●一色の舞
「時間勝負だな」
華美な装飾の門を見上げ、凪澤 小紅(
ja0266)が呟く。
「子供らが心配よね。早め早めに行きましょう」
雀原 麦子(
ja1553)が小紅に同意し、頷く。頷きながら、なにやら取り出す。
「……雀原さん、それは?」
各自が臨戦態勢に入る中、字見 与一(
ja6541)が眉根を寄せた。
『コー……ホー……』
「毒蛾対策……でしょうか」
雀原 麦子のジェスチャーをアレナ・ロート(
ja0092)が解く。正解らしい。
防護マスクを装備とはいえ、実際は声がくぐもる程度であろうが、麦子は気分を楽しみたいようである。
「トニカク、毒蛾をスミヤカに殲滅するのがミーナ達の役目だナ!」
「一体一体、確実に仕留めないとな」
門の向こう側に舞う毒蛾達を見据えながら、ミーナ テルミット(
ja4760)と鳴上 悠(
ja3452)は頷き合った。
人命救助先決の為、前庭を浮遊する毒蛾の対処と館内の合成獣撃破に分かれる作戦である。
(なんて下らない事件なんだろうねぇ)
それぞれが真剣な面持ちで一色邸を臨む中、常木 黎(
ja0718)だけが皮肉な笑みを浮かべている。
高級住宅街、豪奢な造りの洋館。どれほどの欲望を注ぎこんで、造り上げられたものか。
そして、今回の災いはそこに立てこもる人間自らもたらしたものである。
「ん? どうかしたかい?」
門に鍵を差し込んでいた筧が、視線だけを黎に走らせる。
「げに恐ろしきは女の欲、と言うか……」
(ま、私は香水より戦場と報酬が欲しいけど)
素直に心情を吐露するほど、黎も甘くない。皆まで聞かず、筧も喉の奥で笑う。
「はは。ま、その辺は…… 男だって同じさ」
「だろうね。それにしたって、この期に及んで『壊すな』、だってさ。何考えてんだか」
「最小リスクで任務達成、って常木さんは燃えない?」
「あくまで依頼完遂が最優先、だね」
「そりゃ、そうだ」
会話を交わすうちに、鍵がカチャリと音をたて、門が開く。
「パターンが分かっている者程、与しやすい物はないな」
「後ろは任せます」
蛾対応班のヴィンセント・マイヤー(
ja0055)が武器を構えたその横を、アレナが駆けた。
「それじゃ、グッドラック!」
『なーに言ってるの、カモン!』
「!?」
『立ってるものは親でも使えってね♪ 手が空いてるなら家族の護衛をお願いするわよー』
マスク越しにくぐもった声と大ぶりなジェスチャーで、見ることはできないが確実に浮かべているであろうイイ笑顔で、麦子は筧にそう告げて、アレナのサポートへと駆けていった。
「うーわー…… 逞しいね」
筧は苦く笑い、光のごとく戦場へと向かう撃退士達を見送った。
もう一人の依頼人である小津所長へ手早く連絡を取り、そしてこれ以上のディアボロ発生がないか、確認しておかなくてはいけない。
阻霊符を発動することで、蛾の建物内への侵入を阻止してから小紅が名乗りを上げた。
「貴様らの相手は私だ」
屋内突入班の動きをスムーズにさせるため、引きつけ役となる。
「真っ先に、赤を倒したかったけれど……そう、上手く現実は運ばないか」
右手にアサシンダガー、左手にオートマチックを装備した悠は、ダガーを活性化させて緑の懐に飛び込む。
常時浮かべている穏やか笑みは失せ、スッと戦士の顔つきとなる。
悠を認識した毒蛾達が、群れとなり集まり始める。
悠へ襲いかかる毒蛾へ、ヴィンセントが回避射撃で援護する。
「ユウ! ミーナもガンガン行くゾ!!」
その隙に、ミーナが曲刀で切りこむ!
「ああ。各個撃破、それは変わらない」
追い打ち、それから鱗粉の範囲外へと後退しながら、悠は銃へと活性武器を切り替えた。
「GOGOGO!!」
軍隊よろしく、黎がマグナムで行く手を阻む蛾へ牽制を撃ち込みながら前進する。
『アレナちゃん、こっちは任せて!』
黎の弾丸を受けて尚、接近してくる個体へは麦子が一太刀浴びせる。
「こちらにも居るぞ」
スッ、と小紅が3人のサポートにつく。
微かな香りに惹かれてきたというディアボロの群れは、感知能力に長けているのだろう。過去の報告書に見るより手ごわく感じる。
2、3撃では沈まない。
黎が近付く群れを、麦子と小紅で接近してくる個体へ、連携して当たる。
全体を視野に入れているヴィンセントからは的確な援護射撃が送られた。
「不気味な姿、見るに堪えないな。失せろ!」
あまり一か所に留まられては、鱗粉の被害に遭う。
小紅が発勁の一撃で近接の個体を撃破した。
「――開きました!」
背後の戦闘を仲間達に任せ、開鍵に集中していたアレナが声を上げる。
「いざ、突入!?」
「くれぐれも、気を付けて!」
アレナが扉を開け、麦子はガスマスクを外す。
突入班の背を守りながら、悠が言葉を掛けた。
『I See』
黎がハンドシグナルで応じ、突入班の最後尾として邸内へ消えていった。
(ミーナの底力を信じル!!)
他方。
滑空の初期行動を取り始めた赤い毒蛾を前に、ミーナがコクリと息を呑む。
ようやく、緑の個体を殲滅したところ。自分の体に異変が無い事を確認し、自信に変える。
(大丈夫、ナルベク吸い込まないようにスルで大丈夫だった!)
もちろん、今回の敵に向けて状態異常対策をしてきたことも大きな要因だ。
受けるダメージは小さくないが、それは敵にも言えること。
「アンマリ難しいこともわかんないシナ!」
緑の毒蛾を切り裂き、ようやく赤い毒蛾へ辿りつく。
攻撃をブロンズシールドで凌ぐ、その後ろから悠が援護攻撃を放つ。
盾から剣へ活性化を切り替え、反撃を試みて――
「来タ……! ユウ!」
盾で弾かれた衝撃を利用して、毒蛾が滑空してきた!
ミーナが悠へ声を掛ける、反応がワンテンポ遅れる。
緑の鱗粉『敏捷低下』に罹っていたことを、その時、悠自身も初めて気づく。蛾があまりに広範囲を舞っていたため、的確な意味での『効果範囲外』はなくなっていたらしい。
ゴウ、と衝撃が波のように過ぎてゆく。
「くそっ」
ヴィンセントの回避射撃をもってもかわしきれず、芝生に倒れ込みながらも諦めずに悠は照準を過ぎゆく羽に合わせた。
「やられっぱなしじゃあないぞ……!」
(落ち着け。……落ち着いて)
肩が痛む。しかし、技を放った直後の隙を逃すことはしない。
悠の銃撃と、反転したミーナの刃、この一撃で終了すると確信してのヴィンセントの援護弾が毒蛾を裂いた!!
「虚の中に本命を織り交ぜるのが、戦い方の常……であるな」
「終わったな! 私達も屋敷に続こう」
小紅が駆けより、悠を引き起こした。
●暗躍の獣
(電気はつきません、か……)
ブレーカーごと落としたか、あるいは電気系統を破壊されているか。
薄暗い屋敷内を、ペンライトの幽かな明かりでもって夜目を活用したアレナが見渡す。
フロアには、合成獣らしい姿は見当たらない。と、なると……2階、か。
「合成獣の蛇、舌を……蛇の舌……匂い…… なるほど、香水ですか」
キーアイテムである『香水』、そして屋敷内に居るという『合成獣』の特徴。
照らし合わせると、結びつく。
(鷲の夜目、蛇のピット器官…… ここなら、確かに)
鷲の頭、獅子の体、蛇の尾をもつという合成獣にとって、この暗闇の屋敷は確かに動きやすいに違いない。
建物を破壊するまでも無い、ということだ。
「ここで戦うには不利が大きすぎます。外に誘い出せるなら、香水を探す価値はありますね」
手早く考えをまとめ、伝えるアレナへ反論する者は居なかった。
「天魔も惹き寄せる魅惑の香水……ね。キャッチコピーならともかく、ホントだと迷惑極まりないわね〜」
「とっとと片付けたいね」
麦子の言葉に、黎が肩をすくめる。
「さて、この人数に暗さだし……策敵と言っても手分けは危険だね」
「まとまって、行きましょうか。敵の居ないフロア……1階からに、なりますね」
「最後尾は任せて。どこから飛び出そうが見逃さないよ」
アサシンダガーに持ち替えて、黎が目を光らせる。
今回の依頼人へ黎は良い感情を抱かないものの、『仕事』には変わりない。ご要望とあらば『最小リスクで任務達成』してやろうではないか。
嫌な予感ね、と口にしたのは麦子で、1階の探索を終えてからのことだった。
1階には合成獣は居ない、香水も無い、つまり厄介事は丸ごと2階。誰もが薄々、感じていた。
さて、どう2階を巡るか……階段は一つしかない、
鬼が出るか蛇が出るか、合成獣より先に香水を確保して誘導したいところだが――
「待たせた!」
そこへ、小紅ら毒蛾対応班が駆けつける。
「外は、掃討終了したよ」
肩を抑えながら、悠が続く。そちらはどうか、との問いにアレナが推測を交え手短に応じる。
「……屋敷内の広い場所で戦えればいいのだが、時間優先か」
「そうなるな」
顎に手を当て考え込む小紅へ、ヴィンセントも頷いた。
2階へ上がり、左右を見渡すも――合成獣の姿はない。
どこかの部屋へ、入りこんでいるということだろうか。
階下でアレナ達が探索している事を気づかぬ能力ではあるまい。で、あれば……
「香水とワンセットかな」
皆の不安を、悠が言葉にする。
「逆に……どこかの部屋にある香水が、合成獣を引きつけてくれていたということでしょうか」
「そうなりそうだねぇ」
幸か不幸か、判断しにくいが――
「居ました!」
部屋の内部に気を配りながら探索を進めていたアレナが、短く声を発する。
開錠し、素早く扉を開ける。
――ふわり、不思議な花の香りがした。
(これが……)
思うと同時に、既に『香水』は敵の手の内にあったのだと知らされる。
上手くいけば誘導のアイテムに――そう考えていたものだが、そもそもディアボロ達は『香水』目当てで屋敷に乗り込んで居たのだ、先手を取られることは想定できたはずだ。
――話に聞いていた禍々しい姿の化け物が、夫人の部屋と思しきそこから、のっそりと姿を見せた。
「策通りにいかずとも――冷静に対処するだけだ!」
小紅が距離を詰め、薙ぎ払いを試みる。
「効いたか!?」
ステップを踏んで距離を取る、鷲の頭が咆哮を上げる。
「っつう―――っ!!」
耳を掠める鳴き声に顔をしかめる、その間に仲間達が畳みかけるように攻撃を仕掛けた。
「あの蛇は危険ですね」
「同感!」
アレナの銃撃、黎のナイフがピンポイントで毒蛇を狙う。武器をダガーに持ち替えた麦子も続く。
懐へ飛び込んだヴィンセントは胴体を相手取る。ARM「Solid-Aegis」を発動し、一撃を受けると共に逆手のダガーを振り上げ、上段から下へと突き刺す!
「攻撃直後こそが、最大の隙であるな……!」
対して、悠とミーナは頭部撃破に当たる。
「これでも喰らって、静かにしていろ……!!」
悠の放つスマッシュが渾身の一打となる。
体勢を立て直した小紅が盾役を買って出て、それまで防戦役だったミーナが全力で攻撃に出る。
「行っくゾ――!!!」
攻勢に出てこそ輝く剣、ミーナは小さな体で力の限り振り下ろす。
「頂き……!」
黎の瞳が、キラリと光る。獲物を捕獲した肉食獣のそれだ。
艶やかな笑みと共に、ナイフからマグナムへと活性を切り替え、ナイフ戦闘の距離から銃口を急所へ突きつけ、トリガーを引く。
アウル弾の閃光と、爆発音。差し込む光のように、鮮烈な刹那を照らし出す。
「私みたいなのに殺られるなんて、ザマァないねぇ」
止めの一撃を与えた黎が、満足げに嘲り笑った。言葉と裏腹な自信をのぞかせて。
●一条の光
「スペアキー・サモン!」
「俺、召還獣とかの類じゃないから」
麦子の声に、タイミング良く筧が顔を見せる。
背後には小津所長の姿があった。
「……開発責任者として、見届けておきたくてね」
破壊され、一滴も残っていない香水の瓶を見て、小津が目を細める。
「因果なものだ……」
「応報、としては派手なものではあったな」
慰めるつもりはない。だが、命を救えたからこそ、ヴィンセントは言葉を告げた。
「終わりました。久遠ヶ原学園の者です」
筧の開錠と共にアレナが地下室へ声をかける。
「小津です。――もう、安泰ですよ。なにも居ない」
その声に、内側からようやく扉が開いた。
疲れ果てた風の一色夫妻、そして泣き疲れたのかぐったりと目を閉じた少年2人が、それぞれに抱きかかえられるように姿を見せた。
「怖い思いをしたのね。もう、心配ないわ」
汗で張りついた前髪を払いのけてやりながら、麦子が子供たちへ暖かな言葉を掛ける。
「う、ううう……」
弟の方が、ゆるりと目を開ける。抱き止めていた夫人が、そのまま強く抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさいね……」
「さて、過ちは繰り返されるのかしら」
ああいう金持ちが、すぐさま改心するとも思えない。
皮肉交じりに黎が言う。
「ミーナ、バカだからナ! よくわかんないケド、コレで落着だとイイナ!」
「再び、同じ依頼主から仕事が舞いこまない事を祈るばかり……であるな」
ミーナの頭をくしゃくしゃに撫でてやりながら、ヴィンセントが続く。
「そうか。そうだね」
その言葉に悠も同意を示し――欲望の権化のような邸宅を振り返り見た。
因果応報――とはいえ、あまりに強大な敵を引きつけてしまった、幻惑の屋敷。
「二度と足を運びたくないのは、確かだな」
小紅の一言へ、麦子が笑う。
「そうね、落ち着いたらお礼に宴会でも招待してもらえたら、私は嬉しいわ」
一足飛びな麦子の発想で、一同の雰囲気が明るいものへと転じた。
アレナも笑い交じりに言葉を繋ぐ。
「せっかく建物の被害は最小限に食い止めたことですし、遠くないうちにお願いしたいですね」
「無茶ぶりする割に、使えないフリーランスだったわねぇ」
事後処理があるからと屋敷に残った卒業生を指し、麦子は腕を組んで唸る。
「別口で、おごってもらう事にしましょう」
「結局ソレなんだな」
悠が、穏やかな表情でカクリと肩を落とした。
太陽が傾き、雲の隙間から光が差し込む。屋敷を、撃退士達を照らし出す。
これからの行く末を暗示しているようにも思えたし、一時的なものに過ぎないと告げているようにも思えた。