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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2017/08/14


みんなの思い出



オープニング


 どこにでもありそうなワンルームマンション。
 その一室に、筧撃退士事務所はある。
 依頼主との打ち合わせを終えた筧 鷹政(jz0077)が事務所へ戻ると、相方である相模隼人が悲痛な面持ちで玄関に立っていた。
「すまない、筧……守れなかった……」
「……気にするな相模。いつかはこんな日が来るだろうって知ってたんだ」
 隼人の手に握られた書類が何かを察し、鷹政は俯いて首を横に振った。




 この事務所は、筧 鷹政と宮原ツルギという2名のフリーランス撃退士が立ち上げたものだ。
 事務所立ち上げから3年が経過した、2012年の夏――ツルギが、ヴァニタスに襲われ落命した。
 それから暫くは鷹政1人で活動していたが、気づけば単独活動をしていた学園時代の同期・隼人が入り浸るようになり、居座るようになり、今に至る。
 1人で出来る仕事量には限界があり、正式に相方として共に仕事をしてくれるなら、もちろん助かる部分は多い。
 前衛阿修羅の鷹政、インフィルトレイターのツルギ。かつてのようなコンビネーションはできなくとも、鬼道忍軍の隼人だからこそとれる連携もある。
 それなりに波乱ありーの、順風満帆に思えていたの……だが。

「やっぱりさぁ、上下階をDIYで繋げちゃうってのはマズかったよなー」
「遅かれ早かれバレるとは思ってたけど、意外にもった方だわ」
 似た者同士ゆえ、ストッパー不在が悩みの種である。
 ツルギの死後、別に部屋を借りていた鷹政は事務所の下に自室を借り、手作業で勝手に改築して繋げてしまった。
 それがついぞ、管理人にバレたのである。
 部屋の買取を要求され、管理人は請求書を置いていった。
 その額――……
「ここから離れるつもりは無かったし、家賃を払い続けるより買い取った方が安上がりかもな……」
 決して安くはないが、長い目で見れば無理ではないのかもしれない。
「マイホーム感覚なの、筧さん」
「ホームと言えば、ホームでしょ」
「……そうだね」
 帰る場所。出発する場所。
 依頼者が立ち寄り、『次』へ向かう場所。
 家であり、プラットホームであり。
 どさくさに紛れて棲みついた隼人にとっては、どちらだろう?
「けど、そうだな。せっかく買い取るんだったら改築も見直したいな」
「どんだけポジティブなの、筧さん。……それじゃあ、こうしよう」
 しばし沈黙の後、隼人は書き損じの書類一枚を裏返し、ペンで何事か書き始めた。
「事務所の規模拡張。所属撃退士を増やして収入を増やす。下階は所属者たちの休憩あるいは仮眠室。筧とオレは、別途に部屋を借りる。正規雇用の所属者がいれば、同様に」
「? 言葉の意味がよくわからないんですが」
「筧が事務所の下に部屋を借りたのは、1人で活動する為だろ」
「……まあ、そうだな」
 ツルギがいなくなるまでは、徒歩数分圏内で安いマンションに部屋を借りていた。
 仕事へ没頭できるよう、仕事を詰め込んでもすぐ眠れるよう、住まいを変えたともいえる。
「借金背負って、これまで通りの仕事じゃあ追いつくわけもない。対応可能者が増えれば大きな仕事にも手を出せる。そうすれば個々の負担も減るっしょ?」
「……まあ」
「別に全員が筧やオレみたいにフルで事務所付きである必要はない、いざって時に即座に集まることができればOK。そういう状況なら人集めもできるだろ」
「うーん。うーん? そうかな……」
「フリーランスとして独立を視野に入れてる学園生へインターンシップとして募集も掛ければ、オレたちも手軽に最新技術を学べると思わない?」
「……相模さん?」
 事務所、下階の活用法。
 収入増に向けての素案。そういったものを書き込んで鷹政へ提示する。
「天魔絡みの仕事は減っていくかもしれないが、そればかりが撃退士の仕事じゃないはずだ。小回りが利くフリーランスの長所を生かしていくべきだと思うね」
「悪くないと思うけど、相模にしては手際よすぎないか?」
「失敬な」
 所属撃退士ということは賃金が発生する、相応の案件を継続して受けることが出来なければ維持は難しい。
 渋面を作る鷹政へ、隼人がスッと別の書類を取り出した。
「実は筧が留守の間、六角真之氏の訪問があった」
「!?」
 六角真之――引退撃退士である実業家。
 天魔被害によって荒れた土地の再開発を主な事業としており、養女のユナは久遠ヶ原学園へ通っている。
 過去に鷹政はユナに関わる案件を受けたことがあり、それからの縁だ。
「必要とあらばバックアップは惜しまない、ってさ」
「なんで俺に話さないんだよ」
「筧くん、お出かけ中だったから」
「連絡しろよ!!」
「だから今。留守番がいてよかったよね!」
「うあーーーーー」
 この、フリーダムな友人をどうすればいいのか。
 赤い髪をかきむしってから、鷹政はデスクに手をついて項垂れた。
「まずはさ。環境を変えよう。……宮原を忘れろとは言わない。でも、ここに居る限り、お前はきっと進めない」
「……そんなこと」
 ヴァニタス『刀狩』、その主であった女悪魔『ディアン=ロッド』、彼女が開いた多治見ゲート……いずれも決着はついている。
「オレのこと、もう少し信頼してよ。今のままじゃ寂しい」
 自覚の乏しい友人へ、隼人は直球を投じた。
「オレは宮原じゃない、アイツみたいなサポートはできない。でも筧、お前を囮にすることはできる。その隙に相手の首筋へクナイを刺すくらいはできる」
「俺が囮作戦継承前提なの」
「遠藤の盾を持ってる今の筧なら、以前より安心に囮できるだろ」
 遠藤――遠藤零、鷹政や隼人たちとの同期であり、『刀狩』被害者でもあった。かつて鷹政が淡い思いを寄せていた相手でもある。
「周りを見て。頼れる相手を増やしていいんだ。1人で背負いこむな」
「そんなつもりはなかったけど……」
 困りごとがあれば学園へヘルプを出すし、遊ぶことがあれば頻繁に誘っている。
「『昔のまま』『今のまま』じゃあ『未来』へ対応できないことは、わかってるよな」

 6月。
 久遠ヶ原学園生が天使や冥魔と協力し、強大な相手と戦った。
 その結果、選び取られた『世界』で未来は大きく変わろうとしている。

 部外者たちにはどうすることもできない状況で集められた『願い』の果て。
 全てが正しいとも、間違っているとも言えない『答え』。
 あらゆる価値観を納得させることなどできるわけのない『解』によって作られた道に、現在と未来は置かれている。

「考える。選び取る。……オレ達は『今』から未来を作っていく必要がある」

 決定する場へ携われなかったことへ何を言っても仕方がない。
 定められたなら、それに沿って――恐らくは抗いを選ぶ者もいるだろう――ここから生み出せる限りの『未来』を作っていく。

 隼人の言葉は、鷹政にも理解できる。
 積み重ねてきた過去だけは、消えることはない。誰に汚されることはない。
 かといって、それを後生大事にするだけでは『未来』へ進めない。

「……相模の言うことはわかったよ。けど、今は時間が欲しい」
 隼人の素案を指でなぞり、鷹政は少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。



「まずは事務所の書類整理しないとどうにもならねーわ」
「それな」
 


リプレイ本文

●10:00
 筧撃退士事務所へ、6名の久遠ヶ原学園生たちが姿を見せる。
「おはよーさーん!」
「今日は、よろしくお願いいたします」
「ようこそ。今日は頼りにしてます」
「まぁまぁ、我が家だと思ってのんびりと」
「お前は我が家だと思いすぎなんだ、相模」
 元気よくやってきた小野友真(ja6901)、礼儀正しい天宮 佳槻(jb1989)へ、赤毛と金髪のフリーランスはリラックスした様子で出迎える。
「あっ、相模隼人さん、ですよね! 初めまして、大学卒業後、此方でお世話になる予定の小野友真でっす★」
「お、おう。……おう?」
 事務所の主である筧 鷹政に小突かれた金髪男性に向き直り、友真は姿勢を正して深々とお辞儀を。
「え、なに、もう話すすんでんの、筧」
「……て思てるんやけど、筧さん本気でどーですか。ヒーロー1人」
 依頼で顔を合わせるのは久々だが、その間に友真も力をつけてきた。
 それは、明るさに裏打ちされた力強さから伝わってくる。
「うん、そうだね……――」
 頷きかけた筧は、後方の存在に気づいて思わず顔を背ける。
「えーと。その話はまた後で、落ち着いた頃にしよう。もちろん、俺としても小野君なら大歓迎だよ」
「ほんとですか! 忘れんといてくださいね!!」
 筧が何を見たかに気づかぬ友真は、無邪気なまま両こぶしを握った。
「終わった後のお楽しみ、ということで差し入れを持ってきましたよ」
 他方、鳳 静矢(ja3856)が日本酒の入った袋を高く持ち上げて見せる。
「さっすがー静矢君。ありがと、冷やした方が良いやつ? 常温かな……でも夏だしな」
「冷酒がいいでしょうね」
「オッケイ! さって、立ち話もなんですし。皆さんどうぞどうぞ。狭いところで恐縮ですが」




「……おう……なかなかやん……」
 まず、友真が後ずさり。
「……いくら何でも、ため込み過ぎでしょう」
 雫(ja1894)の瞳からは感情が失せている。
「――文字通り、積もり積もって山になってるわね……。早くも気が遠くなって来ちゃったけど、地道に片付けて行くしかなさそう」
 巫 聖羅(ja3916)は、遠のく意識を理性で何とかつなぎとめた。
「まずは、紙書類の整理からですね。ここが片付かないと、うっかり掃除も出来ませんから」
「パソコンの入力は私がやってもいいかな。資格は取ってないけど、ワープロ/表計算なら二級くらいあるよ」
 冷静な佳槻の判断へ、常木 黎(ja0718)が情報処理係を名乗り出る。
「それじゃあ、紙書類の処理を多めの人数で分担していきましょうか。データ化が必要な資料は、選り分けて常木さんへ渡すわね」
「清掃前に資料整理は賛成ですね。それでは、私は紙媒体のファイリングを中心に進めていきます」
 パソコンは、あいにく一つしかない。それを見て、聖羅は残りのメンバーでどういった取り組みをしていくか考え、雫が具体的な行動宣言をする。
「一気にまとめてやるんは得意やで! 明るく楽しくお片付けしましょか!!」

 さてさて、テンションあげて行きましょうか!




 床に積み上げられたり、段ボールへ突っ込まれている書類の数々。これをどうにかしないといけない。
「机の上に溢れた書類も何とかしないと、パソコン作業の邪魔になりそうですね。そっちの机……は」
 佳槻は、とっ散らかった室内に対し不自然に整頓されたワークデスクへ視線を投じる。ホコリさえ積もっていない。
 筧が反応に窮したのを察した静矢が、床の段ボールを持ち上げながら声を掛けた。
「書類整理は、あちらの応接スペースを使うのがいいだろうね。……いいですか、筧さん?」
「あっ、うん。頼むよ。椅子も座り心地良いから!」


「では……どんな風にしましょうか、お客さん?」
 リクルートスーツに身を包む黎へ、ついに耐えきれず筧が笑ってうずくまった。
「鷹政さん!? 笑うところ!?」
「だって……黎、真面目……」
「真面目にするでしょう、仕事で来てるんだから」
「ごめんごめん。それじゃあ――……」
 黎の後ろから、筧がデータを打ち込むフォルダやファイル、使用するソフトの説明を。
「承知しました。これなら書類が揃えば一気に終えられるね。余裕を見てバックアップもとっておく」
「わー、助かるー」
「……実際に働くなら、資格はあった方が良いのかな……。扱う分には子供の時分から慣れてるんだけど。色々調べたかったし」
「ここで働く分なら充分だと思う。黎が子供の頃って、何を調べたかったの?」
「主に戦史だね。日本の学校じゃあ偏った内容しか入ってこないでしょ」
(あれ? 今、さりげなく、大切なことを聞いたような)
 聞き返すかどうか黎が逡巡する間に、聖羅がデータ化書類第一弾を持ち込んできた。10分も経っていないというのに山の量である。
「ひとまず、仕事ということで」
 黎から切り上げざるを得ない状況となり、続きはまた後程。




「根本的に筧さんを修正しないと、同じ事が起きるような気がするのですが……」
 雫は、紙媒体で保管する書類を依頼内容別に同色の付箋を付け、年月毎に仕分けながら呟く。
 その場の誰もが笑いをこらえることに必死だった。
「え、何? 楽しい話?」
「そうそう、楽しいやつ! 筧さん、これってどういう依頼だったん? 学園にはまわって来てない依頼よな」
 ヒョイと筧が姿を見せると、友真が話を切り替える。
「そうだね、割と新しい案件だ。俺と相模で片付けたから」
「阿修羅と忍軍だと、どういう役割分担なんです?」
「筧が肉壁、オレが闇討ち」
「えげつない」
 相模が会話に加わり、友真が端的に感想をこぼす。
「宮原の時も似たようなものだったし……遠距離から撃つか近距離で刺すかっていう」
「せやったら、そこにインフィル2枚つけば ……筧さんは永遠に壁ですか」
「それな」
 まあ、だいぶ打たれ強くなってるんだよ。そう言って筧は笑う。
「さて。こういうものは、読みふけったり考えたりしたら負けです」
 一段落するのを見計らい、佳槻先生のワンポイントアドバイスが入る。
(でも……)
 事務的に分類して行きながら、どうしても目に入ってくるものはある。佳槻の普段から考えていたことが胸に浮かんでは消える。
 フリーランスが引き受ける案件は、学園に舞い込む依頼とは毛色の違うものが混ざっている。
 久遠ヶ原へは持ち込めない、依頼人自身も後ろめたさを感じているような何か。
 裏を返せば一般人の『撃退士』へ対する信頼、抱いているイメージが清らかとも言えるのだろう。
(撃退士……か)
 胸の中にかかる霧が広がる前に、佳槻は今度こそ思考を切り上げた。




 黎へデータ化用の書類を渡した後、聖羅は書棚へ整理の終えたファイルを納めていく。
 雫が整頓した書類をファイリングし、ラベル部分に案件名&年月日を記載して。
「整頓さえすれば、書棚もまだまだ収納に余裕があるわね」
 途方もないと感じた書類だが、どうにかなりそうだ。
(宮原さんのデスクは片付いているし、清掃の必要はなさそう)
 状況次第では筧から許可を取ろうと思っていたが、杞憂のようだ。
 でも――とても不自然にも思う。
 大切にしていた存在ということは話に聞くだけでもわかる。
 だからといって、この室内で、そこだけが別の空間のようになっている。
(私は、宮原さんと一度も会った事はないけれど……)
 筧はどんな思いで、その机だけ綺麗に保っているのか。
 雲の上の宮原は、それをどう思っているのか。
「……あれ? 何かしら」
 棚の整理中、奥に光る何かを聖羅は見つけた。



●13:00
 昼休憩はピザで簡単に済ませ、キリキリと午後の仕事へ移る。
「黎さーーーん! ラストやでぇ!」
 どんどんどん。
 友真が、段ボール箱3つをお届けする。それまでは待機時間が出来ることもあった黎の顔が、一気に引き攣った。
「うわ……。ああ、でも、これはデータ化されたら便利だね」
「そうなん?」
 入力作業に慣れてきた黎は書類を見てすぐに判断し、友真が興味を示す。
「おお……。俺も覚えた方がええんかな。でも、黎さんがいるなら充分やろか」
「え」
「え」
 そこで、はたと顔を合わせる2人。
(そういえば……私、鷹政さんに就職希望の件って言ってたっけ?)
(あれ? 黎さんは筧さんの事務所に入らんのかな?)
 微妙な沈黙が、しばし流れた。


「シュレッダーされた書類を集めて再生したって話を聞いた事がありますから、本当は燃やすか染めるかして棄てたいんですけどね」
 データ化済の書類は、業務用シュレッダーへ。
 雫は、その紙くずを複数の袋へ分けてゆくことで万が一の危険を避ける。
「紙原稿の処理は、確かに悩ましいものよね」
(昔の作品であっても、自分の成長過程なのだから黒歴史とは言いたくない……でも……)
 趣味ではなく『プロ』として、漫画家を将来の選択肢の一つにしている聖羅としては、ある意味で他人事ではなかった。
(漫画も好きだけど……まだまだ、全てを確定するには経験が必要だわ)
 今年で大学部四年へ進む彼女は、撃退士の活動についても思い悩むところがあった。



●15:00
 恐ろしい話だが、この昼休憩までに書類整理はビッシリかかった。
 10時から始めて、1時間の休憩を挟んだとはいえ。
 8人がかりで4時間。
「ここまでに終えられたことが奇跡だと思います。冷たい飲み物、どうぞ」
「根詰め過ぎは体にも効率にも良うないからな! 淹れたてコーヒー飲む人ーー」
 佳槻や友真が飲み物を用意し、
「私は、お菓子を少し持ってきたわ。あと、炭酸が好きな人はこちらも」
 応接スペースのテーブルに、聖羅がいくつかのスナック菓子と炭酸飲料を広げる。
「ぽてちは関西だし醤油お勧めします」
 ついでに、聖羅が用意したラインナップを見て友真が一言。

 大きな山の目途が付いたことで、ようやく全体的に安堵の空気が流れた。
 甘いものは、心をほぐす。
 誰からとなく他愛のない話、事務所に関する話題が上がる。
「これからは学園からの依頼も少なくなりそうですから、給金と内容について詳しく教えて下さい」
「え。雫さん、来てくれるの?」
「条件次第です」
 容赦ない切り返しに、筧が笑う。
「特に戦闘系のアルバイトなら割りも良さそうですから、紹介して貰えると助かるのですが……」
「ああ、そうだね。俺が学園へ流していた依頼は、報酬全体でフリーランス2人分だったから」
 例えば学園生だと8人分。もとは4倍の報酬ということになる。
「引き受ける案件次第だけど、基本的に学園で受け取る報酬の2〜3倍くらい」
 事務所維持と正規所属メンバーの為に一定額を差し引いてから、一律の分配となる。
「なるほど……」
 考える余地は、大いにありそうだ。
「俺、筧さんの仕事ぶりから色んなフリーランステク盗みたいんすよね」
 コーヒーカップを両手で包み、友真がてへっと笑う。
「あはは。戦闘ばかりじゃなくて要人の護衛なんかもあるし、コミュニケーション能力も大事だと思うよ。その辺り、俺は小野君から学びたいくらい」
「えーーーっ」
 やりとりを聞いていた黎は、いつかの依頼を思い出す。就職体験と銘打たれた、ハーフ悪魔の少女を守る依頼。
(久遠ヶ原へ入学当初は、将来は企業撃退士のつもりだったけど……。いやでも新卒でいきなり個人事務所就職って大丈夫なのかな?)
 開口一番に宣言した友真の様には、思いきれない。
(もし、活動時間がベッタリな感じになっても鷹政さん困るかも……)
 仕事は仕事。プライベートはプライベート。
 黎は筧と恋人という間柄であるが、これまでの依頼でも切り離してきたつもりだ。
 でも、それが、彼の事務所へ就職となったら……
(てか、部下と付合ってる……って、どうなんだろ。でも家族経営ってあるし……や、それはまだだし)
 公私混同、ダメ絶対。
 黎は軽く頭を振って、考えを振り払った。
 


●15:30
 程よい休息を挟んで、一気にお掃除タイムが始まる。
「あまり、此処で飲み食いはしてない様ですね……虫が発生していなくて良かったです」
「雫さんの、俺に対するイメージを聞くのが怖い最近です」
 居住スペースだって、発生してないからね!? 筧が言い添え、隣で相模が大笑いしている。
 さてさて、居住スペースは時間が出来たらということで、まずは事務所と応接スペースの大掃除。
「動かさない物の上や下にも汚れは溜まるものですからね」
 静矢が、聖羅と共にパーテーション代わりとして設置されて久しい書棚を動かす。
「上……。上か」
 静矢の言葉に、相模が意を決するように呟いた。
「掃除は高いところのホコリ落としからだよなー……。いつかこんな日が来るって知ってた」
「!? 相模さん、書棚の上は……」
 壁走りで一気に棚の上へ駆けあがる相模へ、聖羅が思わず声を上げる。
「それなら新聞紙を水で濡らし……遅かった」
 話を聞きつけた佳槻だが、時すでに遅し。
 事務所内に、盛大なホコリが舞い飛んた。
「えー……。こちらで一通り出来るので、相模さんは向こうを……」
「ハイ」
 静矢より、やんわり戦力外通告を出された相模は大人しく窓ふきに回った。
(事務所の整理・掃除が依頼に出される理由がわかったわ……。でも、これで良いのかしら……)
 一抹の不安を抱く聖羅である。
 でも、とも思う。
(学園だけでは知ることのできない世界が、この事務所にあるのよね)
 斡旋所での案内では、インターンシップとして学園生へ募集を掛けるという旨もあった。
 休憩時間に聞いた雫への説明からも、そこで体験できる依頼はフリーランスならでなのだろう。




「う〜ん、どうしましょうか……」
 順調に清掃は進み、居住スペースにも着手開始した雫は悩ましいものを発見してしまった。
「いっそ、水着のグラビアなど解かりやすいものの方が良かったというか……」
 そこにあったのは、幼女の写真集であった。
 2〜3歳くらいの幼女の、非常に可愛らしい写真がギッシリと収められている。
 ところどころにコメントが入っており、趣味としか思えない。
 最近は学園へ依頼を出すことが少ないと思ったら、こんな行動をとっていたなんて。
(誰へ訊ねるまでもなくアウトですよね……)
 一時期、雫の中で浮上していた『筧ロリコン疑惑』が再び首をもたげる。いや、黎という人がいながら、いやまさかそんな。
「あれーっ。筧さん、これ、姪っ子ちゃんですかー?」
 硬直していた雫の後ろから、何の気は無しに覗きこんだ友真が大きな声で筧を呼んだ。
「えっ? 何、見つけたの?」
「……筧さん、これは」
「俺の姉の、第一子。伊吹ちゃん3歳。可愛いでしょー」
「似てませんね」
「姉の子だからね? 双子っても二卵性だし。今は旦那さん似かなー」
 雫の声が震えていることに気づかず、筧は嬉しそうに語る。友真もまた、楽しそうに写真を眺めた。
「ええですねー。このアルバム、お姉さんが作成して送ってくれはるんですか」
「そうそう。アナログの記録が大事なんだって言ってさ。……雫さん、まさか」
「いいえ。まさか筧さんが変わらずロリコンを拗らせていただなんて思ってません」
「声に出てるし元からロリコンじゃないしね!!!?」




 他方。
 休憩時間以降、微妙に暗い表情のメンバーが一人。黎だ。
 就職希望の旨を伝えるか――或いは相談するか――タイミングや切り出し方を、考え始めたら止まらなくなっていた。
 その間も仕事の手は止めていないので、不審というほどの様子でもないはずだけれど。
「暗い顔してどうかした? 変なものでもあった?」
「鷹政さん……、そうじゃないんだけど」
 応接スペースの仕上がりを確認していたところへ、筧が顔を出す。
「その。私は、仕事をする以上、公私混同は嫌いなんだけど」
「うん、知ってる。だから、いつも黎には助けられてるし、安心して仕事が出来てるよ。それから――」
 そこで言葉を切り、筧は少し間を作る。
 うつむきがちな黎が、顔を上げるのを待つ。
「ひとりでグルグル考えすぎなところもね。悩みごとがあるなら話してよ。大丈夫だから」
(ああ……。同じようなことを、相模に言われたな)
 話しても大丈夫だろうに、あいつはそういう奴だろうに。壁を感じるような寂しさは、こういう事だろうか。

「私も一応、その、鷹政さんとこに就職希望なんだけど……どう、かな?」
 
 ほら。
 話してしまえば、こんなにも。
「そう言ってくれるの、待ってた」




 清掃の目途が付き始めると、数名が夕飯の買い出しへと向かうことに。
「足りない物は近くの店で買ってきましょう」
「静矢さん、俺も行く行くー」
「手伝うわ」
 静矢や友真に、聖羅も続く。
「ああ、だったら鍵を持ってって」
「ふおおおお、公式合鍵!」
 ひょいと放られたそれに、友真が感激の声を。
「そうだ。その前に……筧さん、これを」
 玄関先で、聖羅が足を止める。
「きっと大切なものだと思って」
 彼女が、書棚の奥で見つけた物。車のキーだった。黒猫シルエットのキーホルダーが付いており、『T.Miyahara』の文字が彫られている。
「あいつ…………人からの贈り物をスペアキーに付けるとかどんっだけ……!!!」
「えっ!?」
「ごめん、ちょっと……えっと……どこか……」
 1人になれる場所って、今ならどこだっけ!!?
「……筧さん」
 友真は背を見送るしかできず、ポツリと名を呼ぶばかりだった。
 


●18:00
 清掃終了、ミッションクリア!!

「皆さん、お疲れ様でした。楽しい夕食と行きたいところですがその前に」
 立ち上がり、周囲を見渡すのは雫。
「筧さん。これから事務所を拡大するとのことですから、ここで一つ伝えたいことがあります」
「は、はい」
 名指しされ、筧は正座する。
「整理整頓は、日々の行動により保たれるものです。依頼されれば報酬も出ますし食いつく人間はいるでしょうけれど、これからは――わかりますね?」
「掃除用具も、今は使い捨てで便利なものがありますから活用すると良いですよ」
「デジタル化すれば不要になる物は、即日処理が望ましいですね」
 静矢や佳槻が、次々とアドバイスを降らせた。


 整理整頓の教育的指導のあとは、ようやく楽しい夕飯タイム!
 ホットプレートを囲んでお好み焼きが始まる。
「こっちはチヂミよ。豚肉、ニラ、胡麻油をたっぷり使ってるの。夏にはスタミナが大事よね!」
「そんでーー、みんな大好き☆豚玉とイカ玉やでー!」
「お酒も開けましょうか。飲める人にとっては、焼き物にはこれでしょうね」
「あ。静矢くん、私ももらう」
「常木さんは……『おめでとう』で良いのかな?」
「ちょっ…… えっ」
 にこにこと冷酒を注ぐ静矢へ、黎は動揺して手元がぶれる。注がれた酒がこぼれそうになるのを何とか防いだ。
「あっ、そうか。発表が未だだったね」
 それを見て、筧が手を叩く。
「えーと、注目ーー」
「鷹政さん!!?」
 あわあわあわ。その様子で、なんとなく察しも付くかもしれないけれど。
「小野友真君と常木 黎さんが当事務所へ就職希望を出してくれました。卒業次第ってことで良いのかな。今のところは『内定』になるね」
 唐突に名を出され、友真が咽こむ。黎は赤面を両手で覆った。
 が、周囲からは暖かい拍手が送られる。
「事務面でも戦闘面でも、心強い2人だと思ってます。卒業後なんて言わず、事務所にはいつでも来てね」
「そして掃除ですか」
「そういうこと言わない」
 真実を突いた雫へ、筧は目を逸らしつつ。
「えーと……それじゃ、改めまして……よろしくお願いします、筧さん……じゃなくて、鷹政さん!」
「若輩者ですが、よろしく」
 照れを隠しきれないままに、2名は挨拶を。


 お祝いムードが落ち着いてきたところで、お好み焼きをつつきながら聖羅が筧へ話しかけた。
「インターンシップを募集するなら、私も応募してみて良いかしら?」
「もちろん大歓迎。巫さんは、今年で大学部四年だっけ。進路を考える時期だよね」
「ええ。学園生として依頼を請けるのではなく、一介の撃退士として学園から離れた所で社会を知りたいの。その経験を参考に、卒業後の進路を決定したいって考えていて」
 プロの撃退士かプロの漫画家か、或いは違う道も見えるかもしれない。
「インターンシップには、私も興味があります。就職を見据える頃に応募したいですね」
 その流れで、雫も箸を止めた。
 今は学園生活を主眼にしてバイトとしての依頼参加を考えているけれど、ゆくゆくは。
「まあ、高校か大学を出た後になると思いますが、よろしくお願いしますね」
「……雫さん、今は」
「今年で中等部三年へ進級です」
「それまでに事務所維持どころか拡大できるようにがんばるわ……」
「少なくとも、潰れないでくださいね?」
「大きな約束だなぁ」
 ちょっと遠い未来の約束。それは人を強くする、生きていくための支えにもなるだろう。


「筧さん、少しお茶を挟んだ方が良いですよ」
 佳槻が温めたジャスミンティーを運んでくる。
 笑って受け取り、それから彼の眼差しが真剣なものと気づいて筧は話を促した。
「天宮君は、今日一日をどう感じた?」
「……『撃退士』って肩書きの意味が、学園の内と外で随分と違ってしまってる気がしました」
 これまでも胸に抱いてきた違和感。それは、フリーランス事務所に寄せられる報告書を目にしたことで確信に近いものになった。
 中には佳槻が携わったものもあり、全く知らない内容もあった。
「セロシア……非アウル覚醒者の団体なんですけど、彼らが起こした事件や団体結成に至る理由は『撃退士』への不信感だと思ったんです」
 その一件について掻い摘んで説明してから、話を続ける。
「社会との関わり・人を慮ることが、学園の力が大きくなる程に忘れられていってるような気がします」
「対応すべき案件が大きくなるが故、という部分もあるだろうね」
「そうだとしても。仲間を助けるよりも『取り残された一般の人を避難させること』を優先したら、それは撃退士の資格がない行動なんでしょうか?」
「……ソレ、依頼主のバグじゃなくて?」
 アンダーグラウンドな依頼の入るフリーランスであっても、見極めるラインはある。にわかには信じがたかった。
「特殊な条件下だったんじゃないかな。『取り残された一般の人』に関しては、別動隊が動いていたとかさ」
 筧が確かめる術もないけれど、分業依頼は有りうる。
 後ろ暗いことがあって、ミッション達成のための最小限しか開示しないという依頼者もいる。
 しかし、理性的な佳槻が消化しきれないほどの状況だったのだろう。
 筧は可能性の一つを提示するものの、それが答えとは限らないし、彼の心を軽くできるかと言えば難しいと思う。
「戦う力のない人を守るための存在が『撃退士』だと考えていました。ですが今では、ただ力があるだけの覚醒者が『撃退士』というものになってしまいます……。そんなもの、称号でもなければ特権でもありません」
 久遠ヶ原へ入学せずとも、独学でアウルの扱いを習得する者もいる。
 或いは学園生や卒業生から教えられる場合もあるだろう。
 『力』だけを身に着け、『力』の意味を考えない者が増えてゆくのではないか。
「今、学園でその『名前』が社会に与えられたものだって、意識してる人がどれだけいるんでしょう? 一般の人はただのお荷物じゃありません。時に軋轢はあっても、撃退士の活動を支えるのはそんな普通の人達なのに……」
「そこは、キツく取り締まってくれる『久遠ヶ原の風紀委員』が居るから。彼らは決して、道を違えないと俺は信じてるよ」
 犯罪撃退士を取り締まる権限を持つ『久遠ヶ原の風紀委員』。筧と佳槻の共通の知人にも、一名いる。
「戦闘力だけが、状況を打破するわけじゃないってことは俺も身をもって知ってる。天宮君のサポートには助けられっぱなしだもんな」
 依頼の要点は何か。
 周囲に配慮すべき存在はいないか。
 用心を重ね、力押しの危険性をよく知っている。そんな存在が、任務達成には必要不可欠なのだ。
「天宮君は、『撃退士』だよ。……辛かったね」
(辛かった……の、だろうか)
 意外な言葉を掛けられ、それから自分がいつになく感情的になっていたと気付く。
 自分は――半端者だから。
 離人傾向が強い自覚はあるし、戦闘能力も高い部類ではないと認識している。
 だからこそ『力』へ固執するモノがよく見えるのだ。見えて、それが――……、……。
「筧さんは、もう、学園へ顔を出すことはないんでしょうか」
 これからは事務所が軌道に乗るまで忙しく、軌道に乗ってからは一段と忙しくなるのだろう。
 自分が引き受けた依頼を、学園へパスすることもなくなるのだろうか。
 そうしたら、接点はほとんどなくなってしまうだろうか。
「出来れば、これからも学園に風を送る人でいてください。やれる範囲で手伝いますから」
 学園が、閉鎖された場所とならないように。
 偏った思考、誰かの思惑に乗せられたビジョンしか与えられない、そんなことにならないように。
 外界の、風を。助けを待つ人々の、真っ直ぐな声を、願いを届けに。




 打ち上げも終わり、解散の時間となる。
 ゆっくり話したいことがあるという静矢以外は、マンションの出口で別れることに。
「バイト代とは別に、今日はこれを」
 筧が、学園生たちへ渡すものがあるといって手にしていた白い紙袋を持ち上げた。
 その中に入っていた小さな包みを、一人一人へ手渡ししていく。
「メタルマッチなんだ。防水ケースに入ってるから、扱いやすいと思う」
 アウトドアで使われることが多いファイヤースターター。ライターのような燃料は不要だし、使い捨てではなく長く使用できる。
 重宝する場面はあるはず。
「おおおお、事務所の名前入り!!」
 なんか、ソレっぽい! 友真が両手で受け取り、目を輝かせる。
 『Kakei Breaker's Office』、アドレスと共に小洒落たデザインの文字が並ぶ。
「名刺代わりなんだけど、良ければ持ってて」
 ついでに何かあれば宣伝ヨロ。
「これ、裏に自分の名前を彫るのはアリですか」
「あると思います」
 友真の問いへ、その発想はなかったと筧が答えた。
 今回参加してくれた学園生たちとは、これからも決して短くはない付き合いになるはず。
 名刺代わりとして、或いは事務所の繋がりの証として。
 大切に扱ってくれたなら嬉しいと、筧も思う。
「そんなに遠くないうちに、皆にはお世話になるだろうね。その時は、どうぞよろしく」
 常木 黎と小野友真は、正規メンバーとして。
 雫は、臨時アルバイトとして。
 巫 聖羅は、インターンシップで。
 天宮 佳槻とは、学園で。
 永遠の別れじゃない、未来は命がある限り続いていく。生きている限り、いつだって道は交わるだろう。
 それでも、ほぼ一日を共に過ごした今日は、どことなく離れがたい。
「……鷹政、さん」
 就職内定をもらったことから呼び方を変えようと決めたものの、まだ慣れなくて、ぎこちなく友真が呼びかけた。
 久遠ヶ原学園へ入学し、撃退士となってから。友真は仲間や、敵の死を見届けてきた。
 とても辛くて悲しくて痛いことで、だからといって落ち込んでばかりもいられなくて――
(鷹政さんは……相棒さんを喪って……今は、相模さんが居るけど……でも)
 聖羅から何かを受け取った時の表情。動揺。それが、どれだけ根の深いものか感じ取ることができた。
 たいせつなひとの、代わりはいない。そればかりは、どうしようもない。
 思い返して辛くなる時も、なんとか振り切って笑顔になれる時も、ある。
 そうやって筧は乗り越えて来たのだと、友真は改めて実感して。
「鷹政さんは、色んなもん抱えてて……それでも、大事なものと共に前へ行ってて。俺もそうでありたい、ってずっと思てるから。本気尊敬なん」
 ぎゅううううううう、と筧の両手を握りしめて、友真が言う。目を見ると泣いてしまいそうだから、下を向いたまま。
「う、うん」
「しっかり、伝えておこうと思いました!」
「うん……ありがとう」
 前に、進めているだろうか。進んでは戻り、うずくまっているような気もする。
「俺も、ひとりだったら今はないって思ってる。皆に会えたから、見栄張んなきゃなって思える」
 見栄を張っても、事務所の整理依頼を出すわけですが。



●22:00
 空に、ポカリと月が浮かんでいる。

 静矢が手つかずで残しておいた日本酒1本を手に、屋上へと筧と相模を誘った。
「たまには星見酒・月見酒も良いでしょう」
「うん、風も気持ちいいね」
 大きく伸びをする筧の後方で、相模は何処かで響く犬の遠吠えを気に懸けた。
 夏の始まり。狼のディアボロ。刀の使い手を狙うヴァニタス。
 宮原を喪った直後の筧の姿は、見るに堪えなかった。相模は、当時をよく覚えている。
 だから、聖羅が見つけたという車のスペアキー。それに付けられたキーホルダー。取り乱した筧の様子を見て、気が気ではなかった。
 戻ってしまう、と思った。
 かつて、筧から愚痴を聞いたことがある。
 宮原の誕生日プレゼントにキーホルダーを贈ったが、紛失したとか言いやがる。
 いや、いい年してキーホルダーって何なの。ていうか野郎同士でプレゼントってどうなの。
 そういって笑い飛ばしていたが、スペアキーなんて持ち歩きもしないモノへ付けるひねくれ具合が宮原らしい。
 書棚の奥にあったのは、わざとなのだろうか。あるいは、本当に紛失していたのか。
「私は、教職を目指そうと思っています。技術……、また経験を、次の世代に伝える為に」
 相模が物思いにふけっている間に、静矢がゆっくりと語り始めた。
「静矢君は、第一線で戦い続けて来たからね。個人でも集団でも立ち回りの経験が豊富だから、きっと良い先生になるよ」
 彼に並んで、筧も酒をゆっくりと楽しむ。
「大事な者を失う悲しみ、自分の力への戸惑い……様々な経験の上に、私達は居ると思います」
「……うん」
「それを出来る限りでも後に伝えていく。それが、今ここに立っている自分のすべきことなのかなと……そう思います」
 酒が注がれた盃に、美しい月の姿が映りこむ。満ちては欠けを繰り返す、永遠の日常の姿。
 出会い。別れ。成長。衰え。そして、継承――

 巻き戻らない時間だからこそ。限りある命だからこそ。
 伝え、受け継ぎ、忘れられないように。

「静矢先生かー」
「まだ、先の話ですよ」
「でも、きっと遠くない」
「未来の生徒へ良い経験となる依頼を持ってきてくださいね、筧所長」
「あれ、そうなるの!?」
「看板、個人名義だもんなー。まあ、就職希望のコも来てくれたことだし、この先の責任は筧に取ってもらおう。ね、所長」
「くっそ、相模まで……。でも、共同経営者で届け出したよ」
「なにそれ初耳」
「今言った」
 2人のやり取りに、静矢は笑いをかみ殺す。
「『1人で背負いこむな』なんだろ。未来を作っていくために、さ」
「言うなよ、そういうことをーーー あああああ、酔っ払い!!」



 筧撃退士事務所の平穏な一日は、ゆっくりと終ろうとしていた。
 そうして日は昇り、新しい『今日』を迎える。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 陰のレイゾンデイト・天宮 佳槻(jb1989)
重体: −
面白かった!:6人

筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師