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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:24人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/11/24


みんなの思い出



オープニング

●冥魔の本拠地にて
 時は少し、遡る。

 二〇一六年九月。
 冥魔軍地球方面軍・本拠地・洞爺湖のゲートの最深部。
 冥魔連合・地球方面派遣軍の総大将たるルシフェルは、関東より戻っていた。
「この俺に『緊急招集令』たぁ、どういうことだ」
 玉座に着き、長い金の髪へ指を差し入れながら、地球上において最強と謳われる悪魔は毒づく。
 ――至急、帰還せよ
 魔界からの連絡は、短いものだった。情報の漏えいを恐れたのかもしれない。全ては現地へ着けばわかる。
「穏やかではない事だけは、確かですが……」
 彼の後ろへ続くのは、黒のゴシックドレスを纏った女。レヴィアタン、冥界から派遣されたルシフェルの目付け役であり副官を担っている。
「ああ、ああ。穏やかじゃねぇなァ。せっかく関東で面白そうなものが見れそうだったってのによ! おい、アラドメネク。こっちの首尾は?」
「異変無し。札幌は依然として人間共の前線基地として整備が進んでいるようだが、攻めて来る様子はない」
 ルシフェルたちが留守の間、冥魔軍の拠点を預かっていたのは銀髪の猛将・アラドメネクである。
「ふむ……。まあ、そうだな。此処へ仕掛けるってことはゲート向こうに控える無数の軍勢を相手にするのと同じだ。多少は力を付けたようだが簡単には来ないだろ」
 その上、天界で起きている動乱も此方へ影響を与え始めているようだ。例えば年の初めに激突した、鳥海山然り。
「トビトがベリンガム側に、な。まあ、それなら相手はエルダー派だ。俺たちじゃない」
 順当に考えるのなら。しかし。
「はは。鳥海山のゲートを使ってザインエルたちがコッチへ攻め込んで来たら笑えるな」
「ルシフェル様」
 笑えません。レヴィアタンが制する。
「いかがいたしますか?」
「招集令には応じにゃならん。俺が此処を離れる危険を理解した上なのか、地球の情勢を軽んじてるかはわからんが……お前こそ、どうするつもりだ」
「私は『貴方の』お目付け役です。魔界へ行くというのなら、私は冥界の代表としてそれを監視しなくてはなりません」
「……だよな」
 せめて、彼女をアラドメネクの補佐として残せたなら心強いのだが――
「ですが……」
 女は、俯いて唇をかみしめた。
 人類が作り出した『祭器』。その情報を軽んじた結果、二転三転し札幌を奪われた。女男爵リザベルと旅団長ソングレイを喪った。
 あの時、自分が真剣に取り合っていたのなら……
(認めなければ。そして、考えなければ)
 いつかの悔しさが去来する。
「アラドメネク。決してこちらから攻撃を仕掛けてはなりません。ただし、向こうが仕掛けて来たなら徹底的にぶっ潰すのです」
「札幌は目と鼻の先だ。拠点を固めてゆくのを傍観しろと?」
 今のうちに叩き潰した方が早くないか? 猛将はわずかに眉根を寄せた。
「ええ、傍観してください。どれほどのものを築こうが、ルシフェル様と私が戻ってから全軍で踏みつぶせばいいだけですよ」
 実力者である悪魔二柱を討ちとったのは、決して偶然ではない。と考えなければ足元をすくわれかねない。
「それに」
 矢継ぎ早に指示を出す副官を、ルシフェルは面白そうに眺めている。
 鳥海山での戦いでは、敗戦は己の落ち度だと泣きそうになっていた彼女が雪辱しようとしているのだ。
「北海道は、ほどなく冬を迎えます。その時節に戦いなど愚策とすら呼べません」
「だそうだ。アラドメネク、地球における俺の軍勢の指揮はお前に任せる。良いな?」
「……承知」
 二人からそこまで言われてしまえば抗いようもない。
 アラドメネクはこうべを垂れ、命令を受け入れた。

 そうして、ルシフェルとレヴィアタンは魔界へと発った。



●北の前線都市
 十一月。札幌。対冥魔最前線の基地都市。
 人類が冥魔の手より奪還してから五ヶ月ほど経過していた。
 建物の修繕はほぼ完了し、機材の投入も順調。
 久遠ヶ原から派遣される研究員や撃退士の数も安定し、前線基地として機能し始めている。道内に点在する撃退署との連携も上々だ。


「はー、ダメダメ。相変わらずです」
「攻めてこないのは有り難いけど、一定領域へ入れば容赦なしよ」
 洞爺湖ゲート周辺の偵察から帰還した、二人のレジスタンスメンバーはリーダーであるミーナ・ヴァルマ(jz0382)へ報告に戻ってきた。
 隠密行動に長けた、ナイトウォーカーの湊と鬼道忍軍のナナである。
「おかえりなさい、湊、ナナ。無事で良かった」
 褐色の肌に、宝石のようなライトグリーンの瞳を持つ少女堕天使は柔和な笑みで出迎えた。
「前に久遠ヶ原の生徒さんに教えてもらった『瞬間移動』が無かったら、逃げてこれたか」
「『常夜』もね。……たくさん、助けられたな。だからね、リーダー。きっと、冬を越すまでは大丈夫だと思うの」
 常夜――いわゆる『氷の夜想曲』を自己流にアレンジした技。瞬間移動同様に、かつて撃退士たちから教わった術だ。
 メンバー内で技術を共有し、戦力上昇の一助となっている。
「冬……。やはり、向こうも警戒するかしら」
「冷え込みと雪は、どうにも無視できないでしょう。秋に仕掛けてくる可能性はありましたが、この通り向こうは防戦に徹している」
 札幌を拠点とする前に、拠点とするための戦いで、人類側は敵の実力者たちを撃破している。
 生半な勢力では制圧できないと考えているか、ゆえに今は戦力を蓄えているのか――。
「内地でも大きな戦いがあったというから、それも関係しているのかもしれないわね」
 北海道へ余波はないが、向こうにすれば戦力の投入や警戒が必要となるはず。
 自分たちを警戒するのではなく、軽んじる結果として『攻撃してこない』とも考えられる。
「飛行ディアボロを大量に送り込まれたら終わりですけど。でも吹雪だのなんだので視界も悪くなれば、やはり効率は良くない」
 初雪は降った。この時期に入ると、いつ大量の雪が降ってもおかしくない。
「現状維持で、戦力の底上げや環境整備に努めて冬へ備えるのが一番ってことか」
 そこへ、オリーブ色のフライトジャケットを羽織った青年が姿を見せた。レジスタンスメンバーの一人、レラ(jz0381)である。
「……レラ」
「ざっと周ってきたが、こっちから東も異常なし。多少のディアボロは居たが野良だな」
 単独で道内を巡る青年を見て、ナナは湊の陰へ隠れた。
 今年の初夏に、少女は青年に対して同志以上の想いを抱いていることを告げたがノーリアクションという恐ろしい結果が待っていたのだ。それ以上は踏み込むことが出来ず、傍目には何も変わりなく今に至る。
「だとしたら――冬季合宿かしら」
 名案が思い付いたとばかりに、ミーナは両手を合わせた。彼女はレラに対するナナの変化に、全く気付いていない。
「今のうちに、改めて久遠ヶ原との交流をしておくの。ううん、むこうも忙しいだろうから強制はできないけど……」
「いいんじゃないですかね。下手に敵を刺激しない程度に、技術を請いつつ……俺たちからは何か返せないかな」
 今は、支援を受けてばかりだ。賛成してから、レラは考え込む。
「新鮮な海の幸と山の幸じゃダメかなー」
「それ、夏にもやったからな?」
 のんびりとした湊の提案へ、レラがスパンと切り返した。
「ま、情勢も安定したことから、骨休めしてもらうのも良いだろうな」
 今なら、郊外の温泉もゆっくりと満喫できるだろうから。






リプレイ本文


 鈍色の雲が広がる空。
 すがすがしい秋晴れというより、冬へ片足を踏み込んでいる。
 転移装置で移動すればあっという間だが、関東と北海道の違いをこういう時に実感する。


 札幌市内へ入ると、レジスタンスたちが学園生を出迎えた。
「来てくれてありがとう。寒い季節だけれど寒いなりの、北海道を楽しんでいってね」
 リーダーであるミーナ・ヴァルマが、そう言って微笑む。
「今日は、よろしくお願いします。少しでも戦力になれたら良いのですが……」
 浪風 悠人(ja3452)が一礼すると、「こちらこそ」とミーナは握手を求めた。
「よ、久しぶりじゃ」
 人混みの中から、緋打石(jb5225)はレジスタンスメンバーの一人であるレラへ歩み寄る。
 石には何かと世話になっている。青年も打ち解けた穏やかな表情で応じた。
「今、学園も重大な岐路に立たされておる。北は変わりないか?」
「変わりないのが怪しいくらいだ」
 偵察部隊がディアボロと小競り合いすることは有るが、正規兵との衝突は無い。
「奪還後の立て直し時期が危険だと最大の警戒をしていたが、こうして冬を迎える。雪解けまでは、互いに動きようがないという見立てだ」
「攻めては来ない、ですか……」
「今日は懐かしい顔が多いな」
「お久しぶりです、レラさん」
 二人の会話を聞きつけ、天宮 佳槻(jb1989)がそっと加わる。
「この前、関東で2ヶ所同時の大規模動員があったんです」
 石が口にした『岐路』について、佳槻が詳しく説明をした。
「あの後、関係した悪魔が力を貸してもいいと言ってきたんです」
「…………は?」
 長い長い沈黙の後、レラの声は裏返った。
「けれど見えない点も多い。戦力が増えるだけでは済まされない場合もあるでしょう?」
「ベリアルが停戦に踏み切ったのは、ルシフェルの思惑もあるんじゃないかな」
「待て待て待て、ちょっと待て」
 更に加わってきた龍崎海(ja0565)の言葉に、レラは困惑しながらミーナを呼んだ。



●情報交換
 中心部から少し離れた場所に用意された訓練場で、学園生からの技術指導が始まっている。
 その傍らで、ミーナとレラ、そして数名の学園生たちが情報交換をしていた。
 ルシフェルの妻・ベリアル。空挺エンハンブレの所有者。学園生たちとの戦いの末、彼女から『取引』がしたいと申し入れがあったという。
「彼女はルシフェルラブだから、彼の許可なく地球侵攻を破棄するとは思えない」
「ラブは知らないが。そいつは、どれだけの権限を持ってるんだ」
 聞く限り、『協力』は彼女の所有部隊のみに思える。
 ルシフェル――地球における冥魔の総大将の意思による『協力関係』なのか否かで、状況は大きく変わる。
 ベリアルがルシフェルの代弁者だとしたら、なぜ他地域の冥魔には号令がかからないのか。
 ベリアルの独断だとして、事後承諾という形で夫であるルシフェルが笑って許したならばルシフェル直属の冥魔たちはどう思う?

 『妻』という立ち位置を利用するようなベリアルを、どう思うか。『妻』には甘い判断を下す総大将を、どう思う?
 この一件は地球における冥魔軍に、亀裂を生じさせやしないか。新たな火種を生まないか? その確認を、撃退士たちは取っているのか?
 悪魔たちは実力至上主義で上下関係を重んじないとは聞くが、大きな力を持つ者の行動は波紋を呼ぶはずだ。

「協力を持ちかけた理由によっては、一時の協力の引き替えに収奪が激しくなる可能性もありますよね」
 佳槻が沈黙を破り、懸念の一つを挙げた。
「関係が破綻した時、大きな被害を受けるのは撃退士じゃない。『一般人』だ。奪われるのは誰か。何か。理解した上で決断をくださなければ、この世界は崩れるぞ」
 レラは髪をかきむしりながら言葉を続ける。
「それに『申し入れ』をした当人は良しとするかもしれないが、向こうにも面白く思わない存在があるかもしれない」
「アラドメネクのことかな〜?」
 星杜 焔(ja5378)が、おっとりと訊ねればレラが頷きを返す。
「目の前で人間が力をつけてるのに攻めてこないのは、アチラも人員が足りてないのかもね〜」
 女男爵リザベル・旅団長ソングレイの二柱を喪った現在、ルシフェル付きの名だたる将は彼とレヴィアタンくらいか?
 故に『動けない』という状況なのかもしれない。戦力が足りない。
 焔が、そう言って憶測に裏付けをする。
「だったら尚更だ。この状況で、ルシフェルが関東にある冥魔の一部隊が人類へ肩入れする真似を許す理由は?」
 あるいは承知の上で肩入れを許さざるを得ない背景が向こうにあるのか?
 話が膠着したところで一つ息を吐きだし、海が話の方向を変えた。
「相手の話を受け入れた際にね、『船』の駐屯地を決めることも話題になってるんだ。たとえばだけど『船』が北海道で駐屯するとかになったらどう思う?」
 冗談めかして海は訊ねてみると、ミーナが止める間もなくレラの表情が変わった。
「面白い冗談はやめてくれ。ここは冥魔の本拠と目と鼻の先だ、呑むわけには行かない」
 北海道と言っても広い、どこに駐屯させるかにも依るだろうけれど危険度が跳ね上がることに違いはない。
「『万が一に抗える撃退士』だけが、この世界で暮らしているわけじゃないことを忘れるな」
 その言葉は、重い。さすがのミーナも、フォローはできなかった。
 『たとえば北海道』というだけであって、それはどの地域であっても変わらない事だから。
 


●技術伝授の時間
 スキル伝授も兼ねた腕試し。曰く、
「技が欲しくば奪い取ってみよ、レラ殿!」
 である。
 守りの硬いレラ、機敏な動きの石。好対照な二人の腕試しは思いのほかに長引いた。

「――痛むか?」
「平気じゃ」
 ジャッジを担っていた海から引き分けを言い渡され、治療を受けながら石はポツリポツリと話し始める。
「戦う理由、について見直そうかと思っての。――戦うのが好きだから、というのが何か浮いている気がしてのう」
「そういうものか?」
「これまでは、気になることもあったんじゃ。それも今は、解決しての」
 単純な興味だけではない、何か。懸けたいと思える何か?
 愛すべきこの世界で、光りを放つようなものを見つけられたなら、新しいものが始まるような気がして。
「それでも賑やかな日々が続いているのを見ての、ずっとここでいたいと思う」
「……そうか」
 会うたびにテンションの高い少女悪魔。レラにとってそんな印象の石だが、彼女なりに時間を過ごしている。考えている。
「賑やかな日々を続けるにも、共に過ごす者がいてこそだろう。それを守っていくのもいいんじゃないか」
 治療終わり。
 細い腕をパシンと叩いたレラは、心なしか微笑しているようだった。 


 ナイトウォーカー系の能力を持つ湊を始め、潜入任務の多いレジスタンスを集めて悠人が技術指導を始める。
「これは、学園でも比較的最近になってから実技で習うようになったんです」
 そう前置きして伝えるのは『ボディペイント』。潜行効果を与えるスキルだ。
「人や場所を選ばず効果を得られますし、他者へ付与することもできるんです」
 悠人は手にアウルを収束し、絵筆を作り出す。隣に立ってもらっていた湊へ、アウルの絵の具を塗布すれば――
「おーー」
 周囲にどよめきが起こる。
 目を凝らさなければ認識が難しいほどに、湊の存在が周辺へ紛れている。
「あはっ、面白い。感覚的なモノだから、僕たちレジスタンスには取り入れやすいかも」
 洞爺湖ゲートに対して、探りを入れる調査はこの先も続くだろう。非常に有効な技を得た。
「それじゃあ、今度は僕だね。僕自身は未修得技も多いし、非常に固い型というわけでもないけど。武器やカオスレートの調整で、幅広い立ち回りができるようになるよ〜」
 ゆるふわな笑顔で、焔が説明を始めた。


 名前を呼ばれ、三度目でナナは顔を上げた。
「……ごめんなさいっ、あたし、ボーっとしてた!?」
「だいじょうぶですよ。少し休みましょうか」
 共に訓練に励んでいたユウ(jb5639)が、優しく笑う。
 ナナとは夏以来の再会だ。小さな恋の後押しをしたは良いが、その後を心配していた。
 ――経過は、思いのほかに芳しくないようで。少女の想いを考えればユウとしては穏やかにはいられない。
 休息中にポツリポツリと話を聞きながら、ユウの笑顔が凍り付いていく。
(思う所があって、敢えて無反応の態度を取っている場合もあるでしょう。ええ、あるでしょう。ですが)
「ナナ、こっちに居たか。っと」
「お久しぶりです、レラさん」
 にこり。呼びかけてきた青年へ、その場から動くことなくユウは微笑む。
「ああ、そう、だな?」
 ユウは何もしていない、していないが――全身から立ち昇るよな濃密なアウルを感じ取り、レラは足を止めた。
「どうかしました? この数カ月で、何か変化でも?」
 一歩進み出るユウに、角が生えているように見えるのは気のせいか――いや、戦場でも目にしたはずだ、それをなぜここで、ああ訓練か、
 鬼気迫るものが自分へ向けられていることへの疑問に答えを見いだせず、レラの思考は困惑したままだ。

「あら。蚊が」
 
 神速だった。ユウの掌の、残像が右から左へと流れるような美しさで移動する。
「れらーーー!!?」
 カオスレート差を乗せた、練気・血界・徹しの流れるようなコンボによるビンタ@クリティカルヒット。
 首がねじ切れる勢いで青年は吹き飛び地へめり込んだ。
「これは言葉にもせず、態度にも出さずナナさんを傷つけた事に対する私の怒りです。暴力に訴えた叱責は後で甘んじて受けますので、今は失礼します」
「えっ、ちょ、ええええ、ユウさん!?」
「ナナさん。今日はとことん遊びましょう」
 ユウは、ナナの肩を抱いて踵を返す。
「どうしたのですか? ……こ、これは」
 騒ぎを聞きつけたRehni Nam(ja5283)が到着すると、重体から再起不能・あるいは死亡判定へ片足を突っ込んでいる青年の姿があった。
「理由は……聞きませんが」
 レフニーは胸の前で十字を切ってから『生命の芽』を発動する。
「――と、これは意識を失い重体に陥った味方を助けることができる技なのです」
 彼女の後ろでは、ちゃっかりとミーナが見学していた。
「高度な技術ですが、習得者が増えれば頼もしいことこの上ないと思いますよ」
 レジスタンスは独学で技を磨いてきたから、学園で定義する『レベル』と個人の能力は必ずしも一致しない。ジョブに強く縛られることもない。
「ありがとう。是非、学ばせていただくわ」
「そういえば、皆さんの方で『こんな技が欲しい』っていうのはありますか? 明確な目的や困難な場面を教えて頂ければ、こちらからも教えやすいのです」
 アストラルヴァンガードの奥義を習得しているレフニーだが、様々なジョブを経験し会得した技は多岐に渡る。
 時間が許す限り応じようと申し出ると、幾つもの挙手が起きた。
「……どうしてこうなった?」
 一命を取り止めながらも、レラは腑に落ちない気持ちを抱えて首を傾げた。



●それぞれの時間
 訓練を終えると、宿泊地である温泉へ向かう一行を乗せるバスの、第一便が到着した。
 温泉でまったりしたいグループを乗せた後、市街散策を楽しむグループを迎えに来るスケジュールである。
「さて、ミーナさん。お腹がすきました。どこか市内でご飯の美味しいお店、紹介してもらえませんか?」
 バスを見送ってから、レフニーはミーナへ訊ねた。
「喜んで。レフニーさんは、特に好物とかあるかしら」
「そうですね……。料理が趣味なので、できれば広く味わいたいです。今後に活かせると嬉しいかなと」
「まあ。お料理も教えてもらえばよかったかしら……」
「次に来ることがあれば、是非」
 少女たちは笑いあい、札幌の街へと向かって行った。


 その一方。
「う〜寒い……」
「大丈夫? その服装だと夜は辛いと思うよ」
 肩を抱く佐藤 としお(ja2489)へ、レジスタンスの湊が緩い笑いを浮かべて声を掛けてくる。
「天気予報だけではわからない寒さですね」
「札幌は盆地だから、芯から冷え込むんだよねぇ」
「ですが! 寒ければ寒いほどラーメンの旨さが引き立つってもんです! 北海道と言えばラーメン! 他に何があるって言うくらいラーメン!!」
「……そ、そうだね」
 としおの熱意にのけぞりながら湊は同意を示しつつ、
「だったら案内しようか。札幌ラーメン以外にも、道内各地の店があるし」
 札幌と言えば味噌。函館なら塩、旭川は醤油。他にもカレーラーメンや豚骨などなど、寒さを乗り切るラインナップを誇る。
「地元で有名なラーメン屋さんを梯子しましょ!! 是非!」
「おっけ。その前に防寒対策を整えよっか。ラーメンで汗をかいた後に風邪をひいたら困るしね」
「はい! じゃ、行きますか……」


「札幌市の平和はあたいが守るわ! いざ出陣よ!」
 北国生まれの雪室 チルル(ja0220)にとって、この時期の寒さなど予測済み。
 ぬくぬくとした上着や帽子で防寒対策バッチリ。
「敵領域との最前線なんだから、いつ街中で何かが起こってもおかしくないはずなんだから!!」
 さすがに大量の敵兵が入り込むことはないだろうけれど、警備は大事!!
 少女は意気揚々と、市街へ繰り出した。


「地上とは随分久しいな……。ワァメッチャ眩シイ★」
 バチーンとウィンクしつつ曇天を見上げるのはUnknown(jb7615)。
「……しかし地上か……。何もかも皆懐かしい……」
「……そりゃあ……パッケージしかないゲーム買いに行ってたのも我だし……。あ、太陽直に見ないようにね母……」
 Unknownを『母』と呼び慕うΩ(jb8535)が、バサリと切る。
 小柄な少女は口調こそ淡々としたものだが、久々の外出である母を気遣っていることがよく伝わる。
「Ωよ! 『それなり』に喰ったらゲーセンとやらに我輩は行ってみたいぞ、実は未だ行ったことが無くてな!!」
「………此処にあるかな…? ……まぁ、いいよ……あればね」
「アンノにオ嬢! 久々やないか!!」
 そこへ、カラッとした関西弁が飛び込んでくる。
 共通の友人であるゼロ=シュバイツァー(jb7501)だ。訓練の後、たこ焼き屋台を構えている。
「ゼロか。貴様もゲーセンか?」
「なんでやねん。俺は、やりたいことがあってな。たこ焼き食う?」
「……たこ焼き……飲めないよね……?」
「関西人にとっては飲み物みたいな――ワケあるかい。オ嬢にも、なにか用意したる」
 豆腐以外の固形物を食べられないΩの視線を受け、ゼロは丁寧なノリツッコミを挟みつつ少女の頭をポンと撫でる。
 Unknownはたこ焼きを、Ωは温かい茶を飲みながら、三人はしばし世間話を交わした。
「楽しかった。……では、我々は急ぐのでな」
「……ところで母…」
 ΩがUnknownをつつく。
「……防寒対策まったくだね」
「まったくだな。まぁ飯を喰おう、それで肉体なんぞ直ぐ暖まるだろう。行くぞ」
「……うん」
 人類の規格を遥かに超えたサイズの悪魔は、娘をヒョイと抱える。
 もこもこに防寒している娘は、せめてもと己のマフラーを母に巻いてやった。
「いってらー」
 親子の姿をゼロは微笑ましく見送った。


 ふっと視界が陰り、ゼロは顔を上げる。
「『神のたこ焼き』は盛況か?」
「そっちから来てくれるなんて嬉しいわぁ」
 夏には特製法被まで用意されたのだ、簡単に忘れられるものではない。ゼロの言葉に、レラが苦く笑う。
「1パックサービスしたるさかい、ちょっとええか」
「? ああ」
 屋台の中に、丸椅子がもう一つ。そこを指され、レラはテントの中へ入る。
「『組織としての動き方』っちうんを教わりたいんや」
「なんだ、藪から棒に」
「ちょっと学園出て、西の方で独立する予定やねん」
 通行人へたこ焼きを振舞う傍らで、レラに向ける言葉は真剣だ。
「西?」
「あっちの方に本格的な組織なさそうやし、自分らみたいに潜ってる奴らもおるかもしれんしな。ちょっくらコツとか教えてくれへんか?」
 久遠ヶ原学園が在るのは関東。
 先だって大きな動きがあったのも関東だが、天界側の対地球本拠地は九州にある。レラは詳しくないが、四国周辺もゴタゴタしているのだったか?
「学園所属では、できないことなのか」
「学園に所属しとったらできないことを、やりたいんや。信頼できる仲間たちとな」
 組織の維持は難しい。それは、情報交換で話し合った冥魔軍においても伺える。
 規模が大きくなればなるほど一枚岩であることは難しく、敵対者はその隙を突いてくる。
 敵対者とは、天魔に限らない。地域住民も然りであろう。
「そう、だな。どこを拠点とするかは知らないが、『味方』を多くつけることだろう」
 北海道のレジスタンスたちは存在を知られないよう一つところに留まることはほとんどなく、地域住民さえ認知は不確かだった。
 とはいえ、反感を買う行動はしない。対価を求めたり争いへ巻き込むことを徹底して避けた。
「風の噂は恐ろしい。ゆえに操作できればこの上なく強い。組織内の信頼が揺るがぬものであれば、注意すべきは組織の外、物理的な『周辺』じゃないか」
「……ふぅむ」
 拠点。外交。そういったものを含むか?
「おおきに。まぁ独立して落ち着いたら、また色々相談のってくれな♪」


 市街の一角に、大きな書店がある。
 郷土史から流行の文芸書まで手広く取り扱っており、本好きならば一日中すごせる規模だ。
「兵法に関しては大陸の物が役立ちそうか……?」
 兵法。戦術。指揮。そういったものを取り扱っている書物を眺めながら、逢見仙也(jc1616)は実戦へ生かせそうなものを何冊か手にした。
「大規模レベルで落とし込めるかは別だし、個人行動にしてもそうだが……知恵は多いほうが良い」
 情報収集は仙也の趣味の一つ。
「さて、あとは札幌の名物料理でも食べていくか。ラーメンが有名だったか」
 訓練終了後に熱弁していた青年――としおを思い出し、『余所と何が違うのか』と興味をそそられる。
 参考に出来るなら食材も買って帰りたい。

「北の味噌は別格ですね! 最後までスープが熱い状態であるように工夫されている!!」

 書店を出たところで、語らうとしおと湊に遭遇。
「おや、君は」
「どうも」
 こちらに気づいた湊が笑顔で手を挙げて来たので、仙也は社交辞令の会釈を返す。
「これから食事ですか? 良かったら一緒にラーメン屋を梯子しませんか。今から5軒目なんです!」
「ご……? いや、遠慮する」
 としおの勢いに、素で引いた。
「あちゃー、残念。では、こちらをお渡ししましょう。市内ラーメン屋マップです!」
「あ、ああ」
 めげないとしおを不審がりつつ、仙也は役所で配布されている地図を受け取った。手書きでラーメン屋情報が載っている。
(やたらと多いな、ラーメン屋……)
 それから、意図せず入手した地図を幸いに思う。
「街の守りについても、見ながら歩くか」
 占領地域内にポカリと存在している基地都市。
 防衛に意識を割いているだろうが、完全ではないだろう。天魔としての、自分の視点で注意箇所を提出できればと思う。


 戦う者だけが札幌へ入っているわけではない。
 地脈などの研究職、武器補修を担う者、ケガを癒す者、その生活を支える為の商売人。
 活気のある街中を歩きながら、チルルは熱々のたい焼きを堪能していた。
「はっ! あれは何!? 現地調査よー!!」
 看板には『スープカレー』。カレーなの? 飲めるの?
 興味津々で突撃開始!
「……飲み物だね、母……」
「(バリムシャバリムシャバリバリバリィ!!)」
 入るなり、店の全てを喰いつくさん親子に遭遇。UnknownとΩだ。
「飲み物なのかしら……?」
 カウンター席へ着きながら、チルルはオーソドックスなメニューを注文。
 ほどなく、北海道の野菜がゴロリと入ったカレーが到着!
「これは暖まるわ!! 冬にぴったり!!」
 スプーンを差し入れれば、まるごとのジャガイモがホロっと割れる。
「あら、先客万来といったところかしら」
「お邪魔しますですよー」
 そこに、ミーナとレフニーも訪れる。
「隣へどうぞ! すっごく美味しいんだから!!」
 キラッキラの笑顔で、チルルは二人を迎え入れた。



●託された楔の場
 レジスタンスのアジトにて。
「失礼します」
 短いノックのあと、サブリーダーであるオヤジの部屋へ紫髪の青年が姿を見せた。鳳 静矢(ja3856)である。
「レジスタンスの皆さんは士気が高いですね。こちらも有意義な訓練となりました」
「そうか」
 祭器を傍らに置いた虚無僧の、深編笠の下から無駄な美声が響く。
(……この声)
 じ、と意識を集中させる静矢だが、確信には至らない。
 彼はずっと、一つの予想を抱いていた。
 札幌にレジスタンス組織があり、サブリーダーが顔を隠している実力者であること。学園と縁のある者だということ。
 彼は、もしかして……
「実は私も、札幌戦の時は参加していたんですよ」
「ほう。その節は世話になった。……本当に、皆が無事でなによりだ」
 悪魔二柱を罠に嵌める、決死の作戦だった。オヤジは祭器使用者として文字通りの命懸けだったのだ。
「今の街を見て、安心しています。あの時、縁を結べてよかった、と――」
 静矢は、言葉に含みを持たせる。
「……貴方、もしや堂島さんではないですか?」
 ――堂島勲。函館にて情報交換を行った男の名を、静矢は出した。
 オヤジが正体を明かせない理由はわからないが、堂島からの依頼には学園長の裁可があった事等から考えれば、堂島はレジスタンスの中心に近い人物と予想できる。
 ならば、もしかしたら……
「ふっ、はは、ふはははは!!」
 オヤジはやおら立ち上がり、高笑いをする。
「この俺が堂島君と間違われるとはな! ははははは!!!」
「……違いましたか?」
「君が会った堂島氏は、このような肉体をしていたか?」
 オヤジは肩肌を脱ぎ、鍛え上げた屈強な筋肉を披露する。虚無僧にそれは必要なのか。
「いえ……」
「であろう。筋肉は一日にして成らず。彼は、あくまで研究職だよ」
 着衣を整え、オヤジは椅子へ座り直した。
「縁あって、レジスタンスへ協力してもらっている。あとで会って行くといい」
「そうでしたか……」
「すっきりしたかね?」
「ええ」
「豚汁お待たせしましたーー!」
 そこへ、空気を全く読まずに悠人が登場。手には、大きなどんぶりに盛られた熱々の豚汁。
「!? 大事な話し中でした!?」
「大事には大事だけれど、済んだことだよ」
 にこにこと、静矢が笑って隣の席を進める。
「なんか……すみません…… あったまるものをと思って」
 アジトの厨房を借りて作った豚汁を、悠人はテーブルに差し出した。



●豊かな自然と源泉かけ流し
 さて、こちらは札幌郊外にある温泉地・定山渓。
 札幌奪還を機に整備が進められ、基地都市で生活する者たちの癒しの場となっている。


 訓練後のバス、第一便で到着した樒 和紗(jb6970)と砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は、割り当てられた同室で荷ほどきを始めた。
 はとこ同士だから、異性としての意識も気兼ねもない。
「温泉……どうしましょうか。夕食は部屋だそうですし、先に入った方が?」
「夜だと雪がちらついたりするのかな。でも、紅葉を楽しむなら今だよね」
「……ありがとうございます」
 和紗の趣味が絵であることを知っての、竜胆の言葉だ。くすぐったく感じながら、和紗は支度をした。


 人が居ないことを確認して、雫(ja1894)は大浴場の暖簾をくぐる。
 雫は、小さな体のその背に傷痕を持っている。人に見られることは好まない。
 しかし――晩秋。豊かな自然。源泉かけ流し。露天風呂。
(これだけ畳みかけられて、避けることなんて……)
 部屋に備え付けられた内風呂も悪くは無かった。だけど。だけど!!
「……背中の傷痕は見られたくありませんが、露天風呂を逃すのは勿体ないですね」
 人が居ない時間を見計らって、湯浴み着を着用すれば問題ないだろう!!
「よかった……一番乗りです」
 紅葉の盛りが少しだけ過ぎて、染まった葉が湯船に浮かぶのも風情がある。
 ほうっと溜息を吐き、少女は湯に体を浸した。

 
 自室にて、北海道で目にしてきた風景を心の中で反芻するのは天城 絵梨(jc2448)。
「話には聞いていたけど、こうして豊かな自然の残る北海道へ来ることが出来て嬉しいわ……」
 宿へ向かう途中の山道では、キツネを見かけた。野生動物ならではの、鋭い眼差しが印象的だった。
 彼らにとっての利益は人間の魂であるから、それ以外には興味が無いのだろう。それゆえに無益な破壊活動はなく護られたものもあったようだ。
「この美しさの価値を理解してもらえたなら……手を取り合う理由にもなるのかしら」
 絵梨が撃退士となった理由がそれである。
「さあ、温泉にも入りましょう。明るいうちに、露天風呂からの眺めも楽しまないとね」

 ほどよく体が温まり、雫がホワンとし始めた頃。
 大浴場から露天風呂への戸が開く音がした。
(!!)
「わあああ、とても良い眺め……。あら、先客が居たのね。失礼するわ」
 雫に気づいて、絵梨が声を掛ける。
「ええ、眺めも良いですし、お湯加減も……。日頃の疲れが癒されます」
 くるっと雫は体ごと振り返り、背を壁側へ隠す。
「自然が創った造形美は、人の手じゃ作れないわね……」
 彼女の緊張に気づくことなく、絵梨は景観に見惚れるばかりだ。
(タオルで隠されているからわかりませんが…… ……大丈夫、私にはまだ成長する可能性と時間がある)
 一方、雫は絵梨の胸元を凝視している。
 中等部生の雫にとって『成長』とは非常に非常にデリケートかつ重要案件である。
「ええ、作り物はいけません。作ったところで虚しい現実へ直面するだけです」
 互いの関心はすれ違っているが、会話としてはギリギリ成立。
「ああ、カメラ持ってくるんだった……」
 空の青に舞い散る木の葉の彩りといったら!

「写真ばかりが、記憶を留めるものではありませんよ」
 絵梨の叫びを聞いて、露天風呂へ入ってきた和紗が会話へ加わった。
(……これは!!)
 そこで、雫の眼差しが厳しいものになる。
 大きい。何がとは言わない。
「俺は、絵を描くのが趣味なんです。たとえば、此処はこの色で……それとも……」
 始めこそ絵梨への話かけだったのに、どんどん自身の世界へ入ってゆく和紗。
 絵梨は、そんな彼女の表情の変化を興味深く見つめていた。
「私が自然へ惹かれたきっかけは、子供の頃に目にした図鑑の写真だったの。だけど、あなたが描いた絵も見てみたいわ」
 学園へ戻ってから描くの? それともスケッチブックを持ってきているのかしら。
「スケッチブックなら、いつも持ち歩いていますよ」
(羨ましい……)
 盛り上がる二人の会話をよそに、雫の目はそれぞれの胸元に固定されている。


 その頃、男湯は竜胆の貸し切り状態。
「やってみたかったんだよねぇえええ、露天風呂で日本酒!」
 木桶に徳利と猪口を浮かべてご満悦。
 雪見酒とはいかなかったけれど、明るい時間からの贅沢も格別だ。
「お湯は気持ち良いし、自然は綺麗だし…… 〜♪」
 ほろ酔いも手伝って、空に向かって歌を口ずさむ。
 歌詞はあるようなないような、即興の鼻歌。どこか懐かしさを感じさせる、優しい響き。

(竜胆兄?)
 壁向こうから響く歌に気づいて、和紗は会話を中断した。
「あ、俺のはとこです。気分が良くなると、すぐに歌う人ですから……」
 たしかに、こんな日は歌いたくもなるだろう。
 空が高く遠く遠く、冬へ向かいながらも自然の香りはとても豊かで。

 ――……、…………
 気が付けば、竜胆の歌声へ女性の声が重なっていた。
「あれ、珍しく和紗の声……?」
 いつもは聞き専なのに。感化されちゃった?
 竜胆はムズムズする気持ちを歌に乗せ、和紗の澄んだ歌声にハモリを交えた。
 二人の歌は、天へと昇る。

 雫が、湯あたりをするその時まで。



●夜を過ごす
 陽が落ちて、本格的に冷え込み始める。
 宿泊施設の周辺を散歩しながら、陽波 透次(ja0280)は真っ白な息を吐き出した。
「あ……雪」
 透次の故郷も雪が降る地域だった。だから、雪の降る季節と聞いて散歩したくなったのだ。
 雪が降る前の、ギュッとした冷え込み。降ってからの、フワリとした暖かさ。
 これは体験しなければわからないし、どれだけ遠ざかろうが感覚として体に沁み込んでいる。
(この道をコロと一緒に歩けたら、気持ち良かっただろうな……)
 故郷で亡くなった愛犬が傍らにいたならと、そんなことを考えてしまう。
(……ホームシック、なのかな)
 ちょっと違うような、でも郷里を恋しく思う意味ならば合っているような。
(今日一日、この雪国を歩いて、少し故郷を思い出して、重ねて……)
 透次の胸は、チクリと痛んだのだ。
 懐かしさと寂しさがないまぜになり、声には出せない感情が湧いてくる。
 風が吹く。雪の花弁が頬を打ち、透次はギュッと目をつぶる。
「……出てこれるかな。ケセラン」
 闇の中、手を伸ばす。
 喚び声に応じ、ふわふわ毛玉の召喚獣が空間の歪みより現れた。
「あはは、もふもふだ。……あったかいな」
 犬のコロとは違うけれど。たった独りでいるよりもあたたかい。
 小さな体にしがみつけば、ケセランはふわふわと風に乗り闇夜をたゆたう。
「……これ、一体何の役に立つんだろう」
 術者が癒される気はするが、戦場ではどうしろと。
(うん……札幌まで来て何をしているんだろう、僕は……)
 乾いた笑いがこみ上げる。
 寂しくて。でも、どこかホッとする。
 休息とは、そういうものなのかもしれない。


 夕食の膳を前に、竜胆は違和感を覚える。
「和紗ー、食べ切れないだろうから手伝うよー と、言おうと思ってるんだけど」
 和紗は小食で、だから竜胆がいつも、せめて種類はたくさん食べられるようにと手伝うのが習慣になっていたのだが。
「……僕のより少なめ?」
「今日は抜かりなく。いつまでも竜胆兄の手は煩わせません」
 湯上りで浴衣姿の和紗は、背筋をシャンと伸ばして申し出を断った。
 あらかじめ小盛にしてもらうよう頼んでおいたのだ。
 ――だから早く、はとこ離れを?
 無言のイイ笑顔が、ザクザクと竜胆に刺さる。
「やりたい事が見つかったのなら、俺に構わずとも良いのですよ?」
 世話を焼かせてしまっている。心配を掛けている。竜胆の『道』の、邪魔をしていないだろうか。
「ん……目指したい未来は見つけたけど、それはそれ。これはこれで!」
 彼女の気遣いはわかる。
 けれど、竜胆にだって思いはある。はとこへの愛情がある。
(いつか和紗から離れる日が来るのは分かってるから、それまで構わせてよ)
 竜胆にとって、和紗の面倒を見るのは何の苦でもないのだから。
「でも、ありがと」
 和紗がそんな風に考えるようになったこと。
 竜胆がそんな風に考えるようになったこと。
 それは久遠ヶ原で、たくさんの出会いを経験したから。
 積み重ねた時間を話題に、二人は楽しい夕食を始めた。



●札幌の星空
 宿泊は定山渓に固定ではなく、希望者は市内の宿を選ぶことも出来た。
 時間に縛られることなく、思い思いの場所で過ごしている。

 剣崎・仁(jb9224)は、アヴニール(jb8821)を伴って高台を目指していた。
 街の明かりが少なく、できるだけ空に近い場所へ。
「本物の星、やっとアヴニールに見せてやれるんだな」
「とても楽しみにしていたのじゃ」
 知識としての『星』は知っているが、北海道で見るそれは関東の空とは比較にならないほど美しいらしい。
 アヴニールは期待に胸を膨らませ、仁を見上げる。
(……それにしても)
「アヴニール?」
 楽しみという言葉に嘘はないはずだが、それとは別に落ち着かない様子を少女から察して仁が振り返る。
「それがの……、……!! リアン!」
 どこかで聞いた人物の名を叫び、アヴニールは走り出した。
「リアン、何処をほっつき歩いておったのじゃ!」
「お嬢こそ、どちらへ行かれてらっしたのです!? また寒そうな恰好をされて……仕方ありませんね」
 アヴニール付きの執事であるリアン(jb8788)は飛び出してきた主人へ血相を変えながらも、素早く防寒着セットで包み込む。
「……と、其方の方は?」
 それからようやく落ち着きを取り戻し、アヴニールを追ってきた少年へ視線を移す。
「仁と申しての、我に星を見せてくれるのじゃ」
「そうで御座いますか……お嬢に人間の御友人……良きことに御座います」
「剣崎・仁だ。これから星見へ行くところだった」
 声を震わせるリアンの姿に少し驚きながら、仁は簡単に自己紹介をする。
「仁様……失礼致しました。私めはリアン、と申します」
「話には聞いていた、こんなところで会えるとはな。良かったら一緒に行かないか」
「そうじゃ! リアンも一緒じゃ!!」
 はしゃぐアヴニールと、慈愛の眼差しを向けるリアン。
 主従であり、家族のようにも見える。
(俺にも……二人の関係性のような『家族』が居るんだろうか)
 血の繋がりはあっても心の距離を感じる父親たちを思い出し、仁はフッと思った。
 
「頭上に見えるのが秋の四辺形……アレはペガサスだ」
「綺麗じゃのう……」
 仁が用意した星座早見表を握りしめ、アヴニールは溜息をこぼす。
「冬の星の代表格、オリオン座も見えるな」
「儚くも美しく、強き輝きで御座いますね。星と言うものは……」
(星……手に取れそうで決して届かぬ輝き……)
 リアンは、その輝きにアヴニールの両親を重ねていた。戦火に巻き込まれ命を落とした夫妻とは、二度と逢うことは適わない。
(お嬢にも……仁様にも……それぞれこの瞬きに想いがあるのでしょうか)
 たった独りになってしまった、アヴニール。
 彼女がこの世界に来て、友人と呼べる心許せる存在が出来たことを、リアンはとても嬉しく感じていた。
 どうか、星の輝きのように、長く続く絆であればと願う。
「アヴニールは星座の由来、知ってるか?」
「星座に由来とはのぅ……。この輝きを繋げて紡ぐ話と言うのも乙なモノじゃな」
「悲しい話も多いが、落とした命を忘れないように、と願いを込めたものがほとんどかもな」
「そうなのか……。星の輝きとは不思議なモノじゃ」
(……如何して仁は星が好きなのじゃろうか?)
 この美しさを前に、理屈など吹き飛びそうではあるが。アヴニールは疑問に思った。
 星を見上げる仁の横顔は、いつもと少し違うように感じる。
(仁は、この輝く星空の下何を考えているのじゃろうか……)

 三人それぞれの思いを乗せたかのように、三つの星が流れていった。


 洞爺湖が見えそうな、そんな場所でジョン・ドゥ(jb9083)は考え事をしていた。
(この向こうに、大将がいるのか……?)
 大将。ルシフェルを、ジョン・ドゥはそう呼んでいる。
 近頃は、鳥海山での祭器を使った戦で彼に会った時のことをよく思う。
(これまで、学園に来る前も含めて長く戦いに生きてきたが……唯一ヤツだけが、相見えて謎の高揚感を感じたな)
 これが戦いを楽しむというのか、楽しみに感じるという事なのだろうか。
(あの先に、大将がいるかも知れない。でも今は未だ届かない)
 一対一では、敵わないだろうことは感じている。けれどいつか……そう考えると血が燃えるように熱くなる。
 ふと何となしに、ジョン・ドゥはルシフェルへ振るいそして外れた槍を出し、空に掲げた。
 黄金の槍が闇を裂く。鬼の哭き声の如き唸りを上げる。
(――いつかきっと、暁星に届いてみせる)
 戦うこと。
 それは自分が唯一出来ること。
 かといって、そのことに『楽しみ』を感じたことは無かった。
 初めて自分の中に湧いた感情の名前がわからず戸惑いを抱えていたが……この地に来て、改めて彼の存在を意識して。
 『目標』だなんて言葉が一つ、浮かんで消えた。



●新しい朝を迎えて
「温泉も良かったけど、この時期の食べ物は美味しいものが一杯!」
 夜は部屋での食事だったが、朝は食堂でのバイキングと聞いて黄昏ひりょ(jb3452)は気合十分だ。
 海の幸、山の幸、新鮮な食材がふんだんに使われた料理の数々が、美味しそうな湯気を上げて出迎えている。
「また大きな戦いがいつ起こるかもわからない状況だからね、目一杯食べて元気を付けておこう!!」
 めざせ全メニュー制覇!!
「今日の俺は腹ペコのひりょじゃない、すーぱー腹ペコのひりょなのだっ!」
 蒸かしたジャガイモにバターと塩辛、透き通る海老の刺身、ホタテのクリーム煮、きのこのバターソテー、etc...
 皿盛りの限界へチャレンジしつつ、綺麗に平らげては次へ。
 焼きたてバターロールとハスカップのジャム、新鮮ヨーグルト、濃厚な色のオムレツ...
「はーっ、何を食べても美味しいですねぇ!!」
 ひりょに話しかけられた宿泊客も、楽しそうな笑顔で頷く。
 美味しい食べ物は、人を幸せにするのだ。
(対冥魔最前線の地って事で、街の人々もどこか張り詰めた雰囲気だったしなぁ……)
 見渡せば、見覚えのある学園生たちもくつろいだ表情で思い思いの時間を過ごしている。
(……いいなぁ、こういうの)
 ほんの一時の骨休み。戦士たちの休息。それはかけがえのない時間。



 これから、厳しい冬が来る。
 緊迫した場面が数多く迫るだろう。
 それに、負けないために。
 冬を越し、万全な体制で春を迎えるために――……

 今は力を蓄え、絆を強め、そして次へ。







依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:18人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
久遠ヶ原学園初代大食い王・
Unknown(jb7615)

卒業 男 ナイトウォーカー
インファイトガール・
Ω(jb8535)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプB
明けの六芒星・
リアン(jb8788)

大学部7年36組 男 アカシックレコーダー:タイプB
家族と共に在る命・
アヴニール(jb8821)

中等部3年9組 女 インフィルトレイター
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
闇に潜むもの・
剣崎・仁(jb9224)

高等部3年28組 男 インフィルトレイター
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
見えない同居人付きの・
天城 絵梨(jc2448)

大学部2年130組 女 アーティスト