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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:16人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/07/25


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原学園、職員室。
 ひとりの男が姿を見せた時、古参の教員数名が驚きの表情をした。
「ご無沙汰しております」
 仕立ての良いスーツの上からでもわかる鍛え上げられた肉体は50代半ばへ差し掛かるかどうかという外見年齢にそぐわず、発せられた低音の声は品のある美しいものだった。
 黒い髪をオールバックに整えた姿からも、どこかの実業家のように見える紳士然とした、この男は。
「……八雲! 八雲なのか!!」
「恭介先生……お元気で……!?」
 八雲 恭介、当年とって53歳。
 10年前に学園を去った教師である。
 そして――
「レジスタンスの件では、ご協力いただきありがとうございました。今回は、折り入って挨拶を」
 北海道で長く活動していた『レジスタンス』のサブリーダーを務める、『オヤジ』の素顔であった。




「話は済んだのか?」
「ああ。ついつい話し込んでしまってすまなかった。お前には退屈だっただろう」
「……いや、別に」
 札幌より、彼の護衛として同行していたレラ(jz0381)が校門前で待っていた。何故か頬に土埃が付いているが、誰かと揉めたわけではないようだしオヤジは触れずにおく。
「学園は、なんと?」
「快諾してくれたよ。撃退士の活躍場所の選択肢が増えるのは喜ばしいと」
「まあ、薄給に近いから『就職先』としては難しいかもしれないが、就職体験がてらにでも来てもらえれば助かるな。こちらは慢性人手不足だ」
 オヤジのトレードマークである深編笠を被った虚無僧姿は、『学園とつながりがあること』が知られぬためのものだ。尺八はついでに覚えるうちに趣味となった。
 天魔討伐依頼が学園へ出され、その一方で独自に動いたレジスタンスが鉢合わせた場合に素性がばれないように。
 そうまでして、北海道で活動する彼らは洞爺湖を拠点とする冥魔の目をかいくぐり今日まで来た。

 5年ほど前だろうか。
 学園所属の堕天使であったミーナ・ヴァルマ(jz0382)が学園の依頼を受けて北海道を訪れ、瀕死の重体に陥った時。窮地を救ったのがレジスタンスであった。
 レジスタンスの状況を知ったミーナは命の恩人である『リーダー』へ協力を申し出るも、学園の保護下にある彼女の存在は秘密裏に動く組織には扱いが難しい。
 そこで、オヤジが身元引受人となることで学園の監視から外れることとなり彼女も『姿を消した』。
 まだ堕天使の存在は世に珍しく、組織内でも反発はあったし救出対象にも困惑を与える場合もある。
 そういった際にフォローをするのもまた、オヤジの役割であった。
 リーダーが戦いで命を落とし、後継としてミーナが就任した時も然り。
 山を越え谷を越え、幾つもの出会いと別れがあった。

 しかし、ようやく機は熟し、悲願であった札幌の奪還、人々の解放が成った。
 黒い空が晴れ、改めて天界・人界・魔界とで同盟維持の意思確認が為されたものの、洞爺湖ゲートを預かるアラドメネクはそれを良しとせず力を保持したままだ。
 依然として警戒は必要だが、おおむね戦闘解除となっている現状で急襲は考えにくい。
 ベリンガムの行動は魔界へも爪痕を残しており、わざわざこちらを襲うために数を整えられるとも思えない。
 その間に、学園へ正式な現状報告と協力体制の要請をするため八雲 恭介として訪れたわけだ。
「恋しいと思ったか?」
「懐かしいとは思ったさ。しかし俺は北海道へ骨をうずめると決めた。一緒の墓へ入ろうな、遥」
「レジスタンスの合祀墓な……そっちで呼ぶな、気色悪い」
「親御さんが付けてくれた名前だろ、捨てることはない。もう、素性を隠す必要なんてないんだからな」
「……アンタが言うのかよ、恭介サン」
 鳶色の瞳が、鋭くオヤジを射抜く。
「俺が悪かった。急ぐぞレラ、飛行機に遅れる」
 互いに、捨てたはずの『名』の座り悪さに赤面し……男たちは足早に久遠ヶ原を後にした。




 そうして二人が札幌へ戻ると。
「……リーダー?」
 レラは震える声でミーナを呼んだ。
「オヤジ、レラ、おかえりなさい! こちらの準備は順調よ」
「準備? ……なんの?」
「久遠ヶ原学園と正式に連携するんでしょ? 歓迎会の用意をしておきなさいってオヤジが言うから」
 ミーナの影から、レジスタンスメンバーの一人である少女・ナナが顔を出す。
「歓迎会って言えば、これだよねぇ。道内の企業へ話したら、みんな乗り気になってくれてさ」
「こんどはお前か、湊……!!!」
 ナナの相棒を務める青年、湊がのんびりした口調で酒樽を抱えて現れた。
「でかした湊、おまえはよーーーく解かってるなぁ!! 仕事の後の一杯が格別でなァ!!」
「安心してよね、レラ。ちゃんと未成年にはソフトドリンクだから。フードも用意するからね!」
 オヤジが湊の頭を乱暴に撫でまわす一方で、ナナがドヤ顔でレラへメニュー表を渡す。
「それで。リーダーの衣装はなんですか」
「ビールと言えば『キャンペーンガール』なんでしょう? 似合う?」
 ホルターネックの赤いショート丈ワンピースが、褐色の肌に映えて眩しい。ではなく。
 裾をひらりとはためかせて回転するものだからレラは目を逸らしかけ、下にはしっかりデニムのショートパンツをはいていることに安心 している場合でもなく。
「そういうのは要りません! なんでアンタは…… あーーーー、もう! ナナも駄目だからな、何をやってるんだ本当に!」
「えーー」
「可愛いのに、ミーナさん。あたしもお揃いで用意したんだよーー」
「お父さんは許しません!(湊裏声)」
「誰がお父さんだ、聞こえてるぞ湊!!」




 そして数日後、久遠ヶ原学園。

 〜夏の札幌でビヤガーデンやります!〜

 平和な案内が貼りだされた。
 実質的に、札幌の情勢が整い祭りを開けるほどになったことを祝しての招待状である。
 大通公園を会場とした、約1kmのお祭り騒ぎ。
 道内のビールメーカー直送はもちろん、ドイツやベルギーといった有名どころのビールも楽しめる。
 未成年用には、道産果実を使ったフレッシュジュースが一押し。
 フードも充実しており、ジンギスカンはもちろん焼きトウモロコシやホタテのバター焼き、フランクフルトなどアレコレ楽しめる。

 飲み食いをする傍ら、北海道でのレジスタンス活動への協力者も募っていた。
 卒業以降、レジスタンスへ所属を希望してくれる者。
 非常時に優先的に協力してくれる者。
 北海道へ移住予定で、情報提供などで協力してくれる者。
 天魔の被害は緩やかに減っていったとしても、北海道という土地はあまりに広い。天魔以外での困りごとだって多数ある。
 レジスタンスは恐らく、対天魔活動と並行して『便利屋』といった位置づけになっていくだろう。
 その際に、共に活動してくれる仲間を広く募集する。



 世界は、この先もまだまだ続く。物語は終わらない。
 共に歩んでいこう。

 そう、案内の最後に記されていた。






リプレイ本文


 カラリと晴れた空から、太陽が容赦なく照り付ける。
 一年ほど前まで冥魔軍の手中にあったと思えないほどに、札幌の街は復興を遂げていた。
 その象徴の一つとも言えるのが、大通公園。
 真っ先に修繕された緑は、陽光を浴びて生い茂り優しい影を作り、前線基地都市で活動する人々へ癒しを与える役目を果たしている。

 夏へ片足を踏み入れた今日という日は、いつにも増して賑わいを見せていた。
 本日、楽しいビヤガーデン。




「お久しぶりです」
 未成年向けのノンアルコールドリンクや、アイスクリームを用意しているレジスタンスのブースへユウ(jb5639)が顔を出す。
「ユウさん!!」
 真っ先に反応したのは、彼女の友人であるレジスタンスメンバー・ナナだった。
「お手伝いできればと思ったんですが……」
「わぁ! 嬉しい! こっち、奥に来てっ」
 ショートカットがトレードマークだったナナは、少しだけ髪を伸ばしているようだった。耳の下で、黒髪が御機嫌に跳ねる。
 青いショート丈ワンピースは活発な彼女のイメージに合っていて、ユウは笑みをこぼす。
「はいっ、ユウさんにはこれ!」
 ――からの。笑顔が固まった。
「……ええと、これは?」
 ナナやミーナと同じデザインのワンピース、色は白。
「レジスタンスブースのお手伝い、女子はお揃いなの」
 楽しいことこの上ないとばかりに、ミーナが姿を見せる。
 ……試される大地とは、よく言ったもので。
 白いワンピースを握りしめたまま、ユウはしばし硬直した。
「ただ飲み食いするだけというのも座りが悪い、出店準備など出来る範囲では手伝おう」
 その後ろから、長身の青年がヒョイと現れる。ファウスト(jb8866)だ。
 外見年齢こそ若者だが、実年齢は800歳前後のはぐれ悪魔である。
「いるだけで看板になるわね……!」
「……接客は無理だ、勘弁してくれ」
 キラッキラと目を輝かせるミーナへ、ファウストは後ずさって首を横に振った。
 長身も、自覚のある強面も、楽しげな空気には似合わないと思っているのだ。
「残念だわ……。でも、ビヤガーデンを満喫していってね。それまでは力仕事をお願いしていいかしら」
「もちろんだ」




 前回、佐藤 としお(ja2489)が札幌を訪れたのは冬であった。
 関東であれば冬というにはまだ早い時期だったが、札幌は冬であった。寒かった。
 寒いゆえに熱いラーメンが生きる!! と、ご当地ラーメンを堪能しまくったラーメン王である。
 そして……時は満ちた。
「盛り上がって行こうー!」
 屋台の設営を終え、としおは蒼天に向けて両の拳を突き上げた。
 今日は、自分がラーメンを提供する側である!!
 飲み会の〆にラーメン? non、酒のアテにラーメンも良いだろう。
 お酒が飲めない未成年だって、安心して食べられるのがラーメンだ。
「折角の北の大地だからね……!」
 あの冬、としおの体を芯から温めてくれたラーメンを思い出す。
 全国津々浦々で味わったラーメンを思い出す。
 様々な経験を活かし、最高の一杯を提供しようではないか!!
「材料、これくらいで良いかい?」
「ありがとうございます!」
 発泡スチロールの箱を2段重ねにして姿を見せたのは、レジスタンスメンバーの一人、湊。
 かつて、札幌の街で共にラーメン屋巡りをした青年だ。
「さすが新鮮ですねぇ。蟹、生きてますね」
「生きてるよーー。余すところなく使ってあげてね。出汁は海鮮で?」
「ええ。昆布をメインにして、スッキリした方向を考えています」
 メインの具となる蟹を含め、他の魚介類からも自然と味わいがしみ込んでくる。故に、ベースはシンプルに。
「屋台ではありますが、出前もしますよ! レジスタンスの皆さんにも差入れしますね!!」
「ありがとう、お腹空かせて待ってるね」
 穏やかな物腰の青年は、としおへ手を振って次のブースへ材料を届けに向かって行った。




「すみません、こちらに七夕の笹を飾らせてもらっていいでしょうか」
 準備を終えた樒 和紗(jb6970)と砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)の屋台へ、大量の笹を抱えた天宮 佳槻(jb1989)が顔を出した。
「話は聞いています、こちらを使ってください。……竜胆兄」
 浴衣姿の和紗は、小ぶりの笹を佳槻から受け取ると竜胆へ視線を流す。
 はとこ殿の威圧を察した竜胆――彼も男性物の浴衣をビシッと着こなしている――は、紳士スマイルで佳槻の抱える笹を預かった。
「こっち持つよ。飾りも用意してくれてるんだ?」
「ありがとうございます。飲食用の大きなテントには短冊も置いてますよ。こちらには、簡単な飾りを」
 竜胆へ笹を預ける間に、佳槻は店頭装飾用の折り紙飾りを和紗へ。
「良い香り……涼やかですね。短冊も、時間が空いたら書きに行きますね」
 見栄えのする飾り方を考えながら、和紗は佳槻に礼を。
「さぁて、僕もナンパ……じゃない、呼び込みに行こうかな。和紗、変なナンパに引っかからないようにね」
「竜胆兄で慣れてますからご安心を」
「どういう意味!?」




 各ブースへ笹を配り終え、佳槻は飲食用テントへ戻ってくる。
「こんな感じでどうだ、天宮」
 彼を待っていたのは、レジスタンメンバーのレラと、サブリーダーであるオヤジだった。
「大ぶりの笹を2本、束ねてみた。迫力があるだろう?」
「七夕飾りか……。童心に返るな」
 素顔を日の下にさらしたオヤジは、そういってカラカラ笑う。
「アンタに、そんな時代があったのか」
「近所じゃ噂の美少年だったさ」
 二人の軽口を聞き流しながら、佳槻も飾りつけへ加わる。
 星。鵲。天の川。
 風に吹かれてサラサラと音をたてる笹の葉に、夜空が彩られてゆく。
「この短冊は、白紙のままでいいのか?」
「はい。皆さんに書いてもらうものは、別に用意してあります」
 レラに問われ、佳槻が顔を上げた。
 白紙の短冊。願い事で埋め尽くされるものの中に、言葉に出来ない気持ちを紛れ込ませる。
(今まで目の前の事で精一杯だったけれど、今なら遠い明日を思って願い事をする事も出来るだろう)
 当面の危機は回避できたけれど、それで全ての終わりではないから。
 目の前の処理だけで見えなくなっていた部分をこそ、見つめ直していくべき時が来るだろうから。
「オヤジさんは、学園へ戻らないんですか」
「俺にはこの土地が合っている。レジスタンスへ直接協力するには、あの時は学園から抜けなければならなかったが、今は自分の意思でここに残ると決めているのさ」
「『あの時』と今と、何か変わったように感じたことはありましたか」
 久遠ヶ原で。
 北海道で。
 天魔の動向で。
 何をとは指さず、佳槻は訊ねる。それに対し、オヤジはゆっくりと頷きを返した。キラキラの星を笹に飾る。
「生徒主導の『久遠ヶ原学園』へと形態は変わっても……まぁ、誰だって簡単に変われない部分はあるし、良い奴は良い奴だし変わっちまう人間もいるな」
 レジスタンスも然り。堕天使のミーナを受け入れる際も、彼女がリーダーを継ぐ時も、反対意見はあった。
 それらを乗り越えて、メンバーたちが笑いあえる今がある。
「……明るさの影で、都合の悪い事や解決しなかったあれこれが闇に葬られたり、握りつぶされたりするのでしょうね」
「神話の時代から、そういうものだな」
 笹の奥に隠れてしまった天の川を引き出して、レラが応じた。
「ええ。そうしたものは、いつか腐り水のように世の中を腐らせます。それを解決する為には、暗部も又、伝えられる事が必要です」
 川の水は、絶えず流れるべきだ。清らかな流れの底も見えるように。どんな生き物が潜んでいるか見えるように。
 淡々と、けれど決意にも似た重みのある声で佳槻は二人へ話す。レジスタンスは手を止め、その意思へ耳を澄ませた。
「その為に、僕は当分学園に残ります。便利屋でも何でも、声を掛けてください」

 佳槻が学園で巡り合った友人知人、家族とも呼べる人々。
 彼らには彼らの、選ぶ未来がある。
 彼らのように生きること。彼らと共に歩むこと。それも選択肢のひとつだろう。
 でも。
 深い深いところで、他者へ――あるいは自分自身にさえも――感情移入しきれない、一歩引いたところから物事を見る佳槻は、考える。懸念する。
 『学園から外を見る事は出来ても、学園内の闇は外からは見えない』。
 学園内にいたとしても、見ることのできない・携わることのできないコトだって、あるのだ。
 ならば、学園生という立場を最大限に活用するのはどうだろうか。学園を起点とすれば、個人的に気になっている他地域の情勢も素早く入手できるだろう。
 見えない。知らない。聞いていない。
 『見落とすように仕向けられた』流れは、いつしか取り返しのつかない毒となりかねない。もしかしたら、すでに起きているかもしれない。
(それを押さえておく者が、きっと必要になる。歴史に記される存在でなくとも……『最悪』を記さない為に)
 手が伸びる限りの高い高い位置へ、佳槻は真っ新な短冊を吊るした。
 



 ビヤガーデン開幕のコールと共に、大通公園は一気に盛り上がりを見せる。
「今回は気兼ね無く楽しめそうだな……」
 ふぅうううう、と息を吐き出して、鳳 静矢(ja3856)は平穏な夏の日差しを堪能した。
「ビアガーデンなのですよぅ☆ ひゃっほーいなのでっす☆」
 昼間から! お酒!! 気心の知れた仲間たちと楽しくわいわい!
 静矢の妻・鳳 蒼姫(ja3762)は大はしゃぎ。
「静矢さん、ここで待っていてくださいねぃ☆」
「うむ、気を付けるんだよー」
 此度の決戦勝利を祝う【祝勝会】の発起人である静矢は、仲間たちが集まりやすいようにテントで待機。
 頃合いを見て各ブースも眺めたいところだが、こうして周囲の賑わいを眺めているだけでもなかなかに楽しいものだった。


「美味しいビールを更に趣向凝らして! 美味しいビアカクテルいかがですか〜♪」
 竜胆の呼び込みには、女性客が集う。
「女性にはエールを使った『モナコ』辺りがお勧めですね。ジンジャーエールと合わせた『シャンディガフ』もビールの辛さを和らげるので飲みやすいですよ」
 和紗がメニュー表や写真を指して丁寧に説明を。
「……それとたこ焼」
 鮮やかな手際でひとりひとりに合わせたビアカクテルを提案し、皆でシェアできるたこ焼きも忘れない。
「よろしければ、テントまで運びましょうか。――竜胆兄が」
「和紗サン厳しい……。でも、美人の顔を覚えるなら任せて☆ 他のブースを周り終えたら席で待っててね、届けに行くよ」
 こんなやりとりも、お客たちには楽しいらしい。
 明るく手を振り、女性陣は軽食を提供するブースへ向かって行った。
「働かざるもの飲むべからずです。あとで、ちゃんと用意しておきますから」
「がんばります……。ん、美味しい。こうやって穏やかにたこ焼き焼けると、日常が戻ったって実感出来るね」
「ええ。ソースの香りは魂を揺さぶりますね」
 たこ焼きを焼き上げつつ、つまみ食いしつつ。ひとつは和紗へプレゼントしつつ。
 たこ焼きに目を輝かせる子供の列が出来たり、なかなか忙しない時間を送ることとなる。


 溢れかえる人々の中、少しばかり目立つ存在がここに。
「熊さん、お祭り楽しいわね」
 おっとり美人の真白 マヤカ(jc1401)が、大好きな熊さん――上野定吉(jc1230)と腕を組んで歩く姿は人目を引く。
 定吉は熊の着ぐるみをまとっており、中の人は見えない(今のところ)。
 マヤカが目立つのか定吉が目立つのか、熊は北海道では珍しくないのか。
 疑問は色々とあるがツッコミをする者はなく、しかし通り過ぎるもの皆が振り向いていた。
(ふわあ! いい匂いがするのう……)
 ちなみに、中の人の考えていることはこんなことであった。
「気になる物は先に買いこんで、【祝勝会】へ参加するとしよう。のんびり座って飲み食いしたいしのう」
「そうね」
 普段は黒髪を下ろしているマヤカだが、今日はポニーテール。その姿に、定吉はノックアウト済みである。
「マヤカどのは、どういったものが好きなのじゃ?」
「オサケは初めてなの。熊さんのオススメを教えて?」
(マヤカどのの初めてを、わしが……!?)
※お酒の話です


「こういうのも良いのう」
 各国のビールが集まり、肴が用意され、有志の出店もある。
 白銀の髪をポニーテールにし、浴衣の上から着慣れたマントを羽織る緋打石(jb5225)は目を輝かせた。
「まずは国産ビールの飲み比べじゃな! 何がどう違うのか試してみようぞ!」
 フランクフルトにおつまみセット、フィッシュ&チップスと食べ物をあらかた調達した石は、三社のブースを巡り始めた。
(しかし……短冊か)
 静矢が待つ飲食用のテントに飾られた大きな笹と、添えられた短冊。
 記入は強制ではないのだが、目にしてしまった以上、無視できない石は何を書こうかいや決まっているのだと思考の端に引っかかり続けていた。


 ビヤガーデンと銘打っているだけあって、扱っているドリンクはアルコールが目立つし、食べ物ブースもそれに合わせたものが多い。
 そんな中で蒼井 流(ja8263)と築田多紀(jb9792)は、目当ての物を探し歩いていた。
 高校生くらいの外見だが流は大学部一年、多紀は初等部生。いずれにしても、お酒は飲めない。
「名前こそビヤガーデンだが、未成年お断わりとは注意書きになかった。つまり、僕たちが楽しめるものもあるに違いない」
 たとえば北海道ならではの極上チョコやマシュマロ。
 目立たないからこそ、探す楽しさを二人はデートへ変えてしまう。
「マシュマロはそのまま食べても良いが、軽く炙ってチョコレートと味わうのも良い。炭火焼きコーナーがあるなら、用意していて不自然ではないよ」
「なるほどなーっ。まずはチョコレートを探そうぜ。看板で目立ちそうだな……」
「北海道のチョコレートというと……」
 多紀が有名どころを幾つか挙げる。会社の名前、ロゴデザインの特徴、一番人気の商品……
「なかなか見つからないな……」
「! るーくん、人が少ないブースはどこだろう」
 ビヤガーデンと銘打っているだけあって。
 参加者は、アルコールOKの年齢が多い。自然と、食べ物も酒に合うブースへと流れてゆく。
 ならば――
「多紀、あそこはどうだ?」
「あった! あったぞ、るーくん! あれが北海道で指折りのチョコレートだ!」
「さすが多紀。見つかってよかったんだぜっ」
 人混みの中、ぶつからないように。流が道を開け、多紀が走りやすいようにエスコートする。
 ミルク、ホワイト、ラズベリー。
 華やかなチョコレートと、ふわふわのマシュマロを入手して。多紀は子供らしい笑顔を見せて流と共に喜ぶ。
 そんな多紀の頭を撫でる流は、少しだけお兄さんのようで、どこか同じ年頃のようで。
「それから、アイスクリームだな?」
「うむ、こちらも楽しみだ」


「ミーナさん、お誘いに来ましたよー」
 Rehni Nam(ja5283)がレジスタンスブースを訪れる。
「あら! レフニーさん」
 赤いワンピースを翻し、ミーナが笑顔で振り向いた。
「あちらのテントで、【祝勝会】を開く予定なんです。もし、当番の時間に余裕がありましたらご一緒しませんか?」
「私が居ますから、行ってきてください」
 キャンペーンガール姿に慣れてきたらしいユウが、ミーナの肩を押した。
「まっさきに抜けちゃっていいのかしら……。でも、ありがとう。よろしくね、ユウさん」
「それじゃあ、また後で、ですねー。お待ちしてますよー」
 レフニーとミーナはユウへ手を振ると、どのビールにしようかと話しながら雑踏に消えて行った。
「……ああしてると、リーダーも外見年齢相応なんだよな」
「レラさん」
「まあ、あくまで外見ってだけで、実際は俺より年上なんd ナナ、どうして蹴る!?」
「レラってば、ほんっとデリカシーない!!」
 むぅ、と少女に睨まれてさすがのレラもたじろぐ。
「そのことには私も同意です。……が。いらっしゃいませ、アイスでしょうか、ジュースもありますよ」
 険悪な空気が流れた直後、ユウは来客に気づき慌てて意識を切り替える。
「アイスを頼みに来たんだ。……色々あるな。多紀は何にする?」
「トリプルチョコをカップで」
「それじゃあ、俺はメロンをトリプルで。うーんと、カップで頼むぜ!」
 ワッフルコーンも美味しそうだけれど、多紀が迷わずカップを選んだには理由があるのだろう。流もそれに倣う。
「アイスお願いします、チョコとメロンのトリプルをカップで1ずつです」
「はぁい!!」
 オーダーが通り、ナナが上機嫌で対応する。
「いいなぁ、2人はデートなのかな?」
「ああっ!」
「うむ、満喫している」
「いいなぁ……!!」
 しみじみと腹の底から声を出し、ナナは甘い甘いアイスクリームを可愛いカップルへ差し出した。

 サービスで大盛りにしてもらったアイスクリーム。
 溶けないうちに、2人は味わうことにした。
「ほら、るーくんチョコだぞ」
「こっちもうまいんだぜっ」
 スプーンで一すくいずつ、味も交換する。
 チョコレートとメロンがミックスされ、1種類だけでは味わえなかった楽しさが広がった。
「ワッフルコーンだと、急いで食べなくては溶けるのが早いし、こうやって分け合うことが難しい」
 チョコメロン、これも美味しい。
 眩しい太陽の下のアイスの、美味なこと。


「さて……折角様々な国のビールが集まっているのだ、全種飲み比べでもするかな」
 レジスタンスブースの設営を終えたファウストは、さっそく会場内を歩きはじめる。
 頭一つ分周囲より高いため、会場全体をよく見渡すことができた。
(私的にメモでもとって、今後買う時に参考にするのもいいな……)
 国内メーカーなら久遠ヶ原へ戻っても入手は簡単だし、外国のビールも輸入食材店で買うことができるだろう。
「…………」
 と、考えながらも真っ先に目が行ってしまうのはドイツビール。
「悪魔の身で故郷の味、というのも妙な話だが……」
 ファウストが、地球で初めて訪れた国。最も長く過ごした地。それがドイツだ。
「酒の味は、変わらないな……。ん、プレッツェルもあるのか」
 ドイツでのビールの楽しみ方を出来る限り忠実に再現したブースを見つけ、ファウストはそこの店主と暫し歓談することとなる。



●祝勝会!
 様々なブースを巡ってきた仲間たちが、一人また一人と静矢の下へ集ってくる。
 ブースを手伝っている者もいるようだし、さすがに全員が一堂に揃うのは無理だろう。
 様子を見計らい、静矢が乾杯の音頭を取った。
「まだ色々とあるだろうけれども……。ともあれ、今はこの訪れた平和に――乾杯!」

「「かんぱーーい!!!」」

 あちこちで、笑顔がはじける。
 未成年の多紀は、もちこみでお子様用ビール(という名のノンアルコールドリンク)を。流はリンゴジュースを片手に乾杯。
「ワインが好みじゃが久々のビールも乙じゃ」
 石もご満悦である。子供っぽさがupしている服装にもかかわらず、オッサン度もupしている不思議。
「静矢さーん、今日は飲んでくださいねぃ☆」
 蒼姫が、キンキンに冷えたK社のビールとおつまみセットを静矢へ。 
「お、蒼姫有難う……張り切っているねぇ」
 受け取る静矢が、そう言葉を返すには理由がある。
 蒼姫は団体用のジンギスカンを焼き始める傍らでチョコ&バニラ&メロンのアイス(ワッフルコーン)を堪能しつつ道産イチゴのドリンクも手放す様子がない。
 チョコ+苺、バニラ+苺、メロン×苺と、アイスの種類によって味わいの変化を楽しめるのでやめられないのである。
 腕は二本しかないというのに、蒼姫は魔法のように道具を操り、野菜を敷いて肉を焼く。
「ジンギスカンどうぞなのですー☆」
 ジャッと最後にタレを回し入れ、仕上げ!
 タレを器に別添えでも良いが、大人数で取り分けるなら最初から絡めてしまうのが良い。
「それでは……」
 焼きあがるまでにソーセージの盛り合わせを堪能していた雫(ja1894)が、蒼姫の言葉に甘えてジンギスカンへ手を伸ばす。
「なるほど、これが北海道の……柔らかくて味わいがあって……」
 野菜と肉がバランスよく取れるよう混ぜ込んである鉄板から華麗に肉だけ抜き取って、少女は神妙な面持ちで感心する。
「…………」
「……何か?」
 その様子を見ていたミーナが、呆然としているものだから雫が訊ね返す。
「ううん。気持ちのいい食べっぷりだと思って。お肉が好きなのね」
「野菜も食べていますよ?」
 少しですが。
「ソーセージも美味しいですよね。シズクさんは、オススメのものありました?」
 ミーナの隣でスーパー辛口系A社のビールを水代わりに飲んでいたレフニーが蒼姫からジンギスカンをの盛られた皿を受け取りつつ。
「あまり考えずに食べていたので……どれも美味しかったことは確かなんですが」
「良かったら、こちらもどうぞ」
 食べ足りない様子を察し、ミーナが盛り合わせの一皿を雫へ譲る。
「えっと、蒼姫さん、よね。私もジンギスカンをもらっていいかしら」
「もっちろんですよぅ☆ 大盛りにしますねぃ!」
 これで、最初に焼いた分は配りきってしまった。蒼姫は第二弾を焼き始める。
「ミーナさんは黒ビールがお好きなんです?」
「んー、そうね……。片端から飲んでみるつもり。普段はレラが厳しいの」
 レフニーが空いたグラスへドイツビールを注ぐと、ミーナは肩をすくめて笑った。
(……お酒とは美味しい物なのでしょうか?)
 そんな2人のやり取りを眺めていた雫が、素朴な疑問を抱いているとも知らずに。



●想いの連鎖と傷の跡
 ドイツ、イギリス、国産各社……そして再びミーナがドイツビールへ戻ったところで。
 レフニーはグラスに浮かぶ泡を眺めながら、小さく言葉を落とした。
「長いようで短い、短いようで長い戦いでしたね」
「……そうね」
 今日の、この街の平和は久遠ヶ原の協力が無ければ適わなかった。
 北海道を冥魔の手から守るため、占領地域を取り戻すためとレジスタンスへ加わろうと決意した時には、久遠ヶ原から抜ける必要があったというのに……不思議なものだ。
「戦ってる間はとても長かったのに、終わって振り返ってみればあっという間でした」
「レフニーさんの、戦いを聞いても?」
 札幌での戦いを振り返るようで、どうやら彼女はそれより遠くを思っているらしい。
 察したミーナが、声のトーンを落ち着けてレフニーの手へ自身の手のひらを重ねた。
「…………」
 ビクリとレフニーの肩が揺れ、ミーナを振り返る。泣きそうな、苦しそうな表情をしている。
 長い沈黙の後、レフニーはキュッと目をつぶって銀糸の髪を振った。
「悲しい事も辛い事も……怒りや憎しみ、恨みに支配された事もありました」
 具体的に話してしまえば、きっと止まらない。
 記憶が溢れ返し、どうしようもなくなってしまうかもしれない。
 深くには触れず、それでも乗り越えてきた一つ一つの出来事をレフニーは振り返る。
「それらは決して消えないけれど、でも、今は楽しかった事で頭がいっぱいです」
「……そうね」
「…………逝ってしまった人達も、向こうで楽しくやってくれてれば良いな、って……」
 おかしいな。
 撃退士は、お酒に強いはずなのだけど。
 言葉にしてしまうって、こんなにも力のいることだったろうか。
 逝ってしまった人達……もう、手の届かない人達。
 その面影を胸に浮かべたら、レフニーの双眸に涙が浮かんでしまった。
「たくさん。たくさん、戦ってきたのね」
 ミーナは重ねた手を、そのまま優しく握る。
「はい……。気持ちの整理は出来ましたが、だからといって許すわけではありませんし」
「ふふ」
 闇のようにドス黒い本音を聞いた気もするが、それもレフニーの選択である。
 暗い感情を抱いたとしても『支配されない強さ』を、彼女は戦いの中で得たのだろうとミーナは感じていた。
「ところで、生命の芽は……役に立ちましたか?」
「ええ。メンバーで一番上手なのがレラなの。……ふふ、面白いでしょう」
 以前、レフニーがレジスタンスを相手にスキルの伝授をした際、『生命の芽』を使った相手がレラなのだが……そう言えば、彼はアスヴァン系統の能力者であったか。
「あっ。レフニーさんからはお料理を教わる約束をしてたのよね。折角だから、ここで何かできないかしら」
「そういえば。ジンギスカンの材料とブースの食材、それからアルコールでアレンジしてみましょうか」
 


●大好きです
 定吉は、ふわふわ夢見心地であった。
 大好きなマヤカどのと、でえと。
 北海道の美味しい食べ物に美味しい酒、気心の知れた仲間たち……
 ふわふわ、ふわふわ、夢のように楽しい。
「日本のオサケは辛かったけれど……これはとてもクリーミーでまろやかね。同じ『ビール』でも違うのね」
「それはイギリスのビールだね。ゆっくり味わうのが良いらしい」
「まあ」
 静矢の説明を受け、一気に半分ほどまで飲んでしまったマヤカが驚く。飲みやすかったので、つい。
「マヤカどの!! わしより、わしよりフワフワな存在がおると……!?」
「あら? どうしたの、熊さん。熊さんが一番のふわふわよ?」
 泣きが入る定吉の鼻を、マヤカがツンと指先で押す。
(……。これはもしかして)
 しかして、そんな様子を見ていた静矢は疑念を抱く。
「定吉さん……もしや」
「わしは! マヤカどのを毎晩抱いとる! ゆえに、わかるのじゃ……!!」
※清いハグです
「酔ってるね」
「酔ってますねぃ☆」
「私も熊さんのふわふわが大好きよ。ほら、今も」
 マヤカは動じることなく、そっと定吉の腕を取る。軽く引くだけで、酔いのまわっていた定吉はたやすく膝枕させられてしまった。
「むにゃ……マヤカどの……」
「ふふ、熊さんったら」
 
「アキちゃん、ジンギスカンとても美味しかったのだ。デザートには早いが、口直しということで焼きマシュマロはどうだ?」
 カセットコンロだけを借りてきた多紀は、割りばしにマシュマロを刺して軽く炙り、クラッカーにチョコレートと一緒にサンドしたものを差し出す。
「わーっ、いただくのですよぅっ。多紀ちゃん特製の焼きスイーツですねぃ♪」
「多紀、俺も俺もっ!」
「うむ……ビスケットで挟むものはよく聞くが、クラッカーの塩気が効いていてこれも美味しいねぇ」
 忍ばせているのは、極上チョコレート。この上ない贅沢な口直し。
「チョコレートの表面を炙るだけでも違うぞ」
「すごい……とっても美味しいわ、多紀ちゃん」
 定吉に膝枕をしたまま、マヤカは焼きチョコレートに感動していた。
「多紀〜〜っ」
 友人たちより後回しにされていた流が催促すると、多紀は意地悪な笑みと共に
「るーくんには、チョコレート増し増しだよ」
「うわっ、すげーっっ」
 クラッカーのマシュマロサンドの上に焼きチョコレート。熱いうちに召し上がれ。
「多紀はすごいなー」
 感心しきりの流の隣へ、多紀が自分の焼きマシュマロも用意してストンと座る。
 それから、何か言いたそうにして……下を向いたまま、マシュマロを頬張る。熱くて、とろっとしていて、ふわふわ。溶けだすチョコレートの甘さが優しい。
「るーくん」
「うん」
「天王戦の時……傍にいて、くれて。心強かった」
「……俺だって」
 たぶん、多紀は緊張している。そう感じ取って、流は少女へ向き直った。
 いつも大人びた口調の多紀。
 甘いものが大好きな多紀。
 流は、自分が知っている限りの少女の表情を、たくさん思い浮かべる。
 今、多紀は何を思っているだろう。
「僕は……、……るーくんが好きだ」
 勇気を振り絞っての、改めての告白。
 どれだけ、どれだけの勇気を使ってくれたんだろうか。
「有難う、俺も大好きだっ」
 ちらりと見上げる多紀の頭を、いつものようにぽふっと撫でる。
「……うむ」
 心なしか少女の頬が赤い。

「うへうへ……若いものはええのぅ」
「蒼姫、蒼姫。心の声が漏れているよ」
 若い二人と天然な二人。2組のカップルを眺めながら、蒼姫は悦に入るのだった。



●得意分野、とは
(……うぅん……豪快な焼き料理が多いですねぇ……)
 ブースを巡りながら、月乃宮 恋音(jb1221)は自身の料理のレパートリーを増やせないか参考に出来るメニューを探していた。
 恋音は未成年だが、恋人は成人しているし成人済みの知人も多い。
 イベント事で集まる機会があれば、役立てられないだろうかと考えたのだ。
 しかして素材で勝負する北海道では、そのまま焼いたり全部煮込んだりといったものが多い。あかんやつや。
 そして通りがかるそばから試食案内が鬼のように迫る。
 小食の恋音にとって、なかなかハードな戦場とも言えた。
「……えぇと……こちらは、なんのお料理でしょうかぁ……?」
 そんな中、興味を惹かれたブースが1つ。
「あら、いらっしゃい可愛いお嬢さん。うちでは、チーズを使ったモノと、色んな種類のピクルスを用意しているよ」
 バンダナを巻いた、明るい笑顔の女性が恋音を出迎えた。
「ピクルス……これもですか……」
「ざっくり言っちゃえば酢漬けだからね、なんでも作ることができるのさ。良かったら、作り方リストもあるよ」
「おぉ……」
 これなら、久遠ヶ原でも応用ができそう。
 チーズも、市販品で代用できるものを探せば幅を付けられるはず。
「気に入ってくれたら、チーズの地方発送もしてるよ。本業は牧場なんだ」
「牧場ですかぁ……。それでしたら……そのぉ……乳製品も多く取り扱ってらっしゃるんでしょうかぁ?」
「ん、興味持ってくれた? ヨーグルトなんかは提携してる店で作ってもらってるけどね」
 女性は嬉しそうに、牧場製品の載ったパンフレットも手渡した。
 牧場経営の傍らで農業もしており、ピクルスはその野菜を使ったものなのだそうだ。
(……道内でしか流通していないのがもったいないくらいですねぇ……)
 しっかり管理できる規模で留めるゆえの限界点なのかもしれないが。
 恋音はチーズを土産の一つとしてリストアップし、次のブースを探しに行く。


 食事で空腹を満たした雫は、レジスタンスブースを訪れた。
 そろそろ甘いものも食べたい。
「どれにするか悩みますね……。ハスカップは北海道ならではですよね。バニラアイスでフロートをお願いします」
「それね、あたしも大好きな組み合わせ! 待っててね」
 鼻歌交じりでナナが用意を始める。
 ブドウのような色だけれど、ブルーベリーにも似た香りで優しい甘さ。
「なかなか面白い催しだな。イギリスの泡アートも見事だ」
 雫の後ろから、ファウストが顔をのぞかせる。
 食べ歩き飲み歩きをするうちに、甘味もひとつ頼みたくなって戻ってきたのだ。
「猫ですか、可愛らしいですね」
 見せてもらい、ユウが微笑む。
「それも……お酒なんですか?」
「ああ、そうだ」
 カフェラテのアートなら、聞いたことがあるけれど……。
 うずうずと、少女の好奇心が刺激され始める。
「ひとくち頂けませんか?」
「だめだ、未成年だろ」
「うぐぐ」
 当然の反応に、雫は引き下がるしかない。悪ノリするタイプの相手なら通ったかもしれないが、その点においてファウストは常識人である。
 すごすごと退散する少女を見送ってから、彼はアイスクリームをオーダーしようとし……
「ん、その黒いアイスは一体…………イカスミ、だと?」
「そうそう、ご当地限定! 函館からだよー。到着が遅れて、ファウストさんが手伝ってくれてた時にはなかったんだよね」
「……正直全く味の想像がつかないが、せっかくだ、一つ貰おう」
「はぁい!」


「もう少しでリーダーも戻ってくるだろう、2人は自由行動してきていいぞ」
 レラに促され、ユウとナナはレジスタンスブースを離れた。
 ……と、入れ違いに。
「レラ殿〜。来たぞ〜〜〜」
「げ」
 上機嫌でやってきた石を目にして、レラは後ずさった。
「げ、とはなんじゃ! 飲みの誘いじゃ。むこうのテントで」
「【祝勝会】だろ? 今、リーダーが行ってる」
「そうじゃったな。ミーナ殿が真っ先に来てくれた。だというのに、おぬしは……」
「仕方ないだろ、レジスタンス全員が持ち場を離れるわけにはいかない」
「では、おぬしの自由時間まで自分はここでアイスを食べておるぞ。良いな?」
「いるなら手伝えよ……」
「聞こえんなぁ。ところでレラ殿、最近はどうじゃ?」
「どうって、何がだ」
「決まっておろう、年頃の男子に浮いた話の一つや二つ」
「親戚のおっさんか……」
「む、そうやってかわそうとする姿……怪しいのう!!」
「なんだー、レラばかりモテて寂しいな」
 絡まれるレラへ、オヤジが笑いながら助け舟を出した。
「おお、……おおおおおおお」
 これが、虚無僧の素顔。
 上から下までじっくり眺めた後、石は姿勢を正す。レラに絡むのは趣味であって、さほど酔っぱらっているわけではない。
「鳳氏から、是非レジスタンスの皆様も参加をと言付かっている。休憩時間に入った方から順次で構わぬ、遊びに来てほしい」
「ほほう、鳳君か。彼に誘われたなら行かなくてはな。レラ、湊とミーナが戻ってきたら向かおう」
「わかった」
「では、自分はバニラとイチゴのダブル、コーンで頼む」
「居座るのは変わらないんだな……」
 渋々とレラがアイスクリームの用意をしているところへ、恋音が姿を見せた。
「……あのぅ、発送はこちらからと伺ったのですが……」
「また、大量だな」
 種類の豊富なチーズやソーセージ、各種加工品などを詰めた箱を抱えてやってきた少女へ、レラが真顔になる。
「こちらへどうぞ、対応しよう」
 オヤジが荷物を受け取り、発送受付のテーブルへ恋音を案内する。
「この他に指定の酒類を学園長と……直送だね。では、送り状へ記入をお願いできるかい」
 まさか学園長宛てに土産を送る生徒がいるとは。驚くオヤジへ、恋音はおっとりと答えた。
「……各種関係は……良好に保つことが大切ですから……」
「ビジネスライクだね?」
 意外とドライな返しに、オヤジは笑いを誘われる。
「……私は学園を卒業後、学園島で『事務代行業』を始める予定なんですよぉ……」
「事務代行?」
 耳慣れぬ言葉に、オヤジは顔を上げた。
 恋音は、学園において戦闘技術ではなく事務処理・文書制作の経験実績を積んだことを掻い摘んで説明し、事務代行業についてどういった業務であるかわかりやすく伝えた。
「……『書類・実務関連』で、何か問題が有った場合はご相談下さいねぇ……」
「うむ、覚えておこう。頼りにさせてもらうこともあると思う。月乃宮 恋音さんだね。こちらこそ、よろしく頼むよ」


「……ノンアルコールでいいですか?」
 隙を突いて飲めやしないだろうかと和紗たちのブースを訪れた雫だったが、とあるバーで住み込みバイトをしている和紗を出し抜くことはできなかった。
「お酒は出せませんが、これをどうぞ」
 あつあつたこ焼き1パックを受け取り、雫は立ち去るよりなかった。
(ここまで来ると、どうやっても手に入れなければ気が済みませんね……)
 たこ焼きをモグモグしながら、雫はどうすれば酒を手に入れられるのか真剣に考え始めていた……。




 湊イチオシのラーメン屋さんなんだって!
 ナナに案内され、ユウはとしおのブースを訪れた。
「いらっしゃい! 本日は塩ラーメン一択です! 冬は味噌、夏は塩、春は醤油で」
「あきないですか?」
「北海道ですからね!」
 威勢のいい出迎えに、ユウが合の手を入れる。
「トンコツも好きですが、北海道には素直な味が合うと思うんですよね」
「嬉しいー、美味しい!! 佐藤さん、すっごいね!」
「本当に美味しいです……他のお店で食べるのと全然違います」
「そう言ってもらえるとラーメン王の二つ名を持つ甲斐がありますよ。もちろん、これは今日の為の最上の一杯です。ところ変われば、また変わります」
「いろんなところで食べているんですねー!」
「できればビヤガーデン閉会後には近隣のラーメン屋へ行きたいです。昨年の冬に行った店も気になりますし、新規店もあるでしょう?」
「あるある! オススメがねー!!」
 ナナは未成年だから、アルコール上等のビヤガーデンは少しばかり窮屈だったらしい。
 としおと生き生き会話する姿を見て、ユウはどこか安心した。

「ユウさん、ありがとうね」
「え?」
「北海道に来れない時も、いっつも気に掛けてくれてたでしょ。嬉しかったんだ」
 年賀状や、ちょっとした贈り物。それから、レラの野球姿の動画など。
「……私に出来ることは、限られていますから」
「んーん。離れた場所に居ても覚えていてくれて嬉しかった。あたしのために怒ってくれた」
「……レラさんには、あとで正式に謝ろうと……」
 ユウがレラを全力で平手打ちした結果、彼はレフニーから『生命の芽』を伝授される流れになったのだ。嗚呼懐かしい。
「大丈夫だよ、それで怒るような奴じゃないよ。レラにとって、ユウさんは大切な隣人だから」
「隣人、ですか」
「そう。北の地で、ずーっと昔。交易して、時には共に暮らした相手を『隣人』って呼んでた。でも、いつの間にか――……」
 利を巡り土地を巡り戦うようになった。
 信頼した『隣人』は、違う意味を持つようになった。
 騙されて、信じて、騙されて、それでもまた、再び共に暮らすようになった。
 確執は全て消えたわけじゃない。
 でも、分かり合えないわけじゃない。
 今はまた、共に同じ土地に暮らす『隣人』。
「人と天魔みたいでしょう。不思議だよね」
 仲間と認めた堕天使やはぐれ悪魔を、レラは『隣人』と呼ぶのだとナナが言った。
「レラは冥魔ゲートで家族を殺されてるから……悪魔もだけど、天使も同列に考えてて。ミーナさんがレジスタンスへ入りたいって言った時も凄く反発してた。
だけど、今は誰よりもミーナさんを信じて、守ろうとしてる。たぶん、レラはミーナさんのことが好きなの。あたし、本当は知ってた。
もし、そうじゃなくても……ミーナさんのそばを離れるレラは、想像できないな。レジスタンスがある限り、レラは多分、あの人の隣にいると思うんだ」
 それで。あたしは多分、そういうレラが好きなんだ。
「ユウさん。あたしね、強くなりたい。レラに助けられるんじゃなくて、レラを助けたい。レラがミーナさんを支えるなら、そんなレラをあたしが支えたい」
 髪を伸ばし始めたのは、その願掛けなのだと少女は言った。
「……強く、なれるかな」
「ナナさんなら、絶対なれます」
「へへ。ありがと」
 たまらなくなって、ユウはナナの両手を握る。
「ナナさん。私は将来、学園の先生を目指そうと考えているんです」
「ユウさんが先生に? 素敵!!」
「頑張りましょうね……お互いの夢が、叶うように」




「やあ、鳳君。久しぶりだね」
「先日は御無礼を……。一献どうぞ」
 オヤジとレラが連れ立って【祝勝会】へ姿を見せた。それを受け、静矢は隣の席を勧める。
 静矢は以前、オヤジの正体をレジスタンスの研究職にある男性と推測していた。
 今日、改めて着流し姿のオヤジ――八雲 恭介――を前にして、全くの別人であると同時に彼の存在の大きさを感じた。
 元学園の教師。
 正式な教育を受けられないレジスタンスメンバーたちにとって、実践面で非常に重要な役割を担ってきたことだろう。

 ――他方。
「!? こら、未成年だろ!」
「なんのことでしょう?」
 アルコールを巡り、雫とレラが攻防を始めていた。
「雫さんが得物を狙う目に……」
 レラの手にするビールを奪わんと、雫は戦闘態勢に入っている。
 それを、静矢は明日の天気でも話すかのようにおっとりと説明した。

「熊さん、そろそろデザートは如何でしょう」
 寝ぼけている定吉の口元へ、マヤカが目覚めの一杯を。
 冷たいグラスを受け取り、定吉がうっすらと目を開ける。
「トマトジュースのイカスミアイスフロートよ、熊さん」
「!!?」
 愛を試される大地、北海道。酔いも吹き飛ぶインパクトである。
 が、試されるまでもない。
「わしのマヤカどのに対する愛は、イカスミよりも白く清らかじゃ……!」

 黒い外見に反し、アイスは純粋に牛乳の味が生きていて美味しいことにファウストは衝撃を受けていた。
「これがイカスミの味なのか? いや……。……??」
 世界、広い。まだまだ知ることはたくさんあるようだ。

 ――ということで、衝撃のドリンクを制覇した定吉は。
「熊さん、お口に墨が」
 マヤカが天然スマイルと共に口元へキスをしたことにより、完全に落ちた。



●願う星
『婚期』
 力強い筆文字で書かれている願いは、誰のものかはさておいて。


『冥魔空挺軍に入団できますように』
 短冊へ願い事をつづった竜胆は、文字を指先でなぞる。
(そろそろ返事が聞きたいなぁ……) 
 いままで、何より誰より優先してきた存在がある。
(和紗は……安心して任せていけるはず)
 そう信じることができたから、竜胆はようやく『熱望』する心を自覚できた。認め、望んだ。
 進みたいと願う希望と、大切なものを手放す寂しさとはないまぜだけれど。
(別に、離すわけじゃないし。任せはするけど、和紗は和紗だし)
 誰かが泣かせるようなことがれば、冥界の果てまで追い詰める気持ちに変わりはないし。
 ――でも

『大切な人達が幸せでありますように』
 感傷にふける竜胆の隣で、和紗は迷いなく一行を書き上げ笹に吊るしている。
「和紗さぁん!!?」
 情緒とか、なんか!
「これが、俺の一番の願い事ですよ」
「た、たいせつな……?」
「ええ」
(ああ、これは)
 自分は入っていないと思ってる顔。
(これだから、竜胆兄は)
 そして、心の中でくすっと笑った。
(大切な人に竜胆兄が入っているとは言ってあげません)
 もっと、自信を持ってくれていいんですよ。


「お疲れ様ーっ。たこ焼きの差し入れに来たよっ」
「ビアカクテルが完売しまして」
 竜胆たちも【祝勝会】へ加わる。
「大阪のソウル(フード)をどうぞ。レジスタンスの皆さんで分けあってください」
 和紗は、10パックほど入った袋をオヤジへ渡した。
「俺は、将来的にフリー撃退士を予定しているんです。いつか道が交わる事もあるでしょう」
「それは頼もしい。今日は、色々な縁に恵まれるな」
 オヤジは黒髪をかきあげ鷹揚に笑った。




「取りましたっ」
「あーっ……」
「ふぅ……。すっきりしました。お返しします」
「?」
「……何でこんな事をしていたんでしたっけ?」
 目的を忘れ手段に熱中していた雫に、レラは脱力して頭を軽く小突いた。
「酒は成人してから。それまでに、他の美味いもんを食べておけ」
「……それもそうですね」
 喉が渇いたので、ソフトドリンクのお代わりをしてきます。
 そういって去ってゆく雫を見送り、今度こそレラは体力の消耗と精神疲労で地面に座り込んだ。

「ビール、ぬるくなったでしょう。冷たいのを持ってきましたよ」
 攻防を見ていたユウが、プレミアムなビールをレラへ差し出す。
「気を遣わせたな。……というより、ずっと遣ってるだろう。俺に何か言いたいことがあるのか?」
 ビールを受け取り、一気に飲み干してからレラが問う。
「八か月前の謝罪を……。あの時は、本当に申し訳ありませんでした」
「八!? お前……真面目だな」
 レラも忘れたわけではないが、根に持っているわけでもない。
「気にしていない。ナナの友人だったら、怒るのも仕方ないだろう」
「レラさんは……、……」
 彼が不器用な性分であることは、なんとなくユウも感じ取っている。
 ナナが想像するようなものも、わからないでもない。
 けれど、全ては想像でしかないのだ。
「お願いがあるんです。新たな転換期を迎えた今だからこそ……どんな答えであっても、しっかりナナさんと向き合ってもらえませんか?」
「それは、俺とナナとのことだろう。どうして、そこまで気に懸ける?」
「大切な友人に幸せになってほしいからです。レラさんが、中途半端にナナさんを縛っているから」
「…………」
「ナナさんは素敵な女性です。そんな彼女に惹かれている男性は多いですよ」
「知ってるよ」
「……っ、だったらどうして!」
「ここで無責任に放り出してみろ。アイツのことだ、何処へ暴走するか。ガキだが子供じゃないんだ。……その程度には大事に思ってる」
 かといって、簡単に答えを出せるものでもない。
 レジスタンスたちの『日常』も緩やかに変化しているが、感情の整理が上手くできるかと言えば別で。全てに名前を付けられるかと言えば別で。
 大切なものが多すぎて、優先順位をつけられない。それは幸せなことなのだろうと思う、けれど。
「新たな転換期、か。……次にお前たちと会う時は、どうなっているだろうな」



 変わっていないように見えて、全ては少しずつ、変わっている。
 街も、人も。
 節目ごとに祭りは開かれ、過去へ思いを馳せ未来を夢見る。
 


 世界は、この先もまだまだ続く。






依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
久遠ヶ原から愛をこめて・
蒼井 流(ja8263)

大学部2年6組 男 ディバインナイト
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
学園長FC終身名誉会員・
築田多紀(jb9792)

小等部5年1組 女 ダアト
大好きマヤカどの・
上野定吉(jc1230)

大学部2年7組 男 ディバインナイト
大好き熊さん・
真白 マヤカ(jc1401)

大学部2年4組 女 陰陽師