●鍵を壊せ
三谷屋百貨店管轄の流通センター。
付近まで筧 鷹政が運転する車で乗り付け、一同は遠巻きに『門番』を見やった。
隠れる場所などない、真っ向勝負を挑むしか術はないようだ。
「じゃあ、俺は、まずはここまで。敵の掃討を終えたら、中の企業撃退士達に連絡を取るから」
自身も車から降り――さて静観、というポーズをとった筧へ、鷺谷 明(
ja0776)が物言いたげな顔をする。
「筧君……いや、なんでもない」
何かを企む明の笑顔。言いかけて止めるのもフェイクの一つ。
(怪しい依頼と関係があるとかないとか……。気になるけど、今は目の前の敵に集中しないと)
明の態度に意識を引かれながら、森林(
ja2378)は軽く首を振った。
(小さくないとはいえ、関係した民間企業にこうも連続して天魔が関わるというのは……。……いえ、憶測はただの憶測、私は私の務めを果たすだけ)
それは牧野 穂鳥(
ja2029)も同じようであった。
「ん、難しいことはわからないの…… 取り敢えず……敵を殲滅すればいいんだよね?」
九曜 昴(
ja0586)が首を傾げると、筧はニコリと頷きを返した。
たゆん、豊かな乳を余裕で揺らし、アーレイ・バーグ(
ja0276)が悠然と呟いた。
「さて……と、私の火力を披露するときが来たようですね」
敵がどれほどのものであろうと、アーレイには焼き払う自信がある。
「そろそろ暑い季節ですし薄着しないとですねっ」
薄着通り過ぎてるとか、それはコスプレだとか声が聞こえた気もしないが、アーレイのポリシーの衣装ゆえに涼やかに聞き流す。
「やれやれ、ゴツイ門番がいる上に状況はガスか。対NBC装甲強化服でもあればいいんだがな」
新田原 護(
ja0410)はショートボウを構え、嘆息した。10M四方に麻痺性ガスを充満させているなど、事前情報が無ければ避けようもないタチの悪いトラップだ。
「敵はキメラとかいった類の物か、しかし面妖だな……。風体通りなら俺の攻撃は通り難いが」
獅童 絃也(
ja0694) は伊達眼鏡を外し、険しい相貌で対峙すべき『門番』を睨み据える。
――キ、キ、キ、
双頭の鷲に、体は虎――だが足が六本。
何かを模したとも思えぬ異様な姿は、何を待ちかまえているのか常に鳴き声を発している。
情報にある『音波攻撃』とは違うようだが。
……先手を打つならこちらから。
門番に認識される前に、一同は陣形を組んで攻撃に当たった。
「煌く星の力よ……僕に力をなの…… スターショット」
昴が静かに狙い澄まし、初撃を放つ。星の光を纏ったアウルの弾丸が門番の首の付け根あたりに命中する。
門番が甲高い鳴き声を上げる。キュルキュルと首が回転し、こちらを確認した。
――キィイイイイイイイイッッ
耳をつんざくような咆哮。
「まだ遠い!」
目に見えぬ、耳にだけ届く攻撃は射程圏外。見定め、絃也はそこから一気に距離を詰めた。麻痺性のガスの方が厄介だ。一撃離脱、素早く繰り返すために入りこむタイミングを読む事が肝要である。
「先にこの頭部さえどうにかしてしまえば――」
影野 恭弥(
ja0018)のアサルトライフルがセミオート射撃で麻痺煙を吐きだす頭を的に、火を噴く。
「時間は掛けていられません!」
穂鳥が射程ギリギリから炎魔法を放つ。こちらは音波を発する頭がターゲットだ。
門番の頭が奇声を上げる。やおら立ち上がり、その爪を振りかざす。
「セミラミス……」
明の声が、門番のサイドから低く囁かれた。彼の背後には古代の女王、毒婦と呼ばれた美貌の幻影。
幻影は明の伸ばされた指先を滑り――門番に毒を与える。
敵が麻痺を操るなら、こちらは毒で翻弄する!
何事かと門番が首を回転させる隙に、逆方向から回り込んだ絃也が重心を低くし、溜め込んだアウルを集束させた鉤爪で沖捶を打ち込む。
振り下ろされた門番の爪を側面へ回り込み避けると、
「その動きを、待ってたよ……。少し、大人しくしてくれるかな」
「状況ガスってなれば普通は逃げるんだがな。厄介なことは仕事だから逃げられないんだよねえ」
森林と護が、近接系2人のフォローのためにとびきりのストライクショット!
目や足等を狙い、一瞬だけ動きを止める。
「我が武の真髄、その身に刻んで貰おうか」
体勢を立て直した絃也が震脚で大地を踏み、呼気と共に更なる一撃を解き放つ!
立ちあがっていた門番の、後脚――文字通り足元を狙い、バランスを崩させる。
――キィーーーーーッッ
頭の一つが、叫ぶ。しかしそれは、恭弥のショットで上へ逸らされた。
「こっちも厄介か」
恭弥は涼やかな顔のまま、攻撃の手を休めない。
「行きますよーっっ」
そこへ、アーレイが呪文を読み上げ――最大火力のマジックスクリューを放った!
門の前から頑なに動こうとしなかった門番は、門の鉄格子を捻じ曲げて後ずさる。
何か意思を与えられたかのように、頑なな姿勢はゾッとしない。
「火力を集中! とにかく、短期決戦! 毒ガスを喰らい続ける趣味はない!」
護が声を張り上げる。
門番が撒き散らす麻痺性の煙は遠距離攻撃をもってしても、ヒットアンドアウェイが必要となってくる。
続くように穂鳥が再度、炎の花弁を咲かせた。
恭弥の段幕が、遂に頭の一つを吹き飛ばす。
「いい加減倒れると……いいの。スターショットなのっ!」
ストライクショットでの援護攻撃を絶えず行なっていた昴が、止めにとっておきを見舞った。
●匣の周囲を掃討せよ
「門番を撃破したな。これより内部索敵を行う。インフィルトレイターのみんな、行くぞ」
ベテランの狙撃兵よろしく、護が片手を挙げたところで――
「フォローは頼むよ、そっちへは抜かせないからさ」
迫りくる人面犬の群れへ、明が突撃していた。門番を踏み越え、絃也も続く。
建物正面を護っていた人面犬たちは、彼らにとってもまた門番が壁となりこちらへ攻撃を仕掛けられずにいたのだ。
群れを為して襲いかかってくる!
門番への攻撃の間に増援を呼ばれてしまっていたらしい。遠吠えの声も、戦いの雑音でこちらには感知できなかった。
時間がかかれば――あるいは門番が戦闘態勢に入った段階で、予測はできたはずだった。
『甲高い鳴き声での攻撃』それこそが、犬たちの『遠吠え』を隠すものではなかったのか。
「ちょーっと厄介な展開ですね」
しかし、これはこれで好都合。
アーレイが高火力のファイアーブレイクを、束になった人面犬に叩き込む!
腐りかけの骨まで焼きつくし、眼前に消し炭が崩れ落ちた。
「範囲攻撃は雑魚相手だと使い勝手がよいのですよね」
ぷるん、と胸の谷間に流れ込む汗を拭いながら、アーレイが微笑んだ。夏も近いので、いつもより多く胸が揺れております。
「この程度に遅れを取るわけには行かんが、油断は禁物」
騒ぎを聞きつけた人面犬のグループが、左右から駆けつけてくる。右手が、若干、先に到着しそうか。
アーレイのフォローが無ければ、完全な混戦となり、危ういところだった。絃也は気を引き締める。
「俺が少しでも時間を稼ぎます」
「犬相手にインフィルトレイター4人だ。火力ではこっちのほうでは上なんだよ。殲滅する」
「……なんとなくゾンビ映画を思い出すな」
「一気に倒していくの……悪く思わないで……ね」
近付いてくる間に、インフィルトレイター部隊が先制射撃を行なう。
「うーん、数の暴力に勝るものなし」
射撃のオンパレードに、明が思わず溜息をもらした。
入り口での銃撃戦を聞きつけたようで、この様子なら陣形を崩さずとも敵の殲滅は可能のように思える。
次々と襲ってくる群れに対し、身動きが取れないということもあるが。そこは前向きに考える。
(うっ、おじさん顔……)
思わず人面犬を直視してしまった穂鳥は顔をしかめ、慌てて気持ちを切り替える。
絃也はアウルを練り上げ、敵の接近を待ちかまえていた。段幕をくぐり抜け駆け寄る人面犬に、相対する。
「ハァッ」
八極拳を取りこんだ戦法で、前線を護りきる。
「おっと、行かせないよ」
サイドへ回りこもうとした個体へは、明がすかさず影縛りを掛けた。動きを止められた人面犬は、後方部隊の的となる。
背後を突こうとしてきたところへ恭弥が回避射撃をし、アーレイの動きを助けた。
「獅童さんっ!」
そんな中、最後方に居た穂鳥が叫ぶ。
「くっ、これしき!!」
1体を弾き飛ばしたところで、逆方向からの攻撃に対し腕を噛ませて応対した絃也の額に脂汗がにじむ。痛みからくるものだけではない。
「無理しないでください……!」
少ない前衛陣にそれをいうのも無理な話ではあるが、穂鳥は駆け寄りすかさずレジスト・ポイズンを施す。
「すまん」
「解毒は任せて下さい。ですから、しっかり護ってくださいね」
穂鳥の返しに、絃也はふっと笑いを見せた。
「犬っころ。いいことを教えてやる。チーム相手に単独特攻は命取りだぜ」
少数精鋭の前衛の背後には、これ以上ない援護チーム。
目標へ無策に突き進むのみの敵へ、護がクールに引導を渡した。
●秘密のひみつ
「怪我とかひどく痛むところはないですか?」
森林が救急箱を手に、応急手当を行なっているところへ、筧が現われた。
「大きな怪我はなかったようだね。よかった。お疲れ様!」
差し入れー、といつの間に買って来たのか全員へスポーツドリンクを渡しながら、
「うん? 鷺谷君がいないね?」
異変に、きょろきょろと周囲を見渡す。
「あーー、そこそこ!」
どこから取り出したのか、筧は一団から離れているアーレイに向けてホイッスルを鳴らした。
「これで何かがわかるかもしれません」
犬の死体を袋に入れ学園なり撃退庁なりしかるべきところに持って行き解析してもらう、というのが彼女の弁であった。
「そういうのも、こっちの仕事だから心配不要だよ。撃破個体数の確認も必要だから。――バーグさんは気が回るねぇ」
「前回のビルの依頼では鏡からディアボロを召還していたようですが……」
なにかしらの関連を持つ企業からの依頼。
疑念を抱くなという方が無理であろう。
「……意図的にディアボロが召還されたんじゃ……、っていうことかな」
アーレイが頷く。
今回の依頼に関して、誰もが不審に思い――言葉にはできなかった事。
2人のやりとりを、周囲が固唾を呑んで見守る。
「世界人類のために一匹でも多くの天魔を殺すことこそ撃退士の悲願!」
訪れた静寂を破ったのは、明の声だった。
「これは善意と良心から来るボランティアで報酬は必要ない」
「――彼は何をしてるのかね」
流通センター内部に向かって声を張り上げている明のもとへ、筧が苦笑いを浮かべ走っていった。
「さてと、俺はこのあとセンター内の応援に向かうから、皆とはここでお別れなんだけど。――あ、迎えには俺の相棒が来るから安心してて。ここから自力で帰れなんて言わないよ」
「お疲れさまです、筧さん」
「ありがと。牧野さんくらいだよ、そう言ってくれるのは」
空笑いする筧を、うろんげな眼差しで見つめる者、数名。明に至っては笑顔のままなのが怖い。
「……もしよければ手伝うの」
「九曜さん、お申し出感謝する。けど、ここから先は依頼の範疇外だからね。それに、連戦で消耗しているだろう。ここは俺に任せて皆は先に行ってくれ……!」
死亡フラグごっこをする卒業生へ、恭弥が冷やかな溜息をついた。
しかし、門番から数にモノを言わせる人面犬への対処と、皆が持てる能力をフルで使い果たしたのも事実であった。
――どうも、納得がいかないんですよね。
結局ディアボロの遺体回収は失敗に終わったアーレイが、ぷっくりと唇を尖らせる。
「何か隠していると思いませんか?」
「隠しているだろうねぇ」
明が大きく頷く。
黒髪の青年に学園まで送り届けられてからも、一行は釈然としない面持ちだった。
筧の相棒と紹介された青年は、移動中一切話すことはなく、問いかけにも適当な返ししかしない。
『与えられた任務をこなし、報酬を得る』
確かにそれが撃退士としての仕事。ではあるけれど……
「七、五、三、……の次、か。何がくると思う?」
絃也が顎に手を当て、思案するように呟いた。