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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/06/08


みんなの思い出



オープニング

●五月雨の刹那
 ここ数日、雨が降り続いている。
 いわゆる『五月雨』。恵みの雨と思えば苦でも無い。
 傘の花が街のあちこちで開き、薄暗い世界を彩る。
 信号が変わる。メロディが流れる。人々が足早に動き出し、その下で水滴が跳ねる。

 風が吹いた。世界は分断された。

 何が起きたのか、とり落とした携帯を拾おうとした少女には瞬時に理解ができなかった。


●雨を打ち払う翼と刃
「市街地で天魔発生、出動要請だ」
 パン、と丸めたファイルを手で鳴らし、教師が状況説明を始めた。
「通勤通学ラッシュの時間帯、スクランブル交差点にて2体の飛行系サーバントが出現。同種の姿だが、1体は武器を持ち、1体は魔法属性の攻撃を仕掛けてくると情報が入っている」
 天使の支配領域からはぐれて、目的を見失ったと見るのが地理的な点からも妥当であろうか。
「現在、地元撃退士の誘導により市民は避難しているらしいが、肝心なサーバントへの対応が後手になっているそうだ」
 避難民、土地勘に関しての心配は不要、現地の撃退士がサポートに入るとのこと。
「厄介なのは、向こうが雨ということだな……霧雨で、視界が悪いらしい。標的を見誤るということはないだろうが、精密な攻撃には支障が出るだろう。
それから、能力か。武器持ちに襲われた者が、部分的に石化状態に遭うという報告が来ている。自然放置で回復するらしいが、一瞬が命取りともなり得よう」

 車両も通行止めになっている市街地、飛び回るサーバント。煙る霧雨。その手には石化の斧槍。
 状況、能力共にシンプルにはいかなさそうだ。
 しかし、何より苦しんでいるのは現地の人々なのだ。
 得られた情報から考え得る限りの作戦を立て、臨まねばなるまい。


リプレイ本文

●赤と黒の交差点
 傘を差すほどでもない、細かな霧雨がヴェールのように視界を覆っている。
 普段であれば見晴らしの良いであろうスクランブル交差点。
 立ち並ぶビルやショップ、広い道路。
 しかし今は、無人であり薄暗く陰鬱な空気を纏っている。


「やれやれ、コンディション悪いねぇ」
 常木 黎(ja0718)が苦笑しながら、濡れた髪をかき上げる。
 視界不鮮明、ジリジリと体を重くする雨。まったくもって、戦闘向きの日ではない。
「敵さんもマメだねぇ……あちこちで小さな事件起こして。ちったぁサボれば良いのに」
(……まぁ、お陰で仕事にゃ困らないんだけど)
 心の中で皮肉る黎の隣で、アレナ・ロート(ja0092)は目を眇め、曇天を睨みつけた。
「それにしても、厄介な気候ですね」
「霧雨か……。眼鏡、濡れちゃうじゃない……」
 眼鏡に付く細かい水滴に辟易して、氷雨 玲亜(ja7293)が溜息をつく。
「見えにくいわね……鬱陶しい雨」
 田村 ケイ(ja0582)は、レインコートを羽織ってから振り向いた。
「鳳君、以前はどうも。今回もよろしく」
「ああ、こちらこそ。早急に退治して、皆を安心させてあげないとな」
 ケイとは他の依頼で共に解決に当たったことのある鳳 静矢(ja3856)が、差しだされた手をとった。
「これなら雨で目がやられる事は無いだろう」
 静矢を始め、幾人かは魔装のライダーゴーグルを着用している。
「怪我したら姉貴達に怒られるな」
 神埼 晶(ja8085)は、ゴーグル着用による視界の変化を確認しながら帰りを待つ人々を思い浮かべる。
 天気が天気だ、泥まみれになるくらいは覚悟の上だが、不必要な怪我は避けたいところ。
「雨に踊るか……どちらが上手いか、決めようではないか」
 煙る視界、その先にアスハ=タツヒラ(ja8432)は己が指先を差し伸べる。戯れるように水滴がじゃれつく。
「迷子の迷子のサーバント、ねぇ」
 青空・アルベール(ja0732)の細い手には双銃。

 弱い雨に流されることの無い血痕が、道路中央に幾つか。
 静かな静かな惨劇の痕は、今も縫い止められている。

「なんにせよ、ここに在るべきはただの平穏ゆえ、君たちの存在は、なかったことにさせて貰おう」
 ――そして再び、この交差点を人が溢れる場所へと戻す。
 霧雨の向こうに飛び交う2体の影を策敵能力で確認し、青空は照準を合わせた。
 射程圏内に入るまでのカウントダウン。

 雨を切り裂く銃声。
 こうして戦いの口火は切り落とされた。


●刹那撃ち
「戦闘開始、と……」
 射撃体勢に入った黎が、口元に笑みを浮かべる。

 誰よりも早く動作を取ったのは青空。続き玲亜が召炎の符術を用いる。
 威嚇攻撃を放つアスハに合わせ、他方のガーゴイルを引きつけに走るのは黎。
 打ち合わせ通り、赤い個体と黒い個体とに分散して撃破する体勢に入る。
 阻霊符を発動させ、晶がリボルバーを構えた。
「……ここ!」
 赤と黒の中間地点を狙った357アウル弾が、地上に炸裂する。
 動きを止めた2体のガーゴイル、赤をアスハの魔法弾が、黒を静矢の手裏剣が襲う。
 その瞬間に、各個体がターゲットを定めたようだ。


 赤きガーゴイルが、一段高く飛翔する。翼が唸り、雨粒が対応班のメンバーの頬を打った。
「ふん 『光線』か」
 モーションから察し、アスハが鼻で笑う。
 自分だけを対象にする攻撃であれば―― 問題ない。
 スッと身を引きながら光線を回避し、オートマチックの射程ギリギリで攻撃を撃ち込む。
「残念。こちらは、あくまで囮役だ」
 決して大きなダメージではないアスハの攻撃、しかしそれには意味がある。
「行け……!」
 ガーゴイルの意識外から、青空が黒き霧を纏わせた弾丸を放つ。
 『禍つ焔』――技名のごとく、彼の左半身には禍々しい黒き刻印が浮かび上がり、左目は赤く染まっている。
「すばしっこいようだけど、攻撃するときは隙ができるわね」
 青空とは逆方向に回り込み、放置自動車を盾代わりにした晶が、呼吸を合わせてトリガーを引く。
 続けざまに、玲亜が生み出す煌めく氷の錐が穿たれた。
「――こっちは効きにくい、か」
 痛手を負わせているようには思えない。
 魔法属性攻撃を持つ相手だけに、防御面もそちらに特化しているようだ。
「長期戦覚悟かしら…… 風邪を引いてしまわないためにも、早く潰したいところだけれど」
「まだまだ、これからなのだよ!」
 2発目の『禍つ焔』を撃ちながら、青空が赤い目を光らせた。
 一人ひとりでは、手ごわい相手かもしれない。けれど、これだけ連携を取り、集中砲火を浴びせ続ければ――!


●伝う水滴
(あちらは苦戦しそうだね)
 赤対応班の様子を視野に入れながら、黎は静矢のサポートを続ける。
 前衛・後衛の中間地点で、広く立ち回るのが彼女の役目だ。
「見えないなら、見え易くしてやるわ」
 クールな口調で、V兵器ではない何か――カラーボールを投げつけたのはケイだ。
 投げつけた数個のうち、一つが命中する。
 黒き胴体にカラフルな蛍光塗料――曇天の世界に、多少なりとも彩りを付加しただろうか。
 これからの戦いに、少しでも役立てばいいが。
「攻撃時に必ず降下……此方の個体には遠距離はなさそうですね」
 敵の攻撃パターンを読み始めたアレナが、落ち着いて的確な攻撃を繰り出す。
「視界の通らない中、わざわざ、わかりやすい攻撃の合図をありがとうございます」
 それも、攻撃対象もわかりやすく絞ってくれている――絞るように、仕向けているのはこちらだが。
「空を飛ぶ……厄介だな」
 援護射撃を味方に任せ、愛用の大太刀へと持ち替えた静矢が、一撃離脱を繰り返すガーゴイルに対してぼやく。
 石化を与えるというその斧槍へは、刀を合わせることでダメージを回避している。
 ケイの、絶妙なタイミングでの回避射撃も活きていた。
(身体に触れねば石化はしまい……とはいえ、埒が明かないな)
 後方からは、絶え間なく銃弾が降り注いでいる。アウルの弾幕を相手に、さすがの天魔も迂闊には近寄れない。となると、突出している静矢を狙うよりない。
 引きつけ役としては成功だが――
「ほら、鳳くん。頑張んな」
 静矢の抱くジレンマを見越し、黎が後ろから軽く声をかける。
 彼は、防衛に徹するタイプではないはずだ。
 そして、せっかくの能力を、防衛だけに使わせるのももったいない。
 依頼達成の為には、誰もが全ての力を使いきることが肝要である。
「ああ、そうするさ」
 黎の――隠された言葉に、口の端を持ち上げて静矢が応じる。
「刀でも届かない事は……!」
 刹那、アウルの力を足と腕に集中させ、引き際のガーゴイルへ飛びかかる。
 『瞬翔閃』。
 鋭い一閃が確かな手ごたえを感じさせた。
「迂闊に降りると痛いぞ……!」
 飛行の角度を変えるのを見越し、攻撃対象が自分ではないと判断するなり、静矢は全力の紫鳳翔を放つ。
 紫のアウルが鳥の形を為し、黒き異形に喰らいつく。
「ピンチは最大のチャンスなり。くらいなさい」
 そこへ、援護に徹していたケイが痛烈なダークショットを撃つ!!
 威力に吹き飛ばされるように、ガーゴイルが遠方へ下がる。高度を上げ、旋回し――
「!!」
 ケイの回避射撃が間に合わない。アレナは攻撃を放棄し、回避に注力するも、飛行を止め、重力に従うように――まるで落下するかのような速度に――そして石化の斧槍に。襲われる。

 パリン、と陶器が割れるような音。

 一瞬だけ訪れる静寂。
 旋回する斧槍に、誰もが距離をとり、射撃を続ける。
 ――アレナは戻る、石化はほんの一瞬だけ
 わかっていても、目の当たりにした能力が、一同に少しだけ恐怖心を植え付ける。
 言葉なく、霧雨の中に重い銃声ばかりが響く。

「……能力に頼りすぎです」
 
 ふは、と息を吐き出すように。
 アレナの声が戻る。肌の色を取り戻す。
 その指先が、淡々とトリガーを引く。
 銃声が、現実を取り戻した。
 黒きガーゴイルが彼女を振り返る。再びと斧槍を振りまわし――

 その、頭が吹き飛んだ。

「舐めた事するからさ」
 煙の立つ銃口を吹きながら、黎は嘲笑を浴びせた。
 すこぶるつきの、ストライクショット。
 調子づいたサーバントへの、とっておきのお仕置きだ。
 

「光線がきます! 避けて!」
 ガーゴイルの飛翔モーションの変化を読み取った晶が叫ぶ。
 勢いで飛び出し、出来る限りの力で青空を突き飛ばすと二人揃って濡れた路面に転がる。
「神ざ……」
「光線に当たるよりは私に突き飛ばされた方がマシでしょ!」
 目を見開く青空を一喝。その直後、背後に熱量を感じた。
「!」
 鋭い光線が、逡巡した玲亜の肩口を掠めたのだ。
「掠り傷よ。アルベールさん、それより」
 促され、青空がうなずく。体勢を立て直して、この降下を機会とする。
「……待ってたよ。ここまで来てくれる、この時を」
 努めて余裕の表情を。
 青空は声の震えを抑えながら、間近に下りた異形を術中にはめる。
 自身でもまだ、完全に制御しきれない力――

「来たれ、神鳴り」

 青く炎上するアウルが小爆発を起こし、ガーゴイルを巻き込む。
 飛翔できない異形が、再びの光線を放つべく、大きく口を開く。
「攻撃を逸らす! 今だ! 行け!」
 黒きガーゴイルを倒したアレナからの援護射撃が加わる。
「やらせぬよ。……おとなしく地に堕ち果てろ」
 パイルバンカーへと武器を替えたアスハが狙いを定める。
 強力な一撃を放ち、続けて術式を展開する。

 餓狼咆哮――ハウリングウルフ!

 魔法陣とアウルの力による疑似召喚術式、紅の狼が生み出され、同色の異形へ襲いかかる。
「くたばれ!」
 狼が消え去るのも待たず、晶が活性化を切り替えたメタルレガースで強力な蹴りを叩きこむ。
「やられっぱなしだと、思わないでちょうだい」
 玲亜が再びのクリスタルダストを炸裂させた!!


●雨上がりの空に
「……早く暖かいお風呂でゆっくりしたいわね」
 玲亜は汗と雨で冷え切った体を抱き、雲の切れ間から差しこみ始めた太陽を見上げた。
「あと……ランドリーと」
 すっかり泥まみれになった晶が、今更ながら照れ笑いをする。
 戦闘だもの、汚れるのは気にしない――気にしないけれど、これもやはり姉貴達に怒られそうな、呆れられそうな気がする。
「まぁ、なかなかに面白い敵ではあったがな」
 歌うように機嫌よく、アスハは言う。黒い方と交戦できなかったのは残念だったか。試したい術式はまだあった。
「雨が止み……平穏が戻れば、それでいいさ」
「ま、そういうことだね」
 依頼は無事に成功を収めた。重傷を負った者もいない。
 静矢の言葉に頷く黎だが、きっと彼らの認識は少し、違う。
「アレナさん……、大丈夫?」
「石化の影響ですか? ありがとうございます。ほら」
 心配するケイへ、アレナは軽く腕を振って見せた。
「不覚です。一瞬とはいえ、あんな……」
 確率でどうしようもない部分はあったとは言え。
「皆お疲れ様! あったかいもの食べて帰りたいね〜」
 悔しがるアレナを気遣うタイミングで、青空がパンと手を叩く。
「「あ〜、それもいいねえ」」


 どこへ行こうか、何を食べようか、暖をとるならどの場所が良いだろう、
 先刻までの激闘の様子を露ほども感じさせぬ学生たちの明るい表情は、雨上がりの空のようにどこまでも晴れ渡っていた。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・アレナ・ロート(ja0092)
 cordierite・田村 ケイ(ja0582)
 dear HERO・青空・アルベール(ja0732)
重体: −
面白かった!:5人

撃退士・
アレナ・ロート(ja0092)

大学部1年266組 女 インフィルトレイター
cordierite・
田村 ケイ(ja0582)

大学部6年320組 女 インフィルトレイター
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
新世界への扉・
氷雨 玲亜(ja7293)

大学部4年5組 女 ダアト
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト