●閉ざされた道
「普通に来れたら色々おいしいもの食べれたのにな」
色々と、案内できたのに。
紫ノ宮 莉音(
ja6473)は、変わり果てた地元を歩き進めながら、暗い表情で呟く。
この戦いが、平穏な京都の街を取り戻す一助となると確信しての参加であった。
「けど、千鶴さんたちと一緒で心強いな」
彼の言葉に、話を振られた宇田川 千鶴(
ja1613)が優しく笑みを返す。
「そうやなぁ。どこに連れてってもらおかなぁ」
「ラドゥ様は、京料理とかお好きですか?」
流れを汲んで、興味を隠せず加倉 一臣(
ja5823)がラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)へ声をかける。
「ふっ…… 我輩の手ずからに勝るものはそうそう無いと思うが……そうだな、紫ノ宮に案内を受けるのも愉しそうだ」
対するラドゥは、こともなし、と目を細めた。
「ん―― そろそろ、か?」
警戒を強め歩いていた相川 二騎(
ja6486)が、空気の変化を敏感に察知した。
これまで、対象以外のサーバントと出食わさなかった方が奇跡的――あるいは、それこそが先遣のフリーランス達の仕事なのかもしれなかった。
戦闘音を頼りに駆けつけると、有象無象のサーバントと相対する撃退士たちが目についた。
満身創痍、気力だけで立ち続けている撃退士の中に、見覚えのある赤毛が居る。
「あ! こっちこっち!」
振り向いて、手を挙げる筧。彼の後ろで、最後の1体がアウルの弾丸に撃ち抜かれ、爆ぜた。
ケガの治療もそこそこに、フリーランスたちは更なるポイントへと移動する。
筧は残り、駆けつけた生徒達に簡単な状況説明をした。
……といっても、戦況に大きな変わりがあるわけでもない。
戦闘となる場所を、事前に確認できることは大きな要素だとは思う。
石段の麓に群がる豆狸サーバントに見つからない位置から、偵察を行なう。
横に並んだとして戦うのであれば3人がせいぜいの道幅、向かって右手に急な傾斜で伸びる石段。
ちんまりとした山門の前に、ふてぶてしい信楽焼が遠目に見える。その下が、絶壁の石垣となっていた。
「狸…… 否、何でも無いのである」
(狸といえば身近にそれらしいのが一人いる気がするのだが……)
ラドゥが言葉を飲み込むその横で、
「同じぽんぽこでも神楽さんと違って迷惑なこっちゃ」
千鶴がサラリと発言し、仲間の一人へ視線を投げる。
「ええ、私は無害な狸ですから」
余裕の笑みを、返すのは石田 神楽(
ja4485)。
「ぽんぽこ対決……胸が熱くなるな」
一臣は彼らのやり取りに、うっとりした表情を浮かべている。
こんな光景、次にいつ見られるかもわからない。いや、あくまで人命救助が最優先であると、第一の目的であるとはわかっている、わかっているとも!
「敵ならば屠る、という事には変わりない」
ラドゥがクールに言い放つ。
ぽんぽことの対決は、1対1ではないのだ。
「救助優先っていうが、まずは目の前の敵を倒さないとな」
現状と、今までの打ち合わせをすり合わせ、二騎が再確認をする。
「フォローは、俺とオミーのスイッチで問題なしであるな」
前衛チームの位置取り決めから、麻生 遊夜(
ja1838)は援護射撃と回避射撃の使い分けの立ち位置をはっきりさせておく。
「まずは豆狸から狙っていくの」
後方援護ではあるが火力担当でもある九曜 昴(
ja0586)が前衛チームとの動きを細かな部分まで詰めてゆく。
「位置取りは気をつけるの」
「了解。咄嗟の足止めには私が動くけど、タイミングは神楽さんに任せるよ」
「はい。僅かな状況変化も見逃しませんよ」
「誤射注意、誤射注意……」
にこやかな神楽の言葉に一臣が震えあがる理由を、二騎は知らない。
そんなやりとりを、筧がにこやかに見守っている。
「さて、そろそろ、かな。俺は離れるけど―― 皆なら大丈夫だと信じてる。ぽんぽこと油断するなかれ。武運を祈る!」
(せっかくだから……僕も頑張らせてもらおう……かな)
「僕たちに……まかせておけなの、筧……」
グッ、とサムズアップする昴へ、筧は軽く目を見開いた後、いつもの笑顔に戻して片手を挙げることで応じた。
●ぽんぽこ合戦、開始!
突撃のカウントダウンスタート。
3体いる豆狸を、出来る限り各個撃破が目標だ。
大狸の『一発技』『突撃指令』を阻止・回避するためにも。
さん、にぃ、……!
「信仰対象を騙ろうたぁ、舐めたマネしてくれるじゃないか。お呼びじゃないんだ、早々にお帰り願おうか」
早期殲滅が最大優先事項。
飛び出す前衛チームのフォローに、遊夜が足止めの攻撃を放った。
「おや、意外とすばしっこいですね」
続く援護射撃を放ちながら、神楽が呟く。
グレイウルフがベースという話だったか。然もありなん。
『ぽんぽこと油断するなかれ』、フリーランスは確かに言っていた。
「気を付けてね!」
真っ先に豆狸と交戦に入った千鶴へ、一声かけて莉音がアウルの鎧を発現する。
「紫ノ宮さん、おおきに。これは心強いわぁ」
千鶴は手裏剣から雀蜂へ持ち替え、回避を主体としながら隙をついて攻撃を仕掛ける。
彼女にとっては、通常であれば掠り傷さえ大きなダメージとなり得るサーバントだが、鎧の加護の威力は大きい。
「まずは……一番大狸から離れている豆狸から……狙うの」
昴のストライクショットが先制打となる。
こちらは火力を一極集中させ、最速で豆狸を撃破するチームだ。
「見目だけならば愛嬌もあるのだがな」
鼻を鳴らし、ラドゥは大剣を振るう。
「俺ばっかりに気を取られてると、怪我すんぞ?」
攻撃目標にされた二騎はトンファーを巧みに操り、攻撃を加えた直後、軽快に下がる。
「出血大サービスだ、食らってくれや」
開いた射線に、飛んで火に入る豆狸―― 遊夜のダークショットが炸裂する!!
すかさず、二騎とラドゥが連携攻撃で畳みかける。
「コイツ! 豆のくせに……!」
意外と歯ごたえのある豆である。
そう易々と倒せる相手であれば、フリーランスからの要請も入ることは無い、というわけだ。
(けど、ここで止まってるワケにはいかねぇんだよ……!)
すぐ近く――そう、石段を登った先には、助けを呼ぶことすらできない人々が、為す術もなく被害に遭っているのだ。
二騎が、脚に力を込める。
ラドゥの振り下ろす剣で風が巻き起こり、二騎の髪をなびかせる。
昴の弾幕は冷静に続き、しかしものともせずに豆狸が襲いかかる。
一臣の回避射撃が上手く働き、二騎の動きを助ける。
「炒り豆とかも……美味しいの」
二騎のトンファーと、昴の弾丸がクロスする。
豆は砕け散った。
(頼れる人たちばっかりやけど、油断しないように頑張ろう。救助を待つ人の状況は少しずつ悪くなってるんやから……)
千鶴と離れ、他方の足止めに向かった莉音は、薙刀で敵との距離を取る。幾つか掠り傷を負うが、気に留めるほどではない。
孤立しているように見せかけ、莉音の後ろには神楽や一臣、遊夜が常に意識を配っている。
自分自身は防戦一方だが、援護組からの攻撃で確実に削っているはずだ。
(千鶴さんは、大丈夫やろか)
「来ますよ!」
「莉音ちゃん!!」
神楽と一臣の声が重なった。
銃声――一臣の回避射撃に莉音の意識が覚める、突進してくる豆狸――
慌てて転がり、回避した莉音の後ろで一臣の呻きが聞こえる。
「一臣さん……!」
「誤射以外にも……注意すべきものはありました」
「ええ、本当に、まったく」
大事には至らないと、手を振る一臣に、笑顔の神楽。
「莉音ちゃん、ずっと前衛ばっかりだけど……幻覚った?」
「う、わからへん……そうかも」
基本が守備だっただけに、命中率が下がっていることなど、意識していなかったかもしれない、が、確かに視界は少しピントがズレていた気がする。
一臣に軽く背を叩かれ、莉音は改めて気を引き締める。
突進から反転した狸が、再びこちらへ狙いを定めてきた。
後衛二人を背に庇い、莉音がシールドを発現する。
「負けるかあぁ……!」
「麻生くん!」
「応よ、オミー!」
二人に多くの言葉は不要。
背合わせでスイッチ、遊夜が千鶴への回避射撃を行う。転じ、一臣は撃破班へ参加。莉音の援護に派手なストライクショットをお見舞いする。
「俺の可愛い人たちに噛み付こうなんて百年早いよ?」
「性別不問……か」
トンファーを回しながら、二騎がゴクリと喉を鳴らした。
「いつも、あんな感じなんで」
気にしないでー、と莉音が緩い笑みを見せた。
さぁ、ここからは一気に畳みかける!
●自由へと続く石段
(さて……高みの見物をしている総大将、ですが)
神楽は、スコープ越しに山門前の信楽焼の動きを伺う。
現状・豆狸が1体撃破、最大火力の撃破班が2体目へ取り掛かっている。
――劣勢と判断すると突撃指令を下す
その『劣勢』の判断基準はどこか?
突撃というが、相手取る対象を絞り込むのか?
はっきりしない点は多い。
注意深く、動向を見るより他はないだろう。
ジリジリと、撃退士たちが豆狸を石段下まで追いつめてゆく。
深入りして、大狸が転がり落ちることでの被害を受けないよう、気に掛けながら。
キャン、
犬のような声を、狸が上げた。
「――来ます!」
ポコポン、
神楽の一声と大狸の腹鼓がユニゾンした。
「この程度、片腹痛いわ!」
豹変した豆狸の攻撃を難なく避けるラドゥの隣で、噛みつかれた二騎が表情を歪める。
「行動には……ブレがないの」
むしろ、下手に突進や回避されるより、狙い打ちはしやすいかもしれない。
昴は状況の変化に動じず、立ち位置を変えながら各個撃破を狙う。前衛チームから距離を取り、しかし全ての敵は彼女の射程圏内である。
「狸とサンドイッチなんざ笑えねぇぜ!」
「なんや、助けてもろてばかりやね」
遊夜の回避射撃で難を逃れた千鶴が、大狸へと視線を走らせる。
石段の下では、まだ豆狸たちが暴れ回っている。そこへ、追い打ちを駆けるように――
「笑うたら負けやわ!!」
石段の最上段から、ダイビングモーションに入った信楽焼へ、千鶴は駆け寄りながら影縛りの術を発動させた。
「負けるよ!? 千鶴ちゃん、どうしてそこで止めちゃうの!」
両手を広げ、身動きのとれなくなった信楽焼の姿に、一臣の腹筋が限界を訴える。
「待たせたの……ポンポコポン。吹き飛ばしてあげるの…… 僕は近づかないけどね」
そこへ、最大射程で昴が狙い撃つ。
「ダークショット…… ほんとはスターショットの方が好みだけど……君たちにはこっちの方が痛いよね?」
「隙だらけだな、すまんが狙わせてもらうぜよ」
遊夜が続き、そして豆狸を掃討したメンバーも石段を駆け登り始めた。
「残念ながら、我輩は貴様より恐ろしい狸を知っておるのだ」
――石火!
容赦なく、ラドゥの力押しの攻撃が一閃する。
「おやおや、それは怖いですね、ラドゥ様」
一体誰のことでしょう。
笑みを絶やさず、神楽が援護射撃で続く。
敵の残りは親玉狸1体のみ。
狭い石段、転がり落ちる一発技も封じ、あとはひたすら押すだけだ。
「置物みてぇな姿してんなら、大人しくしてやがれっ!」
クワッ、と拘束の解けた信楽焼が牙をむいた、その頭に二騎がトンファーを叩きこむ。
「ッ、ちィ!!」
ぽてっとした四肢が、しかし鋭い爪で振り抜いた二騎の腕に傷を負わせる。
「でかい図体しやがって……」
石段での攻防は、不安定な足場を気遣ってのものとなる。
下手を打てば、自分たちが階下へ『体当たり』することになってしまうのだ。
「そのデカブツで私に当てられるん?」
薄く笑いを浮かべ、千鶴は軽い身のこなしで二騎と連携を取るように側面からの攻撃を仕掛けた。
射線が開く。
「これで……止め、じゃあね、ポンポコ」
「おやすみなさい、安らかに」
超至近距離から遊夜、そして階下からの昴―― 二つのアウル弾が、信楽焼に引導を渡した。
●解放、そして
「我輩は倒しに来たのであって助けに来た訳では無いのだが……」
「アチェスタ、こっち頼む! ……ふぅ、ただでさえ、石段登るのも大変なのによ……」
フリーランスたちの用意したトラックへ、無気力状態の一般人達を搬送してゆく。
額の汗を拭いながら、二騎は石段の上から臨む景色に目を細めた。
(封じられた都……か)
改めて、その被害範囲の広さを痛感する。
「他にケガをしてる人はいるー?」
階下では莉音の声が響く。
所有する癒しの術を使い切りながら、携帯品による応急処置に励んでいる。
「さって、一撃離脱! 皆、乗ったかな。地域を抜けるまで、光纏は解かないでねー」
別れた時より更にケガを増やしている赤毛が、小学生の引率教師のノリで周囲を見渡す。
(フリーランス、か……)
トラックの荷台に詰め込まれた一臣が、表情を素に戻して赤毛を眺める。
ドタバタと分乗したため、今回の作戦をとったフリーランス達が何人いたのか、把握はできなかった。
『ここから先はハイリスク・ローリターンだとしても、救える命の為に』
フリーランス達は、そう話していたという。
――いつか学園を卒業する日が来たら……
進路の一つに考えないでもない道を、歩いている人物がそこに居る不思議。
遠い未来に採るかもしれない行動に、携わることのできた不思議。
どう、表現すればいいのだろう。
「フリーランスって、いっつもこないなこと、してはるんですか?」
思案する一臣の横で、千鶴がザックリと会話に切り込んだ。
「あはは、気が合えば、かな。今回は特殊だよ。けど――気の合う仲間に命を預けて戦い続ける、って言う意味では『いつも』だね」
自力でケガの応急処置をしていた筧が顔を上げる。
「皆も、居るだろう? いつでも背中を預けあえる仲間がサ」
一期一会、一蓮托生、そうして世界を生き抜いていく。スポンサーが無くても、背合わせの仲間が何よりもの盾であり、刃であり、それが己でもある。
その言葉に、遊夜は一臣を思い浮かべ……何の気なしに振り向くと、互いの視線が交わる。
((うわあ!))
戦場ではいつもの事が、今はとてつもなく気恥ずかしい! 息の合ったタイミングで、二人は顔を逸らした。
「筧さんが…… いつもと違って真面目な雰囲気なの」
「!!?」
昴の一言に、ショックを受けて筧が顔を上げる。そこでシリアスな空気が霧散した。
「ふっ……それにしても、誰かに比べれば可愛げのある狸共であったわ」
「そうですねぇ。確かに愛苦しい狸でしたね」
「否、我輩は別に貴様の事を言うておる訳では無くてだな……うむ」
(地雷踏んだ……でもないか)
ラドゥと神楽のやり取りを、二騎が淡々と見守る。
ここでチャンス到来、と一臣が身を乗り出す。
「勝利の感想を一言?」
拳をマイクに見立て、神楽へと差しだす。
待ちに待った、緊張の瞬間だった。
誰もが、その人を注視する――
神楽が、笑顔を崩さぬままに応じた。
「無害な狸の勝利です。ぽんぽこ♪」