●迷宮への侵入
「真打ち登場よ! 待たせたわね!」
負傷・疲弊し切った先遣部隊へ、戦闘準備万端の雪室 チルル(
ja0220)が力強く言い放った。
「さぁて……暴れようじゃないさ」
「……まだ入ってもいーへんのに、えらい怖い音ばっかり聞こえんなぁー」
建物内部からは現在進行形で破壊音が響いている。
パシン、と拳を打ち鳴らし、与那覇 アリサ(
ja0057)は強気な笑みを浮かべる。
対する亀山 淳紅(
ja2261)は、内部で暴れる天魔の凶暴さを想像し、呆然と見上げた。
よくまぁ、これだけの建物に封じることができたものだ。
「要救助者は……いますかね?」
アーレイ・バーグ(
ja0276)は片膝をつき、建物内に一般人がいるのかどうか先遣部隊に問う。
入口にもたれるように座り込んでいた撃退士が首を振って応じる。
「いや……それはないはずだ。催事がないことを確認して、誘導先に選んでいる……」
ミノタウロスを誘導した段階で、そこまで考えを巡らせる余裕はなかったという。
(可能性としては、誘導前に『避難先』として一般人が駆けこむケース、でしょうか……)
話を聞き、アーレイが考え込む。と、同時に先遣部隊撃退士の視線に気づいた。
「ダアトらしい格好なのですよ?」
にこり、笑みを浮かべ首を傾げれば、ぷるんと乳が合わせて揺れる。
どちらかというと悪の女幹部的な露出度であることに本人は気付いていない。
ともあれ、重傷を負う撃退士にとっては精神的な御褒美だったと言えよう。
「これは速攻勝負だね。何にしても急がないと」
「急がないとですから、手早く行かないとですね〜」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)とエステル・ブランタード(
ja4894)が、建物への突入を促した。
●混乱と混沌
扉を開けた途端に、折られた柱が巨大な飛礫となって一行を襲った。
綾川 沙都梨(
ja7877)が反射的に前へ出て銃を抜き、それを撃ち砕く。破片が沙都梨の頬を軽く傷つける。
「多少の怪我は覚悟の上! 皆様の足を引っ張らない様に頑張るのでありますよっ!」
「沙都梨ちゃん、無理はしすぎないでね。戦闘は始まったばかりよ」
「りょ、了解でありますっ!」
気負い気味の沙都梨の肩を、青木 凛子(
ja5657)がそっと叩く。「女の子が顔に怪我をして」と頬に触れられて、沙都梨は思わず頬を染めた。
「エステルちゃん、逃げ遅れた子は居るみたい?」
事前に入手した自治体資料から、公民館の間取りは把握してある。
凛子が足場の邪魔をする瓦礫を蹴り砕いて振り向くと、集中していたエステルが顔を上げた。
「今のところ、反応ナシです」
「ふむ……見敵必殺。依頼としてはありがちかつ明確ですね」
アーレイが状況をまとめ、目標をシンプルなものへ導く。
逃げ遅れの一般人がいるならば、エステルが感知してくれる。
そこは彼女に任せ、一同は出来る限り短時間で、獰猛なミノタウロス撃破に尽力する!
敵を見つけること自体に問題はなかった。なにしろ、対象そのものが破壊という名の自己アピールをしているのだから、大きな物音、咆哮を辿ればすぐに行きつく。
厄介なことといえば、巨体から振るう斧というリーチ、そして伴って飛び散る瓦礫。
軽い身のこなしで避けながら、チルルが風の刃を放ち、敵の意識をこちらに引きつけた。
「そこの牛頭! このあたいがステーキ肉にしてやるわ!」
啖呵、そして挑発。
人間の言葉が通じるかはわからない――が、標的を認識させることが肝要。
「まずは……意識を刈り取るところから……。このまま暴れられては敵いません」
もともと魔法が得手ではないチルルの先制打は、牽制として功を奏した。
ミノタウロスの意識が彼女に向いた隙を逃さず、アーレイが素早く魔法攻撃を繰り出す。
相手を回転させるような一撃が敵の足元をすくい、派手な転倒を誘った!
「次は……ステーキですね♪」
続けざまの、フレイムシュート。
炎の塊が、朦朧として視点の定まらぬ牛頭を襲う。
「今のうちにこいつを引っ張っていくわ!」
焦点が定まらないまま斧を振るうミノタウロス。危険な存在に変わりはない。
チルルが遠隔攻撃で、上手い具合に誘導してゆく。
淳紅はサポートに回り、建物自体が危ない支柱から敵を離すように広い場所へ誘導してゆく。
(……公共物破壊は気ぃ進まんけど、勘弁やでっ!)
ボロボロになった観客席とステージ。
小さな街で、ささやかな発表会などが催されてきたのだろう。
淳紅の胸が、チクリと痛む。
――戦闘を楽しいとは思わない。争い事も好きじゃない。
「神曲で言うならミノタウロスは異端を痛めつける役やけど……今回は神話の方。大人しく倒されてもらおか!」
淳紅の中で、何かが爆ぜた。
撃退士にしか護れないものが、確かにある。
破壊された建物を修復することはできなくても……これ以上の被害を食い止め、人々が再び立ち上がるために。
「力はありそうですね。気を付けていきましょう」
追いついた仲間達も、被害状況を確認し加勢する。
「――lumie're du bourgeon」
エステルが前衛陣へ回復魔法を施す。淡い緑の輝きが、ふわりと生じては消えた。
凛子は避難経路を確認し、赤のカラースプレーで印を付けてからの合流。戦いの舞台が整った事を確認すると愛用の武器へと持ち替えた。
「お行儀は良くするものよ」
そして女王様的微笑を浮かべ、振り下ろされようとしていた斧を精密射撃でピンポイントに狙う! その結果、若干、振りまわしのタイミングが遅れた。
「この距離と位置なら……。穿て、琥珀の重槍。アンバー・グレイブ!」
続き、グラルスの透った声が響く。
展開した魔方陣がミノタウロスをとらえる。多数の琥珀の結晶柱が突出し、足元への警戒が疎かになっていた敵の動きを止めるに至る。
アリサがしなやかな獣スタイルの四肢駆けで、一気に間合いを詰める。勢いをそのままに、オリジナル戦闘術による蹴りを胴体に打ち込む!
――グォアァアアア、
牛頭が低く吠える。
何を対象というでなく、めくらに踏みこんでは武器を振りまわす。
瓦礫が飛散し、斧の切っ先が撃退士達に襲いかかる。
「そう簡単にはやらせないよ。出でよ、黒曜の盾。オブシディアン・シールド!」
グラルスは大型の騎士盾を発動させ、攻撃をギリギリまで食い止める。
「おおっとォ!」
直近に居たアリサは背を向けずに回避し、次なる隙を窺う。目の前を、打ち砕かれた床の破片が飛んでいった。
「泣き疲れたでしょう、坊や。今、黙らせてあげるわね」
慈愛とドSの言葉を唇に乗せ、凛子がストライクショットを放つ。
「しぶといわね! 硬いお肉は嫌われるよ!」
得意の大剣を手にしたチルルが、跳躍して斬りかかる。
片腕を落とされたミノタウロスは牙をむき、がむしゃらに周囲の瓦礫を投げつけてきた。
凛子の射撃が、それを小さな破片へと変えてゆく。
――ああああ……
その時。
獣ではない声が、人の声が、建物の奥から聞こえた。
「探知! 2名、ステージ奥に!!」
ほぼ同時に、エステルが声を発した。
●出口を求めて
「舞台袖や」
厭な汗が、淳紅の額から頬、顎へと伝う。
ミノタウロスを挟んで、反対側。ここから直接の救出は難しい。しかしこのままでは、いつ瓦礫の流れ弾に当たるかもわからない。
「っ……南無三っ!」
一か八か賭け、沙都梨が一般人保護に向けて走りだす。
片腕で、斧が振りかぶられる――
「させるかァ!!」
アリサが鬼神一閃仕込みのドロップキックをお見舞いする。
「与那覇殿!」
「牛はおれたちに任せて、助けてくるさ!」
アリサの言葉に、沙都梨は小さく頷きを返し再び舞台袖へと向かった。
「自慢の攻撃もここまでは届かないようだね。このまま押して行くよ」
隻腕となったことで、攻撃範囲・力を削ぐことに成功したようだ。グラルスが魔道書をめくる。
「そろそろ遊びは終わりよ!これでも喰らいなさい!」
チルルの氷砲――ブリザードキャノンが氷結晶の軌跡を描き、手負いのミノタウロスを襲う。
キラキラと結晶が消える間もなく、アーレイが再びのマジックスクリューを唱えた。
(やはりスキルは付与効果も重要ですね……)
敵個体との相性もあるだろうが、今回に限っては確実に効果を出している。そしてアーレイは次弾を仲間に託す。
「……弾けろ、柘榴の炎よ。ガーネット・フレアボム!」
グラルスの操る深紅の結晶が爆ぜ、前後不覚状態の敵を包み込む。
「これ以上暴れさせる訳にはいきません。覚悟していただきますよ」
前衛たちの回復をこまめに行なっていたエステルも、最終局面が近いと見て敵を見据えた。
「もう大丈夫でありますよっ!」
淳紅の誘導もあり、無事に辿りついた沙都梨が小さく震える子供たちへ声をかけた。
年の頃から、小学生くらいの兄弟だろうか。
「今の内に引くのでありますっ……! 行けっ!!」
沙都梨の咆哮は、子供へ向けるには余りにもキツイ響きだったかもしれない。
しかし、ことここに至っては優しく手を引いて誘導だなんてできる状況じゃないのだ。
兄弟たちから、ビクリと涙が引っ込む。
「あの、赤いラインを目印に行きぃ。出口に続いてんで。しっかりな!!」
最後に淳紅が背を叩く。
弾かれるように子供たちは走り出した。
「はは、なかなか言いよるんやなぁー」
「えっ、あ、その」
気を抜くには早い、が。沙都梨の勢いに己も飲まれかけた淳紅が、笑いながら彼女の背を叩いた。
(戦いは好きやない…… ほんでも)
自分たちには、戦う事が『できる』。
逃げる事しかできない小さな命を目の当たりにして、淳紅はキュッと唇を噛みしめた。
●差し込む光
(迷宮、か……)
辛うじて、外観だけは形を保っている公民館を見上げ、アリサは溜息をついた。
戦闘後の疲労感と達成感が、今は彼女を包みこんでいる。
「埃っぽくなっちゃったわねえ。早くシャワーが浴びたいわー」
カラースプレーを手のうちで弄びながら、凛子が言う。
万が一の備えに、持ちこんでいたアイテムが役立てる事ができて何よりだった。
逃げ出た子供たちは、すぐさま自治体によって保護されたのだと報告を受けた。病院へ搬入されている両親とも確認が取れたらしい。
「任務完了であります!」
沙都梨は敬礼し――それから身体から力が抜けて、へたりこんだ。
戦闘参加、人命救助、気を張り詰めっぱなしであったから、仕方ない事だろう。
「重症まで覚悟しておりました……」
淳紅に応急手当てをしてもらいながら、心情を吐露する。
それを聞いていたエステルが、思わず笑った。
「大丈夫です、そうならないように私たちがいるんですから」
一人だけじゃ、戦えない。
何色もの力を合わせることで、幾重の作戦が可能となる。
張り巡らされた迷宮の壁を、突き破るように。
「何とか倒せたわ! 今日はカツレツね!」
「ステーキもいいですねぇ……」
「ミノ…… 焼き肉も捨てがたいな」
チルルの発言に対し、アーレイとグラルスが便乗する。
さっきの今で、この会話。
「ねぇねぇ、どこかいいお店ないかな!?」
「そうねぇ」
チルルのリクエストに、凛子がスマホを取り出して検索を始める。
騒動が終着し、早くも街は前向きに動き出している。
ゆっくりと沈んでいく夕日が、撃退士達を暖かく包み込んでいた。