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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:37人
サポート:0人
リプレイ完成日時:2017/10/03


みんなの思い出



オープニング


二〇一二年 四月 
京都に『六星七門示現陣』が現れる。【封都】と記される戦いの幕開け。

同年 七月   
【封都】において、『疾走都大路』と称される市民救出作戦が決行される。

同年 九月   
【封都】において、『五条先陣』と称される隠密作戦が決行される。

同年 十月   
京都奪還作戦【奪都】、始まる。


『六星七門示現陣』の主たるザインエルが京都を離れ、
ザインエルが使徒・米倉創平が留守を預かり。
【封都】開始時点でゲート展開に協力していた天使や使徒が、本来の任地へ戻る頃、代将ダレス・エルサメクが送り込まれた。
ダレスは京都に幾つかの要塞を建て、それを巡る攻防がしばらく繰り広げられることとなる。


二〇一三年 十月 
大規模作戦【奪都】において、撃退士側が勝利を収める。
ここに、京都の奪還が達成された。




二〇一六年 二月
天界にて、クーデターが勃発。ベリンガム王が王宮にてエルダーの長達を惨殺する。
それにタイミングを合わせるかのように、北海道を本拠とするルシフェルが東北へ駒を進め、
救援として呼び出されたはずのザインエルは――京都へのゲート展開という行動に出た。


二〇一七年 四月 
【暁都】の名のもとに、再びの京都奪還作戦が決行される。
新たに得た力『多奏祭器』の実践投入にも成功し、一年ほど囚われていた市民たちの解放に至る。




 そして、大規模作戦【楽園】を経た学園生たちを待ち受けていたのは……


 二〇一七年八月。
 久遠ヶ原学園にて。

「はぁーー! 終わった、終わりました、終わりましたよーーー!!」
 開放感に歓喜の声を上げるのは御影光(jz0024)、大学部二年生への進級をかけた試験を終えたばかりの撃退士である。
 基本的に久遠ヶ原の試験の類は気合があればなんでもできる感があるものの、『試験』という言葉の重みたるや。
「進級試験は、いつ開催になるか読めないのも久遠ヶ原流ですよね……。慣れましたけど慣れないですね」
 昨年は11月頃に開かれた気がしなくもないのだが おっと誰かが来たようだ。
「勉強疲れもありますし、体を動かせるような依頼があれば……」
 戦闘依頼は、少しずつ減っているように思う。
 同盟を疑問視する声もあるが、天・魔双方のゲートがそれなりに撤収され、新規に開かれることは滅多にないという証なのだろう。
 他方で、『ひと』の疑心暗鬼が生み出す事件も起き始めているように思う。

 天魔が、地球へ武力侵攻を開始して約三十年ほど。

 三十年前は『撃退士』なんて言葉はなかった。
 歴史の流れで考えて見れば非常に短い間で、人類は急速な発展を遂げた。
 そして――ブツリと糸を切られた。ようにも思う。
 平和は良いことだ。それは光も思う。
 けれど。家族を喪った・故郷を喪った。そんな悲しみに暮れ、武器を取った撃退士も少なくはない。
 学園が天界・魔界から離脱した天魔を積極的に受け入れるようになってからは、表立って波風を立てるようなことも無かったように見える、けれど。

 ひとのこころは、簡単ではない。

 許せないものは、許せない。
 やり場のない感情も、きっとある。
 延々と血にまみれる戦いの道よりも、手に手を取って同盟を結び、平穏な日々が選び取られた。
 そこへ正面から水を浴びせることは無いにせよ、できないからこそ、淀む感情もあるんじゃないか。
(……なんて、憶測でしか、ないですけど)
「ミカゲもシケン終わったのか?」
「ひゃう!? あっ、ラシャさん。ラシャさんもお疲れ様でした」
「オウ! がんばった!!」
 物思いにふけっていると、不意に背後から呼びかけられる。少年堕天使・ラシャ(jz0324)だ。
 彼は、とある事件で光の命を救った。それ以来の交友だ。
「ミカゲ、京都へ行くのか」
「え、……あ」
 斡旋所に張りだされていたのは、京都旅行の案内。
 王権派天使たちの手から京都を取り戻して4カ月ほど経過したとはいえ、街は完全に復興しているわけではない。
 ところどころではサーバントが出没することもあり、立ち入り禁止区域も幾つかある。
 それでも、封都〜奪都の頃に比べれば復興はきっとずいぶんと早いだろう。
(あの頃は……)
 【奪都】にて、要塞攻略戦へ参加したことを光は思い出す。
 取り返し、復興の目途が立って以降は安全な地域へ散策にも行った。
「送り火……そんな季節なのですね」
 京都と言えば。
 ――そんな行事も、行えずにいて久しかったのだ。




 京都の送り火。
 八月中旬、盆の最後に行なわれる伝統行事。
 京を見守るようにそびえる五つの山に篝火を焚き、盆の始めに迎え入れた精霊――先祖の霊――を送るもの。
 闇夜に浮かぶ幻想的な炎と。
 それに伴う様々な行事も同時に開催される。

 各地域の説明の中で、光の目を引いたものが一つ。
 ――嵐山灯籠流し
 光が嵐山を訪れたのは、二年前の秋だった。紅葉が美しい季節。
 遠く遠くに感じるけれど、たったの二年。
 あの頃は、再び街が襲われるだなんて考えていなくて。
 それを言ったなら、十年前には自分が撃退士になるだなんてことも考えていなかった。
 そして、それよりもっとずっと遥か昔から、京都には受け継がれてきた伝統がある。
 天界の侵攻を受ける、それよりずっと前から築いてきたことがある。

 先祖の霊、とは言うけれど……迎え、送り、『向こう側』での平穏を祈る気持ちはそれに限らないだろう。
 『向こう側』へ送る形をとって、感情に区切りをつけたいことも、きっと。
 
「ラシャさんも、京都へ行きますか?」
 光が訪ねると、ラシャも以前の事を思い出したようだった。
 人界へ来て日が浅く、自分の居場所に不安を抱いていたあの頃。
「その日は、他にヨテイがあるんだ。キサラギや、ロッカクと」
「そうでしたか……」
 迷子のような堕天使は大切に一日一日を過ごし、今は級友たちとすっかり打ち解けている模様。


「私は……行こうかな。そうですね、お弁当を持って」



●試験お疲れ様でした! 打上イベントのご案内
 進級および卒業試験、お疲れ様でした!
 疲れた頭をほぐすべく、以下の要領でイベントを開催いたします
 皆様のご参加をお待ちしています


 京都旅行『嵐山』
 日中は近郊を自由散策
 夜に灯篭流しをしつつ、送り火を見る一泊二日ツアー

 灯篭流しは祖先の霊を『送る』伝統行事でありますが、
 試験の疲れを流す ではなく これまで胸にため込んでいた何がしかの感情を流すことも良いでしょう
 久遠ヶ原の学園生であれば、ということで了承をとりつけております
 誰にも打ち明けられない思いを筆に乗せ、川へ流す
 あるいは『向こう側』へ届ける



 大切な思いを刻む一日となりますように。







リプレイ本文


 二〇一七年、八月。京都。
 強い日差しと高い湿度。
 凶悪とも言える環境ではあるが、遠くにそびえる山々や川を渡る風、道を行く人々の笑顔が撃退士たちの心を穏やかなものへしていく。


 学園から案内された京都旅行『嵐山』ツアーは、和やかな空気の中でスタートした。



●京都を食べよう!
(京都と言えば、精進料理と湯豆腐と聞いた。しかし、どの店が良いものか……)
 解散を宣言され、参加者たちは思い思いの場所へ散ってゆく。
 そんな中、目を包帯で巻いた青年・元 海峰(ja9628)は周辺の会話へ耳を澄ませる。
 平時、海峰の視界は闇に閉ざされている。光纏すればわずかばかり視力を取り戻せるが、日常生活は他の感覚機能で補っていた。
 飲食店の情報も、周囲から噂話を拾えれば充分と考えているのである。


 そこへ飛び込んできたのは、少女たちのやりとり。
「数年ぶりの嵐山ですね……」
「奥様取っちゃってごめんなさい、兄様……なんて。散策ルートは予約手配済みだから、大船に乗ったつもりでいてね和紗さん」
 観光満喫コースのあとは、食べ歩き。
 京都の風を懐かしむ和紗・S・ルフトハイト(jb6970)へ、本日の予定を読み上げる蓮城 真緋呂(jb6120)の声は嬉々としている。
 大好きな人とのデートも良いけれど、女子旅だからこそ心許せるものもある。

「ユリもん、着物のレンタル屋さんは向こうだって。行こう、行こう」
「小物選びも悩んじゃうねー。徒歩圏内に足湯があるから、散策も楽しみだね」
 木嶋 藍(jb8679)とユリア・スズノミヤ(ja9826)は、女子らしい会話で盛り上がっている。
 足湯にはカフェが併設されていて、甘いものを楽しめるのだそうだ。

「レフニーさんも嵐山旅行へ参加されていたんですね。行先は決めているんですか?」
「あら、ミカゲさん。ええ、まずは精進料理の有名なお店でお昼を頂く予定です」
「精進料理……! その手もありましたね」
「近くに、わらび餅が美味しいお店もあるんですよ。デザートとして行こうかと。それから、ソフトやお抹茶とお菓子のセットや……」
 Rehni Nam(ja5283)は、食べ歩きルートを所要時間を含めカッチリ組み上げてきた。
 立て板に水の如く語られる内容に、御影光は圧巻されっぱなし。
「何度来ても、京都は良いですねぇ……。私も、のんびりしたいと思います。レフニーさん、道中お気をつけて!」
「ミカゲさんも、迷子にはお気をつけてですよー」
「はぁい!」


 笑い声や足音が1つずつ遠ざかり、久遠ヶ原の学生らしい会話が聞こえなくなったところで海峰はようやく歩き始めた。
 盗み聞きのようで申し訳なくも思うが、これだけ参加者が居れば行き先が重なることも珍しくないだろう。




 3年前、レフニーが京都旅行へ参加した時は男装姿だった。
 露天風呂はそこで満喫したので、今年は――
「夏が暑いのは当然のこと。千年の都において、それを快適に過ごす知恵がないわけないのです」
 レフニー、本日のテーマは『京都食い倒れ紀行』。
 料理が趣味であるレフニーだが、今日は食べる側を全力で満喫したい所存。
 事前チェックは済ませており、狙いの店を徒歩でつなぐことで食べるペースを調整するという念入りぶりである。
 御影との会話の後、レフニーは渡月橋を北へ渡った。
「この辺りが確か……」
 寺社仏閣が建ち並ぶ中、レフニーはお目当ての敷地へ向かう。
 精進料理の店を擁する、大きな寺だ。
 夏空に青々とした緑が映え、大きな池が静かに全てを映しこんでいる。
 美しい庭や花木を楽しみ、レフニーは店の暖簾をくぐった。
「こちらのセットをお願いします」
 これ、と決めていたのはリーズナブルな『一汁五菜』のセット。
 胡麻豆腐、焼き麩や湯葉の炊き合わせ、善哉、季節の京野菜……朱塗りの器に、品よく盛りつけられている。
「……とっても美味しいです……」
 どの料理も味付けが優しい。
 ひとくちごとに、心が洗われる気がする。
「ふぅ……日本人で良かった……」
※レフニーはアップフェルラント出身です


 レフニーが精進料理を堪能している頃、海峰はわらび餅を堪能していた。
 店舗の2階に席があり、抹茶とセットで楽しめるのだという。
「む……この香りと舌触り……本物は違うな」
 舌の上でフルフルと揺れながら、後味がしっかりとした喉越し。
 最初は何も掛けず、それから黒蜜と一緒に味わう。
 黄粉と抹茶は想定していたが、竹炭とは……。見えないことが残念だけれど、それゆえに味覚は磨かれる。
 胡麻の風味も効いており、実に抹茶と相性がいい。
「うむ、どれも美味い」
 わらび餅といえば冷んやりした食感のイメージがあったが、直営店舗では出来たての温かいものを提供してくれる。
 それがまた、『夏は暑いから、冷たいものを食べるべし』といった先入観を取り払うのだ。
 豊かな気持ちになり、海峰は店を後にした。
 渡月橋で抹茶ソフトを食べ歩くレフニーとすれ違うも、互いに気づく様子はなかった。


「抹茶の濃厚さを選ぶならこちらですねー……」
 精進料理の店から近くにあるお店で、レフニーがテイクアウトしたのは正統派抹茶ソフト。
 海峰と入れ違いで同じ店にてわらび餅を堪能した後、小一時間ほど徒歩移動となる。
 暑さで溶けるソフトクリームに負けない早さで味わいながら、かといって道中を急くことなく、レフニーは穏やかな風景を眺めながら歩いた。



●こちら女子旅満喫中
 真緋呂が手配したのは、舞妓体験+人力車という美味しいとこ取りの内容。
「それじゃあ変身後に会おうね、和紗さん」
「変身……そうですね。お互いにお互いと、解かればいいのですが」
 真緋呂と和紗はそれぞれに選んだ着物を手に、メイクルームへ。
 
 ――変身後――

 肩から裾にかけて濃くなるグラデーションの紫生地に、桜が咲いた着物を纏うのは和紗。
 普段は下ろしている長い黒髪を結い上げ、枝垂桜を思わせる花簪を。
「なんだか照れくさいね」
 目尻に赤を入れることで、大人っぽくなるような??
 照れた笑いを浮かべながら、真緋呂もメイクルームから出てくる。
 薄桜と黒を合わせた生地に、牡丹をあしらった着物。真緋呂は紅の花簪。
「髪は地毛とはいえ、全体的な重量はなかなかですね
「そのぶん、ごはんが美味しくなるわねっ」
(まさか、そのためのプラン順では……)
 真緋呂の笑顔の前に、そんな憶測を抱く和紗であった。
 
 2人を乗せた人力車が、軽快に京の街を走る。
「暑いけど楽しい〜♪」
「スケッチブックを持って来ればよかった……」
 ご機嫌な真緋呂の隣で、和紗が沈み込んでいる。
 手荷物として持ってきてはいるが、舞妓姿ではさすがに……と置いてきてしまったのだ。 
「和紗さん。ほら、手振って」
 通り過ぎる観光客たちが手を振っている。
 真緋呂に小突かれ、和紗はハッと顔を上げた。視線の合った少女へ、照れながらも手を振り返す。
「やっぱり和紗さんは普段から着物が多いから、所作が綺麗ね」
「そうでしょうか。真緋呂の順応力もさすがだと思いますよ」
「ほんと? 似合ってる??」
「ええ、綺麗です」
「お2人さんは久遠ヶ原学園の撃退士って聞きましたけど、ご出身はどちらで?」
「あ……えーと」
「俺は大阪です」
 言いよどむ真緋呂の代わりに、和紗が応じる。地区を聞いて『あの高級住宅街!』と車夫も驚いたようだ。
「それじゃあ、京都も懐かしいんじゃないです?」
「いいえ。こどもの頃は、体が弱くて……」
「でしたら、とっておきのルートをご案内しましょう」
 鉄板を押さえつつ、街の裏側を覗きこむような路地を抜け。美味しいお店、可愛い小物雑貨屋の紹介。
 街に伝わる昔話……
 流れる景色、微かな風、軽妙な車夫の話を楽しむうちに、あっという間に時は過ぎた。


「写真も撮ってもらったし、楽しかったぁ……」
 変身終了、身軽になった真緋呂のお腹がグゥと鳴る。
「さて、武装解除でしょうか。真緋呂?」
 スケッチブックを抱きしめ、和紗がクスクス笑った。
「う。もちろんよ。車夫さんオススメのお店も行きたいし、和紗さんも気になったお店があったら遠慮なく言ってね」
「えぇ」
 さぁ、食べ歩きの始まり!
「お勧め教えて下さいっ」
 揚げ物の良い香り。カウンターで、真緋呂は店主へ訊ねる
「こちらの天ぷらですねぇ。すり身をチーズ包んで、湯葉で巻いたものなんです」
 天ぷら……白身魚のすり身をふんわり揚げたモノ。『さつま揚げ』との呼称境界に明確なラインは引かれていない。
 一口サイズのボール状にして2つを串に刺したそれは、食べ歩きに最適だ。
「では、それを2つ下さい」
 小食の和紗も、同行者が真緋呂であれば普段は遠慮してしまうメニューへ挑戦できる。
 興味を抱いたものには果敢にアタック。
「あつつッ…… はふはふ、ふかふかプリプリでおいひぃ〜……」
「湯葉がパリパリで……。すり身の食感にチーズが合いますね……」
 暑い時に熱いモノ。汗をかいて、少しばかり心地いい。
「熱いモノの次は冷たいの! 和紗さん、次はあのお店よ」
「わらび餅ですか」
「わらび餅の店は数あるけれど、ここはとびっきりなの」
 原料となる『わらび粉』自体が希少だが、それを手作業で精製することで独特の風味を生み出す。
 『黒い宝石』とも呼ばれるそれを使っているのだそうだ。
「お抹茶とのセットも、パフェも捨てがたい……」
 メニューを掴み、真緋呂が唸る。
「葛切も良いですね」
 わらび粉に力を入れているなら、葛も同様だろう。
「たしかに……。よーし、全部頼んじゃいましょう」
 わらび餅セット、抹茶本わらびパフェ、葛切あんみつ、ほうじ茶白玉金時かき氷がオーダーされる。
 和紗は、美味しいところを少しずつ。
 真緋呂は、美味しいところ残り全部。
 
 夏蜜柑のホロ苦い寒天、芋きんつば、生麩のおまんじゅう。

 涼を感じさせるもの、心が豊かになるもの、あれこれ味わい歩いて次へ。
 どれだけ食べても誰も揶揄しない気楽さが女子旅の良いところ。
 ところどころで、和紗は足を止めてスケッチをする。その間、真緋呂はどこからか新たな食べ物を調達してくる。
 一口目を分けあい、笑いあう。
「以前は秋の渡月橋でしたが、夏の日差しは生命力を感じます」
「倒れそうな暑さとは言うけれど、川や山を見てると心が洗われる気がするわよね」
 額の汗をハンカチで拭い、真緋呂は青空を仰いで目を細めた。

「真緋呂、あれも食べたいです」
 通りを曲がろうとしたところで、和紗が真緋呂の袖を引いた。
「やはり名物は外せません」
「こうしてると、なんだか放課後の寄り道みたいね」
 豆腐コロッケを、ベンチに座ってはふはふ。
 すり身とは違う軽い食感と優しい甘み。
「最後はとっておき、予約しておいたから」
「予約……?」
 これまでは、食べ歩きがメイン。
 甘味処や庭園など、眺めながら足を休めるところもあったけれど。
「そろそろ〆に入らないと、灯籠流しに間に合わないでしょう?」
 小休憩を挟みながら歩いていたので、和紗のお腹ももう少しくらいなら入る。
 そこまで計算し、真緋呂はとあるメニューを口にした。


 ――鯛豆腐。
 湯豆腐の上に鯛が鎮座しているものである。
「鯛豆腐まで予約済とは……流石抜かりない」
「嵐山へ来たからには、味わっておかないと……ね」
 座敷へ通され、真緋呂は得意顔だ。
 一度塩焼きにした鯛を、鯛の旨みに負けない木綿豆腐に乗せて土鍋でコトコト。
「ふわぁ……良い香り……」
「普通の湯豆腐では味わえませんね……。この出汁の濃さ、素晴らしいです……」
 出汁と豆腐、ほぐした鯛の身を頂いて、和紗が深々と吐息する。
「胡麻豆腐! 胡麻豆腐ののど越しがまた……凄い……」
 卓に伏せる勢いで、真緋呂は感動に震える。
「最後の雑炊が最高って言われているけど……私、命がもつかしら」
「真緋呂ったら」
 食べ歩き中、同じようなことを繰り返し言っていた気がする。
 それくらい、美味しくて楽しくて感動的な一日。



●密談
 多くの学園生が観光を楽しみに移動している一方で、月乃宮 恋音(jb1221)には一つの目的があり、今回の旅行へ参加していた。
 そのため、昼間は恋人と別行動をとっている。
「うぅん……日傘を用意して来るべきでしたねぇ……」
 緑豊かな嵐山地区は、心持ち涼やかであるものの日中の蒸し暑さはどうにもならない。
 顎から喉、胸元へ流れる汗をハンカチで拭い、恋音は呟いた。
 かつて、平安貴族の別荘地だったという嵐山地区。
 現代では富裕層が別宅を構えていることが多いらしい。
 恋音の尋ね人も、そこに居る。

 その土地の素封家である男性は、恋音の祖父――政界の有力者――の関係者だ。
 性格は、遠慮なく言えば『古狸』。
 政治家として力を喪いつつある恋音の祖父の『切り時』を考えている、という情報を恋音は秘密裏に入手していた。
 可愛い孫娘は、祖父の為にどうか助力を――願うかと言えば、否。
(アポイントメントは取り付け済み。……あとは、どのように『こちら』へ有利に話を進めるか……ですねぇ)
 老い先の決して長くない祖父の、財産とも言える『権力』。それを切り崩し、自分のものへと取り込む……それが、恋音が描く青写真だ。
 打診の段階で、先方も積極的である感触を受けた。
 きっと、この密談は上手く行くだろう――上手く、行かせる。

「失礼いたします……。本日、お約束をしておりました月乃宮と申しますぅ……」
 どこまでも続く生垣に囲まれた豪邸。
 恋音は正門のインターフォンを鳴らし、戦いともゲームとも呼べる『場』へ臨んだ。


 ――そして、約1時間後。
 薄笑みを浮かべ、豪邸を後にする少女の姿があった。



●思い出は永遠に
 蝉しぐれの中を、黄昏ひりょ(jb3452)は独りで歩いていた。
 大輪の向日葵の花束を抱いて向かうのは、とある墓園。
「……報告が遅くなって、ごめん」
 花を手向け、膝をついて。瞑目して言葉を伝える相手は、病で亡くなった実妹。
 大きな戦いが、終わったこと。
 それを経て、自分が抱いた新しい目標。
 ぽつりぽつりと語って聞かせる。
(これからは、自分の夢に向かって歩いていくつもりだ。見守っていてくれ)
 迷いのない背を、兄として妹へ見せてゆきたい。そう思う。
 彼女へ恥じない、己であるように。


 墓参りを終え、ひりょは観光地図を広げた。
 彼が最後に京都を訪れたのは学園主催の修学旅行、春先のことだった。
 今は夏。
「見える景色は、こんなにも違うんだな」
 生い茂る緑の色味、熱で揺らぐような空気、それだけではなく……
 あの頃、共に歩んだ仲間たちは……今、ひりょの周りにはいなかった。理由は様々である。
 ほんの、数年前の出来事なのに……。
(ちょっと寂しいかな、なんて)
 『今』のひりょにも、大切な友人がいる。進みたい道がある。独りじゃない。
 全てを取りこぼすことなく生きていくことなんてできないと、理解もしている。
「行こう」
 だから、寂しさとも手を繋いで。
 来た時と同じように、ひりょの背へは蝉の鳴き声が降り注いでいた。


 嵐山地区は自然豊かで、木々が強い日差しを和らげてくれる。
 トロッコ列車の音、駅へ向かう親子連れの笑顔。
 向こうのカップルは、縁結びの神社へ行くのだろうか。
(平和になったんだな……今度こそ、本当に)
 撃退士たちが戦い続け、様々な試練を乗り越えた末の世界。
 名も知らない人々の笑い声が、ひりょへ元気を与えてくれる。前へ進む力を与えてくれる。
 そして……

 ぐぅ、とお腹が鳴った。

 ツアーで京都へ到着してからすぐに墓園へ向かったため、昼食を摂りそびれていたのだ。
「こういう時でないと、なかなか食べる機会もないしね。この辺りで精進料理が美味しい店はどこだろう」



●美しい緑の中を
 暑さを吸収するかのような、豊かな緑。それは、季節が巡るごとに様々な表情を見せる。
 あちこちにあるお寺や神社。賑やかな観光客。時折すれ違う学園生。
「春都ちゃん、今日は嵐山満喫するぞー☆」
「おー! 砂原先輩、今日はよろしくお願いします!」
 神戸出身の砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)にとって、京都は庭のよう……とまではいかないまでも、可愛い後輩をエスコートするだけの余裕はある。
 大きな戦いを経ても面影をほとんど残した地区は竜胆にとってもどこか心が休まるようで、古い古い歴史を持つ街を遊び倒す所存である。
 竜胆へ全幅の信頼を寄せる春都(jb2291)は、待ち受けるイベントにわっくわくだ。
「まずはトロッコ列車に乗ろう。行って戻って、あとは時間が許す限り街を堪能するよ!」
「ふふっ、楽しみです。予習はしてきましたけど、見ると来るとじゃ違いますねぇ」
「それはね、もちろん。昼も夜も夕暮れも、この季節は全部が絶景だから」
「……!!!」
「春都ちゃん?」
 ウィンクを飛ばしデジカメを取り出す竜胆を見て、春都はその場に崩れ落ちた。
「私っ……旅行に来たのに、カメラを忘れっ……」
「……あーー……」
 携帯品には、ケセランとどらごんのぬいぐるみしか入ってない! なんてこと!
「浴衣は用意してきたのにーーーーー」
「安心して、春都ちゃん。浴衣は僕が忘れた」
 キリッ。
 春都の肩へ手を置き、竜胆が親指を立てる。
「春都ちゃんの浴衣姿は僕がカメラに納めるし。僕たち2人も誰かに撮ってもらえばいいし。楽しく行こう?」
「……はいっ」
 それからゆるっと笑い、竜胆は春都の手を引いて立たせた。


 水無瀬 快晴(jb0745)と水無瀬 文歌(jb7507)の夫婦は、土産屋を覗いたり茶店を眺めたり、2人のペースでゆっくりと街を楽しんでいた。
(……まあ、たまにはこういうのも良いか、な)
 いつになく穏やかな気持ちになって、快晴は文歌の手を優しく握る。文歌ははにかんで、そっと握り返した。
 涼やかな音をたてる竹林を抜ければ……
「見て見て、カイ! あの駅舎、かわいい〜〜〜♪」
「おー、トロッコ列車、か。結構、良さげだねぇ?」
 絵本に出てきそうなディーゼル機関車を先頭に、赤と黄で塗られた素朴な箱型車両が連なっている。
 歩き疲れたところで、のんびり風景を楽しもうというプラン。前に京都へ来た時には乗らなかったから、その分も込めて。
 片道、約30分の渓谷の旅だ。

「わぁ、渓谷がとっても綺麗だよっ。……きゃっ」
「……危ないだろ。気をつけるようにー」
 のんびり速度だからと、油断した。
 文歌が、窓を開けて身を乗り出したところでバランスを崩す。よろめいた彼女の背に腕を回し、快晴がそっと支えた。
「あわわ、ちょっとはしゃぎすぎちゃった」
 もし、このまま落下していたら……。快晴の腕の力強さが、文歌を落ち着かせる。それと同時に、恐怖がどっと襲ってきた。
 木製の椅子に並んで座り、文歌は快晴の肩に身を寄せた。
「でも、本当に綺麗……。ねぇ、カイ。桜の季節や紅葉の季節にも来てみたいね♪」
 持参しているガイドブックには、四季折々の渓谷の写真が載っている。文歌が開いて見せると、快晴は穏やかに目を細めた。
「ほんとだ。桜のトンネルも綺麗だね」
 心臓のドキドキが、違う意味に変わっていく。
 重ねた手の暖かさを実感しながら、文歌は傍らの幸せに思いを馳せた。


「これは絶景だわ……」
 緑のトンネルを抜けると、渓谷の下を流れる川が眼下に広がる。
 手作りのお弁当を広げていた巫 聖羅(ja3916)は手を止めて、雄大な景色に息を呑む。
「ちょっと、兄さん」
 それから、隣に座る兄・小田切ルビィ(ja0841)へ呼びかけた。
「絶景、私ももっとよく見たいの」
「安心しな、余すところなく納めきってるぜ。宿へ戻ったら見せてやる」
「できれば肉眼で、今、見たいの」
「写真ってのは、時として現実以上に現実をとらえるモンだ」
「つまり、兄さんばかり写真を撮ってないですこしどいてくれないかしら、という事なんだけど」
「断る」
「にーいーさーぁあああああんん」
 風景写真を撮ることが趣味のルビィは、文字通り水を得た魚の如くひたすらシャッターを切っていた。
 景色はもちろん、トロッコ列車の車内も忘れない。
「ああ、もう。わーかったって。じゃ、場所交代な」
「はい。その間、兄さんはお弁当でも食べて。朝一番で作ったんだから」
「お! やるなぁ、聖羅」
「でしょう?」
 座る位置を交代し、ルビィは弁当を広げて口笛を吹いた。
 メフィストとメイド軍団を模したキャラ弁である。
 デフォルメされた可愛らしい一団をカメラに納めてから、ルビィは景色に見惚れる妹の横顔もしっかりと記録した。



●花咲く乙女たち
 土産屋の建ち並ぶ通りの先に、下調べをしてある着物レンタルのお店がある。
「うみゅ……雰囲気があるね……」
 品のある店構えに、お香のかおり。
「すみませーん、予約していた木嶋と申します」
 圧巻されるユリアの隣で、藍が店員へ声をかける。
 どんな着物にするかは、ユリアと藍が、互いに相手を着飾るという約束。

 奥に通され、2人は華やかな世界に目を輝かせた。
 着物の柄はもちろん、それに合わせる帯や草履、羽織り物。どんな組み合わせが、親友を一番素敵にするだろう。
「えへへ。実は前から色は決めてたの! ユリもんに、絶対似合うと思って」
「ええーー。藍ちゃん、早いよう?」
「でもねぇ……、実物を見ると、柄で悩むね……」
「うん……悩むねぇ……」
 生地を手に取り、相手の肩へあててみる。
 髪、肌、瞳の色とのバランスはどうだろう。柄は季節に合っている?
 それから帯と――
「うん、ユリもんにはこれ!」
 同系統の色から、藍はイメージしていた柄の着物を見つけ出す。
 艶やかな今紫色の上布地の着物で、裾には桜が散っている。
「帯はね、牡丹色と白を使った夏帯なの。帯留めはこれ」
 悪戯っぽい表情で、藍は蓮の帯留めを差し出した。
「……藍ちゃんたら」
 込められた意味に、ユリアは照れ笑い。
「私からは、この着物だよ。藍ちゃんにはやっぱり夏の花かなぁって」
 薄香色地の、クレマチス柄。
 純白とも違う温かみのある色味に、輪と紫の花が咲いている。ネイビーの瞳と髪を、大人っぽく引き立てる組み合わせだ。
 帯は瞳に合わせた濃紺、こちらは薄紅色の硝子の帯留めを。

 実際に着用するのは、夜の灯籠流しの際に。
 着物や小物の一式を預け、2人は再び街へと出た。
 ちょっと遅めの昼食の後は、これまでの緊張をほぐすホッコリ足湯カフェ。
「宇治抹茶わらび餅うまー!」
「酒粕プリンおいしー……」
 足湯でホカホカになった体に甘味が優しく染みわたる。2人そろって、カウンターに溶けた。
「あ、プリンと半分こしない?」
「半分こするする!」
 気兼ねなくシェアできるのは、女の子同士の特権。
 ユリアからわらび餅を分けてもらった藍は、再び美味しさに蕩ける。
 その様子を、ユリアが微笑ましく見守っていた。
 ぷに、と親友の頬をつついてユリアが問う。
「ふふっ、藍ちゃんと先生の結婚はもう秒読みかにゃ?」
「も、もらってくれればいいけどな……」
 たくさん歩いて一息ついて、始まりましたお喋りタイム。
 からかうでもないユリアの言葉に、藍の頬は見る見る染まる。
「……ねえ、藍ちゃん。愛してる人の姓を名乗るって、どんな感じなんだろ」
「ユリもん……?」
「私、珠洲之宮っていう父さんの苗字、結構好きなんだ。……でも、添い遂げたいと想う人の姓も、愛しいの」
 結婚してしまうと、親から継いだ名前が消えてしまう。そのことは、寂しくない?
 ユリアの問いであり、迷いだった。
 藍はすぐには答えず、胸の中で名前を反芻する。
 今の、自分の姓名。ユリアの姓名。
 そして、添い遂げたい相手との姓名。
 その響きは『新しい自分』にも思えるけれど、中身は変わらない。
 大切な人や友人が愛してくれた、自分という存在が変わるわけではない。
 きっと……祖母も、亡くなった母も、同じ思いだったのではないだろうか。
「ん、私は泣けるくらいに幸せなことかなって思う」
 大切な人と、歩きだす新しい名前。
 大切な家族から受け継いだ名前――自分の存在――の延長に、それはあるから。
「新しい名前になっても、今までのユリもんは居なくならないよ。どっちの名前のユリもんも私は大好きだから」
 ふに。
 今度は、藍がユリアの両頬を柔らかに摘まむ。
「そっか……そうだよね。私も、どっちの名前の藍ちゃんも好き。えへ、なんか感傷的になっちゃった」
「えへへへ。甘いの、お代わりしようか。今度は何にしようかなーー」
「みゅ……ティラミスも良いなあ」
「私はシュークリームかな、ロールケーキも悩むー」
 乙女たちのお喋りは、まだまだ続く。




 生垣に石段、純和風の建物。気後れしながらも、ひりょは『精進料理』の暖簾がかかる店を訪ねた。
「予約していないんですが……今からでも食べられますか?」
 ずいぶんと雰囲気のある席へ通され、心なしか背筋が伸びる。
 少し奮発して、抹茶とわらび餅が付くセットを注文。
 わらび餅はデザートかと思ったら始めに供されたので驚くも、抹茶の苦みと相まってお腹は食事を受け付ける準備万端と言ったところか。
「うわぁ……生き返るなぁ」
 小鉢で提供される品々は、どれも味付けが優しく、暑さで疲れた体に染み通るよう。
 季節の野菜の炊き合わせ、天ぷら、お一人用の湯豆腐。
 鉢は、食べ終えたものを重ねていくと最後には一つにまとまるのも、なんだか面白い。
「コンパクトになるんですね」
「『托鉢』という言葉がありますでしょう? この丸い鉢は、僧侶が食物を受けるために用いたことが起源といわれているんです」
「それで、精進料理に使われているんですね」
 旅行雑誌で目にする精進料理は、お膳になっているものも多い。寺で店を構えているところもある。
 店ごとに、こだわりや由来をもっているということか。


「勉強になりました……。ご馳走様でした」
 食欲と知識欲が満たされ、店を出ると日は未だ高い。
「汗もかいたし、昼間から温泉も良いかな。夜になる前にさっぱりしようか」
 渡月橋を渡った先に温泉があるという。
 少し歩くが、それもまた良いだろう。
「あれっ、春都さん?」
「わー! ひりょさんっ。こんなところで会うなんてーー」
 そこで、トロッコ列車帰りの春都たちと遭遇する。
「あ、紹介しますね。こちら、砂原先輩です。今日はお世話になってます」
「どーも、砂原・ジェンティアンです。春都ちゃんのお世話してまーす」
「こんにちは、黄昏ひりょです」
 長身・金髪・オッドアイの青年は遠目からでも目立つ。最初はそちらに気を取られたものだから、隣に春都の姿があって驚いた。
「ひりょさんは、どんなところを巡ってるんですか?」
「あー……えっと、これから温泉に行こうかなって」
「温泉! 良いですね良いですね、贅沢ですねっ」
 ひりょの表情の変化には気づかず、春都は無邪気だ。それが、今のひりょにはホッとする。
「またどこかで会うかもね。それじゃあ」
「はーい! ひりょさんも、お気をつけて!」
 意識して街を歩けば、見知った顔がちらほらある。
 皆、ひりょに気づけば笑顔で手を振る。二言三言交わし、またねと別れる。
(……独りじゃないんだ)
 改めての、実感。
 遠い思い出の頃から時は流れ、様々な変化が起きているけれど……決して悪いことではないのだ。


 広い露天風呂を堪能し、ひりょは目をつぶる。
 瞼の裏にも焼き付いている、青い青い夏の空。向日葵の輪郭。胸を刺す痛み。
 それでも、自分は生きていて……自分が生きていることを、喜んでくれる人がいる。
(あぁ、なんか幸せだな……)
 泣いてしまいそうだ。
 ひりょは、生命力にあふれる夏の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。



●広い世界の空の下
 定番の竹林は外さないとして。
 どこを見ても圧巻される嵐山地区を散策しながら、ルビィと聖羅の兄妹は何を話すでなく歩く。
 楽しそうに風景へシャッターを切る兄の横顔を、聖羅は見上げた。
 現在は消息不明だという戦場カメラマンの実父に、印象が重なった。聖羅は幼い頃に別れたきりだけれど……。
「……兄さん」
 呼びかけは、少しだけ弱い声になった。それでも兄には届いたらしく、手を止めて振り向いてくれる。
「私は卒業迄の1年間、筧さんの事務所で働くつもりよ」
「ああ……、えーと、フリーランスの人だったか。そういえば、インターンシップか何かの募集告知が出ていたな」
 少し前に斡旋所に張りだされた依頼へ聖羅は参加しており、そのことをルビィも聞いていた。
「そう。その間に漫画家を目指すか、撃退士を続けるか……進むべき道を決めるわ」
 どちらも、本気でプロを目指すなら『二足の草鞋』とは行かない。器用にこなす人もいるだろうけれど、聖羅は道を貫く者でありたい。
「……兄さんは、どうするの?」
 聖羅は、大学部生としてあと1年間、在学期間がある。
 けれど兄であるルビィは、希望さえ出せば今年にでも卒業は可能だ。
 卒業後、学園の教師になったり国内に留まる選択もあるが……
(やっぱり、お父さんみたいに何処かに行ってしまうの……?)
 飄々とした兄の姿を見ていると、聖羅は不安に駆られる。
 父が消息を絶った理由は今もわからない。もしかしたら生きているのかもしれなくて、遠くへ旅立てば再会できるのかもしれなかった。
「俺は学園を出て、戦場ジャーナリストを目指すぜ」
 愛用のデジカメを掲げ、ルビィはニヤリと笑う。
「メー様のヌード撮影と、ピューリッツァー賞を獲るっていう野望を実現する為には、もっと世界を知る必要がある」
「……そう。そう、よね」
 兄は、父の影に引きずられて未来を選んだわけではない。彼には彼の夢があって、世界へ飛び出そうとしている。
 それを知っても、聖羅の胸の痛みは消えなかった。
 もしかしたら…… そんな、暗い感情は常に付きまとう。
 学園でも、命を懸けた戦いは幾らでもあった。それでも――それとは違う、漠然とした不安。
「…………」
 俯く妹の姿に、彼女が何を思っているのか察したルビィはカメラを下ろした。
「どんなに離れても家族は家族だ。お前に何かあった時は飛んで帰るぜ?」
「……ほんとに?」
「嘘ついてどうするよ」
 ぺし、と額を指先で弾く。気の強そうな赤い瞳が、むぅとルビィを見上げた。
「『巫 聖羅』ブロマイド、レミエル様に売ってやろうか」
「!? ちょ、何を言ってるのよ兄さん!!」
 不機嫌な瞬間を撮られ、手を伸ばす妹からカメラを死守しながら。

 ――どんなに離れても家族は家族

 どこかで生きているかもしれない、果てているかもしれない、自分たちの父親の後姿を、ルビィは思い出していた。



●遊び倒す!!
 ひりょと雑談した後、春都と竜胆は渡月橋方面へ戻りながら食べ物屋を覗いて歩く。
「生八つ橋だ! 砂原先輩、あれ食べたい!」
「え、お昼ごはんじゃなくて? 主食なの」
「主食も良いですけど、先におやつだって良いじゃないですか。……あれ、あっちにも生八つ橋のお店が」
「色んな店が出してるからね、僕が一押しのところへ連れて行ってあげよう。お財布はお兄さんに任せなさい!」
「頼もしいです……!」
 キリッとしてみせる竜胆。しかして案内するのは、ほどよく安くてとても美味しい店。あまりお財布痛まない。
「先輩、それは何ですか?」
「生麩田楽。甘くはないよ?」
 もちもちの生麩に、味噌を塗って焼いたもの。
「私も食べたいですっ」
「OK。おねえさん、もう1つちょうだーい」
 肩ひじ張った京料理や、和甘味ばかりが魅力ではない。手軽に食べ歩きできるものも、通りにはたくさんある。
 豆菓子を買っていた竜胆は、通りの向こうに魅惑的な暖簾を見つける。
「春都ちゃん、かき氷も美味しそうよ?」
「はわぁあああああああ!!!!」
 肘で小突いて先を示すと、春都が歓声を上げた。

「あ! 人力車ですよ!」
 ふわふわかき氷を食しながら、店の前を走ってゆく人力車に春都は目を奪われる。
「……期待されても引かないからね?」
「えーー、やだなーーー、言ってないですよー?」
「眼差しから感じたよね? ま、僕は引かないまでも、観光案内してくれるし乗ってみようか。竹林を走るコースがお勧めだよ」

 日本手ぬぐいを頭に巻いた、ベテラン風の車夫が2人の担当となった。
「わわっ、思っていたより風を感じますね」
 安定した速度で、揺れも少ない。
 普段より高い視界で、春都は子供のようにはしゃぐ。
「この辺りは被害こそ少なかったけど、だからと言って安心して生活していたわけでもないからねぇ」
 こうして、お客さんをたくさん乗せて走れることが楽しいと車夫は語る。
「僕たちの軌跡も、話のタネになるのかな」
「タネになるような話をしてくれるかい?」
「あはは、そうだなーー」
 千年都で起きた、数年の戦い。日本を……地球を巻き込んだ大きな戦いと変化。
「ちっぽけだけど、大きな移り変わりだったな……」
 空を仰ぐ竜胆の耳に、竹の葉擦れの音が聞こえてくる。竹林のトンネルが近づいていた。
「お2人さん、縁結びの神社には参拝するかい?」
「「ないないないない です」」
「そんな、全力で否定しなくても」
 異口同音に否定されて、車夫はカラカラ笑った。
 乗車の際のやり取りの時点で竜胆と春都がそういった間柄ではないことは察している、からかっただけた。
「ふっ、ふふふ、私が砂原先輩の!」
「えーーー。春都ちゃん、そこで爆笑とか傷つくんですけどー」
「でも、砂原先輩の恋人になる人は、きっと幸せですね。大事にしてくれそうですもん」
「どうだろー。僕、束縛するタイプだからなー」
「またまたぁ」
 本当のところは、どうだろう?
 今までは、大切なはとこの恋の応援(ほぼ見守るしかできない)でいっぱいで、それも落ち着いた今……は、初めて見つけた『自分の夢』で一杯で。
 今の竜胆には、恋愛なんて考えにくかった。
 しようと思ってするモノでもないらしいけれど。
(……竹の葉音が清々しいな)
 わざわざ、関係に名前を付けなくても。
 共に居て、心地いいと感じられる人々がいる幸せを、今は噛みしめたいと思うんだ。

 30分のコースを終えて、再び渡月橋へ戻ってきた2人。今度は歩いて、世界遺産のお寺へ。
 この期間に公開されているという、八方睨みの龍『雲竜図』が目当てである。
 お寺と一言でいっても敷地はとても広い。北門から、人力車で通った竹林へ通じるというのだから驚きである。
「お邪魔しまぁす……」
 荘厳な空気にドキドキしながら、春都が堂へ上がる。
「わっ、すごい迫力の龍……!」
 天井一面に描かれた、とぐろを巻く龍の姿。
 春都と竜胆は、天井を見上げながら堂内をくるくる回る。
「全部見てる……!」
「見られてますね!」
 悪いことはできないなぁ。
 砂原先輩、何しようとしてるんですか?
 

 厳かな空気から解放されたら、お香の店へ。
「匂い袋作り体験も京都らしいよね」
「匂い袋……ですか。あっ、かわいい袋……!」
 店頭に並んでいるのはオーソドックスな巾着袋から人形を模したもの、使われる布地も様々だ。
 お香も、こんなに種類があるのかと春都は驚く。
 体験教室へと進み、どんなものにしようかと思案。
「先輩は、もう決めたんですか?」
「うん、落着く香にしたいなぁって」
「私は……うーん、うーん……」
「香木を嗅いでみて、気に入ったのを探すのもいいんじゃない?」
 悩む春都の背を、竜胆がポンと叩く。迷ったなら、試すべし。
「香木というのも、不思議ですよね……。これが、あんなお香になるんだ……」
(夏から秋に掛けて、爽やかな香りが良いな……。あ、でも、ほんのり甘さがあるような)
 持ち歩いていると、ウキウキするような。そんな香りが良い。
 言葉に甘えて、春都は時間をかけて香りを選ぶことにした。


 食べて歩いて体験して、そうこうするうちに日が暮れ始める。
 夕食とー、灯籠流しとー……
 夜になれば、また予定は詰まっているから。2人は今のうちにと学園にいる友人たちへ土産探しを始めた。
(自分は……匂い袋があるけど)
 同じものを友人の数だけ、は無理だから。
 春都は、友人には見目も楽しいお菓子を。
 それから、想う人へ竹風鈴を購入する。
 暑いのは学園のある関東も一緒。少しでも涼やかな風を送りますように。
(それから……)
 今日一日、歩いてきた道を振り返る。楽しかったことがたくさん。その中で、気になる場所が1つ。
「砂原先輩、少しここで待っていてもらえますか?」
「ん? いいよ、迷子にならないでねー?」
 友人たちなら使い道が色々ありそうな京野菜のジャムを選んでいた竜胆は、春都が真剣な眼差しをしていることに気づく。


(ちょっとだけ神様に“後押し”お願いしてもいいですよね)
 春都が向かうのは、人力車の車夫が話していた神社。そこは、縁結び以外にもご利益があるのだそうだ。
 春都には、叶えたい夢がある。
 学園を卒業したら……救命医になりたい。
 撃退士の能力で傷を治すことはできても、病は違う。
 しっかりとした知識と技術を身に着け、どんな時でもどんな人にでも、助けとなれる存在になりたい。
 それは、春都が久遠ヶ原学園へ来たから見つけられたもの。出会った人々の影響で、抱くようになった強い思い。
 元気の出る橙色の『夢まもり』を、手に取った。
(それから……もう一つ)


「砂原先輩! すっごい楽しかったです! ありがとうございます♪」
 走って戻ってきた春都は、竜胆へ小さな紙包みを手渡した。
「砂原先輩の“これから”を、私にも応援させてください」
 クローバーの刺繍が施された、しあわせ守りが顔をのぞかせる。
 学業向上……良縁……縁と言えば、縁…… そして健康も忘れずに。
「ふっ、ふふふ……。応援されたら頑張らなきゃな。……ありがとう、春都ちゃん」
 竜胆もまた、目指すものがある。共に歩みたいと思う存在が居る。
 竜胆と春都が、こうして遊び歩けるのはあと何回あるのだろう?
 これが最後かもしれないし、意外に何度もあるかもしれないけれど。
「僕も楽しかったよ」
 きっと、何度でも今日という日を思い出すだろう。
 お守りを握りしめ、竜胆はそう感じていた。



●輝く日々を
 金閣寺、は正式名称ではない。
 とはいっても、金ピカの建物が何より目を引くのは本当の事だし、『金閣寺』といえば『ああーー』と想像してもらいやすいのだから、ソレでいいんじゃないだろうか。
「オオ〜〜、ホンット金色なンだな」
 広い池に浮かぶ舎利殿を目にして、狗月 暁良(ja8545)は蒼い瞳を見開く。
「京都に来たからにはこういった場所を巡るのが定番……いかにも卒業旅行っぽいね」
 暁良が池へ落ちないように手を繋ぎ、永連 璃遠(ja2142)が頷いた。
「3人そろって卒業おめでとう! だねー。あーー、ほんとスッキリしたっ」
 暁良を挟んで逆隣には、璃遠と瓜二つの容姿を持つ永連 紫遠(ja2143)。双子の妹である。顔立ちこそよく似ているが、成長に伴い体つきに違いが出てきた。また、璃遠と暁良が恋人同士になったことで変化が……あるような、ないような。
「ン。羽のばし、ダナ」
 キャップをくいと引いて、暁良が口の端を上げる。
「庭園・建築は極楽浄土を……、か。地上の『楽園』ってことなのかな。不思議と落ち着ける雰囲気で良いよね」
 璃遠は案内板を読み上げ、周辺の散策を促した。
(闘い続きだったから、暁良とこうしてゆっくり廻れるのも幸せに感じるんだよね……ふふ)
(あれ。僕、ここで空気を読むべき?)
 兄が暁良へ向ける眼差しに気づいた妹はハッとなるも、今はまだ、3人で歩いていたい。

 樹齢600年を数える松は、下手すると天使や悪魔より長生きなのかもしれない。
「こうして見るト、人間ってチッポケだよなー……」
「それがいいんじゃないかな。ちっぽけだから、一生懸命抗うし、戦うし、束の間の休息が尊く感じるんだと思うよ」
 晴天に伸びる松を見上げて暁良が呟くと、璃遠が笑う。
「ソッカ。それもソーダナ」
 この松の木も、始まりは盆栽だったのだそうだ。人間の手で大切にされ、大地へ移され、大きく大きく育った。
 人間の寿命は短くとも、遥か後世まで何かを遺すことができる。
 天使だの悪魔だの同盟だのゴタゴタの数十年なんて、何も知らない顔をして。
「僕たちも、残せるかな」
「ハハ、俺たちの子孫かー」
「……え」
「ウン? ……!?」
 暁良にとって他意の無い言葉だったが、璃遠の反応で意味合いに気づき……
「イヤ、今のはそうじゃなくて じゃないコトもナイけど、ナンダ、その…… ……アッ、こら、紫遠!!」
 いつの間にか2人からそっと離れ、恋人同士の様子を微笑ましく見守っていた紫遠。
 可愛らしいやりとりにニコニコしていたら、助け舟を探す暁良に見つかった!!
「やだなー、僕は2人の時間を作ってあげようと……」
「怒ッちゃいネーよ。ただし、俺が助けを求めた時は傍にいるコト」
「甘いなー、暁良」
 紫遠を捕えて頬っぺたフニフニの刑に処す暁良を見ながら、璃遠はやはり穏やかに笑うのだった。
 妹の気遣いは照れくさくも嬉しいけれど、
「3人で来たんだから、楽しいことは3人で過ごそうよ。ね、紫遠」
「はぁい。そんなこと言っちゃって、知らないんだからねー」
 悪戯っぽく答える紫遠は、さっそく暁良の腕に抱きついた。
「うらやましい?」
「……くっ」
「コッチの腕は、空いてるゼー?」
 便乗し、暁良までニヤニヤする始末。
 涼やかな滝や静まり返る池など、賑やかに巡ることとなった。


「お腹空いてきたなー。甘味! 甘味処に行きたい」
 敷地内でも抹茶を堪能したが、まだまだ足りない。
 紫遠が要望を高らかに宣言すると、璃遠は小さなガイドマップを取り出す。
「良いよ、僕も甘いもの好きだし。近場で探そうか」
「フッ……甘いナ、二人とも。美味そうなトコには事前に目星を付けておいておいたぜ」
 京都と言えば和菓子。暁良、抜かりない。
 夜には送り火『大』の文字が浮かび上がるという山を背にして坂を下っていくと、暁良が事前にリサーチしていた店に到着した。
 『わらびもち』の立て看板と『和菓子』と書かれたシンプルな暖簾が、3人を出迎える。
「わらび餅が名物らしーケド、ほかもオススメだッて。みんなで分けあえるダロ?」
「黒糖と寒天で作った皮……? 気になる、僕、これにしよう」
「じゃあ、僕は松風。お茶と合いそうだね」
 素朴なテーブルに着くと、冷たいお茶とフルフルのわらび餅、そして和菓子各種が供される。
「ほら、暁良……あーんっ」
 半分サイズにしてから、紫遠はフルフルを暁良の口元へ。
「あ〜……ン、ぐッ……うん、ウマイ、すごく」
 唇についた黄粉をぺろりと舐める仕草に、見ていた璃遠がドキッとなる。
「ジャ、俺からも……、って。璃遠にはその次にシてヤるから、そンなに羨ましそうな顔すンなって」
「い、いや、その」
「おや、璃遠も欲しそうな顔だね?」
 女性陣から同時に視線を向けられ、璃遠はどっと汗をかいた。
「あーーーー、お茶も美味しいなぁーー」
「飲みすぎは気を付けるんだよ。まだまだ、お店は回るんだから」
「ソーソー。白玉、カキゴオリ、ソフトクリームに……」
 甘味と言っても幅は広い。
 お楽しみは、まだまだたくさん。
「ナ? ほら、あーーん」
「……っ」
 虚を突いて、暁良が璃遠へ匙を向ける。
 青年は顔を真っ赤にし、おずおずと身を乗り出した。




 金閣寺周辺には様々な店が並んでいる。
 お食事処、甘味処はもちろん、土産屋各種。
 観光客も久遠ヶ原の生徒も、違いはパッとはわからない。
 ソフトクリームからソフトクリームへ。
 エリア入りしたレフニーは、かねてからチェックをしていた店へ飛び込んだ。
「これが噂の……! はぁ〜〜〜〜、ゴージャスですね……」
 ソフトクリームを金箔一枚で包み込んだ貫禄のある姿にクラッとする。
 その下には、バニラと抹茶のソフトが合わせてあり、白玉と小豆をトッピング。
「……味も最高です。ふぅ……」
 歩き通しの疲れも吹き飛ぶ甘さ。
「さてさて、次は金の本丸を目指しましょうか」
 金閣寺の敷地をゆっくり見て回り、最後は庭園の茶室でほっこりの予定。
 足の疲れが癒えたところで、レフニーは再び立ち上がった。
 よく食べて、よく歩く。よく歩くから、食べることが美味しくて楽しいのだ。




「……少しずつ、変わっているのね」
 観光客で賑わう金閣寺前の通りを散策しながら、矢野 胡桃(ja2617)が呟いた。
 胡桃は、関西地区で生を受けた。
「とはいっても」
 『変わる前の姿』が解かるわけも、懐かしさもない。理由は彼女の生きてきた過程にある。
 それでも、自分のルーツとなる土地を一度見ておきたかった。
 矢野 胡桃という存在が、始まった場所。
 久遠ヶ原学園へ来る前、来てから、現在に至るまで……様々な変化が、彼女の身の上に起きた。
 いつか忘れてしまう。すでに記憶から消えてしまっていることも少なくないはず。
 それでも、この地で生まれたから『今の自分』があって、記憶が消えても消えないことが、たくさんある。
 だから……『はじまり』を、目にしておきたかった。
(なんて、ね)
 胡桃は肩を竦め、幾つか並ぶ土産屋の一つへ入った。

 外国人観光客向けのものから、真っ当な工芸品、ネタに走ったものなどなど。
 ひとつひとつ手に取って、喜びそうな人は居るだろうかと考え込む。
「そう、ね……。これは学園宛にしましょう」
 親しい友人たちへは、可愛らしい和小物と、あぶらとり紙をセットで。
 小風呂敷、巾着、がま口などをそれぞれの顔を思い浮かべながら選ぶ。
 男性陣には――
「金箔ボトル……インパクトは負けないわ、ね」
 料理の飾りつけに使えるものなのだそうだ。しかし、ネーミングと姿かたちのインパクトが強烈で。
 一人で笑い、人数分を籠へ。
「それから……お世話になっている島の人たちにも、何か贈りたい、わ」
 そこは海の幸も山の幸も揃う夢のような場所だから、食べ物は何か違う気がする。
「でも……これは、綺麗」
 胡桃の目を引いたのは、琥珀色の寒天菓子。柚子を使っているのだという。
 透き通った金色は見目も涼やかで、試食するとシャリッとした歯触りのあとから柚子の爽やかさが追いかけてくる。
 それから、いくつかの干菓子も気になった。
 千年都は、古くから各地の特産品が集まる。集められたそれを、職人たちが技を凝らして磨き上げる。
 それは時として産地でも味わえないものとなる。小さな国の中で、文化が巡る。
「決めた。これにしましょう」
 きっと、島で作られたものも京都で違う形へ磨かれているのかもしれない。
 京都の職人たちが受け継いできたのだろう技術が込められた菓子類を、あの島へ届けよう。
(あとは……多治見、ね)
 学園を卒業後、胡桃が新たに暮らす街。
「引っ越し蕎麦……は、違うわね」
 それこそ、可もなく不可もなく分けあって食べられるものが良いだろうか。
「鉄板中の鉄板で行きましょう」
 生八つ橋。これを買わずに何を買う。
 それだけでは味気ないからと、木箱に入った金平糖も一緒に。

 大切にしてくれるだろうか。喜んでくれるだろうか。
 考えながら選ぶ時間は楽しく、あっという間に過ぎていく。
 記憶が消えても消えないこと……ささやかなお土産が、そうであったなら嬉しい。
 自分用にとコッソリ買った、つげ櫛を見て胡桃はそう感じていた。
 



 金閣寺エリアから、レフニーは再び徒歩移動で嵐山へ戻ってきた。
 長くも濃厚な食べ歩きツアーも、これで〆。夕飯タイムである。
「こちらの御膳をお願いします……!!」
 甘味や精進料理と、比較的軽めのものを攻めていたには理由がある。全てはここに注ぎこんでいる。
 京都は丹波産の、和牛もも肉のステーキ!
 自家製豆腐を使った湯豆腐!
 湯葉刺し、生麩も一緒に。
「この日の為に生きてきました……!!!」
 魂が震えるとはこういうことでしょうか!
 柔らかな肉は噛むごとに旨味が口の中に広がる。
 豆腐の豊かな甘み、溶けるような食感ときたら!
 箸を握り、レフニーは歓喜を噛みしめた。


 精進料理や土地の名物料理などを食べ歩き、そろそろ陽も落ち始めた頃だろうか。
 わずかな風の変化を感じ取り、海峰は判断する。
(灯籠流しへ行く前に、夕飯か)
 暑さに耐えるのも鍛錬のひとつではあるが、湯豆腐は後回しにしてきた。そろそろ良い頃合いだろう。
 情報収集を重ねた中から、此処という一軒へ入る。
 寺の一角にある店で、精進料理と湯豆腐を楽しめるコース料理なのだそうだ。
「ふむ……豆腐の滑らかさが違うな」
 繊細な味の出汁を吸い込んだ、つるりとした湯豆腐は体の芯が熱くなる。
 胡麻豆腐の風味。野菜の天ぷらの歯触り。一口ごとに新しい世界が開けるよう。
「美味かった。礼を言う。京都と一口に言っても、まったく広いな……」
 有意義な食べ歩きを終え、海峰は灯籠流しの会場である渡月橋へと向かった。




●興都にて
 時は少し巻き戻る。
 ツアー到着後、中京城近郊エリアでの野良サーバント対応へ向かった撃退士たちも少なくない。
 中京城は【封都】以来、天界勢力の居城とされてきた。故に近隣に余波が強く残っている。
 平時は一般人立ち入り禁止区域とされ、復興に向けて課題の一つとなっていた。



●郷の守り人
(来たな……)
 建物に身を隠し、徘徊するグレイウルフの様子を伺う影がある。
 間合いに入るまで、あと――
 距離を測り、呼吸を読む。
 女の赤い瞳に殺気が宿る、『臨戦』により能力が上昇すると同時に無刃の刀にアウルの刀身が生み出された。
 足音無く往来に飛び出し、刀を横薙ぎに払う。長い黒髪を束ねる白紐が、夏空の下に揺れる。
「仲間を呼ぶ暇など与えん」
 3体を切り伏せた後も安堵することなく、他方向から放たれたクナイを回避する。
「スナイパーか。この距離だと遠くないな」
 女は――水無月 神奈(ja0914)は、京都の生まれ。剣道場を開く傍らで魔を祓ってきたとされる家の娘だ。
 とある頃より学園を離れ、単独で京都の復興へ協力していた。
 家族は久遠ヶ原へ来る以前に、悪魔の襲撃により全て喪っている。だからといって帰る場所がないわけでは、無い。
 生まれ育った京都は大切な土地であるし、残された自然もそのままだ。
 だから、守りたい。
 天魔に荒らされた街を本当の意味で取り戻し、これまでと変わらぬ日常を罪のない人々が送れるように。
 ひとりでできることには限界がある、しかし限界に挑み続けることで成長をするのだろう。
 そうして、神奈は今まで独りで戦ってきた。
 残存サーバントの習性も随分と詳しくなった。
 シノビスナイパーが放つ中距離攻撃を掻い潜り、潜んでいる場所を突き止める。
「私から逃げられると思ったか」
 引き戸の開け放たれた空き家へ踏み込み、『極光』を放つ!
 魔を祓い、滅する。水無月の技の神髄の一つ。
 スナイパーを一太刀のもとに滅し、光の粒子だけがキラキラと落ちて行った。

 周辺にサーバントの気配がないことを確認し、神奈は張り詰めていた息を小さく吐き出した。
「……もう時期だったか……。月日が流れるのは早い」
 生活の途中で時が止まったままの空き家で、壁に貼られた暦に目が行く。
 八月――送り火の日に、赤い丸がついている。今年のものだ。
 空き家と思われていたが、どうやら家人は健在らしい。
 そういえば、久遠ヶ原の学園生が主体となり京都全体の警護を行い、一般人も中京城へ立ち入ることができた期間があった。その際に帰宅し、再び戻ることを残していったのだろう。
「これは失礼した」
 帰る者を待つ家へ非礼を詫び、神奈は次の場所へ――……

 そこに、どこかで聞き慣れた声が飛び込んでくる。
 はるか遠くでは戦闘音。
(……これは)
 撃退庁などの職務であれば、もっと整然としている。この独特な気配は……久遠ヶ原の生徒たちだろう。
「事情は知らないが、人手が多いのは助かる」
 イベント好きな学園の事だ、送り火に合わせて何がしか企画したのかもしれない。
(久遠ヶ原なら……彼女も来ていそうだな)
 ――失敗しても挫けないメニューに挑戦しました
 ――どういう目標だ
 3年前、秋の京都。あの頃は、こんな未来など考えもしなかった。
 ――……どうか、持っていてください
 1年前、秋の多治見で。彼女が常に身に着けていた銀の組紐を受け取った。
 今年も、弁当などを持ち込んで友人たちと散策しているのだろうか。
 あるいは、この周辺で――
 神奈の思考は、近づいてくる武者鎧の音で中断される。
 サブラヒハイナイトを筆頭としたミイラ武者の一団は、さすがに一人では骨が折れる。
 戦いへと、意識を集中させた。



●駆け抜けろ!
「よっしゃ、俺について来い! なんて。【巡回】で同行者が決まってない人が居たら一緒に行かないか」
 天険 突破(jb0947)の声に、数名が同行を申し出る。
「敵は集団で行動するパターンが多いようですし、単独行動は危険ですね」
 隠密行動を得手とする袋井 雅人(jb1469)と、
「状況次第で飛行もできますから、他の巡回メンバーとの連絡が必要な時は教えて下さいね」
 機動力に長けるユウ(jb5639)、
「ユウ殿も一緒なら心強いな。目いっぱい暴れようぞ」
 緋打石(jb5225)が息巻いて、
「卒業が決まったので侍狩りじゃー!」
 石と意気投合のテンションの鬼塚 刀夜(jc2355)は、愛刀を振り抜いて空へ突き上げた。

(立入禁止地域なんて、全部解除させてやる)
 刀と弓を使い分け、突破が街を走る。
 ほとんど建物は綺麗なのに、ここで暮らせないだなんてあんまりだ。
「この先、右曲がり角! サブラヒナイトの一団が居ます! ハイナイトを先頭に、ナイトが5体!」
 飛翔して周辺偵察をしていたユウが敵を発見する。
「了解! 前線は僕に任せて。京都奪還のために考えた技を披露する場があってよかったよ」
 人数制限にもれてしまった刀夜は、人知れず落ち込んでいたのだ。ゆえに、本日は意気揚々。
 ユウが空中に居ることで、サブラヒたちの視線もまた上空へ向けられているはず。刀夜は素早く角の建物へ身を寄せる。
 こちらの移動音より、ミイラ武者の鎧がたてる音が大きい。
「いざ、勝負!!」
 出会い頭の一撃は、刀身を見せつけて空を切る――フリをして、返す峰で頭部へ強烈な一撃を叩きこむ!
「一体目、オッケーだよ!」
「承知!!」
 意識を刈り取られたハイナイトへ、突破が時雨に依る痛烈な一打を放つ。
「もう一押しは任せて下さい! 暗黒破砕拳!!」
「罪人を運ぶ火車――朽ちし者らにはふさわしいと思わぬか」
 雅人が指揮官へトドメを刺すタイミングで、石が『セブンス・チャリオット』で後続を焼き払う。
「自慢の鎧らしいけど、悪いね――穿つよ」
 体勢を整えた刀夜が、石に攻撃を重ねる。
 『朧突き』――神速の突きは衝撃波となり、鎧の隙を貫く!
「よっしゃあ、撃破!」
「おっと、狼たちも寄ってきた」
 逆方向へ、突破が向き直る。
「サーバントが寄ってきているようですね。あちらのスナイパーは、私が牽制します」
 敵より長い射程を持つユウが、グレイウルフと別方向から火縄銃を放ってくるシノビスナイパーの抑えを担う。
「やはり、こうして派手に体を動かすのは性に合っておる! 狼は囲んで殲滅じゃ!!」
「私はこの命ある限り戦い続けますよ!!」
 狼を囲んだかと見せかけ、遁甲の術で集団の背後へ回り込んだ石は、1体へ『セブンティース・アルタイル』による奇襲をかける!
「しばらくは仲間を呼ぶことすらできまいて」

 ある程度、敵の手の内を知っていることもあり、サーバント退治は順調に進む。
 大ケガを負う者も少なく、都度都度で救急箱か、雅人がライトヒールで傷を塞いだ。
「飛行中、暑さは大丈夫か? 熱中症は怖いからな、倒れる前に休んでおこうぜ」
「ありがとうございます」
 突破はユウの様子を案じるが、もとより飛ぶことを好むユウには苦ではないらしい。
「それにしても、まだまだ残ってるものだね。これじゃあ、なかなか中心部の復興は難しいのかな」
 撃退士であれば追い払える強さとはいえ、一般人に脅威であることは変わらない。
 シノビスナイパーに狙われれば、助けを求める前に命を落としてしまうだろう。
 刃を交えた刀夜は嘆息する。
「いくらでも狩れるってのは魅力的ではあるんだけど、ね」
「今の私たちに出来ることは、走り続けるのみ! ですね。……依頼としては夕方までで、私は灯籠流しへ行く予定ですが……皆さんは?」
「あー……。俺は、夜まで戦っていようと思う。あまり戦いの場で役に立てることって少なかったし、出来る限りのことをしたいんだ」
 雅人の問いかけへ、突破が答えた。
「夜も……ですか?」
 他の面々も灯籠流しへ行くらしい。ユウが不安げに突破を見遣る。
「あっ、大丈夫! 無理はしない! ここまでで、連携の大事さは身に染みてるさ」
 死ぬわけにもいかないし!! やりたいこともあるし!
 あまりに突破が必死に言い募るものだから、誰からとなく笑いがこぼれた。



●最強夫婦の昼ごはん
 鳳 静矢(ja3856)には、平和を取り戻した京都で訪れたい場所が一つあった。
 妻である鳳 蒼姫(ja3762)へ相談すると、散策しながら手作り弁当を広げようと笑顔で受け入れてもらえた。
 ――そうして。

「ザインエルゲート周辺か……懐かしいな。あれが初めての大戦だったからね」
 唸りを上げて飛びかかるグレイウルフを一太刀で切り捨て、静矢は感慨深げに頷く。
「……とてもとても想い出深いのですよぅ☆ 此処から全ては始まったのです」
 ミイラ武者の一団は、蒼姫が絆・連想撃で的確に沈める。
「使徒一人に対して百人以上で挑んだりもしていたな……」
 ザインエルゲート――すなわち中京城は、一般人立ち入り禁止のサーバント出没区域。
 知ってか知らずか、夫婦はピクニック感覚で入り込んでいる。
 戦場跡を巡り思い出話に花を咲かせる傍らで、横槍を入れるサーバントを確実に排除しながらノンビリと。
「あの頃は今の様な日が来るのはもっと先だと思っていたが……喜ばしい限りだ」
 使徒一人に苦戦したのはもちろん、こうして出没するサーバント1体にも、綿密な連携が必要だった。
 人類は、天魔に比べて生が短い。故に、成長は著しい――そう話したのは誰であったか。そういうことなのだろう。
 ここ数年で、撃退士は飛躍的に強くなった。
 かといって奢ることなく、撃退士の力を持たざる者の為に力を振るう。
 天魔の脅威がある限り、その基本姿勢は変わらないだろう。
 仮にこの先、悪しきことを考える撃退士やアウル能力者が現れたとしても『ひと』である根本は、変わらない。


 【奪都】作戦により一度京都を取り戻した際、街は大きく復興へ向かっていた。
 その後、再びザインエルらに占拠されるも、その頃の戦いでは建物への破壊は最小限だったらしい。
 懐かしく見えて新しめの建物。
 人は住んでいないものの、主の帰りを待つ民家。
 庭木も荒れることなく、心ある撃退士や依頼されたフリーランスなどが見回りをしていることが伺える。
「あっ、静矢さん静矢さん。あそこでお弁当にしましょうっ☆」
 背後に回ったシノビスナイパーをスタンエッジで眠らせて、蒼姫が小さな神社を指す。
「おお、これはまた風情のある……」
 可愛らしい池では、カエルがのんきに鳴いている。
 手水場で手を清め、敷地内のベンチへ腰を下ろした。
「毎度おなじみ、アキの手作り弁当なのですよぅ☆ 静矢さんの好きなから揚げも勿論あるのでっす☆」
「おお……毎度ありがたいねぇ」
 何が入っているのか、開けてみるまでお楽しみ。蒼姫のお弁当は、いつもサプライズと静矢の好物が仕込んである。
 今日は夫婦水入らずということで、2人の好きなものがギッシリ。
「春になれば、また華やかな京都でこうして弁当を持って花見なども出来る様になるだろうね」
「今度は、家族みんなで来たいですねぃ……。賑やかで、とっても楽しいですよぅ☆」
 【興都】で、寺の修復依頼を引き受けたことを2人は思い出していた。あの日も、とても賑やかで楽しかった。
 
 初めての大きな戦いから数年。
 目まぐるしく情勢は変わり、学園生たちにも変化があった。
 静矢や蒼姫が親しくしていた友人の中にも、学園を去る選択を採っている者もいる。
 それでも、いつかまた……平穏な京の都で、何ものに脅かされることなく、のんびりと美味しいお弁当を広げられる日が来るだろうと感じていた。



●ホコタテ!!
 人払いがされた中京城近郊エリアは、静かなものだ。
 サーバントと遭遇さえなければ、散策に近い。
「いい景色〜」
 長い黒髪を背へ払いながら、六道 鈴音(ja4192)は夏の空気を胸いっぱいに吸い込む。
 他方、隣を歩く幼馴染の若杉 英斗(ja4230)は浮かない顔をしたまま。京都へ入ってから、ずっとだ。
「……どうしたのよ、英斗」
 せっかくの京都だというのに、こんな調子で隣に居られたのではたまらない。
 鈴音は、下から英斗の顔を覗き込んだ。
「あの時、俺にもっと力があれば、鬼島さんや先輩達は死なずに済んだんだ」
 【奪都】における『南大収容所』攻略戦での大敗。
 当時の生徒会副会長だった鬼島を始めとする親衛隊の多くの死は、作戦へ参加していた撃退士たちに今も暗い影を落としている。
「済んだことだよ。生き残った私達はさ、前向きにいかないと!」
「……」
「英斗ひとりが弱かったからいけないの? 英斗ひとりが強かったら変わっていたの?」
「…………」
 たぶん。
 単純な能力差だけでは、なかったのだろう。
 あの頃の使徒たちは――……
 それでも、悔やみきれない思いがあるのだ。昇華しきれない。
「もー! 煮え切らない男なんだから」
 バシッと景気一発、鈴音が英斗の背を叩いた。
「いてっ。鈴音、加減をだな……」
 ぶつくさと文句を言うべく英斗が顔を上げた先に……
「危ない!」
 咄嗟に、庇護の翼を展開して鈴音を庇う。
「鈴音! 大丈夫か」
「う、うん……びっくりしただけ」
 数多の火矢が2人を目がけて射かけられたのだ。
「サブラヒナイト……野良か? まだ残っていたか」
 【封都】の頃からなじみ深いミイラ武者。グレードアップしたハイナイトを筆頭に、4体ほどの集団を為している。
「英斗、ちゃんと私を守りなさいよ。ディバインナイトらしくね!」
 物理攻撃に強く魔法攻撃に弱いミイラは、鈴音にとって恰好のターゲット。
 召炎霊符ですぐに反撃体勢を取る。
「なめんじゃないわよ……! 六道呪炎煉獄!」
「ファイアレーベンじゃなくてよかったな、鈴音!」
 封魔のカラスは、どうやら不在らしい。広い空を確認し、英斗が発動するのは『理想郷』。
 美少女騎士たちの幻影が現れ、守りの力を――
「ちょっと! 私の前でよくソレを使えたわね!」
「安心しろ、この中に鈴音は入っていない」
「『キリッ』じゃないわよ! 私の言葉の意味、分かってる!?」
 鈴音は六道呪炎煉獄をハイナイトへ向けて放つ傍ら、肩越しに幼馴染を怒鳴りつける。
「背中は任せた」
「もー……バカ!」
 サブラヒナイトたちとは逆方向からグレイウルフが群れになって駆け寄って来るのが見えて、英斗は鈴音と背中合わせにそちらの対応へまわる。
「暑い夏に、激しい運動はお勧めしないぜ」
 英斗は群れに向かって降らせ、次々と眠りに落とす。
「飛んで火に入る夏の武者! 鎧ごと焼き尽くしてあげる」
 鈴音もまた、敵に接近を許さない。
「――っとと」
 視界に在る敵はほぼ倒したか……そう思った時、鈴音の耳元を銃弾が掠める。六道護風陣を発動していたから回避できた。
「まだ居るか!」
「むしろ、戦闘音を聞きつけて寄ってきてるんじゃないかしら」
 距離から、どうやらシノビスナイパーの火縄銃と推測される。
「鈴音、長距離射手を頼む。ミイラは俺が引き付けて倒す!」
 盾で遠距離攻撃を防ぎながら、英斗は敵との距離を縮める。
「勝手に決めないでったら。でも、そうね。英斗にはできないものねー。私が倒してあげるわ」
「なんだと!?」
 鼻歌を交える鈴音へカッとしながら、ハイナイトの腹へ天翔撃を叩きこんで英斗は振り返る。
「ほらー、英斗。うしろうしろ」
 主導権を握ったとばかりに鈴音が笑む。片手を天へかざし、真紅の龍を空へ描く!
「喰らいなさい! 六道赤龍覇・改!!」
 続々と押し寄せていた次のサブラヒ部隊へ、鈴音は火柱の龍をけしかけた。


 スキルが尽きるまで、尽きてからは素の魔具だけで。
 戦って戦って、ようやく静けさが周囲に訪れた。
「へぇ、英斗もなかなかやるじゃない。まぁ、私の方が活躍してたけど!」
「俺のフォローがあったからだろ。守りはガラガラだったじゃないか」
「スナイパーには手も足も出なかった人が何を言ってるんだか」
 最強の矛と盾は、憎まれ口を叩きながら救急箱で互いの手当てをする。
「夕食前のいい運動にはなったな。さて、宿に戻って晩酌といこうぜ!」
 手当てを終えて、英斗は立ち上がるが……鈴音は座ったままだ。
「鈴音?」
「あーつかれたー。おんぶしてー。ほら、誰もみてないって!」
「ちょ、だ、だめだぞ、そんなこと言ったって」
「変なこと考えてないでしょうね。そういうんじゃないから、ほら」
「……仕方ないな……」
 結局は押し切られ、英斗は鈴音へ背を向けた。
(……軽い)
 鈴音って、こんなに小さかっただろうか。
 幼馴染で、久遠ヶ原へは鈴音が先に入学して……気が強くて喧嘩っ早くて。
(そっか)
 そんな2人も、気が付けば晩酌なんぞできる年齢になっていた。
 なんとも感慨深い。


「大きくなったなぁ……」
「誰が重いですって!?」



●始まりの場所から歩き出そう
 京都駅に降り立ったのは月居 愁也(ja6837)・夜来野 遥久(ja6843)・加倉 一臣(ja5823)の3人。
 嵐山地区からのアクセスではなく、【封都】時代の思い出の濃い場所からスタートしたかった。
 一般人立ち入り禁止エリアへ入るまでは、駅にまつわる思い出話に花が咲く。
「懐かしいな……。俺、【疾走都大路】では救出班として参加したんだよね。あの頃は扇と爪を使って、がむしゃらに動いていたな」
「えっ。愁也ってあの頃のエモノそれだった? 盾阿修羅の印象が強すぎて思い出せない……」
「選んでる余裕なんてない時期だったってば! レート変動装備もなかっただろ。ダアトの人に護ってもらったりしてたなあ」
「愁也が……扇を……写真撮っておけばよかった」
 眉間を押さえ、一臣が唸る。
「黒歴史でもないから」
「【疾走都大路】ならサポートで参加していたな。京都駅の地下を、救えるだけの人々を抱え走った」
 同様に振り返る遥久だが、表情は暗い。
 救えるだけ――つまり、救えなかった命もある。
(あれから五年を経て、その間様々に京都という街と関わった。……救えなかった生命を、忘れた事は無い)
 五山の送り火、灯籠流し。きっと、今夜はそんな命も送られるのだろう。
「うん……。撃退士として経験が浅かったし、その中で自分がやれることを必死に考えていた頃だよな」
 遥久の悔いは、愁也もよくわかる。
「最初の大動員令もこの地だったな。そこからの、都大路か……」
 思い出してきたかも。
 最初の大動員令――一臣にとって、大勢と協力して当たる大変さと充実感を知った日である。
「敵との戦い方や作戦思考は現在も過去もそう変わらないとは思うが、随分と若かったとも思う」
(若かったの……?)
「…………」
 回想する遥久の言葉へ、感想が顔に出る一臣。それを、無言のまま目を細めた。
「まあ、学園生活で一番驚いたのはお前が4歳も上だということだな」
「むしろ、おまえが4つ下という事実がおかしい」
「……ほう」
「いえ」
 先ほどからの、遥久と一臣の応酬。愁也には慣れたものだが、いつ見ても飽きない。肩を震わせ、見守っている。
「お前が年上とはいえ、卒業後は起業し共に働くことになる。……ひとまずは宜しく頼む」
「ま、よろしく代表! 会計処理は任せますね」
「卒業までに取れる資格は数えたか?」
「やめて!」
(寂しくないって言えばウソだけど)
 愁也の隣には、ずっとずっと遥久が居た。
 血縁で、親友で、この先もきっと、ずっと一緒にいるだろう。
 しかしこの秋、学園を卒業したら。
 初めて2人は、別々の道へ向かう。
 遥久はフリーランス事務所を起業し、一臣と共に動き出す。
 他方、愁也は国家撃退士を目指す。
(傍にいるだけが、全部じゃない)
 それぞれに思い描く未来は、随分と前に決めていた。
 迷いはないが、いざその時が近づくと……少しだけ、ほんの少しだけ、寂しさもある。

「っとぉ! 前方、忍びの影発見!」
 エリア突入後もしばらくは敵影が無く雑談が続いていたが、一臣は索敵を続けていた。
 まずは1ヒット。
「愁也、走れ!!」
 敵の動きより速く、一臣がクイックショットで足元を狙う。
 虚を突いた瞬間に愁也が間合いを詰める。
 ――盾阿修羅
 一臣が、愁也をそう形容した。それは、様々な戦いを経て愁也が選んだ戦闘スタイル。
(信頼できる仲間が後ろにいるからこそ、俺は前へ突っ込める!!)
「……ッせい!!」
 愁也は操糸でシノビスナイパーを薙ぎ払う!
 カオスレートを乗せた一筋で、シノビはあっけなく両断されるが――
「後詰めは鉄板だな」
 愁也を範囲に巻き込まないよう配慮し、シノビの後方から襲い掛かるグレイウルフ目がけて遥久がコメットをぶつける!
「さーんきゅ、遥久! はー……。狼も一撃かぁ……。あの頃は、強敵だったよな」
「夏の暑さに毛皮は、同情したけどね」
「それな」
 一臣が軽口を挟み、愁也が笑う。
「……つよく、なってるんだよな。俺たち」
「感慨にふける暇はないぞ、愁也」
「ワオ、鎧武者御一行様〜!!」
「じゃっ、そゆことで前衛おねがいしますね!!!」
 一臣は安定の後衛キープで、アシッドショットを撃ち始める。
「はいはいはい、最前線はお任せあれ! 綺麗に掃除しちゃいましょうねぇ」
「……毎回、嬉々として敵へ突っ込むのはそろそろ考え直せ」
 前衛の愁也が薙ぎ払いを、中衛の遥久が氷符でトドメを刺す。状況を見て、後衛の一臣はフォローか追撃を判断する。
「側面から狼も接近してる! 愁也、気をつけろよーーー!」
 リーダー格と見える大型のグレイウルフをクイックショットで撃ち抜きながら、一臣が警戒を叫んだ。
「ははっ」
 愁也はハイナイトを盾に依る烈風突で吹き飛ばし、空いたスペースに踏み込んで両サイドの武者を操糸で薙ぎ払う。
 鬼火の矢をシールドで弾き、その盾で迫る狼の横っ面を殴った。
「大丈夫、油断も慢心もありません。常に俺は全力勝負!」
「ペース配分も考えろ、愁也」
「はい」
 スキルを使うところ・使わないところを見極めながらの遥久に、愁也は頭が上がらない。
(なにも永遠の別れじゃない)
 この3人で連携して戦うことは、これが最後ではない。
 遠くない未来、別れた道は再び合流する。
 ……それでも。
 言葉に出したら負けてしまうような感情が、3者それぞれの胸にあった。

 ほぼ半日を暴れまわって、帰還の時間が迫る。
(北西要塞……あの戦いを経て、今の自分がある)
 今は遠いそこを、愁也は目で追った。ひと際、思い入れの深い場所。
「国家撃退士になって、胸を張れるほどになれたら……いつか再訪したいな」
 愁也の眼差しに気づき、遥久や一臣も同じ方角を見る。親友の想いを汲み取る。
「国家試験にヤマかけは通じないと覚悟しておけ。『いつか』なんて言っていると、いつまでも実現できないぞ」
「やだ遥久、呪いかけないで!?」
「応援してるんだ」
「……っ、…………ハイ」
 遥久の真顔は、意図がわかりにくい。きっと、深いところまでわかるのは愁也くらいだ。今は。
「絶対、追いつくから。待ってろとは言わないからな」
「ああ」

 自分たちは歩き続ける限り、成長できる。
 望んだ姿へ、誓った道へ向かって。




●灯籠流しの夜
 長い陽も遂には傾き宵闇が訪れる。
 渡月橋のたもとには、既に多くの人々が集っていた。
 京都に故郷を持ち、従来のしきたり通りに灯籠を流す人々。
 その幻想的な光景へ、己の気持ちを乗せる人々。
 基本的に灯籠を流すことは危険が伴うため職人が担っているが、久遠ヶ原の学園生たちは対岸から自らの手で流す許可が下りている。
 思い思いの名を、誓いを綴った灯籠を手に、学園生たちも自分が流す番をゆっくりと待っていた。

「綺麗だなー」
「綺麗ですねぇ……」
 浴衣に着替えた春都と、カメラを手にする竜胆とが橋の上から光景を眺めている。
(特に送るような相手がいないのも幸せなのかな)
 一般参加者の中には、思いつめた表情の者もいる。それに気づいた竜胆は、ぼんやりとそんなことを考えた。



●それは『とても凄い』
 夏の京都の暑さをものともせず、元気娘・雪室 チルル(ja0220)は打上旅行を満喫していた。
 やがて薄闇が訪れる頃、意気揚々と渡月橋へ到着する。既に行列が出来ており、伝統の重みを目の当たりにした。

「京都での戦いも色々あったけど、楽しかったね!」
 学園生たちに用意された流し場へ並ぶメンバーへ、後ろに着いたチルルが声を掛けた。

 ――色々あった。ほんとうに。

 時に勝利し、時には劣勢に陥った。
 それでも諦めず、何度だって立ち向かった。それは、チルルひとりではない。
 今も親しくしている人。今は、少し遠くにいる人。たっくさん。
 この戦いの過程で培われた技術や仲間との信頼関係は、今後きっと活かされることに違いない。
 難しいことは解からないチルルにも、それだけは確信していた。
 
(みんな……ひとりひとりに、目的があったのよね。撃退士も、天魔達にも)
 敵も味方も、譲れないものがあった。
 犠牲になったのは、一般市民だけではない。どちらかが勝利すれば、どちらかは大きなダメージを受ける。そういう戦いだった。
 それは撃退士と天魔が、『対等』のテーブルへ着く前のこと。
(手を取り合い、言葉を交わす。あの頃は、きっと誰も夢にも思わなかったと思う)
 ただ強くあればいい。そんな、シンプルなことではなくて。ないから……難しい。
 だから。
 今こうして、学園に堕天使が居てはぐれ悪魔が居て、各混血が居て。
 天界の天使も、魔界の悪魔も、互いを認め合って。
 それは『とても凄い』ことなのだと、思う。
 長い長い戦いを振り返り、現在の礎となったひとびとを思う。
 落とされた命への供養。
 人と天使と悪魔、それぞれの未来に向けての想い。
 それらを、上手くまとめて灯籠へ書き込もうとして……
「あっ。穴あいちゃったわ!!」
 筆に力を入れ過ぎたのと、まとまらなくて一面が墨だらけになったことと。
「考え込むなんて、あたいらしくないのよ! こういうことはフィーリングよね、フィーリング!」
 ガーッと書いて、シュバッと流す!!

 平和

 勢いのある筆文字を乗せた灯籠が、ふわふわと川を流れてゆく。
 流れる向こうで、魂が平穏に眠りに就きますように。
 これから先、誰もが平和な生活を送ることができますように。
 ただ、暴れる場所があるのなら、もちろん力の限りを尽くすけど!!

「ふーっ、やりとげたわ……。そろそろ、送り火が見える頃よね! 写真! 写真を撮らなきゃ!!」
 今日も、もちろん連れてきている。チルルが、初めての依頼で得た報酬で購入した大切なデジタルカメラ。
 故障するたびに改造し、大事に大事に使ってきた。
 カメラだから、一緒に映ることはできないのが残念。
「あっ。あれが『鳥居形』ねっ」
 双眼鏡越しに見える炎の揺らめきに息を呑む。
「それから、遠くに……『大文字』……」
 映像やパンフレットでしか見たことのない光景を体験するのは、いつだってワクワクする。
「よかったら、送り火を背景に撮りましょうか?」
 はしゃぐチルルの姿を見かけ、申し出たのはユウだった。同じ寮で暮らす友人である。
「良いの!? ありがとう! 送り火とね、それからそれから……」
 カメラを手渡しながら、チルルは思い出に残したい風景をたっくさん挙げた。

 京都での戦いを。そこで得た全ての事を。チルルが忘れることは、決してないだろう。




 戦い終わって、日が暮れて。
 一日を戦いへ捧げた突破も、一息つける場所へとたどり着き、腰を下ろした。
「あー……お腹空いたな」
 なにか、食べ物を持参しておけばよかった。宿へ帰るまでに、適当な店があるかな?
 遠く遠くに、送り火が幾つか見える。
 確かな灯りに、突破は己の故郷を見た。
(みんな見守っててくれ、俺はまだまだ進むぜ)
「そういえば、俺も卒業か……。いろいろ楽しかったな」
 数えきれない土産話ができた。
 故郷に残る人々は、聞いてくれるだろうか。



●縛られることなく、風は自由に
 一般参加者は言わずもがな、京都という土地へ思い入れの深い面々が多いようだ。
「あれ? 俺、京都で何かしたっけ?」
 マイ屋台――おなじみ神のたこ焼き屋です――を引きながら、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は過去を振り返るが特に浮かばない。
 ああ、最後の戦いで華麗なる連携で天使を一柱、捕えることに成功したが。
「あー! ゼロさんっ。屋台だ、屋台だ!」
「ピカ丸は弁当か! たこ焼きと交換や!」
 白地に紫の花柄の浴衣を着つけた御影は、一般参加者へ冷たい飲み物を配り歩いているらしい。
 クーラーボックスを肩に掛けている一方で、小さな巾着も提げていた。
「長丁場になるだろうから、お夜食にーって思ってたんですけど……良いんですか? たこ焼き!」
「かまへん、かまへん。ところで、そっちはドジってないやろな」
「だいじょうぶですぅーーー。ご飯は旅館で炊いたものを使わせていただきましたし、材料も、おばんざい屋さんで……」
「待て、それ、手作り弁当と違うな?」
「い、彩りよく詰めましたー?」
 ゼロのツッコミへ、御影がそっと目を逸らす。
「まぁ、ええわ。ピカ丸のセンスを試すっちうことでな」
「冷たいお茶もお付けいたします……」
 お昼は完璧だったんですから! そんなことを言いながら、御影は弁当とたこ焼きとを交換する。
「……これで、最後やな」
「え?」
「俺は今年で卒業するから、教科書は貸されへんで」
「ええええーー! せっかく同じ学年なのに!」
「それから。卒業したら年上やから、先輩やぞ。ゼロせんぱい。りぴーとあふたみー」
「なんですか、急に……もう!!」
 謎理論の展開に、御影は終始ふくれっ面だ。
「もう……寂しくなるじゃないですか。でも、そういう時期なんですよね」
 自由に、己の道を選べる。そういう時期へ来ている。
「私にも、目指したいものがあるんです。その為に、もう少し学園に残ります。……またいつか、会えますよね」
「今生の別れと違うんや、そんな顔すんな。神のたこ焼き屋は神出鬼没やで」
「ふふふ。……はい。ゼロさん、お元気で」
「ゼロ”先輩”な」
「卒業式はまだですからー!!」


 見知った顔にも気づきながら、ゼロはその後、1人になれるような場所を探して進んでいた。
 送り火も見えることから、何処へ行っても人だらけ。孤独がこんなに難しいとは。
「こ、このくらいでええやろ……」
 さすがに屋台は畳み身軽になって、ちょっとした建物の屋上を拝借。
 川を流れる灯籠の様子が、よく見える。
 どれだけの、人々の想いを運んでいるのだろうか。
「思いの外、ここにおる期間も長かったのぉ……」
 天魔ハーフであるゼロの生まれは、魔界だ。
 混血であることが発覚し、難を逃れるために人界へ来て……久遠ヶ原学園は、一時の隠れ蓑とするつもりだった。
 それが、なんだかんだで様々な出会いを生んだ。
(笑いあえる仲間も、気に食わんやつも、ここではいろいろできたな)
 殺すか殺されるか・役に立つか立たないか、それだけではない関係。
 けど、そろそろ良いだろう。だいぶ、見極めができた。
 ――今後は『はぐれ』という鎖を外し、文字通り自由に飛ぶ。
 人・天・魔のあり方を根本的に変革することを、ゼロは目指す。
 少しずつ少しずつ、その時に向けて土台を築いてきた。

「俺は世界を置いていく。手にした今を糧と変えて、新たな世界をこの手で創る」

(……なんてな)
「ほな、行きましょうか」

 天穿つ闇翼。
 人喰らう血翼。
 冥滅する雷翼。
 凶翼を広げ、何者にも縛られない風は闇夜へと羽ばたいた。



●残るもの
 ――戦えなかった天使達に

「まだまだ、足りなかったなぁ……」
 流れゆく灯籠を見送り、刀夜は呟く。
 もっと戦いたかった。自分の力を試したかった。
 機会に恵まれず、刃を合わせることすらできなかった敵がどれだけいたか……。
 対峙できたなら、悔いなく思いをぶつけ合えただろうに。
「あっ、光ちゃんだ。おーい!」
「鬼塚さん」
 引き上げようかと思ったところで、一般参加者のフォローをしている御影と遭遇する。
「やあやあ、久しぶり! 元気だったかい?」
「はい、おかげ様で。今日はお1人なんですか?」
「んー、日中は侍狩りに行ってたんだけどね。今は1人」
「侍狩り……」
「お礼参りも兼ねて? 本当は、もっと京都で戦いたかったからね……」
「……そうですよね」
 刀夜と御影が、京都で戦場を共にしたのは……あまりにも悔しさの残る結果だった。
「だから、今日は光ちゃんに会えてよかった。うんうん」
「鬼塚さんも、卒業……しちゃうんですか?」
 ゼロの件を思い起こしながら御影が問う。
「そうなんだよ。例の先輩さんと世直し?の旅に出るのさ。その前に、光ちゃんとは仲良くなっておきたかったんだけど」
 もう会えなくなっちゃうんだよね。
 寂しそうに刀夜は言う。
「え。でも」
 お手紙とかありますし。
 旅先でバッタリなんてことも、きっと。
 『会える可能性』を、御影は言い募る。
「ですから……寂しいことは言わないで、どうか仲良くしてください。私はしばらく、学園に居ますから」
「そう? そっか」
 それじゃあ、親睦の握手。
 両手をギュッと握り、2人は笑いあう。
「そうだ、例の鍛冶師からの伝言。『応援している』だって。一言って……あいつ……」
「先輩らしくて、安心します。いつか学園へ立ち寄ることがあったら、今度は美味しい料理でお出迎えしますね」

 旅立つ者にも、帰る場所はある。
 御影に見送られ、刀夜はすっきりした表情で『新しい旅』へと向かった。



●未来へ
 ぬるい風が、陽波 透次(ja0280)の黒髪を微かに揺らす。
 水辺に膝をつくと、周辺を流れる灯籠の灯りひとつひとつが、誰かの魂のように見える。

 ――魂。命。
(僕は……家族に庇われ、命を貰い生き延びた)
 それは、彼の心にずっと重くのしかかってきた十字架。
 『貰った命』だからこそ、自分は立派な人間へ成長しなければならない。そうでなければ家族が報われない。
 努力を重ね、誰かを助けられる人間に『ならなければいけない』、そう強く願ってきた。

 人の手を離れた灯籠たちは、自ら行く先を決めることがままならず、ゆったりとした川の流れに従うしかない。
 そうであるように、透次もまた『己の意思だけではどうにもできない』――才能という壁に、ぶつかった。
 久遠ヶ原学園には、凄い能力を、才能を、持つ人々がたくさんいて。
 彼らのような働きを、考えを、自分は中々出来なくて。
 苦しくて、でも諦めたくはなくて、危険へ身を投じてはギリギリの淵から戻ってくる。そんな戦いを続けてきた。

 ――あんたホント強かったよ

 もがき続け、がむしゃらに生きて、そんな中。
 透次に対し、向けられた言葉があった。『陽波 透次』を認識し、その力を認めてくれた言葉であり、相手が居た。
 彼女にとっては、何気ない一言だったかもしれない。
 けれど確かに、透次にとって生涯忘れ得ぬものとなった。
(あの時、初めてこの世界で『誰かになれた』と思ったんだ)
 価値のある『誰か』に。
 
「僕は『誰か』である自分を大事にしたい」

 透次は、手にした灯籠へ語り掛けた。
 才能が無くても、がむしゃらに強がり生きる。
 続ける先に、新しい世界があると信じる。
「……、…………」
 灯籠を抱く手が震える。
 今まで言いたくて、でも言えなかった言葉がある。
 今なら……今だから。伝えておきたい、言葉がある。

「助けてくれて、ありがとう」

 あの時、自分を救ってくれた家族への感謝。ようやく正面から向き合えた気がする。
(僕は、ちゃんと前に進むから)
 進んでいるのかどうか不安に駆られることが多かった。
 それでも、確かに、少しずつでも前進している……成長している……。
 あの時あの子が認めてくれた。
 だから、これからも自分は諦めない。

 視界が涙でゆがみ、そっと拭う。
 胸が痛い。
 学園で過ごした日々が去来する。楽しいことも、辛いことも。
 出会いや別れの中で交わした言葉の全てが、透次の胸の中に在る。
(忘れないよ……。出会った、全ての命と思い出を)
 消されることの無かった、この世界で。全てを抱いて、背負い、透次は進むと誓う。


 ゆら。ゆらゆら。
 流れてゆく灯籠をしばらく見守り、それから青年は立ち上がった。

 ――行こう。未来で、やるべき事がある。



●命を、受け継いで
 雑踏の中、胡桃はフラフラと歩いていた。
「胡桃。大丈夫?」
「……佳槻お兄ちゃん」
 片腕をそっと掴まれ、振り返ると天宮 佳槻(jb1989)が微かに驚いた表情でそこに居た。
「顔色が悪かったから。冷たいモノ、飲んでおくと良いよ」
「ふふ、ありがとう」
 佳槻は、一般参加者の灯籠流しの手伝いをしている。暑さで倒れないか、迷子はいないか、トラブルは起きないか。
 そうしているところに、覚束ない足取りの胡桃を見つけたわけだ。
 ペットボトルの、ほのかに甘い天然水を手渡して、少女の頬を冷やしてやる。
 胡桃は目を閉じてから肩を竦め、そして微苦笑した。
「誰の名前を書こうかって考えて……書ききれなくて」
 考え込んでしまっていたのだと。
「佳槻お兄ちゃんは、灯籠流しをしないの?」
「落ち着いた頃に行こうと思ってる。ちなみに、学園生が流すのは向こうだよ」
「……えっ」
 並ぶ列を間違えていたと指摘され、胡桃は頬を染める。
「それじゃあ、行ってくる。お兄ちゃんも、無理しないでね」
 手を振って、そそくさと去ってゆく義妹へ、佳槻もまたゆっくりと手を振り返した。


 川辺に膝をついて、真っ新な灯籠を胸に抱えた胡桃は目を閉じる。
(ザインエル、ウル、リカ、そして会ったことのない『彼』の使徒、斃れていった撃退士、副会長、私が屠った相手、……私の両親)
 全ての、失われた命へ祈りを。
「貴方達の命を頂いて、私達は生きている」
 『もしも』は、今は言わない。
(ちゃんと受け止めて残り時間を悔いなく生きてるのが、『今』生きている私に出来る事だから)

 生き抜いた先に、出会った言葉がある。
 諦めていたつもりではなかったけれど、そうだったのかもしれないとも思った。
 諦めないで、と思う一方で、自分は――……
 皆が、生かしてくれたから今がある。避けられなかった道を、誰もが全力で生き抜いたから、今がある。
 だから、胡桃が灯籠に乗せて伝えたい言葉は1つ。

「……有難う」

 この先も、諦めないで生きるから。残された時間を、精いっぱい。



●Blue Sphere Ballad
 君田 夢野(ja0561)が京都の風を感じるのは、いつ以来だろうか。
 様々な戦場を経てきたけれど、この地を巡る苦い思いが消えることはない。

 鬼島武。
 京都奪還部隊司令にして学園生徒会副会長。大惨事も生き延びた、経験豊かな撃退士。彼を……喪った。

 二〇一三年の、夏だった。
 市中に建てられた八要塞の残りと大収容所を攻略する作戦が決行された。
 夢野が参戦したのは、その中の『南大収容所』攻略戦。
 米倉 創平と中倉 洋平、2人の使徒の前に撃退士は全滅――親衛隊が文字通り命懸けで救援に入り、夢野たちは一命をとりとめた。
 しかし親衛隊二十八名は命を落とし、そこには鬼島も名を連ねた。
「あの時、俺は未熟だった。にも関わらず俺は増長し、結果として敗北した……。その代償を俺の代わりに払ったのが、貴方だ」
 トントン。夢野はかつてを思い返し、己の胸を叩く。
 先行部隊が罠にかかり壊滅したという情報を受けての突入戦だった。参加した撃退士の、誰だって油断はないはずだった。
 夢野ひとりが敗因ということは、無いだろう。それでも悔やまずにはいられない。
 古参撃退士が、何を思い自分たちの救出へ命を懸けたのか……
 あの時、もっと―― たらればを繰り返しても、時間は戻らない。
「あれから俺は、命を護る決意を固めた。生きてさえいれば未来へ繋ぐことが出来ると、貴方の死から俺は学び取った」
 未来へ繋ぐために、救われたこの命。
 命を賭された意味を、考える。
 夢野は瞑目し、深くゆっくりと息を吸って吐き出す。
(だから、俺はこれからも戦い続ける。人の命を、生活を、未来を――夢を、護る)
 貴方が救った命が、幾つもの花を咲かせる。歌を紡ぎ、遥かへ届ける。
「俺達のような若き撃退士を護って死んだことは、決して無意味ではない。俺はこれからの人生を以て、それを証明し続けて見せます」
 その姿を、どうか見守っていてほしい。
(俺はこれからの人生を使って、この戦いで荒んだ蒼き星を復興する。それを以て、彼の懸命に報いよう)

 ――奪都作戦で落命した、鬼島武に捧ぐ

 誓いを宿す灯籠を、夢野はそっと川面に浮かべた。

 夢野が、私財を投じて『Blue Sphere Ballad』という名の財団を立ち上げるのは、それからもう少し先のこと。
 平和を奏でる音がどこまでも響くことを祈る、彼の新しい『戦い』が待っている。



●旅の終わり、想いの行き先
 亡くなった友人たちの名を綴った灯籠が遠く遠くへ流れてゆく間も、レフニーは祈りを捧げ続けていた。
 平和になったことの報告。
 世界が向かう先。
 レフニー自身が目指すこと。
 それから――……。
 伝えたいことが、たくさんある。
(あまりにも……遅かったと思いませんか?)
 レフニーは、胸中で問うた。声には出せない。
 学園の判断が、もっと早かったら……『信じる』という学園生たちの声を、拾い上げてくれていたなら、あんな……

 レフニーは、学園での生活が長い。
 その間、本当に様々なことがあった。
 きっと、心を通わせることができる……通わせたい。そう思う相手が居て。
 叶わない願いだったのだろうか。
 甘い夢だったのだろうか。
 否。
 そんなことはなかった、と今でも彼女の心に暗い影を落としている。
 ――学園が、シュトラッサー・ヴァニタスの受け入れをもっと早く認めていたなら……
(あまりにも、遅かった)
 公に認められれば、功を急く者だって居なかったはずだ。居たとして、裁かれたはずだ。許さないことを、認められたはず。
 学園生はもちろん一般市民には敵勢力を憎く思う声は今よりずっと強く、
 受け入れるにしても体制を整えることが必要で、
 時間が足りなかった。時間が足りなかった。時間が足りなかった。そんなの、ただの言い逃れでしかない……!
 失われた命は戻らないのに。それは、誰にでも等しいのに。
 レフニーの肩が、小さく震える。
 固く閉じた両の目から、ほろほろと涙が落ちた。
 今は……どうか、このまま静かに悲しむことを許してほしい。
 明日になれば、進むべき先へと向かうから。



●鎮魂歌

 ――戦いで亡くなった全ての者たちへ

 快晴と文歌の想いは、同じだった。
 2人のように、肩を寄せ合うように二基の灯籠が川を流れてゆく。
 灯火は、迷うことなく進んでゆく。
(……いつかそっちに行くけれど、それまでは見守って居て欲しい)
 快晴の瞼の裏に、ひとりひとりの姿が浮かんでは消えてゆく。会うこともなく命を散らした者もいるだろう。
 快晴の名を知らず散った者もいるだろう。
 そういった、全ての魂へ、思いを寄せる。
「俺たちは生きることを決して諦めないで前に進む、から」
 限られた命。生きることを許された命。
 いつ、誰が死んだっておかしくない時代を駆け抜け、自分たちは立っているのだから。

 ――生きることを、諦めない。

 それは快晴にとって、とてもとても意味のある意思。
「私たちは亡くなった大勢の人たちに背中を押されて歩いているから……。だから私は、その人たちの声援に応えてがんばって歩き続けたい」
 快晴と手を繋いで灯りを見送る文歌が、自身の誓いを言葉にする。
 生きている意味。生かされたことに、意味を持たせる。
 人も。天使も。悪魔も。
 命を散らしたことにも、意味がある。無意味にしない為に、自分たちは一生懸命に『未来』を生きる。

 だから――

 歌い始めたのは、文歌。
 彼岸へ戻る魂を、そっと送り出す柔らかな歌声。母のような、優しい歌声。
 そこへ、快晴の少し低い声が重なり始める。
 あたたかく、見守るような安心感のある歌声。文歌の声を支えるように夜空に響く。

 生きていく自分たちを、見守っていて。
 命を託したことに、安心して。
 大丈夫。受け継いで、私たちは力の限りを生きていく。



●変化
 ユウが魔界に生を受けた時、天と魔の戦いは激化し、既に天魔による人界への侵食は始まっていた。
 一兵卒として命ぜられるままに、疑問を抱くことなく天使と戦い人間を狩ってきた。
 そんな彼女に変化を与えたのは、人間の少女だった。
 彼女と出会い、ユウは変わった。
 紆余曲折を経て久遠ヶ原学園へ所属した今も、少女と交わした約束は忘れていない。
 誓いは、この胸に。

 久遠ヶ原学園へ来てからも、ユウは少しずつ変わってきたのだろうと思う。
 灯籠流しを待つ人々の中に居て、そんなことを感じていた。
(これからも……精いっぱい、生き抜いていきます)
 私を変えてくれた、あの子へ。
 この声は、届いていますか?

 ――ありがとう

 一言に込めた深い思いを乗せて、ユウの灯籠が流れてゆく。
 ユウの、そして数多の人々の思いを乗せた灯りを、彼女は飽くことなくいつまでも、暖かく見守っていた。




 ユリアと藍は、予約をしていた着物レンタル店へ戻り、灯籠流しへ出向く用意を。
「ユリもん、仕上げに使ってくれるかな。バイト先から深紅の珊瑚の簪借りてきたの」
「ええーー? いいの??」
 藍のバイト先は骨董品屋だ、そこで扱っているものとなると……。
「着けてほしかったんだもん。借りてきたって言ったでしょ、ちゃんと許可は貰ってるから」
 柔らかな銀髪を結い上げながら、藍は木箱に入れてきたそれを差し出す。
 ユリアの瞳のように、優しい色をした深紅。
「うん、やっぱり色っぽくてすっごい似合う!」
 踊り子のような露出度のある衣装とは正反対だけれど、着物独特の色香が漂う。
「ありがと♪ それじゃ、今度は藍ちゃんの番ね」
 両サイドを編み込み、うなじを見せてまとめる。
 仕上げに、タッセル簪を。
「ふふ、深い海色な髪に桜色がお似合いだよん☆」
 淡桜の房が、藍の耳元で涼しげに揺れる。
「それじゃ、行こっか。……すごい人混みだねー……」
 すでに灯籠流しは始まっていて、送り火の始まりを待つ人たちもいるみたい。
 2人ははぐれないように手を繋ぎ、渡月橋へ向かった。


(いつまでも素敵なハーモニーが奏でられますように)
 ユリアが灯籠に綴った言葉は『Harmonia』。
 藍は、少し考え込んで『幸福で』と書き込んだ。
 ひとりひとりの名前ではなく、送り届ける言葉を。
 白い指先から、優しい灯りが離れてゆく。
 父親。母親。双子の弟。
 もう会うことの叶わない彼岸の大切な人たちへ、藍は心の中で語り掛ける。
(愛しい人達と、これからも笑って生きて行くよ。……どうか見守ってね)




「おー、凄い人混みだな」
「うん……。戦いの中で、守ることができた人たち……なのよね」
 ルビィと聖羅兄妹も、浴衣姿で参加。
 橋の下に見える一般参加者、流れてゆく灯籠の姿に感嘆する。
「兄さんは、何を書くか決めてあるの?」
「もちろん。伝えたい言葉、向こう側へちゃんと届けてもらわねェとな」
「そっか……」
「ほら、俺たちはアッチだ。迷子になるなよ、聖羅」
「そんな子供じゃないったら!」
 これが兄妹そろって参加する最後のイベントになるのだろうか。まさか。
 大きな戦いが終わったこと、進路選択という言葉が提示されたことから、いつになく聖羅の心は不安定だ。
 それを見透かすように、ルビィは『兄』の顔をして妹の手を引いた。

 ――神の剣。いつの日か共に語り合おう
(ザインエル。アンタとは互いに立場や陣営が違えば、戦友として語り合えたのかも知れねェな……)
 彼岸へ届ける伝言を灯籠へ綴り、ルビィは川の流れを見遣る。
 折れることを知らない、真っ直ぐな……真っ直ぐすぎた『神の剣』。
 彼の本当に願うところは、自分たちと本当に相容れないものだったのだろうか。
 戦うしか、本当に道は無かったのだろうか。
 今でも時々、ルビィは考えるのだ。
(俺はより良き明日を望んで戦った。アンタの望みも、俺とそんなに違わなかったんじゃないか?)
 種族を越えてわかりあえた者がいる。わかりあえない者もいた。
 その中で、ルビィにとってザインエルは――……
(もし、あの世って所があるのなら。いつの日か共に――……)
 まだまだ、わかりあいたい相手。
 不思議と、これで終わりだなんて感じられなかった。

 ルビィの隣で、聖羅はそっと自身の灯籠を流した。音なく揺れる灯火を、言葉なく見送る。
 夜の、黒い水の流れは戦場で流されたものに似ている。
 それが今は、あたたかな灯りに照らされて、海へと向かっている。
 三界を巡る戦いで散って逝った者たちの影が、聖羅の胸をよぎった。
「流された血は無駄にはしないわ。きっと素晴らしい未来を作ってみせる。だから、何処かで見守っていて下さい」
 彼らに対し恥じない姿で、自分も未来に立っていられるように。




 始まりの場所。終結の場所。
 鳳夫妻は平和な灯籠流しの様子をしばし見守ってから、学園生向けの流し場へと降りて行った。

「……名前は、多くて書ききれませんねぃ……」
 蒼姫は、これまでの戦いで散っていった多くの者たちを思い浮かべる。
 ひとりひとりの名を書きこみたかったが、どうにも難しい。
 それにきっと、蒼姫が知らない場所でも散った命があるはずだ。
 ――戦いで、命を落とした皆さんへ
 敵も味方も、人も天魔も。
 全てを、その一言に込めた。
「アキたちがこれからを担って行くのです。どうか平和な世界を見守っていてくださいですよぅ☆」
 平和な世界へ、していくから。

 ――信を持って戦い散った全ての戦士へ敬意を
 正邪に関わらず、己の信念を持って戦い散っていった敵味方全ての者へ向けて。
 静矢は、魂を込めて書きこむ。
「思えばこの地で前田と出会い、私個人の戦いも始まったのだな……」
 倒せば、それで戦いは終わるのだろうか。
 否、とも思う。
 刃を交え苦戦した記憶は、常に己へ語り掛ける。
 それこそ、相手が『信』を持って戦っていたからこそ。
 そうして好敵手は、静矢の胸の中に一人一人、生き続ける。

「静矢さーーーんっ☆」

 物思いにふける静矢へ、蒼姫が両手を広げて飛びついてくる!
「おっと……まさに背水の陣だね」
 少しでも躓こうものなら、川の中へ。
 そんな危うい局面でも、静矢は動じることなく蒼姫を抱きとめた。
 ……それは、この先もきっと。ずっと。



●束の間の友へ
(悪魔も、死後は彼岸に行くのだろうか……)
 死した魂は全て『冥界』へ行くとも言われているが、この国の人間はそれを『彼岸』と呼んでいるのか。
 人々の風習の通り、此岸へ来ることもあるのあろうか。
 確かめる術はない、だからこそ幾らでも考えれるのだと海峰は思う。

 京都での戦いで命を落とした犠牲者。
 そして、苫小牧で戦ったソングレイの冥福を。

 祈りを捧げ、海峰は灯籠を流した。見えぬ目にも、うっすらとした明かりは感じられる。
(ソングレイ……あいつは手強かった。埼玉で共に戦った時、一緒に楽しく戦えば良かった)
 悪魔らしい悪魔。ギャンブル好きで、束縛を嫌う旅団長。
 ――世の中何が起こるか分からないんだ。普段起きないこの状況は楽しまないと損だぜ?
 埼玉での、彼の言葉を覚えている。
 それ以降は、真正面からぶつかり合うばかりだった。
 撃退士が祭器という後ろ盾を得ての戦いは正々堂々とも違う気はしたが、そうでもなければどうにもできない相手。
 できることなら己の力が祭器を不要とするまで、戦い続けることができたなら。
 或いは、敵も味方も無しに会話が出来たなら。

「束の間の友にして強敵だったソングレイよ、安らかに眠れ……」

 海峰は合掌し、瞼の裏の友へと呼びかけた。




 日中は賑やかに過ごしていた女子旅組も、この場においてはそれぞれに思うものを抱いているようだ。
 真緋呂と和紗は、言葉少なに灯籠を手にしていた。

(故郷を滅ぼした冥魔は今、どうしているのかしら)
 人界、冥魔界、天界。それぞれの『事情』が二転三転し今に至る中、人界における冥魔勢の動向は大人しくなってきている。
 本当に大人しくしているのか、他の世界へ移動したか、そもそも生きているのか……今の真緋呂にはわからない。
 仇討ちしなくていいのかと問われれば、いいとは答えられない。
 かといって、残された時間を仇討ちだけに費やすのかと言えば――……。
 真緋呂は、青の目をそっと伏せる。唇を引き絞った。
 それでも『前へ』進もうと思うようになった。
 多くの人達との出逢いや別れを経て、たとえば『はぐれ悪魔だから』という理由だけでの線引きは薄らいだ。
「許してくれるかな……父様、母様、みんな」
 失われた故郷の、懐かしい顔を一つ一つ思い起こす。
 憎しみだけに心を囚われない、『天涯孤独』から少しだけ抜け出した自分を……見守ってくれるだろうか。許してくれるだろうか。
 どうか、思いが届くなら。
 少女の願いを乗せ、灯籠は指先から離れた。


 自分がこれまで生きてきた軌跡に親類があるように、大切な人にもそう。
 和紗は、姓を同じくしたひとの育ての親である老婆を思っていた。
 血は繋がっていなくとも、彼女が居たからあのひとは生きて、自分と出会った。
 親日家であったという彼女のため、和紗は灯籠へ桜の絵を描いた。
 言葉が通じなくても、絵ならば国境を越える。
「オーマ……貴女を安心させられたでしょうか」
 オーマ。ドイツ語で『おばあちゃん』。
 あのひとを育ててくれた、和紗にとっても大切なひと。
(幸せにします……幸せになります。どうか、見守っていてください)
 灯籠を見送る和紗の瞳には、凛とした強さが宿っていた。



●命を越えて
「おお、間に合ったようじゃのう」
 送り火が始まると、人の流れも変化する。よろよろしながら、石は灯籠流しの場所へ向かった。
 転ばないよう気を付けながら人混みをかき分ける。
 その間にも、ここに至るまでを振り返っていた。

 石が魔界にいた頃、消極的だったとはいえ多くの人の死の切っ掛けになった。
 今は久遠ヶ原学園へ所属し、人間の味方となっているが罪は消えるものではない。
(野崎氏やカラスと会った切っ掛けは、一人の使徒じゃったな……。……彼女も死んだ)
 敵対者は倒すべし。そういう依頼であったから仕方が無かったとも言えるが、その後、戦場で幾度となく戦うこととなったカラスを思えば、他に道は無かったのだろうかとも考える。
(思えば、私の歩みは幾つもの命を踏み潰す)
 望むと望まざるとにかかわらず。
 生きるということは、誰もが何がしか、そういった業を背負うとは理解していても。
(だから……次は、できる限りの命を救おう)
 戦わなければならない場面に直面したら、あらゆる手段を考えよう。相談しよう。
 必要ならば助けを求め、必要とされれば助けに応じよう。
 罪は消えないが、償うことはできるはず……そうでなければ、悲しすぎる。

「ふむ……送りたい言葉とするなら、両親へか? じゃが、必要ないの」

 受け取った灯籠を暫し眺め、言いきった石の表情は晴れ晴れとしていた。
 直接、或いは間接的にに奪った不特定多数の命という意味を込めて、白紙の灯籠を流す。

「この命の限り、人の子の行く末を見届けよう」



●流れの果て
 灯籠流しの会場から、遥か下流にて。
 恋音と雅人は、流れてきた灯籠の回収を手伝っていた。
 環境問題という越えられない壁があり、こればかりはどうしようもない。とはいえ。
「これで、祈りが消えるわけではありませんからねぇ……」
「ええ。愛は永久に不滅ですよ」
 雅人は、一つ一つを愛おしそうに手に取る。
 彼岸へ渡った大切な人々を、迎え入れ、送り出す。千年都の伝統行事。
「それじゃあ、恋音、もう少し頑張りましょうか!」
 


●白河の清きに流すは
 学園生たちが灯籠を流す対岸、一般参加者たちが列を為し、或いは様子を眺めている岸辺。
 祭りのような賑わいを楽しみながら、歌音 テンペスト(jb5186)は川沿いを歩く。
「走ると危ないよ」
 はしゃいで走る浴衣姿の少女たちへ、歌音がやんわり声を掛けた。
 はぁい、と元気の良い返事と思えば再び走ってゆく。
 それもまた可愛らしい。友達と遊ぶのが、楽しくてたまらない時期だろう。
(……あれは)
 その一方で、川辺にしゃがみ込む姿を見つける。
「どうしたの? 具合が悪いの?」
 並んでしゃがみ、歌音は少女の顔を覗き込む。小学生くらいだろうか。金魚柄の浴衣に、赤い帯がひらひらと。
「……おかあさん、が」
 少女は、泣いていた。
 灯籠流しへ一緒に参加していた母が、昨年の京都ゲートによって命を落とした。大切な家族を喪って、迎える初めての夏。
 父や祖母も来ているらしいが、悲しむ姿を見せたくなくて川辺へ来たのだと話す少女の背を、歌音は優しくさする。
「無事に届くようお祈りしようね」
「……うん」 
 自分の命を繋いでくれたご先祖様……近くでは親や兄弟。彼岸へ逝ってしまった存在を迎え、今日は送りだす日だから。
 この『送り火』は、決して悲しいだけではない。
 元気になるための魔法だとも思う。
「また来年。きっと、お母さんは会いに来てくれるよ」


 雑踏の中で見覚えのある青髪ポニーテールを発見し、歌音は元気よく呼びかけた。
「光ちゃーん! 後ろ後ろ!!」
「歌音先輩!」
 御影はクーラーボックスを背負い直し、歌音のもとへ寄ってくる。
「この間は、野球の試合お疲れ様っ」
「歌音先輩も、完投勝利おめでとうございました。また、皆さんで野球したいですね」
 野球好きのフリーランス撃退士たちが集結したチームと、学園生有志とで試合が行なわれたのは夏が始まる直前のこと。
 仲間たちに支えられ、数多の苦難を乗り越えて、歌音は投手としての務めを果たした。
 御影は学園生チームのマネージャーを担当し、ドリンクの用意や相手の分析などなど役に立っていたのなら幸い。
「光ちゃんは、もう何か流したの? 恋? 誰? あたしならいつでも寝室の鍵は全開よ」
「あははっ、先輩ったら」
 通常運転の歌音 テンペストっぷりに、御影は屈託なく笑う。
 明るく元気で、ひと一倍『ひとの笑顔』を大切にしてくれる人。そう知っているから、御影は歌音の言葉を素直に楽しむ。
 やさしい先輩だと思う。彼女にもまた、無理をせずに笑顔でいてほしいとも思う。
「私は未だなんです。この暑さですし、まずは一般の皆さんのケアかなって……。あっ、そうだ」
 思いついて、御影はクーラーボックスから缶ジュースを2つ取り出し、歌音の頬をぎゅっと挟んだ。
「気持ちいいですよねー、これ」
「恋しちゃうわよ!?」
「ふふ。良かった、元気になって」
「え」
「歌音先輩は、何を『流す』んですか?」
 缶ジュース、1つは歌音へ。もう1つは自分がプルタブを開けてから御影は訊ねた。
「……あたしは……」
 缶ジュースの冷たさが、歌音の心をゆっくりと落ち着かせる。
 誰かに話すつもりはなかったけれど、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
 川辺で泣いていた少女の姿が、自身へ重なる。
「あたしは、死んだキャラを向こう側に送るの。多分、不死鳥のように復活するけど」
「歌音先輩の中で、どれが死んだカウントのキャラなんです?」
「あたしだって、四十八手もキャラは無いからねっ。換気は必要なの!」
 御影に茶化され、ぷぅっと膨れて見せては歌音も笑顔に戻る。
「いつも無茶で振り回したり驚かしてごめんね。仲良くしてくれてありがとうね」
「何を、最後の別れみたいに……。先輩は、卒業しちゃうんですか?」
「ううん、残るけど。今、きちんと言っておきたかったの」
「そうでしたか……。私こそ、先輩からはいつも元気を頂いています。これからも、よろしくお願いしますね」
 そして、缶ジュースで乾杯を。


 御影と別れた後、歌音は灯籠を手に流し場へ向かう。
(学園に来て数年、楽しいこと辛いこと色々あったけど……また数年後、笑顔で振り返れるといいな)
 ――これからもよろしく。
 そう言ってくれる子だっているのだし。
(……ね)
 歌音は、心の中で幼き日の友人の名を呼んだ。
 小さい頃に、永遠の別れをしてしまった大切な友達。
(あなたに……届きますように)
 歌音の『死んだキャラ』は、果たして彼岸の友を笑わせてあげられるだろうか?



●陰と陽の先に
「蒸し暑いですから、夜でも熱中症には気を付けて下さいね」
 引き続き、佳槻は一般人たちの順番待ち整理を手伝っていた。
 ヒリュウを召喚して上空から最後尾の看板を持たせる間に、具合を悪くしている人や押しつぶされている人がいないか見回る。
(ここに来てまでこれか……)
 人いきれで額ににじむ汗を拭いながら、佳槻は己の性分へ苦笑いをこぼした。それでも、これが落ちつくのだ。
 様々な想いを抱き、灯籠流しへ参加する人々の姿。その一つ一つが、貴重な灯りに思えた。
 肩がぶつかり合うほど近くに居るのに、佳槻はなぜかとても遠く感じる。

「あっ。やっぱり天宮さんだ!」
 
 人混みの中から、白い腕がするりと伸びて左右に揺れている。
「天宮さんも、お手伝いに参加していたんですね」
「……御影さん。こんばんは」
「こんばんは! この時間でも蒸しますね……。でも、大きな騒ぎは起きないみたいで安心です」
「そうですね」
 伝統ある行事ということは、それだけマナーも徹底されているということなのかもしれない。
「京都……か」
 天界が大きなゲートを開き、奪還した後も再び制圧の憂き目を見た土地だけれど、これまで培ってきた歴史においては『たった数年』なのかもしれない。
「ちょっと『それらしく』してみましょうか」
 ヒリュウの召喚時間が切れるのを見計らい、佳槻は星空を背に翼を広げる鳳凰を召喚した。
 平安の象徴たる瑞鳥は淡い輝きを発すると共に、高らかに鳴く。身をひるがえし、長い尾が美しく軌跡を描く。
「綺麗ですねぇ……」
 御影と同様に、空を見上げる姿があちこちに。
「待ち時間も、暑くて苦しい以外に過ごせればいいですよね」
 大切なものを持つ人々には、せめて。御影と並んで鳳凰を仰ぎ、佳槻は呟いた。


 送り火が始まり人の波が引くのを待ち、佳槻はゆっくりと学園生用の流し場へ向かった。
(文字にはできなかったな)
 手にしているのは、何も書かれていない灯籠。
 送りたい、そう考えたのは特定の誰かではなく己の感情だった。

 かつて抱いていた当てのない『憧れ』と、それに伴う焦燥感。

(自分は、誰かの一番になりたかったのだろうか?)
 胡桃たち『家族』や友人の姿が、浮かんでは消える。
(誰かにずっと気に掛けられる存在になりたかったのだろうか)
 そんな事が似合わない存在だと、充分すぎる程承知しているのに。
 大切な存在。感情。思い出。
 佳槻の胸から消えたわけではない。けれど。
 いつの間にかそれすらも『他人事』のように遠く感じるようになっていた。
(僕はきっと……いつか全てを枯れた枝を落とすように忘れ、そして忘れられて行くのだろう)
 学園へ残り、自分に出来ることを――そう、考えてはいるけれど。
 学園で過ごしたことも、これか先のことも……いつかは、きっと。

 灯籠が、川面に揺れる。指先で軽く押すと、ゆったりと流れに乗って進んでいく。

 『そう』ではなかった時期も、確かに在った。
 感情が揺さぶられたこともあった。
 他人と接し、言葉を交わし、行動を共にして、或いは対峙して――

 佳槻が灯籠へ乗せるのは、その頃の自分。
 『その時の自分と人々』に、もう一度会いたかったのかもしれない。
(僕は、1人で消えてゆく未来だろうけど)
 盆は祖先を迎え、『送る』行事。
 送るだけの今回だが、ならば来年は『迎える』こともあるだろうか?

 遥かの山に送り火が揺らめき。数多の星々が光りを注ぐ。
 不安定に揺れる佳槻の灯籠に、ぼんやりと陰が浮かぶ。
 ――かつての自分が、そっと振り向いた気がした。



●水と、光と
 一般参加者の列に、神奈は並んでいた。
(長く生きれはしないと思っていたが……ついにこの日まで生き延びてしまったな)
 大まかな世情は、ニュースや新聞で知っている。
(運が良かったのか、それとも……)
 同盟とやらが結ばれたことで、家族の仇討ちも果たせるか難しくなってしまった。
 悪魔に対する暗い感情が、神奈から消えたわけではない。
(私は……)
 順番が来て、亡き家族の名を連ねた灯籠を流し手へ託す。
 すい、と軽やかに灯りは水の流れに乗った。
(……申し訳ありません、まだ生き恥を晒します)
 彼岸の家族へ届くよう、神奈は語り掛ける。
「やるべき全てを終えるその時まで、今は生きます。生かされた意味を見つけるまで」
 サーバント風情に殺されてやるつもりもないが、単独行動をしている間は危ない場面もあった。
 それでも、自分は今日という日まで生き抜いてきた。
 ……きっと、意味があるのだろうと思う。今は気づいていないだけで。
 ふと思うところがあり、神奈は銀の組紐を取り出した。
 遠目で、その浴衣姿は目にしていた。実家から送られてきたのだという浴衣を初めて着つけた頃は『大人っぽすぎないだろうか』と気にしていたことを覚えている。
(思わず撫でたくなったが……もうそんな歳でもないか?)
 出会った頃の印象が強いが、当時中等部生だった彼女も今は大学部へ進学しているはずだ。
(光……)
 改めて、混雑の中から御影の姿を探す。
 離れてから約1年。互いに取り巻く状況は変化しただろう。今なら、落ち着いて会話できる気がする。
「しまった」
 神奈が首を巡らせた際、不意にぬるい風が吹く。手元から組紐を奪う。何かに呼ばれるように、組紐は川面に落ちて……
「神奈さん?」
 御影が、それを拾い上げた。
「……久しぶりだな。元気にしていたか」
「〜〜〜〜〜〜っっ」
 努めて冷静に神奈は訊ねたが、感情が先走ったのは御影だった。
 一足飛びに、神奈へ抱きつく。
「お弁当、作ってきたんですよ」
「そうだったのか」
「出汁巻き卵と! 三角おにぎりと!」
「私は市街のサーバントを退治して回っていた」
「そっちだぁああああああ」
 神奈であれば、そうだろう。
 御影が、その場に崩れ落ちる。
「元気そうだな」
 ついぞ耐えきれず、神奈はしゃがみ込んで御影の髪を撫でた。

 座って話せる場所を見つけて、並んでベンチへ腰を下ろす。
「落ち着いたか? ……最近の様子など聞きたいな。どうしていた?」
 促され、御影はゆっくりゆっくり、この1年の事を語った。
 東北や北海道を結ぶ戦いの繋ぎをしていたこと。
 それぞれの土地で戦う、学園生以外の撃退士が居ること。
 フリーランス相手に、野球の試合をしたこと。
 撃退士として、学生として、楽しく過ごしていたようだ。
「苛めは無いか? 変な渾名を付ける奴など何かあれば言って欲しい。斬るから」
「ゼロさんですか!」
「……ゼロというのか。承知した」
 神奈の目に剣呑な光が宿るのを察知して、御影が慌てて腕を掴む。
「だいじょうぶです、苛めじゃないです、愛称ですから!」
 会話こそ軽いノリだが、戦場では頼りになる先輩……いや、同学年だった。
 とにかく無害であると伝えきり、御影は胸をなでおろす。
「色々な場所で、たくさん学ばせていただきました。多くの『将来』の姿も見ました」
「将来、か……」
「神奈さんは、このまま京都で過ごされるんですか?」
「そのつもりだ。故郷を守らずして、他に何を守ればいいのかわからん」
「……ですよね。だったら、私は」
 あまり多くの人へは語っていない将来の目標を、御影は神奈へ打ち明けた。
「私は、国家撃退士を目指そうと思っているんです。難しい道ですが、できるだけたくさんの方たちの『故郷』を守れるように」
 天魔との戦いが落ちついて行くだろう状況で、撃退士の在り方は少しずつ変わっていくだろう。
 それを考えることも、仕事の一つとして。
「神奈さんが守る京都も、守れるように」
「言うようになったな」
「えへへ。……今度は神奈さんの話も、聞かせて下さい」

 ゆっくりと流れる灯籠のように、穏やかな時間は流れて行った。
 



 幾つもの祈り、願いを乗せた灯籠が川を流れる姿は、とても幻想的。
 渡月橋の上から、璃遠・紫遠・暁良の3人が言葉少なに見守っていた。
 遠くの山には、送り火が揺らめいている。
「休戦した今年のお盆は、特別に感じる……ね」
 これまで灯籠流しに参加できなかった人々も、帰省していることだろう。
 これまで犠牲になった多くの魂を、送り返していることだろう。
 璃遠の呟きに、両隣の2人が頷く。
「そっか……お盆も終わりだね」
 暑い暑いと過ごした一日だけれど、ここから先の季節は秋へ向かって行く。
 紫遠は、遠のく灯りに去りゆく季節の寂しさを重ねた。
「お盆が終わッたら、秋だな。紅葉には時間があるケド……北海道ならそうでもナイのかな」
「北海道?」
「東北でもいいゼ。いっそ、飛ンで沖縄とか」
 暁良の言葉に、双子は弾かれたように顔を上げる。
「また、ドコか行こう」
 暁良がニカッと笑う。闇夜に眩しい、2人の太陽。
「……そうだね!」
「うん……いいね。また、みんなで旅行しよう」
「けってーい!」
 今度は紫遠と暁良が、璃遠の左右の腕へそれぞれ抱きつく。
 大切な恋人。大切な魂の片割れ。


 これから先も、楽しい時間を共に過ごせますように。




●京都〜2017〜
 進級および卒業試験の打ち上げ旅行は、こうして穏やかに夜を迎えた。
 学園生たちによる大掛かりな残存サーバント駆除は確実に街の復興の一助となり、送り火イベントへの参加は一般参加の人々に共感を与えた。
 撃退士も、ひとの子である。――天使や悪魔の子もいるが――喪うことへ悲しみを抱くこと。救えなかったことを悔やむ思い。
 そこに、アウル覚醒者・非覚醒者の壁はない。

 今年の秋は――来年の春は――そして夏は。
 また、穏やかにこの街を訪れることができるだろうか。
 誰かとの再会を喜べるだろうか。
 成長した姿を、彼岸の誰かへ伝えられるだろうか……。


 学園へ残る者、学園を離れる者。
 それぞれの道へ踏み出す、2017年のこと。







依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 未来へ・陽波 透次(ja0280)
 Blue Sphere Ballad・君田 夢野(ja0561)
 JOKER of JOKER・加倉 一臣(ja5823)
 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
 蒼閃霆公の魂を継ぎし者・夜来野 遥久(ja6843)
 楽しんだもん勝ち☆・ユリア・スズノミヤ(ja9826)
 久遠ヶ原から愛をこめて・天険 突破(jb0947)
 新たなる風、巻き起こす翼・緋打石(jb5225)
 青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・御子神 藍(jb8679)
 戦場の紅鬼・鬼塚 刀夜(jc2355)
重体: −
面白かった!:35人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
郷の守り人・
水無月 神奈(ja0914)

大学部6年4組 女 ルインズブレイド
戦ぐ風、穿破の旋・
永連 璃遠(ja2142)

卒業 男 阿修羅
飛燕騎士・
永連 紫遠(ja2143)

卒業 女 ディバインナイト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
元 海峰(ja9628)

卒業 男 鬼道忍軍
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
久遠ヶ原から愛をこめて・
天険 突破(jb0947)

卒業 男 阿修羅
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
久遠ヶ原から愛をこめて・
春都(jb2291)

卒業 女 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
戦場の紅鬼・
鬼塚 刀夜(jc2355)

卒業 女 阿修羅