、それもまた一つの答えなのだろうと思う。
『人間』は弱い。天魔へ対抗する術を持たず、惑わされ、蹂躪される。
それでも――その心の尊さは、強さは、誰に穢されていいものではない。
(守れたはず――)
その、強さを。
さわやかな風が吹き抜けて、沈みこんでいた空気を変える。
(立ち上がれる。生きていれば、きっと、何度だって……)
風の先を追うように、紫苑は晴れた空へ視線を流した。