●廃墟の町で
「お嬢さん方……撃退士かい?」
ディメンションサークルで依頼の町付近まで転送してもらい、駆け付ける途中の森で、不意に声がかかった。
しわがれた、老人のものだ。
「久遠ヶ原学園から派遣されてきたよ。……あなた達は……街の?」
常木 黎(
ja0718)が、警戒を解かないようメンバーに視線で促しながら前に出る。
「ああ、そうだ。助けを呼んだが、ボウズ一人でおかしいと思ったんだ……ワシらの声は、どこにも届かないのかと思った」
「ボウズ……『お兄さん』だね! ねぇ、町の地図とか持ってないかな」
黎を押しのけるように、ズズイと雪室 チルル(
ja0220)が前に出る。
建物のほとんどが倒壊しているという情報だったが、有るに越したことはないはずだ。
「若いモンは、みんな見捨てちまった老人の町だが……それでもワタシらの大事な町だ。どうか……助けておくれ……」
「ボウズも心配だが……お嬢ちゃん達も気をつけて」
町から離れた森にその場しのぎの住処で過ごす人々が、撃退士達の手を握る。
幾人か中年層も見られたが、恐らくはサーバントの被害に遭ったのだろう、大きな怪我を負っていた。
本格的に獲物として狙われたのなら命を落としているはずだから、建物の倒壊に巻き込まれたか、逃げ遅れの老人を助けたか……その辺りだろうと、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は一歩引いたところから眺めていた。
『兄が助けに行った、あの町の人々を、助けに行ってください』
それは、こういうことなのだ。
(……自分にできることをやるだけです……)
初めての任務で緊張し通しの逆廻 空(
ja6894)は、雰囲気に呑みこまれそうになる己を、必死に律した。
●廃墟と電波と作戦と
「地図はもらいましたが……跡形もありませんね」
三神 美佳(
ja1395)が背伸びをしながら周囲を見渡すが、見取り図も何も役に立ちそうな空気ではなかった。
建物の倒壊が重なりあって、迷路のような状態になっている。
物陰に隠れながらの探索・策敵には向いていそうだけれど……。
「よーし! あたいが最初に見つけてやるわ!」
チルルが息巻いたところを、行動を共にする作戦の蒼波 セツナ(
ja1159)がたしなめる。
「雪室さん、落ち着いて……。急ぐ気持ちは皆おなじだけれど、忘れたの?」
「音に敏感な奴って言ってたね」
黎が、足りない言葉を補足する。つまり、大声は危険だという事だ。無意識で呼び寄せたのでは作戦の意味が無い。
その為に、各自で連絡手段のものを持ち寄ったのだから。
「あ……電波は通りそう……です。携帯やスマホ、使えます」
下を向いてばかりだった空が、ようやく声を発した。
「それじゃあ、かなり楽になるかな。サーバントを見つけたら携帯で連絡を取り合って、無駄な刺激を避けて行こう」
対象の特徴も伝えられるしね。
高峰 彩香(
ja5000)は、空の頭をポンと撫でてあげてから作戦の確認に入る。
「……中央、右、左を担当する三班編成、前提として捜索、保護ありき」
何れかの班が保護対象と接触した場合、直ぐに他班がカバーに入り、その流れでサーバントを殲滅。
マキナが、淡々と要所を纏める。
中央の主力・A班は、マキナ・ベルヴェルク、常木 黎、逆廻 空のバランス型。
右翼・B班は雪室 チルルが前衛、蒼波 セツナがサポート、
左翼・C班は高峰 彩香が前衛として、三神 美佳がサポートとして組んで廻り込む。
変更点は無い。
「無茶……と言うよりは無謀の域かな。早い所見つけないとだね」
「迷子の迷子の困ったちゃん……っと」
彩香の言葉に黎が続き、苦笑いをこぼした。
さぁ、ミッションスタートだ。
●廃墟と獣とお兄さん
町中に入ると獣の咆哮が響き渡っており、探索に時間は要さなかった。
保護対象の無事を確認する事に、一行は専念する。
「……いました!」
発見したのは、中央から突き進んでいた三人組、声を上げたのは空だ。
瓦礫を利用して、なんとか逃げ回る青年の姿がある。並大抵の人間の体力じゃないことは確かで、彼が例の「兄」で有る事が解る。
獣は……身体こそ大きいが、グレイウルフの類であろう。一頭が「兄」を追いまわしている。
群れで動いていたら厄介だと考えていたが、獣たちは個々でうろついているようだ。知性が低いうえに協調性が無い。
戦闘相手としては撃退士には容易いものだろうが、一般人には恐怖の対象でしかあるまい……。
「……っ、えい!」
空が中距離からの牽制魔法で、「兄」と獣の間にがれきを落とす。「兄」が驚いて顔を上げた。
何か言いたそうな顔をしているが、手当てをするほどでもない軽傷であればサーバント殲滅が優先事項となる。
空は他班へ連絡を取り、マキナと黎が戦闘態勢に入った。
「……済みませんがフォローの方、お願いします」
「背中は預かるよ、気張んな」
速度を上げるマキナへ、黎が不敵な笑みで応じる。
フワリ、灰銀の髪が黎の頬を掠める。追い抜く瞬間に、キラリと金色の瞳が輝くのが見えた。
(良い表情してるわ)
楽しい気分になり、黎は愛用の拳銃を構える。
「よっ……っ」
標的をマキナに変更し、身を起こした獣を目がけ黎が引き金を引く。
パァンッ
乾いた音が廃墟に響く。
弾丸は耳の端を掠め、獣が跳ねる。咆哮を上げ、黎を視界に捉えたところで――
「はい、残念」
黎は美しく笑う。
マキナの右腕から、黒焔が発現――光纏がその身を包み、そして『終焉』を与える拳を繰り出す。
カオスレートによる補正で、彼女の拳は通常以上の効力を発する。しかし、反撃を受ける時もまた然りだ。
理解した上で、後衛の補佐を信じ、彼女は持てる力を獣にぶつけた。
●廃墟と連絡と戦線突入
「お兄さん、見つかったそうよ」
空から電話報告を受け、セツナが先を行くチルルへ伝える。
「ほんと!? モタモタしている時間はないわね。蒼波さん、急ごう!」
「……だから……あまり、大きな声は……」
報告から、そう遠くない距離に中央部隊が居ることも確認できている。黎の銃声を聞きつけ、残りの獣も近くにいる可能性が高い。
より慎重に動く必要があるのだ。
「!」
それでも、先行するチルルよりも自分の方が視野が広くなるのは仕方の無い事かもしれない。それこそが後衛の務めなのだと思う。
(サーバントとの戦闘が終わったら、お兄さんとちょっと話したいわね)
やれやれと、心の中で溜息をつきながらセツナは瓦礫の上から飛びかかってきた獣へ魔法の一撃を加える。
「えっ わっ、ちょっと、言ってよう!」
チルルが慌てて体勢を立て直す。落下してくる獣に対応する。
「もう容赦しないわ! 覚悟しなさい!」
嬉々とした表情で、チルルは愛用のショートソードを引き抜いた。
神経をすり減らして、物陰に隠れながらの行動にフラストレーションが最高潮だったのだ。
いざ、活躍の場!
その間に、セツナは呼笛を鳴らす。
A班は三人体制だ、サーバントの一体は既に倒したであろうか?
駆けつけてもらえると助かる。
詳細な連絡はスマホや携帯で直接が確かな手段だが、事ここに及んでは、やはり簡潔なアイテムが役に立つ。
念には念を押しておいて良かった。
救援が到着するまでなんとか現状を引き延ばそう。
その一方で、防戦に追いこまれていたチルルが爆発し、激しい一閃で獣を吹き飛ばした。
反射的に、セツナも畳みかけるようにスクロールによる追い打ちを放つ。
静と動、一見すると対照的な二人だが、戦闘スタイルは互いに突撃型であった。
救援が到着するまで――……獣は生きているであろうか。
●廃墟と獣と撃退士集結
A班が対象を保護、合流に向かう途中でB班が一個体と遭遇。
報告を受け、C班の彩香・美佳も合流を急いだ。
「三神さんは、今回の依頼主を知ってるの?」
小学生で、そこそこ活躍している撃退士は多くないはずだ。彩香が訊ねると、美佳が小さく頷く。
「如月……唯さん、だそうです。私も、お名前だけしか……聞いた事が無いんですけど」
「そっか」
戦闘音が近づいている。先程の呼笛が、やはり獣たちを集結させていたようだ。
「見つけた!」
既に、A班とB班は合流していた。
『終焉の腕』の二つ名を持つマキナがメインで戦っている。禍々しくも美しい黒き焔が揺らいで見える。
獣の一体は、既に撃破に成功していた。
高所に陣取り、サポート攻撃をしていた黎がこちらに気づいて手を挙げる。そしてそのまま、指先はくるりと遠方を指す。
「あれが、三体目……!」
マキナとチルル、前衛の2人は目先の獣の対処に追われている。
更にその後ろから襲いかかろうとする獣へ、美佳が援護魔法を放った。獣の意識が逸れる。
「ナイス、三神さん!」
彩香が地を蹴り、獣たちの背後へと回りこむ。赤みがかった金色のオーラが彼女を力強く包み込んだ。
「これ以上の犠牲を出させはしないよ」
苦無を放ち、的確に脚を射ぬく。
完全に混乱状態となった獣たちが、雄叫びを上げた。
それを合図に、残りの撃退士たちも波状攻撃を仕掛けてゆく……!
●祈りの結晶
「大丈夫ですか……」
戦闘が終結したところで、空がようやく「兄」の元へ向かう。
「……君たちは…………」
「やれやれ、死に損なっておめでとう」
死ななくて良かったね、の意を込めて、黎が「兄」へ冷笑を浴びせた。
「何でこんな先走った事をするのですか?
これであなたも失ったら、唯さんはずっと自分のせいで兄を死なせたという重い十字架背負う事になっちゃうのですよ!」
黎を押しのけ、美佳が前へ出て訴える。妹の名が出たことで、「兄」も状況を即座に理解したようだ。
「! 唯が……」
「気持ちはわからないではないけど、馬鹿ね。あなたは自分について理解する必要があるわ」
否定も肯定もせず、セツナが告げる。家族を大事に思えばこその空回りは、他人が容易に責め立てられる事ではないと彼女は知っている。
「くそ…… あいつ、勝手な事を」
「もぉ! あんたね、少しは妹の気持ちも考えなさいよ!」
この期に及んで悪態をつく「兄」に、思わずチルルが噛みついた。それを制し、そっとマキナが前に出る。
「そう言えば、お名前をお伺いしていませんでしたね。私はマキナと申します、貴方は?」
「う、あ…… ハジメ。如月ハジメだ」
●兄と妹と思いの結晶
「おにいちゃんのばかっ」
学園で待ち構えていた妹・唯に一も二もなく怒鳴りつけられ、如月ハジメはググッと言葉を呑みこむ。
同様の言葉は、すでに散々浴びせされているのだ。後ろに並ぶ、命の恩人たちに。
『妹さんを、独り残すつもりですか?』
『気持ちは分らなくも無いけど、浅はかだねぇ……』
『…………無謀ね』
『とりあえず、心配かけさせた妹さんには謝っておくように』
などなど。
「ば、ばかとはなんだ、ばかとは……俺は、お前を思ってだな」
「だからばかなのっ どうして、無茶な事するの!?」
「生まれ故郷が襲われたって聞いたら、そりゃ誰だって……」
「え」
「……だ、そうです」
マキナが、ツイとハジメの背を押す。
「お前が生まれて間もなく両親が死んじまったから、能力で生きてくしかないってココに来たけどさ……」
擦り傷だらけの顔をこすりながら、ハジメは手荷物から一枚の写真を取り出した。
「まだ……怪物共に襲われる前の、町の写真……俺も知らない人たちまで映ってるけど」
何かの祭りの日だろうか。
唯は、それを手に取る。
緑の多い、穏やかな町。知らない顔の人たち、皆が笑っている。
自分の知らない、生まれ故郷……。
「俺たちの事、覚えてくれてるジッちゃんも居た……。撃退士として一人前になったら戻ってこいだってさ」
「情けない話。撃退士としてじゃなくって、思い出を取り戻しに行ったんだね。
まぁ……それでも、フリーランスなんかが目も掛けないような町へ行って、少なくとも学園の撃退士たちより先に入ってたことはエライけどさ」
皮肉たっぷりに、黎が丁寧な説明をしてやる。
結果的には、それが呼び水となり迅速な行動を取れたということもある。もっとも、戦闘においてハジメの手柄は全く無いが。
「そうは言ってもね。できることを一つずつやっていくんじゃないと、いつまで経っても今回みたいなのの繰り返しだよ」
「う」
彩香に説教をされ、ハジメは言葉に詰まる。
「唯……その、だな」
「……ばか」
唯はポロポロと涙を落して、兄の言葉を遮った。その、薄っぺらい胸に飛び込んでしがみつく。
「私には、おにいちゃんしかいないんだよ」
戻るべき、故郷と呼べる場所は。
●祈りと思い出と帰る場所
「生まれ故郷、かぁ」
依頼達成報告の帰り道。
誰が言うでなく呟いた。
故郷のある者。帰れない者。
いろんな事情を抱えた者たちが、この学園に集っている。
その目的だって、様々だ。
「それでも……今は、ここが……私たちの帰ってくる場所なんですね」
初めての戦闘任務を終え、高揚感に包まれた空が、ほぅっと口にした。
「ふふ、そうですね……」
「愛しき我らの学び舎かな!」
年下ながら、学園での経験の長い美佳が空の手を握り、チルルが元気いっぱいに校舎を仰ぎ見る。
それに釣られるように、皆が夕焼けに彩られた学園を見上げた。
感傷に浸るのは、ほんの一瞬。
明日からは、また慌ただしい日々が始まる。