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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:38人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/12/07


みんなの思い出



オープニング


 岐阜県多治見市。
 かつて悪魔ゲートが開かれた街。
 近郊に権天使が拠点とする天界ゲートが発見され、地元撃退士たちの活動拠点が築かれた街。
 久遠ヶ原学園生たちによって権天使は討ち果たされ、ゲートは撤収し、配下の天使も姿を消した。
 西方に布陣しディアボロを生み出していた伊吹山ゲートの撤収からも時は流れ、被害は緩やかに減少している。

 悪魔ゲートの余波により、療養している者がいる。
 天界ゲートから解放され、身を寄せている者がいる。

 数が減ったとはいえ、野良ディアボロによる被害は皆無ではない。
 有志で結成された撃退士連合は規模を縮小しながらも機能を維持していた。
 この街で、生き続ける人の為に。
 助けを求める人のもとへ、少しでも早く駆けつけられるように。


 天と、魔と、人。
 世界の情勢が大きく変わろうとしているけれど、『ひとびとの暮らし』が一変することは無い。
 今日もどうか、穏やかに過ごせますように。
 明日もどうか、家族と笑いあえますように。
 そんなささやかな願いと共に在る。



●撃退士連合
 企業撃退士を擁する七色薬品ビルの一室。それが、多治見撃退士連合の拠点である。
 近隣から派遣されていた企業撃退士たちは権天使討伐を機に撤退したが、フリーランスや戦場で再起不能となった引退撃退士が常駐しており、知識提供や住民のケアといった形で地域に根差している。

 ビルの地下。
 かび臭い資料室に保管された一振りの剣を前に、野崎 緋華(jz0054)は夏に起きたことを振り返っていた。
 天使・カラスは約束を反古することなく姿を消した。
 彼が手引きした形で権天使との決戦は果たされ、撃退士が勝利をおさめた。
(あいつは……何をしたかったんだろう)
 ザインエル一派は、京都を拠点としつつ更に西で動きを見せた話も聞こえている。
 これまでの天界勢力は、彼らへどう対抗するのか。

 ――いつか、この世界が穏やかになってからでも構わないさ

 預けた剣を取りに戻るのは急がないと、カラスは言った。
(人界における全てへ、加担しないってことなのか……)
 我が身が可愛くてウルを撃退士へ倒させたわけではないだろう。それなら情報だけ与えて、当人は去ればいい。此処へ剣を残す意味はない。
(加担したいと思える存在がなくなる……とか?)
 武器を手にして戦うには『意味』があるから。相手の命を奪ってまで、成し遂げたいことがあるから。
 カラスの武器の放棄は――そういった意味での意思表示に見えた。
 ザインエル派にも、メタトロン側にも肩入れしない・したいと思えない何か。
(たとえば――)
 どんな状況か、自分に置き換えて緋華は考える。
 撃退士が久遠ヶ原を信頼できなくなったとしたら? 信ずるに値しない選択を押し付けることをして来たら?
 それは、足元が崩れ落ちるような衝撃だろう。
(たとえばだけど、ね)
 でも、少しだけ腑に落ちた気がした。
 この世界が穏やかになる時が来ることを、あの天使も望んでいるのかと思うとなんともいえない笑いがこみ上げた。

「野崎さーん? ああ、いたいた」
 そこへ、撃退士連合をまとめる夏草 風太が姿を見せる。紫紺の髪にうなじで括り暗色の狩衣をまとった、宵闇の陰陽師。
 新米企業撃退士時代に人の命へ優劣をつけざるを得ない状況を経て、今もなお撃退士としてできることを模索している青年だ。
「陶子さんからね、リンゴが届けられて」
「リンゴ」



●フェスタ!
 陶子は引退撃退士で、主にフリーランス相手の情報屋。
 とある一件から、緋華とはプライベートで友人としての付き合いがある。
「へーぇ、実家から……なるほど」
 添えられた手紙は簡潔ながらも、文面からは困ったような彼女の笑みが浮かぶ。何せ実家へ明かせない職業なのだから。
「せっかくだからさ、今度のワインフェスタで使えないかと思ってねぇ」
 多治見にある修道院では、毎年秋にそこで作っているワインをメインとした祭りが開かれる。
 過去2回ほどは、久遠ヶ原の学園生も招いて賑やかに行なっていた。昨年は事情があって、他の祭りと抱き合わせだったけれど。
「これだけの量を消費するならお菓子じゃない? アップルパイとか。パイ生地とオーブンは、こっちでどうにかするさ」
「ふうん。お酒が飲めない人にも楽しめそうだね」
 風太の提案へ、緋華が頷く。
「カボチャとかサツマイモもあれば、バリエーションが出るんだろうけど……ふむ、そこらも検討するかね」
「秋のパイ祭り?」
「前のさ、パンケーキも楽しんでもらえたし。学園生さんたちなら、こういう工夫も得意っしょ」




 久遠ヶ原学園、斡旋所。
「アップルパイ大会……」
 貼り紙を前に、御影光(jz0024)がキラキラと目を輝かせる。
 パリパリのパイ生地に閉じ込められた、黄金色に甘く煮詰めたリンゴ。
 あるいはサクサクタルト生地に、カッテージチーズや松の実で蓋をして、リンゴの食感と共に噛みしめる幸せも良い。
 優しい味のカスタードクリームを敷く?
 焼きたてへバニラアイスを添える?
 嗚呼、だったら深い味わいの紅茶を一緒に!!
 剣の道へ一筋だった少女は、久遠ヶ原学園へ来て『スウィーツ』なる魔性の存在と巡り会った。
 それは、一口で幸せの絶頂へ突き上げる存在。
 自分でも作れるようになりたくて、料理教室へも通うようになった。腕前は、まだまだ半人前だけれど。
「これ楽しそう! ねね、ユナちゃん、ケーキ作りが得意って言ってたよね」
「母様と一緒に作っただけだから、レパートリーは少ないんだよ?」
「タジミ、か……。オレ、『貰って』バカリだったんだ。なにか返せるんなら、一緒にしたいナ」
 そこへ、何やらはしゃぐ下級生たちの声。
「あっ、御影先輩!!」
「こんにちは。如月さん、六角さん、ラシャさん」
 前下がりショートボブの少女が、光に気づいてパッと手を挙げる。如月 唯だ。
 大人し気な黒髪少女が六角 ユナ、金髪の堕天使少年がラシャ(jz0324)。ラシャはかつて光の窮地を救い、少女たちはラシャの級友だ。
「3人とも、このイベントへ参加するんですか?」
「そのつもりです。なんでも挑戦したくて! 先輩も?」
「ううーん……そうですね……」
 一人で参加するには心もとない。
 楽しむ専で参加するのも悪くないかな、と考えていたところだった。
「じゃあ、ミカゲも一緒にヤロウ!! きっと、タノシイ!」
 屈託なく少年は笑った。



●紅葉の美しい郊外にて
 古虎渓。多治見市の南西部郊外。
「問題です。今日は何の日でしょーか!!」
「たーのしいたーのしいワインフェスタぁああああ!」
 フリーランス撃退士・相模 隼人の問いかけへ、相棒たる筧 鷹政(jz0077)が半ば自棄で返答し、太刀を振るう。
 ちぎっては投げちぎっては投げても、どこからとなくディアボロが湧いてくる。
 個々の能力は非常に弱い。一撃で屠れる。
 しかし数が尋常ではない。
 異変に気付いた市民からの連絡で駆けつけた連合撃退士は、10名。
 範囲攻撃は使い切った。
 あとは、ひたすらに肉弾戦で前線を突破させないだけ。
「俺……ここの敵を倒しきったら美味しいワインとアップルパイを堪能するんだ……」
「筧、それフラグフラグ」
『がんばってねー、終わる頃には差し入れに行くよ』
 通信機から、緋華の呑気な声が響いた。







リプレイ本文


 多治見ワインフェスタ。修道院で開催される、年に一度のお楽しみ。
 学園の撃退士を招くようになり、今年で三度目になる。


「ファティナ先輩、お久しぶりで―― !?」
「光さんがお菓子作りと聞きまして♪」
 ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)が、出会い頭に御影光をギュッとハグする。
(なるほど、今日の光さんは――)
 さりげなくシンパシーを発動したファティナは、御影の本日の秘密(不可視)をチェックすると満足げに彼女の頭を撫でた。
「お話はまた、パイを食べながらでも。それから……」
 よく見て、しっかり手を握っておいて下さいね?
 耳元でささやくと、銀色の妖精は微笑みと共に雑踏の中へ消えていった。
(……もしかして)
 今年には大学生になろうという御影を、中等部の頃から可愛がってくれていたファティナ。彼女と共通で親しくしている人の、その影が胸を掠める。
「久しぶりだな、御影」
 ボンヤリとしていたところに、咲村 氷雅(jb0731)が通りかかった。
「符の練習をしていると聞いた。調子はどうだ?」
「わわ、咲村先輩。……えっと、力と魔力のバランスに戸惑うことが多くて」
 氷雅は御影へ自身の符を貸し与え、『力』の可能性を教えてくれた。戦場において必要とされる技は一つではない、と。
「がんばってるんだな」
 ぽんぽん。氷雅は御影の頭を撫でて――はっとして手を引っ込める。
「知り合いの妹に似てて、つい」
 決まり悪く目を逸らす氷雅へ、御影はくすぐったそうに肩を揺らした。


 アップルパイ大会へ参加する者の多くは前日から準備を整えていた。
 『黄金色カフェ・MAPLE』を営むアンジェラ・アップルトン(ja9940)とクリスティーナ アップルトン(ja9941)の姉妹も然り。
 ブース設営は済ませており、パイもフィリングを詰めて焼くだけの状態で持ち込んでいる。
「アンジェの作るパイはさすがですわ」
 イギリス出身の二人が用意したのは、英国式アップルパイ。さっくりとしたタルト生地が特徴だ。
「そっちはどう? OK、なんとしても食い止めてね」
 ブースの前を、野崎がスマホで通話しながら足早に通り過ぎてゆく。
「どういうことですの?」
 不穏な匂いを嗅ぎつけ、クリスティーナが呼び止めた。
「……できればイベントは穏便に進めたかったんだけど」
 通話を終えた野崎が、相手の表情から真剣さを読み取って諦める。
 古虎渓で発生している事件を手短に伝えた。
「野崎様。メモに記してありますので、提供の際はそのようにお願いします」
「う、うん。……うん?」
「行きましょうクリス姉様!」
「是非も無しですわ、アンジェ!!」
 店を野崎へ託し、美しき姉妹は風のように去って行った――焼きたてパイを、2台ほど持って。



●フェスタだよ!
 ワインの管理も夏草に任せ、野崎は『黄金色カフェ・MAPLE』の留守を預かり中。
「野崎さん、お疲れ様です! あれ、ワインじゃないんですか」
「や、英斗くん。色々あってね」
 ヒョイと顔を見せた若杉 英斗(ja4230)が、看板と野崎の顔を見比べる。
「それにしても、せっかくのお祭りなのに運営側じゃ飲めなくて残念ですね!」
「振舞われたら多少は飲むよ、そこまで弱くないったら」
「えーー」
 他愛ない会話をしていても、英斗の心の引っ掛かりは消えない。
「多治見のイベントなのに、筧さんがいませんね。……『色々』に関係ありますか?」
「……あー」
 付き合いの長さは誤魔化せない。会場内では騒ぎにしないことを前置いて、野崎は現状を説明した。
「そうでしたか……」
(今から行って間に合うかわからないけど、ほっとくわけにもいかないよな……)
「野崎さん、それじゃまた今度ね!」
「あ! 英斗くん!!」
(今から行っても、間に合わないんじゃないかな)
 開場準備中に抜けた姉妹はギリギリとして、今からでは……
 事件の情報を得て、真っ直ぐ古虎渓へ向かっている学園生も多い。
「ワインを飲むのは次の機会にでも、ね」
 全力移動で走り去ってゆく若者の背へ、野崎はそっと手を振った。


「あまーい美味しーあっぷるぱーい〜♪」
 木嶋 藍(jb8679)が歌いながら、焼き立てパイを運んでくる。
 ワインフェスタということで、お酒のお供にもなるものを。藍が作ったのは、ゴルゴンゾーラチーズを使ったパイ。
「じょうねーつのあかいばらー♪」
 藍へ合わせて歌を口ずさむのはユリア・スズノミヤ(ja9826)。薄切りにしたリンゴを花弁に見立て、マフィンカップを使って焼き上げた薔薇アップルパイ。
「あぁ! ユリもんつまみ食…… つまみって量じゃない〜!」
「んまー! チーズと蜂蜜と林檎ってさいきょー☆」
 ほぼワンカットをユリアに食され、笑い泣きの悲鳴だ。
「てか可愛い! 薔薇パイめっちゃかわい、美味しい!」
 かくいうこちらも、ユリアのパイをもぐもぐ。
「っとと、先に楽しんでる場合じゃなかった」
 我に返ったユリアが、ぴょんぴょんと跳ねて周囲を見回す。
 招待した友人が来ないのだ。


 リンゴの芯をくり抜いて、バター・シナモン・砂糖・レーズンをこねこね混ぜたものをぎゅーっと詰める。
 それをパイシートで丸っと包み、オーブンで焼いて出来上がり!
「小梅ちゃんも参加してたんだね」
「ひー兄ちゃん! もう、4年生のおねーさんだもん、料理も出来るもん!」
 通りかかったのは黄昏ひりょ(jb3452)、白野 小梅(jb4012)が『ひー兄ちゃん』と慕う人物だ。
「まんまるで可愛いでしょぉ」
「うん、可愛いし美味しいよ」
「むふー!!」
 喜んでもらえる顔が嬉しくて、小梅がにこにこしていると……
「急がなくちゃ。行きたい場所があるんだけど、なかなかたどり着けなくて……」
 友人達から誘いを受けていたひりょだが、方向音痴が如何なく発揮されてしまっている。
「ボクもいっしょに行くよ! お姉さんだからね、案内できるもん!」


 アップルパイ大会の中でも、大きく目を引くブースが一つ。
 お菓子部部長(代理)・Rehni Nam(ja5283)が手掛けるリンゴスウィーツ各種だ。
 砂糖の代わりにリンゴのハチミツを使った『薩摩芋と林檎のハニーパイ 』に、
 『パラディースアプフェル』ドイツ語で天国のリンゴを意味するリンゴ飴。
 それから『焼きリンゴ』。砂糖・生クリーム・シナモンパウダーを混ぜたものとバターを詰めて焼き上げた、曰く『一番好きな林檎の食べ方』。
「おいしー! パイがさくさくなのぉー!!」
「こんにちは、レフニーさん」
「いらっしゃいませですよー! リンゴは、出身国だけあって扱いは得意なのですよー♪」
 友人であるひりょの来訪を、レフニーは笑顔で出迎える。
「美味しく食べて貰えると嬉しいのです」
「ん〜〜〜! 焼きリンゴはじゅーしー!!」
「……はは、思い切り堪能させてもらってます」
「作り手冥利に尽きますね♪」
 素直な小梅の反応を見て、レフニーも表情が和らぐ。
 どうやら、他にも友人たちが参加しているようだ。賑やかな一日になるだろう。


 レフニーのお菓子に夢中になってしまった小梅とはそこで別れ、再び歩き始めたひりょ。
 ようやく、招待してくれたユリアと藍のブースが見えてきた。
「ひりょさんいらっしゃーい! 待ちくたびれたよー!」
「ごめんね、遅くなっちゃって。おぉ、これが藍さんのアップルパイか!」
「ひりょさんには、カスタードのアップルパイね。アイスは特別にスペシャル盛りだよん」
「さすがに多すぎやっ!」
 藍は完全に面白がっている。
「黄昏ちゃん、私のも食べてね〜」
「ユリアさんのも凄く美味しそう!」
 至福の笑みを浮かべ、ひりょは甘味を堪能する。その傍らで。
「私たち、他の食べに行ってないんだよねぇ」
「三人で全てのパイを制覇しまっしょぃ☆」
 甘味ハンターたちの準備は万端であった。




 ビデオカメラを片手に、イベント会場を巡る姿がひとつ。
「きっと面白映像があるはずです」
 マリー・ゴールド(jc1045)はキラリと目を光らせ、特ダネ映像を探しつつ和やかな雰囲気も記録していた。
「お嬢様、お一ついかがですか♪」
 朗らかな声がマリーを呼び止める。
 ヴィクトリアンメイド姿の春都(jb2291)が、シルバートレイへ乗せてグリューワイン風ぶどうジュースとクッキーを差し出した。
「お言葉に甘えて。ん〜〜、ぶどうジュースには香辛料が入っているのですね。クッキーも手作りですか?」
「はい。豊かな味のジュースに合うよう、歯触りを大事にしてるんです」
「紹介させてくださいね。あとで動画サイトにアップしますから」
「ど、動画ですか……!?」
「いらっしゃいませ、お嬢様。私も是非、映していただけないでしょうか」
 うろたえる春都の後ろから、長身の美人メイドがカーテシーで現れる。砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)、美しさに性別は関係ないと思わない? 似合うし。
「よろしければ、こちらで今年の多治見ワインの説明なども」
「ジェンお姉さま、頼もしい……!」


 和やかな空気に、一陣の風が切り込む。
「はーっはっはっはっは!」
 登場したのはカボチャマスクにタキシードとシルクハット姿の謎の男。中の人はエイルズレトラ マステリオ(ja2224)。
「アップルパイに飽きたアナタ。こちらのパイは如何です?」
 キョトンとするマリーの手の上に、気が付くと二つのパイ。
「むぐ、……カボチャです。んぐんぐ、こちらはチョコですね。〜〜二つ一緒に食べると美味しさが相乗効果……」
 居合わせたユリアと藍の手のひらにもパイが。
「なんで俺だけハトなの!?」
「サービスですよ。では!」
 高笑いと共に、奇術士は去って行った。
「おみごとです〜」
 雄姿をビデオに収めてから、再びパイを食べ始めるマリー。
 腕に止まった白ハトがエイルズレトラについて行ってしまったのを寂しく見送るひりょ。
「黄昏ちゃん。私のチョコパイ半分あげるよ?」
「私のパンプキンも! ね、ひりょさんっ」
「……ふ、ははは あははは!!」
 それからこみ上げる笑い。藍とユリアにも伝染する。
 大切な友達と過ごす時間が、とても愛しい。
 美味しいものを食べて、のんびりおしゃべりをして。
 こんな時間が、この先も続けばいいと……誰が口にするとなく、三人は同じことを願っていた。


 シナモンを使わず、リンゴの味で勝負のパイを作っているのは御影やラシャたちだ。
「素朴で、懐かしさがありますよ」
 手伝いを申し出たグラン(ja1111)が四人の仕事ぶりをそれぞれ褒めた。
「えへへ……良かった」
 立案者の六角ユナが照れ笑い、失敗作を量産した如月唯もなぜか得意げである。
 グランも、御影が中等部の頃から見守ってくれていた一人。
「もう光嬢の手は、戦うだけのそれではありませんね」
 不器用ながら、甘くておいしい幸せを届けることができる。
 御影やラシャが悩み成長する姿に、グラン自身も何か受け取った気がしていた。
(……光嬢には幸せになってほしい)
 そう願わずにはいられない。
「私の作ったものも試食して頂けますか」
「グラン先生、いつの間に!?」
 自分たちの手伝いばかりだと思っていたら! 御影が目を丸くする。
「クロワッサン生地なんですね。ちょっとした軽食になりますね!」
 バニラアイスを添えられたパイを食べて、ユナが称賛する。
「〜〜〜〜っっ」
「ミカゲ、どうしたんだ?」
 うずくまり悶絶する御影の隣へラシャがしゃがみ込んで顔を覗きこむ。
「溶けるほど喜んでいただけて幸いです」
 こういうところは、いつになっても変わらない。

 不意に蒼天からカードが降り注ぐ。その中に、袋でラッピングされたパイが混ざっている。
「!?」
 ラシャは落としては大変だと、慌てて手を伸ばした。
「僕が作ったパイですよ、ラシャ君。どうぞご賞味あれ」
「エイルズレトラ!」
 神出鬼没のカボチャマスクの向こうからはトモダチの声。
「オレたちも作ったんだ! 一緒に食べよう」
 迎え入れられながら、エイルズレトラは改めて会場を見渡す。
 人間。はぐれ悪魔。堕天使。それぞれの混血。種族の壁に捉われることなく食を分かち合っている。その光景のなんと平和なことか。
(種族の差など、立場の差以上のものではないということですね)
 立場の差をどうにかする『配役』を与えられたのが『撃退士』なのだろう。さあ、どんなトリックを使って達成しようか?


 フォンデュの屋台を出している氷雅のもとへ、御影が姿を見せた。
「色々あるんですねぇ。えーと、キャラメルとカスタードの掛け合わせを!」
 バーナーで軽く炙った角切りリンゴを、2種のソースに潜らせる。
「……ん〜〜〜、ホロ苦&まったり甘さ、最高ですっ」
「他にも試してみるか? カスタードやコーヒー、死のソースと――」
「途中から、混ぜたら危険なやつじゃないです!?」
「そういうニーズもあるだろう。掛け合わせ要望もあったぞ」
「久遠ヶ原クオリティ、恐い……」
 当然の如く切り返す氷雅へ、御影は震えるのであった。


「光ちゃんのパイ、はっけーん!!」
 氷雅と別れ、次へ向かう御影の背後へ歌音 テンペスト(jb5186)が突撃してきた。
「これは……まな板?」
「背中です、歌音先輩」
 御影の背を手のひらで堪能するように触れる歌音は、テヘペロッと顔を上げる。
「本物のパイはこちらですよ」
「ありがとう! ……光ちゃんのパイたまらんわー。小ぶりだけど形が良いのね」
 近くから椅子を借りて、のんびりと過ごす。
「パイも食べると無くなるように、光ちゃん、気ままなフリーターのおっちゃん、色んな人とも、進む道の違い・運命・生死、色んな理由でいつか会えなくなるのかな……」
「……歌音先輩」
「でも、食べた、出会った思い出は無くならないよね」
 歌音は明るく笑う。歌音はいつだって明るい。誰かに笑ってもらうためには、自分が笑顔でいることが大事だから。
「ところで、手作りのパイを食べさせたい好きな人はいるの?」
「!? そ、そういうのは私には早くてですね」
「大丈夫よ、お姉さん慣れてるから」
 他愛ない掛け合い。いつもの会話。その、後ろ――
「かんなさん」
「え?」
「神奈さん!!」
 見つけた。
 人混みの中、闇に紛れる黒髪の。
「……行ってらっしゃい、光ちゃん。後悔したら駄目だよ」
 何かを察し、歌音は走り出す御影を見守った。


 友人から強引に誘われ参加したはいいが、水無月 神奈(ja0914)の心は落ちつかなかった。
(光の成長した姿を見られれば充分だ。それ以上はもう望まないし、望めまい……)
 髪を下ろし男装姿で、サングラスを着用して。普段の彼女を知る人こそ、きっと気づきにくい変装を。
 会場警護の形で巡回しながら、死角となる場所からそれとなく『其処』を見遣る。
 離れてから一年以上は経っていて、身長は少し伸びたようだ。
 彼女は笑っている。神奈の知った顔、知らない顔、様々な人に囲まれて。
(料理の腕前は……上がっているようだが……)
 並んで座って菓子を食べて――

「神奈さん!!」

 交わらないはずの赤い瞳が、ぶつかった。
 追ってくる彼女から、反射的に神奈は逃げる。
「かんっ、 あーっっ!!」
「!?」
 間抜けな悲鳴が響き、何事かと振り返ってしまった。
 会場の客とぶつかり、手にしていた紙袋を落として踏まれて大惨事になっている。
「神奈さんに食べてもらおうって……」
「……私に?」
「ファティナ先輩に会いました。だから……」
(……あの銀狐)
 仕方なし歩み寄った神奈は、深く深く吐息して。踏みつぶされた紙袋から、ひしゃげたアップルパイを取り出す。
「美味い。……上達したな」
 神奈は座り込んで涙を落とす御影の頬に、触れようとして手を止めた。
「会うつもりはなかった。……もう、会うこともないだろう」
 キョトンとした顔で、御影が見上げてくる。
「故郷へ帰る。最後に、遠くから姿だけ見られれば良かった」
「そんな……」
 御影は、ぐっと拳を握る。言葉を探す。
「また……一緒に戦えますよね」
 自分の言葉は、酷かもしれない。気持ちへ応じられないくせに、離れきることを選べない。
 だって、大切なのだ。御影にとって、水無月 神奈は他に代えようのない、大切な人なのだ。
「……どうか、持っていてください」
 そう言って、自身の髪を纏めていた銀色の組紐を解いて神奈に握らせた。




(これだけ数があるんだから一つくらい――……)
 アップルパイ大会の他にも、地域ならではの出店もある。
 佐藤 としお(ja2489)は『ご当地もの』を楽しみに歩き回っていた。
「漸く一緒になれたね!」
「誤解を招く発言はどうかと思うよ、母さん」
 浪風 悠人(ja3452)に『母さん』と呼ばれた鳴上 公子(jc1031)は女子高生くらいにしか見えないが、実の親子である。
「こんにちはー! 波風さんは、何の屋台ですか」
 としおに呼びかけられ、悠人が顔を上げる。
「母と色々ね。俺の地元なんだよ。ちなみにラーメンは出していない」
「聞く前から希望を折らないでください……!」
「ラーメンなら向こうかな。ほら、これやるから」
「ありがとうございまっす! 行ってきます!!」
 五平餅を受け取り、としおは颯爽とご当地ラーメンを目指して駆けていった。
「地元、か。もう大分昔に思えるよ……」
 悠人が過去を振り返る。
 多治見に悪魔ゲートが展開した時に一度だけ、病院の防衛戦へ参加したことがある。あの病院を死守できたことが、今の復興の早さに一役買っているのだと後に聞いた。
「暗い顔しなーい!」
 公子がパァンと息子の背を叩く。
「ほうら『鶏ちゃん焼き』追加があがったよ!」
 特製の甘ダレを付け焼きした五平餅。
 タレに一口大に切った鶏もも肉を漬け込んで、野菜と鉄板で炒めた『鶏ちゃん焼き』。
 寒い季節に、身体の芯からホクホクっとなる自慢のメニューだ。
 手製の料理とワインを楽しむ人々の姿、そして隣に愛する息子がいることに公子の胸は暖まる。
「なんか今の、『母親』っぽかった」
「どういう意味ー!? なんて、ありがと。悠人、あとで一緒に写真を撮ろうね」
「えええーー」


「茉祐子ちゃん。遊びに来たよ」
「野崎先輩」
 ワインを中心としたドリンクを提供する店が多い場所で、北條 茉祐子(jb9584)は簡単なおつまみの店を構えていた。
 休憩時間に入った野崎と夏草が、連れ立って顔を出す。
「リンゴとチーズ、リンゴとハムの二種類なんですが」
「餃子の皮で焼いたのと生春巻き風さね。食べやすくていいねぇ」
 ワインを片手に、夏草が食べ比べをしている。
「洒落た香りがする指先だね。こっちには使ってないみたいだけど」
「えっ?」
 スティックの入ったカップを受け取りながら、野崎は茉祐子の手元をヒョイと覗く。
「……実は、隠しメニューとしてデザートがあるんです。シナモンの香りに気づいた人にだけ」
 気づいてもらえてよかった。
 茉祐子ははにかみ、追加の用意をする。
「そういえば、このリンゴは紅玉なんでしょうか? 紅玉は固くて、火を通す調理に向いていると祖母が言っていましたので……」
「紅玉ではないけど近いものだよ。酸味が強くて製菓向け。おばあちゃんから教わったんだね。いいね、そういう受け継がれる知識って」
(受け継ぐ……)
 祖母とは、どこか言い表せない『距離』を感じていた。だけど……伝えてくれていたものがあった。茉祐子の胸に残っていた。
 リンゴがなんだか大切なものに思えてくる。
 野崎の隣で夏草が「さーすが」と口笛を吹く――その後ろ。

「だ〜れだ♪」

 ハスキーな高音ボイス(※裏声)が夏草の背後から目隠しと共に耳元で響いた。
「!? ……!!!?」
 そこに立つのは長身金髪のヴィクトリアンメイド。手を振り払い振り返るも、やはり『誰!?』から抜け出せない。
「ご機嫌麗しゅうございます、ご主人様♪」
 隣で笑顔全開の少女にも見覚えが無い。
「花見の時、『呼べ』って言ったのに指名なしとかさー」
 容姿にそぐわぬ言葉遣いで、夏草はようやく竜胆であると気づいた。
「……びっくりしたあ」
「作戦成功? あ、こっちは後輩の春都ちゃんね」
「はじめまして。ジェンお姉さまに誘われて参加しました」
「焦る夏草くんなんて新鮮だわ……。ふふ。ゆっくりしておいでよ、積もる話もあるんじゃない?」
「じゃ、遠慮なく借りますね♪ 行こう、夏草ちゃん。和紗の店があるんだ」


 道すがら、竜胆と夏草が春都へ多治見の街について色々と語って聞かせる。
 天魔被害の多い地方だが、生まれ育った人々が完全に離れることはなかった。そうして今がある。
(楽しそうな声も、笑顔も……街の人たちが積み重ねてきたことなんだ)
 撃退士による護衛があって、安心して祭りが出来ることもあるのだろう。
 話を聞いて、春都の胸に暖かいものが広がる。
(私……これからも頑張ろう)
 春都が決意を新たにする頃。
 樒 和紗(jb6970)の華麗なフレアテクニックに歓声が沸き起こっていた。
 竜胆が満面の笑みで手を振る。はとこの到着に気づいた和紗は一瞬だけ微笑を浮かべ、手にしていたボトルの軌道を変えた。
「わわわ!!?」
 フレアの流れで投じられたワインボトルを、夏草が慌てて受け止める。
「撃退士なら3、4本はいけるかと思いまして」
「3本まで。3本まででお願いします」
 あとは鳳凰召喚してどうにかしちゃう。
「カクテルの他にゼリーもありますよ、夏草。お好きな絵柄をどうぞ」
 表面にホイップクリームを閉じ込めて、ラテアート風に動物や花が描かれている。
「和紗のセンスは天才的だよね! 知ってるけど!!」
「静かに、竜胆兄。他のお客様が引いています」
 二人の掛け合いに笑いながら、夏草はゼリーとカクテルをオーダー。
 和紗が用意する傍らで、夏草は街や自身の近況を語る。
「それにしても……竜胆兄が迷惑をかけていませんか?」
 〆はどうしても、気の毒そうな眼差しで心配してしまう和紗であった。


「アマミヤ、探したぞ! アップルパイじゃないんだナ」
 天宮 佳槻(jb1989)のブースを発見して、ラシャが友人たちと駆け寄る。
「パイをたくさん食べたあとの気分転換向けですね」
 ワインを使ったリンゴのコンポートやマフィン、それから定番のドリンク類を用意している。
「クチナオシ、ってヤツか」
 シナモンや生姜の洒落た香りが漂い、女子たちは歓声を上げた。
(初めて多治見に来た時、彼らと同じ学年だったか……)
 無邪気な様子を眺めながら、佳槻は振り返る。
 『大きな流れ』を受けて、随分と変わった。ここも、学園も。
 時は流れ、経験は積み重ねられ、否応なく変化は生じる。
 それでも今も変わらず、覚醒者非覚醒者の別なく、平凡でささやかな幸せの為に『戦う』人達がいる。
(あの頃の自分が見たとして驚くのはきっと、自分もそうありたいと思う事……だろうな)
 抗い切れない流れがあっても、平凡でささやかで、当たり前と呼べる幸せを守れるようにありたい。
 それは佳槻の中での『積み重ね』の結果だろう。
「や、天宮くん。あったかいのが飲みたいなー」
「今日は何にします? 野崎さん」
 暖かな『日常』へ、佳槻は顔を上げた。


 丸ごとアップルパイを提供しているファティナのブースへ、ふらりと御影が現れる。
「光さん……。会えましたか?」
「はい」
「お茶を淹れましょう。お話は、そこでゆっくり」
 ファティナは優しい姉の顔をして、御影を招き入れた。



●約束の風
 フェスが終盤に差し掛かる頃。
「きれーなお姉さん♪ 少し時間ええか?」
 野崎に軽いナンパ調で呼びかけるのは、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)だった。
 話したいことがあるのだと言って、周囲の目を気にしなくて済む場所へ案内した。

「今後、学園を『出る』予定なんや。学園とは別の『何か』を作る。いつか、アイツも迎え入れたいと思っとる」
 闇を渡り、風を打ち消し、姿を消した天使を。
 宿題を出したからには、成果物をチェックしてもらわんと。
 ゼロの言い様に、野崎が笑う。
「『風の剣』なら、多治見から動かせないよ。あたしたちが彼からの『信』を違えてしまうでしょ?」
「……せやな」
 ダメもとで口にした願いの一つは、あえなく却下されてしまう。でも、それで良かったとゼロは思う。
「そやったら、姫が俺と一緒にってのはどない? 実はこっちが本命やけどな♪」
 意外な誘いだった。野崎は瞬きを繰り返す。
「嬉しいけど……『久遠ヶ原の風紀委員』を手放す気にはなれないなぁ」
 撃退士が撃退士の犯罪を取り締まる組織。その権限は、時として非常に大きい。持ちうる情報も。
「――だから」
 野崎が、ポケットから銀色のオイルライターを取り出す。
「あげる。あたしは『こっち』でがんばる」
 野崎の名が彫られたそれは、世界に一点もの。『風紀委員』関連のカードになるだろう。
 笑う野崎は、彼女なりに前を見ているようだった。
 仇を誘う予定の組織へ――と不安に思っていたゼロだが、彼女なりに清算できたらしい。
「……では姫、また新しい風が吹くころにお会いしましょう。酒付きでね♪」
「ええ、是非」



●戦いの風
 振り払っても振り払っても、亡者の群れは押し寄せる。
 隙あらば前線突破を試みる。
 純粋な力量だけで測れば負けるはずはない自負が撃退士連合にもあるが、多勢に無勢という言葉に押しやられそうだった。
「こうなりゃアタシの出番だ。のんびりフェスタに参加してる場合じゃねぇ!」
 さらしにロングコート姿で駆けつけた天王寺千里(jc0392)は、好戦的な笑みを浮かべて啖呵を切る。
「いつも通りの筧さん、だねぇ……」
 お祭り騒ぎからは蚊帳の外。貧乏くじを率先して買っている卒業生の姿を発見し、鳳 静矢(ja3856)は呆れつつもどこか和んだ。
「さて、脅威になるのは数だけなら早く終わらせましょう」
 静矢と肩を並べるのは雫(ja1894)。奇襲をかける前に戦況を頭に叩き込む。混戦となれば、それゆえに相手の突破を許すことが恐ろしい。
「前線維持は任せて下さい。防衛ラインを敵に割らせることはしません」
「助かるよ。俺は飛行して最前線へ行くから、後方はお願いしたい」
 毅然とした眼差しで黒井 明斗(jb0525)が告げると、龍崎海(ja0565)が具体的な行動予定を伝えた。
「なんでこんなときにディアボロが……。もう、容赦しませんよ!」
 おおよそ戦場に似つかわしくないアイドル衣装で憤慨するのは水無瀬 文歌(jb7507)。
 フェスタへ参加する予定だったのに!
 前夜からスタンバイして、美脚大会に出るつもりだったのに!!
 だからといって、襲撃情報を知ってしまったら放っておけないじゃない!
「散歩で来るつもりだったんですけど……縁は奇なもの、と言いますか」
 巻き込まれた形のザジテン・カロナール(jc0759)ではあるが、ここは前向きに。
「そうですね。ここで会ったのも何かのご縁、微力ながらお手伝いしましょう」
 小宮 雅春(jc2177)は優美に笑った。

 今頃、多治見の市街地では楽しいフェスタが開催されているはず。
 最後までイベントが笑顔で包まれていますように。
 願いと共に、学園生たちは戦線へと突入した。




「遅くなりました、援軍です。皆さん、大丈夫ですか?」
 真っ先に最前線へ到着したのはユウ(jb5639)。常夜を発動し、前線で戦う撃退士と敵との間へ強制的に距離を作る。
「援護感謝、待ってましたぁ!」
 歓迎する筧鷹政の声は掠れきっている。
「筧さん、久しぶり」
 続いて、街中で遭遇したかのような落ち着き払った海の声。
「龍崎君も来てくれたのか」
「フェスタ参加組から差し入れも来るそうだから、早めに終わらせてケガの手当てもしたいよね」
 そうして海は視線を敵の群れへ移す。
「行くよ!」
 合図とともに、海が『星の輝き』を放つ。高位の術者が用いれば、それは恐ろしいまでの威力を発揮する。
 広範囲を照らし出す輝きに、数だけが強みのディアボロたちが立ちすくむ。――作戦は、それで終わりではない。
「毎度厄介に好かれますね、筧さん。――ここからは私達が相手をしよう」
 最前線から一つ抜け出し、静矢は輝きから目を逸らす個体へ片端から挑発を仕掛ける。
「昔なら、フェスで餌付け一筋だったろうね〜。今は『皆』の笑顔を守る方が一番だね〜」
 静矢とは別方向から、星杜 焔(ja5378)がタウントを発動して敵をまとめて引き受ける。
 魔法銃を放つたびに白銀の┌(┌ ^o^)┐が敵へ襲い掛かってゆく。
「軌跡は見間違いで、鳴き声は幻聴だよ〜……」
 学園を去った友から託された大切な銃に込められた魂は、今も健在だ。焔は死んだ目をしながら引き金を引き続ける。
「鳳さん、星杜さん。お気をつけて」
 雅春は、引き付け役を担う二人へ墨化粧を施すと素早く中衛へ下がった。
「今、必要なのは殲滅力では無く継戦力です。一旦、後方に下がって回復してから復帰して下さい」
 瓦礫からクレセントサイスによる奇襲を仕掛け、周囲を薙ぎ倒した雫が連合撃退士へ呼びかけた。
「こちらへ! まとめて回復します!」
 それを受けて明斗が手を挙げる。
「フェスに行けないからって、諦めないのがアイドルなんだから。ここを私のステージにしてあげる」
 文歌はオリジナルソングを口ずさみながら、至高の演出家の能力を披露。周囲の仲間へ、勇気と力を!!
「良いですね。では、こちらも歌を聞いて頂きましょう」
 雅春も同様に、味方を鼓舞する。
「――よし!」
 星の輝きにより動きが鈍り、味方の引き付け効果に容易く釣られている。
 その好機を逃すことなく、一斉攻撃が始まる!
 海のヴァルキリージャベリンが遠方まで貫き、雫が地すり残月で骨まで残さず吹き飛ばす。
「範囲攻撃、参ります。巻き込みに気を付けて下さい!」
 注意喚起の後、ユウは上空からオンスロートを巻き起こす!
 無数の刃がアンデッドナイトを馬ごと切り刻む。
「クラウディル、行くですよ!」
 ザジは召喚したヒリュウがトリックスターで縦横無尽に駆け巡る間に、爪研ぎで増幅させた自身もまた符を構えて戦いに備える。
 星の輝きで視界を奪われたアンデッド・ハウンドの群れの背後を突いて、徹底的に攻撃を。
「よっしゃあ!! ここはみんなでいっちょ、派手な花火を打ち上げちゃいましょう!!」
 袋井 雅人(jb1469)が景気良く、ファイアワークスを打ち上げる!! タイミングを合わせ、明斗のコメットも降り注いだ。
「束になってかかってきやがれ! この千里様相手に余裕ぶっこくたぁ、いい度胸だなぁ!?」
 両刃の戦斧を豪快に振り回し、千里は範囲攻撃からのが得た敵を片端から倒していく。
(……ん、あそこが穴……)
 遠方から淡々と援護射撃を繰り出しているのは紅香 忍(jb7811)だ。
 ここへ向かう途中に購入したお菓子をくわえながら、淡々と。淡々と。
 アサルトライフルの性能を試すかのように、射撃方法も色々と変えながら。これだけ敵の数が在るのなら、射撃練習として充分だ。
「通しません!!」
 一点突破を狙ったアンデッドナイトを、明斗がシールドで防ぐ。教本通りのような美しく無駄のない動きは、実戦で積み重ねて得たものだ。

「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! 楽しい祭の日を脅かすなど言語道断、私のこの剣は守る為のもの。ここで振るわねばいつ振るうというのか!」
「さぁ、アンジェ。私達の華麗な戦いを魅せつけてやるのですわ!」

 第一陣の到着からやや遅れ、フェス会場から急行したアップルトン姉妹も駆けつける。
「星屑の海に散りなさい。ダブルスターダスト☆ストリーム!」
 姉妹が放つ、二筋の星屑の輝きが戦場を駆け抜けた。




「……お菓子…無くなった……」
 敵の殲滅と持ち込んだ菓子を食べつくしたことを確認し、忍はひっそりと戦場から姿を消す。
「フェスタはどうなってんだろうな。無事なら良い」
 応急処置を受けながら、千里は悪ぶって笑った。
『そちらはいかがですか? 古虎渓は無事に戦闘終了いたしました』
 ユウは美しい風景に一文を添え、フェスタ会場に居る緋華へとメールを送った。


 かくして。
「筧さん、お待たせ!」
 フェス開始後に全力疾走をしてきた英斗が辿りついた頃には、辺り一面焼け野原となっていた。
「……ヒーローは遅れてくるって言うでしょ……?」  
「うん、ヒーロー、ヒーロー! ありがとう。向こうの様子はどうだった?」
「あっ、はい。凄く賑やかで、楽しそうでした」
「良かった。撃退士冥利に尽きるよ」
「……はい」
 戦えなかったことを残念に思いながら、英斗は気を取り直す。
「お疲れ様でしたわ。お茶はいかが?」
 フェスの直前に焼きあげて持ち込んだパイを手にクリスティーナとアンジェラが加わった。
 明斗を始め、各員の応急手当てを終えたメンバーも集まり始める。

「お届けものでーす!」
 ゴンッ

 そこへ。遠方からピクニックバスケットが投擲され筧の頭を直撃した。
「パパ直伝のびっくり花束パイだよ!」
「びっくりした。すごくびっくりした。……君は?」
「点喰 瑠璃です!」
 点喰 瑠璃(jb3512)。点喰。筧にも耳馴染みのある名だ。
「……パパ?」
 訊ね、返ってきた『パパ』の名に、筧は再度吃驚する。
「そっか……よくわからないけど、そっか……。直伝だったら、美味しいんだろうなあ」
「薄く切ったりんごさんで、カスタードとチーズのクリーム、それぞれをくるくるっと巻きました。どっちがどっちの味でしょう!」
 バラが咲いたようなパイを前に、瑠璃はニコニコ笑っている。
「俺ももらって良い? それとブドウジュースとかあるかな?」
「飲み物ならこちらに。アルコールもありますが」
 海と雫が輪に加わる。
「お疲れ様……、えっと」
「黎、来てくれたんだ。こっちこっち」
 フェスタ会場から差し入れに、と到着した常木 黎(ja0718)だが、思いのほか筧の周囲に人が多くて固まっている。
「でも、その」
「おいで」
「〜〜っ」
 人の多い場所は苦手。とも言っていられない、か。意を決して、黎は恋人の隣へ腰を下ろした。
「お仕事お疲れ様です、ご主人様。……なんて」
 メイド姿で、心持ち上目遣い。それを受けて、筧が真顔になる。
「嘘、冗談、忘れて。……服がコレだし、それっぽくとか……会場から直行だったから、着替える時間もなかったし……」
「カメラ、誰かカメラ―!!」
「ちょ、鷹政さん!?」
「差し入れ、本当にありがとうごさいます!」
 傍らのドタバタを眺めつつ、雅人はパイとジュースでご満悦。黎が、悠人から預かった郷土料理も実に美味い。
「全力移動の後の甘味も染みます……」
「どっちを選ぶかって難しいもんね〜……」
 英斗の背を、焔がポンポンと叩いた。
(……新鮮ですね、小さい頃はこういう場を無意識に避けていましたから)
 輪に加わり、平穏な時間を過ごしながら雅春は紅葉を見上げた。
 集まる撃退士が一つの花のようになって、瑠璃が無邪気に笑った。

「今までは平和への道筋が明確には見えませんでしたが、ようやくという感じですね」
 静矢が筧の隣へゆったりと座る。
「筧さんも、相模さんも加藤さんも……皆で生きて、その時代を迎えましょう。命を懸けていった方々の為にも……彼らの生きた意味を後世に残すためにも」
 静矢が、真っ直ぐに筧を見つめる。言葉のひとつひとつが、筧の胸に沁み込む。
 筧にとって、静矢は苦楽を共にした戦友の一人だ。今更、何を取り繕うこともない。
「僕、多治見での事件はあまり知らないです。紅葉が綺麗だって聞いて、古虎渓に来ようと思って……」
 そんな中、ザジが筧へ訊ねた。
「よければ、この街に起きたこと教えてもらいたい、です。記録書で読むより、ずっと生きた情報になるです」
「うん。……そうだねぇ」


 その一方。
「加藤さん。私、美脚大会で優勝できそうでしょうか?」
 文歌が美脚愛好家の重鎮・加藤信吉へ相談を持ち掛けていた。
「水無瀬さんだったね。君の美脚は後方から見届けていたよ。次回は是非、正面から見たいと思う」
「加藤さん、犯罪者犯罪者」
「美尻派の相模くんは黙っていてくれ!!」
 熱い討論が展開される前に、ハリセンを片手に筧が駆けつけた。




 休息を経て、撃退士たちは解散となる。
 連合撃退士たちは市街地へ戻るという。筧だけがその場に残り、僅かな時間を黎と過ごしていた。
「こうしてゆっくり出来るの、久しぶり…… あっ、えーと、わかってるから、大丈夫」
 筧が忙しくしていること。何か思うものがあること。
 だから、なかなか会えないことを責めるつもりはない。でも、言葉の受け取りようによってはなじっているようにも思えて。
 上手く伝えられない不器用さを誤魔化すように、黎は自身の顔が見えなくなる角度でしなだれかかった。
「ごめんね…… 大好き」
 過ぎる時間が、今は名残惜しかった。




 夕暮れから夜に変わる空の色。この季節では、一瞬の変化。多治見の街を、和紗と竜胆は並んで歩く。
 幾度も崩され立ち直ってきた陶都の街並みを、竜胆は目に焼き付けた。
「冬の観光スポットも夏草ちゃんに聞いたし。『次』は雪景色かな?」
「秋の夕暮れも風情がありますが……そうですね、『次』は雪景色を」
 スケッチブックを抱いて、和紗が頷く。
 街を流れる川。広い広い空。寒暖の厳しさも、絵に閉じ込められたらいい。



 大切な人への、大切な贈り物は届いただろうか。気持ちは受け取ってもらえただろうか。

 会うは別れの始まりと言うけれど、出会いがあったから今がある。
 出会えた幸いに、ただただ感謝を。
 本当に本当に、ありがとう。ありがとうございました。




【了】


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歴戦勇士・龍崎海(ja0565)
 おかん・浪風 悠人(ja3452)
 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
 楽しんだもん勝ち☆・ユリア・スズノミヤ(ja9826)
 華麗に参上!・アンジェラ・アップルトン(ja9940)
 華麗に参上!・クリスティーナ アップルトン(ja9941)
 久遠ヶ原から愛をこめて・春都(jb2291)
 優しき強さを抱く・ユウ(jb5639)
 光至ル瑞獣・和紗・S・ルフトハイト(jb6970)
 ついに本気出した・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
 青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・御子神 藍(jb8679)
 焔潰えぬ番長魂・天王寺千里(jc0392)
 海に惹かれて人界へ・ザジテン・カロナール(jc0759)
重体: −
面白かった!:32人

Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
郷の守り人・
水無月 神奈(ja0914)

大学部6年4組 女 ルインズブレイド
天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
華麗に参上!・
アンジェラ・アップルトン(ja9940)

卒業 女 ルインズブレイド
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
新たなるエリュシオンへ・
咲村 氷雅(jb0731)

卒業 男 ナイトウォーカー
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
久遠ヶ原から愛をこめて・
春都(jb2291)

卒業 女 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
点喰 瑠璃(jb3512)

小等部6年2組 女 バハムートテイマー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB
焔潰えぬ番長魂・
天王寺千里(jc0392)

大学部7年319組 女 阿修羅
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー
保護者(ストーカー)・
鳴上 公子(jc1031)

大学部5年23組 女 ルインズブレイド
UNAGI SLAYER・
マリー・ゴールド(jc1045)

高等部1年1組 女 陰陽師
愛しのジェニー・
小宮 雅春(jc2177)

卒業 男 アーティスト